天の女主人の仔、王の剣 作:癖に従うマン
ー メソポタミア ー
ギリシャ語で「二つの河の間」を意味する。
二つの河とは、チグリス川とユーフラテス川の事を指し、その二つの狭間に位置する土地に栄えた文明こそ、メソポタミア文明である。
同時に、人類史最古の神話もその土地で生まれた。
何故、生まれた神話が最古と断言できるのか、その根拠も当然ある。
人類史最古の文明である四大文明の発生は諸説あるが、多くの物はインダス文明であるとされる。
しかし、そのインダス文明は後にアーリア人という東洋文明人たちによって滅ぼされ、痕跡そのものが吸収されてしまったのである。
故に、今となってはインダス文明が正確に存在していた痕跡を追うことは出来ないブラックボックスと化した。
ならば、他の文明はどうか。
そんな中に初めて記録を残す文字という文化が生まれたのがメソポタミア文明だ。
それは今から紀元前3000年前以上も前に存在が観測され、他の文明よりも早くに記録を残すことに成功している。
よって、神話が空想のものとされたとしても、実際にあったものだとしても、確かにそこに記された時点で神話は成立する。
即ち、最古の文字たる楔形文字を最初に使用したメソポタミア文明、その文字を用いて記された神話が人類史最古の神話───メソポタミア神話なのである。
因みに今回独自設定が多分に含まれているので駄目だと思った人はブラウザバック推奨します。
───月神シン/ナンナ
ウル市の都市神にして暦の神。
メソポタミアにおける時間軸は太陽暦ではなく太陰暦であるため、ウルクの都市神であるイシュタルの兄とも父とも言われ、その立場においても上位の神。
古代メソポタミアにおいて、最大都市であるウルこそが世界の中心とも言え、その都市神であるシンもまた神々においては重要な役割を持つのは当然と言えよう。
何故、今その話をしているのかと言われれば──
「ウルの視察ですか……」
「そうだ、この我を差し置いて“
つい先ほど、牢から解放されたバルサへ向けて、例のウル市へと単独で乗り込めとギルガメッシュ王が命じたからだ。
あまりにも唐突で大抵の事では動じないバルサでさえ、困惑し思わず問いを投げてしまった。
普段ならばギルガメッシュ王は「二度は言わん、さっさと行け!!」と理不尽に放り出しそうなものだが、今日の王はご機嫌だ。バルサが問いを投げる不敬を赦した。
しかし、これ以上の不敬を王は赦さぬだろうと理解したバルサはすぐさま踵を正して最低限の装備をしてウル市へと向かうこととした。
「王命受託、それでは今から参りましょう」
「ああ、期限はない。精々時間を掛けて戻るがいい」
「?はい、行ってまいります」
その背が見えなくなるまで見送ったギルガメッシュ王はバルサがウルクを発ったと確信した途端、自身も玉座の間を後にする。
「シドゥリよ、我もウルクを発つ。期限は三日だ、それまでの業務は全て貴様に任せる」
「は………今何と?」
「野暮用だ、この我自ら出向かねばならぬほどのな」
「……承知しました、王よ」
この後に、ギルガメッシュ王は己の運命と出会う。
それはそれは物騒な、具体的に言うと三日三晩天変地異がウルク周辺を襲う程度には物騒な運命と。
さて、単独でウルクを発ったバルサは、目的地であるウルへ向かう最中、己が何の手土産を持っていないことを思い出す。
その信仰は自身の母たるイシュタルに捧げてはいても、その父であるシンへの敬意を欠かしてはいけない。
然るにそれ相応の供物を用意するべく、バルサは寄り道をすることにした。
大きな大きな寄り道を。
これが後に、バルサという一人の英雄が英雄と称されるに足る九つの偉業──“パルスーの九つの戴冠”──その始まりとなるのだった。
唐突ではあるが、バルサという男のメソポタミアでの立場を語るとしよう。
このバルサという男、先にも述べた通り正真正銘“あの”イシュタルの仔である。
自由奔放にして強欲、天上天下唯我独尊にして横暴で理不尽の極みとギルガメッシュ王をして言わしめたあのイシュタルの仔である。
ならば、その性格を引き継ぎ、ウルクにて暴虐の限りを尽くしたのか?───否、寧ろその真逆で公正にして厳格、勤勉にして奉仕の極み、徹頭徹尾自己よりも他者を気遣う聖人のような性格であった。
何がどうしてこうなったのか、ギルガメッシュ王をして「イシュタル最大の功績は、あのバルサを産み落としたこと」と言わしめる程である。
さて、先程イシュタルとはまるで正反対な性格をしたバルサではあるが、その実紛れもなくイシュタルの仔だと誰も疑いを持たないのである。
それは何故か───こと闘争において、バルサという男は加減を知らず、自重を知らないのである。
「道端で獲物を見つけたのは運が良かった、食料にしても装飾にしても、
彼、バルサが喜びの笑みを浮かべて見つめる視線の先、そこには10mを超す巨大な獅子───ウガルがバルサが手に持つ蔓で絞殺されていた。
ウガル ───創世神ティアマトが自身を裏切った神々に対抗して生み出した11の仔の一角。その意味はティアマト神の力の誇示と軍勢の強さを見せつける権威の象徴。
神々に対抗するべく生み出されたのだから当然その力は並の人間の軍隊が100集まろうと容易に蹂躙され、ウルクの兵士でさえ10人規模の集団戦を仕掛けねば被害が出てしまう程。それもたった一頭でそれほどの被害をもたらす怪物だ。
先に述べた通り、ウガルはティアマトの軍勢の強さを見せつけるための象徴だ。当然、一頭だけの単独存在である筈もなく、ウガルは群れで行動するのだ。
群れの数はオス個体のウガル次第だが、最大規模にもなると三桁に到達する。
ティアマトなき後野生化したとしてもその力に衰え無し、道中群れに襲われ蹂躙された人間は後を絶たないのだ。
バルサはそんな怪物の群れを見つけ、群れのボスであろうウガルの真正面に立ち、巨大なウガルの首に蔓を巻いて締め上げ、それでも暴れるウガルを
その数凡そ100頭───巻き込まれた群れの一部はボス個体のウガルに潰され大地を赤く塗った。
やがてボス個体のウガルが抵抗しなくなり、蔓を掴む手に重さが増したと感じたバルサは引きずるのをやめ、そして現在の笑みを浮かべているのである。
「さて、お前達の長は私が討ち取った!!故に決断せよ!!逃亡か!!服従か!!」
バルサは吠えた。
巻き込まれずに済んだ残る数十頭の群れに対し、お前達のボスは縄張り争いに負けたのだ。故に、今日からおまえたちのボスは自分であると。
ウガルたちは狼狽えるも、直ぐにバルサを中心に首を垂れた。服従の意だ。
何故、こうもあっさりと服従したのかと言われれば群れの長を討ち取ったこともあるが、それ以前にバルサの容姿にも関係している。
バルサの身体はウルクで生まれた兵士にしては華奢であるものの、その炎のような赤い髪とラピスラズリを思わせる蒼い瞳とシュメール人とはかけ離れた容姿をしている。
それは普段人間を見慣れているウガルたちでさえ、一目では人間とはわからないのだ。
加えてその赤い髪───ウガルのオスの鬣は赤い炎を思わせるものであるのもあって、特にメスのウガルはバルサをオスのウガルと勘違いしたのである。
よってメスのウガルたちが平伏したのもあってか、残るオスのウガルたちも平伏したのだ。
こうして、バルサは99頭の獣を引き連れウルへと向かった。
後に、99頭のウガルの群れを引き連れた獣の長───「
その光景を前に、ウルの王───メスアンネパダは呆然と立ち尽くしていた。
そうなるのも無理はない。
なにせ、地平線の先、玉座の間からでさえ見える無数のウガルが、この都市ウルへと雪崩れ込んできていたのだから。
───“一体自分が何をしたんだ”
王は頭を抱えた。
幾らウルがシュメール最大の都市であるとはいえ、その戦力はウルクに遠く及ばない。
兵士の数は多けれど、質はウルク兵の10分の1にも満たない。
何故なら、この都市ウルは都市神であるシン/ナンナの権威の元守られているからである。
暦という、文明人において欠けてはならぬ重要なものを司る神がシンであり、ウルの都市神である以上他所の神も獣が立ち寄らぬよう複数の権能をシンへと渡していたのである。
故に、未だ神の元でぬくぬくと育つ国であるウルの王は調子に乗ってしまったのである。
己は最大都市であるウルの王である。ともすれば己は
やがてウルの街へ入る直前まで来たウガルの群れの中に人の影が見えた。
その人物は都市神であるシン/ナンナから賜れた話に出てくる人物そのままであった。
シンは言った。
「我が娘イシュタルが仔を産んだ!
「役目なき子と言えど我が娘が産んだ愛しき仔だ!アヌンナキよ!決して手を出すな!!
そんな、ウルクの王以上の爆弾が、このウルへと訪れた。
一体何の用で来たのだろうと、なんて怪物を引き連れてきたのだろうと。
話に効くウルクの王以上に、今目の前にいるイシュタルの仔の方が怖かったメスアンネパダであった。
「偉大なる月神、我が母イシュタルの父たるシンよ!その守護せし都市たるウルの王よ!」
「我が名はバルサ!!ウルクの王、ギルガメッシュの王命にて拝謁しに参った!!」
「このウガルの群れはウルの王への土産であり、群れの長であったウガルの鬣はシンへの供物である!!」
「これを以て、どうか我が身を御身が都市へ受け入れてくれまいか!!」
その身から迸るのは神々から発せられる神気に等しく、その声から発せられる透き通るような声音のなんと美しいことか。
このウルの王であるメスアンネパダを差し置いて、まるで彼の方が王者に相応しいのではないかとウルの民が平伏したくなる。
そんな彼の宣言に、メスアンネパダは応えるほかない。
バルサが連れてきたウガルは一頭だけでも兵士百人と交換してもまだ足りない。そんな戦力99頭すべてが土産であるという。
同時にこの群れを率いていたであろう長のウガルの死体を見てしまえばもう無理だ。
止めとばかりに
「おお!!我が娘イシュタルの仔よ!!愛しき我が甥よ!!よくぞ参った!!よくぞ素晴らしき供物を奉じた!!」
「さあ、その顔を我に見せておくれ!!存分に夜を明かすまで語り合おうではないか!!」
都市神の歓迎の言葉と共に、ウル王は諦観の笑みで迎え入れた。
その後、バルサとメスアンネパダ、シンは先にも述べた通り夜を明かすまで語りつくした。
何故バルサが訪れたのかを。
何故キシュなどとメスアンネパダが風潮したかの言い訳を。
1泊2日の停泊が終わり、ウルクから旅立った時と同じように身軽な状態でウルを発とうとした時、シンはバルサへ加護を施した。
シンは自分の娘が産んだ甥の高潔さにすっかり魅了されてしまったのだ。
よって、自身の司る権能の一部───「夜空の星を見るだけで自身の位置と時間を見失わない」という加護をお土産として渡したのだった。
「我が祖父、月神シンよ───感謝します、御身が私の祖父であることがこれ以上なく誇らしい」
「何時でもウルへおいで、愛しき甥よ───此処はイシュタルも含めお前達の実家のようなものでもあるのだから」
「」
こうして、バルサは円満にウルを旅立った。
後に語られる九つの戴冠──そのⅠがこれ「祖父への帰郷」である。
別にウルはイシュタルの実家でもなければバルサが生まれた地でもないのだが、シンがそのように粘土板に記せと王へと命じたのである。
因みに、この時のメスアンネパダの眼は死んでいた。
更新が遅れてごめんなさい。
難題でした。
原作となるスレにはウル訪問の詳細が語られてなかったので其処の話をもっと広げたいなと思い試行錯誤していたら二か月以上経ってしまいました。
今後、こう言ったスレに描かれない空白の部分をオリジナルで追加していくのでよろしくお願いします。
それではまた次回。
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