「…婚約届いる?」
我が娘の華々しい門出を見送る親のように、イナの口角は誇らしげに吊り上がっていた。
「…この依頼終わったら式でも挙げるかな。」
火照りを帯びた新妻を携え、扉の向こうへと歩き出す。
__退屈しねえな。
「ちょっと何言ってるかワカンナイ」
「そういえばミユキ氏、サイドアームは要らないの?」
「あぁ…」
長年連れ添った相棒のグロックがいないホルスターの軽さが身に染みる。
シャーレでの騒動の際、落としてしまったのだろう。
ホルスターは【良いのを咥えさせな】と催促するように風を受けて縁をヒラヒラとはためかせた。
「良いのを見繕ってくれるか?」
「ラジャー」
そう言うとイナは額に入れられ、明らかに特別扱いされた銃器たちから一つ手に取り、ミユキに手渡す。
「『SIG P226』昔良く弄ってた銃で…私の想い出の一つ……
9mm弾使用。セミオートマチックピストル、P220をダブルカラム化したモデル。
マニュアルセーフティがない『おてんば娘』っす」
(う〜ん…分からん!)
「へぇ…」
それをイナの手から受け取る。
冷えた金属の温度が掌に溶け込む。
「……しっかり整備されてんなぁ」
SIGに指をかける。
ガンスピン。
逆回転の勢いをつけて、バックスピンで跳ね上げ___真上にトス。
その場でターン。
落ちてきたSIGを、ターンの流れそのままにキャッチ。
すぐさま横回転させ、重さを確かめるようにグリップを握り直す。
「イカすね」
背中に背負いし、二丁の長銃。
腰に携えし拳銃。
これで完全武装と至る。
「……っしこれだけで、良い」
「ミユキ氏!一応『これ』を…」
イナはその手に収まる何かを渡した。
「…秘密兵器ってか」
「……同志とまた来てくださいよ」
「あぁ…世話したな」
「なんか…もう凄かった…」
そんな些細な呟きも、夕暮れに鳴くカラスの声にかき消され、雑音へと溶けていく。
だが。
「……いや、まだ行くとこあるぞ?」
その一言だけは、雑音に混じらなかった。
「……は?」
夕暮れに照らされる廊下に、二人の少女の影絵が揺れる。
___その頃、場所は定かでない。
薄暗く、朽ちて剥き出しになったコンクリートの壁に圧迫され、
気まぐれに点滅を繰り返す照明に照らされ、ただ独り、瞼を閉じて思案の海に沈んでいた。
“さて……ボチボチやりますか“
ヨレヨレのスーツ、ヤレヤレな気分。
いつも通りに生徒たちに頼りたいが、今回は複雑かつミステリアス。
頼れるのは己の足と頭脳、そして__
「先生!」「先生。」
“頼むよ、アロナ、プラナ“
__情報。
ハッピーエンドの筋書きは出来た。
“二人に頼みたいことは2つ。“
“いつ、彼女の世界へのゲートがどこで開くか。そしていつなのか。頼んだよ、二人共“
「了解です!先生!」「了解です、先生」
その呼びかけに呼応して、スクリーンの中の少女たちは元気よく健気に答えて見せた。
“ミユキ…別に君と契約した記憶は無い。私は先生として君に頼んだ。そして生徒を助ける。
でも損得の前にお人好しが出ちまう、どうしようもない先生さ“
そう言ってカタログの背表紙を撫でる。
その指先に、震えはなかった。