それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~   作:白桐

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"私"が現場に合流した時、すでに戦いは終わっていた。

 

 便利屋の面々は地面に倒れ伏しているのだが、それ以上に気になったのはその前方で待ち構えていたと見られる生徒たちだった。

いくつもの戦車が並び、それらを中心に陣形を組んだ厳粛な装いの生徒。

先ほどの耳をつんざく爆発音も彼女らの攻撃によるものなのだろうか――緊迫した空気から察するに、未だ戦闘状態は解除されていないらしい。

 

 

「アロナ、あの生徒たちってどこの所属か分かる?」

 

「はい先生。あれは【ゲヘナ学園】の治安維持組織、ゲヘナ風紀委員会ですね。

だけど、なんでアビドスにやって来てるんでしょう……?」

 

 

 シッテムの箱のメインOS――アロナに聞けば、明確な回答と疑問が返って来た。

 

 ゲヘナ学園――話によると、もっとも不良生徒たちが活性化している自治区であると言う。

元より気性の荒い生徒が多く、D.U.地区や他自治区とは比べ物にならないほどに日常的に生徒たちが大暴れしている――とか。

そしてそれらを鎮圧するのが、前方に展開するゲヘナ風紀委員会だった。

 

 そしてそんな彼女らに苛立ったような早足で近づいて行くのは、便利屋68を追うべく先行していた梔子アキだった。

思わず「まずい」と"私"が呟くのは当然だった。

紫関ラーメンを爆破した便利屋、そして次いで現れたゲヘナ風紀委員会――。

アビドスの地で無法にも暴れるこの二組織に対し、彼女が何を心の内に抱えているかなど容易に想像できた。

さらにその表情で分かる――返答次第ではあの大部隊に敵対するつもりだ、と。

 

 "私"が慌てて駆け寄るのだが、

すでに彼女は風紀委員会の代表者の生徒と会話を始めたところであった。

 

 

「あんたは――」

 

「前に一度だけ顔を合わせたことがあったわね。

確か……イオリさん? 現場の代表者はあなた?」

 

「そうだ。あんたは確か委員長がバイトで雇ってた傭兵……だったと思うけど。

えっと、チナツ?」

 

「アビドス高校の梔子アキさんですよ、イオリ。

いつもお世話になっております、その……」

 

「そちらはゲヘナ風紀委員会としての活動だと思うけど、

他自治区内での活動許可は取ってる?」

 

「それは……」

 

「アキ、ちょっと待って……!

ふぅ……えっと、あぁ、チナツも久しぶり……っ」

 

「え、先生!?」

 

 

 全力疾走で駆け寄った"私"が息を切らしながら何とかその会話へと割り込めば、そこには見覚えのある生徒がいた。

キヴォトス赴任初日、シャーレビル奪還の際に手伝ってくれた眼鏡を掛けた少女――ゲヘナ学園の火宮チナツである。

その際は後方支援に徹しており、負傷した生徒の治療を担当してくれたのは記憶に新しい。

 

 イオリと呼ばれていた銀髪をツインテールにまとめた少女は、目を丸くしてチナツに顔を向けた。

 

 

「ん? 知り合い?」

 

「イオリ、少し黙っていてください。

ああ、先生……こんな形でお目にかかるとは……」

 

「大丈夫だよ。まずはそっちのお話を聞かせてほしいな」

 

 

 "私"がそう言って宥めるが、チナツは気まずいわ申し訳ないわで落ち込んでいる様子だった。

恐らくその様子から、自組織が行った戦術的な行動が非難されて然るべきものだと自覚しているらしい。

しかし彼女の傍らに立つもう一人の少女――イオリは毅然とした態度でこちらを見ていた。

 

 

「私たちはこの自治区に逃げ込んだ規則違反者を捕えに来ただけだ」

 

「うん、お疲れ様。だけど、ちょっとだけ待ってほしいな。

さっきアビドスの子たちにも連絡したから、そこで情報のすり合わせをしたいんだ」

 

 

 "私"がそう提案すると、イオリは明らかに顔を引き攣らせた。

 

 

「それは……」

 

「"私"もキヴォトスに来て日は浅いから、自治区同士のやり取りには疎いよ。

でも個人の私闘ならともかく、自治区の看板を背負った組織なんだから手続きは必要だよね?

もしそれがなかったとしても、ちゃんと事情を説明して事後承諾でもいいから話は通すべきじゃないかな。

ああ、大丈夫。"私"もアビドスの子たちにお願いしてみるから」

 

「そ、そんな簡単な話じゃ……っ」

 

「先生!」

 

 

 そんな時、"私"を呼ぶ声が背後から声が響いた。

振り返ればそこには対策委員会の面々がこちらに駆けてくる姿があり、無事に合流することが出来たことに安堵する。

しかし彼女らはこの状況を見て戸惑っていた――それも当然だろう。

片や眉を吊り上げて怒りの感情を発するアキと、それと対面するゲヘナ風紀委員会の大部隊。

どう見ても剣呑な雰囲気に困惑するのは無理もない。

 

 とりあえず"私"の口から状況を説明しようと思った時、ふとそこにホシノの姿がないことに気が付いた。

 

 

「あれ、ホシノは?」

 

「なんか用事があるとか言ってましたけど、連絡がつかなくて……」

 

 

 "私"の疑問にノノミが困惑を浮かべてそう答えてくれた。

何かの用事か、あるいは昼寝か――。

どちらにせよ今回はホシノの力を借りることは出来ないかもしれない。

もっとも、今回に限っては政治的な要素が絡むため、なるべく戦闘に発展させたくはないが。

 

 

「……ねえ先生、これどういう状況?」

 

「まず対策委員会に共有するね。

便利屋68が紫関ラーメンを爆破して逃走。多分、誤って……だと思う。

だけどアキが便利屋を追いかけてる途中、ゲヘナ風紀委員会が彼女たちの戦闘に介入してきた。

……ところでアヤネ、対策委員会に風紀委員会から通達は?」

 

「いえ、ありませんけど……いや、さっきの爆発ってそういうことだったんですか!?

いや、そうであればこれは明確な他自治区への侵攻行為です!

こうなった経緯の説明を求めます!」

 

 

 "私"の情報共有に驚きと怒りを発したのはアヤネであった。

恐らく風紀委員会を除けば、この場で彼女らの行為がどれほど異常な行為なのかを最も理解しているのはアヤネだろう。

 

 そしてそれに同調するのはアキだった。

片手で器用に拳銃のチャンバーチェックを済ませると、レッグホルスターに戻した後にイオリへと視線を向ける。

 

 

「……で、そちらの言い分は?」

 

「た、確かに私たちは便利屋を追ってここまで来た。だけど、それは――」

 

『それは私から答えさせていただきます』

 

 

 次の瞬間、彼女らの会話に割り込む声があった。

同時にイオリの隣に人影が浮かび上がる。

 

 それは一種の投影装置による映像らしく、あっという間に鮮明な人の姿が映し出された。

そこに現れたのは藤鼠色の緩やかな癖毛の少女で、その腕にはゲヘナ風紀員の腕章を付けている。

その表情に笑みを湛えていたが――しかしそれは穏やかな笑みと言うにはあまりに演技がかった大仰なそれであり、むしろ威圧的な印象を"私"に与えた。

 

 

『こんにちは、アビドスの皆様。私はゲヘナ学園風紀委員会所属の行政官、天雨アコと申します。

今の状況について少し説明させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか?』

 

「アコちゃん……その……」

 

『イオリ。反省文のテンプレートは、私の机の左の引き出しにあります。ご存じですよね?』

 

「……」

 

 

 ゲヘナ風紀委員会行政官――天雨アコの言葉にイオリはがっくりと項垂れて、

それ以上言葉を返すことはなく黙り込んだ。

彼女の直属の上司なのだろう。

組織の上下関係が見えたこともあるのだが、同時にイオリはあくまで現場監督であり、

アコがこの部隊をアビドスに送り込んだのだと"私"は理解に至る。

ならばこの大げさな大部隊の指揮者官は彼女だ。

 

 そしてそんな彼女の視線がアキへと向けられた。

しかもその目はどこか冷めており、まさに害虫を見かけた時のそれで。

 

 対するアキも彼女を軽蔑するかのように、じとりと目を細めて睨み返す――まだ怒り冷めやらぬ様子だ。

正直、この時の"私"は内心冷や冷やしていた。

 

 

『梔子アキさん……こんなところで出会うとは奇遇ですね。アビドスにいるとは思いませんでしたが』

 

「天雨行政官、まずは謝罪からじゃない? ゲヘナ学園の生徒が他自治区の飲食店を破壊した。

それをあなたたちの所為とまでは言わないけど、そこに()()()()でのゲヘナ風紀委員による戦闘介入があった。

前者はともかく、こっちは明確な違反行為だと思うんだけど?」

 

『仰ることは理解できます。ですが、全てはそこに転がっている不良生徒を捕えるため。

そして我々はあなた方の不幸に報いることは出来ます。どうか便利屋68の身柄をこちらにいただけないでしょうか?』

 

「ならこちらで然るべき処罰をした後に協力するわ。だから、今すぐアビドスから出て行きなさい。

しばらく風紀委員の活動に支障をきたすのは、そちらも本望ではないでしょ」

 

『それは脅しですか? 我々の戦力とぶつかるのはそちらも――』

 

「アビドスから出ていけ」

 

 

 それは決して荒げた声でもなければ、しかし穏やかとは到底言い難い直情的な感情を孕んだ宣言だった。

彼女の腹の奥底から吐き出されたその声を合図に、その場の誰もが周囲の空気が一瞬で冷え込むような感覚を覚える。

肌をじわじわと侵食し、刺すような、あるいは心臓を鷲掴みにするような――。

それを感じるのは彼女の背後に立つ"私"も例外ではない。

 

 そしてそれは対策委員会の面々も。

視線だけを向ければ、彼女たちも目を見開いて固まっていた。

ならばなおのこと、彼女と対面しているゲヘナ風紀委員会の面々の心境など理解もしたくない。

 

 ざっ、ざっ――と。

靴底が砂利を擦る音が――遠ざかっていく音が一つ、また一つと増えていく。

 

 明らかに自分たちの陣営の戦力の方が豊富だというのに、ただ一つの言葉が抑止力と化していった。

チナツの顔色は青ざめ、その隣にいるイオリの頬からは一筋の汗が伝う。

通信機越しのアコですら、その表情からはすっかりと余裕の笑みが消えて、強張った表情で彼女と向き合っていた。

 

 ――そこで"私"が思い出すのは、先日のヘルメット団の奇襲、そしてホシノからの助言。

彼女は容赦のない攻撃を思い出し、"私"はまず彼女に釘を刺しておくべきだと判断した。

 

 

「……アキ、気持ちは理解できるけど落ち着いて。まだ話し合い出来るはずだよ」

 

「明かな違反行為をしでかしてるのに?」

 

「ほら、リスクはちゃんと考えないと……」

 

「リスクなら織り込み済みですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それにこの程度なら私一人でもいい。あと学園間の問題になったとして、こちら側に正当性があります。

そもそも、アビドスとゲヘナの間では()()()()()()()()()()()()()()()()()

……はぁ、ほんっとうに馬鹿ばっか」

 

 

 彼女のその自信はどこから来るのだろうか――"私"には分からないが、彼女だけが知る何かがあるのだろうか。

 

 しかしそれでも彼女が怒り側に思考が振り切れているのは事実だった。

さらにそれでいて、確実に相手の弱点を突こうとする明敏さも感じられるのだから厄介だ。

あちら側の失態を理由に、この生徒は今まさに正当防衛を確立させようとしているのだ。

 

 だが"私"としては出来るだけ争わずに、もう少しだけあちら側から話が聞きたいのが本音だった。

だけど、と言葉を続けようとして――。

 

 

「その通り。アビドスが退く必要なんてないよ」

 

 

 背後からの声。

 

 そちらを見れば、便利屋68の一人、鬼方カヨコの姿がそこにあった。

その背後に隠れるようにして震えているのは残りの三人である――ムツキだけはどこか楽しそうにしていたが。

 

 先ほどの爆発に巻き込まれて衣服は汚れていたが、それでも復帰の早かったことから軽傷で済んだのだろう。

 

 

「カ、カカカカヨコ!? ほ、本当に説得なんてできるの!?」

 

「ア、アル様! 撃ちますか!? 撃てばいいんですか!?」

 

「まあまあ、とりあえずカヨコちゃんに任せようよ~」

 

「……ちょっと黙ってて」

 

 

 溜息混じりに便利屋の面々をそう宥めると、彼女はアキへと視線を向けた。

アキはその手の対物ライフルを素早く彼女へと向けるが、カヨコはそれを手で制した。

 

 

「待って、これはあんたにも……いや、アビドスにも重要な話だから」

 

 

 沈黙が続く。

アキは鋭い眼光を向けたままだったが小さく首を振る――続けろと促されたその先には、アコの姿があった。

カヨコはアキが撃たないことを確認すると、改めてアコへと視線を向けた。

 

 

「アコ、あんたが狙ってたのはこの状況だった。違う?」

 

『……それはどういうことでしょうか、カヨコさん?』

 

 

「最初はどうして風紀委員会がここに現れたのか理解できなかった。

風紀委員会が他の自治区まで追って来る理由――それも私たちを狙って?

こんな非効率的な運用、風紀委員長のいつものやり方じゃない。

だからアコ、これはあんたの独断的な行動に違いない」

 

「……それに()()()()()を知らないようだし」

 

 

 アキの視線もアコへと向けられた。

両者の切れ長の鋭い視線を向けられたアコは、顔色一つ変えずにそれを受け止める。

 

 しかし"私"には、その表情が一瞬ぴくりと微かに震えたように見えた。

 

 

「それに、私たちの相手するにしてはあまりにも多すぎるこの兵力。

他の集団との戦闘を想定していたとすれば説明がつく。

とは言え、このアビドスは全校生徒集めても六人しかいない……なら結論は一つ」

 

 

 ――そして、それは私にとって驚くべき言葉であった。

 

 

「アコ、あんたの目的はシャーレ。最初から、先生を狙ってここまで来たんだ」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「――私?」

 

 

 我ながら、思わず間の抜けた声が零れたと思う。

何せ今まで生徒主体でのやりとりが多かった為に、まさかここで"私"の名前が出るとは思わなかったのだから。

 

 しかし思考が追いつかない"私"などお構いなしと言った具合に、さらにカヨコは言葉を続けていった。

 

 

「これは盗み聞きしたことだけど、先生はアビドスの借金問題を解決の為にここに呼ばれた。

それを横から掻っ攫おうだなんて、そもそもがアビドスとの敵対行為に他ならない。

梔子アキ、便利屋と風紀委員、あんたならどっちがこの場で優先して倒すべき敵なのか理解してるはず」

 

 

 そこで話題の中心が"私"からアキへと変わる。

そしてここまで来ると、カヨコが何を考えているかも理解できた。

 

 

「学校の借金を何とかできるかもしれないのに、

その要であるシャーレの先生を持っていかれて困るのはそっちなんじゃない?」

 

 

 ――扇動だ。

 

 カヨコは共通の敵を見出すことで、便利屋の被害を極力減らす方向へと転換したらしい。

それは確かに状況を見るに、もっとも彼女らが逃げ延びることの出来る方法なのだろう。

アキの怒りの矛先を風紀委員に向け、アビドスと共に迎撃し、隙を見て逃げる――。

 

 アキもそれは分かっているのだろう。

しかし胡乱な視線を向けながらも不機嫌そうに小さく鼻で笑うと、ゲヘナ風紀委員会へとその銃口を向けた。

 

 そしてアコはカヨコの言葉と、それに一時共闘を決めたアキを見て目を丸くしていた。

しかし驚きの表情もすぐに引っ込み、彼女が次に浮かべるのは――不敵な笑みだった。

 

 

『……ふふっ、なるほど……ああ、便利屋にカヨコさんがいることをすっかり忘れていました。

暢気に雑談なんてしている場合ではありませんでしたね……』

 

 

 そう言うと、彼女は手元の端末を操作し始めた。

同時に"私"のシッテムの箱からアラートが鳴る。

 

 

「先生! 周辺に動きが!」

 

「十二時の方向、それから六時の方向……三時、九時……風紀委員会のさらなる兵力が四方から集結しています……!」

 

 

 アロナとアヤネが"私"に慌てたように情報を伝えてくれる。

慌ててシッテムの箱を見れば、その画面にはアロナが表示してくれた周辺マップが表示されており、

敵性反応を示す赤い点が"私"たちを囲むようにして、数キロ先から迫って来るのが見て取れた。

 

 

『うーん……少々やりすぎかとも思いましたが……シャーレと梔子さんを相手にするのですから、

これくらいあっても困らないでしょうし……まあ、大は小を兼ねると言いますからね』

 

「なるほど、二重包囲……」

 

『はい、そうです。それにしてもさすがカヨコさんですね。先ほどのお話は大体合っています。

シャーレと衝突するという最悪のシチュエーションも、そこに我々ゲヘナ学園が警戒する要注意人物、

梔子アキさんが居合わせるかもしれないということも含めて』

 

 

 もはや誤解を解くつもりはないらしい。

アコはどこか得意げに言葉を紡いでいく。

 

 

『仕方ありませんね。事の次第をお話ししましょう……きっかけは【ティーパーティ】でした』

 

 

 ――【ティーパーティ】。

 

 トリニティ総合学園の生徒会、その為政者たる組織がそれであった。

そしてゲヘナ学園とは不倶戴天の天敵同士であり、今もなお学園間の不和が続いていると言う。

 

 ならば躍起になるはずだ。

敵対者より優位に立とうとするのは戦略上、自然なことであるのだから。

 

 

『彼女たちがシャーレに関する報告書を手にしている……と。

そんな話が、うちの情報部から上がってきまして』

 

 

 そこで"私"は以前銀行強盗作戦で奇妙な共闘を行ったトリニティ総合学園の生徒、

阿慈谷ヒフミが言っていたことを思い出す。

 

 ――戻ったら、この事実をティーパーティーに報告します!

 

 彼女としては善意の提案だったのだろう。

しかし不用心にそのような動きをすれば、当然目を光らせているであろうゲヘナは勘付く。

そして、情報を求める。

 

 ――シャーレとは何か。

 ――そしてティーパーティが知っているのであれば、自分たちも知らなければフェアではない、と。

 

 

『連邦生徒会長が残した正体不明の組織……大人の先生が担当している超法規的な部活。

――どう考えても怪しい匂いがしませんか?』

 

「怪しい……怪しいかな?」

 

 

 "私"がそんな同意を求めれば、隣にいたセリカが「ちょっと黙ってて」と言わんばかりに睨む。

"私"自身は困っている生徒の為に何かしてあげたいだけのだが――どうやら世間はそう思ってはくれないらしい。

いつか誤解を解くために、何らかの広報活動も必要かもしれない。

 

 

『シャーレという組織は、とても危険な不確定要素に見えます。

これからのトリニティの条約にも、どんな影響を及ぼすのか分かったものではありません。

ですからせめて条約が無事締結されるまでは、私たち風紀委員会の庇護下に先生をお迎えさせていただきたいのです』

 

 

 ――だが、その歩みを止められるのは"私"も望むところではない。

 ――同時に、彼女が少し行き過ぎているとも"私"は思う。

 

 

『ついでに、居合わせた不良生徒たちも処理した上で……と言った形で』

 

 

 それは明確な敵対するという意志。

オブラートにそれらの言葉を包んだとしても、それが新たな火種を呼ぶのは政治に疎い"私"でも理解できた。

トリニティとの不和はさらに根深いものとなるのもそうだが、何より"私"の所属が一応連邦生徒会にあるのがよろしくない。

 

 

「リンちゃんにも迷惑かけちゃうし、私も少し困っちゃうかなぁ……」

 

『では先生、我々と一緒に来てもらってもいいですか?』

 

「ごめんね。今はまだそれは出来ないかな。それにさ……」

 

 

 少し言うべきか迷いながら、"私"はアコへと向き直る。

 

 

「アコがしようとしていることのリスク、ちゃんと考えられてるかな?」

 

『ここで戦闘になったとして、多少は消耗するかもしれませんが――』

 

「もっと先のことだよ。例えばトリニティのこととか。

後は連邦生徒会から批難されることとか制裁とか、その結果とか。

私もこのキヴォトスに来てまだ日は浅いけど、それでも各学園のことはちゃんと調べたよ」

 

 

 ――例えばトリニティとゲヘナの不和だとか。

 

 

「確かにシャーレはまだ出来たばかりでそう思われるのは仕方のないことかもしれないけど、

それでも悪戯に争いの火種を作る必要はないんじゃないかな。

トリニティとの条約……だっけ?

それが何かは分からないけど、あまり良くない印象を与えると思うよ」

 

『そ、それは……』

 

「今急いでトリニティとゲヘナが戦う理由ってある?」

 

『あ、当り前です! トリニティに後れを取るなんてことは――』

 

「それってアコの感情だけで動いてないかな。

方々から批難されて、自分の所属する組織に不利益が発生する可能性があるよね?

自分の行動一つで周りもその被害に巻き込まれるから、立場のある人間はそれを理解していないといけない。

多分、このままだとかなり大変なことになっちゃうと思うんだけど……」

 

『く……っ! こ……っ!?』

 

 

 ホログラムに映る彼女の顔が真っ赤になり、怒りに歪む。

あまり生徒間のやり取りに口出しはしたくはなかったが、

それでも目先のことしか見れていない彼女には伝える必要があると"私"は判断した。

 

 リスク云々の話はアキの受け売りだが、しかし非常に良い言葉だと思う。

先のことを考えられなければ、いずれ大きなミスに繋がる。

特に学園や自治区の運営を生徒たちがしているのであれば、それは"先生"としてしっかりと伝えるべきことだ。

 

 出来ればこれでアコには理知的になってほしいが――。

 

 

『ああもう何なんですかあなたは!? 私の判断が間違ってるとでも言いたいんですか!?』

 

「ゲヘナとトリニティって仲悪いんだよね?

多分、世論とかも併せてゲヘナ側がすごく大変なことになると思うんだけど……」

 

『そういう正論を聞きたいんじゃないんですよ!?』

 

「……先生、逆効果。アコは正論叩き付けると手が付けられなくなるんだよ」

 

「そっかぁ……でも、それも良くないことだよね……」

 

『風紀委員ッ! 戦闘準備ィ――ッ!!』

 

 

 アコがヒステリックに両腕を乱暴に振り上げ、怒声のような号令を放つ。

慌てたように風紀委員の部隊は忙しなく動き始めた。

 

 同時にガチャン――と。

聞き馴染みのある音が――銃を構える音がすぐ傍から静かに響いた。

視線を向ければ、そこには銃器を構えるアビドスの彼女たちがいて。

 

 

「ん、むしろ状況が分かりやすくなって良いかも」

 

「……先生を連れて行くって? 私たちがそれで『はいそうですか』って言うとでも思った?」

 

「それはちょっと、見過ごすわけにはいきませんよねぇ?」

 

 

 意外と乗り気だ。

銃という武器があるからこそ、こうして闘争の道を選ぶのだろうか――。

もしかすると先ほどのゲヘナ風紀委員会へ切ったアキの啖呵も、彼女たちにとっては自分たちへの鼓舞か何かだと思っているのかもしれない。

 

 そして日常的に銃を向け合い、さらにその肉体も銃弾に耐えられるそれなのだから引き金も軽い。

そう言ったキヴォトスならではの慣習や常識が、このような好戦的な精神を構築する土台となったのだろう。

 

 ならば普段は後方支援に徹し、銃撃戦を行わないアヤネはどうだろうか――。

 

 

『行政官、これは連邦捜査部【シャーレ】所属の先生を誘拐するため、

アビドス自治区に対する戦術的行動を行ったという認識でよろしいでしょうか。

また、先生に手を出すと言うことは、連邦生徒会に対する反逆行為です。

そして作戦責任者であるあなたと、生徒会組織である【万魔殿】にはそれ相応の責任が問われることになります』

 

『それは語弊があります! 我々はあくまでシャーレの先生にご同行をお願いしているのです!』

 

『そんな詭弁がまかり通ると? 我々の戦力が、そちらよりも貧弱であるから無理を通せると?』

 

『そのようなことは言っておりませんッ!

と言うかこのような無益な争いは避けるべきじゃないんですかねぇッ!?

何よりそちらはこの数を相手にできるほど――』

 

『分かりました』

 

 

 だがはっきりとした言葉で、アヤネはアコの言葉を遮った。

 

 

『アキ先輩、アビドス生徒会代理組織――アビドス対策委員会の権限であなたに緊急招集を掛けます。

最終目的はアビドス自治区を侵害する武力組織の撃退! 拒否権はありません!』

 

 

 アキへと向けられるアヤネの視線。

そこにあったのは、弱者として見くびられたという侮辱に対して燃えあがった、激情のこもった強い眼光だった。

一瞬、アキはそんな視線と命令を向けられたものだから目を丸くしていた――が、一拍置いて彼女は目を細めてふっと小さく笑う。

そこで"私"は彼女の笑顔を初めて見た。

 

 

「……いいわね、アビドスはそうでなくちゃ」

 

 

 ローレディからコンバットレディへ――。

アキは愛銃である対物ライフルの銃口を素早く敵対者たちへと向ける。

 

 そして次にアヤネが視線を向けるのは――便利屋68。

 

 

『便利屋68に提案です! 一時停戦ということで、共同でゲヘナ風紀委員会の撃退をお願いします!

作戦成功の際は、紫関ラーメン爆破の件については情状酌量の余地があると判断し、

大将への謝罪とアビドス高校への奉仕活動でお咎めなしとします!』

 

 

 ――強い。

 

 "私"は思う。もしかするとアビドスの中で、最も行動力と決断力のある生徒ではないだろうか。

使える物は何でも使う。そしてこの土壇場でそこへと辿り着く判断力。

あるいはリーダーとしての素質があるのではないだろうか、とも。

 

 "私"は便利屋の面々へと視線を向ける。

彼女らは唖然とした表情を浮かべていたが――カヨコ以外の三人は、対策委員会に続いて自身の愛銃を構えた。

 

 

「ええもちろん! こんな状況で、こんな扱いをされておいて……。

あの生意気な風紀委員会に一発食らわせないと気が済まないわ!」

 

「メガネっ娘ちゃんの提案を素直に飲んじゃうのはアウトローっぽくないけど、

それはそれで盛り上がってきたじゃん!」

 

「アル様、私も全力で戦います……っ!」

 

 

 そしてそこでカヨコと目が合う。

 

 ――まじか。

 

 まさにそう言っているような、ここまで話が早いことに驚愕しているような、

そんな表情を彼女は浮かべていた。

 

 ――便利屋っ! 挟み撃ちにするわよ!

 ――ん、先生の盾になってもらう。

 ――信頼には信頼で報いるわ! それが私たち、便利屋68のモットーだもの!

 

 そこからはもうあれよあれよという間に、自部隊が展開されていく。

"私"は彼女らの迅速な行動に置いていかれる前に、建物の影へと下がってシッテムの箱を取り出して戦術指揮を始めた。

 

 

『先生、今回の私は前線で。

こっちは勝手に連中を潰していくから、アビドスの子たちをお願いします。

危なくなったら呼んでください』

 

「分かった……くれぐれもやり過ぎないでね?』

 

『もちろんです。一人を潰すのに、そんな時間を割くなんてもったいない』

 

 

 インカムから聞こえたアキの声は、どこか楽し気だった。

怒りが収まったのは何よりだが、やりすぎないようにモニターしておく必要はあるだろうか。

 

 

『これよりアビドス対策委員会は、アビドス自治区を侵害したゲヘナ風紀委員会を撃退します! 先生、指揮を!』

 

「了解!」

 

 

 "私"はシッテムの箱を介し、対策委員会の面々へと指示を下していく。

 

 そして同時に、ゲヘナ風紀委員会の陣形も慌ただしく――しかしアコの指揮によってすぐさま戦闘態勢へと変化していった。

高度に訓練された結果、身に沁みついた技術なのだろう。それだけで練度の高さが窺えた。

 

 

『いくら数が集まろうと所詮は烏合の衆です!

ゲヘナ風紀委員会の名に懸けて、全力で叩き潰しなさい!

あと、先生はキヴォトスの外部の人なので――いや、引っ叩くくらいなら許可します!』

 

 

 ――最後の言葉は聞かなかったことにした。

 

 そうしていると、"私"の隣へとカヨコが駆け寄って来る。

その表情は何とも言い難いものだったが、少なくとも"私"に対する若干の困惑が見て取れた。

 

 

「先生、結構正論でぶん殴るんだね……」

 

「ごめん、説得失敗しちゃったね」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

 

 "私"が首を傾げると、カヨコはげんなりとした表情を浮かべる。

だが溜息をつくと、今度は申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 

 

「先生、ラーメン屋の件は本当にごめん。虫のいい話かもしれないけど、今は力を貸して」

 

「もちろん……苦労してるんだね?」

 

「楽しいからいいけどね」

 

 

 カヨコは冗談交じりに苦笑して見せるが、次の瞬間には真剣な表情に戻る。

 

 

「便利屋の指揮は任せて。指示があれば、そっちに合わせる」

 

「ありがとう助かるよ。七人以上の指揮はタブレットだと難しくてね」

 

「そうなの? でもそれなら、こっちはウチのやり方でやらせてもらうよ。

それと、梔子アキは前線で暴れさせてくれると助かる――というか、もう行っちゃってるね」

 

 

 通りを見ればすでに銃撃戦が始まっているのだが、

その隙間を縫うようにして前線を駆けるアキの姿があった。

そして彼女は建物の壁に飛びついて蹴り上げると、

文字通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 

 ――まあ彼女ならそれくらい出来るか。

 

 "私"はすぐに納得して、事前に交した彼女との会話の通り、

それ以降の支援攻撃を任せることにした。

 

 

「もしかしてカヨコって、アキの知り合い?」

 

「一方的に知ってるだけ。だけど、ただ一つ言えるのは――」

 

 

 自身の拳銃の動作チェックをしながら、カヨコは戦場へと視線を向ける。

その視線の先には、半ば狂乱するような素振りで部隊に指示を出すアコがいた。

 

 そしてそんな彼女へと向けるカヨコの目は、どこか憐憫と呆れを感じさせるようなもので――。

 

 

「天雨アコは、この作戦を立てたことを後悔するってこと」

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