それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~   作:白桐

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 梔子アキが、ゲヘナ風紀委員会の長である空崎ヒナと懇意にしているのはイオリも知っていた。

 

 日雇いのバイトのような形式で、自分たちの手の届かない場所で暴れる不良生徒の鎮圧を行っているということ。

そして情報部から【砂塵の悪夢】という大仰な二つ名で呼ばれているということ。

それだけが彼女の知っている情報だ。共同で不良生徒の鎮圧をしたことはまだない。

 

 初めて彼女と出会った時、対物ライフルを得物としていたことからイオリは小さな興味を抱いた。

そして敬愛すべき風紀委員長曰く「イオリと戦い方は似ているかも」と言う話を聞き、もう一回りその興味は大きなものになる。

 

 しかし彼女がアビドス高校という廃校寸前の学園の生徒という偏見が、その興味を萎めてしまった。

気が付けば風紀委員の職務に追われ、その残骸すら忘却の彼方へと流されて今日に至る。

 

 だが――。

 

 

「――だからって、『壁』を走るのはなしだろッ!?」

 

 

 ――三次元的な動きをするなんて聞いていない。

 

 上空。ビル群の壁を駆け、そこから高速機動を以て対物ライフルを連射してくる。

その一点を除けば、確かに空崎ヒナの言う自身の戦闘スタイルとの共通点はいくらかあった。

機動力を活かして戦場を駆け、多方向からの狙撃で的確に敵対勢力を真正面からすり潰していく――それが彼女の戦い方だった。

しかしイオリは飛べない。これは言い訳ではない。

このキヴォトス中を探しても、このような壁を駆けるなどといった出鱈目な芸当を出来る強者は限られている。

 

 それこそ最たる例は、自身が所属する風紀委員会の長たる空崎ヒナ。

自身の背丈と変わらぬ機関銃を振り回し、圧倒的な力で有象無象を制圧する絶対強者。

 

 ――自分は普通なのだ。

 ――空崎ヒナと、この出鱈目な狙撃手に比べれば。

 

 イオリは自部隊に指示を飛ばしながらも、

その内心は梔子アキに対する驚愕と恐怖が徐々に満ち始めていた。

 

 まるでそれは大空を翔る鳥――いや、違う。

ビルを駆ける度に踏み抜かれた外壁は砕け、その破片が舞い散る。まるでそれは災害であった。

そして同時にこちらが狙うよりも速く弾丸の雨が飛来し、狙う隙もなく防戦を強いられてしまう。

 

 そこに空を飛び回る鳥のような自由さと優雅さはなく、

もはやそれは空間を支配する荒々しい暴力の奔流そのものだった。

通り過ぎた場所は瞬く間に荒れ果て、銃口の向けられた先の仲間は倒れ伏して削られていく。爆炎が立ち昇る。

 

 ――まるで嵐だ。

 

 人の営みを根こそぎ持って行ってしまうような大自然の驚異。暴風。いや、砂塵。

 

 そして自分たちはその嵐の中にいる。

様々な角度から間髪入れずに襲い掛かるその弾丸は、障害物など意に介さない。

 

 イオリは納得してしまう。確かに【砂塵の悪夢】だと――だが。

 

 

(でも、いつまでも飛べるわけじゃない……っ!)

 

 

 その高速機動が純粋な脚力よるものだということはイオリも理解していた。

だからこそ重力には逆らえない。

 

 

「――もらったッ!」

 

 

 ――着地、イオリはその着地地点に銃口を向ける。

 ――撃つ、額に命中。そのまま距離を詰める。

 

 再び空へと駆けあがる前に仕留め切る他ない。

イオリは銃床を身体の前に構える。

自身がこれで顔面をぶん殴ってやれば、どんな不良生徒だろうとその地に伏した。

ましてや廃校寸前の学園の生徒など、ゲヘナ風紀委員の敵ではない。

そのプライドを以て接敵し、銃床を彼女のこめかみへと振るう。

 

 瞬間、彼女の腕が自身の首を鷲掴んだ。

 

 

「が――ッ!?」

 

 

 次いでイオリが感じるのは浮遊感と首を締め上げられる圧迫感。

一瞬、彼女は自身の身に何が起きたか分からなかった。

だが首への痛みと圧迫感を自覚して、自身が彼女に片手で持ち上げられていることに気が付く。

 

 なんという膂力。なんという耐久力。

確かに額に当たったと言うのに、もしや一切怯まずに反撃をした――?

そしてそのまま空いた手で軽々と持ち上げた――?

 

 

「――――」

 

 

 彼女の表情は怒りに歪んでいた。

眼光だけで人を射抜けるのではないかと言わんばかりの激情。

様々な不良生徒を相手にしてきたイオリも、それを一身に向けられてさすがに心が折れた。

 

 ――悪夢だ。

 

 そして再び浮遊感。

自身が乱暴に放り投げられたというその事実に、一歩遅れて思考が追い付く。

緩やかに時間が流れる中、イオリは自身へと向けられた対物ライフルの銃口を見た。

 

 ――それがこの戦いの中で、彼女が最後に見た光景だった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

『ゲヘナ風紀委員会部隊長、撃破確認しました!』

 

「前線を押し上げて! 対策委員会はそのまま正面へ! カヨコ、便利屋は後方を警戒しながら付いてきて!」

 

「分かった! 皆、後方警戒しながら付いてきて!」

 

 

 イオリがアキの銃弾によって沈黙した後、ゲヘナ風紀委員会の動きは著しく鈍くなった。

対策委員会と対面するその遠方で、ホログラムによって等身大に表示されたアコが、

その表情を引きつらせているのが見て取れる。

 

 手を大きく振り回し、崩れた部隊に指揮を出し続けているが――いくらこちらより組織力で勝ると言えど、その立て直しには時間の浪費は免れない。

 

 であればその隙を狙う。

"私"は前進する対策委員会に続き、カヨコと共に便利屋の面々を後続に配置したまま追従する。

 

 現状、もっとも恐れるのは物量の暴力に飲み込まれること。

包囲網の崩れた場所を喰らい、その際に発生した両翼を抑え込みつつ、

包囲網の外殻に後退しながら攻撃ポジションを素早く確保する。

 

 そして彼女たちに目の前の十字路に展開する風紀委員会を突破する能力は――ある。

"私"はそう信じていた。

 

 

「このままじゃ突破されるっ!」

 

「いや、このまま挟撃だ! 撃て、撃てぇ!」

 

 

 しかしこの状況でも風紀委員会の彼女たちは混乱しつつも反撃へと転じた。

やはり組織力は高い。食い破られると同時に両翼からの挟撃に移行――だが耐え切れるはずだ。

彼女がいるのであれば。

 

 ――刹那、尾を引くような重い金属音が響き渡る。

 

 それは連続して響き渡る五つの咆哮。

こちらにとっては恵みの雨――あちらにとっては荒ぶる砂塵とでも言うべきか。

 

 "私"が彼女たちの突破を確信している理由の一つだった。

その嵐は挟撃へ移行しようとした風紀委員会の少女らを的確に撃ち抜き、さらに彼女たちに混乱と恐怖を植え付ける。

 

 彼女らはこれ以上追撃されては堪らないと、建物や遮蔽物の奥へと退いていく――。

結果として彼女らの警戒すべき射線が二つとなって、こちらに余裕が生まれた。

 

 指示は出していない。

しかし狙撃手――梔子アキは常に戦況を見て、的確な支援をこちらにくれた。

それがこの場で、どれほど心強いことかなど言うまでもない。

そしてその誠意に応えるべく、"私"は心を奮い立たせる。

 

 

「皆、合流したね!? 対策委員会は左翼! 便利屋は右翼を牽制!

遮蔽物を利用しつつ、このまま1ブロック先に直進しながら包囲網を突破するよ!」

 

 

 ――了解!

 

 少女たちの鋭気に満ちた声が響き渡る。

そして"私"の号令と共に、敵陣両翼へと掃射が向けられた。

 

 さらにその間隙を埋めるように、的確に上空から降り注ぐのは狙撃の雨。

風紀委員会の少女たちは遮蔽物へと再び釘付けにされるか、あるいはその弾丸によってその場に倒れ伏していく。

 

 "私"たちはその勢いのままに大通りを後退し――包囲網を突破した。

結果として両翼の残党が正面へと合流していく。

ならば次は、雪崩れ込んでくる敵の濁流の対処だ。

 

 

「ムツキ、なにかいい爆弾はあるかな!?」

 

「そ・れ・じゃ・あ~……こんなのなんて、どう――っ!」

 

 

 "私"の指示にムツキは装備していた大きなスクールバックへと手を突っ込む。

そして素早く何かを取り出したかと思うと、上半身を大きく捻ってそれを思い切り投げた。

取っ手のついた円盤状のそれは――対戦車地雷。

 

 それは放物線を描きながらこちらへと前線を押し上げてくる風紀委員たちの目の前へと落ち、爆発する。

耳を劈く轟音と揺れる視界の片隅で、数名の少女らが派手に吹き飛ぶ姿を見た。

 

 

「やるじゃない便利屋!」

 

「これ結構高いんだよ~! これでタダ働きとか本当に最悪~!」

 

 

 爆弾収拾が趣味と聞いた時は身構えたものだが、いざ味方となればこれほど心強いことはなかった。

そして先日のアビドス高校前の戦闘もあり、彼女の特性を知れていたのが役立ったとも言える。

 

 

「ん、リロード……!」

 

「任せなさい!」

 

 

 ――シロコのリロードタイミングに合わせ、アルが遮蔽物から勢い良く顔を出す。

 ――間髪入れずに射撃。着弾と共に数名の風紀委員を巻き込んだ爆発を起こす。

 

 

「許さない許さない許さない――!」

 

「ああもう! 無理してないで下がんなさいよ! ノノミ先輩!」

 

「は~い! 全弾発射~!」

 

 

 ――前線で孤立しかけていたハルカを引きずりながら下がらせるセリカ。

 ――そしてそれを援護するようにノノミの機関銃から放たれる弾幕が、混乱した風紀委員を薙ぎ払う。

 

 

『後方支援、到着しました!』

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

「先生、下がって! 左翼の連中が回り込んできてる! ハルカ、治療早々で悪いけど盾になって!」

 

「は、はい! 先生は、必ず守ります……っ!」

 

 

 ――アヤネのドローンから投下される治療キットが、落下と共に淡い光をばら撒いて傷を治癒する。

 ――カヨコの指揮を聞き付け、すぐさまハルカが"私"の左方へと躍り出る。そして迫り来る敵兵へとショットガンを乱射する。

 

 

(すごいなぁ……)

 

 

 "私"はタブレットの画面ににポップアップしてくる戦況を随時読み解きながらも、内心では感嘆の声を零していた。

 

 いがみ合っていた生徒が一つの物事に協力して、困難に立ち向かう――。

絵に書いたような青春だ――もっとも、いささか物騒な状況ではあるのだが。

 

 

『先生』

 

 

 ふと、インカムから低い声がこちらを呼んだ。

 

 建物を飛び回り、的確な狙撃を行う生徒――梔子アキだ。

タブレットに表示されるマップを見れば、どうやら現在の彼女はデパートの屋上から風紀委員たちを狙撃しているらしい。

 

 先ほどからあの重い銃声が断続的に五発鳴り響いており、そしてその度に風紀委員会の動きが目に見えて停滞していくのが感じ取れた。

 

 

「アキ、そっちは大丈夫?」

 

『前線は任せていいですか? 後方に待機してる部隊を見つけたから潰してきます』

 

「弾薬は足りる?」

 

『いざとなったら武器を奪うなり素手で殲滅するので』

 

「……手加減はしてあげてね?」

 

 

 返って来る言葉はないが、タブレットに映るマップから、彼女の存在を示すマーカーが画面外へと勢いよく飛んでいく。

マップの全体像を表示すれば、1キロメートル先に複数の敵性存在を示す赤いマーカーが密集して表示されていた。

そしてアキのマーカーがさらに接近すれば、マーカー情報の詳細に『ゲヘナ学園風紀委員会』という一文が追加され――その外郭から徐々にそれらが消えていく。

 

 

「梔子アキはなんて?」

 

 

 話しかけてきたのはカヨコだった。

彼女は拳銃でハルカの援護をしながら周囲に視線を走らせていた。

 

 

「前線は私たちに任せて、後方の部隊を殲滅してくるって」

 

「本当に化け物――待って、後方の部隊?」

 

 

 すると、それを聞くなりカヨコは考えるような素振りを見せる。

 

 

「……これはもう、アコの権限で動かせる兵力を超えてる。ということはこの襲撃、アコの独断じゃなくて――」

 

「まさか……風紀委員長が?」

 

 

 カヨコの言葉が耳に届いたらしいムツキが、その先を繋げるようにそんな想像を呟いた。

その表情には小悪魔的な彼女らしからぬ、ややひきつった笑みが浮んでいる。

 

 そしてその単語を聞くなりカヨコへと勢いよく振り返ったのはアルだ。

その表情はお世辞にも顔色が良いとは言えないような、明らかに動揺と血の気が引いたものが浮かんでいた。

 

 

「えっ、ヒナが来るの!? 無理無理無理!? 逃げるわよ、早く!」

 

「いや、そうは言ってないから落ち着いて……あと口よりも手を動かして」

 

 

 戦線へと再び向き合う彼女らだが、その様子は病的と言えるほどに怯えが混じっていた。

 

 

「シロコ、ドローンで正面を爆撃! ムツキもありったけの爆弾をお願い!

えっと、ヒナって……風紀委員長の?」

 

「そう。先生、まだ会ったことないんだ」

 

「どんな子?」

 

「化け物だよ。もし梔子アキをこの場で止められる人間がいるのなら、ヒナ以外はありえないってくらいに」

 

 

 カヨコの説明に、思わず「ああ……」と気の抜けた声をこぼしてしまう。

それならば便利屋の面々が恐れるのも納得であった。

 

 

「だけど梔子アキという武力をヒナが知らないわけがない。

しかも梔子アキもゲヘナがアビドスとは政治的な問題にはならないって言ってたし。

だとしたら、これは本当にアコの独断なのかもね」

 

「なるほど。そっか……」

 

 

 もしかすると件の風紀委員長は、この件に関しては何も知らないのかもしれない。

そしてそれこそが、この状況を終わらせる鍵だ――"私"はそう確信した。

ならばと、"私"はシッテムの箱にいるアロナを呼び出した。

 

 

「アロナ、近くの放送設備にアクセスできない? できれば外部に聞こえるようなやつ」

 

「はい先生、可能ですよ!」

 

 

 アロナはその小さな画面の中で元気良く敬礼をすると、すぐさまウィンドウがポップアップされる。

 

 

「先生、誰と喋ってるの?」

 

「ん? まあ……私をサポートしてくれるAIみたいな子だよ」

 

 

 カヨコの問いかけに簡単にそう答えて――アロナについては"私"も詳細は分からないので、そう説明するしかない――表示されたウィンドウ内の各種設定を操作していく。

 

 戦況としては盛り上がってきたところではあるのだが、教師としては明確な着地点と言うものを用意してあげなければならないだろう。

少なくともこの戦いは、互いの深い憎しみから生じたものではないのだから。

 

 "私"はインカムに手を添えると、極力穏やかな声を意識して口を開いた。

 

 

「――アヤネ、ちょっといいかな? それとアキも」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ――ゲヘナ学園、風紀委員会執務室。

 

 完璧な作戦だと思っていた。

優雅にコーヒーを飲みつつ、現地に展開する部隊に指揮を出す――。

 

 しかし現実はどうだ。

 

 自身を中心に展開される空中ディスプレイ――現地の戦況をリアルタイムで観測できるシステムのその中心で、アコは焦っていた。

 

 そこには各部隊の人員数を示すゲージ、そしてそれに付随して並ぶ数字は赤い文字で表示されていた。

一時撤退、部隊の再編制の指示、侵攻ルートの変更――もぐら叩きのように、次から次へと発生する問題。

机に置いていたマグカップはすっかりと熱を失っていた。

 

 

『第一、第三中隊全滅です! 第二中隊は一時退却し、再整備に入ります!』

 

『第五中隊、第四中隊に合流します! 指示を!』

 

 

 焦燥感や苛立ちがピークに達した結果、乾いた笑いが口から漏れる。

まさかこれほどとは――と、ありきたりな台詞が脳裏を過り、それも堪らず零れ出しそうになった。

 

 たった五名のアビドス高校の生徒と、不良生徒である便利屋68の四名。

彼女たちだけならば、いくつかの中隊を用意するだけで制圧できる。

アコにはその自信があった。

 

 しかし梔子アキという要注意人物、そしてシャーレの"先生"という不確定要素を鑑みて、現在の戦力を動員したのだ。

だがその結果、少数による一点突破と言う強引な方法で包囲網を食い破られ、今では地形的有利を取られて戦況はあちら側に傾きつつあった。

 

 

『第八中隊、これ以上の戦闘続行は不可能! 補給のため、一時撤退します!』

 

(それに加えて後方部隊にまで……こっちは梔子アキ……!)

 

 

 そしてメインである交戦地帯もそうだが、後方部隊にまで被害が及んでいる事実がアコにさらなるストレスを与えていた。

 

 【砂塵の悪夢】――梔子アキ。

 

 市街地という高低差のある地形を()()()()()を以て無視し、飛び回るように狙撃ポイントを常に変えて後方部隊を一方的に撃破している。

彼女さえいなければ、こんな状況になどなっていない。

 

 ――壁を走って移動しながらの狙撃? ふざけるな。

 ――そんな馬鹿げた力技、ヒナ委員長くらいしか。 

 

 彼女の情報は情報部を通じて知っていたつもりだったが、どうやら更新が必要なようだった。

 

 敬愛する風紀委員長と懇意にしているが故の嫉妬。

そしてただの雇われ傭兵だと軽視して敵視してしまったこと。その結果がこれだ。

自身が彼方の戦力を見誤ったことだけは事実で、それが苛立ちをさらに膨らませ――ふっと、力が抜ける。

 

 

「委員長に知られてしまったら、イオリと仲良く反省文ですね……」

 

 

 堪らず自嘲を孕んだ独り言と笑みがこぼれる。

 

 ――だが負けられない。

 

 ゲヘナ学園、そしてゲヘナ風紀委員会としての意地がある。

アコ自身、風紀委員長である空崎ヒナのような特別な才能はない。

努力だけでこの地位までやってきたのだ。

そんな自身を否定するような現状に、アコが抗うのは当然だった。

 

 部隊の再編制と、進行ルートの選定――タスクは多い。

だが負けるわけにはいかないのだと、アコは自身を奮い立たせた。

 

 

『行政官、敵からの攻撃が止みました……』

 

「は――?」

 

 

 だがその時、飛び込んできたそんな通信にアコは思わず間の抜けた声を零した。

宙に浮くディスプレイの一つを見れば、いつのまにか静寂を取り戻した戦場の一風景が映っていた。

 

 ――なぜ?

 

 アコは唐突に訪れたそんな現状に混乱するも、しかしこれは相手の策略の一つかもしれないと警戒を緩めることはなかった。

あちらには便利屋68の鬼方カヨコもいれば、今回の作戦目標でもあるシャーレの"先生"もいる。

絶対に油断はしない。そう強く自身に言い聞かせて、アコは部隊へ指示を出す――その時だった。

 

 

『ゲヘナ風紀委員会の皆様、聞こえているでしょうか?』

 

 

 突如して響き渡ったのは対策委員会側の生徒の声。

近場の施設の外部スピーカーを用いているらしく、ややノイズ混じりの音声であった。

声の主は、恐らくアビドス高校――奥空アヤネというオペレーターである。

 

 ――なぜこのタイミングで放送設備を?

 

 アコは一度指示を出すのを取り止め、さらに警戒を強めた。

 

 

『これ以上の戦闘継続は無意味なものと判断しました。

そちらが撤退していただけるのなら、我々は一切の追撃をしないとお約束いたします』

 

「な――っ」

 

 

 だが返ってきたのは予想だにしない提案であった。

この戦闘が無意味――それはつまり、裏を返せばそもそもこちらが望むものは手に入らないと言うこと。

そして互いに悪戯に時間を消費するだけだと、彼女らは言っているのも同義であった。

それをアコが侮辱と受け取り、反発しないわけがない。

 

 

「そ、そんな提案など認められるわけありません! 第一、まだこちらは戦えます!」

 

『ええ、そうだと思います。さすがはゲヘナ学園の風紀委員会、聞きしに勝る部隊の練度。

そして行政官の指揮能力の高さには感服しております』

 

 

 ですが、とアヤネは続ける。

 

 

『これ以上は戦闘は、悪戯に互いを摩耗させるだけです。

そちらにも校則違反者の取り締まりもあるでしょうし、

本日からしばらくの間、手が足りなくなるのは死活問題かと』

 

「……余計なお世話です。

先生の身柄をこちらに預けてくれるという条件であれば停戦は呑みますが」

 

『それはアビドス対策委員会としては承認しかねます。

また先生からの伝言ですが、我々の抱えている問題に一区切りがついた後でなら、

いくらでも力を貸すと仰っております』

 

 

 苛立ちが募っていく。この現状も、彼女の淡々とした物言いも含めて。

 

 

『それと……この部隊の数を動かすのは、それなりの承認が必要かと思われます。

さらに他自治区への攻撃ともなると、風紀委員会内の承認だけではなく、

そちらの生徒会――万魔殿の承認は間違いなく必須のはずです。

もちろん、正規の手続きを経てこちらにやってきているのですよね?』

 

 

 ――そして唐突に刺してくる。

 ――核心と、こちらの嘘を。

 

 

『お互いのために、今日のことは水に流した方が賢明ではないでしょうか。

今すぐ撤退の意志を見せていただけるのであれば、"政治的"にもこれ以上の追及はしないとお約束します』

 

 

 はっきりと、堂々とした口調でそう言い放つ。

この少女、人畜無害なふりをした鬼畜か。こちらの急所を的確に突いてくる。

しかもこれだけの戦力を前にしてこの強気な発言は世間知らずか、あるいは恐ろしいまでの胆力の持ち主か。

 

 ――いや、そもそもだ。

 

 "鬼方カヨコ"――ゲヘナの事情に()()詳しい不良生徒。

恐らくは彼女の入れ知恵。情報収集能力の乏しいアビドスへとそれを提供した。

 

 "先生"――キヴォトスに赴任してから間もない彼が、自治区ごとの政治に詳しいわけがない。

だからこそカヨコに力を借り、アヤネの交渉能力を信じて交渉役として矢面に立てた。

そしてその審美眼は、確かなダメージをこちらに与えてきた。

 

 だが、ここまでやって退けるはずなどない。

 

 

「そ、そんな提案呑めるわけがありません! 風紀委員会、攻撃を――」

 

『アコ』

 

 

 ――それは最初、何かの聞き間違えだと思った。

 

 騒ぎ立てていた自身の声を遮る小さな声。

しかしそれは混線した会話の中でも通るようなしっかりした声で、確かな力強さがあった。

 

 そして何より、自身がそれを聞き間違えることなどない。

なにせその声は――。

 

 

「ひ、ひ、ヒナ委員長!?」

 

 

 空中ディスプレイの一つが、展開されていた他のディスプレイ群に割り込むようにしてスライドしてくる。

そこに表示されていた人物は、アコにとっては今一番会いたくない人物であった。

小柄で華奢な体、癖のある白い長髪、身の丈ほどの機関銃――。

 

 そして自身が最も敬愛してやまないゲヘナ風紀委員会委員長、空崎ヒナその人だった。

 

 

「い、い、委員長がどうしてこんな時間に……?」

 

『アコ、今どこ?』

 

「わ、私ですか? 私は……そ、その……えっと……

ゲ、ゲヘナ近郊の市内の辺りです! 風紀委員のメンバーとパトロールを……」

 

 

 ――思いっきり嘘じゃん!

 ――やっぱり、行政官の独断行動だったみたいですね☆

 ――風紀委員会の行政官が隠蔽?いけないんだ~♪

 ――じょ、冗談はその制服だけにしてくださいぃぃっ!……こ、これでいいんですかアル様!?

 

 そんな野次が別のウィンドウから聞こえるが、それは咳払いで誤魔化す。

あれくらいの距離、音量であればマイクがそれを拾うことはないはずだ――多分。

 

 

「そ、それより委員長はどうしてこんな時間に……出張中だったのでは?」

 

『さっき帰ってきた』

 

「そ、そうでしたか……!

その、私、今すぐ迅速に処理しなくてはいけない用事がありまして……」

 

 

 我ながら苦しい言い訳だ――そしてそれを敵対勢力に見られている。

なんと屈辱的なことだろうか。

アコは取り繕うような笑みを浮かべながらも、その胸中は犬歯を剥き出しにした狂犬だった。

 

 しかしとにかく今は、ヒナに一度退出してもらいたい一心である。

ただでさえオーバーワーク気味の彼女には心労は掛けられないと、彼女はその思考をフル回転させた。

 

 

「後ほどまたご連絡いたします! い、今はちょっと立て込んでいまして……!」

 

『立て込んでる……パトロール中なのに珍しい。何かあったの?』

 

「え? そ、その……それは――」

 

『他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないようなことが?』

 

「……え?」

 

 

 次の瞬間、アコの思考が停止した。

 

 ――ヒナの声が二重に聞こえる。

 ――ウィンドウの一つに見慣れた影が映り込む。

 

 そしてそこに視線を向けると彼女がいた。

 

 

『――アコ。この状況、きちんと説明してもらう』

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