それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~ 作:白桐
「あれが……」
「ゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナよ」
"私"の隣へと降り立ったアキが、その疑問に短くそう答えてくれた。
そんな彼女の手には携帯端末が握られている。
そしてアコはと言うと、大仰に口を開いたまま、
まさに驚愕という言葉を体現したかのような表情で固まっていた。
だが対する空崎ヒナは相変らず無表情で、淡々とアコへと状況の確認を行い始めた。
"私"はそれを眺めることになるわけだが――。
自身に非がある状況でその被害を減らしたい――あるいは誤魔化してお咎めなしにしたいと言うのは人の性であるし、それについては共感もできる。
特にお金関係は本当に怖い。
レシートで五千円以上の買い物をして、さらにそれをとある生徒に見つけられた日には地獄である。
"私"に例えるのであれば、まさにアコはそんな状況だと言えるのかもしれない。
『そ、その……これは、素行の悪い生徒たちを捕まえようと……』
「便利屋68のこと?どこにいるの?
今はシャーレとアビドスと、対峙しているように見えるけど」
『え、便利屋ならそこに――』
"私"へと視線を向けるアコだが、その言い訳も道を断たれることになる。
――ごめん、もういないんだ。
アコの視線につられてその場の生徒たちが"私"の隣を見るが、そこに便利屋68の面々の姿はない。
風紀委員会やラーメン屋を爆破してアキを激怒させた件もあり、
"私"が彼女らにちょっとした取引をしたのはほんの数分前のこと。
「あとで大将やアビドスの子たちに謝るなら、今は逃げてもいいよ」と告げると、
まさに疾風の如きスピードでこの場から去って行った。
そんな経緯もあり、"私"はその気まずさを誤魔化すようにしてアコに笑みを返した。
しかし対する彼女の笑みは引きつっていて――怒りと絶望が混ざったような、
何とも形容しがたい間の抜けた表情を浮かべていた。
『さ、さっきまでそこにいたんです、が……』
「……」
『え、えっと……委員長、全て説明いたします』
「いや、もういい。だいたい把握した。察するに、ゲヘナにとっての不安定要素の確認及び排除。
そういう政治的な活動の一環ってところね」
ヒナは表情一つ変えなかった。
表情を変えずに、アコを真っ直ぐ見つめる。
「でもアコ、私たちは風紀委員会であって生徒会じゃない。
シャーレ、ティーパーティー、それに連邦生徒会。
そういうのは【万魔殿】のタヌキたちにでも任せておけばいい。
……詳しい話は帰ってから。通信を切って校舎で謹慎していなさい」
そう告げると、魂が抜けたかのような――脱力してすっかりと燃え尽きた表情をアコは浮かべた。
そして『……はい』と短く答えて、彼女はこの戦場からログアウトしていった。
残ったのは、ゲヘナ風紀員会とアビドス対策委員会のみ――。
「じゃあ、あらためてやろうか」
『ま、待ってくださいシロコ先輩! ゲヘナの風紀委員長と言ったら、
キヴォトスでも匹敵する人物を見つけるのが難しいほどの、強者の中の強者ですよ!
確かにアキ先輩がいますけど、ここは下手に動かず、一旦交渉するのが吉です!
どうしてそんなに戦うのが好きなんですかっ!』
「……アキ先輩もいるからいけるかなって」
シロコの中ではアキの存在はかなり大きなものになっているらしかった。
しかし当の本人は「私の名前を出すな」と言わんばかりに嫌そうな表情を浮かべていた。
そしてこれ以上の無意味な会話は面倒だと思ったらしい彼女は、大きく溜息をつく。
「ええっと……奥空さん? 空崎委員長との交渉は任せてくれない? 一応、それなりに付き合いはあるから」
『それは構いませんが……』
「疲れたでしょ。少し休んでて」
『あ、ありがとうございます……』
アキが労うと、アヤネは驚いたように言葉を詰まらせた。
初対面の印象が暴力的なそれだったからこそ、掛けられた優しい言葉に困惑したのだろうか。
彼女は何とかお礼を言う――が、次の瞬間、気の抜けたような深いため息がインカムから聞こえてくる。
それに対し「アヤネちゃん、ミュートになってないよ」「頑張りましたね、よしよし☆」
「ん、お疲れ様」……と言った労いの言葉を贈られたのは言うまでもないだろう。
恐らくは対策委員会の教室で顔を真っ赤にしているであろう彼女のことを思うと、つい笑みを隠しきれなくなる。
そうしていると"私"の腕をアキが数度軽く叩いた。
そちらへと視線を向ければ、彼女は首を小さく振った――ついてこい、ということだろう。
"私"は対物ライフルを下げて構える彼女の後に付いていく。
「……あなたがシャーレの先生ね」
「そうだよ、よろしくね」
そして"私"は、噂の空崎ヒナとそこで初めて対面することとなった。
癖のある白い長髪と後頭部から伸びる禍々しい角、そして華奢で小柄な体躯と腰から伸びるコウモリのような羽――。
さらにそこに、自身の背丈と同等の、無骨かつ禍々しい意匠の機関銃を携えていた。
その顔は冷たい無表情――だがその視線や纏う雰囲気は異質で、
今まで相対してきた生徒たちとの根本的な違いに、"私"は身が引き締まるような僅かな緊張を覚える。
「悪いわね。わざわざ呼び出しちゃって」
「いいえ、あなたがいてこの程度の被害なら安いものだわ。
万魔殿には小言を言われるでしょうけど」
アキとヒナはどこか親し気だという風に"私"には見えた。
連絡先を知っていることから、それは当然なのかもしれない。
または風紀委員会で傭兵として重宝されているらしいから、信頼関係もあるのだろう。
"私"がそんな考察を頭の片隅で思考している最中も、二人の会話は進んで行く。
「……とりあえず、この状況については理解してる?」
「事前通達なしでの他校自治区における無断兵力運用、および他校生徒たちとの衝突……」
ヒナはそこまで口にして、一度言葉を区切り――。
「けれど、そちらが風紀委員会の公務を妨害したのも事実。違う?」
「
「二年前も同じことを聞いたわ。そしてその時の情報部はあなたに鎮圧された。
またゲヘナと戦争をするつもり?」
「済んだ話をするつもりはないわ。第一、アビドスへ武力を持ち込んだ時点で、
「だけどそれを担保していた連邦生徒会長はいない。今、あの決まりにどれほどの効力があるというの?」
「書類は残っているでしょう?」
――その会話を皮切りに、なぜか空気が重くなっていく。
穏やかに交わすものだとばかりに思っていた会話は、気が付けば議論へと変わっていた。
互いに無表情のまま、淡々と指摘の応酬を繰り広げる――さらにその内容も、
当人同士でしか分からない内容ばかりなので理解が追い付かない。
しかし確実に言えることは、再び戦場の空気が張り詰めたものへと戻りつつあるということであった。
そして先に口を開いたのはアキだった。
「やっぱりやりましょうか。もうそっちの方が手っ取り早い」
彼女は真顔でそう口にした。
そしてそれを皮切りに、対策委員会の面々は一斉に武器を構え――インカムの向こうで「ひゅっ……」と引きつったような短い呼気が響く。
「ん、さすが先輩」
「やるッ!? 本当にやっちゃうのね!?」
「こちらにもしっかりと言い分がありますし、さっきと意見は変わりませんからね~☆」
『アキ先輩ィィィ――ッ!?』
再び闘争の炎が灯っていく対策委員会の面々、そしてその元凶であるアキへとアヤネは堪らず叫ぶ。
さらにそれを聞き、ヒナの後方で待機していた風紀委員の面々も動いた。
この一連の流れを見てか、彼女らも慌ただしくも武器を構える。
アヤネは必死に対策委員会の面々を宥めようと四苦八苦思考しているようだが――さすがに限界が来たらしい。
先ほどのアコとの交渉において、素晴らしい大立ち回りと交渉能力を発揮したアヤネの勇姿は記憶に新しい。
だがその報酬がこの四面楚歌の状況だとは、さすがに酷過ぎると"私"も思う。
『あうぅ、せ、先生~……!』
「まあまあ落ち着いて。こういう時、ホシノがいればなぁ……」
とうとう"私"へと助けを求めてくるアヤネを宥めながら、"私"は彼女の存在を思い出す。
この騒ぎにも関わらず、未だに現れない対策委員会で最年長の生徒。
彼女がいれば、上手くこの場をまとめて互いに良い方向へ進めてくれるのではないか。
しかし、この場に彼女はいない。
先日のセリカが誘拐された件もあり、なにか事件に巻き込まれているのではないかと不安が過る。
話を聞けば連絡もつかないそうで、"私"はどうしたものかと思案し――。
「……ホシノ? アビドスのホシノって……もしかして、小鳥遊ホシノ……?」
意外にも、その何気ない"私"の発言に反応したのはヒナであった。
目を丸くし、"私"の言葉の続きを待っているようだった。
しかしその発言から数秒と待たずして、"私"の背後から砂を踏む乾いた音がひどく響いて聞こえた。
振り返れば、そこにいたのは。
「うへ~、こいつはまた何があったんだか。すごいことになってるじゃ~ん」
桃色の長髪、小柄で華奢な体躯、片手にはショットガン。
折りたたまれた無骨なバリスティックシールドをスリングで肩から引っ下げている――件の先輩、小鳥遊ホシノがそこにいた。
『ほ、ホシノ先輩!?』
「ごめんごめん。ちょっと昼寝しててね~、少し遅れちゃった」
「昼寝ぇ!? こっちは色々大変だったのに! ゲヘナの奴らが……!」
「ん、もうほとんど撃退した」
「だけど新しい火種と言いますか~……」
いつもの気の抜けた笑みを浮かべながら、道路の真ん中をホシノが歩いてくる。
通信に出たアヤネは驚き、"私"の後方で銃を構える対策委員会は彼女に対して、あれやこれやと不満を騒ぎ立てていた。
それに対して困ったように笑いながら、ホシノは"私"の傍までやってくる。
"私"はやってきたホシノに笑みを浮かべながら、小さく片手をあげて出迎えた。
「ええっと……どういう状況?」
「いろいろあってゲヘナ風紀委員会とやり合ってた。
今は停戦に向けて空崎委員長と交渉中だったけど、両者が納得できずに戦闘継続予定」
「うへえ、面倒だなぁ……」
アキのかなり省略された説明を受け、ホシノはげんなりとした表情で項垂れる。
だがそれもほんの僅かな時間。
すぐに顔を上げたホシノの表情はいつもの気の抜けた笑みを浮かべていた。
――だが、その目だけは笑っていない。
「うーん、事情はよく分からないけど、対策委員会はこれで勢ぞろいだよ。
ということで、あらためてやり合ってみる? 風紀委員長ちゃん?」
そう告げると、対するヒナは首を振った。
そしてじっとホシノの顔を見る。
そこに浮かぶのは――どこか信じられないものを見るような、そんな表情だった。
「一年生の時とはずいぶん変わった。人違いじゃないかと思うくらいに」
「……ん? おじさんのこと知ってるの?」
ヒナは肯定はしなかった。
だが、ただ静かにホシノを真っ直ぐ見る。
「情報部にいた頃、各自治区の要注意生徒たちはある程度把握していた。
特に小鳥遊ホシノ……あなたのことを忘れるはずがない。あの事件の後、アビドスを去ったと思ってたけど――」
「そこまでよ。今はこれ以上の戦闘継続をどうするか、でしょ?」
アキはヒナの言葉を遮り、本筋へと話を戻そうとする。
彼女の語気はやや強く、脱線を――その話の続きを許さないとでも言わんばかりのものに感じた。
ホシノの表情もどこか強張ったもので、笑みと困惑の中間のような曖昧な表情でそれを聞いていた。
対するヒナは「そうね」と短く頷き、一つ息をつく。
そして緊張が解けたかのように、彼女の肩が小さく下がった。
「さっきのは冗談よ、梔子アキ。
ゲヘナ風紀委員会はあなたと……アビドスと事を構えるつもりはない。
ましてや小鳥遊ホシノとあなたが揃っているならなおさら。
少し
「こちらこそ。こっちも後輩の子がどういう風に止めるのか見てみたくて。
……やっぱり連邦生徒会長がいないと、そちらの認識としてはそうなるの?」
「あえてそこに付け込むとすれば、だけど。でも万魔殿もあなたがいるのなら手は出さないでしょう。
あなたはマコトのトラウマそのものだもの」
ヒナはそこまで言い終えると深呼吸を一つ。
改めて"私"を――その後ろにいるアビドス対策委員会を見据える。
「事前通達無しでの無断兵力運用、そして他校の自治区で騒ぎを起こしたこと。
このことについては私、空崎ヒナより、ゲヘナの風紀委員会の委員長として、
アビドスの対策委員会に対して公式に謝罪する」
そして――静かに頭を下げた。
その突然の行動には対策委員会どころか、
ヒナの背後で控える風紀委員会の面々ですら驚愕の表情を浮かべていた。
「
「……みんな、これでいいわね?」
アキがそう確認すれば、対策委員会の面々は大きく頷く。
その際にシロコが大きく手を挙げてガッツポーズを上げるのだが、セリカがそれを慌てて下げさせ、
『なんでそうやって煽るんですか!?』と、続けざまにインカムからアヤネの怒声が響き渡った。
すごすごとシロコは後ろに下がるのだが、そんな微笑ましい光景がおかしくて"私"は思わず笑ってしまう。
こうして昼食時のいざこざから発展した大事件は、一先ず幕締めとなったのだった。
「……シャーレの先生」
――はずだったのだが、一段落した後、ヒナが"私"へと話しかけてきた。
唐突な呼びかけに、当初の"私"は思わず自分が話しかけられたという事実に一拍遅れて気が付く。
しかし目を丸くしている"私"に、ヒナは肯定を示すように小さく頷いた。
「そう。あなたに伝えておきたいことがある。これは直接言っておいた方がいいと思って。
……カイザーコーポレーションのこと、知ってる?」
「……よく知ってる」
"私"は静かに頷いた。
ここ数日、"私"はただ生徒たちの自主性に任せて見守っていたわけではない。
先日のブラックマーケットにおける銀行強盗作戦で得られた情報が確信となり、
あれから再びカイザーコーポレーションについて調査を行っていた。
以前に襲撃された件もあり、方法を変えて水面下で静かに――である。
もしかするとそれを彼女は聞きつけたのかもしれない。
ゲヘナ学園には他校の追随を許さない強力な情報網があると言う――もしかするとそれによるものだろうか。
「これはまだ万魔殿もティーパーティーも知らない情報だけど、
あなたには知らせておいた方が良いかもしれない。
アビドスの捨てられた砂漠――あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでる」
「……カイザーコーポレーションが?」
「待って」
だがそこで割り込んだのはアキだった。
"私"を睨むその表情はいつになく険しく冷たいもので、"私"の発言を許さないと言う威圧感を放っているように思えた。
そしてそれは"私"だけではなく、ヒナにも向けられる。
「部外者に話す必要はないでしょ」
「……悪かったわ」
そこに"私"が割り込む余地はなかった。
短いそのやり取りの後、アキとヒナは互いに視線を交わし――そして気まずそうに視線を外す。
そうしてアキはすぐさまこちらに背を向け、ヒナだけが"私"を見た。
「じゃあまた、先生」
「うん、またね」
短いそんな別れの言葉に、"私"は穏やかな笑みを浮かべて小さく手を振った。
――未だ本心を明かしてくれないアキを心配に思いながら。
***
『風紀委員会の全兵力……すごい速さでアビドスの郊外へ消えていきました……』
ゲヘナ風紀委員会の撤退は迅速だった。
戦闘不能な人員も多いと言うのに、一糸乱れぬ動きで撤退してく姿はまさに壮観で。
十分もしない内に、その場に残されたのは対策委員会の面々と"私"だけだった。
「ええっと、結局おじさんは状況が全然わかってないんだけど、何があったの?」
『そうです、分からないのは私たちも同じなんですよ!
そもそもホシノ先輩はこんなタイミングまでいったいどこで……!』
ホシノがそれを聞けば、声を荒げたのはアヤネである。
実質先ほどの大規模戦闘を終結まで進めたのは、彼女の交渉能力による割合が非常に大きかった。
それ故に、その労力を知らずに暢気にやって来たホシノを怒るのは当然だろうか。
ホシノは平謝りしながら、必死にアヤネを宥める。
その光景を呆れたようにアキも見ていたのだが、次の瞬間には映像越しのアヤネの視線が勢い良く向く。
その表情はどこか恨めしさのこもった"ジトリ"としたもので、それを向けられたアキは驚いたように小さく肩を跳ね上げた。
『アキ先輩もです! どうして煽るような真似をするんですか!?
戦って解決しようだなんてあんまりにも短絡的過ぎます!』
「いや、あれは奥空さんがどう捌くかが気になって……」
『心臓に悪いことを試すようなことなんてしないでください! あとアヤネで結構です!
それと他の対策委員も! 何でもかんでも武力で解決すればいいってものじゃありません!
あと今回の戦闘についてはアキ先輩がいたからこそ、ここまでやれたことをちゃんと理解してください!
だから退くべき時には退く! 私が交渉している時は大人しくしてください!』
――はい。
その場の生徒たちが、揃って短い返事をして項垂れた。
いずれもその表情は落ち込んだものであり、まるで母親に怒られた子供たちのように見える。
改めて言うが、奥空アヤネはアビドス高校の一年生である。
しかしその胆力と瞬発力は目を見張るものがあった。
少なくとも"私"はそう思っているし、何よりもそれが遺憾なく発揮されたのが先刻の交渉である。
彼女なしでは対策委員会は野蛮な戦闘集団になるだろうと"私"は思う。
――それはさておき。
「アキ。気になったことがあるんだけど、いくつかいい?」
「……答えられる範囲でなら」
「
先ほどのアキと空崎ヒナとのやりとりの中で、"私"が気になったことを改めて彼女に投げかけた。
すると彼女は本当に嫌そうに顔を歪めて視線を逸らした――面倒だと言わんばかりに。
しかし僅かな沈黙の後、彼女は観念したように口を開いた。
「……資料室にファイリングしてる重要文書があるのでそれを見てください。
ここで説明すると長くなるので」
本当にそのことを話すのが嫌なのだろう。
何か彼女自身に負い目があるのは自明で、口にすることすら嫌悪をしているようだった。
「……もういいですか?」
「あと一つ。アビドスのこと、どこまで把握してるのかな?」
「それなりに」
「出来れば皆にも共有してほしい」
「せ、先生、ちょっと待って……!」
だが"私"の言葉を止めたのは、ホシノであった。
彼女はどこか慌てたように"私"とアキの間に割って入って来る。
気まずさを湛えた困ったような笑みを浮かべ、何とか場を取り繕おうとする――。
どこかそれは悲痛で、アキが絡んだ際に浮かべる罪悪感に満ちた表情だと"私"は思っていた。
「えっと、アキにも事情があるんだし、
あんまり無理に聞こうとするのはおじさんはオススメできないかなぁ~って……」
「ああもうッ! 何を隠してるの先輩たち!」
――だがそこで激情を発したのはセリカだった。
その場の面々は唐突に叫んだ彼女を思わず見る。
セリカの表情はいつにも増して怒りに満ちていたが、同時にそこには悲し気に揺れる瞳もあった。
その気迫と異様な表情に気圧されたのか、ホシノは目を丸くして固まっていた。
「仲が悪いって言うけどちゃんと話もするし、かと思えば変に気を遣ったりしてワケ分かんない!
同じアビドス高校の仲間じゃないの!?」
「それは……」
「セリカちゃん、そういうのじゃないんだよ」
「じゃあ教えてよ!」
しかしホシノは困ったように首を振る。
「何と言うか~……ほら、ちょっと距離感誤ってやらかしちゃったみたいな?
とにかく、おじさんが全面的に悪いと言うか……」
「だったらちょっと話しあうだけでいいじゃない!
そんないつも気まずそうにして、ただただつらいだけでしょ!
親友だったんじゃないの!?」
セリカの声が徐々に震えたものになっていった。
見ればその瞳には涙が溜まっており、今にも零れそうになってもいて。
――そう言えば、アキに助けられてから気にしていたっけ。
彼女とホシノが不仲だと言うことに、表情を曇らせていたのはいつも彼女だった。
昼行燈だがいつも導いてくれるホシノと、不器用だが頼りになるアキ――。
この上級生二人を尊敬しているからこそ、彼女はこの状況に我慢出来なかった。
「セリカちゃん、落ち着いて」
だがアヤネがそれを宥める。
感情だけでは伝えたいことは伝わらないと、彼女はその激情の吐露を引き継いだ。
「……お二人に何があったかは分かりませんけど、
それでも先ほどの戦いでアキ先輩が来てくれてとても助かりました。
先生と皆が無事なのも、アキ先輩のおかげです」
アヤネは真っ直ぐアキに視線を向けるが――彼女は静かに視線を逸らしたままだった。
「でもアキ先輩のこと、全然知らないんです。だから、もう少しお話ししてみたい。
皆も、私個人としても。出来れば対策委員会にも所属してほしいと、私は思っています」
「私もです。なにか問題があるのなら、解決するために協力します」
「ん、私も」
対策委員会の面々はアキにそう告げる。
それは実利や損得勘定に基づいた利己的な感情ではない。
真に彼女の身を案じ、寄り添おうとする優しさであった。
それを見てはホシノも黙り込むしなかない。
その表情はどこか不安げで、彼女はアキへと視線を向けた。
――だが、それでもアキは首を振る。
「……あんまり誰かと行動するのは得意じゃないの。
私は暴力で解決する方法しか知らないから、きっと迷惑をかけるだろうし」
踵を返し、静かにそう告げた。
言葉は柔らかなものの、しかしそれは明確な拒絶であった。
「……とにかくあなたたちは利子の返済だとか、自分の為になることだけをしてなさい」
そうして静かに去っていくその後ろ姿を、"私"たちは見ていることしか出来なかった。