それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~   作:白桐

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「――空崎、お前の力が必要だ」

 

 

 夕暮れに染まる砂丘。

その頂点を見上げる先輩たる女子生徒は、そこで重い口を開いた。

 

 普段から規則や任務に忠実で、冷静沈着だと周囲から評価される彼女だったが、

この瞬間のその横顔はいつになく強張ったものであり、事態の緊急性を否が応でも理解させられる。

 

 しかも後方の待機部隊から呼び出されてすぐにそれを口にされたのだから、

空崎ヒナもその空気に感化されないわけがなかった。

 

 ヒナは先輩の彼女のそれに応えるようにしてすぐに愛銃を構える。

自身の背丈ほどのある機関銃――そこから放たれる制圧力も、

ヒナ自身の戦闘能力も誰もが認めていた。

 

 情報部期待の新入生だともてはやされ、

同年代の部員に比べ、前線での任務を上層部から与えられることも多い。

そして今回も、その手の重要な任務の一つだと聞いていた。

 

 

「――――っ」

 

 

 ヒナは息を呑んだ。

 

 巻き上がっていた砂煙が風に流され、周囲の景色が晴れていく――その先の光景を見て。

砂地には情報部の同輩や先輩が突っ伏し、墓標のように彼女たちの愛銃が突き刺さっていた。

 

 いずれの彼女らも何かしらの能力に特化し、ゲヘナ情報部と認められた強者であるのはヒナも理解していた――が、その彼女らが無様に沈黙している姿は強い衝撃を彼女に与える。

 

 ――そして砂煙が完全に晴れた時、それは姿を現した。

 

 砂丘の頂上。

 

 最初、燃えるような夕日を背に立つその黒い影は、

杖を持った長身痩躯の不気味な影の化け物のようにヒナには見えた。

その顔は見えない――誰だ彼女はと、絶対に返ってくることのない問答を心の内で呟く。

 

 しかし夕日に眩む目を細めて観察をすれば、その杖が砂地に突き立てた大型の狙撃銃であり、影の化け物はこちらを睨みつける生徒であるのが理解できた。

 

 

「――出ていけ」

 

 

 怪物の低い声が響いた。

 

 外界全てを拒絶するかのような、憎悪と憤怒の込められた言霊がヒナの体にまとわりつくようにして絡みついてくる。

その威圧感は思考を鈍らせ、呼吸すら重く苦しいものへと変えていった。

 

 その初めての恐怖と経験に銃口が落ちそうになるが、寸での所で我に返ると、再び機関銃を強く持ち上げて戦闘態勢を維持する。

 

 

「行くぞ、空崎――」

 

 

 だが、ガアァン――と。

 

 横から聞こえてきた先輩の声が、耳をつんざくような轟音と共に途切れる。

 

 それは悍ましい怪物の咆哮だと思った。

魂を震わせるかのような嫌悪感――しかしそれに怯える間もなく、どさりと背後から重く鈍い音が耳に届く。

そちらを見る余裕はなかった。

 

 目の前の砂丘には、あの無骨な狙撃銃をこちらに向ける怪物がいたのだから。

 

 

「――出ていけ」

 

「……悪いけど、退くつもりはないわ」

 

 

 掠れた震え声であったものの、ヒナはようやくそこで言葉を返した。

 

 ――只者ではない。

 ――そして何よりも恐ろしい。

 

 だが自身を奮い立たせて愛銃を強く握る。そしてその姿が怪物の逆鱗に触れたらしい。

 

 不動を維持していた怪物は次の瞬間には前傾姿勢となり、砂丘を勢い良く蹴った。

同時にその背後に爆発と見紛うほどの衝撃が起こり、砂塵が舞い上がる。

弾丸のような速度を以て、怪物はこちらへと肉薄――そんな戦闘開始の合図に、ヒナは愛銃を向けた。

 

 

「■■■■■■――ッ!!」

 

 

 言葉の形を成さない獣じみた咆哮、そして周囲に巻き上げられた砂塵――。

それらを伴った姿は感情を剥き出しにした獣――否、まさしく怪物であった。

 

 ヒナは銃撃を取り止める判断を瞬時に選択すると、素早く真横へと飛び退いた。

同時に先ほどまでいた場所へと怪物が着地し、再び大きな砂煙が舞い上がる。

しかしヒナはその砂煙の中に金属の閃きを見て――止まることなく、そのまま砂地を駆け出した。

 

 ――そこへ間髪入れずに二つの銃声。

 ――頬を掠るような感覚は、恐らくこの怪物の放った銃弾。

 

 ヒナは息を呑んだ。

いくら自身が他生徒と比べても頑丈とは言え、あれには多く当たれない。

そう確信させるほどの直感が働き、本能的に体を動かした。

 

 しかしその懸念とは裏腹に、足場の砂地は容赦なく彼女の移動を阻害する。

砂漠と言う戦場が予想以上に厄介であることに、ヒナは忌々し気に舌打ちをした。

 

 だが怪物は待ってはくれない。

 

 砂煙を突き破り、怪物は再び弾丸の如き速度でヒナを追従してきた。

自身が手こずる柔らかな足場を物ともせずに、である。

そして肉薄してくる憤怒に滾る怪物の恐るべき顔を見て、彼女はそこで顔をひきつらせた。

 

 ――その日、空崎ヒナは砂漠で"悪夢"を見た。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「委員長、その……これは、いつまで書けば良いのでしょうか……?」

 

「……今二百枚目くらいでしょう。自分で千枚書くって言ってなかった?」

 

「それはその、それくらい反省してますという比喩でして……」

 

「口より手を動かしなさい」

 

 

 ――ゲヘナ学園、執務室にて。

 

 自身のデスクに向き合い、げんなりとした表情を浮かべているのはアコであった。

しかしその表情とは対照的に、その手は目の前に広げられた原稿用紙をひたすら埋めるべく動き続けている。

 

 溜息をつきながら空欄が埋められていくが――溜息をつきたいのはこちらだと、空崎ヒナは思う。

窓辺に体を預けながら、再びその視線を窓の外へと向けた。

 

 

「……梔子アキがいるにも関わらず、どうして作戦を強行したのか理解に苦しむわ。

アコ、彼女の戦う姿を見たことはないんでしょうけど、それに関する資料はいくらかあったでしょ」

 

「なので、第八中隊まで編成して挑んだのですが……」

 

「普段傭兵として特別に風紀委員会で雇っているのよ。戦闘データならいくらでも見られるはず。

……大方、毛嫌いしている彼女を私が傭兵として重用しているから、その嫉妬と対抗意識が芽生えていたからなんでしょうけど」

 

「お、おっしゃる通りです……」

 

 

 ヒナにとって、アコの思考プロセスは手に取るように把握できた。

 

 努力家で気の強い自信家。だが同時に感情的で公私混同も多く、

素直になれずに意地を張る――それさえなければ今回のようなことはなかった。

 

 しかし起きてしまったことは仕方ないし、それにこういったことも初めてではない。

もう慣れたものだと、ヒナは彼女へと行き先を告げて部屋を後にする。

 

 

「ところでヒナ委員長、アビドスとゲヘナで結ばれた密約なのですが……あの内容と経緯は本当でしょうか?」

 

 

 しかし一歩踏み出そうとした時、不意にアコがそう口にした。

 

 ヒナはそれを自身の口から言うべきか僅かに悩み――少しして、肯定する様に頷いた。

少し長話になるだろうと思い、再び壁に体を預ける。

 

 

「事実よ。当時、梔子アキと交戦したのは情報部だった頃の私だから」

 

「ヒナ委員長がいて、情報部を梔子アキたった一人に制圧されたと?

いや、一応委員長が説得してその時は一時停戦を結んだと記載はされていましたが……」

 

「それも事実。それからしばらくして【砂塵の見せる悪夢】あるいは【砂塵の悪夢】と誰かが呼び出して、それが定着した。

今回の件、彼女についてあなたはもう少し情報を精査すべきだったと思うわ」

 

 

 ヒナは当時のことを思い返す。

 

 何の前触れもなく接触してきた連邦生徒会――そして現在行方不明である連邦生徒会長。

当時、突如として停戦を持ち掛けてきた時には誰もが驚いたものだった。

 

 それも停戦条件はアビドスを庇うような内容であり、当然ゲヘナ側は反発した。

しかし根気よく説得され、絆され――トドメにゲヘナ側の過失を指摘された結果、

ゲヘナとアビドスの双方は停戦という流れに相成った。

 

 ――ゲヘナ側の損害は連邦生徒会が負担。

 ――アビドス側、梔子アキもお咎めなし。

 

 

「そういえば……あのアビドスのホシノという方はお知り合いなのですか?」

 

「いや、実際に会ったのは初めて」

 

「そうでしたか。どことなく、よく知っている方のように話されていたので……」

 

 

 そう言って、アコはちらりと視線をヒナへと向ける。

反省文を書く手は止まり、こちらの言葉を待っていた。

 

 手が止まっているぞと指摘するのは簡単ではあったが、

ここで下手に誤魔化しては、それを原因に余計な詮索を始めるかもしれない。

 

 再びロクでもないトラブルを巻き起こす可能性があるのは

ここ数年の付き合いでヒナも熟知しており、仕方がないと観念して口を開いた。

 

 

「……小鳥遊ホシノ。『天才』と呼ばれた本物のエリート。

二年前の情報部の分析では、ゲヘナにとっての潜在脅威の一つとしてリストアップされていた」

 

「何と……全くそういった感じには見えませんでしたが……だいぶこう、のんびりした雰囲気と言いますか……」

 

「アコ、外見で相手を判断するものじゃない。たしかに、二年前とはずいぶんと雰囲気は違ったけれど」

 

 

 ヒナはかつて資料で見聞きした内容を思い出していた。

 

 機動力を重視した単身での攻撃的戦術を得意とし、

なおかつ好戦的で荒事に抵抗のない――それが彼女の第一印象であった。

 

 そして彼女を語る上で外せないのが、先日風紀委員会へと大ダメージを与えた梔子アキの存在である。

 

 

「あの梔子アキが彼女の唯一無二の相棒と言えば分るかしら。

対物ライフルと怪力で前線を一方的に荒らす梔子アキと、

その暴力の隙間を縫ってダメ押しで真正面から粉砕していく小鳥遊ホシノ……

この二人が揃えばまさに最強で、当時の各学園は彼女たちを警戒してアビドスには下手に干渉出来なかった」

 

 

 もっとも、政治的観点から見ればアビドスは利益が生まれる場所ではない。

だからこそ各学園は触れなければ問題ないとして放置を決め込んでいた――ヒナは小鳥遊ホシの評価をそう締め括った。

 

 そして「それはさておき」と口にし、彼女はアコへと再び視線を向ける。

 

 

「あの時、あのまま戦っていたら風紀委員は全滅していたはず。

アコ、あなたの早とちりでね。それに加えてあの場にはシャーレもいた。万が一にも勝機はなかったはずよ」

 

「勉強不足でした……」

 

「……そうね。でもある日突然、小鳥遊ホシノの活動報告は途切れた。

小さい学校だし、情報部も途中から脅威は梔子アキ一人だと方針を切り替えたのかもしれない。

詳しいことが知りたければ、情報部の昔の資料でも漁ってみることね。

……少なくとも私は、絶対にあの二人を同時に相手したくはない」

 

 

 アコが息を呑むのが見て取れた。

目を丸くして、ヒナが付け加えた最後の言葉を何とか咀嚼しようとしているのだろうか。

 

 普段であれば冗談だとしてアコは気にも留めないだろうが、

それがヒナ自身の口から直接零れたことと、先日に起きたアビドスでの戦闘がその事実に真実味を帯びさせていた。

本当に自身が間違った判断をしてしまっていたのだろう――と。

 

 しかし考えようによっては、これはアコにとって良い薬になったかもしれないとヒナは思う。

 

 今後は油断をせず慢心をせず、なにより感情に任せた暴走癖が治まればいいな――とも。

 

 

「……それにしても、梔子アキと敵対したのはまずいわね。

ただでさえ風紀委員としての仕事が忙しくて猫の手も借りたいのに、

気まずい上に傭兵に雇おうにも次から引き受けてくれるかどうか」

 

「うっ……」

 

「しばらくは残業ね」

 

「ほんっとうに申し訳ありません……」

 

 

 アコは項垂れて、再び目の前の原稿用紙へと向き合う。

このペースであれば――明日までには終わっているだろうか。

 

 だが、それ以上に気になったのは件の生徒の姿であった。

 

 

(小鳥遊ホシノ……未だにアビドスを離れないで残っていたなんて……)

 

 

 彼女を襲った凄惨な事故をヒナは今でも覚えていた。

 

 その上で、なにが彼女をそうさせるのか理解できなかった。

普通であれば心が折れ、再び立ち上がろうとする意志さえ消え失せるだろうにと思う。

 

 だが彼女は逃げずに、今もなおあの荒廃していく砂漠の地に引き籠っている。

もしかすると性格の変化も、あの事件から立ち直る上で必要なプロセスの一つなのかもしれない。

 

 もし自分が彼女と同じ立場だとしたら――多分、立ち直れずに暗く沈んでいくだろうとヒナは思う。

だからこそ、ヒナはホシノに対して畏敬の念を覚えていた。

 

 ――なぜそうも立ち続けていられるのか、と

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「――これ、まさかアキ先輩が?」

 

 

 ゲヘナ風紀委員会との戦闘の翌日。

 

 アビドス高校の部室の机にその文書を広げたのはノノミであった。

黒いファイルの正面には『重要文書』と銘が打たれており、

開けば細かな文章の羅列がびっしりと並んでいる書類が対策委員会の面々と"私"を出迎えた。

 

 そこに記載されていた内容は、端的に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

ゲヘナを発端としたアビドス砂漠への強引な諜報活動。

それを自治権を理由に、ゲヘナ情報部を梔子アキが撃退した――たった一人で。

 

 日付は二年前――そこには連邦生徒会長の署名と押印がなされていた。

正式な文書であるのは間違いないのだが、そのような大物の名前があったものだから面々はさらに困惑する。

 

 落ちぶれて荒廃した零細の学園に対して、なぜそこまで手を差し伸べるのか――。

 

 そしてその疑問の回答を求め、当時一年生であったホシノへと面々の視線が向かうのは必然だった。

しかしホシノは目を丸くしており、その表情には困惑が浮かんでいた。

 

 

「え、わ――おじさん、知らないんだけど」

 

「あ、何となく分かったかも……」

 

 

 そこで"私"の頭にとある仮説が思い浮かんだ。

 

 ――先日出会った風紀委員長の空崎ヒナ。

 ――彼女が言う『あの決まり』。

 ――そして文書に登場した梔子アキの名前。

 

 確信は持てなかったが、ホシノから聞いていた彼女の性格がそれを形作った。

 

 

「アビドスを一人で守ってたのかなぁ……」

 

 

 室内に沈黙が訪れる。

 

 対策委員会の面々は悲痛な表情で視線を彷徨わせていた。

それは自分たちが頼りないだとか、信頼に値しないと彼女から拒絶されているのと同じではないか。

そして先日のゲヘナ風紀委員との戦いの後の拒絶の言葉――それが現在まで繋がっていると言う証左として突きつけられた。

 

 だが唯一ホシノはその表情に苦笑を浮かべていた。

その事実を突き付けられるのは当然のことだと言わんばかりに、諦観とも取れる気の抜けた笑い声を零す。

 

 

「ああ、そうかも。おじさん、多分その頃は体調崩してたから……

きっとアキがいろいろとやってくれてたんだと思う」

 

「ホシノ先輩にも言わずに、一人で……?」

 

「アキはそう言う子だよ」

 

 

 断言するように、だが自嘲気味にホシノはそう口にした。

 

 

「……まあ、そんなことよりも今はもっと大事な話があるよね。

アヤネちゃん、柴大将が教えてくれたことがあるって言ったなかったっけ?」

 

「……そうですね。皆さん、これを見て下さい」

 

 

 重要文書のファイルを閉じて机の隅に寄せると、アヤネは大きな地図と書類を机に広げて見せた。

それは所謂地籍図――アビドス自治区の土地の台帳とも言える地図を含めた書類であり、

彼女は神妙な面持ちで言葉を続ける。

 

 

「このアビドス自治区のほとんどが――私たちの学校が所有していることに、なっていませんでした」

 

 

 その説明に、その場の誰もが絶句した。

自治区の土地は自治区の所有物――そんな誰にでも分かる道理のはずだった。

だが誰もがあり得ないと否定をする中、アヤネは眉尻を下げて首を振る。

 

 

「……午前中にお見舞いに行った時に、紫関ラーメンの大将から聞いたんです」

 

「私もそう思ってた! でも紫関ラーメンが入っている建物もそうだけど、

アビドスにある土地のほとんどがそうじゃなかったの!」

 

 

 アヤネに続いてセリカが声を荒げて言う。

 

 それを知るまでの経緯は本日の午前中にまで遡る。

便利屋68による誤爆事件によって、

入院することになった柴大将のお見舞いに行ったセリカとアヤネなのだが、

彼との会話の中で聞いたのがそんな真実だった。

 

 以前から土地の所有者から立ち退き勧告が出ており、近日中にお店を畳む――。

しかしそれを受けて「土地の所有者はアビドスではないか?」という疑問が浮かぶのは必然で、

違和感を覚えたアヤネが役所に行って調べた結果が先ほどのセリカの発言である。

 

 そして現在の所有者は――カイザーコンストラクションと記載されていた。

 

 

「カイザーコンストラクション……カイザーコーポレーションの系列ですか……!?」

 

 

 普段は丁寧な発言と笑みでのらりくらりと躱すノノミでさえ、

その事実には目を見開いて驚愕を隠せずにいた。

 

 なぜ彼らがアビドス高校を差し置いて、自治区の土地を有しているのか。

そして全員のその疑問への答えへと、"私"はすぐに思い至った。

 

 

「アビドスの生徒会、かな……」

 

 

 「え」と、この場の全員が"私"を見た。

信じられないという表情でその言葉の続きを待つが、肯定する様に「そうだね」と口を開いたのはホシノだった。

 

 

「学校の資産の議決権は生徒会にある。それが可能なのは、普通に考えて学校の生徒会だけ」

 

「……はい、その通りです。取引の主体は二年前に解散したアビドス生徒会よりさらに前、

何年も前に活動していた生徒会によるものでした」

 

 

 アヤネがホシノを回答を補足するように、そう付け足した。

三年生のホシノが一年生の時のよりもさらに前、古い時代のアビドス生徒会がその決定をした――それはなぜか。

 

 

「多分、最初は借金を返そうとして……って感じなんだろうな~……」

 

 

 ホシノがその視線を窓の外へと移す。

学校の校庭を越え、それは青空と太陽の下の乾いた砂漠へと。

そこには何もないはずなのに、その時のホシノの瞳はどこかそれ以外のものを見ているように"私"には見えた。

 

 ――アヤネの説明はまだ続く。

 

 当時ですら学校の借金はかなり膨れ上がった状態であり、しかもアビドスの土地に高値が付くはずもない。

結果として借金自体もほぼ減らすことが出来ず、繰り返し土地を売ってしまう負の環境に陥った――。

 

 嫌な想像が"私"の脳裏を過る。

そうであって欲しくないという願いはあったが、今までの情報を統合するとどうしても辻褄が合ってしまう。

言うべきかと"私"は迷い――いや、言うべきだと決意した。

 

 

「……そういう手口もあるよね。アビドスは、悪質な罠に嵌められたのかもしれない」

 

「あぁ……お金を借りた相手がねぇ……」

 

 

 溜息を吐き出すようにそう口にするホシノは、どうやら"私"の言葉に察したようだった。

 

 

「……アビドスにお金を貸したのもカイザーコーポレーション――その傘下のカイザーローン」

 

「ということは、学校の手に負えないぐらいのお金を貸して、利子だけでも払ってもらうために土地を売るように仕向けた」

 

「使い道のない土地、その提案を断る積極的な理由もなく……」

 

 

 ――徐々に、アビドス自治区がカイザーコーポレーションのものになる。

 

 それは明確な悪意であった。

契約という真っ当なルールの中に潜む刃を以て、何十年も前から計画された悪行。

彼らは金銭ではなく、最初から土地目当てで暗躍していたのだと、この場の誰もが気が付いた。

 

 ――生徒会が消えた結果、土地の購入方法がなくなる。

 ――ならばヘルメット団の傭兵を雇い、在校生を心身ともに疲弊させて追い出す。

 

 点と点が繋がり、今までの出来事に隠れていた意味が明らかになっていく。

 

 

「ですが、どうして土地なんでしょうか?

アビドス自治区は、もうほとんどが荒れ地と砂漠、砂まみれの廃墟になっているのに……」

 

「待ってください」

 

 

 ふと、ノノミの疑問を止めたのはアヤネだった。

やや目を見開いた彼女の表情は、まるで何かに気が付いたような様子で――。

 

 

「アキ先輩、もしかしてこのことを知ってたんじゃないですか……?」

 

「それは――」

 

 

 あり得るかもしれない、と。

"私"はその先の言葉を続けられず、アヤネの言葉を心の中で肯定した。

そして彼女の――梔子アキの行動や発言を振り返る。

 

 ブラックマーケットでの調査を途中から反対し始めたこと――。

 ゲヘナ風紀委員会との戦いの後、借金だけに専念しろと言ってきたこと――。

 

 "私"の中で、一つの仮説が生まれた。

 

 

「アキは一人でカイザーコーポレーションをどうにかするつもりなのかもしれない……」

 

「えっ!?」

 

「遠回しに関わるなって言ってるような気がするんだ」

 

 

 さらに"私"はホシノの言葉を思い出す。

短気だが、それでも本当は優しい人物である、と。

付き合いの長い彼女が言うのだから、それは真実なのだろうとも。

 

 そしてここまで来ると理解できるような気がしてきた。

今しがたカイザーコーポレーションの目的が明解になったのと同じように、彼女の目的も見えてくる。

 

 

「もしかして、対策委員会に入ってくれないのも……」

 

「ゲヘナの風紀委員会と交渉した時の端々の発言に違和感を感じたのも……」

 

 

 口々に彼女の行動や言動を思い出し――誰もがホシノへと視線を向けた。

彼女は眉尻を下げて、どこか寂しそうに笑みを浮かべていた。そして静かに頷く。

 

 

「うん、多分そうだと思うよ。アキは私たちを危ない目に遭わせたくないんだと思う。

カイザーを倒産に追い込んで、まともな団体に貸金債権の譲渡を狙ってるのかもね。

倒産しようとアビドスの借金返済は変わらないけど、カイザーじゃないなら今以上に悪くなることはない……はず。

行き当たりばったりではあるけどカイザーの企みは潰れるし、

少なくともヘルメット団や傭兵を使った嫌がらせはしてこなくなると思う」

 

「……もしまたカイザーみたいな奴らが債権を手に入れたら?」

 

「同じ事を繰り返すと思う」

 

「なんで!?」

 

 

 声を上げたのはセリカだった。

 

 

「なんで一人でやろうとするの!? 私たちだってアビドスの生徒なのに!」

 

「だからだよ。最悪、矯正局送りだって覚悟してると思う」

 

 

 だが矯正局という言葉をホシノが発した瞬間、室内の空気がさらに凍り付いた。

矯正局――概要しか聞いたことがなかったが、更生施設と言う名の刑務所のようなものだと"私"は聞いていた。

それに送られるようなこと――それを想像した"私"は、彼女がしていることを何となくだが理解できた。

 

 ――さすがに真正面から武力行使をすることはないはず。

 ――なら不正や犯罪の証拠集めだろうか。

 ――それも非合法な方法で。

 

 ブラックマーケットでも案内や傭兵業のみで、

後ろ暗いことはしていないと言う彼女――もちろん、それは真実なのだと思う。

だが、カイザーコーポレーションが関わっているのであれば話は別なのだろう。

 

 ホシノはさらに言葉を続けていく。

 

 

「アキが普段何をしてるか知ってる?

アビドスのパトロールをして、ヘルメット団やスケバンの不良生徒をボコボコにしてる――それもドン引きするレベルで」

 

 

 それはいつかホシノが言っていた話。

容赦のない暴力によって恐怖を植え付け、アビドスに近寄れないようにする――。

全てはホシノを始めとした対策委員会の――アビドスのためで。

 

 

「昔っから率先して厄介な仕事を誰にも知らせずに引き受けて、人知れず誰かのために戦ってる。

自分が汚名を被れば――全部丸く収まるって思ってるから我慢する」

 

 

 ホシノの視線がゆっくりと落ち、その声色も一段下がったものになった。

この場にいない友の悪癖を憂いているのか、いつもの気の抜けたような笑みはそこにはなかった。

 

 誰もが彼女の言葉を黙って聞いていた。

その変わり様の原因はアキとの関係性の深さか、それとも彼女に対する未だ明かされない罪悪感の所為か。

いずれにしても、この場で最も無力感を覚えているのはホシノのなのは自明だった。

 

 

「でも、タダで汚名を被るつもりはないと思うよ。やることやって上手く立ち回れるはず。

それにアキは器用で何でもできるから、そっちは任せて大丈夫だよ。むしろおじさんたちだと邪魔になっちゃうし――」

 

「だとしても、アキ先輩を放っておく理由にはならない」

 

 

 だが声を上げたのはシロコだった。

取り繕うようにいつもの笑みと気の抜けた口調を取り戻したホシノへと、そう口にして真っすぐ見据える。

 

 

「重い物でもみんなで持てば軽くなる。

一人で持てるからって一人でやる必要はない。私たちを頼るべき」

 

「それはそうだけど……」

 

「アキ先輩に何かあったら絶対に後悔するよ。大切な人がいなくなったらホシノ先輩は平気なの?」

 

 

 いつになく真剣なシロコの問答に、さすがのホシノも目を見開いて何も言い返せずにいた。

必死に何かを言葉を紡ごうとしているようだが――それは言葉にならず、彼女はただ口元を微かに動かすばかりだった。

 

 

「……ホシノ先輩、私もシロコちゃんと同じ意見です。

自分が悪いと反省するのはいいですが、いつまでも後ろ向きでは何も変わらないと思います」

 

「ノ、ノノミ先輩の言う通りよ! ホシノ先輩はさっさとアキ先輩と仲直りすればいいの!

そしたらアキ先輩だって対策委員会のこと信じてくれる……よね?」

 

 

 ノノミに同調するように声をあげたセリカだったが、それでも不安なのかアヤネへと彼女は顔を向ける。

アヤネは真剣な表情で静かに頷いた。

 

 

「信じさせましょう。私たちはアビドス廃校対策委員会です。

一人が我慢すればいいだとか、そんな自己犠牲は必要ありません。

みんなで笑って学校を――アビドスを取り戻すんです」

 

 

 いつになく熱と力のこもったアヤネの視線が、真っすぐにホシノを射抜く。

ホシノは変わらず目を見開いて、口元を震わせていたが――くしゃりと、その表情が笑みを作った。

 

 嗚呼――と、"私"は思う。

 

 

「そう、だね……」

 

 

 疲れたような彼女の笑みを、仮面を被った――あるいは諦観者の表情だと"私"は感じずにはいられなかった。

 

 思えばアキも同じだった。

核心を突けば口を噤み、心を閉ざしたように冷たい表情を浮かべる。

だが隠しきれない本心が、その瞳を微かに揺らしていた。

彼女たちの間に起きた何かが、その心に強烈な罪悪感を深く根付かせているのだろう――そう思わざるを得ない。

 

 それを何とかしなければ、後輩たちの言葉はきっと届かない。

相談をしてくれるのなら"私"も全力でそれに応えるのだが、そもそもまだ信用値が足りない。

歩み寄ろうとしても本心を隠される。口を閉ざされる。

 

 必死に彼女たちに寄り添おうとするシロコたちを見ていることしか出来ない"私"は、それがひどくもどかしかった。

しかし今はあちこちに手を出せるほど"私"にも余裕はない。

 

 

「……話を戻そうか。砂漠と言えばなんだけど」

 

 

 "私"がそう言うと、彼女たちは一斉に私へと顔を向けた。

 

 

「ゲヘナの風紀委員長、ヒナから聞いたんだ」

 

 

 ――アビドス砂漠でカイザーが何か企んでいる。

 

 "私"がヒナから聞いた言葉をそのまま伝えると、

彼女たちはやはりと言うべきかそれぞれが疑問の言葉を発した。

 

 おそらくはそこもカイザーコーポレーションに売却された土地なのだろうが、

なぜ彼らがそこにいるのか。

その言葉に答えられる者は当然ここにはいない――少なくとも、ここには。

 

 

「ん、アキ先輩も呼ぼう」

 

「……ん~……そだね。まあ、こういう時は大体出ないんだけど……」

 

 

 ホシノが携帯端末を取り出して電話を掛ける――が、しばらくして顔の横から下ろした。

 

 

「だめ、やっぱりでない……ほ、本当だよ?」

 

「もう、仕方ないですね……ほら、シロコちゃんも落ち着いて?」

 

「ん……」

 

 

 ノノミに宥められ、シロコは引き下がるが無言の抗議はやめるつもりはない様子だった。

彼女はじとりとホシノを睨む。それを受けてホシノは、

苦笑しながら居心地が悪そうに身を縮めるような素振りを見せた。

()()()()()()()()()()()()()()()、やはりホシノへの猜疑心は捨てきれないのは当然の反応だろうと"私"は思う。

 

 しかし今は一つでも多くの手がかりが欲しいのも事実だった。

 

 

「どうしようか。アキを待つのもいいけど、みんなはどうしたい?」

 

 

 "私"の言葉を受け、一度対策委員会の面々は顔を見合わせる。

だが各々の沈黙もほんのわずかで、次の瞬間には互いに強く頷いた。

 

 

「ん、行こう。アキ先輩が頑張ってるのなら、私たちも行動するべきだと思う」

 

「そうよねシロコ先輩! みんなもそれでいいわよね!」

 

「ふふっ、アキ先輩のこととなるとセリカちゃんは元気でいいですね」

 

「とりあえず、準備はしっかりしていきましょう。今日も暑いですから」

 

 

 "私"は彼女らの選択に、私も笑みを浮かべて頷く。

そしてホシノへと視線を向ければ、彼女もどこか困ったように笑みを浮かべていた。

 

 

「……そんなわけだから、先生もお願いしていいかな?」

 

 

 ――もちろん。

 

 "私"はそう答えて、彼女らと共にアビドス砂漠へ行くための準備を始めた。

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