それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~ 作:白桐
「敵発見、攻撃を始めています!」
「来たか……っ!」
作戦本部にその報告が飛び込んで来るのは想定内であり、
指揮官たる機人の大男――カイザーPMCの理事は忌々し気にそう吐き出した。
すでに銃声と爆音がひっきりなしに響き渡っており、
未だにそれは遠いものの、しかし確実に近づいていることが嫌でも理解できた。
彼がもし機人でなく獣人や人であれば、その額に汗が滲んでいたかもしれない。
そしてそれは、このアビドスの地を照らす太陽によるものだけではなかっただろう。
十にも満たない総数など敵ではないはずだった。
ましてや相手は子供でしかなく、軍事力と資金を持つ大人であり、企業である自分たちとは規模も装備も雲泥の差で――。
「第三部隊壊滅! 第四部隊、武装ヘリで……おい、どうした!? 返事をしろ!」
「第六部隊、部隊損耗率50%! 理事、指揮を!」
――ああ、どいつもこいつも。
神経を逆撫でするようなヒステリックな叫びと、
今もなお近づいてくる銃声と言う名の蹂躙の足音が響き渡る中、
彼はその苛立ちを隠すことなどできなくなっていた。
小鳥遊ホシノの身柄を抑え、アビドスの全権利を手に入れられるはずだったのだ。
しかしその王手を目前として自社の違法行為を示すデータが流出した――おそらくはそれは梔子アキの仕業。
結果として連邦生徒会と各学園は批難と強制捜査を主張し、取引先のほとんどはその契約や業務提携の話が白紙となった――。
そしてそこに追い打ちを掛けるのが、親会社たるカイザーコーポレーションからの通告――『上手くやれなければ用済み』だ。
もう自分には後がないのだ。
ここでアビドスを屈服させなければ、今まで自身が築き上げてきた全てが無に帰す。
たかだか小娘に自身の輝かしい未来を邪魔させるものかと、彼は乱暴に腕を振り回してオペレーターたちへと指揮を飛ばす。
「兵力を集結させろ!
北と東からも呼び寄せておけ、北方の対デカグラマトン大隊もだ!」
「はいっ――いや、北方に少数ですが兵力を確認!」
「東にも少数兵力を確認!」
――その報告に思考が止まりかける。
情報では、アビドスの全戦力はこちらへと一直線に進んできている。
だとすればそちらに割ける戦力などありはしない。
ましてや彼女らを助ける他学園の組織などもないはずだ。
そうやって弱小学園たるアビドスは見捨てられたのだから――。
「数は――いや、あれは……!」
だが目の前のモニターに映し出されたそれに、彼は大仰に声を詰まらせた。
***
『カイザーPMCの増援を発見。一個大隊の規模です、委員長』
遮蔽物のない荒野に、ホログラムが天雨アコの頭身を映し出していた。
そして彼女の報告に溜息をつくのは、ゲヘナ学園の風紀委員長――空崎ヒナであった。
そんな彼女の目元には薄っすらと隈が浮かんでいた。
やや気だるげなのは、彼女も近しい者であれば『また深夜まで残業をしていた』と分かるだろう。
だがそれは"とある大人"にお願いされた末のものなのだから、彼女にとっては些事でしかなかった。
立場上頼られることの多いヒナだが、"彼"に頼られたという事実を不思議と悪くはないと思っている自分がいた。
不思議と力が湧いてくるような気がして、いつもより軽く感じる愛銃の眺める。
「分かった、準備して。イオリとチナツも」
さらにその傍らに控えるのはゲヘナ風紀委員会の部下である、銀鏡イオリと火宮チナツの二名であった。
彼女らは「なんで私まで……」とでも言いたげな、げんなりとした表情を浮かべていた。
先日のアビドスへの強引な武力侵攻の件を考えれば当然だろうとヒナは思うが、それは口にしない。
しかしそれを口にするのは億劫であった。
先生に反骨精神を抱いて野犬の如く咆え散らかしていたアコですら、今は大人しく作戦の指揮に徹していると言うのに――とは思うが。
「ここで北の大隊は全部止める、誰一人として先生には近づけない」
彼女の眼前の荒野に広がるのは、砂煙を上げる兵士たちの隊列であった。
彼我との数の差は圧倒的――
ヒナは顔色一つ変えず、次の瞬間には沈黙するであろう木偶の群れを見据えた。
「行こう」
――次の瞬間、甲高い鉄の咆哮が戦場に響き渡った。
***
「――あちらは動き出したようだね」
砂に埋もれた廃ビル群の影で、白石ウタハは不敵に笑った。
手元に抱えるタブレットの画面には、ドローンが上空から生中継している映像が映し出されている。
圧倒的な制圧射撃を以てカイザーPMCの兵士たちを薙ぎ払うのは、
ゲヘナが誇る風紀委員長の空崎ヒナ――なるほど確かにこれは化け物と評されることはあると、ウタハは称賛と畏怖の念を覚える。
『こちらゼロツー、位置に付いた』
『ゼロワンも準備完了ー! いつでもいけるよ!』
『こちらゼロスリー。あと三分ほどで目標がポイントに到着します』
耳に装着したインカムから聞こえるのは、
ミレニアムサイエンススクールの誇る秘密組織『C&C』の面々のものであった。
廃ビルを中心にカイザーPMCを待ち伏せし、
設置した爆発物の起爆と共に殲滅する――それが彼女たちの戦略であった。
そしてウタハの役割は、そこへダメ押しとばかりに射撃ドローンにて追い打ちを掛けるというものだった。
あくまで"表向き"はアビドス砂漠でのドローンの試運転であり、
それは梔子アキを通してアビドス側には通達されている――ということになっていた。
「まさかセミナーがC&Cも動員してくれるとは思わなかったよ」
「ったりめーだ、こんなとこでカイザーに好き勝手させてたまるかってんだ」
ウタハの隣に立つのは、両手に短機関銃を携えた小柄なメイド服の少女――美甘ネルだった。
血気盛んだとばかりに口角を吊り上げるそんな彼女の姿に、ウタハは笑みを浮かべる。
「彼女にご執心のようだね」
「梔子とか言ったっけか?
……あんなクズ共に負ける訳ねえとは思うけど、まあ手伝ってやるよって話だ」
「ふふ、そういうことにしておこう」
『ウタハ先輩、ドローンの準備出来てるよ』
『ふふふ、射撃ドローン五十機による一糸乱れぬ変態もとい編隊飛行を見せてやりましょう!』
インカムから聞こえた後輩の声――猫塚ヒビキと豊見コトリに「ああ」とウタハは答える。
これらは本来セミナーへの許可や、広大な土地の利用申請といった面倒な手続きが必要だが、
"幸運"にも認可の一部をすっ飛ばして承諾される機会が転がってきた。
エンジニアとしての情熱が燃え上がる――が、この熱はそれだけではない。
それ以上に、彼女にとっては親友が自身を頼ってくれたことが嬉しかった。
何をするにも一人で行動し、全ての罪や批難を背負おうとする覚悟をした親友――。
そんな彼女が攫われた親友の為に、自身の信条を反故にしてまで援助を求めてきたのである。
嬉しくないわけがない。
そしてなにより、巨悪から友を救う――まさにロマンだ。
「了解した。ゼロスリーの爆破を合図に、射撃ドローンの編隊を突撃させる。
隊列が崩れたところをC&Cは各個撃破していってくれ。
――シンプルな作戦だが、だからこそ派手に行こう」
――そして数分後の爆発を開戦の狼煙とし、彼女たちも動き出した。
***
砂に埋もれた旧市街を抜け、周辺の景色は殺風景な荒れ野へと変わっていった。
かつては人々を運んでいた線路は放置され、その傍らには廃車となった電車が錆び付いて乾いた風に吹き晒されている――。
そんな寂寥とした荒れ地を"私"たちは疾走していた。
そして嵐のように吹き荒ぶ弾幕を正面から突っ切っていく――。
囚われのホシノのことを考えれば足を止めてる暇はなく、まさに強行軍の如く立ち塞がる敵兵を薙ぎ倒しては進んで行った。
その中で盾の役割に徹してくれたアキは心強いことこの上なかった。
ホシノの盾を前面に構え、機銃の掃射だろうが狙撃銃による狙撃だろうが、それら一切を容易く防いで私たちを導いていく。
それは彼女の膂力の為せる業なのだが、それ以上にその堅牢かつ頼り甲斐のある後ろ姿を見せてくれたのが大きい。
後輩の彼女たちの士気は目に見えて高まって行くことが手に取るように分かり、戦場に置いてこれほど大きなアドバンテージはないと、"私"も心が熱く燃えた。
『前方に戦車を確認! 撃ってきます!』
「皆、遮蔽に――」
『このまま突っ込むわよ!』
アヤネからの警告に"私"は回避の指示を出すが、インカムから響いたアキの声はそれを押し切った。
彼女は"私"が声を掛ける間もなく、さらに敵戦線へと接近。
同時に、敵後方の岩の影から姿を現した無骨な戦車の砲塔がこちらへと向き――爆音と共に砲弾が放たれる。
しかし梔子アキは怯まない。
それどころかそのまま大きく半身を捻り、勢い良く裏拳の要領で盾を振り抜く。
次の瞬間、重い金属の衝突音が響き渡り――背後から爆音が響き渡った。
――弾いたのだ。
――戦車の砲弾を、盾を使って片手で。
『先生、ある程度の無茶ぶりは答えられるから遠慮なく言って!』
「……分かった!」
唖然としていたのも束の間、我に返った私たちはすぐに進行を再開した。
先ほどの戦車が第二射を準備するが――。
しかし次の瞬間には雷鳴のような重い金属音と共に、爆炎を噴き上げてその動きを止めた。
気が付けばすでにアキは本来の得物である対物ライフルへと武器を切り替えており、
彼女の素早いその追撃に"私"は思わず感嘆の声を零す。
だが彼女にばかりに負担を負わせるわけにはいかない――。
なにより彼女の働きに感化され、対策委員会の面々も熱く疼いているのが手に取るように分かった。
敵兵の一団からも明らかな動揺が見て取れた今、士気の高い彼女たちならば――能力以上の活躍が出来ると"私"は確信していた。
「ノノミ、前方に掃射!」
「行きますよぉ――!」
"私"の合図と共にアキの背後から飛び出したノノミが、愛銃である重機関銃からの掃射を行う。
前方に展開していたカイザーPMCの兵士たちは薙ぎ倒されて砂地にひれ伏し、
難を逃れた者も建物や瓦礫の影に縛り付けられた。
同時に敵方からの攻撃が途切れる。
そしてノノミの掃射の終了と共に、その間隙にアキとシロコが飛び出した。
戦線を強引に押し上げるように、再び盾と拳銃に武器を切り替えたアキは敵の射線へと躍り出る。
彼女は銃弾を防ぎながらもそのまま接敵と同時に格闘戦を仕掛け、時には拳銃を以て敵を沈黙させていく。
荒々しくも敵の注意を引きつつ確実に成果を上げる戦法はホシノがするそれとほぼ同じであり、
対策委員会にとっても馴染み深く、さらに合わせやすいものだったのは言うまでもない。
――だからこそ、平時の組織と変わらない戦術へと繋がる。
『アキ先輩、後ろは任せて!』
吹き飛ばしたものの、彼女が仕留めきれなかった敵兵の一人が再び起き上がろうとした。
しかし同時に"私"に随伴していたセリカの銃口が激しく煌めく。
遮蔽へと逃げ込もうとした敵兵は放たれた銃弾により沈黙し、彼女の口から歓喜の言葉が飛び出した。
「先輩、下がって……!」
――そしてアキのリロードに動きを合わせるのはシロコだった。
アキと立ち位置を回転するようにして入れ替わりながら、
周囲の遮蔽からその死角を狙う敵兵の残党へと愛銃である自動小銃の引き金を引く。
小刻みに最低数放たれる銃弾は、その高速戦闘の中でも的確に敵兵たちを撃ち抜いていった。
彼女たちの背後には敵兵は誰一人と残らない――だが次の瞬間、重い金属の咆哮と共に、アキとシロコの傍にあった瓦礫が爆ぜた。
『狙撃手! 先生、右手にある奥のビルです!』
アヤネのオペレートと同時に、"私"たちはすぐさま遮蔽へと隠れた。
今度はこちらが遮蔽物に縫い付けられることになる――が、反撃の手はある。
「アキ、何とか出来る!?」
「シロコ、援護して!」
「ん……!」
アキの合図とともに、遮蔽から飛び出した彼女の手から、盾が僅かに空中へと放り投げられる。
シロコはその意図を察したのか、すぐさまそれを掴んで受け取ると件の廃ビルの方向へと構えた。
同時に遠くから響くような銃声と共にその盾に銃弾が突き刺さり、シロコはその衝撃に堪らず仰け反る。
――おそらく相手は対物ライフル。
――いくらシロコと言えど、そう何度も防げない。
だが"私"のそんな懸念を打ち払うように、アキが素早い動きを見せる。
シロコの背後に隠れるようにして屈んでいた彼女は、背に引っ下げていた対物ライフルを瞬時に引き抜く。
そしてすぐに立ち上がると同時にスコープを覗き込み――僅か一拍とも言える間の後に、
耳を劈くような雷鳴のような咆哮が響き渡った。それも二発。
『狙撃手と……観測手の無力化を確認! ナイスです、アキ先輩!』
「アビドス前進! 建物伝いに三十メートル先の岩の影に行くよ!」
"私"の指示に従い、対策委員会の面々は素早く岩場の影へと駆け込む。
束の間の休憩とでも言うべきか、彼女たちは自身の愛銃のチェックを行い、呼吸を整える。
そんな中、"私"はシロコがアキをじっと見ていることに気が付いた。
その視線にはアキ本人も気が付いたらしく、彼女へと視線を返した。
するとシロコは先ほど受け取った盾を返しながら、どこか困ったように笑った。
「……先輩、守るのって難しいね」
「十分よ。えっと……砂狼さん」
「さっきみたいにシロコでいい。そっちの方が嬉しいから」
「あ、シロコ先輩ずるい! 私もセリカって呼んでください!」
「それじゃあ私もノノミで~♪」
「ま、前に言ったと思いますけど、私もアヤネで!」
「ああもう、分かった。分かったから……」
――場違いではあるものの、"私"はその光景を見て、笑みを零さずにはいられなかったというのが本音だ。
そんな"私"の視線に気が付いたのか、アキは片頬をぴくりと震わせてそっぽを向いた。
そして取り繕うようにして、次は隣にいるアヤネへと視線を向ける。
「……アヤネ、この先の敵の布陣はどうなってるの?」
「はい。アキ先輩もご存じの通り遮蔽のない荒野が二キロほど続いているのですが、
その先にカイザーPMCの前線基地があります。
ただ、迂回するにも広範囲に敵部隊が展開しているので、衝突は避けられないと言いますか……」
「だけど、これ以上のタイムロスはまずいと思う。ホシノ先輩になにかあったらまずい」
アヤネから提示された情報に、シロコはそう口を挟んだ。
囚われの身のホシノがどのような状況に陥っているかは分からないが、
あの子供を容赦なく食い物にするような大人たちのことを考えると、いくつかの最悪のケースが想起された。
この場の全員も同じ結論に至ったのか、一刻も予断の許さないこの状況に緊張感が滲み出てくる。
「……私が突っ込んで敵の注意を引くわ」
「え、アキ先輩それ大丈夫……?」
セリカが不安げに問えば、アキは笑みを浮かべて頷いた。
「私、どちらかと言うと対多数の方が得意なのよ。
それに、どうせ私がゲヘナの情報部と一人でやりあったことも知ってるんでしょ?
少なくとも実績はあるわ。
……言っておくけどこれは強がりでも自己犠牲でもない。
私の能力を作戦に組み込んだ合理的な判断よ」
「――いや、その必要はないよ」
だが"私"はそれをやんわりと否定する。
彼女らの視線がこちらに向けられ――"私"は満面の笑みを浮かべた。
「実はこんなこともあろうかと――」
誰もが憧れるであろうその言の葉を紡ぎ、"私"は彼女たちへと向き直る。
もちろん、これはハッタリではない。
そしてそれを示すかのように、手に持っていたシッテムの箱の画面にとある情報がポップアップされる。
「熱源確認! これは――」
アヤネも自身の持っていたタブレットに表示された情報を見て声を上げる。
そして次の瞬間――耳を劈くような大爆発が連続して響き渡った。
そのあまりの衝撃と大音量によって頭を殴られたかのような衝撃に見舞われるが、
"私"は顔をしかめつつも建物の影から顔を出す。
するとその遥か遠方にはいくつもの爆炎が巻き起こり、
敵兵が成す術もなく吹き飛び、蹂躙される光景があった。
「あれは、支援射撃……?」
「……L118、トリニティの牽引式榴弾砲です! 一体どうして……」
『あ、あぅ……わ、私です……』
するとシッテムの箱を通してホログラムが中空に投影される。
そこに映し出されたのは『5』のアラビア数字(手書き)が描かれた紙袋を被る少女の姿があった。
その衝撃的な容姿とそれを被るに至った経緯は忘れようにも忘れるわけがない。
それはいつの日か、ブラックマーケットで出会った――。
「あっ! ヒフ――」
『ち、違います! 私はヒフミではなくファウストです!』
「わあ、ファウストさん! お久しぶりです!
ご自分で名前を言っちゃってましたが、そこはご愛敬と言うことで☆」
『あ、あれ!? あぅぅ……!』
曰く、覆面水着団リーダ『ファウスト』――。
律儀な彼女は自身の真名を自爆すると、動揺してあたふたと慌て始める。
しかし気を取り直すようにして大仰に顔を振ると、深呼吸を一つした。
『その、このL118はトリニティの牽引式榴弾砲ですが……
と、トリニティ統合学園とは一切関係ありません!
射撃を担当している皆さんにも、そう伝えておきましたので……
す、すみません、これくらいしかお役に立てず……』
「ううん、すごく助かった」
「はい! ありがとうございます、ファウストちゃん!」
そうして通話と共にホログラムが消える。
すでに爆撃は止み、前方に残ったのは燃え盛る車両と設置されていた兵器の残骸だった。
対策委員会の面々と共に、"私"は駆け出した。
「はぁ……」
「どうしたの、アキ?」
私たちが前進するその中で、"私"の傍らで駆けていたアキが溜息をついた。
彼女へと声を掛ければ、一度じとりと"私"に恨みがましいとばかりの視線を向ける。
しかし何か思うところがあったのか、すぐにその視線を逸らした。
「他の学園に借りを作るような形になって胃が痛いんです。
……できればアビドスの中だけで完結したかった」
「いや、これはシャーレからの依頼だからアビドスは関係ないよ。
アキが協力を求めたミレニアムについても」
「……私にシャーレに所属しろって言ってるんですか?
あくまで私はシャーレからのメッセンジャーだったと?」
「あ、それもいいね」
にこやかに"私"が笑えば、アキは呆れたように再び溜息をついた。
しかし――ふっと、その表情が緩んだ。
それはどこか穏やかさを含んだ、優しい笑顔だった。
「けど……こういう柔軟さが、
――彼女の成長の一片を改めて見て、"私"は優しく頷いた。
***
景色は寂寥とした荒れ野から、再び砂に埋もれたかつての市街地へと移り変わっていた。
アビドスのかつての中心地は今や見る影もない。
立ち並ぶ建物群は砂に溺れ、その上部のみが顔を出す程度である。
そしてここにやって来て奇妙だったのは、途端に敵の攻撃が散発的になったことだった。
各学園の援護によって蹴散らされたことから、敵方は慎重になっているのだろうか――。
どちらにせよ対策委員会の面々が先を急ぐことに変わりはない。
彼女らは警戒を怠らず、砂地を必死に駆けて行く。
「この辺りに、ホシノ先輩が閉じ込められているはずです!
この周囲のどこかに、きっと……!」
アヤネが足を止めて周囲を見回す。
面々も同様に周囲を見回すのだが、そこでふとあることに気が付いた。
目の前に広がる砂に埋もれた建物群なのだが、さらにその前方に一際大きな建物が見て取れた。
二階建て――いや、一階部分が辛うじて見えた。
ならそこまでが埋まっていることから、元は三階建てなのだろう。
左右に伸びた規則的な窓の羅列と区切られた多くの部屋のある巨大な施設。
それは対策委員会の面々にも馴染み深い形状だった。
形こそやや違うが、それでも自分たちが見慣れたものとそっくりで――。
「この痕跡……多分学校、だよね?」
「砂漠の真ん中に学校……もしかして」
「――ああ、ここは本来のアビドス高等学校本館だ」
彼女らの疑問に答える声があった。
前方にある建物の影から静かに姿を現すのは、恰幅の良い大柄の機人の男――カイザーPMCの理事だった。
その傍ら、または背後には、彼の指揮する兵士たちが最新鋭の武具を携行して付き従っている。
対策委員会の面々も武器を構えるのだが、同時に周囲の気配が騒々しいものになった。
砂を踏むいくつもの軍靴の音が絶え間なく響き、建物の影が忙しなく蠢く。
そして次の瞬間にはこちらに銃口を向ける傭兵たちが、一糸乱れぬ俊敏な動作を以て姿を現した。
その数は対策委員会の面々と比べるまでもなく圧倒的なもので、組まれた陣形の隙の無さからも威圧感を覚えずにはいられない。
「敵の増援多数……! カイザーPMCはきっと、ここで総力戦に持ち込むつもりです……!」
アヤネの解析を聞いた面々に緊張が走る――ようやく最終決戦が訪れたのだと。
故に彼女らが敵方の戦力の大きさに怯むことはない。
奪還すべき大切な先輩が、同輩が、生徒が――あと僅かな距離に囚われているのだから。
決意に満ちた強い眼差しで、彼女らは対峙する敵対勢力を睨みつける。
しかし対する機人の大男は非常に冷静だった。
「……かつてキヴォトスで一番大きく、そして強大だった学校の残骸が、この砂の下に埋もれている。
そしてゲマトリアは、ここに実験室を立てることを要求した」
「ホシノはどこ?」
だがその演説にも似た独り言を真っ先に拒絶したのはアキだった。
彼女の表情は氷のように冷たく、研ぎ澄まされた刃のように鋭利な剣呑さを纏っていた。
そして得物である対物ライフルの銃口は迷いなく男を狙っており、すでにその指もトリガーに掛けられている。
抑えきれない怒りがその眼光と語気に滲み、触れたのならばすぐにでも爆発するのは誰が見ても明らかだった。
「あの副生徒会長なら向こうの建物にいる。
もしかしたら、すでに実験が始まっているかもしれないが……」
だが、見下すようにくつくつと男は笑った。
いくら優秀な生徒群とは言え、この戦力差を覆せるものかと。
自社の武具に絶対的な自身を持っているからこそ、彼女らの貧弱な装備でなにが出来るのかと。
いくら他の組織が援軍として駆けつけようと、対策委員会と言う組織単体ならばどうにでも出来ると踏んだのだろう。
男は左右に両手を大きく広げ、その威厳を示すかのようにそれを堂々と語る。
「彼女の下に行きたいのであれば、私たちのことを振り切って行けば良い。
君たちにそれができるなら、の話だが」
「この兵力、簡単に通してくれそうにはありませんね……」
「あなたたち、先に行きなさい。ここは私が――」
――だがそこで、アキの言葉は唐突に遮られた。
次の瞬間、敵兵たちの後方から派手な爆音と共に爆炎が舞い上がったのである。
それにより敵兵は混乱状態になり、素早く遮蔽へとその身を隠していく。
しかし彼女も対策委員会の面々も、その爆発に心当たりはなかった。
だが"先生"だけは、その表情に満足げな笑みを作っていた。
「また爆発!? こ、今度は何ですか?」
「大丈夫、最後の援軍だよ!」
――混乱する面々などお構いなしに、場面は急転していく。
戦場の混乱に混じって響き渡るのはけたたましいエンジンの駆動音。
しかしそれが聞こえたかと思えば、舞い上がった砂煙を突き破り、
車体上部に銃座が備えられた大型のバギーカーが戦場へと飛び込んで来たのである。
それは荒々しい着地と共に、対策委員会を背にしてカイザーPMCの前に立ち塞がった。
そしてそこにいたのは――。
「アビドスの皆様、御機嫌ようですわー!」
「じゃーん! やっほ~☆」
運転席から身を乗り出してぶんぶんと手を振るのは、白い翼を生やした生徒――タスク404に所属している"運び屋"と呼ばれている生徒だった。
そしてその後部座席で立ち上がっていたのは、その肩に弾頭発射済みのロケットランチャーを担いでいる浅黄ムツキである。
さらによく見れば、他の座席には彼女らがそれぞれ所属する二つの組織の面々が座っていた。
彼女らは自身の愛銃を手に、堂々たる面持ちで砂地へと足を踏み入れる。
――便利屋68とタスク404。
――その登場に、面々は目を丸くした。
「べ、便利屋とタスク404の皆さん……!?」
「あなたたち、なんで……」
中でも特に唖然とした表情を浮かべていたアキだったのだが、それに答えるようにして"情報屋"がひょっこりと顔を出した。
相変わらず彼女はにこやかな――あるいは胡散臭いと称される狐のような不敵な笑みを浮かべていた。
「お疲れ様です、アビドスの皆様。この度タスク404はシャーレの先生の依頼により、
便利屋68の皆様と共に加勢に参りました。ねえ、陸八魔社長?」
「そ、その通りよ!
さあ、こ、ここは私たちに任せて、さ、ささ先に行きなさい……ッ!」
――一つ訂正があった。
便利屋68社長――陸八魔アルだけは、顔色も悪ければガクガクと震えていた。
事実、そうなるのも当然だった。
今彼女たちがしようとしているのは、強大な悪徳企業に対する敵対行為である。
特にブラックマーケットに関わる裏社会の人間たちとやり取りをしているのだから、
カイザーグループの影響力に呑み込まれるのではないか――。
しかしこの依頼を受ける過程も厄介なものだった。
今朝方、新アジトにやってきた"情報屋"から依頼と言う形で交渉をされたのである。
なぜ新しいアジトを知っているのか、なぜこちらの詳細を事細かに知っているのか――。
改めてブラックマーケットで暗躍する"情報屋"の能力を見せつけられ、アルは気が遠くなった。
だが新たなアジトに移ったこともあり、組織として何かと入用だった彼女は頷くしかなかったのである。
そしてその傍らにいたカヨコも、頭を抱えて溜息をついていた。
社長が決めたのなら付いて行く――だがこれは自分たちにとって、
なかなかに骨が折れる案件ではないだろうか。そう思わざるを得ない。
しかし彼女のそんな心労も露知らず、他部下二人は他組織の構成員と既に肩を並べていた。
「うっわー……それは惚れちゃうよ、アルちゃん……!」
「さ、流石です! い、一生ついていきます! アル様!」
「……なんか顔色も悪いし明らかに震えてるけど大丈夫そ?」
「あれは武者震いですよ"三本腕"様! やっぱりゲヘナの方ってワイルドで素敵ですわー!」
――そしてその光景は、アビドスにとってはさらなる救いの手に見えた。
「皆、ありがとう!」
「皆さん、お気をつけて!」
「べ、別に、お礼は言わないからねっ!
でも、全部終わったら……その時は一緒にラーメンでも食べに行くわよ、あんたたち!!」
「このご恩は必ず!」
「ん、ありがと」
「……感謝するわ」
面々は口々にお礼を述べると、素早い動きで砂地を駆けて行く。
――ああ、行ってしまった……。
アルとカヨコは自身の意思とは裏腹に急転していくこの状況に対し、半ば諦めの境地に至っていた。
「待て、対策委員会!? ええい、お前たち追え!」
「あら、あなたたちの相手は私たちですよ?」
次の瞬間、対策委員会の面々を追おうとした敵兵たちの足元から、銃声と共に砂煙が連続して小さく吹き上がる。
そして同時に近づいてくるのは、空気を叩く連続したけたたましい振動音――。
彼らが見上げたその先には、機関砲の銃口を向ける無人の攻撃ヘリが舞い下りて来る姿があった。
「"運び屋"、事前に渡してたチョーカーは付けてるでしょ? ヘリは私の義手と同じ原理で、脳波で動かせるから後は任せる」
「ありがとうございます。さあ悪徳企業の皆様方、蹂躙して差し上げますわ!」
「遠隔操作の攻撃ヘリまで……さすがタスク404」
「ふふふ、あの鬼方カヨコさんにお褒め頂き光栄です」
驚くカヨコに対し、満足そうに"情報屋"は微笑んだ。
彼女の狐の耳が機嫌良さそうにぴくぴくと跳ねる――だが、黒い丸眼鏡から覗くその瞳は妖しく輝いていた。
「あまり乗り気ではありませんか?」
「そりゃあねぇ……」
「確かにこれはカイザーグループに弓を引くような行為ですが……考えてもみてください。
これは便利屋68の皆様の広報活動にもなります。
依頼の入りも改善されると思いますし、何よりカイザーPMCの部隊を仕留めたともなれば、その腕前の評判は鰻登り――まあ狂犬の類と思われるかもしれませんが、そのようなことは些事でしかありません。
それにシャーレと梔子アキさんに恩を売る……そちらにとっても悪い話ではないと思いますが?」
「はあ……こうなったら仕方ないか」
乗り気ではなかったものの、ようやく決心の付いたカヨコは拳銃を構える。
自組織のブレインである彼女のそんな姿を見たのだから――それはムツキとハルカにとって、完全な"GOサイン"となった。
目尻と口角を吊り上げて凶暴性を剥き出しにするムツキ、目を大きく見開いて完全に覚悟が決まった無表情のハルカ――。
もはや彼女らは首輪の外された獰猛な猟犬だった。故に便利屋68は攻撃的な組織として機能する。
普段は間の抜けた結末に終わることの多い便利屋68ではあるが、その実は個の戦闘能力は非常に高い水準にあった。
そしてそれに続くようにして、タスク404の三名も動く。
機関銃を構える"情報屋"と、両手に短機関銃を握る"三本腕"。
"運び屋"がサンドバギーのエンジンを唸らせれば、車体上部に備えられた銃座が自動的に敵兵へと向けられた。
さらにその上空へと、遠隔操作の攻撃ヘリが機関砲を構えて滞空する――。
「あはははは! 面白くなってきたね、アルちゃん! じゃっ、始めようかッ!!!」
「アル様の邪魔をするなら死んでください……っ!」
「カヨコさん、タスク404はそちらに合わせますので、自由に使ってください」
「まったく、簡単に言ってくれるよ……」
「社長さん、とりあえず景気良く開戦の合図いっちゃってよ」
"三本腕"が促せば、アルはびくりと肩を跳ね上げた。
臨戦態勢の面々――それに対するは、最新鋭の装備に身を包んだプロの戦闘集団。
彼我との戦力差は雲泥だが、しかし個人の能力であれば突破口は見い出せる。見い出せてしまった。
そして彼女は思うのだ。
これは便利屋68の分水嶺、あるいは真のアウトローへの第一歩なのではないかと。
零細の学園を追いつめる悪徳企業たる巨悪を討つ――何と甘美な響きだろうか。
確かに彼らは恐ろしい存在だが、同時に欲望ももたげてきてしまう。
――これなんとかしちゃったらカッコいいわよね?
故にこの瞬間、彼女は覚悟を決めた。
「――さあ、どこからでも掛かってらっしゃいッ!」