それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~ 作:白桐
「ホシノ先輩の位置、確認できました! あそこです、あのバンカーの地下に!」
「急ごう!」
アヤネからもたらされた情報に、私たちは乾いて割れた地面と砂地が混ざり合う道を駆けて行く。
そしてその数十メートル前方には、コンクリートから為るアーチ状の背の低い建物があった。
あと少しなのだと、"私"は自身を奮い立たせた。
もっと話したいことがあって、もっと話して欲しい生徒たちが彼女にいる。
こんなところでその青春の歩みをホシノには止めてほしくないと――"私"は必死に走った。
「対策委員会……!」
――だが、そんな私たちの前にあの男が立ち塞がる。
その傍らに傭兵の部隊を侍らせてこちらを睨む機人の大男――カイザーPMCの理事。
面々はその登場人物を見るや否や、素早く銃を向けた。
「カイザーの理事……!」
「しつこい……」
「ああもう、どこまで邪魔すれば気が済むのよ!」
「どいてください! さもないと……!」
面々が強い語気で述べていくが、男は決して怯まなかった。
むしろ苛立ちと不快感を露わにするようにぶるぶると身体を震わせ――とうとうそれを爆発させる。
「ずっとお前たちが目障りだった……
生徒の分際で我々企業に……大人に楯突くなど――ッ!」
「間違っていることに間違ってると異を唱えて行動する。
それは生徒たちが真剣に考えて出した答えだよ」
だが臆することなく"私"はその事実を告げる。
対する彼は言葉を詰まらせて唸った。
そしてさらにその怒りを露わにしようとするが、"私"は静かに言葉を続ける。
「土地の利権問題に対する違法性の指摘や各学園からの糾弾も、元を辿ればあなたたちの欲望が招いたものだ。
その結果、あなた方は自社の利益と社会的信頼を損失することになった。
それは彼女たちが自分たちの自治区を守るために、勇気を出して行動をした努力と結果に他ならない。
そしてその自主性は、何よりも尊くて称賛されるべきものだと私は思っている」
「子供の分際で何が自主性だ!
社会経験も未熟で、世の中も知らずに銃の力だけで解決しようとする知性のない暴徒じゃないか!
自治区の管理など大層なことを任されておきながら、何もかもが中途半端で穴ばかり!
その自主性で余計なことしか出来ないのなら、奴らは黙って大人の言うことを聞いていればいいんだ!」
「確かにあなたの言う通り、彼女らは経験不足で組織の運営は未熟かもしれない。
だけど子供だから大人の言うことを聞くだなんて、そんな常識はない。
むしろ大人だと言うのなら、彼女たちをちゃんと導くべきなんだ。
正しいことならしっかりと称賛し、間違っているのなら諭してアドバイスを授ける。
そうやって導くのが、責任のある大人だと私は思ってるよ」
――"私"は否定する。
――彼女らの未熟な精神性の隙を狙い、陥れようとする狡猾な大人の意思を。
――"私"は肯定する。
――困難に抗い、それでも諦めたくないと戦い続ける生徒の意思を。
努めて平静を装い、それを"私"は静かに告げる。
大人に対する個人の在り方は人それぞれだが、だからこそ彼らとは相成れない。
「あなたの負けだ、理事。どうか手を引いてくれないかな」
「ふざけるなよ小娘共! そしてシャーレ! 貴様らだけは地獄に送ってやるわッ!」
元より正論だけで切り抜けられるとは思っておらず、この交渉の決裂も想定内であった。
――これは"私"の意思表明だ。
キヴォトスにおける"先生"としての在り方、それを以て必ず生徒を救うと言う決意。
それはこのアビドスの生徒たちから"私"が学んだことである。
そしてその大人としての在り方を己の心の柱としてから、彼女たちとの交流は"私"の価値観を眩く磨き上げてくれた。
そんな彼女らと共に青春を歩みたい――大人として見守りたい。
彼女らが進むべき道を阻む障害物を退ける――それが今の"私"の為すべきことだと信じていた。
「良い声で叫ぶじゃない。あんたのそう言う咆え面を見てみたかったのよ」
アキが嘲るように笑い――それを合図に対策委員会の面々が戦闘態勢に入る。
敵兵の数はこちらの倍以上――しかも戦闘ヘリや戦車まで持ち出す大盤振る舞いである。
だがそれでも"私"は絶対に負けないと心に誓う。
「アビドス、行くよ!」
シッテムの箱の戦術指揮を再更新――目標『カイザーPMC主要戦力の殲滅及び、
戦場の地形は瓦礫の点在する平坦な荒地だが、敵側には砂丘による稜線があった。
そして上空からは攻撃ヘリ三台が狙っており、さらに敵後方からは戦車が一台合流しようとしていた。
敵方の火力は十分で、さらに稜線と瓦礫を中心に展開する傭兵と射撃ドローンの布陣には、何ともいやらしい攻めづらさを感じずにはいられない。
しかしその攻略を可能とするのが、彼女たちの個々の能力と連携力である。
――だからこそ"私"はそんな彼女たちの手助けをするのみ。
「ノノミはヘリを牽制!
アキは後方の戦車を優先――いや、それと同時にノノミと一緒にヘリの対処!」
「了解。ノノミ、とにかくヘリに嫌がらせをして動かし続けて。
私なら確実に当てられるから!」
「了解です!」
「シロコとセリカは二人でなんとか前線を維持して!
アヤネはこの二人のサポート!
アキとノノミが合流するまでの時間稼ぎが出来ればいいから!」
「了解しました!」
「行くわよ、シロコ先輩!」
「ん、行こう……!」
"私"の指揮にすぐさま応えた生徒たちは、すぐに行動に移った。
彼女らは前線の瓦礫に滑り込むようにして身を隠すと、各々に割り振られた役割の遂行に尽力していく。
最後方の瓦礫の影に位置したノノミは、敵陣営の上空で滞空する攻撃ヘリ三台へと重機関銃の銃口を向けた。
砲身が回転し――掃射が開始されると一条の軌跡を描いて上空へと弾丸が放たれていく。
対策委員会の中でも彼女の広範囲の殲滅能力の高さは折り紙付きであり、それはカイザーPMCとして脅威の一つとして戦略に組み込まれているのだろう。
掃射が開始されるや否や、敵攻撃ヘリがそれから逃げるようにして大きく旋回していった。
大きく動いたのは二台――残り一台は攻撃が二台へと集中していることを好機と見て、移動した先で滞空し、備わった機銃を対策委員会へと向ける。
――刹那、雷鳴のような咆哮が大気を震わせた。
数は三。その尾を引くような重い金属音と共に孤立した敵攻撃ヘリの一台が大きく姿勢を崩す。
そしてそのままコマのように回転し――あっという間に墜落した。
『敵攻撃ヘリ一残り二! ノノミ、そのまま注意を引き続けて!』
『了解です!』
さすがだと"私"は素早い狙撃を行ったアキを心の内で称賛する。
単純な近接戦闘能力だけではなく、彼女は精密かつ迅速な狙撃能力も持ち合わせていることを改めて思い知らされる。
ホシノ曰く「器用に何でもこなす」とのことだが、まさにその通りだった。
しかし彼女を直接褒め称える余裕などなかった。
前線を確認すれば、すでに敵後方に位置する戦車が、こちらへとその砲身を向けようとしていたのである。
さらには前線のシロコとセリカへと、射撃ドローンと傭兵の集団が迫っていることから事態は緊急を要するのは自明であった。
――だが、彼女ならば。
「アキ、次は敵後方の戦車隊の狙撃と前線の援護行ける!?」
『早速人使い荒いですね――ッ!』
インカムから返って来たのは苛立った返答――だが次の瞬間、ノノミの前方で狙撃に徹していたアキが大きく跳躍する。
それを"私"はシッテムの箱の俯瞰した位置情報システムで観測していたのだが、彼女は数秒と経たずにシロコとセリカの前方に着地した。
そして盾を構える――シロコとセリカを狙っていた弾幕はそれによって、その一切が阻まれる。
ゲヘナ風紀委員会を相手にした時、ビル群の壁を自身の膂力を以て駆けていたことは強烈な印象として"私"にも残っていた。
だからこそ自由自在に戦場を駆け抜けることのできる彼女ならば、一人でいくつもの役割をこなせると確信していた。
「シロコとセリカはアキを援護して! それと敵は射撃ドローンを優先!
アキは二人の盾になりながら後方の戦車を!」
『うぇ!? アキ先輩それ大丈夫!?』
『あなたたち次第よ! 戦車はこっちに任せて!』
『ん、任せた! セリカ、やるよ!』
アキはホシノの盾を構えながら最前線を陣取り、前面から襲い掛かる圧倒的な弾幕を受け止め続ける。
それと同時にシロコとセリカが攻撃に転じた。
瓦礫の遮蔽から飛び出したシロコは、すでに安全ピンを抜いていた手榴弾を前方へと投擲。
高速で飛来しつつあった黒色の射撃ドローン数台は、完璧なタイミングで起爆した手榴弾の爆発に呑み込まれる。
しかしその黒煙を切り裂いて再び射撃ドローンが間髪入れずに突貫してくる。
それは後続の機体の飛来、あるいは爆破のダメージが軽微な機体が再度進行してきたからなのだろう。
シロコは愛銃の自動小銃を再び構え、それらのドローンの撃破に専念する。
中でも"私"は特にセリカに期待をしていた。
こう言った防衛戦で真価を発揮する生徒だと、"私"は断言出来るほどに彼女を信頼していた。
対策委員会内で中衛を専門とする彼女は視野が広く、それでいて刻一刻と表情を変える戦況への柔軟性も高い。
盾となって敵の注意を引くアキの負担を減らすべく、迫る敵兵の牽制と撃破を繰り返す。
しかもその傍らで、シロコへと銃口を向ける傭兵の初動を潰すような牽制も挟むのだから、やはりその視野の広さは伊達ではない。
『一、二、三――とにかくいっぱい倒した!』
『前衛の皆さん、こちら回復支援です!』
その中でアヤネは後方支援に徹した。
"私"がアビドスに来る前からオペレーターとして活躍していた為か、戦線と味方の状況確認を怠ることはない。
今でこそ"私"が戦術指揮を担当しているが、その指揮の合間に差し込まれる支援と情報共有は決して混線にはならず、むしろ"私"の指揮の手助けとなっていた。
仮にこの問題が解決して"私"がアビドスを一時的に離れることになろうとも、彼女であればこの面々を引っ張って行けるだろう。
何といっても彼女が先日見せた交渉能力や胆力は、リーダーとしての資質も有していることを存分に証明していたのだから。
――そして彼女らによって整えられた盤面で、再び雷鳴が響き渡る。
同時に敵陣営後方から爆炎が立ち昇った。
銃弾を放ったのはアキだ――それも盾を構えながら、対物ライフルを片手で以て狙撃するという変則的かつ常識外れな方法で。
だが彼女はそれだけに終わらず、もう片方の手に持った盾を地面に突き立てると、その空いた手でマガジンを交換。
素早い動作でそれを済ませると彼女が再び銃口を向けるのは――上空、それも二台の攻撃ヘリ。
一拍置き――その機影が重なる瞬間、再び放たれる雷鳴の如き咆哮。
それはたった一発だったが、途端に敵攻撃ヘリが空中でその姿勢を崩す。
人の制御を外れたその二台のヘリは一度空中で衝突した後、そのまま砂丘の向こう側へ落ちて爆炎を巻き上げた。
『アキ先輩本当にやっちゃったの!?』
『ん、さすがアキ先輩』
『先生、ヘリと戦車は片付けたわよ。次は?』
「ありがとう! アキはシロコとセリカと一緒に前進して!
ノノミ、三人と合流と同時に敵前線に掃射をお願い!」
『はい!』
戦況は圧倒的に優勢だった。
対策委員会の士気も高ければ、彼女らの上級生であるアキは、圧倒的な戦闘能力を以て後輩たちの牽引に徹している――。
戦闘のプロたちに負けず劣らずの連携能力を発揮し、個々が確実に与えられた役割を果たしていくその姿は"私"の心をさらに熱くさせた。
だからこそ"私"は最後まで油断せず、もたげてきた心の余裕を油断だと称して頭の中で叱咤して黙らせる。
絶対にこの物語を彼女らと共に走り抜けると、改めて強く心に誓った。
そしてあと僅か――目標のバンカーを目視できる位置にまでやって来た。
『対策委員会ィ――ッ!』
だがそこに響き渡るのは、まるで拡声器によって変質したかのような大音量の音声――ある男の咆哮だった。
同時に、遥か前方の砂丘から黒い影が飛び出した。
それは蒼穹へと身を投げ出すとその黒光りする巨躯を陽光に煌めかせ――次の瞬間、こちらの数十メートル先へと着地して砂煙を巻き上げる。
私たちが急遽足を止めて警戒するのだが、砂煙が風に流れるのを待たずして、そこから黒い巨躯が飛び出してきた。
『これがカイザーグループの最新兵器ィッ! 改良型のゴリアテだァッ!』
現れたのは、黒い装甲を有した二足歩行の大型兵器だった。
全長はおよそ六メートル強と言ったところか。
その角張った重厚なフォルムは対峙する者に強い威圧感を与え、さらに逆関節となった脚部の安定感も相まって巨人の姿を連想させた――なるほど確かにゴリアテだと"私"は思う。
頭部には額から突き出るようにして極太の巨大な砲身が備わっており、
その両手の前腕部は人の手のそれではなく、ガトリングガンそのものとなっていた。
全身が兵器、または火薬庫――これこそがあのカイザーPMCの理事の切り札なのだろう。
『これで終わらせてやるぞ小娘共! くたばれェッ!』
「ッ! 皆、瓦礫に隠れて!」
――瞬間、黒い巨人が強い光を放つ。
それは銃器によるマズルフラッシュのそれではない。
頭部の砲身の煌めき――それを視認した直後、放たれたのは光の奔流。
それがビーム砲だと"私"は気が付くが、それとほぼ同時に先行していたアキが、私たちの目の前に盾を持って飛び出した。
――直撃。
――しかしそれは彼女の盾によって受け止められ、霧散する。
「急いで!」
彼女に助けられた私たちは、素早く近くにあった瓦礫へと飛び込んだ。
そして初撃を防がれた黒い巨人は追撃を行う。
"私"が瓦礫に飛び込む直前、その角張った肩部が開閉して上空へと灰煙が尾を引いていくのが見えた――恐らくそれは小型ミサイル。
蒼穹に尾を引くその数量は目視では数え切れないほど広範囲であり、些細な喧嘩で銃撃戦を用いるキヴォトスと言えど過剰とも言えた。
――それほどに本気なのだ、あの機人の大男は。
そしてミサイルが着弾する。
私たちが遮蔽にしたのは砂地に打ち棄てられた廃電車なのだが、当然ながらその爆撃に耐えられるはずがなかった。
数度の衝撃の後、とうとう"私"の目の前にあった錆び付いた廃電車の壁面が弾け飛ぶ――。
「■■――!」
眩い爆炎と鉄の破片が目の前に迫った時、そこへ割り込むようにして一つの影が飛び込んで来た。
"私"を庇うようにして盾を構えるその後ろ姿が――そこにあった水浅葱の短髪が揺れる。
"私"はすぐにそれが梔子アキだと気が付いた。
爆炎と飛来する鉄片は彼女の盾に阻まれて"私"へ届くことはないが、その衝撃には堪らず"私"は転倒してしまう。
そしてその爆発による衝撃は"私"の視覚と聴覚を一時的に麻痺させた。
耳鳴りが響き、揺れる意識を気力で必死に繋ぎ止める――だが半ば平衡感覚を失った現状では、自身の体勢がどうなっているかも分からない。
だがそうして歯を食いしばりながら四苦八苦していると、不意に体が浮き上がるような感覚に見舞われた。
「――近――ンカ――に! 皆―――援護――!」
――耳元でアキの声が断片的に響く。
動けない"私"に代わって指揮をしているのだろうか。
彼女の頼もしさに安心する一方で、身動きの取れない自身の不甲斐なさに悔しさを覚える。
それからしばらくすると、"私"の視界と聴覚は徐々に鮮明になっていった。
そして未だ地を揺らすような爆発音と、ひっきりなしに響き渡る銃声も――。
そんな"私"が平常を取り戻した時、まず最初に目に飛び込んできたのは、薄暗いコンクリートの天井であった。
天井までの距離はそこまで高くはない――どこかのバンカーなのだろうと"私"は漠然と思った。
仰向けに寝かされていたらしく、砂にまみれたコンクリートの床から"私"は体を起こす。
「――! アキ先輩、先生が目を覚ましました!」
「ノノミ、掃射を続けて! シロコとセリカは引き続きその援護!
シロコはドローンを出して!」
「ん、分かった……!」
「了解!」
状況を把握しようと周囲を見回していた"私"に気が付いてか、アヤネとアキが駆け寄ってきた。
"私"はシッテムの箱の戦術指揮システムの現状を確認しながら彼女たちの耳に話を傾ける。
――現在位置はホシノが拘束されているであろうバンカーの対極の場所。別のバンカー。
――バンカー入口へとカイザーPMCの部隊が攻め込もうとしており、それをノノミを中心にセリカとシロコが抑え込んでいる。
――そして理事は、あの機動兵器による攻撃をその対面から猛然と行っている。所謂挟み撃ちの状態だった。
「先生、怪我は!?」
「っ……アロナ、どんな感じかな」
「はい先生! バイタルに異常はありません!
すいません、私のバリアでも衝撃と音までは……!」
「いや、大丈夫だよ……えっと、とりあえず大丈夫みたい。それで、状況は?」
アロナからの情報を伝えると、"私"はすぐさま二人へと状況を聞いた。
すると彼女たちは"私"と視線を合わせるようにして屈んだ。
「先生、状況を説明するわ。
先生が気を失ってからそこまで時間は経ってないけど、その間にこのバンカーに逃げ込んだ。
だけどちょうどその時後方から来たカイザーの部隊に襲撃を受けて、バンカーに閉じ込められてるのが現状。
アヤネ、雑魚の数は?」
「歩兵二十と射撃ドローン十、そして戦車が一台。
恐らく便利屋とタスク404が取りこぼした部隊の一部がこちらに向かって来たようです」
「……なるほど。それと理事の方は?」
「その場から動かず、こちらのバンカーに対して砲撃を行っているみたいです。
接近してこないのはむしろ好都合ですね」
「だけどそれだと、いつかバンカーごとぶち抜かれる」
アキの言葉と共に爆音が響き、一際強い揺れが奔る。
天井から砂埃が降り注ぎ、"私"は堪らず手で払うようにしてその眼前を扇いだ。
あの黒い機動兵器の装備が強力であるのは、つい先ほど体感した通りである。
搭乗型の機動兵器――こんな切迫した状況でなければ熱い童心を呼び起こすのだろうが、
理事がそれを駆り、凶悪的な武装がこちらに向けられるとなっては話は変わって来る。
彼女の言う通りバンカーごと破壊されてはこちらの戦列が乱されるだけではなく、遮蔽物すらも失うことになるだろう。
その中で集中砲火を浴びることとなれば、一網打尽にされるのは火を見るよりも明らかだった。
『ああもう! こいつらどんだけ沸いて出てくるのよ! これじゃ弾薬なくなっちゃうんだけど!?
シロコ先輩、マガジン残りいくつ!? 私は五!』
『残り六……! だけどこっちにもドローンがあるから、まだ踏ん張れる……!』
『二人とも一旦下がってください! 一度私が薙ぎ払います!』
インカムから届く前線からの報告も、なかなかに厳しい戦況だった。
なによりも連続した戦闘をこなしてきた今、特に前衛の面子の弾薬の消耗が激しい。
理事の方は感情的になって短絡的に爆撃を行っているのだろうが、後方から迫ってきた部隊は消耗戦を望んでいるのかもしれない。
早く手を打たなければ手遅れになるのは自明だった。
だからこそ"私"はアキを見た。
「ねえアキ」
「なんでしょうか」
"私"は立ち上がった。
そして同じく立ち上がった彼女へと、まっすぐ視線を合わせる。
この状況を前にして一切の動揺を見せず、彼女のその瞳は力強い確かな光が輝いていた。
現状に対する絶望と不安は微塵も感じられない。むしろ彼女は待っていた。
忠実な軍隊の兵士のように、静かに"私"の指示を。
――"私"は決意した。
「カイザーの理事を何とかしてほしい」
それはあまりにも漠然とした指示であり、自身がそちらには関れないと言うことの明言でもあった。
もちろんそれが彼女に対する負担の増大になるのは重々承知している。
だが彼女はごく自然な流れで静かに頷いた。
「分かりました。むしろ潰したっていいですよ」
それが普通であるかのように彼女は淡々とそう返した。
しかし不思議とそこに罪悪感を感じることはなかった。
それは彼女の戦闘能力をまざまざと見せられたということもあったが、その堂々たる佇まいに確信と信頼を覚えたと言うのも大きい。
そしてなにより"私"は思うのだ――かつてのホシノも、彼女のこう言った部分に助けられてきたのではないかと。
その実行能力の高さもそうだが、確実に状況を何とかしてくれる堂々とした頼もしさと冷静さ。
アキはホシノを背を預けたくなるような相手と称していたが、きっとホシノも彼女のことをそう思っていたはずだ。
少なくとも"私"は彼女の姿を見てそう感じていた。
アキは"私"から視線を外すと、装着したインカムへと手を添えた。
「皆、ホシノのこともあるから、私はあの理事を遠慮なく全力でぶっ潰しにいくけど――」
確実に勝利をもぎ取ってくると言うようなその宣言に、インカムから響いていた面々の報告が止まる。
対策委員会の面々は、先輩である彼女の言葉を静かに耳を傾けていた。
「もしあいつに一発ぶち込んでやりたいのなら、急いで雑魚を片付けてきなさい。
私もあいつにはむかついてるから、多分そこまで待てない」
そう言うが早いか、アキは素早くバンカーの入り口から飛び出して行った。
さらに同時に響き渡るあの雷鳴のような銃声――それから一歩遅れるようにして大気を震わせるような爆音が響き渡る。
シッテムの箱の画面を見れば、後方に位置していた最後の戦車が破壊されたと言う旨が表示されていた。
彼女の態度は素っ気ないものだったが――それ故に分かりやすい。
ここ数日のやり取りを経たおかげか、彼女が何を考えてそう言ったのかが理解できて"私"の頬は思わず緩んだ。
「……皆はどうしたい?」
『そんなの決まってるでしょ』
"私"のその問い掛けに、いの一番に声を上げたのはセリカだった。
『これだけ散々やられたんだから、私もあいつにもどぎつい一発食らわせてやらなきゃ気が済まないわ!』
そしてインカムから聞こえた彼女の声は相変わらず力強いものだった。
さらにそれは対策委員会の面々に伝播していく。
そうだそうだ、と――私たちのその通信網は再び騒がしくなっていった。
『ん、セリカに同意。絶対に今までの鬱憤を全部ぶつける』
『お仕置きしてあげなきゃですよね~♪』
「そうです!
アビドス高校としては、今までの非道の数々は絶対に清算してもらわなきゃなりません!
アキ先輩が理事を倒してしまう前に、何としてでも目の前の敵を殲滅します!
そして絶対に一発お見舞いしましょう!」
それでこそ対策委員会だと、"私"には満足感と共に自然と笑みが浮かんだ。
それにあと少しでホシノに届くのだと、"私"は自身を奮い立たせる。
「それじゃあ速攻で行くよ、皆!」
――はい!
彼女らの元気な返事と共に、"私"は再び戦術指揮へと移った。