それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~ 作:白桐
カイザーPMCの理事たる機人の大男が、この人外じみた身体能力を持つ生徒と交戦するのは、何もこれが初戦ではない。
数えるほどの交戦回数ではあるものの、その過程で彼女の戦闘能力は、小鳥遊ホシノと共に半ば恐怖として脳裏に刻まれていた。
驚異的な膂力から繰り出される馬鹿げた怪力と瞬発力、そして戦車を想起させるような耐久力。
しかしその出鱈目な肉体的有意性とは対照的な、繊細かつ迅速な狙撃能力も有しているのだから理解に苦しむ。
彼女はキヴォトスに住まう生徒の中では決して有名な方ではない。
だがその戦闘能力は、キヴォトス最強と謳われるゲヘナ風紀委員会の空崎ヒナと同等ではないかと彼は結論を出していた。
だからこそ彼女に対抗し、この機体は特別な強化を施した装甲となっていた。
ミレニアムサイエンススクールに対して行った違法な調査活動の中で得た新素材のデータ――それを組み込んだのが、この
さらに武装についてもカイザーグループの技術の粋を集めて開発された最新型のものであり、まさに対梔子アキに特化させたと言っても過言ではない代物だった。
そこに妥協は一切ない。
アビドスを手に入れる為に避けては通れない相手だとして、採算度外視でこの企画を推し進めたのだ。
負けるわけにはいかない――負ける時は自身の破滅の時であると言い聞かせて、彼は自身を奮い立たせた。
『梔子アキィ――ッ!!』
彼は自身の前に飛び出してきた小さな影が仇敵だと気が付いた瞬間、すぐさま怒りの咆哮を向けた。
アビドスの戦列を乱し、あわよくば戦闘不能者を出すと言う役割はとうに彼の頭にはなかった。
ただ怨敵を目の前に我を忘れ、感情のままに兵装の全てによる弾幕を放つ。
両手のガトリングガンの掃射、肩部ミサイルポッドからのミサイル全弾発射、頭部主砲に備えられたビーム砲の連射――。
それらは砂地へと着弾し砂煙と爆炎を巻き上げて彼女の進行を阻む――が。
「はっ――その程度?」
――それら全てを切り裂いて、彼女はその姿を現した。
片やその手に小鳥遊ホシノの所持していた盾を構え、片やもう一方の手には愛銃である無骨な対物ライフルを構えて。
通常の生徒であれば重量過多であるはずの装備を、彼女は軽々と扱っていた。
さらに柔らかな砂地を高速で疾駆するその機動性は、やはり並大抵の生徒とは比べ物にならないほどに速い。
自身の尋常ならざる膂力を最大限に活用し、その驚異的な瞬発力を以て急接近してくる。
そしてとうとう、機体の懐へと潜り込んできた。
(速い……ッ!?)
彼は素早く操縦桿を引き、距離を取るべく背部バーニアを噴かす。
強固な耐久力を有した装甲を持っているという自負はあったが、アキに接近されると言う忌避感が彼を反射的にそのように動かした。
それは判断ミスであり、彼もその回避行動の中で自身の咄嗟の選択に自己嫌悪と共に舌打ちを漏らす。
だがそれでも、こちらの兵装の優位性は揺るがない。
いざとなれば格闘戦にて蹴散らしてやればいい――そしてこちらは12860馬力だと自身を奮い立たせる。
ならばこのまま交戦だと、両手のガトリングガンを再び射程内に収めた彼女へと向けた。
『くたばれェッ!』
砲身の回転と共に、再び弾幕が展開される。
しかし彼女も早かった。
盾を前面に構えて旋回する――が、その最中で切り返したように反対側へと弾かれたように走り出した。
そのフェイントに彼は虚を突かれた。
それは盾を前面に構えてるが故に、体全体の動きが俯瞰して見れずに照準の追尾が遅れてしまったからであった。
そして次の瞬間、メインカメラから彼女の姿が消え――直後、あの雷鳴のような銃声が響き渡った。
大きな衝撃が奔るものの、しかし機体の駆動に問題はない。
なによりそれは、メインモニターの片隅に映し出されていた。
各可動部の耐久値が数値化されたゲージによって、それを常に観測することが出来る。
『フハハハハ! 堅かろう! これぞカイザーグループの最新兵器だァッ!』
対するは無言――これには彼も大きな優越感を得た。
あの高慢で自信家である梔子アキが手も足も出ないと言う状況に、その性格を知る人間が破顔しないでいられるだろうか――否、いない。
そして今もなお連続して響き渡る雷鳴のような銃声は、彼にとってもはや恐怖の象徴ではなかった。
さてここからどうしてやろうかと想像を膨らませ、優雅に次に繰り出す武装を選択していく。
この調子ならば相手はすぐに弾薬が尽きるだろう。
さらに得意の格闘戦へ移行しようとも、この機体の装甲と馬力ならば完璧に封殺することが出来る。
勝利への道筋が見えたことに、彼はさらなる高笑いをせずにはいられなかった。
――その瞬間、甲高い警告音がコクピット内に鳴り響いた。
『ハハハ……なん、だ――?』
何が起きたのだろうかと――。
高笑いが引っ込み、再びする気にもなれなくなったのは彼の生来の慎重な性質からだろうか。
すぐさま原因を探るべくモニターの片隅に表示される機体情報を見る。
そこには装甲や各可動部の耐久力が数値化されていた。
しかしアキの攻撃が通じない今、それを気にする必要はない――そのはずだった。
――雷鳴のようなあの銃声が響き渡った、その途端。
――右脚の関節部の耐久値のゲージが、大きく減少した。
『なっ、馬鹿な……ッ!?』
そして彼は異常事態に気が付く。
装甲の耐久値の減少はほぼない。しかしあの雷鳴のような銃声が響く度に、
モニターに表示される各可動部の数値化された耐久値が目減りしていった。
同時に機体の動きが比例して重くなっていく。
そしてその意味に、彼は嫌でも気が付いてしまった。
――この生徒は関節部を狙っているのだ。
装甲同士の間に微かに生まれる隙間――そこへ針の穴を通すかの如く弾丸を叩き込んでいるのである。
しかも彼女の得物は対物ライフルで、その威力は折り紙付きだ。
普通であればそれを近接戦闘で振り回すなどという発想には至らないが、
様々な距離や相手に対応するべく、この生徒は独自の技術を磨いていた。
その型破りな戦術が、自身が最も心血を注いだ兵器の突破口となろうとは――。
「なによ、もしかしてちょっと硬いだけ? 私を相手にするにしちゃ、あんまりにもお粗末じゃない?」
『このッ、化物め……ッ!』
――頭部ビーム砲を覆う黒の装甲が歪み、その隙間へと立て続けに弾丸が撃ち込まれる。
――装甲が内側から弾け、覆われていた機構が露わになった。
『ふざけるなよ……ッ!
これまで私はありとあらゆる手段を講じてきた……
それでもお前たちは滅びかけた学校に最後まで残り、しつこく粘って、どうにか借金を返済しようとして!』
男は咆える。
それは自身の計略をしぶとく耐え忍ぶ彼女らへの苛立ちと、遅々として進まないアビドスの状況に対して。
そして何より、今もなお希望を持って刃向かって来る、衝動的な感情を伴った彼女らの行動に嫌悪感を抱いているからこそだった。
『あれほど懲らしめたのに、徹底的に苦しめたのに、毎日毎日楽しそうにッ!』
――両腕のガトリングガンの弾幕を躱し、メインカメラから彼女の姿が消え失せた。
――直後に五発の連続した銃声が響き渡り、とうとう脚部関節と左腕の動作に異常が検出される。
『そして梔子アキ、貴様もだ!
貴様さえいなければ、私はカイザーの中でももっと高みに登れたはずだったのだ!』
「まさか安全圏からずっと甘い汁を吸っていられると思っていたの?」
振り回された腕部の攻撃を軽やかなステップで避け、そのまま後方へと再びアキは距離を取った。
そしてその表情に嘲笑を隠すことなく浮かべ、彼女はすっかりと損耗した
「あんたは私たちのことを自治区も管理できない子供だと思ってるみたいだけど、あんたらも大差ないでしょ。
肝心な所でボロを出して、こうやってバラされて窮地に陥ってる。
誰もが自分たちの会社の圧力に屈すると思っているから、そんなクソみたいな驕りで水面下で起きている動きに全然気がつけない。
これを傲慢と言わずして何と言うの?」
「そもそも原因は私じゃないけど」と彼女はさも当然のようにさらりと言う。
その白々しさに彼はさらなる怒りを覚えた。
だが次の瞬間には彼女の表情からその嘲笑が消えたものだから、
吐き出そうとしたその怒声は思わず詰まってしまう。
――それは遥か遠くから獲物を狙う、鷹のような鋭い眼光を携えたものだった。
「……だけどそんなことはどうでもいい。
昨日、対策委員会に難癖つけたそうね? しかも馬鹿みたいに利子を引き上げたらしいじゃないの」
それは昨日、カイザーPMCの軍事施設に対策委員会の面々が"先生"と共にやって来た時の事。
もちろん彼はそれを覚えていた。
何せ自身が彼女らに対し、利子の引き上げを指示したのだから。
「追い詰められたホシノが結果として学校を辞めるだなんて言い出した。
ええ、これはあんたたちの筋書き通りなんでしょう」
『そしてそれは小鳥遊ホシノが自身で決めたことだ!
こうするしかないと、貴様らの為に自ら我々に下った!』
「だからそれが気に喰わない」
――その表情が、途端に憤怒に切り替わる。
その理由も、それに至るまでの経緯も彼には理解できなかった。
かつては同じくアビドス生徒会に名前を連ねていた同級生同士だったが、ある日を境に別行動を取るようになった彼女ら。
そしてついには梔子アキは生徒会を辞めて単独行動を取るようになり、それを仲違いした結果と自身らが判断したのは去年のことであった。
だからこそ、彼はこの憤怒へのプロセスが理解できずにいた。
仲が悪いのではないか、だがなぜ彼女に対してここまで執着しているのか。
そもそも彼女は対策委員会にすら所属していない一匹狼のはずだ。
その対策委員会と共に救出に出向いたのは、どんな心境の変化があったのだろうか――。
なにが彼女をそうさせるのか、彼にはやはり理解できなかった。
「正しいとか正しくないとか正直どうでもいい――私があんたらをぶん殴る理由はそれで十分なのよ……ッ!」
――爆発の如く砂塵が舞い上がる。
アキの背後で大きく舞い上がる砂煙は、彼女が砂地を思い切り蹴り出した衝撃によるものだった。
そしてその圧倒的な膂力によって前方に飛び出したその体は、まさに弾丸の如き勢いを以てこちらへと突貫してきていた。
この機人の男はすぐさま迎撃態勢を取った。
全兵装を向けて引き金を引く――だがそれに至るまでの照準が鈍いことに気が付いた。
各可動部が悲鳴を上げているのだ。
この生徒の圧倒的な火力と命中精度によって損耗した機体は、もはや当初の優位性を失っていた。
そうしてその照準がもたついている間にも、状況は急転していく。
懐へと潜り込むや否や、彼女が勢い良く跳躍した。
そのまま宙を駆ける彼女が狙うのは――胸部装甲、あるいはその先のコクピット。自分。
そして何よりも驚愕したのは、大きく振りかぶっている手には何も握られていないと言うことだった。
代わりにあるのは――力強く握りしめた己の拳のみ。
――この生徒は素手で装甲を打ち抜こうとしているのだ。
『そんな出鱈目な――ッ!』
本来であれば傷一つ付けられないはずだ。
しかしこれまでの損耗や、それに至るまでの彼女の驚異的な戦闘技術が彼の直感を刺激した。
この規格外の生徒に対して"絶対"という言葉が通じるのだろうかと――。
その答えは否だと即断した結果、ほぼ反射的とも言える素早い思考能力と瞬発力が彼を動かした。
命中は免れない――ならばせめて急所だけは外す。
彼は素早く操縦桿を左に振った。
同時に右肩部に備えられたバーニアが真横に噴き上がり、機体は素早く左側へとスライドしていく――だが間に合わない。
その刹那、目の前まで迫ったアキの姿がメインモニターに映る。
憤怒に歪んだ表情はモニター越しにこちらを睨みつけており、
そして今まさにその拳を振り抜こうとする姿は、まさに暴力の化身そのもので――。
「■■■■――ッ!」
――瞬間、衝突音、
――凄まじいそれと共にメインモニターの映像が一瞬だけブラックアウトする。
その衝撃はコクピット内にまで伝わり、頭を揺らすような震動に男の意識が遠のきかけた。
しかし気合を以てその意識を繋ぎ止め、彼は僅かに頭を振って気を取り直すとすぐさま状況確認に移る。
梔子アキの一撃によって機体が大きく仰け反ったのは理解している――ならばダメージはどうだ。
少なくとも眼前にある胸部装甲は無事であった。
そして彼が焦りと共にけたたましい警告音に促されるようにモニターを見れば、その一部は今や騒がしく点滅を始めていた。
何事だろうかとそこへ視線を向けるのだが――そこに付随するようにして現れたメッセージを見た時、彼は目を見開く。
――右前腕部武装及び装甲ロスト。
『馬鹿な――!?』
彼は自身の操縦する機体に起きたダメージをそこで理解した。
メインモニターが向いた先――そこに在るはずの右前腕部の装甲と武装は確かに損失している。
駆動部が剥き出しになり、断続的に火花が激しく散っていた。
信じられない。だが目の前の光景はその逃避を許さなかった。
右前腕部の武装が装甲諸共砕けた――しかも素手での一撃で?
そのような突飛な情報を信じろと言うのか――だがデータも、自身の視覚が捉える生の情報も確実なものである。
故にこの詳細が現実なのだと思い知らされ、彼は恐ろしさのあまり大きく身震いをする。
あの胡散臭い黒服は言っていた。
怒りが満ちるほどに彼女の放つ弾丸や膂力は加速度的に増大すると――だが、それにしても限度がある。
――あまりにも規格外。
ただ漠然とそのような文言が彼の脳内で反響し、その絶望感が思考能力を緩やかに壊死させていく。
勝てない、負ける、今までの全てが台無しに、そして自分の立場は、と――。
だがむしろ、そんな崖っぷちに追い詰められたからこそ彼の感情は再度爆発した。
『お前たちのせいで、計画がっ!! 私の計画があぁぁっ!!!!』
彼はペダルを踏み込み、背部バーニアを最大出力で起動した。
それはもはや、怒りに我を忘れた短絡的な突撃である。
目の前の生徒の尋常ならざる膂力や、彼女に対する勝率など微塵もその計算には入れていない。
全てを踏みにじられたことによるその癇癪めいた反撃は、まさに彼を地獄の一丁目へと追いやろうとしていた。
だが次の瞬間、再び彼の機体が大きく揺れた――爆発音と共に。
さらに同時に機体が砂地へと足を付ける。転倒はしなかったが、「なぜだ」と彼は再び癇癪めいた悲鳴を上げた。
機体へのダメージを伝えるモニターを再び見れば、そこには『背部バーニアの破損による出力低下』と表示されており――。
今まさに、何者かによってそれが破壊されたのだと彼は気が付いた。
「――よし、なんとか間に合った」
聞き馴染みのある大人の――あのいけ好かない声が、外部の集音マイクを通じてコクピット内に響いた。
背後を指し示すアラートに従って、そちらへ機体を向ける。
『なっ――』
――小さな砂丘に佇む五つの影があった。
見間違えるはずもない。しかし同時にあり得ないと思ってしまう。
シャーレの"先生"率いるアビドス廃校対策委員会――砂にまみれた姿であるものの、いずれもが健在で力強い眼光をこちらに向けていた。
彼は慌ててメインモニターの傍らにある戦術ネットワークを注視する。
残存するアクティブな味方部隊の数――0。自身の目を疑ったのは言うまでもなかった。
一部の部隊を呼び出そうとするのだが、返ってくるのはその証明である無言だった。
戦闘ヘリや戦車、射撃ドローンや傭兵といった優秀な戦力を集結させたつもりだったが、どこかで戦術的なミスを犯さなければこうはならない。
そしてそれはあり得ないと心の中で否定する。
自身の進退を賭けた一世一代の決戦なのだから、その準備や確認は念入りに行ったのだ。
ならばこの短時間で自分たちの倍以上の戦力を殲滅してきたのか――再びあり得ないと否定するも、その現実はやはり目の前にあった。
「行こう、アビドス!」
――はい!
"先生"の号令に対する意気軒高な少女らの応答が、この乾いた地に響き渡る。
同時に彼女らは素早い身のこなしで砂地を疾走し、こちらへと突貫していった。
対する彼は操縦桿を引いて、全武装による攻撃で迎え撃つ――。
だがすでに満身創痍の機体の動きは、それに対応出来るはずもなかった。
照準がその俊敏な動きを捉えるよりも先に、アビドス廃校対策委員会の弾幕が彼の機体を襲った。
「あなたたちのような卑劣な大人に、アビドスは好き勝手にさせません!」
――手榴弾を強引にいくつも括り付けられたアヤネの医療用ドローンが突撃し、爆ぜる。
――本来の用途とはかけ離れたその自爆特攻に、機体頭部の砲身がメインカメラごと吹き飛んだ。
「あんたみたいなやつが何をしようと、私たちの心は折れたりしないわよッ!」
――武装と装甲が吹き飛んで剥き出しになった右腕へと、セリカの放った弾丸が突き刺さる。そしてすぐさま爆散。
――黒煙が晴れた先にあったその右腕は、すでに原形なく吹き飛んでいた。
「あなたみたいな情けない大人に、私たちは負けません! 絶対に!」
――ノノミの重機関銃の掃射が、装甲の歪んだ脚部関節へと集中し、ついに穿つ。
――自重を支えきれなくなった機体は大きく真横に頽れた。
「ホシノ先輩を返してもらう……!」
――巻き上がる砂煙を切り裂き、シロコの戦闘ドローンが高速で飛来する。
――放たれた小型ミサイル群と彼女の自動小銃から放たれた弾幕は、辛うじて敵対者に向けられていた左腕全体を吹き飛ばした。
一方的なその集中砲火の光景は、中心地にいる彼の目に強い炎として焼き付いた。
幸いなのは最初の一撃でメインカメラが破壊され、モニターが沈黙したことによってそれが数秒足らずで終わったことだ――が、それは続いて襲い掛かる衝撃に、想像の余地を持たせることとなった。
梔子アキに対抗して各部装甲や材質を強化したことにより、この強化型のゴリアテは並大抵の攻撃では内部へとダメージは届かない。
しかしそれが却って、この四肢をもがれた機体を頑丈な棺桶へと変貌させてしまった。
襲い掛かる衝撃、耳をつんざく銃声と爆発音――装甲一枚を通して響き渡るそれは、彼の精神をがりがりと削り取っていく。
もちろん機人である彼の体は確かに頑丈である。
だが積年の恨みとばかりに放たれる彼女らの攻撃、その気迫を真正面から受ける勇気はなかった。
そしてその直後、再び機体が大きく振動し、同時に重力が背を引っ張る感覚に見舞われた。
生き残った計器を見れば――とうとうこの機体が仰向けに倒れたことを示していた。
各種バーニアが吹き飛んだ今、この巨体を起こす方法はない。
悪あがきとばかりに必死に操縦桿やペダルを動かそうとも、四肢をもがれた巨人はやはり再び立ち上がることはなかった。
「馬鹿な、こんな、ところで、私は――ッ!」
――直後、頭上から短い衝撃音が響き渡った。
彼は思わず動きを止める。
二度、三度――バキバキと何かが砕ける音が響き、何事だとそちらを見た。
そこはこの機体の搭乗口を覆う扉であり、何重にも装甲が重なることにより、コクピット内の密閉性と強度を向上させる構造となっていた。
――だが次の瞬間、破砕音と共にそこから小さな光が差し込む。
「ひ――っ!?」
それが
すでに彼は生まれたての子羊のように、小刻みの震えを隠すことなど出来なくなっていた。
断続的に響き渡る破砕音と共に、差し込む光が大きく、さらに眩いものへとなっていく。
そしてこんな出鱈目な方法でこじ開けるなど、可能とする生徒は彼女しか――。
「捕まえた」
胸部装甲が一際大きな音を立てて完全に取り払われた時、彼の目の前に現れたのはまさしく怪物だった。
頂点に登った太陽を背にこちらを覗き込んでくる顔は逆光となって目鼻の判別がつかず、その姿はその顔に木の洞のような暗い穴を開けた異形の存在に見えてしまった。
あるいはそれは、彼がこの尋常ならざる生徒に抱いていた恐怖がそう錯覚させたのかもしれない。
そして次の瞬間、彼女はその長い腕でこちらの胸倉を掴むと一気に引っ張り上げた。
急転する視界と浮遊感に彼は混乱と驚愕を覚えていると、すぐさま目も眩むような眩さと共に、背中から全身に伝播するような衝撃が奔る。
じたばたと暴れながら周囲を見回せば、彼は自身が砂地の上に倒れ伏していることにようやく気が付いた。
――同時に、自身の腹に飛び乗るようにして跨ってきた彼女の姿にも。
「それはそうと、よくもあの子らをいじめてくれたわね」
「貴様、こんなこと――ごッ!?」
だが彼の言葉は続かない。
機械の頭部を揺らすような強い衝撃に、視界と意識が大きく揺らいだ。
たった一撃――されどあの機体を完膚なきまでに破壊したその膂力は、彼のここまでの意思をへし折るには十分すぎる威力を有していた。
そして再び拳が振り下ろされる。
「こんなことってなに? 言ってみなさいよ。
もしかしてまだお仲間がいるって信じてる?
助けに来ないわよ、あんたになんか誰一人とね――ッ!」
三発目、四発目――と。
加速度的に殴打の感覚が短くなっていく。
もはやそこに痛みの感覚はない。
漠然と殴られていると言うことと――薄れゆく意識が自身の破滅が近づいていると、虫の鳴き声のようにか細く囁く。
――そして。
「今までのツケ、ここで清算させてもらうわよ」
十二発目の渾身のストレート――それが彼の見たこの日最後の記憶となった。