それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~   作:白桐

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「――ちょっと用事があるから……その、姉さんをお願い」

 

 

 その日、普段は上級生である()()に付き従って離れない同輩が、用事があると言って一人で外出したのはホシノにとって意外なことだった。

しかも出かける直前に()()を自身に任せると言う旨をぶっきら棒ながらに口にしたのだから、それはなおさらだった。

 

 同輩は暢気でだらしない彼女を厳しく口で律するのが常なのだが、その実は誰よりも大切に想っていることをホシノは知っている。

だからこそ犬猿の仲である自身へとそれを告げると言うことは、何か同輩の中で大きな心境の変化があったのだろうと思い至った。

自分もそれなりに信頼されているのだろうか――そう言えば、それを口にした時の表情はどこか照れくさそうだったっけ。

 

 そこから流れる()()との二人きりの時間は、珍しく穏やかなものだった。

アビドスの景色が夕日に輝く頃――そのアビドス高校の生徒会室にて。

彼女らの日常は寂れたアビドスの地で借金返済のためにバイト、あるいはアビドス高校の所有物である売れそうな物を探すのが主であった。

それ故に他の裕福な学区の生徒たちのような金銭と時間の余裕はない。

それを羨ましいとは思わないが――同輩の彼女がなんとか自分たちの負担を減らし、金銭と時間的余裕を捻出しようと日々頭を悩ませていることをホシノも知っていた。

だからこそ、このような何もない時間は貴重であり久しぶりだなとホシノはぼんやりと思っていた。

 

 

「――ねえ、ホシノちゃん」

 

 

 そんな時、先輩である()()が自身へと話しかけてきた。

いつもの気の抜けたような暢気な笑顔――かと思いきや、ホシノが顔を向けた先にあったのはいつもと違う笑みだった。

それはどこか穏やかかつ温かな微笑で、まるで慈愛に満ちた優し気なものだったのである。

そして夕日に照らされたその横顔はどこか儚げで、不思議と目が離せない――普段とは違う大人びた表情に、思わず綺麗だなと思ってしまった。

 

 

「私ね……ホシノちゃんと初めて会った時、これは夢なんじゃないかなって思って、何度も頬をつねったの」

 

 

 彼女は不意に語り始める。

 

 ホシノの入学と、さらには()()()()と共にアビドス生徒会に入ってきてくれたこと。

アビドス自治区への募金活動の際、絡んできた不良生徒たちから守ってきてくれたこと――これは当時、過剰に攻撃し過ぎたと同輩と共に叱られたが。

そして何より、自分以外に決して心を許さなかった妹と真正面から向き合ってくれたことが嬉しいのだと彼女は言った。

 

 

「アキちゃんのお友達になってくれてありがとう。本当は誰よりも優しい子なのに、ちょっと力が強いだけで怖がられちゃうから……」

 

「まあ……殴られそうになったら躱せばいいだけですから……」

 

 

 我ながら的外れな回答をしたなとホシノは思った。

しかし犬猿の仲である同輩の実姉に「別に友達じゃありません」と告げられるほど、この時のホシノは傍若無人でもなかった。

丸くなったと自身でも思う――そして彼女に絆されたわけではないとも心に強く思ったが。

 

 だが不思議と同輩との関係性も悪くはないと思っていた。

彼女は自分が同輩と向き合ってくれていると言うが、それは自身に対しても、同輩は同じく向き合ってくれているとホシノは感じていた。

周りより頭をいくつか飛び抜けて腕っぷしが強く、生来の無愛想さも相まって敬遠される――似た者同士なのだ、自身と同輩は。

 

 しかし決してそれが親近感を覚えたエピソードではなかった。

目の前にいる暢気で平和主義者な上級生――少し目を離せば情けない声で鳴いている()()

一人にはしておけないと、守らなければと思ってしまった。

そしてそれが共通認識となり、気が付けば二人でアビドスに巣食っていた大規模な不良生徒の連合を潰していた――と言うのはまた別の話である。

意気投合とまではいかないが、それが互いの能力と人格を認め合った経緯であった。

 

 

「だからこうして二人と一緒にいられることが、私にとっては奇跡みたいなものなの」

 

 

 恥ずかし気もなく、彼女は堂々と本心を告げる。

彼女はこうして『奇跡』という言葉をよく口にしていた。

 

 しかしすでにアビドスの凄惨かつ荒寥な環境を経て、ホシノの心はすっかりと擦れ切れていた。

そしてそれは同輩の彼女も同じだった。

 

 大げさだなと若干の非難を込めて、ホシノは呆れたように溜息をついた。

 

 

「毎日毎日、こうして一緒にいるじゃないですか。

こんな当たり前なことで、何を大げさなことを」

 

「はぅ……だって……」

 

 

 ――昨日も今日も、明日も。

 

 どれだけ自分たちを取り巻く環境が厳しくとも、時計の針は止まってはくれない。

借金の取り立ては来るし、不良生徒による学校の襲撃も止まない。

いくら強くても疲れるしお腹も減るし、なによりも心が磨り減っていく。

ホシノにとって奇跡とは、そう言った悩みが全て解決するような、全能的で快楽を伴う荒唐無稽なものだと認識していた。

 

 

「『奇跡』というのはもっとすごくて、珍しいことですよ」

 

 

 だからこそ本当に、ただ何気なくそう返した。

特に深い考えがあったわけでもなく、ただ漠然とした回答を彼女に言う。

 

 しかし先ほどまでしょぼくれていた彼女はそこにいなかった。

彼女の表情に浮かぶのは、しっかりと大人びていて、何かを言い聞かせる時のように微笑を湛えた真面目な笑み――。

普段は頼りない姿しか見せないのに、時折こうして先輩らしい顔を見せるのだからホシノも驚くのだ。

 

 

「ううん、私はそうは思わないよ」

 

 

 ゆっくりと立ち上がり、彼女は夕日の差し込む窓辺へと歩み寄る。

そして少しの間その窓の先の景色を眺めた彼女は、改めてこちらを振り返った。

逆光となったその顔は昏くて見えない――だが、そこに優しい笑みが浮かんでいるのは容易に想像できた。

 

 

「ねえ、ホシノちゃん。いつかホシノちゃんにも可愛い後輩は出来たら、その時はアキちゃんと一緒に――」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「あぁ――」

 

 

 ――懐かしい夢を見た。

 

 あの頃の優しい記憶はいつでもホシノを穏やかな気持ちにさせてくれたが、同時にその目覚めに虚無と諦観を伴って体に圧し掛かって来た。

そしてその不調が自身に生を実感させるのだ――浅ましくも過去の残影に縋り、同輩から最も大切なものを奪ってしまったというのに。

 

 そこでホシノは自身が冷たい無機質な床に倒れていることに気が付いた。

黒服に連れられ、赤く発光する奇妙な紐によって拘束されたことは覚えている――そしてこれが自身の力でも振り解けない奇妙な材質だったことも。

ホシノはそれが解けている事態に違和感を覚えるも、しかし今は冷たい床から起き上がることが出来ずにいた。

 

 ――体の調子は悪くはない。

 ――多分実験とやらは行われていないと思う。

 ――だけど、体はひどく重い。

 

 

(もう、どうでもいいや……)

 

 

 ――違う、心が重いのだ。

 

 退部届を発見したシロコに適当に言い訳をして、他の後輩たちにもいつもの気の抜けた笑みの仮面を向けて。

しかも会いたいと言ったら迎えに来てくれた同輩は、驚くべきことにアビドスを蝕む大人たちへの反撃の手段を用意してくれていた。

だけど彼女には迷惑を掛けたくなくて、自分さえ連中の契約を飲み込めば解決する問題だとして、それも裏切った。

そうして最後まで寄り添おうとしてくれた大人の――"先生"の言葉も信じ切れずにホシノは決意したのだ。

アビドスを救う為、自らの体を大人たちに捧げた――。

 

 だがその裏切りの結果はどうだ。

この施設に連行される直前に見たカイザーPMCによるアビドスへの攻撃。

また騙された、裏切られた――そして肝心な所で誰も守れない。

強くそれを思い知らされ、ホシノは再び諦観に沈んで想う。

 

 先輩、奇跡なんて起きないですよ――と。

 

 

『――先輩はすぐそこにいるはずです!!』

 

『――ん、壊れない……もう一度……』

 

『――私に任せて!』

 

 

 ――だと言うのに、彼女らに再び会いたいと言うのはあまりにも強欲だろうか。

 

 ふと聞こえてきた声は、そんな自身が作り出した幻聴か。

だが同時に漠然ともたげてきた願望に、少しだけ心が軽くなった。

体を起こし、立ち上がる――自身を惨めで浅ましい子供だと自嘲して。

 

 ホシノはゆっくりとした歩みで薄い暗闇を歩いて行った。

暗闇にぼんやりと浮かび上がるその輪郭を頼りに、最初に触れた壁を伝って一歩ずつ進んで行く。

そしてその度に、彼女らの声が大きくなってはっきりと聞こえてくるような気がした。

 

 ――ああ、これは夢だ。

 

 こんな都合の良いことが起きるのだから夢なのだろうと、そこで初めてホシノの口元に薄い笑みが浮かんだ。

最後にもう一度だけ――と、ふらつく足取りで階段を登って行く。

 

 そうしていると、不意に頭上に光が差し込んだ。

ホシノがそちらを見上げれば、そこには一筋の眩い縦の線が暗闇に奔っていた。

そこから零れる明かりもやはり眩いもので、徐々にそれが騒がしく揺れて広がっていく。

天国への階段――と言う言葉が漠然と思い浮かんできたが、それはないだろうと苦笑が零れた。

これまで散々多くの人の心を傷つけて裏切ってきたのだから、そんな綺麗な道を私が進めるわけがない――奇跡なんてないのだから、と。

 

 

「「「「ホシノ先輩!!!!」」」」

 

 

 ――声が響いた。

 

 眼前で弾ける眩い光量――そして聞き馴染みのある声たち。

 

 最初、それが何なのかホシノには分からなかった。

しかしその眩さに目が慣れて視界が鮮明になってきた時、それを理解した。

 

 

「――あっ」

 

 

 ――アビドスの夕日と、砂に汚れたぼろぼろの後輩たち。

 ――そしてむっつりと不機嫌そうにこちらを見下ろす同輩。

 

 開かれた扉から吹き込んで来た砂漠特有の乾いた空気が、ホシノにこれが現実だとすぐさま気が付かせた。

困惑しながらも彼女はゆっくりと階段を登り――ようやく外へと出る。

 

 

「あ、あれ……どうやって……どうして……だって、私は……」

 

「夢だと思ってる?」

 

 

 いの一番に近づいてきたのは同輩――梔子アキだった。

彼女はおもむろにこちらへと手を伸ばし、そのままホシノの頬を抓る。

 

 痛い――紛れもなく現実だ。

 

 

「うん……ちゃんと、痛い」

 

「ホシノ」

 

 

 アキの手が離れると、今度は落ち着いた声がホシノの名前を呼んだ。

見れば彼女の隣にいたのは、スーツを着た細身で頼りない大人――"先生"だった。

信用していないと手を振り払ったはずなのに、それでもこの大人はやって来てくれたのだ。

キヴォトスの外の人間で、銃弾一発で死ぬかもしれない貧弱な体なのに彼女らを率いて、だ。

思わず乾いた笑いが零れる――自分が手放した者たちが一同に会したのだから、もはや自己嫌悪以上に笑うしかなかった。

 

 

「お、おかえりっ! 先輩!」

 

「ホシノ先輩、お帰りなさい!!」

 

「おかえりなさい、です!!」

 

「おかえり、ホシノ先輩」

 

 

 ――しかもいやな顔をせず、そんな言葉で出迎えてくれる。

 

 自分なんかより強いな、優しいなと思う――。

だがどうしたものかと居心地の悪さと現状に混乱していると、不意に漂わせていた視線がアキと交わる。

やはりその表情は仏頂面で、明らかに彼女が怒っているのが理解できた。

そしてこういう時、大抵頭の上に拳骨が落ちてくる――ホシノは思わず体を強張らせて身構えた。

 

 

「えっと……」

 

「猪突猛進桃色猪」

 

「うっ……」

 

「なに勝手に突っ走ってんのよ」

 

「ごめん……」

 

「……なにもされてない?」

 

「多分、大丈夫……」

 

「なら、良かった……勝手にいなくならないで、お願いだから」

 

 

 この時のホシノはすっかりと萎縮し、俯いたままアキの顔を見れなくなっていた。

 

 しかしその時、不意にホシノの胸元へと何かが突き出された。

無骨で堅い金属の塊――それが自身の愛用する折り畳まれた無骨な盾だと気が付いて、思わず彼女は顔を上げる。

やはりそこには、仏頂面を変えずにこちらを見下ろすアキの姿があった。

 

 

「あんたのでしょ」

 

「いや、違う。これは本当はアキが――」

 

「あんたのよ。私はそう思ってる」

 

 

 無理矢理それを持たせ、そう言うが早いか、アキはホシノの肩を掴んだまま振り返る。

それによってホシノは強引に彼女に引っ張られ――後輩たちの前に突き出された。

 

 

「――ホシノ、帰ろうよ」

 

 

 背後から聞こえたその声は、あの仏頂面からは想像できないほどの柔らかなものだった。

昔もこんな穏やかな声で語り掛けてきたことがあったっけ――だけどその時の表情はどんなものだったか。

 

 しかしそうして唖然としていると、小さく後ろから足を蹴られた。

さっさとちゃんと求められている言葉を言え、とでも言うかのように。

 

 そして改めて見た後輩たちの笑顔は、見慣れているはずなのにどこか不思議と惹かれるものがあった。

夕日に照らされ、砂に汚れた彼女たち――ここまでやって来るのに苦労したのは明らかである。

カイザーPMCを蹴散らし、彼女たちは自分の為だけに駆け抜けてきたのだ。

一人で突っ走り、迷惑を掛けた自分の為だけに。

 

 気が付けば目頭が――心が強い熱を持っていく。

 

 

「――ただいま」

 

 

 気恥ずかしいながらも、彼女は精一杯の笑顔を見せた――そして思う。

 

 ――ああ、確かにこれは奇跡だな、と。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 あの事件から一週間が経った今、"私"はシャーレへと戻ってきていた。

 

 そしてちょうど"私"宛てに届いたアビドス廃校対策委員会の手紙を見ているのだが――これがまた面白い。

手紙の執筆者はアヤネであり、そこにはアビドスと取り巻く近況と、対策委員会の騒がしい日常が書かれていた。

 

 ――アビドス廃校対策委員会が、連邦生徒会から正式に委員会として承認されたこと。

 ――加えてアビドス生徒会と同等の権限と役割を担うこと。

 ――生徒会長は決まらず、ホシノは断固としてそれを拒否。

 ――アキはあの一件以来、アビドスには顔を出していない。

 

 まだまだ課題は多いが、それでも確かに美しく変わっていく景色がそこにはあり、

"私"は文章から読み取った温かな光景を想像して、自然と頬が緩むのを感じていた。

 

 

「アビドスの借金はまだ九億のままだけど、カイザーからの利子は以前よりはるかに少ない支払いになって、カイザーローンの方には連邦生徒会の捜査が入ることになるみたい」

 

「……」

 

「あ、紫関ラーメンが屋台の形で再開したんだって。

また大将のラーメン食べに行きたいなぁ……」

 

「……先生」

 

 

 "私"の対面のデスクに座る生徒――梔子アキがジトリと"私"に視線を向ける。

彼女の手元からは引っ切り無しにペンを奔らせる音と、キーボードのタイピング音が響いていた。

 

 アビドスでの事件が解決したお礼として、ここ数日間、彼女はシャーレの業務を手伝ってくれていた。

以前にホシノが事務作業全般を彼女に任せていたと言っていたのだが――これがまた、そうするのも頷けるほどに手際が良い。

しかも時には連邦生徒会に苦情を入れ、案件の期限の調整を交渉するなども行うのだから心強かった。

 

 しかし彼女は、"私"のそんな()()()が気に入らないらしかった。

 

 

「そんなの私も知っていますから、さっさと仕事してください。

わざわざ私が手伝いに来てあげたんですから、今日中に溜まってるものを片付けますよ」

 

「ああ、ごめんごめん」

 

 

 そう言われた"私"は、対策委員会からの便箋を丁寧に折り畳んで封筒に戻すと引き出しに仕舞う。

あとで紛失しないように、何かの個人的なファイルを準備して仕舞っておくべきだろうか――。

そしていつか他の学園からも送られてくるであろう手紙などで、そのファイルをいっぱいにしたいと、そんな小さな目標を立てて"私"はデスクに向き直った。

 

 

「アキの方で何か聞いてることはある?」

 

「"情報屋"がその内挨拶に来ると言ってました。今回のことで先生はアレに借りを作ったわけですから」

 

「悪いことじゃないのならなんでも大丈夫だよ」

 

「……本当に何でも言われますよ?

あと、便利屋の奴らはゲヘナとアビドスの境界辺りに事務所を構えたみたいです。

一応金さえ払えば仕事を受けてくれるみたいですし、護衛が必要なら頼んでみてもいいかもしれません」

 

「ありがとう、覚えておくよ」

 

 

 そこからは互いの作業の音と共に、静かな会話が続いて行く。

 

 カイザーPMCの理事は現在生徒誘拐事件の容疑者として指名手配されていると言うこと――しかし連邦生徒会の機能不全により捕縛は期待できないと言うこと。

そしてその母体であるカイザーコーポレーションは、自分たちの身の潔白を主張するために彼を即座に解雇処理した――。

 

 当時そのニュースを見て、なるほど大人らしいやり方だと"私"は思わざるを得なかった。

理事の口ぶりからも、カイザーコーポレーションの上層部の意思がアビドスの地にあったのは間違いない。

しかしアキのもたらした連中の不正情報の中にそれを示唆する情報がなかった。

恐らくはこの事態を予期していたからなのだろう。

 

 

「アビドスの地の大半は未だにカイザーのものです。

こちらに関しては、過去の取引自体は違法ではなかったので」

 

「……砂漠で()()()をしてるって話は?」

 

「調べてる最中です。ただ悪行が大々的に広がった今だと、連中は雲隠れに徹するでしょうね。

本当だったら、その情報も調べて手に入れておきたかったのですが……」

 

「いや、本当にごめんね……もう少し慎重になるべきだったよ」

 

「やったことは仕方ありません。地道に私の方で調べますよ」

 

「なにかあったら手伝うから遠慮なく言って。それと――」

 

 

 デスクから顔を僅かに上げ、対面の彼女を"私"は見た。

 

 

「対策委員会、まだ入らない?」

 

「……入りませんよ。私がいると、ホシノがギクシャクするので」

 

「ゆっくりでいいから、ちゃんと話し合いをしてほしいな」

 

「今月はすでにあちらに百万振り込みましたから、これ以上の文句は受け付けませんよ」

 

 

 すっぱりとそう言い切る彼女に、"私"は手強いなと苦笑を零す。

 

 

「……そもそも私は団体行動は得意じゃないんです。

愛想も良くないし、チームの輪を乱すだけですよ」

 

「そうかな? カイザーと戦った時、私が動けない時とかアビドスの皆に指示を出しててくれたよね?」

 

「戦闘の指揮は出来ても、それ以外のやり取りが壊滅的なんです。

口調もきついから反感も買いやすいし、そもそも協力するよりだったら一人でやった方がいい。

あと、すぐ頭に血が上りますし」

 

「じゃあまずはここで練習してみない?」

 

「……こことは?」

 

「シャーレ」

 

 

 そう告げると、ぴたりと室内の作業音が止まった。

 

 

「アキ、シャーレの部員第一号にならない?」

 

 

 ――それは以前から考えていたことだった。

 

 ホシノ不在の中、対策委員会の面々を指揮していた先週の事件のことを"私"は思い出す。

やはり常日頃から戦いに身を置いている為か、その判断力は高く適切なものだった。

何より彼女自身が前衛に立ってメンバーを引っ張って行くのだから、そこに心強さを覚えないわけがない。

そして対策委員会の後輩たちは彼女をすぐに慕い始めた――厳しいながらも、そう言った人を惹きつける魅力が彼女にあると"私"は信じていた。

 

 しかしアキは溜息をつく。

 

 

「お断りします。第一、私は忙しいんですよ。

ブラックマーケットでの仕事だってありますし、風紀委員会のバイトもそうですし」

 

「アビドスの皆の為にもね」

 

「うるさいですよ」

 

 

 ミシリ、と何かが軋む音がする――恐らく彼女の握っているペンの類だろうか。

曰く、それはエンジニア部に特注した恐るべき強度を誇る特別性だと言う。

それが軋むとはどれほどの力が込められたのだろうか――想像したくない。

少し茶目っ気が過ぎたと反省し、苦笑しながら"私"は机に置いていたクリアファイルから一枚のプリントを取り出した。

 

 

「はいこれ。一応、お給料も出るみたいだよ。

これはリンちゃんにもちゃんと確認してる」

 

 

 そう言って"私"は予め用意していたA4サイズの用紙――徹夜で作ったシャーレへの入部案内のプリント――を、対面のアキへと手渡した。

受け取った彼女の作業の手は止まり、しばしの間室内に静寂が訪れる。

 

 タスク404のチームメイトやミレニアムの親友たちがいるとは言え、彼女にはさらに人との関りを増やして欲しいと言うのが"私"の考えだった。

ぶっきら棒だが困った人を放っておけない性質で、仏頂面で淡々と世話を焼くその姿には確かな善性が滲み出ていた。

ただ少し本人が優秀であるが故に一人で何でもできて、なおかつ戦闘時の攻撃的な性質が他者を誤解させるだけなのだ。

さらに厄介事を避けるために、善意から為る行動すらも心の内に仕舞って自己顕示をしないものだから、その誤解はさらに加速する。

そして本人もそれを自覚しているからこそ孤独を選ぶ――だがそれでは成長もしないし、報われもしない。

 

 

「いつでも待ってるからね」

 

「……まあ、検討しておきます」

 

 

 そして再び作業の音が室内を満たしていった。

"私"も改めて自身の作業へと向き直る。

 

 ――そう、ゆっくりでいいんだ。

 

 "私"はいつか彼女の知られざる善性と思いやりが多くの人に知られればいいなと、その成長と幸せを願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……派手にやってくれましたね、先生」

 

 

 ――連邦生徒会、執務室にて。

 

 七神リンは先日シャーレから上がって来た報告書を見て、その表情を苦悶に歪めた。

確かに問題を抱える学園の手助けをしろと助言はしたが――しかし最初にしてはその規模が大きすぎる。

 

 カイザーコーポレーションの系列会社、そのカイザーPMC理事によるアビドスに対する不当な金利のやり取り。

そしてそれを発端とした生徒誘拐事件、さらには各学園に対して行っていた違法な事業がキヴォトス中に拡散された。

各学園は決して協力体制を取ることはなかったものの、展開された抗議の包囲網は彼らに大きなダメージを与えたのは確かだった。

 

 ――あまりにも大きすぎる。

 ――しかし結果として解決してしまったのだから、それを強く言うことも出来ない。

 

 さらにシャーレのその超法規的権限により、アビドス高校に協力した三校の学園があった。

キヴォトス三大校――つまりはトリニティ統合学園、ゲヘナ学園、ミレニアムサイエンススクールである。

その結束に至るまでの経緯は、ゲヘナとトリニティの政治的な戦略が絡んだ結果という偶然の産物の割合が大きい。

 

 ミレニアムに関しては、梔子アキの個人的な付き合いによる伝手から為るものらしいが――これがまた判然としない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う文言を見て、C&Cが動いたのは明らかだった。

梔子アキの性格からすれば、アビドスを巡ってそちらと何かしらの一悶着あったのだろうとリンは予想する。

その結果、紆余曲折経て、利害の一致による共闘が実現したのだろうか。

その紆余曲折の部分が丸々抜けているのだが、恐らく"先生"はここに関与しておらず、彼女個人が助けを求めたからなのかもしれない。

 

 

(……独りでアビドスを守っていた彼女が、ですか)

 

 

 リンは彼女との鮮烈な邂逅の記憶を思い出す。

一年生の終わり頃、現在行方不明の連邦生徒会長にアビドスへと強引に連れて行かれた時のこと。

熱砂が吹き荒れる砂漠を彼女の運転するLSVで爆走し――雷鳴のような銃声と共に、車ごと宙を舞った。

そして砂丘を転げてからようやく止まった車両から這い出て、その時に初めて彼女に出会ったのだ――鬼人の如き憤怒を湛えた彼女と。

 

 彼女は人間不信を抱えた一匹狼で、当時は言葉の代わりに弾丸と拳が真っ先に飛んできたことは今でも思い出せる。

自治区を守りたいが故に、彼女は拒絶と暴力を掲げていた。

それをあの連邦生徒会長は根気強く説得し、なんとかその態度を柔和させた――そしてリンとアキに「じゃあ後は二人で協力して頑張ってね」と最後は丸投げしたのである。

あの時ほど、リンは後にも先にもあの"超人"を強く恨んだことはない。

 

 それ以来、彼女はあの猛獣に引きずり回される憐れな飼い主だった。

 

 ――アビドス砂漠を不法に調査していたゲヘナ学園の情報部を殲滅した。

 ――自治区の境界線を越え、アビドスで一悶着起こしたヴァルキューレ警察学校を増援諸共殲滅した。

 ――アビドス境界線付近にヘルメット団の負傷者が多数転がっていると通報。その数は百を超えていた。

 

 そんな荒唐無稽な報告を受けた時、リンは自身が夢でも見ているのだろうかと現実を直視することが出来なかった。

だが実際に現場に向かい、砂漠の地にただ一人両の足で佇む彼女を見て気が遠くなる――そんな経験を何度も味わった。

上には上がいることを知れば大人しくなるだろうと思っていたのだが、そんな他力本願を真正面から木っ端微塵にする彼女は、決してアビドスへの侵略者に敗北することはなかった。

そしてその度に自身が尻拭いとばかりに報告書や上層部への言い訳を用意し、彼女に苦言と注意を述べて喧嘩に発展する――その繰り返しだった。

 

 一応()()()()()()()()()を知ってからは、その関係性は多少改善された。

そして今回の報告書を見る限りでは、他人を頼れるようになったらしい――が。

 

 

(どうやっても、彼女のやらかしたことは私に返って来るんですね……)

 

 

 それ故に、リンは嘆息を禁じえなかった。

 

 先日の事件の影響の余波は、連邦生徒会にも及んでいた。

防衛室主導による指揮下の治安維持組織の装備拡充と更新――その取引先であったのが、カイザーPMCであった。

一応は本社側からは上層部の一部の暴走によるものであり、自分たちが望んだものではないとは釈明があった。

そしてその主犯たちには迅速な処分を下したと言う――しかしそれは茶番ではないかと、リンは不信感を抱かずにはいられなかった。

 

 結果として連邦生徒会内で多くの調整や議論を交えた計画はほぼ白紙状態に戻った。

再び取引先の選定をすることになるのだが、防衛室長の魂の抜けたような憐れな姿は記憶に新しい。

心血込めて積み上げた全ての労力が土台ごと崩落したのだ。さすがのリンもその時の姿には同情した。

 

 だが結局は遠回りすることになっただけだと言うのが、リンの予測であった。

外部に謝罪と言うパフォーマンスを取ったカイザーならば問題はないだろうとして、再び契約まで漕ぎ着くのだろう。

その際に先に歩み寄るのはカイザーか、それともこちらの身内の誰かか――。

そこに法への背徳がないことを、今のリンには祈ることしかできなかった。

 

 

(それにしても、会長はなぜここまでアビドスを……いえ、梔子アキさんにこだわるのか……)

 

 

 連邦生徒会長はアビドスを――特に梔子アキを気に掛けていた。

その理由は行方不明になる直前だろうと語ってはくれず、唯一聞き出せたのは「自分は彼女に返せないほどの大きな借りがある」と言う言葉だけであった。

 

 そして彼女は口癖のように、出来る限りアビドスを助けてあげてほしいとも言っていた。

そこにはさすがに不審を思わずにはいられなかったが、当時から今までの間、リンは何も言わずに頷いてきた。

"超人"と評される彼女なのだから、きっと何か考えがあるのだろうとして。

 

 だからこそ今回のアビドスの件に関しては、自身の権限を行使して半ば強引に事を進めた。

斜陽の痩せ細った学園を救うことになんの意味があるのだと、そんな訝しむような意見も当然出た。

しかし各学園も声を上げていることもあり、それを正当な理由だとしてリンは推し進めたのである。

そこに苦言は呈されたが――それはもう彼女との付き合いの中で慣れたものであった。

 

 

「どれだけ大きな借りを作ったんですか、会長……」

 

 

 日頃の疲労が滲む恨みがましい言葉と共に、リンはデスクの傍らに積まれた書類の山を見る。

"超人"の抜けた穴は大きい――そして赴任してすぐの"先生"に、その清算を手伝わせることへの罪悪感も。

 

 大人だからと言って、シャーレに送る業務量が異常なのはリンも重々承知していた。

そして生徒個人や自治区の問題の解決すらも丸投げしている現状にも。

それでいて自分たち連邦生徒会は行方不明の連邦生徒会長の捜索にリソースを割かれ、本来の機能を果たしていない。

結果として他自治区からの信用はさらに失墜し、自組織の空気も悪ければ怪しい動きもある――しかし職務に忙殺されて動けない。

 

 リンは椅子の背もたれに体重を預け、執務室の天井を仰ぎ見て深い息を吐いて思う。

 

 会長、今どこにいるんですか――と。

 

 

「……いけない、仕事をしなければ」

 

 

 だが今この場にいない人物を求めても状況が好転するわけではない。

それが分かっているからこそ、彼女は上体を起こすと改めてデスクに向き直った。

 

 しかしその時、デスクの足元に落ちている書類に気が付いた。

いつの間にか床に落としてしまったのだろうと納得し、彼女はそれを手に取って文面へと何気なく視線を落とす。

 

 

「委嘱状……? 一体誰の――」

 

 

 まず目に入ったのは最上部にあった『委嘱状』の目立つ太文字で、次いで最下部へと視線を移せばそこに連邦生徒会長の直筆の署名と捺印があった。

署名と捺印は間違いなく本物で、リンにとっても見慣れた彼女のものであるのは間違いなかった。

 

 この時のリンは連日の過労が祟ってか、その中間を大胆にも読み飛ばすという普段はしないであろう行為をしてしまった。

疲労で目が滑ったとも言えるのだが、彼女の署名を見てしまったが故に、今度は真下から上部に掛けて読み上げていく。

やはり普段であればそんな頓珍漢なことはしないのだが、この時ばかりはそんな自身の異常性に気が付くことが出来ないほどに疲れているらしかった。

 

 次にあったのは、箇条書きで記された委嘱業務の内容だった。

『③犯罪行為を行う生徒の鎮圧』、『②学園退学者の生活支援及び、復学支援』、『①シャーレ顧問及び各学園の生徒と協力し、各自治区及び所属生徒の諸問題の解決』――などなど。

①の項目から分かる通り、どうやらシャーレに関連する書類らしかった。

この時のリンは「そう言えば先生はシャーレの人手不足で悩んでいたからちょうどいいか」くらいにしか思っていなかったのだが――。

 

 

「――は?」

 

 

 さらにその上部へと視線を移して、ぎくりと体を硬直させた。おまけに間の抜けた声が零れる。

そこにはこの委嘱状の対象者が記載されているのだが――そこにあった人物の名前を見て、リンは目を見開いた。

 

 ――梔子アキ 殿

 ――貴女に以下の通り、連邦捜査部シャーレの部長を委嘱します。




対策委員会編終了です。
今後の予定と方針なのですが、下記の通りです。

・次は各キャラクターとの関係性を描く間章『梔子アキ シャーレ部長編』
(五~話くらいの本数)
・パヴァーヌ一章、エデン一章はスキップ
(いつかタスク404の三本腕と運び屋を主軸に書きたい)
・間章終了後、エデン二章を予定

遅筆ですが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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