それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~   作:白桐

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――その砲身が火を噴く度に、周囲に爆炎が立ち昇る。

 

 Flak41、その改造戦車。

本来であれば対空砲の役割を課せられているはずのその戦車は、

どうやら榴弾砲対応型として改造されているようだった。

 

 強引に対人戦闘にも対応させられたそれは、並みの装備と生徒では太刀打ちできない兵器と言えるだろう。

直撃すればヘイローを持つ彼女たちでもただでは済まず、怪我は免れない。

現にセリカが無力化され、誘拐されたという事実がそこにあった。

 

 そしてそれは背後で指揮を執る教師も例外ではない。

むしろいかなる被害も避けねばならない庇護対象であった。

いくら信用できない大人であろうと、死んでしまっては寝覚めが悪い。

 

 その程度の良心ならば、さすがに小鳥遊ホシノも持ち合わせていた。

彼女はそんなささくれ立つ苛立ちを脳内の片隅で処理しながらも、相対する改造戦車を冷静に見つめていた。

 

 

(大人って、なんでこうも面倒で厄介なんだか……)

 

 

 ホシノは内心毒づきながらも、戦車の注意を引くように遮蔽を移動し続けていた。

身を低く屈め、低空飛行をする猛禽の如くその前線を走り続ける。

遮蔽に飛び込む、射線を切る、飛び出す――その繰り返しで翻弄する。

 

 乗り手の練度は高くはなく、単純なその繰り返しだけでこちらに攻撃を誘導することが出来た。

恐らくあの狭い車内で、砲手が怒り狂っているのは間違いないだろう。

だがこちらがジリ貧なのも事実で、背後から感じる熱気と耳をつんざく爆音には、ホシノも嘆息をつかずにはいられない。

 

 一気に懐に潜り込んで破壊することも出来る――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『ホシノ、大丈夫!?』

 

「うへ~、ちょっと逃げるので精一杯かも~」

 

 

 インカムから響く"先生"の声に、いつもの気の抜けた調子で言葉を返す。

 

 "先生"の指揮能力は確かに認める――だがそれだけだ。

今でこそ物資の補給などの対処できる問題を片付けてはいるものの、

いざ大きな問題が降りかかった時にはどうするのか。

 

 ――例えばアビドスの抱える九億の借金を一気に払わなければならない、だとか。

 

 その時こそが見物である。

屁理屈をこねて逃げるのか、何も言わずに逃げるのか。

他の学園に逃げた無気力な生徒たちのように、アビドスを好き勝手に荒らして見捨てた大人たちのように――。

 

 

『アキ、その戦車を狙えるかな?』

 

『……簡単にぶち抜けはしますが、瓦礫の遮蔽が多くて』

 

『ん、それなら私が何とかできる』

 

『よし、ならそれでいこう』

 

 

 アキの要望に応えたのはシロコだった。

 

 彼女の上空で追従していた白と水色を基調とした戦術ドローンがその軌道を変え、

備えられていた小型ミサイル群が放たれる。

それは崩れ落ちたコンクリートの瓦礫の一部を破壊する。

 

 ――同時に、瓦礫に隠れていた改造戦車へと陽光が降り注ぐ。

 

 

『いい仕事ね。ありがとう』

 

『ん、任せた』

 

 

 そして"彼"が合図を出す。

 

 ――"アキ、お願い"。

 

 次の瞬間、あの重い金属の咆哮があがる。

 

 同時に走行していた戦車は力の抜けたように制御を失い、

近くの瓦礫に突っ込むことによってその動きを止めた。どうやら操縦手を仕留めたらしい。

 

 相変わらずの腕だと舌を巻き――しかし油断はできないと、

ホシノは最後に残った後方の戦車へと突貫する。

 

 そしてそれに合わせるかのようにシロコが追い付いた。

横目でちらりと視線を向けると、彼女は静かに、しかし力強く頷く。

 

 

「シロコちゃん、歩兵をお願い」

 

「ん、分かった」

 

 

 ホシノはシロコと共に敵陣へと突貫した。

残党たる歩兵達も迫るが、彼女らが銃を構えるよりも先にシロコがその懐へと潜り込んだ。

 

 蹴りを主体とした体術と銃撃を織り交ぜた近接戦闘が閃き――あっという間に不良生徒が砂地へと倒れ伏す。

それがシロコの戦闘スタイルであった。

入学時からホシノと共に過ごしてきたためか、その動きに影響を受けながらも独自に成長した彼女の戦闘技術である。

 

 ホシノはさすがだと内心で称賛しながら、

その連撃によって倒れ伏した不良生徒たちの隙間を縫うようにして駆け抜ける。

そしてそのままの勢いで、一息で戦車の上部へと駆けあがった。

 

 同時に戦車上部のハッチが開かれ、飛び出したのはヘルメット団の一人。

暗い色をしたシールドの向こうの瞳が大きく見開かれたのが、ホシノには見えた気がした。

 

 

「これでおーわり」

 

 

 ――そして、その顔面へとホシノは銃口を突き付けた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ホシノが最後の改造戦車を無力化して、この戦いは幕を閉じた。

 

 そうして面々は改めてセリカの奪還を喜び、その帰路に付こうとした時である。

 

 

『……もういいわね、ホシノ』

 

「……うん、ありがとね」

 

「ちょっと待ってくれないかな」

 

 

 "私"は無線から去ろうとした狙撃手――梔子アキを引き留めた。

ホシノは少し苦い表情をしていたが、"私"は「ごめんね」と口だけで言葉を作ってそう伝える。

彼女は溜息をついて、とうとうこちらに背を向けた。

 

 ホシノもアキも、アビドスの面々との会話を望んでいないらしい。

だからこそ少々強引だが、"私"は会話の場を設けてあげたかった――特にそわそわしているセリカには。

 

 

「改めて、助けてくれてありがとう。

君がいたからセリカを助けることが出来た。ね、みんな?」

 

 

 "私"がそう言えば、対策委員会の面々は一斉に感謝の言葉を発した――それこそ濁流のように。

終いには誕生日や趣味、好きなものまで聞く始末である。

ちなみに驚いてこちらを振り返ったホシノの表情は完全に引き攣っていた。

 

 

「あ、あの、本当に助かりました……」

 

『いいのよ……大丈夫なら良かった』

 

 

 そしてセリカが最後にそう伝えると、アキの冷たい声色が、いくらか柔らかなものになったような気がした。

機械的かつ無機質に思えたものの、そこに僅かな人間性を感じて"私"はほっとする。

ぶっきらぼうかもしれないが、普遍的な優しさは確かに兼ね備えているのだろう。

 

 そしてそれは素直になれないから――ある意味ではセリカと似ているのかもしれない。

 

 

「アキはアビドスの生徒ってことでいいのかな?」

 

『……一応は』

 

「あのアキ先輩、ちょとよろしいですか? 出来ればお礼をしたいんですけど……」

 

『いえ、必要ないわ』

 

 

 だが、ノノミから申し出を彼女ははっきりと断った。

 

 

『弾薬の消費も想定内だし、こっちとしてはのんびり狙撃してただけで大したことしてない』

 

「あ、あれでのんびり……?」

 

 

 アヤネが思わず詰まったように声を零す。

 

 セリカを運搬していた輸送トラックを狙撃して破壊、

対策委員会と共にヘルメット団の撃破に貢献、改造戦車数台を破壊――。

 

 少なくともその働きは一人分のそれではない。

 

 

『とにかく別にいらない……もういいわね? 忙しいからこれで失礼するわ」

 

「あ、ありがとうございました!」

 

「アキ、本当にありがとう」

 

『……どういたしまして』

 

 

 溜息混じりのそんな言葉を残し、ブツリと短いノイズ音がインカムから響いた。

 

 

「……まあ昔っからぶっきらぼうな子だったからね」

 

 

 しばしの沈黙の後、ホシノがこちらに振り返った。

その表情に、いつもの気の抜けた笑みを浮かべて。

 

 

「ま、セリカちゃんも帰ってきたことだし、それでいいじゃあないか。ほら、戻ろう」

 

「いや、ちゃんとアキ……先輩のことをちゃんと聞きたいんだけど――っ」

 

「セリカちゃん!?」

 

 

 だがホシノに話を聞こうとしたセリカの体が傾く。

倒れそうなところを寸でのところでアヤネが支え、転倒することはなかった。

 

 考えてみれば、昨夜から働き通しであった。

特にセリカは奇襲のダメージもあり、戦闘もこなしている――疲労が体を蝕んでいるのは自明である。

 

 ならばと、私はその場に片膝を付いて、セリカへと背中を見せた。

 

 

「セリカ」

 

「な、なに……」

 

「おんぶしてあげるから、ほら」

 

 

 ――その時の表情と言ったら疲労困憊で嫌そうでもあるのだが、どこか照れがあるようにも見えた。

 

 しばしの無言が続いたが――対策委員会の面々からの視線を受けて、とうとうセリカは折れた。

観念したようにふらふらと"私"の背中に不時着する。

 

 

「ぐっ、なんと言う屈辱……」

 

「大丈夫だよ、私なら全然大丈夫だから」

 

 

 そうではないとセリカは言葉を続けようとしたらしいが、

もはや疲労がピークに達していたのか、億劫となったのか。

 

 もごもごと口を動かすばかりで言葉にはならず、遂には彼女の心の中に消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「――ホシノ先輩、あの人のこと教えてほしいんだけど」

 

 

 それはアビドス対策委員会の面々がしっかりと睡眠を取り、活動を再開した昼過ぎの出来事。

 

 対策委員会の部室に集まった面々と"私"は、

ホシノへと先刻に出会った狙撃手についての質問を投げかけていた。

 

 しかしその際のホシノの様子はどこかおかしく、いつもの気の抜けた笑みを浮かべながらも、

その表情には気まずさや形容し難い複雑な感情が入り混じっている――そのように"私"には見えた。

 

 そして彼女はなかなか話そうとはしなかったのだが、

対策委員会の面々に言い寄られて諦めたようにとうとう口を開く。

 

 

「……梔子アキ、アビドス高校三年生で元アビドス生徒会、書記兼会計」

 

「元?」

 

「辞めたんだよ。だから、今の生徒会は副会長のおじさんだけ」

 

 

 溜息混じりにホシノはそう口にした。

そうして頬杖をついて窓の外へと顔を向けると溜息をつく。

 

 やはり、あまり彼女――梔子アキのことは話したくないのだろう。

 

 

「私、一度だけ見たことがあるかもしません。

背が高くてスタイルの良い綺麗な人。

すごく大きなライフルを背負っていた記憶があります」

 

 

 ノノミがそう言うと、「へえ」と彼女を知らない残りの面々が声を零した。

 

 

「帳簿を付けている時にですけど、名前だけなら私も見かけたことがあります。

てっきり転校した人物の名前だと思っていましたが……」

 

 

 アヤネは口元に手を当てて思案する素振りを見せ――その視線がホシノへと向く。

 

 

「ホシノ先輩、アキ先輩が学校にこないのって……」

 

「……いろいろ理由があるんだと思うよ?」

 

 

 困ったようにホシノは笑うが、やはり彼女はそれ以上自ら口を開くことはなかった。

それは対策委員会の面々が質問しても同じで、のらりくらりと同じ理由の言い訳ばかり。

 

 これは手強いなと感じながらも、"私"は一度話を仕切り直すことにした。

 

 

「とりあえず助けてくれたお礼はしたいな。何かお礼を持って行ってあげたいよね」

 

「あっ! それ私も賛成!」

 

 

 すっかりと回復したセリカが勢いよく立ち上がって、"私"の提案に賛同してくれた。

そしてそれには他の三人も同じ意見のようで、何を持っていくかと早速相談をし始める。

 

 そんな純粋かつ明るい雰囲気に気圧されたのか、ホシノは苦笑と溜息を零した。

 

 

「それなら弾薬を持って行ってあげてほしいかな。9mm弾と50BMG」

 

「やっぱりあれ、対物ライフルですか?」

 

 

 アヤネが納得したようにそう問いかけると、ホシノはやはりいつもの緩慢な動作で頷いて笑う。

 

 

「だけど狙撃手だと思って近づけば、理不尽なまでにボコボコにされる。

頭もキレるし素の腕力も馬鹿みたいに強い。

おじさんは戦いたくないねぇ、得意な射程が二つあるから怖いのなんのって。

退いてもダメ、突っ込んでもダメ。あと怒らせたら本当に怖い」

 

 

 「おじさんにはしつこく聞いてもいいけど、アキにはそういうのはやめてね」と、

ホシノは最後にそう付け足す。

 

 ――曰く、気難しく短気な人間とのこと。

 ――曰く、回りくどい会話を嫌うとのこと。

 

 同学年であるホシノとは性格の不一致で何度も衝突し、よく喧嘩していたのだと言う。

 

 

「やっぱり、仲が悪いの……?」

 

 

 おずおずとそのようにセリカが問えば、ホシノは首を横に振った。

 

 

「だとしてもおじさんの親友だったよ。たった一人のね。

まあ方向性の違いってやつ?

おじさんとは別行動してるけど、定期的に利息分のお金は振り込んでくれる。

生徒会は辞めちゃったけど、それでもおじさんたちの手伝いはしてくれてるって感じ」

 

「あ、もしかしてホシノ先輩がたまに大金を持ってきてくれるのって……」

 

「定期的におじさんに振り込んでくれてるんだよね。

多分、他の自治区で仕事もらってるんじゃないかな」

 

「そ、それならさ……」

 

 

 セリカが言葉を続ける。

 

 

「仲直り、したほうがいいと思うんだけど……

悪い人には思えないし、すごく気を遣ってくれたから優しい人だと思う。

それに、これからはしっかり協力していかないと借金も返せないだろうし……」

 

 

 気恥ずかしさもあるのか、その声はやや不安げに揺れていて、か細いものだった。

しかしそれは普段は強情な彼女にしては珍しく、素直で純粋な願い。

 

 それを受けてはさすがのホシノも狼狽えたらしい。

苦笑を浮かべつつも、やはりその感情の隙間から困惑以外が見て取れた。

 

 その形容し難い複雑な感情が何なのかはやはり測りかねるが、

そうして観察しているとホシノの視線が"私"に止まる。

 

 気まずそうに苦笑いを浮かべる彼女に、"私"は微笑みかけた。

 

 

「まずはホシノがどうしたいか、じゃないかな。

二人の間のことだからね。もちろん、話してくれるのなら相談に乗るよ」

 

「いやぁ、そんな仲直りとかそういう話じゃないんだよね」

 

 

 ――そしてやはり彼女ははぐらかす。

 

 かなり根深い問題なのかもしれないが、いかんせん実績も信頼も足りないのが現状だった。

ここは素直に引き下がるべきだと判断し、"私"は「そっか」と短い返答をしてこの話題を締めた。

 

 

「おじさんはやめとくよ。アキも騒がしいのは好きじゃないし、

おじさんが一緒にいると話がこじれて面倒なことになるだろうからね。

と言うかすっごい眠いから、おじさんお昼寝したいんだよ~……」

 

「そんな暢気なこと言ってる場合じゃないでしょ、ホシノ先輩……」

 

「まあまあセリカ」

 

 

 未だに食い下がろうとするセリカを宥めて、"私"はホシノへと向き直った。

 

 

「ホシノ、とりあえずアキの家とかよくいる場所を教えてくれないかな」

 

「うん、いいよ。多分この時間なら――」

 

 

 そう言って、彼女は緩慢な動作で椅子から立ち上がる。

そしてふらふらとホワイトボードの前にやって来ると、そこに貼られていた周辺地図に指を指した。

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