それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~   作:白桐

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 ――穏やかな電子音の調べが意識を覚醒させる。

 

 梔子アキは自身の寝起きが比較的良い方だと自負していた。

この日もスマートフォンのアラームと共に目を覚まし、すぐにベッドから上体を起こした。

目も体も既に冴えている。不調の一切はない。

 

 朝食はいたってシンプルなもので、マーガリンを塗ったトースターと目玉焼きとベーコン、そしてサラダと昨晩残っていた一食分の野菜スープだった。

それらを食べながらスマートフォンにやって来ているであろうメッセージの確認を行う。

 

 ――所属している傭兵チームからの仕事はなし。

 ――ミレニアムサイエンススクール、エンジニア部から一件。

 ――ゲヘナ風紀委員会からの応援要請は今のところなし。

 

 彼女が他自治区に赴いて仕事を始めるようになってから一年半が経とうとしていた。

当初はコネクション作りの切っ掛けに苦労したものだが、

それは持ち前の武力を示すことによって勝ち取って今に至る。

 

 特にゲヘナ自治区での仕事は天職で、()()()()()()()()()もあったが、

現在では風紀委員会の助っ人とし重宝されていた――昔肋骨を折った【万魔殿】の現議長には良い顔はされないが。

 

 最低限の片づけをすると、アキはいつもの装備を身にまとった。

アビドスの制服――ブレザーは着けずに紺色のブルゾン、そして愛銃である

セミオート式の対物ライフル(Wrath of Set)を背負う。

右太ももに備えたレッグホルスターにはサイドアームとして拳銃を一丁。

対物ライフル用の予備の五発装填の箱形弾倉と、拳銃用の弾倉をスクールバッグにいくつか放り込む。

 

 そして最後に――。

 

 彼女はリビングの出入口にあるコンソールテーブルの上に置かれた写真立てを見る。

そこには不愛想にこちらを睨みつける二人の幼い学生と、

そんな彼女たちを両脇に抱えて満面の笑みを浮かべる少女がいた。

 

 いつもするように、この日も彼女はそれに微笑みかけた。

 

 

「――行ってきます、姉さん」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 梔子アキの午前中の活動は廃品回収――主に不法投棄の――であった。

アビドス高校に入学してから今日まで、基本的に優先の依頼がない場合はそのルーティンに例外はない。

ブラックマーケットで購入したオープントップのジープを走らせ、いつものルートを巡回する。

 

 自身が管理する自治区に不法投棄など腹が立つ話ではあるのだが、物によっては金になるのだから複雑な気分であった。

それは例えば家電だとか、重火器の類だとか。

その中の有価物を選別し、まだ使える物をジープに積んで、郊外にある倉庫に保管、または業者に買い取ってもらう――。

カラスのような浅ましいゴミ漁りだが、これは自治区の清掃も兼ねていた。

 

 そしてそれが終わったらブラックマーケットに出向いて指名手配犯の情報収集、

あるいはその対象生徒の捕縛のための活動――それが彼女の日課であった。

 

 学園退学者や違反行為をする部活動の不良生徒による犯罪は後を絶たず、

さらに連邦生徒会長が行方不明となってからその活動の激化は顕著なものとなっている。

 

 しかし皮肉にもそれがアキの収入源の一つとなっているのも事実であった。

武力で解決できるのであれば、これほど天職と言えるものはない。

 

 ――それでも、アキちゃんにはあんまり暴力で解決してほしくないなぁ。

 ――本当は優しい子なんだから、ちょっとしたことで誤解されてほしくないって思うよ。

 

 

「……はぁ」

 

 

 ふと思い出すあの人の言葉。

 

 かつて自身をそう評価してくれた笑顔を思い出す。

彼女は今の自身を見て、これを裏切りだと思うだろうか――。

 

 

(私の評価なんて、もうどうでもいいのよ。姉さん……)

 

 

 その時、ふと懐が震えた。

ジープを路肩に停めて、スマートフォンを取り出して見る。

 

 そこには馴染みのお得意様――"[ゲヘナ]風紀委員長-空崎ヒナ"と表示があった。

 

 

『もしもし?』

 

 

 通話アイコンをタップすれば、柔らかそうだが気怠気なビジネスパートナーの声がアキを出迎えた。

また昨日も夜遅くまで仕事をしていたのだろうかと、

口には出さないものの、内心では労いながらいつものように応対する。

 

 

「仕事?」

 

『ええ、だけど場所はゲヘナじゃない』

 

 

 珍しい依頼内容の切り口に、アキは目を細めた。

 

 

『便利屋68がアビドスで目撃されたらしいわ』

 

「便利屋ねぇ……」

 

 

 ――便利屋68。

 

 ゲヘナ学園は多くの違法サークルを抱えているが、

その中でも異色かつ異常な組織がこの便利屋68と称されるグループであった。

 

 学園外にオフィスを構え、部活動ではなく"企業"として活動しているのが厄介――とは空崎ヒナの談である。

 

 依頼内容によっては他学園とのトラブルに発展するのではないかという懸念と、

何かと派手な損害を出す事から、その問題点が指摘されている不良生徒というのが彼女らであった。

 

 アキ自身、ブラックマーケットに出入りしている同類でこそあるものの、

被害者や同業者から話を聞く限りでは、その実態は小悪党でしかないと聞いていた。

しかしその過程で大規模な損害を与えるから性質が悪い――とのこと。

 

 

『現在、アビドスの自治区の大半はカイザーコーポレーションのものになってる。

なおさらそっちには干渉したくないのが私の考え。

そもそも"あの決まり"があるから、ゲヘナはアビドスに手は出せないけど』

 

 

 「そうね」と、ヒナの考えにはアキも同調する様に頷いた。

 

 あのカイザーグループが関わっているのなら、どんな方法でお金を毟られるか分かったものではない。

少なくともそれは他学園も同じ認識だったようで、それに安心しながらもアキはヒナの言葉の先を促した。

 

 

「……で、その便利屋? そいつらにゲヘナから指名手配が掛かったってこと?」

 

『ええ、やってることは大したことではないのだけど、

他学園との火種になる前に一度捕まえる必要があると思ってる。

もちろん報酬はいつも通り払うわ』

 

「分かった」

 

『それと――』

 

 

 会話は終わりかと思いきや、ヒナはさらにそう付け加えた。

 

 

『アビドスについて耳に入れておいてほしい情報があるの』

 

 

 不意に彼女の口から突拍子のない言葉が飛び出した。

思わず心臓が跳ねるが、平常心を保ってアキは聞き耳を立てる。

それは恐らくゲヘナ情報部による情報収集――結果、便利屋68を調べる過程で副産物として知ってしまったもの。

 

 

『カイザーグループがアビドスの砂漠で何かしてる。

装甲車、戦車、戦闘ヘリ、PMC……まるで何かに備えるかのように戦力を集中させてる』

 

「それはまた……」

 

 

 胡乱な話だ――と思う。

連中の動きはこの数年で情報を集めていたが、とうとう大きな動きを見せた。

それが何を意味するかは分からないが、

ロクでもないことをしようとしているのだろうとアキは確信する。

 

 

「ありがとう、教えてくれて」

 

『こっちからは手は出せないから、これ以上の深入りは出来ない。調べる伝手はある?』

 

「一応ね」

 

『……ゲヘナ風紀委員長としては、ブラックマーケットの利用はあまりオススメできないけど』

 

「別に悪いことはしてない。合法なサービスを利用して調べているだけだから」

 

 

 そう告げると「そう」と淡白な返事をされる。

相変わらず感情のない声だとアキは思うが、

しかし言葉の節々から感じる善人らしさから、ゲヘナ学園随一の常識人であるのは確かだった。

 

 あるいは子飼いにしている方が武力を抑え込めると思っての判断なのだろうか。

どちらにせよ彼女はアキにとっての収入源の一つであるため、

機嫌を損ねるような発言は心の奥に引っ込めておく。

 

 

『依頼の方は受けてくれると助かる。最悪、情報だけでもいい』

 

「分かった。早速仕事に移る」

 

 

 そこでアキは通話を切った。

 

 車を発進させながら、さてどうしようかと思案を巡らせる。

 

 噂では便利屋68は事務所の家賃の支払いが滞っているらしく、

組織としては未熟らしい――そんな有象無象の雑兵なら制圧するのは容易のはずだ。

彼女らについては些事でしかなく対処も簡単だろう。

無論、一切手を抜くつもりはないが。

 

 問題は後者の悪徳企業である。

こちらは贔屓にしている身内の"情報屋"に調べさせるのがベストか。

時間は掛かるが、それはいつものことだからと自身を納得させる。

 

 ――そうやって何年も耐えてきたのだから。

 

 

「……ん?」

 

 

 その時、ふと銃声が響き渡った。

それ自体はこのキヴォトスではありふれたことであり、特に珍しいものではない。

しかし断続的に響き渡るそれは、試射や威嚇のそれではない――戦闘だ。

 

 そして次の瞬間に起きた爆音と共に、青空へと立ち昇る黒煙が決め手であった。

 

 ――方角はアビドス高校。

 

 

「……はぁ」

 

 

 アキは助手席に置いていたスクールバッグに手を突っ込んでインカムを取り出す。

取り出して装着すると、深呼吸を一つした。

 

 

「梔子アキ、入ります。今の爆発は?」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「――この恩知らずー!」

 

 

 

 ――便利屋68、鬼方カヨコは困惑と焦燥感に苛まれていた。

 

 怒声と共にばら撒かれた弾幕が頭上を過ぎ、

雇った傭兵たちが次から次へと倒れていくこの現状に。

 

 遮蔽物に隠れながら戦況を確認しようと前方へと顔を覗かせれば、

苛烈と言わんばかりの勢いで放たれた銃弾よってそこに張り付けにされる。

 

 最前線ではハルカが銃弾の嵐に耐えながら捨て身で攻撃に徹しているが、

それもいつまで持つか分からない。

しかも盾持ちの生徒――小鳥遊ホシノに進攻を妨げられ、的確に手痛い一撃を貰い続けている。

いくらこちらの物量が勝ってるとは言え、

このままでは先にハルカが消耗してしまうだろうと予測せざるを得ない。

 

 アビドス廃校対策委員会、総勢五名――そう、相手はたった五名だ。

 

 「アビドス高校を制圧せよ」という仕事をとある筋から請け負ったのだが、結果はこの様である。

なけなしの資金で傭兵を雇って挑んだのだが、

蓋を開ければ飛び出してきたのは個々の能力が高い生徒ばかりだった。

 

 そしてなにより――。

 

 

「シロコ、右側警戒! セリカは左側!」

 

 

 問題はアビドスの面々の背後から指示を飛ばすこの大人だ。

 

 一般的な平均身長かつ、体型はやせ形。

その線の細さや整った中世的な顔立ちから、まるで精巧なガラス細工のような儚げな印象を受けた。

しかもヘイローがないのだから、それはなおさらで。

 

 連邦生徒会が外の大人を"先生"として招聘したらしいが、その経緯や詳細は分からない。

強いて言えば赴任初日からD.U.区内の外郭にある、

非常に重要なビル施設を奪還するために尽力したというニュースで有名になったことぐらいである。

 

 実力は未知数――だったのだが、

俯瞰的かつ圧倒的な戦術指揮はカヨコに鮮烈な印象を与えた。

こちらの進行を遅延させるように射線を敷き、包囲網に呑まれないよう傭兵の位置を常に警戒している。

粗削りな部分はあれど、やりづらい相手だと言わざるを得ない。

 

 

「ムツキ、合図したらありったけの爆弾を投げて!

ガラ空きになった場所に傭兵を突っ込ませるから社長はそこを援護!」

 

「お、今日はめっちゃ攻めるじゃんカヨコちゃん!」

 

「短期決戦じゃないと先にこっちがやられる! 傭兵たち、突撃準備!」

 

 

 ――故にカヨコはそう判断する。

 

 物量による一点突破、そしてそこからの集中砲火による各個撃破。

大雑把で品のない戦術なのは重々承知しているが、これが通らなければ負ける。

 

 

「ごめんねぇ、お嬢さん……っ!」

 

「うあっ!?」

 

 

 小さな悲鳴に視線を向ければ、

ハルカがホシノから至近距離で散弾を受ける姿があった。

彼女の華奢な体躯は宙に浮き、こちらへと転がって来る。

 

 前線にはアビドスのみ。今がチャンスだと、カヨコは確信した。

 

 

「社長、援護! ムツキ、爆弾!」

 

「任せなさい!」

 

 

 カヨコの指示を受け、彼女たち――便利屋68の面々が動く。

 

 社長――陸八魔アルの狙撃により、その弾丸はホシノの盾に命中する。

決定打ではないものの、それは彼女をその場に留める働きを果たした。 

 

 

「さぁ、いっくよ~!」

 

 

 次いでムツキは手に下げていた大型のスクールバッグの中に手を突っ込み、

取っ手のついた円盤状の物体を取り出す――其れすなわち『対戦車地雷』。

 

 爆弾収集が趣味の彼女は、こうして様々な爆発物をそのバッグの中に収納していた。

 

 宙に放り投げられた対戦車地雷はフリスビーのように回転し、前線へと勢いよく飛んでいく。

戦線を押し上げようと前進するホシノとシロコへと真っ直ぐに。

 

 ――だが次の瞬間、空中でそれは爆発した。

 

 

「――は?」

 

 

 声を上げたのは誰だっただろうか。

自分かも知れないし、投擲をしたムツキ本人だったかもしれない。

しかし対戦車地雷は目標地点の前線を荒らすことなく空中で爆散したのが現実だった。

 

 ――なぜ、なぜ、なぜ?

 ――流れ弾に偶然当たったか?

 ――それともムツキが不良品を掴まされたか?

 

 だが呆けている暇はない。

カヨコは再びムツキへと弾かれたように顔を向ける。 

 

 

「ムツキ、もう一個――」

 

 

 だがその言葉は続かなかった。

 

 それは甲高く重い金属音、あるいは雷鳴、怪物の咆哮。

遠くから響き渡ったそれは紛れもない銃声――それも五十口径を扱う狙撃銃のものだとカヨコは気が付いた。

 

 刹那、目の前にいた名も知らぬ傭兵が吹き飛んだ。

 

 

狙撃手(スナイパー)! みんな、遮蔽に隠れて――」

 

 

 しかしその言葉も続かず、前線に立っていた傭兵たちは甲高い金属音が響き渡る度に地面へと倒れ伏していった。

 

 ――それは複数の射線から。

 ――狙撃手の数は三? 四?

 

 いや、違う。

アビドス高校の戦力は事前に調べており、そこに狙撃手が複数いないことは把握していた。

いたとしても一人で、それは現在対策委員会に所属していない不良生徒である。

だが、その彼女がやって来たとしたらこの状況に説明がついてしまうのも事実であった。

 

 ――機動力を活かし、多方向から絶え間なく狙撃をする怪物の存在の証明を。

 

 

「まさか梔子アキ……っ!?」

 

 

 カヨコは頭から血の気が引いていくような感覚に見舞われた。

 

 彼女とは面識もなく、カヨコはあくまで情報として詳細を知っているだけである。

だがその詳細と言うのが非常に厄介かつ凶悪で、少なくとも作戦の成功率や

今回の依頼を受けるかどうかを左右するレベルの影響力を持っていた。

 

 

「まずいよ社長。厄介な奴がきた……!」

 

「狙撃手のこと? ええっと、私が何とかするしかないかしら!?」

 

「私ら全員でも無理な奴!」

 

「あれ、アビドスってそんなにやばい奴いるんだっけ?」

 

 

 ムツキの問い掛けにカヨコは頷いた。

 

 

「ゲヘナの情報部から【砂塵の悪夢】なんて大層な名前で呼ばれてる化け物。

他の自治区で活動してるって聞いたから、今回の仕事も私はGOサインを出した。

まさか帰ってきてるだなんて――」

 

 

 次の瞬間、再びあの重い金属音が連続して響き渡った。

目の前で銃を撃っていた傭兵が狙撃され、地面に倒れ伏す。

 

 その中で状況を把握できていないハルカが慌てて起き出そうとするが、

カヨコは無理矢理その襟を掴んで背後に引き倒すと、そのまま彼女を引きずって近くの建物の影に飛び込んだ。

そしてアルとムツキもそこに追従してくる。

 

 

「そ、そんなヤバイやつがいるのッ!?」

 

「え、勝ち目なくない?」

 

「くっ………撤退しかないか……」

 

「せ、せっかく傭兵雇ったのに!?」

 

「どっちにしても勝ち目はないって……!」

 

 

 建物の影から顔を覗かせれば、前線はすでに崩壊していた。

傭兵たちは弾幕に呑み込まれ、次々と地面に倒れていく。

前線から攻めてくるアビドス高校の面々と、場外から襲い来る怪物の咆哮――。

もはや物量による包囲網は崩れ、機能しない。

 

 ――が、不意にお昼を告げるチャイムが鳴った。

 

 

「あ、定時だ」

 

「今日の日当だとここまでね。あとは自分たちで何とかして」

 

「ちょ、ちょっとおぉぉぉ!?」

 

 

 銃を構えていた傭兵たちがぴたりと攻撃をやめたものだから、

アルはヒステリックに悲鳴をあげた。

しかも中にはどこから取り出したのか、白旗を上げる者までいる。

 

 もはや事態のコントロールは不可能な上に、

自分たちの資金不足という恥部すら知られてしまった。

カヨコは顔を手で覆って俯く――本当に締まらない。自分たちらしくはあるのだが。

彼女たちは傭兵たちの撤退を、間の抜けたような表情で見ていることしか出来なかった。

 

 

「すんません、アビドスの皆さん。

仲間結構ダウンしちゃってるので、撤退に時間掛かるっす~」

 

「攻撃はしないんで、ちょっと待ってもらってもいいっすかね……?」

 

「あ、ゆっくりで大丈夫ですよー……」

 

 

 そして残されたのは、自分たち便利屋68の面々のみで。

 

 

「こ、これで終わったと思わないことね! アビドス!」

 

 

 ――社長が夢見るアウトローへの道はまだまだ遠い。

 

 アルの捨て台詞にカヨコは内心そう呟きながら、彼女らと共に撤退していくのであった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……詳しいことは分かりませんが、敵兵力の退勤……退勤……?」

 

「まあ……間違ってないと思うよ、アヤネ」

 

 

 困惑するアヤネに"私"も苦笑しながらそう返すことしかできなかった。

 

 嵐のように去っていく便利屋68の面々を見送りながら、対策委員会の面々は一息ついた。

開戦のきっかけから今一つ緊張感のない戦闘だった、と言うのがこの場にいた面々の感想である。

確かにあの『便利屋68』と名乗った生徒たちと傭兵たちは厄介でこそあったが、

何とか切り抜けることが出来たのは、やはり対策委員会の面々の個々の能力の高さと連携力のおかげであった。

自身の付け焼刃かつ我流の戦術指揮――赴任してから必死に教本を読み漁った――でもやっていけるのは、ひとえに彼女たちあってこその戦果だと言える。

 

 そうしていると"私"は、ふと車両の走行音が徐々に近づいてくることに気がついた。

そちらへと視線を向ければ、オープントップのジープが走って来る。

運転席にいる人物は、つい先日衝撃的な出会いを果たした少女――梔子アキであった。

校門の前で立っている私たちの前に停車すると、彼女はあの鋭い視線を"私"たちに向ける。

 

 

「アキ、さっきは援護ありがとう」

 

「騒ぎを起こした連中は?」

 

 

 お礼を述べるも、その返答は淡白かつこちらを無視した一方的なものだった。

やや早口なのは、恐らく先ほどの連中を追っているのではないかと"私"は予想する。

想像でしかないが、こちらの無線に入ってきて手伝ってくれたのは自身にも利のあることだからなのだろう。

 

 

「ん、今退勤していった」

 

「傭兵以外に四人組がいたでしょ?

便利屋68って名乗ってたと思うけど、連中はどっちに行った?」

 

「アキ、知ってるの?」

 

 

 "私"がそう問い返すと、彼女は露骨に嫌そうな表情を浮かべて天を仰いだ。

余計なことを言ってしまったと言わんばかりに。

 

 

「アキ先輩、知っているんですか?」

 

 

 そしてノノミが聞くと、数秒の沈黙の後に溜息をついた。

 

 

「ゲヘナ学園の風紀委員会が指名手配を掛けている小悪党。

……もういい? 個人的に捕縛依頼も受けてるから急ぎたいんだけど」

 

「ちょっと待って。彼女たちのこと、教えてくれないかな」

 

 

 少々強引なのは承知で、"私"はアキにそのような頼みを述べた。

なるべく穏やかな笑みを浮かべて。

すると彼女はじろりとこちらを睨んで沈黙し、他の対策委員会の面々は慌てた様子を見せる――シロコは"私"に負けず劣らずといった具合に期待の眼差しをアキに向けているが。

しかし特にそれに慌てたのはホシノで、"私"とアキの間に体を割り込ませてくる。

 

 

「いや、アキも急いでるだろうし、無理に引き留めなくても……」

 

「……別にいいわよ」

 

 

 だが根負けしたのはアキの方だった。

そのまま路肩に車を移動させて停車すると、下車して面々の前にやって来る。

 

 

「長くなるから生徒会室に行きましょう」

 

「……いやアキ、今は生徒会室は使ってないんだ」

 

「……とりあえず教室なら何でもいいわよ」

 

 

 二人の会話をする場面を初めて見たが、やはりギクシャクしたものだった。

その雰囲気を感じてか、対策委員会の面々も表情が曇る。

特にセリカは悲し気にその表情を歪めているように見えた。

 

 面々が対策委員会の部室へと移動すると、アキはアヤネにいくつかの画像データを送信したらしい。

そしてアヤネはそれをプロジェクターへと出力し、カーテンを閉め切った簡易的な暗室の中で壁に四枚の写真が映し出される。

そこに登場したのは四名の生徒だった。

先ほど交戦した便利屋68と名乗る少女たちである。

 

 

「ゲヘナ学園にはいくつもの違法サークルやテロリストグループがあるけど、

特に異質なのがこの便利屋68。彼女たちは部活動ではなく企業として活動してる」

 

 

 ――曰く、金さえもらえればどんな仕事でもこなす不良集団。

 ――曰く、日銭を稼いでいる小さなグループで小悪党。

 

 アキは端的に彼女たちをそう評価した。

 

 

「このコートを羽織った方は社長と名乗っていましたけど、ゲヘナは企業はOKなのでしょうか……?」

 

 

 アヤネの疑問にアキは首を振った。

 

 

「基本的にはアウト。部活動ならまだしも、企業という学園から独立した組織は認められない。

他の学園との火種になりかねないから」

 

「ところでアキ先輩、随分とゲヘナの事情に詳しいみたいですけど……」

 

「一年くらい前からゲヘナの風紀委員会に出入りしている。

ちょっとした助っ人みたいな感じよ。そこの風紀委員長と知り合いで、よく仕事を手伝ってる」

 

 

 彼女が他の自治区で仕事をしていると聞いていたが、まさかゲヘナの風紀委員会だとは"私"も思わなかった。

日常的に銃撃戦が行われているキヴォトスだが、

その中でも特に危険地帯とされているのが【ゲヘナ学園】である。

 

 詳細を聞けば気に入らない飲食店を爆破したり、

所構わず掘削して温泉を掘り起こそうとする部活があるらしい――まさに地獄(ゲヘナ)だ。

ゲヘナ風紀委員会はそんな彼女らに対処するために日夜戦っているそうだが、そんな彼女らにアキがコネを持っているのは当然か。

先ほどの場外からの援護射撃は見事なものだったし、一年以上の付き合いがあるのならばさぞ重宝されているのだろう。

 

 "私"のそんな感心を他所に、「説明を続けるわよ」とアキが話題をそこで切り替える。

 

 まず指を指したのは、ショートカットで自信なさげに眉根を下げている少女。

 

 ――ゲヘナ学園一年、伊草ハルカ。

便利屋の前衛を担当。武器はショットガン。

自尊心がなく卑屈、しかし突発的に躊躇なく恐ろしい手段を実行する。

特に爆弾による被害はゲヘナ風紀委員会も危険視しており、彼女の一挙手一投足には注意した方がいい、とのこと。

 

 ――二年、浅黄ムツキ

厄介な爆弾魔その二。爆弾収拾が趣味らしく、変わり種から強力なものまで扱う。

爆弾による殲滅や奇襲を得意としているトリックスターで、やはり彼女の動向も常に注意しなければならない。

 

 ――三年、鬼方カヨコ

こいつが一番厄介と、アキははっきりと断言した。

妨害と攪乱を主軸にメンバーの指揮を担当するブレインであるとまで。

そして後方支援と侮っていると手痛い一撃をもらうことになる――。

彼女がいて、この便利屋は攻撃的に機能すると言っても過言ではないとも。

 

 そして――。

 

 

「そして二年、陸八魔アル。こいつがリーダーで、社長を自称している。

狙撃の腕はそれなりだけど、他は大したことはない。

でもこのバラバラな面子を束ねる統率能力がなぜかある、というところかしらね」

 

 

 アキはさらに自身の総評をそこに付け加えていく。

 

 個々の能力はアビドスの面々に引けを取らないレベルで高く、

キヴォトス最強の一角であるゲヘナ風紀委員長がいないのであれば、

この面々だけでゲヘナ風紀委員会を退ける。

そして小悪党だと甘く見れば、予想だにしないラッキーパンチを貰う――とのこと。

 

 

「便利屋の三人はリーダーである彼女を崇拝していて、時には大犯罪を引き起こす……とのことよ」

 

「傭兵をフルタイムで雇えないほど金欠なのにねぇ……」

 

 

 そんなすごい奴らには見えないとでも言うように、セリカはそう呟く。

だがアキが「油断はしないように」と釘を刺すと、彼女はその背筋をピンと伸ばして力強く頷いた。

 

 

「最近ここらをうろついてたカタカタヘルメット団は、先日解散が確認されたわ。

だからこそ、次からはこいつらがこっちに攻めてくるかもね」

 

「先輩、その確証は?」

 

 

 シロコがそう問うと、アキは押し黙った。

しかしすぐにシロコへと視線を合わせた。

 

 

「こいつらは自発的に何かをする連中じゃない。

どこからか依頼を受けているからこそアビドスに攻めてきた」

 

「心当たりは?」

 

 

 "私"がそう問えば、アキは首を横に振った。

 

 

「あくまでゲヘナ風紀委員会から聞いた情報からの憶測ですよ。

とにかくそこまで難しく考えなくても大丈夫です。私の方で捕まえられるかもしれないので」

 

「そっか、なら安心だね」

 

 

 "私"がそう笑いかければ、彼女は目を細めてじっと睨みつけてきた。

言葉の端に何か感じるものがあったのか――断じて言うがこれは皮肉ではない――疑いの目を向ける。

そうやって警戒する目はホシノとそっくりで、この牙城をどうやって崩して本心を聞き出すかが"私"の課題と言うべきか。

 

 だが少なくとも、話を聞いて分かったことはあった。

 

 ――彼女は対策委員会の面々に何かを隠している。

 

 

「……もういいわね。私はまだ用事があるから、これで失礼するわ」

 

「あ、はい! ありがとうございました!」

 

 

 アキは最低限の用事は果たしたとばかりに、

感謝の言葉を口にする面々に背を向けて足早に部室を出ていった。

 

 その時、横目で見たホシノが心配そうな顔をしていたのは言うまでもなかった。

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