それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~   作:白桐

7 / 22
01-07

 "先生"と別れた後、梔子アキが訪れたのはD.U.区の外郭地区だった。

シャーレのオフィスビルのある地区の真逆にあたる場所で、アビドス自治区とゲヘナ自治区が隣接している場所である。

 

 しかし都市部の中央から大きく外れた地ではあるが、その人通りは決して少ないものではなかった。

オートマタ、獣人、ヘルメットを被った生徒の集団、着崩したセーラー服――。

いずれの人々もその目には生気がなく淀んでいた。

そこには諦観と苛立ち、そして野心を抱えた暗い炎が灯っている。

連邦生徒会長行方不明による連邦生徒会の混乱の所為か、以前よりもそんな人間が増えたなと彼女は思う。

 

 ――ブラックマーケット入口、その目の前にある通りでアキは待ち合わせをしていた。

 

 

「……遅い」

 

 

 アキは舌打ちと共に自身のスマートフォンのモモトークのアプリを開く。

メッセージを見れば今回の"依頼人"は諸事情で遅れているらしいことが分かった。

「すいません!」という謝罪文に呆れ、彼女は上着のポケットにスマートフォンを突っ込む。

 

 彼女は普段身に付けているアビドスの制服ではなく、動きやすい私服に着替えていた。

仕事の内容はブラックマーケットの案内――それ故に身分を偽るために変装をする。

黒いキャップを被り、その口元には無骨な黒のフェイスガードを。

ネイビーのジャケットにジーンズと言ったラフな軽装で、

その右太ももには拳銃の収まったレッグホルスターという出で立ちだった。

 

 そしてメインで使用している武器も普段使っている五十口径の対物ライフルではなく、肩からストリングで下げるのはこれまた無骨な黒い自動小銃である。

スマートフォンでさえ、このために用意された仕事用のものであった。

 

 今回、そんな彼女に依頼をしてきたのはトリニティ総合学園の生徒だった。

どういう訳かブラックマーケットに用事があるらしく、アキの評判を聞きつけてかボディーガードを依頼してきたのが発端である。

それ自体は珍しくはなく、正規の方法で手に入れることの出来ない何かしらの嗜好品を欲している生徒は何人も見てきた。

そう言ったちょっとした刺激を求める生徒たちがアキの顧客であった。

特にトリニティ総合学園の生徒は羽振りが良い。さすがお嬢様学校と言うべきか。

 

 アキ自身、以前から身分を隠してブラックマーケットの案内の仕事をしていたが、

その腕っぷしの強さから案内人や傭兵として名が売れるのは必然であった。

特に所属する傭兵チームの活動件数が増えてきたこともあり、

嬉しい悲鳴と言うべきか、最近は非常に忙しい毎日を送っていた。

 

 

「……えっと、"黄昏"さん?」

 

 

 不意に声を掛けられる。

そちらへと視線を向ければ、そこにいたのはリュックサックを背負い、

白を基調とした制服――トリニティ総合学園の校章がついたものを着た少女がいた。

亜麻色の髪をおさげのように二つに結った少女で、幼さの残るその顔立ちに気まずそうな苦笑を浮かべていた。

 

 

「『ファウスト』でいいんだっけ? ……私服で来るようにと伝えてたと思うんだけど」

 

「寮から抜け出してくる際、どうしても怪しまれるものでして……」

 

「着替えは?」

 

「うっ、実は寮長に見つかりそうになったので持ってこれなくて……あはは……」

 

「……あそこに服屋あるから適当に買って来て」

 

「は、はい……」

 

 

 そう言って、仮名『ファウスト』と名乗る少女を送り出して溜息をつく。

危機感のない少女、そして学業をサボるという不良行為を躊躇なく行える人物――。

よほどの自由人か、あるいは倫理観が終わっているのかは分からないが、面倒な依頼人だとアキは思う。

 

 十分後、『ファウスト』は白のパーカーとジーンズという服装で帰って来た。

 

 

「すいません、遅くなりました……」

 

「……まあいいわ。それと再確認だけど目的のものはなに?」

 

 

 アキは少女へと目的物の確認を行う。

これは彼女が必ず依頼人へと確認するものであり、

目標物の違法性を確かめる為のプロセスの一環だった。

 

 特にトリニティという大きな学園ともなれば危険だ。

生徒会組織であるティーパーティーに目を付けられないよう、事前に目標物を確認しておかなければならない。

違法な重火器、あるいは薬物などが目的であればこの場で依頼を断る。

 

 ブラックマーケットに通いこそしているが、アキはキヴォトス基準の犯罪行為だけはしないようにしていた。

護衛の過程で喧嘩を売られたら容赦なく実力行使に移るのだが、

それはキヴォトスでは日常茶飯事の事案なので、よほどの過激ささえなければ通報にすら至らない。

 

 するとアキの言葉を受けた少女は、目を輝かせて自身のスマートフォンの画面をこちらへと見せてきた。

まるで宝物を見せてくる女児の如く、とても機嫌良さそうにである。

 

 そしてそこに映っていたのは、白い鳥のようなぬいぐるみの画像であった。

 

 

「限定物のペロロ様のグッズです! 限定生産で100体しか生産されていないものでして!」

 

 

 ――アキはここで初めて言葉に詰まった。

 

 丸々と太った白い鳥の姿をしているそれの視線は明後日の方向に向いており、

開いた嘴からは大きなピンク色の舌がだらしなく伸びている。

デフォルメされてはいるものの、見ているだけで何とも不安を覚える姿であった。

 

 ――ぬいぐるみ、もしかすると中に何かが入っているのか?

 ――違法弾薬、あるいは薬物。

 

 

「……何かの隠語? 中身に違法なものを入れてるとかない?」

 

「ち、違います! 本当にちゃんとしたぬいぐるみです! 中にも何も入っていません!」

 

「……そう」

 

 

 現物は直接確かめるとして――とりあえずこの慌てようから見るに、

彼女は本当にこのキャラクターの熱狂的な蒐集家らしかった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「や、やりましたー!」

 

 

 ブラックマーケット内の露店通り。

 

 目的の物を手に入れた『ファウスト』は歓喜の声を上げ、成果物を両手に持って大きく天へと掲げた。

 

 チョコミントアイスを口に無理矢理突っ込まれた白い鳥のぬいぐるみ――とでも言えばいいのだろうか。

デザイナーはコーンを嘴に見立てようとしたのか。

しかし――だとしても白目を剥いているその姿は、いささか前衛的過ぎないだろうか。

アキはこれが最近の流行りなのかしらと無理矢理自身を納得させた。

 

 ちなみに人形の中にはなにも入っておらず、

店主も顔見知りで信用のある獣人の大人だったため、彼女の不安は杞憂に終わった。

 

 

「おう、お嬢さんちょーっとお話しないか?」

 

 

 そうしていると、不意に背後から声を掛けられる。

そちらを見ればセーラー服を着た少女――所謂スケバンと称される不良生徒がいた。

数は八。そしてアキを見ても恐れないことから、彼女らがこのブラックマーケットでは新参だと察した。

 

 

「なに?」

 

 

 『ファウスト』とスケバンの間に割り込み、アキは話しかけてきた少女を睨み返した。

こうすれば"黄昏"と知られる自身が仕事をしていると見て、

大抵は引き下がるのだが――この不良少女らにそれは通じなかった。

 

 

「ンだテメェ、あたしらはそっちの生徒に用があるんだよ」

 

「ここに来て日が浅いでしょ。やめておきなさい、怪我をして惨めになるだけよ」

 

「テメェは関係ねえだろッ! おい、やっちまうぞ!」

 

 

 やはり手が早い――自分が言えたことではないが。

 

 アキは目の前で自動小銃を構えたスケバンの銃口を手で払い除ける。

明後日の方向へと乱射される弾丸――窓が割れる音が聞こえたような気がしたが、彼女らに弁償させるので問題はない。

 

 アキは目の前のスケバンの腕を左手で掴み上げ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ぎゃっ!?」と小さな悲鳴を上げたスケバンをそのまま器用に回転させて盾にすると、彼女の仲間たちもさすがに怯んだ。

 

 

「下がってて。そのぬいぐるみに傷つけたくないでしょ」

 

「は、はい!」

 

 

 アキは『ファウスト』を下がらせると、空いた右手でレッグホルスターの拳銃を素早く抜き放った。

後方で控えるスケバンたちへと放たれた弾丸は彼女らを再び怯ませ、その初動はさらに遅延する。

 

 アキはその間隙を見極めると、盾にしていたスケバンを前に突き飛ばした。

同時に左肩に下げていた自動小銃も抜き放ち、拳銃と共に二丁持ちにて乱射。

当たり所が悪かったスケバンの数名は倒れ伏す――残りは五。

 

 

「痛ッテェ!? まじかよなんだこいつ!?」

 

「撃て、撃てェ!」

 

 

 同時に放たれるのは弾丸の嵐――だがアキは左手を盾にする。

そして顔を守るようにして、そのまま突っ込んだ。

肌に当たる銃弾は些事でしかなく、自身へのダメージにはなりえない。

人よりも優れた自身の膂力と頑丈さに、アキは自信を持っていた。

 

 後は簡単だった。

弾丸の嵐を受けながら、的確に一人ずつ潰していく。

自動小銃を拳銃のように片手で振り回し、時には蹴りや頭突きなどの体術を織り交ぜて――。

 

 

「くそがァっ!」

 

 

 残り二人。

 

 自動小銃を向けるスケバンたちへと顔を向ける。

恐怖に引き攣った表情を浮かべつつも、やけくそとばかりに銃弾を彼女たちは放っていた。

 

 アキは威勢だけは良いなと思いながらも、自動小銃を彼女へと向けた。

 

 ――だが瞬間、アキの真横を何かが駆け抜けた。

 

 

「ん、手伝う……っ!」

 

 

 まず目に入ったのは水色のマフラーだった。

 

 それはアキの真横を駆け抜けると、あっという間にスケバン二人の下へと接近した。

その間に割り込むと片方を銃床で殴りつけて、もう片方へは至近距離で自動小銃を乱射。

スケバンたちはその素早い連撃に耐えきれず、呆気なく地面へと倒れ伏した。

 

 見れば、そこにいたのは銀髪と獣人特有の獣の耳を持つ少女だった。

先日、「アビドス対策委員会に入れ」と勝負を仕掛けてきた後輩――確か砂狼シロコ、だったか。

その姿があった。

 

 ――そして。

 

 

「シロコ先輩!」

 

 

 振り向けば、そこには見知った顔があった。

ピラミッドと太陽をモチーフにした校章――あまりにも見慣れたその制服と、

それを身に付けた面々を見たアキは、内心心臓を締めあげられるような不快感と気まずさに顔を歪める。

 

 しかもその後方にはあの"先生"もいる。

フェイスガードやキャップを装備している為、こちらの表情は悟られづらいだろうが――。

 

 

「あれ、アキ……?」

 

 

 桃色の長髪の少女――同級生である小鳥遊ホシノが目を丸くしてこちらを見ていた。

そしてそれを聞いたのか、周りの彼女らも「え、アキ先輩!?」と驚いたように目を見開く。

 

 ――本当に最悪だ。

 

 

「その制服、アビドス高校のものですよね……?

あ、"黄昏"さんってアビドスの生徒さんなんですか?」

 

 

 ――もう勘弁してくれ。

 

 これにはさすがのアキも天を仰いだ。

なんでこんな日に限って知り合いと会うのだろうか、と。

そしてなぜこんな所に対策委員会の面々がいるのか、とも。 

 

 後方でその様子を見ていた"先生"と目が合う。

気まずそうに苦笑を浮かべており、それがまた一段と腹立たしい。

 

 

「――今すぐ黙って。そして、何も言わずに、付いてきて」

 

 

 これ以上自身の詳細を語られては堪らないと、アキは極めて強い語気で面々にそう言い放った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 梔子アキとの邂逅は、対策委員会と"私"にとってまさに予想外の出来事であった。

 

 今朝方アビドス高校へと送ってもらった際、D.U.区で仕事があると言っていたが、

まさかブラックマーケットだとは思いもしなかった。

 

 しかも黒いキャップやフェイスガード、または私服を着たり普段使ってる武器を自動小銃に変えるなどの変装の徹底ぶり――。

身分を隠して活動しているのは明らかであった。

 

 それを問えば違法行為の一切はしていないと苛立ったように言う。

ホシノも「アキは暴力は振るうけどそれ以外の悪いことはしないよ」と言うのだから、それは本当なのだろう。

ちなみに往来で名前を呼んだ彼女は鋭い目つきでアキに睨まれた。

 

 そしてもう一人。

彼女の同行者であり、名前を阿慈谷ヒフミと名乗った少女は、

どうやらトリニティ総合学園の生徒らしかった。

 

 ブラックマーケットに流れたペロロ様のぬいぐるみ(生産中止になった限定品)を買いに来たとのことで、道中のボディーガードとしてアキを雇っていたとのこと。

その詳細を言えば、前方で道案内をしていたアキに再びじろりと睨まれる。

 

 そんなわけで一行は、無言のまま狭い路地をアキの案内の下進んで行った。

 

 そうしていると唐突にアキは足を止め、とある建物の扉を開けた。

どうやら雑居ビルの裏口らしく、「入って」と口にして入館を促す。

 

 建物の内装は殺風景で、家具と言う家具はほとんどなかった。

強いて言うのならば何かの名残であろう受付カウンターがあって、そこには小型のテレビが置かれている。

 

 そしてそのカウンターの奥に一人の少女が座っていた。

この殺風景の室内には似合わない豪奢な黒革の肘掛け椅子に座って寛いでおり、"私"たち来訪者を見るとにっこりと笑顔を見せた。

 

 

「おや"黄昏"さん、お友達さんをこんなにも連れてどうしましたか?」

 

 

 建物の中に入って出迎えたのは獣人の少女だった。

ショートボブの黒髪で黒いチーパオを着ており、小さな黒い丸眼鏡を掛けている。

尖った狐の耳がぴくぴくと動き、その表情は興味深そうに――そして珍しい来訪者を見て歓喜しているらしかった。

 

 

「"情報屋"、一階の部屋を貸して」

 

「どうぞごゆっくり~」

 

 

 視線も合わせずに歩いていくアキだったが、"情報屋"と呼ばれた少女はこちらを見て丁寧に頭を下げた。

"私"と対策委員会の面々は「お邪魔します」と彼女に会釈をして、アキの後についていく。

 

 そして狭い通路の最初にあるドアを開けて室内に入っていった。

そこへ入っていけばやはり殺風景な部屋で、家具の類は一切ない伽藍洞である。

総勢七名が入室したことにより狭く感じるが、そんなものは関係ないと言わんばかりにアキはこちらに振り返って鋭い視線を向けた。

 

 

「で、こんなとこで何をしてるの?」

 

『あ、私がお答えします……っ』

 

 

 そう言って"私"のシッテムの箱を介して、対策委員会の部室でオペレーションをするアヤネが通信で加わる。

そして彼女の口から、ブラックマーケットにアビドス廃校対策委員会が訪れた理由が語られた。

 

 先日、アビドス高校に攻めてきたヘルメット団なのだが、その装備の異常性に気がついた事が発端であった。

ヘルメット団は端的に言ってしまえば不良生徒の集まりであり、その資金力や組織力はたかが知れている。

 

 そんな彼女たちがアビドス高校を襲撃した際、

そしてセリカ誘拐時に放置された装備を見て()()()()に驚いた。

とてもではないが、不良生徒である彼女らには到底用意できる代物ではない。

しかもそれらの銃の刻印を見て調べれば、生産中止された型番。

それが恐らくブラックマーケットから流出したものではないかと結論を出し、それを調査に来た――が。

 

 

「アビドスの制服を着て?」

 

 

 アキから告げられた冷たいその言葉に面々は押し黙る。

それは彼女の姿を見ればなおさらで、どちらがこのブラックマーケットの地で異質なのかは言うまでもなかった。

 

 アキは溜息をつく。 

 

 

「私服を用意して、髪型も変えられるのなら変えた方がいい。

それと武器も校章のないものに変えたり、銃種そのものを変えるべきだわ。

ここに巣食ってる連中のこと、甘く見過ぎよ」

 

 

 そしてその視線は部屋の隅で縮こまっているヒフミにも向けられる。

彼女はパーカーとジーンズという服装だが――恐らくはアキに指摘されて着替えさせられたのだろう。

 

 

「"黄昏"さんはここではかなり有名な方ですから、そういうことはしっかりしておかないとですもんね……」

 

「……阿慈谷さん」

 

「す、すいません!」

 

 

 余計なことは言うなと、アキは再びヒフミを睨む。

もう何を喋っても怒られる状況だが、それならばと"私"はふと思いついたことを提案することにした。

 

 

「ということは、アキはブラックマーケットについて詳しいんだ?」

 

「……一年と少し、ここで案内の仕事をしてます」

 

「良かったら、案内をお願いできないかな。皆もアビドスの外は詳しくないから」

 

 

 にこやかな表情を浮かべてそう言うと、案の定彼女の目元は心底嫌そうに歪む――恐らくフェイスガードに隠れている口元もそうなのだろう。

しかし諦めたように彼女は溜息をついた。

 

 

「……別にいいですよ」

 

「ありがとう、皆もそれでいいよね?」

 

 

 対策委員会の面々にそれを聞けば、彼女らは嬉しそうに頷いてくれた。

アキはげんなりとした表情を浮かべている――もうどうにでもなれと言わんばかりに。

 

 やはりなんだかんだ言って、他人の願いを無下にはしない子だと"私"は思った。

それ故に苦労人の気質も見えるわけなのだが。

 

 

「あの、助けてもらったお礼と言うか、私もお手伝いします!」

 

「……出来れば阿慈谷さんにはさっさと帰ってほしいんだけど」

 

 

 こうして"私"たちは、ブラックマーケットの探索を再開することとなった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ホシノは最後尾で路地の角と背後を警戒して。私は先頭でガイドしながら警戒するから」

 

「分かった」

 

「あと黒見さんと十六夜さん……だっけ? 建物の窓にも注意するように言っておいて。

狙撃でかく乱された後に、別の人間がスリに来ることもあるから」

 

 

 狭い路地から通りに出る際に、アキはホシノへといくつかの指示を出した。

それを真剣な表情でホシノは承諾するが――不意にその表情が不安げに曇る。

 

 

「えっと……アキ、ごめんね」

 

 

 別れ際に、ホシノはアキに謝罪を述べた。

そこにはブラックマーケットを進む上での杜撰な装備と心構えの件もあるのだろうが、

やはり気まずさを感じさせるぎこちない笑みがあった。

 

 しかしアキは彼女から視線を逸らし、大丈夫とでも言うように数度頷く。

 

 

「いいわよ別に。それと誤解のないようにに言っておくけど、怪しい仕事は避けてるから。

案内と……ちょっとした傭兵業」

 

「大丈夫、分かってるから」

 

 

 アキの言葉を聞き、ホシノが安堵したように気の抜けた笑みを見せる。

 

 会話を終えたホシノは最後尾に移動し、

傍にいたノノミやセリカに方針と指示を伝え始める。

 

 それを確認したアキは"私"へと視線を向けた。

 

 

「先導するので先生は私から離れないでください。それと砂狼さんと阿慈谷さんは先生の傍で警戒」

 

「ん、分かった」

 

「りょ、了解です!」

 

「奥空さん、で良かった? あなたは待機。何かあったら連絡するからモニターしてて」

 

『はい、何かあったら教えますので、先生の護衛に集中していただいて大丈夫です』

 

 

 手際がいいなと、"私"は素直に思った。

こういった場で堂々と指揮を取り、各々に役割を与えるその姿はまさにリーダーである。

ホシノも対策委員会のまとめ役としてリーダーシップを取ることはあるが、

彼女とはまた違ったリーダーであると"私"は思う。

 

 効率と安全重視――と言うよりは確実性を重視した合理的な思考だった。

まさに厳格な指揮官である。

 

 魅力や人柄で人を惹きつけるのではなく、

完璧な仕事とその結果を提示することによって堅実に評価されるタイプだ。

しかし完璧故に近寄り難く、人からは敬遠される。

だが昨日会話した通り、彼女は自身を悪役として全うする自己犠牲の精神を持っていた。

 

 それは他者に何と思われようと、合理性を理由に自身の正しさを証明する鋼の精神。

組織に一人いれば緩急が付き、運営がスムーズになるであろう重要な立ち位置だと"私"は思う。

いつか対策委員会のそう言った立場になってほしいと思いながら、

"私"は皆と周囲を警戒しながら、ブラックマーケットの路地を進んで行く。

 

 

「アキ、引き受けてくれてありがとう」

 

「十万。現金払いで」

 

「う、もちろん……」

 

 

 そして報酬を求める。

しっかりとしているなと、"私"は苦笑した。

 

 

「ボディーガードの仕事、結構慣れてるんだ?」

 

「天職です。正当防衛を理由に思いっきりぶん殴れますから」

 

「過剰防衛って言葉もあるからね……?」

 

 

 キヴォトスではこれくらいの認識が普通なのだろうかと思いながらも、

やはり教師としてはあまり暴力的な行為には走ってほしくないと思う。

 

 

「それに、良くも悪くも私も有名なので近寄って来る馬鹿はいません。

……そう思ってたんですけどね」

 

 

 "私"は先刻のアキとの出会いを思い出す。

彼女はヒフミを庇うようにして戦い、絡んできていた不良生徒を撃退していた――。

 

 そしてアキはブラックマーケットでは有名な傭兵であると言うのはヒフミの言である。

"黄昏"と名乗っており、案内や傭兵業で資金を稼いでいるとのことで。

そんな有名人に喧嘩を売ると言うことは、

あの不良生徒たちは彼女の名前を知らない新参者だと言う証拠であった。

 

 

「少し前から私のことを知らない不良生徒が増えてきた。

治安が悪化している証拠ですよ。まあおかげでこちらの仕事での収入は以前より増えましたが」

 

「……いといろと大変なことが起きてるみたいだからね」

 

 

 ――連邦生徒会長の謎の失踪。

 

 誘拐か、自ら去ったのかすらも分からない。

だがそれは、結果としてキヴォトスの中枢機関である連邦生徒会の機能を麻痺させるに至り、

その余波は他の学園にも及んでいた。

そして最たる例が犯罪件数の増加と、ブラックマーケットの活発化である。

 

 やはり"私"が周囲を見れば、こちらを値踏みするように視線を向ける通行人や露店の商人がいた。

しかしアキがいることを確認してか、すぐに目を逸らす。

彼女がいなければ食い物にされていただろうか――それこそその文字通りに。

 

 

「本当に君がいてくれて良かった。この人数を引率するのも、ヘイローのない私だと難しいからね」

 

「普通はここ、あなたみたいな外の人間が来る場所じゃないんですよ」

 

「この子たちに助けを求められたからね。多少の危険くらい平気だよ」

 

「死ぬかもしれないのに?」

 

「うん。だとしても私が彼女たちを見捨てる理由にはならないかな」

 

 

 本心をそう告げると、アキから訝しむような視線を向けられる。

「何を言ってるんだ」とか「反吐が出るような偽善」だとでも言いたげな。

 

 そう言えば初めて会った時の対策委員会の一部の子たちにも、似たような表情を向けられたっけと、"私"は苦笑する。

 

 

「先生、アキ先輩。あそこでちょっと一休みしませんか?」

 

 

 しばらく歩いていると、不意に後続からやってきたノノミがそんな提案をしてくれた。

彼女が指を指した先には路地の出口があり、ちょうどその先には『たい焼き』という文字が掲げられたのぼり旗を有するキッチンカーが停車しているのが見えた。

 

 

「ああ、そうだね。ほら、アキも行こう」

 

「……分かりました」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「はい、アキ先輩。どうぞ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 ノノミからたい焼きを差し出されたアキは、困惑しながらもそれを受け取った。

ノノミとたい焼きを交互に一瞥し、周囲を確認した後にフェイスガードを外してたい焼きを口にする。

 

 たい焼きの味については特に何も言わなかったが、

その表情はどこか納得のいかないとでも言うようなものだった。

もしかすると、ノノミのように純粋な好意を直接ぶつけてくるような子は苦手なのかもしれないと"私"は思った。

 

 

「"黄昏"さん、少しいいですか……?」

 

 

 たい焼きを食べ終えた頃、不意にアキに話しかけたのはヒフミであった。

彼女はその眉間に小さな皺を寄せていた。

 

 

「お探しの改造戦車やシリアル番号のない武器の情報……

絶対にどこかにあるはずなのに、探しても出てきません。これ、おかしいですよね……?」

 

「……そういうこともあるんじゃない?」

 

 

 やや興味なさげに、その視線を斜め下に落としながらアキはそう返答をする。

それは昨日にも見た仕草であり、嘘ではないものの何か特別な事情を抱えている際に見せる仕草――とでも言おうか。

たった数日の会話の中で、"私"は彼女のそんな癖を発見するに至っていた。

 

 そんな彼女へと、ヒフミはさらに言葉を続ける。

 

 

「販売ルート、保管記録……全て何者かが意図的に隠しているような、そんな気がします。

いくらここを牛耳っている企業でも、ここまで徹底してブラックマーケットを統制することは不可能なはず……」

 

「そんなに異常なことなの?」

 

 

 話を聞きつけたのか、会話に割り込んできたシロコが問いかけるとヒフミは頷いた。

同じように会話が気になったらしい他の対策委員会の面々もこちらに集合してきた。

 

 

「異常と言うよりかは……普通、ここまでやりますか? という感じですね……

ここに集まっている企業はある意味開き直って悪さをしていますから、逆に隠したりしないんです。

例えばあそこのビル。あれがブラックマーケットに名を馳せる闇銀行です」

 

 

 ヒフミが指を指した先には、大きなビルが建っていた。

『カイザーローン』と記された看板が設置されており、

王冠をかぶったタコを図案化したようなロゴがやけに目立っていた。

 

 さらに会社のロゴのステッカーが貼られた社用車らしきものが駐車場に停めてあることから、

こちらが裏口なのだろうと"私"は察する。

 

 そのように"私"が観察をしていると、ヒフミはこのカイザーローンについて説明をしてくれた。

 

 ――曰く、キヴォトスで行われる犯罪の15%の盗品が流されている場所、と。

 ――曰く、横領、強盗、誘拐など、様々な犯罪によって得た財貨を、違法な武器と兵器に変える、と。

 

 そしれそれらがまた別の犯罪に使われる――そんな悪循環を生み出す元凶の一つだとヒフミは話してくれた。

 

 

「このブラックマーケットに善良な会社はありません。

どこもかしこも、何かしら横の繋がりのある犯罪組織なんです。

それに他の自治区でも被害に遭っている生徒は多いと聞きます」

 

 

 よくある社会の暗い話だと"私"は思うが、対策委員会の面々には少々刺激の強い話だったらしい。

皆が黙り込み、不安や嫌悪といった感情の入り混じった表情でビルを見ていた。

 

 

『お取込み中失礼します! そちらに武装した集団が接近中!』

 

 

 唐突にインカムから響くアヤネの言葉に、その場の全員がすぐに反応したのはさすがと言うべきか。

各々は近くにある建物の影へと素早い身のこなしで飛び込んでいく。

 

 "私"は反応が遅れてしまうのだが、不意に腕を掴まれてそのまま建物の影に引き込まれる。

突然のことに驚くが、そこで手を引いてくれたのがアキだと気が付いた。

そしてその傍らにはヒフミもおり、彼女は道路の方へと小さく顔を覗かせているのが見えた。

 

 

『あれは……』

 

『先生、あれがマーケットガードですよ。ここで一番手を出しちゃダメな奴ら』

 

 

 インカムから低いアキの声が聞えた。

彼女はいつの間にかインカム――アビドスで使っていたものとはまた別の物――を装着しており、情報がすぐさま共有される。

 

 そこにあったのはまさに黒い車列だった。

無骨なまでに物々しく角ばった車体の下部には、計六輪の巨大なタイヤが荒々しい騒音を立てて回っている。それが合計三台。

いずれもの車両上部に機関銃が設置されており、いくらキヴォトスの人間でも正面から戦うなど考えないだろうという絶対的な武力を主張していた。

 

 ――もっともそれについては、しばらくして『例外』もいるのだということを"私"は知ることになるのだが。

 

 

『パトロール……いや、あれは護衛だねぇ』

 

『ん、私もホシノ先輩と同じ意見……それも、対象は現金輸送車』

 

 

 装甲車両に挟まれ、一台の黒いバンが件の銀行の裏口の駐車場に停まった。

それに合わせて銀行側から武装した警備員が出てくる。

それ自体は特におかしな防犯対策ではないし、厳重な警備の下で大金の運搬がされることに不審な点はない。

 

 しかし現金輸送車から出てきた人物を見て、誰かが「あっ」と声を上げた。

 

 

『あれ……あいつ、毎月うちに来て利息を受け取ってる銀行員……!?』

 

 

 セリカの驚いた声に、そこで"私"も気が付いた。

現金輸送車に載っていた銀行員――それはまさしく今朝方アビドス高校に集金にやってきた職員であった。

 

 それは紛れもない現実だった。遠目であるため彼らの会話は聞こえないが、

書類と見憶えるのある黒いバックを――現金の入ったそれを渡している姿が見えた。

 

 ――それが意味することはただ一つで。

 

 

『私たち、ブラックマーケットに犯罪資金を提供してたってことですか……?』

 

 

 ノノミのその言葉に、しばらく誰も答えることが出来なかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。