それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~   作:白桐

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「――カイザーローンなのですが、かの有名なカイザーコーポレーションが運営する高利金融業者です」

 

 

 事情を話すと、ヒフミはカイザーローンについて説明をしてくれた。

 

 カイザーコーポレーション自体は違法行為がない――というのも、その実態は合法と違法の隙間を縫うように暗躍する多角化企業とのことだった。

 

 そしてヒフミの通うトリニティ総合学園でも、年々詐欺被害が増加している傾向にあるという。

生徒会である【ティーパーティー】もなんとかしようとしているが、どうしてもその全容解明や対抗策は後手に回っているらしい。

 

 

「ところでみなさんの借金とはもしかして……アビドスはカイザーローンから融資を……?」

 

「話すと長くなるんだけどねー……アヤネちゃん、さっきは言ってった現金輸送車の走行ルート、調べられる?」

 

「ちょっと待って」

 

 

 しかし、そこでホシノの言葉を止めたのはアキだった。

 

 

「調べてどうするの? ……先のことは考えてる?」

 

「それは……」

 

 

 言葉の止まったホシノに、アキは呆れたように深い溜息をついた。

 

 

「あんたのことだから、計画もなしに調べようって言うつもりだったんじゃないの?

下手したらこちらの動きがバレて、最悪アビドスの立場が悪くなるわよ。

ここの連中が黙ってると思う?」

 

「……だとしても、目の前であんなものを見せられて黙ってられないよ」

 

「だからそれがダメって言ってるのよ。今まさに感情だけで動こうとしてる。

そうやって動いた結果、この場の全員が負うリスクをちゃんと考えてるの?」

 

 

 気まずい沈黙がこの場に訪れた。

 

 調べると言っても馬鹿正直に聞いて答えてくれるはずもなく、

情報を調べるにしても、素人のそれでは警戒されて尻尾を引っ込めるだろう――あるいは銀行側から圧力を掛けられるかもしれない。

 

 

『……一応調べてみましたが、全てのデータをオフラインで管理しているようです。全然ヒットしません』

 

 

 対策委員会の部室で待機しているアヤネからの通信が、"私"の持つシッテムの箱を介して届いた。

その報告にホシノはやや目を細めてアキを見る。

しかしその表情はいつもの気の抜けた笑みから成るものではなく、やや強張ったなものであった。

 

 

「明らかに怪しいと思うんだけど」

 

「違う。リスクを考えろって言ってるの。

言ったわよね、ここにいる連中は甘くないって。

もう十分でしょ。ここが潮時で、あとはアビドスに戻って対策をじっくり考えなさい」

 

「それはそうだけど、このタイミングを逃したら……」

 

「やっぱりあんた今感情的になってるでしょ。

まともな判断も出来ないのなら、なおさら私は反対せざるをえない。

昔からそうだけど、私の意見が間違ってたことなんてあった?

明らかに怪しいとしても手を出すべきじゃない」

 

 

 口論に熱がこもっていく。

アキの正論の前にホシノは劣勢だったが、それでも納得はせずに食い下がり続けた。

 

 対策委員の面々を見れば、緊迫した空気を纏った上級生同士の口論を、落ち着かない様子で見守ることしか出来ないようだった。

このやり取りを止めるにしても、両者をどう納得させるのが正解なのだろうか、と。

 

 

「あっ! それならさっき手渡ししていた集金確認の書類、それを見れば証拠になりませんか!?」

 

 

 そこで一つ提案を出したのはヒフミであった。

それを聞いたアキは無言でヒフミを睨む――余計なことを言うなと言わんばかりに。

ヒフミは怯えたように身を縮めて、"私"の背後へと隠れた。

 

 確かにそれは金銭の流れを把握する方法の確実な方法かもしれない。

しかしすでに書類は護衛を引き連れた銀行員によって、銀行の中へと消えていった。

警備も厳重であり、ヒフミ曰く「ブラックマーケットでも最も強固なセキュリティを誇る銀行」とのこと。

どちらにせよそれを確認する方法はないし、不可能だとも言える。

 

 

「――うん、方法は一つしかないよ」

 

 

 そこで声を上げたのはシロコだった。

全員が彼女へと顔を向ける。

いつになく彼女の表情には力が籠っており、その眼光は口論をしていた上級生二人に真っ直ぐ向けられていた。

アキは目を丸くしていたが――ホシノの顔が引きつっているのが"私"には分かった。

 

 そしてそこで"私"もシロコが何を言わんとするのか予想できてしまった。

 

 ――以前言っていた、彼女の突拍子もない過激なアイディア。

 

 

「銀行を襲う」

 

 

 ひゅ、と――誰かの引きつった喉が鳴った。

 

 静寂が周囲に満ちる。

しかし提案者であるシロコはその自信に満ちた無表情を崩すこともなければ、場の空気に臆することもなかった。

この場の誰よりもそれが確実だと信じており、自身の提案こそが正道であり真実だと思っている――"私"にはそう見えてしまった。

 

 

「ちょ、ちょーっと待とうかシロコちゃん。

今、おじさんたち本当に真面目な話をしてるから……」

 

「ううん、真面目も真面目。これが一番現状を解決できる方法」

 

 

 目が本気だった。

 

 先ほどまで張り詰めた空気の中にいたホシノでさえ、いつもの気の抜けた間延びした口調を取り戻してしまうほどに。

そしてどこか焦燥感を覚えているかのように、その口調はやや口早であった。

すっかりと毒気を抜かされて引きつった笑みを浮かべるホシノだったが、そんな彼女を横目にシロコは次にヒフミへと振り向いた。

 

 

「それと人手がいる。

ヒフミ、手伝ってくれるのならアキ先輩を雇ったお金を代わりに払ってもいい」

 

「えぇ!? あっ、でもそういうことならやります!

まだ欲しいペロロ様グッズがいっぱいありますので!」

 

 

 これにはさすがのアキも、血相を変えた。

なんでそんな回答が出てくるんだと言わんばかりに目を見開く。

 

 

「ま、待ちなさい。トリニティの生徒を巻き込むのはまずいでしょ。

最悪の場合、政治問題に発展する可能性が大きい。そ、それでもやるの?」

 

「完全成功させれば問題ない。

あの手の銀行の施工業者のやり方は知ってる。

監視カメラの死角、警備員の動線、銀行内の構造は全て頭に入ってるし」

 

 

 ――なんで……?

 

 誰かが力ない声でそう呟いたのが聞こえた。

 

 素っ頓狂な発言かと思えば、その実はこの場の誰よりも計画を練っている――いや、練っていた。

使いどころが来るか分からないその壮大な計画を、彼女は自身の頭の中で熟成させていたと言うのだろうか。

 

 後でそのことを聞けば、どうやら銀行強盗を計画するのがシロコの趣味の一つらしい。

もう一つの趣味であるサイクリングを始めとした運動に、その情熱を傾けてほしいと"私"は思うが。

 

 ――閑話休題。

 

 大変なことになってきたぞと困惑と苦笑を浮かべながら、"私"は面々の様子を確認する。

 

 その中で、ふとアキと視線が合った。フェイスガードで口元の表情は見えない。

だが彼女の困惑に揺れる瞳が、何を求めているかを語っていた。

 

 ――正気か、と。

 

 すっかり毒気の抜かれて、ホシノと同様に感情が露になっていた。

何と返せばいいのか迷ったが――"私"はそんな彼女を見て穏やかな笑みを向けた。

もしかすると一連の素っ頓狂で奇天烈な流れを経たためか、その笑顔はやや引きつっていたかもしれないが。

 

 

「アキが言ったリスクを鑑みて、それでもそれしかないって言うのなら、私は君たちの選択を尊重するよ。

目には目を、歯には歯を、って言うしね」

 

 

 "私"にも見放されたと思ってか、アキは苛立たし気に片頬をぴくぴくと震わせていた。

 

 だがそんな楽観的な発言をした"私"も一応は『先生』である。

犯罪行為を勧めるのは教育者として失格なのは重々承知しているが、

それでもこの状況と彼女らの境遇を考えれば、そこにいくらかの正当性や情を認めてやるべきだと思った。

 

 そしてその上で、しっかりとシロコには聞いておきたいことがあった。

 

 

「シロコ、完璧な作戦なんだよね? 計画も、その終わった後もなにもかも。

そしてアキが言うリスクも考えて、これしかないと思ったから提案したんだよね?」

 

 

 "私"はシロコを真っ直ぐ見つめる。

彼女は少し驚いたように肩を小さく跳ね上げた――もしかすると今の"私"の顔は、どこか強張ったものになっていて威圧的なそれになっているのかもしれない。

 

 だがそれほどまでに真剣になって向き合うべき問題だと"私"は思った。

彼女の提案した作戦の成否一つで、この場にいる全員の将来や日常が閉ざされるかもしれないのだ。

 

 これこそがアキの言うリスクであり、避けるべきことである。

そう言った先輩の助言を加味した上で、なおもその提案を推し進めるのか――。

 

 だからこそ、"私"はシロコからその覚悟を聞かなければならなかった。

 

 

「もう一度聞くよ。本当にこの方法でいいんだね?」

 

 

 その返答は沈黙――かと思いきや、シロコは"私"の再度の確認にすぐさま力強く頷いた。

さらにその表情も、一層引き締まった真剣なものになっていて。

 

 

「ん、この方法しかないって思ってる。

でもこれは趣味を実現できるからだとか、そんな甘い考えから始まったものじゃないよ。

アキ先輩の言うリスクも理解してる。

だから私はずっと考えてた完璧な計画を実行するために全力を尽くすって決めた。

……アビドスの為に、本当にこれしかないって思った」

 

 

 この時、"私"は彼女の覚悟を見た。

目を逸らさず、強い意志の宿った光が確かにその瞳の中にあった。

 

 ――眩しいなと"私"は思った。

 ――ならば、その想いを否定する道理は"私"にはない。

 

 

「……そう言うことなら良し! さあ、アキはどう思う?」

 

 

 その覚悟を聞いた"私"がアキへと視線を向ければ、彼女は呆れたように、あるいは疲れたような深いため息をついた。

 

 

「……本当にやれるの?」

 

「やれる。シロコちゃんは何というか……何事も本気で取り組むから」

 

 

 ホシノがそれに答える。

彼女もどこか困ったような表情を浮かべていたが、そこには穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

 最もシロコの性質を理解しているのは、この場において彼女以上の存在はいないだろう。

そして次点で同輩であるノノミが満面の笑みで頷いた。

 

 それを見たアキは何も言わなかった。

その代わりに、ポケットから携帯端末を取り出して手早く操作を始める。

 

 

「表立って私は手伝えないから、やるんなら役割は狙撃になる。

あと、アビドスと"黄昏"が繋がってることを知られたくない。

……それと、ちょっと待ってて」

 

 

 どこかに連絡をしたらしい彼女は、そのまま端末を顔の側面へと持ち上げる。

そして本日何度目になるか分からない溜息を吐き出すとともに、電話口の相手に短くこう切り出した。

 

 

「――"情報屋"、仕事の依頼よ。【タスク404】を集めて」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 銀行強盗は三つのチームに分かれることとなった。

 

 アキの指導の下、しっかりと変装した対策委員会の面々は銀行を襲撃する実行チーム。

こちらはシロコが指揮を執る。

 

 そのアキと言えば、雑居ビルの屋上から狙撃することとなった。

急ごしらえで用意したボルトアクション式の狙撃銃を用いて、シロコ達実行チームの援護をする。

その傍らには"私"が付くこととなり、観測手とまではいかないものの補助を担当することになった。

 

 そして――。

 

 

『アビドスの皆さんどうもー。"三本腕"、無線におじゃましまーす』

 

『"運び屋"ですわー! (わたくし)、刺激的な体験が出来ると聞いて参りましたのー!』

 

『【タスク404】のリーダ、"情報屋"です。作戦指揮のサポートさせていただきますね』

 

 

 【タスク404】――どうやら彼女達は、アキが個人的に所属する傭兵チームの面々らしかった。

先刻建物の中で出会った"情報屋"と称された少女をリーダとし、このブラックマーケットで活動しているとのこと。

 

 本名ではなく互いをコードネームで呼ぶ彼女らは、いずれもが所属する学園が異なると言う異質なチームだった。

基本的には互いの利益の為に仕事を協同し、しかしそれ以上は各々の事情に深入りしない。

ブラックマーケットでは有名なチームらしく、彼女らがこの銀行強盗を手伝ってくれると知った時のヒフミの驚愕度合は印象的だった。

 

 ――正体不明のこの少女たちにさえ任せれば大体の荒事は片が付く、とか。

 ――契約を破棄し、陥れようとするのならブラックマーケットから一夜にして姿を消す、とか。

 

 そのような物騒な噂話にヒフミは怯えていたのだが、対策委員会の面々はむしろ心強いとその士気を高めていた。

ちなみに誰かが「トリニティ総合学園のお嬢様がなぜそんなに詳しいのか」と、そんな疑問を向けたのは当然の流れだろうか。

すると彼女は「あはは……」と誤魔化すような苦笑を以て口を閉ざした――どうやらこのヒフミという生徒、只者ではないらしい。

 

 

『まず私、"情報屋"と"三本腕"さんが裏口から侵入して警備員を一部を無力化。

その後、"三本腕"さんがシステムをハッキングして店内のセキュリティを無力化、改竄します。

そして彼女の合図で電源を落としたら、実行チームが突撃してあとは作戦通りに』

 

『こちら"三本腕"。外にある監視カメラはもう掌握済みだから絶対に証拠は残らない。

それとセキュリティ諸々なんだけど、十分は遅延できる。

だけどそれを越えたらマーケットガードに通報されるから、その時間内で用事は済ませてね』

 

『ん、ブルー了解。私たちの回収係は?』

 

『"運び屋"が担当致しますわ! ランデブーポイントの駐車場に白いバンがあるので、そちらに飛び乗っていただければすぐに回収しますので!』

 

「こちら"黄昏"。狙撃は任せて……と言うか"情報屋"、わざわざこんな良いもの用意しなくてもいいわよ」

 

『ふふふ、如虎添翼、とでも言いましょうか。強者にこそ良い道具を使わせるべきです。これはあなたが言う合理的な判断とやらですよ』

 

「……了解。"黄昏"アウト」

 

 

 面倒臭そうに通話を終えると、アキは狙撃銃のスコープを覗く。

あの"情報屋"と呼んでいた生徒に用立ててもらったものらしいシンプルな狙撃銃で、

彼女の愛銃との相違点はボルトアクション式というぐらいだろうか。

無駄に良いもの、あるいはここまで良いものじゃなくていいのにと、アキはぼやき続けていた。

 

 

「ありがとうアキ、手伝ってくれて」

 

「こういうのを止めるのが先生だと思うんですけど」

 

「シロコも真剣だったからね……それにしても、まさか目だし帽を常備してるとは思わなかったけど」

 

 

 "情報屋"が一度シロコの計画を確認したいということで、彼女のアジトである建物で合流した際のことである。

アキの助言もあり変装をすることとなったのだが、驚くべきことに額にアラビア数字が刻まれた色とりどりの目出し帽をシロコが持っていた。

それはもう何の脈路もなく飛び出してきた鮮烈な一風景であり、"私"たちは思わず吹き出してしまったのは記憶に新しい。

 

 ちなみにアキは呆れて物も言えず、"情報屋"は腹を抱えて笑っていた。

 

 

『こちら"情報屋"、セキュリティを無力化。あとは"三本腕"さんの合図を以て電源を落とします。オーバー』

 

『こちらブルー、了解。いつでもいけるから、"三本腕"の合図を待つ。オーバー』

 

『"三本腕"了解。それじゃあ今から電源落とすよー。3、2、1――Good Luck!』

 

 

 "私"がシッテムの箱の戦術指揮システムのウィンドウを見れば、そこには俯瞰視点の銀行正面入り口周りの風景が映されていた。

そしてその入口へと殺到する目だし帽の集団が映る――恐ろしい反面、なんとも素っ頓狂で間抜けな光景だと思う。

それと同時に断続的に銃声が響き渡り、作戦が――銀行強盗が開始された。

 

 だが"私"も呆けてはいられない。

内部の状況は把握できないが、それでも出来ることをする。

戦術指揮システムを双眼鏡代わりとし、隣にいるアキの観測手に徹した。

 

 

「駐車場側窓手前に一、その奥に一」

 

「確認しました」

 

 

 そう言うが早いか、アキはすぐさま引き金を引いた。

あの重く尾を引く金属音ではなかったものの、確かに力強いその銃声は寸分の狂いなく、窓から見えていたオートマタの傭兵を撃ち抜いて地に沈めた。

 

 だがそこで終わりではない。

銃声と共に素早くコッキング――一そして間髪入れずに銃身を左側に僅かに動かすと、一拍置いて再び引き金を引いた。

そしてシッテムの箱の画面に映っていたもう一つの傭兵の影が倒れ伏す。

 

 ――速い。

 

 率直な感想が"私"の心の内に飛び出した。

 

 正確性もさることながら、照準から引き金を引くまでが非常に速い。

セリカが誘拐された際に場外から狙撃をしていた彼女だが、間近で見るとその凄まじさを改めて"私"は実感した。

なるほど、これならホシノも援軍に呼ぶわけだと"私"は一人で納得していた。

 

 

「窓際の傭兵二人ダウン、ナイスだよ……と言うか、本当にすごいね」

 

「この程度楽勝です……ホシノ、そっちの進捗は?」

 

『問題なし。あと三分以内に脱出するよ』

 

『こちら"情報屋"、先に脱出します。その後、"三本腕"さんと一緒に"黄昏"さんたちを迎えに行きますので』

 

「二人ともありがとう、気を付けてね」

 

 

 それからしばらくすると対策委員会の面々と、たい焼きを入れていた紙袋を被ったヒフミが飛び出してくる。

続いて警備を担当している傭兵と思わしき生徒やオートマタの集団が飛び出してくるが、すかさずアキの銃身から甲高い咆哮が上がった。

引き金を引く、コッキング――そして照準を合わせる。

その繰り返しにより、対策委員会の面々を追う傭兵たちは一人、また一人と地面に伏していく。

 

 そして狙撃を警戒してか路地に逃げ込むなどして射線を切ろうとするが、それでは彼女たちには追い付けない。

しばらくしてスモークグレネードを使ったのか煙幕が立ち昇って視界が遮断されるが――その時には、すでにこちらから対策委員会の面々の姿は見えなくなっていた。

 

 

『先生、確保したよ』

 

「ああ、よくやったねシロコ。皆もお疲れ様。

そのまま道路沿いを真っ直ぐでいいのかな。一度ブラックマーケットの外に出よう。

ええっと、"三本腕"だっけ? マーケットガードの動きはどうかな?」

 

『こちら"三本腕"。まだ動いてないので超余裕。

現場のメンツはそのまま当初のランデブーポイントに進んでねー』

 

『私、"運び屋"が待ってますわよ皆さまー!』

 

『ん、了解』

 

「先生、私たちも撤退しますよ」

 

「了解――って、うわっ」

 

 

 次の瞬間、"私"は自身の体が宙に持ち上げられる感覚に驚きの声を零す。

何かと思い見れば、アキが"私"を俵担ぎするかのようにして抱え上げていた――が、そのまま眼下の路地裏へと飛び降りたのだから再び驚くことになる。

 

 

「――ッ!?」

 

「口を閉じてください。舌噛みますよ」

 

 

 急転する状況に驚く私とは対照的に、アキは冷静そのものだった。

 

 "私"たちのいた場所は五階建ての雑居ビルの屋上だったのだが、彼女はビルの壁にあった室外機などの凹凸を駆使し、時には蹴るようにして器用に落下の勢いを殺していく。

ヘイローを持つ生徒故の膂力が成せる業か――いや、これは恐らく彼女自身の力によるものなのだろう。

そしてあっと言う間に地上へと着地すると、"私"はゆっくりと地面へと下ろされる。

 

 

「で、出来れば降りる時に一言欲しかったなぁ……」

 

「このくらいされても文句は言えないでしょう」

 

「確かに迷惑かけてばかりで本当に申し訳ないけどね……」

 

 

 そんなことを言っていると、ふと路地の向こう側に小さな白いバンが停まったのを"私"は見た。

アキを見れば彼女は静かに頷く――恐らくあれが迎えなのだろう。

 

 "私"がアキと共にこの狭い路地を駆けて後部座席へと飛び込めば、それと同時に車は走り出した。

 

 

「こちら"三本腕"、"黄昏"たちを回収。オーバー?」

 

『こちら"運び屋"! こちらも実行チームを回収しましたわー!』

 

「こちら"情報屋"、実行チームはそのまま"運び屋"さんの指示に従ってください。

車の乗り換えを一度挟んで指定のポイントで合流しましょう」

 

『ん、了解。手伝ってくれてありがとう』

 

「いえいえ、何かありましたら【タスク404】を訪ねてください。アウト」

 

 

 ある程度落ち着いてきた"私"は、運転席と助手席に座る人物へと視線を移した。

 

 助手席に座るのはスケバンの着るセーラー服に変装した"情報屋"。

そして運転席を見れば、そこには灰色のパーカーを着た少女が運転していた。

しかしその容貌は奇妙なもので、彼女の右肩口からアームライトのような骨組みを持つ、もう一つの右手が伸びていた。

どうやらマニュピレーターの類を装備しているらしく――なるほど、確かに"三本腕"だと"私"は納得する。

 

 それを見ているとその機械の手がこちらに伸びてきて、カシャカシャと音をたてながら滑らかな動きで小さく手を振ってくれた。

 

 

「おつかれー先生」

 

「君が"三本腕"?」

 

「うん、ご覧の通り。それと見て分かる通りミレニアムの生徒だから。

ブラックマーケットに通ってることは【セミナー】には内緒でね」

 

「もちろんだよ。手伝ってくれてありがとう」

 

 

 無線でも聞いていたが、やはり親しみやすさを感じさせる少女だった。

だがその一方でハッキングから警備の無力化までを担当する。

その万能とも言える役割を完遂したことには感嘆せざるを得ない。

 

 そしてそれは助手席に座る"情報屋"と呼ばれる生徒に対しても。

シロコと銀行強盗の作戦を詰める際、彼女にない視点から脱走経路や作戦手順をアドバイスしていたのが記憶に新しい。

間違いなくこの傭兵チームのブレインであり、このブラックマーケットで恐れられるだけはある組織だと"私"は納得した。

 

 

「ええっと、報酬はどうすればいい?」

 

「いえいえ、とんでもない。今回は特別にタダでいいですよ。

あなたと知り合えたこと、それが私にとっての報酬ですから」

 

「え、私らの支払いはどうするのさー!?」

 

「そちらは私の方からお支払いしますよ。"黄昏"さんにも」

 

「……いらないわよ。と言うか、そもそも依頼したの私だし」

 

「カイザーコーポレーションに傷を負わせたということで、ここは一つ……」

 

「……そう言うことならもらってあげる」

 

 

 深入りはしないということらしいが、どうやらそこまでドライな関係ではないらしい。

いや、あるいはここで貸しを作りたいのだろうか――。

そうだとすればこの"情報屋"はやり手だ。

 

 対策委員会の面々に関しては、恐らくアキに対してその貸しをいつか求めるのだろうか。

 

 

「安心してください先生、"黄昏"さんはウチのエースだから助けてあげたかっただけですので。

それに私とは付き合いも長いですからねぇ」

 

 

 だがそんな不安が顔に出ていたのか、"情報屋"はくすくすと笑って"私"にそう言った。

どうやらお見通しらしい。

 

 隣に座るアキを見れば、居心地が悪そうに窓の外へと視線を向けていた。

 

 

「皆はいつもこういうことをしてる……訳じゃないよね?」

 

「もちろん。むしろ犯罪はしないってルールがあるくらいだし」

 

「先生、我々【タスク404】は非常にクリーンな組織ですよ。いくらお金を積まれても犯罪行為はしません。

まあ今回は"黄昏"さんからの依頼だと言うのが一番の理由ですね。

まさか非合法作戦(Black Ops)をさせられるとは思いませんでしたが」

 

「ルール破る形になって悪かったわね……」

 

「ふふふ、"黄昏"さんはウチのエースですから多少の我儘は聞きますよ?

それに私個人としても、以前からカイザーは警戒対象でしたから」

 

 

 そうして不敵に笑い、会話が途切れる。

しかしバックミラーを見れば、彼女の視線は確かに"私"へと向けられていた。

 

 そして次にこちらへと振り返ったかと思えば、差し出してきた手には名刺が握られていた。

 

 

「先生、何かあれば仰ってください。

我々【タスク404】は、あなたからのお仕事をいつでもお待ちしておりますから」

 

「ありがとう、何かあった時はよろしく頼むよ」

 

 

 "私"は彼女から名刺を受け取り、すぐに視線を落とした。

それは【タスク404】と"情報屋"という単語と共に、彼女の携帯端末の電話番号らしきものが記された簡素なものである。

 

 しかしその片隅の空白には『黒いタコにはご用心』と、手書きの短い文章が添えられていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「アキは来ない?」

 

 

 "情報屋"のアジトの裏通りで先生と"情報屋"を降ろせば、先生はふと後部座席のアキへとそう問いかけた。

しかし彼女は静かに首を振り、相変わらず窓の外から視線を外そうとはしない。

それを見た"情報屋"はくすくすと笑っていた。

 

 

「誰かに見られたくないので。

……それと、阿慈谷さんの依頼料はタダでいいです。"黄昏"の口止め料ってことで」

 

「いや、私がまとめて払っておくよ」

 

「……気が向いたら受け取りに行きます。"三本腕"、出して」

 

「それじゃあ先生、またどこかでー」

 

「二人もありがとうね」

 

 

 ドアが締められたのを確認すると、"三本腕"は車を発進させた。

目的地はアキがよく使っている駐車場――恐らく彼女はそのままアビドスに帰るのだろう。

 

 

『アキ先輩、手伝ってくれてありがとう』

 

 

 不意にインカムから誰かの声が響く。

確か銀行強盗の実行チームのリーダー―――砂狼シロコと名乗った人物だったかなと"三本腕"は思い出す。

ちらりとバックミラーを横目で見れば、後部座席のアキは相変わらず興味なさげに窓の外を見ていた。

 

 

「……こういうのはこれっきりにしなさい。それとブラックマーケットにはしばらく近寄らないで。

ホシノ、しっかり手綱握ってなさいよ」

 

『うん、分かってるって。あと……ごめん、あの時は冷静じゃなかったね』

 

「もうそれはいいから……結局、そっちの案を飲むことになった私の意見が弱かっただけでしょ」

 

 

 珍しくしおらしいなと、インカムから聞こえてくる会話を聞きながら"三本腕"は思う。

ホシノと言ったか――どうやらアキとは同級生であり、会話の端々からただならぬ関係性を匂わせる生徒であるのは自明で。

年がら年中自信家で暴力を以て外敵を制するあの"黄昏"がこのようにしおらしくなることに、"三本腕"は恐怖を感じずにはいられなかった。

そしてそれをさせるこのホシノという生徒についても。

 

 しかし【タスク404】は深入りしないのが暗黙のルールだった。

気になりはすれどそれを聞くことはしない。

むしろ聞いたら殴られるかもしれない――コンクリートの壁すら素手で軽々と破壊する腕力で。

 

 それを思い出した"三本腕"は無言を貫くことにした。

アビドスの面々から感謝の言葉を贈られるアキをからかうのはひとまず諦めることにする。

 

 

『せ、先輩、ありがとうございました!』

 

「……これからはあんまり無茶はしないこと。それじゃあ無線から抜けるわね」

 

 

 そう言って、アキはインカムを外して溜息をついた。

隠していた"黄昏"という別名とブラックマーケット通いがバレたことは、彼女にとって相応の心労になることだろう。

 

 この女はそういう人間だと、"三本腕"も短い付き合いながらも徐々に理解していた。

何かの為なら、面倒で後ろ暗い仕事を一人で引き受ける――何でも一人で抱えようとするお人好しだ。

守りたい者がいるから、巻き込みたくないからと。

 

 

「……からかうつもりはないんだけど、大分懐かれてるんだから一緒にいてあげたらどうなのさ?」

 

「あんたには関係ないでしょ」

 

「うーい……ところで」

 

 

 だからこそ、一度確認しておかなければならない。

 

 

「――本当に一人でカイザー潰そうとしてんの?」

 

 

 それに対する返答はなかった。

静まり返る車内を走行音だけが満たしていた。

 

 "三本腕"はアキが個人で行っている仕事や調べものを、少し前に偶然知る機会があった。

"情報屋"のデスクの上にあるカイザーコーポ―レーションの黒い噂が記載された書類――それを収めた茶封筒をアキが受け取っていた。

そして散々タブーだとされていたアキの事情――つまりはこれぐらいならいいだろうと、軽い気持ちでアビドスの情勢を何気なく調べれば、なるほどと納得するに至った。

 

 しかしそれらは彼女を心配してのことではない。

仮にあの悪徳な大企業を相手にするのであれば、最悪繋がりのある自身も巻き込まれるかもしれないと言う危惧によるものだ。

仲間意識はあれど、巻き込まれて自身の研究がとん挫する可能性があるのならば、手を切ることも視野に入れなければならない。

彼女の戦闘能力は確かに魅力的だが、それでも自身の立場の方が大切であった。

 

 

「資金、人材、法律、世論――連中を敵に回すってそういうことだよ。

いくら腕っぷしが強いからって、何とか出来る相手じゃないでしょ」

 

「出来るわよ、私ならね」

 

「自意識過剰じゃないそれ。ウタハ先輩にまた心配されちゃうよ~?」

 

「……それだけが面倒ね」

 

 

 彼女の親友にあたる人物の名前を出して、ようやく彼女の人間らしい感情が引き出せた。

そもそも彼女との出会いは、"三本腕"が一年生の頃にミレニアムのエンジニア部に在籍していた時代に遡る。

当時の彼女は自身の先輩である白石ウタハと素材のやりとりや、ちょっとしたバイトを請け負うなどして小銭を稼いでいたのだったか――。

 

 

「で、進捗は?」

 

「……」

 

「あー、オッケーオッケー。喋る気ないのね」

 

「トリニティ、百鬼夜行、オデュッセイア、ゲヘナ、ワイルドハント――あとは小さな学園のいくつか。

連中が今言った自治区で行った不正情報は確保してる」

 

「お、秘密主義者がこれまた珍しい」

 

「リークする時はよろしく」

 

「うわぁ!? 巻き込まないでよ! いくら大金積まれてもやらないからね!?」

 

 

 予想だにしないカウンターパンチを食らった――食らってしまった。

 

 この女、絶対にこちらを巻き込むつもりである。

それどころか計画の一部にしている節すらあった。

確かに"三本腕"がハードやソフトウェアに強いと言うことを知っており、その技術を間近で目撃してきた。

 

 "三本腕"はミレニアムサイエンススクール所属である。

少なくとも【セミナー】にはまだバレてはいない――生徒会長たる"ビッグシスター"あたりは怪しいが。

しかしどちらにせよ、ブラックマーケット通いを脅迫のネタにして、仕事をさせようという魂胆が"三本腕"には透けて見えていた。

 

 

「もうこの話をした時点で共犯でしょ。ちなみに"情報屋"も"運び屋"もこの話に乗ってる」

 

「正気じゃないってぇ……と言うか私なら巻き込んでもいいってわけ……?

アビドスの子たちと同じくらい大切にしてくれたっていいじゃん……」

 

「あんた、私にいくら借りがあるんだっけ?」

 

「うぐ……」

 

 

 正直、この暴力女がいなければ危ない場面が多々あったのは事実だった。

そして何よりチームのメンバーも絡んでるとなれば、自身に逃げ道などない。

 

 特に"情報屋"は相手にしたくなかった。

かつて【山海経】で諜報機関に所属していたらしい彼女を敵には回したくない。

戦闘能力と諜報能力はまさに一級品で、一度捕捉されたら振り切ることは不可能。

 

 "運び屋"はトリニティ総合学園らしいが――スピードと刺激を求める頭のネジが外れたお嬢様だ。

無害に見せかけて「"三本腕"様も一緒にやりましょうよー!」と無邪気に誘ってくるに違いないだろう。

そして大企業を相手にする危険性を説いても、「刺激的ですわね!」と返ってくるのが容易に想像できた。

まともなのは私だけか――やはり彼女に逃げ場などなかった。

 

 

「近い内に連絡するわ」

 

「悪魔め……」

 

「あら、よく知ってるじゃない」

 

 

 ゲヘナよりゲヘナらしいと、"三本腕"は心の中でそんな恨み言を吐き出すことしか出来なかった。

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