それでも青は色褪せず ~Wrath of Set~   作:白桐

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01-09

 ――嵐のような銀行強盗作戦から数日が経った。

 

 この日もアビドスに滞在していた"私"だったが、この日は珍しく穏やかな日だった。

敵対勢力からの襲撃の気配はなく、

澄み切った青空が銃声一つないアビドスの砂漠に美しく映える――。

対策委員会の面々はそれぞれの用事を済ませたり、久方ぶりの休日に羽根を伸ばしていた。

 

 そして"私"もノノミから「先生も自由に過ごしてみては?」と提案され、

それならばとアビドスの市街へとやってきていた。

相変わらず人はおらず、寂寥とした街並みには乾いた風だけが行き交っていく。

建物は壊れたきりで修繕はされていない――自治区の財政状況からして、する余裕がないとも言うが。

 

 

「悔しいなぁ……」

 

 

 "私"は思わずそう零さずにはいられなかった。

 

 それは数日前、銀行強盗の末に得られた集金記録の書類から分かったことが原因でもある。

 

 ――対策委員会が収めた788万の集金。

 ――その後、それはカタカタヘルメット団へと「任意補助金」として500万の提供がなされていた。

 

 集金を行っていた現金輸送車と、それを担当したオートマタの男性は、間違いなく対策委員会にやって来てやり取りをした職員である。

だからこそこの金の大元は対策委員会が納めたものであり、その直後に提供された500万は、間違いなくそこから引き落とされたものだと推察出来た。

そしてカイザーローンがヘルメット団を利用し、アビドスを攻めていたということについても。

 

 もちろん、その事実に気が付いた対策委員会の面々は憤慨した。

しかし同時に、いくつもの謎がそこで浮き彫りとなる。

仮に提供した資金を用いた敵対勢力がアビドスを制圧したとして、それは自治区の消滅に他ならない。

そうなれば当然として借金の回収は不可能となり、カイザーローンとしては一切の利がなくなる。

 

 

(……だとすると、カイザーは金銭の回収を目的としているわけじゃない。

アビドスが邪魔? あるいはまたなにか……)

 

 

 ない頭を捻って"私"は思考を展開させていくが、それでも確固とした答えは出てこなかった。

当時その場にいたヒフミも、その全容の見えない卑劣な武力行使に憤っていた。

トリニティ総合学園の生徒会組織である【ティーパーティー】に報告すると言っていたが――三大校の一つがわざわざアビドスの為に動くかと言えば、その見込みは限りなくゼロだろう。

ましてや何らかの政治的なやり取りが発生し、アビドス側が再び真綿で首を絞められるような事態に発展するのは避けたい。

 

 

「本当に難しいなぁ――ん?」

 

 

 ふとその時、懐の携帯端末が震えた。

 

 画面を見ればモモトークにメッセージが届いており、その人物は先日出会った"運び屋"と名乗っていた生徒からのものだった。

 

 先日の銀行強盗の件で対策委員会の面々の回収と送迎をしてくれたのが彼女である。

マーケットガードからの逃亡の際、その運転技術の高さに対策委員会の面々は驚いたと言う――しかもトリニティ総合学園の生徒であるのだからなおさらで。

 

 そして最も驚いたのがヒフミであった。なんでも彼女の同級生らしく、まさかブラックマーケットで出会うとは思ってもいなかったらしい。

そんな奇妙な縁もあり、"私"は彼女とモモトークの連絡先を交換する流れとなった。

"運び屋"は物怖じしない人懐っこい性格なのだが、"情報屋"曰く「頭のネジが外れている」

「ブレーキと言う文字を知らないお嬢様」「刺激的な物事が何よりも優先される危険人物」らしい。

それを否定できないとでも言うように、横で話を聞いていたヒフミも苦笑を浮かべていた。

 

 ――閑話休題。

 

 送られてきたメッセージを見れば「こんなのあんまりですわー!」と悲痛な叫びが書き込まれていた。

どうしたのかと問えば、銀行強盗を行った日はどうやらトリニティではテストがあったらしい。

だが傭兵チームの依頼を優先した"運び屋"は、事前に家庭の事情だと上手く言い訳をしてサボることを決めた。

結果としてその日は受けられないとのことで、別日にテストを受けられるように学園側に申請を出して、それは認められていたのだと言う。

 

 しかしどういう訳かそれは後になってから撤回され、テストは0点言う扱いになって補習を行うことになった――とのこと。

ちなみに根回しの一切をしていなかったヒフミも同じ結末を辿ったらしい。

 

 

「『確かに納得はできないだろうけど、ちゃんとテストは受けなきゃダメだよ……』――っと」

 

 

 こちらとしてもこう返答するしかなかった。

自身が夢中になれる好きなことがあるのは大変良いことだが、ちゃんと公私の分別は付けなければならない。

"私"がやんわりと注意をすれば、号泣した絵文字と共に「頑張りますわぁー……」と言うメッセージが帰って来た。

 

 頑張ってねと送って彼女とのメッセージのやり取りを終えると、"私"はゆっくりと青空を見上げる。

 

 ――アビドスの子たちも、いつかこうして普通の青春を送れるようになればいいな、と。

 ――いや、好きなものの為にテストを放り投げることはやめてほしいが、とも。

 

 

「お、先生じゃねえか」

 

 

 ふと声を掛けられてそちらを向けば、そこにいたのは犬獣人の店主――柴大将だった。

何気なく市街を見て回っていたのだが、どうやら"私"は知らず知らずの内に紫関ラーメンの前にやって来ていたようだった。

 

 

「こんにちは大将。もしかして今から?」

 

「ああ、ちょうどな。食べてくかい?」

 

「ええ、是非」

 

 

 時間は昼前と少しばかり早いが、こういう日だからこそのんびりと外食を楽しむべきだと思った。

柴大将に快く店内に招かれ、"私"はカウンター席に付いておすすめの紫関ラーメンを注文する。

シンプルながらもバランスの整ったあのラーメンは、長い時間をかけて柴大将が作り上げた至高の一杯だ。

麺に絡まるコクのある味わい深い一口を思い出すと、口内に涎が溢れてくる。

 

 

「ほんと先生は、ラーメン待ってる時にすっごく嬉しそうな顔するよなぁ」

 

「あはは、大将のラーメンは絶品ですからね。そりゃあ頬も緩んじゃいますよ」

 

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。

そういや昔、そうやってにこにこしながらラーメン待ってくれる子がいたっけなぁ。

先生を見てるとその子のこと思い出しちまうよ」

 

 

 懐かしむようにくつくつと笑いながら、柴大将は手早くラーメンの調理を進めていく。

 

 そんな時、ふと背後の引き戸が開かれる音が響いた。

何気なく"私"が振り返れば、そこにいたのは無骨な狙撃銃を肩に引っ提げた見覚えのある生徒で――。

 

 

「おお、嬢ちゃんじゃないか。久しぶりだなぁ」

 

「大将、お久しぶりです――って」

 

 

 その生徒――梔子アキは柴大将に挨拶をしつつも、"私"の姿を見るなり浮かべていた微笑を歪ませた。

なぜここにいるのか――そう言いたげな引きつった表情でセルフサービスのお冷を用意し、

"私"から椅子一つ開けた席に腰を下ろす。

 

 

「……大将、紫関ラーメンで」

 

「あいよ」

 

「アキもラーメン食べに来たんだ?」

 

「ええ、まあ……しばらく顔を出していなかったので」

 

 

 彼女は気まずそうに顔を逸らし、コップに口を付けた。

だが何かに気が付いたのか、弾かれたようにアキはこちらへと勢い良く顔を向ける。

 

 

「ちょって待ってください。まさか一人で歩いていたんですか?」

 

「うっ、とりあえず大丈夫だったから……」

 

「……ほんっと呆れた人。またなにかあったらどうするんですか?」

 

 

 じとりと視線を向けられ、そう指摘された"私"は苦笑するしかなかった。

 

 先日のシャーレ近辺で起きた襲撃事件――目の前にいるこの少女のおかげで無事に切り抜けたのは記憶に新しい。

護衛を付けるべきだと何度も言われ、しかしそう言った人員を確保できないと言うことを伝えると、その矛先は連邦生徒会に向けられた。

そもそも連邦生徒会長が一人いなくなっただけで、自組織の維持で手一杯なのは如何なものか――など。

 

 しかしそのような不満を零しながらもこちらを心配し、なおかつ手助けしてくれるのは事実であった。

この少女の善性はしっかりしたものだと"私"は思う。

世話好き――とは違うかもしれないが、彼女自身は困った人間を放っておけない性質なのだろう。

 

 

「はははっ、先生も早速尻に敷かれてるんだな」

 

「いやあ、もう彼女は本当にしっかりしてて……」

 

「先生が後先考えないから気が気じゃないんです。

もう少し自身の行うリスクを考えてください」

 

「……とは言うがな先生?

昔、ホシノの嬢ちゃんと大喧嘩した時にウチの店舗が派手に巻き込まれてなぁ。

その時も後先考えずに喧嘩をするなって俺が叱ったわけなのよ」

 

「それを彼女が口にする立場になったことは感慨深いですね」

 

「大将も先生もやめてください……」

 

 

 そんな思い出話を聞きながら、"私"たちは穏やかな早めの昼食を迎えるのだった――。

 

 

「さあ、ラーメンを食べるわよ!」

 

「今日も外食だなんて、アルちゃん太っ腹――あっ」

 

「あっ」

 

 

 ――その最中、威勢の良い少女の声が響いた。

 ――同時に、こちらを見て零れた間の抜けた声も。

 

 振り返った先。勢いよく開かれた店の入り口にいたのは、以前アビドス高校前で交戦した四人組――便利屋68の面々だった。

笑顔のまま固まる者、引きつらせる者、こめかみを抑えて苦悶の表情を浮かべる者、青ざめた顔で挙動不審になる者――。

こちらを見る彼女らはそんな表情をそれぞれ浮かべていることから、この敵対勢力との邂逅は、あちら側も予想外だったと見える。

 

 そんな彼女らをアキは鋭い眼光で睨みつけた。

既にレッグホルスターの拳銃へと右手が掛かっていて、その手はそこで止まっているが――。

しかしいつでも抜き放つことが出来ると、その眼光は語っていた。

 

 

「食べたらさっさと出て行って。ここで戦うつもりはないから」

 

「……社長、一回退いた方がいい」

 

「ぐ、ぐぐぐ……だ、だけどもうこっちはラーメンの口になってるのよ!

店主! 紫関ラーメン四つよ!」

 

「あいよ!」

 

 

 裏返ったり震えたりしながらも、アルは声高らかにそのオーダーを宣言した。

そしてこちらを――主にアキを警戒しながら彼女らは最奥にあるボックス席へと逃げて行った。

 

 先ほどの柴大将との会話から、アキもこの店を戦場にするつもりはない。

仮にもしそれをするのならば――一切の手加減なく侵略者を排除するのだろう。

 

 彼女らが大人しく下がっていったのを確認すると、アキは拳銃から手を放して再びカウンター席へと向き直った。

 

 

「……こういうことがあるかもしれないから、一人で歩き回るのはやめてください」

 

「あはは、肝に銘じておくよ」

 

 

 一応シッテムの箱の防御システム――恐らくはそうなのだろうと"私"は思っている――があるため、生身でも戦場に立つことは出来る。

だが電池切れとなってはそれも機能しない為、アキの言葉ももっともであった。

シャーレに所属する部員が増えてくれたら将来的には解決する問題なのだろうが、それもいつになることやらと内心溜息をつく。

 

 そうしていると、注文をしたラーメンが目の前に出された。

 

 

「紫関ラーメン一丁お待ち! ほい、アキの嬢ちゃんもだ」

 

「ありがとうございます……あ、大将。あの子たちの支払いは私で。あとアキの分も」

 

「別に私は……」

 

「そういうのはありがたく受け取っておくもんだ。今日は嬢ちゃんからお金はもらわねえよ」

 

 

 納得できないような顔でラーメンを眺めていたが、観念したらしい彼女は「いただきます」と小さく呟いて箸を取った。

そしてしばらくすると便利屋の彼女らの下にもラーメンが運ばれていく。

何やら柴大将は彼女らに話しかけているようで――ふと、驚いたように四人がこちらを見た。

"私"は笑みを浮かべて小さく手を振った。

 

 ――これが大人の余裕……っ!

 ――お、奢りだなんて……こんなに贅沢してもいいんですか……?

 ――先生かっこいい~♪

 ――皆、早く食べなよ……せっかく見逃してあげるって言われてるんだからさ。

 

 どうやら喜んでもらえたらししい。

 

 そうして"私"も大将のラーメンを食べるべく席に向き直ると、ふとアキがこちらを見ていることに気が付いた。

 

 

「……いつもこんなことしてるんですか?」

 

「お金に困ってるようだったからね」

 

「私は別に困ってないですけど」

 

「対策委員会に振り込んでるのは知ってるよ。だからー……そのご褒美?」

 

 

 そう言うと、アキは心底嫌そうにその表情を歪めた。

何かを口にしようとしたらしいが、溜息をついてそれを諦めると、彼女もまた目の前のラーメンを食べ始めた。

 

 

「にしてもこんなにも客が来るなんて久しぶりだなぁ。

こいつは店仕舞の前のいい思い出になるねぇ」

 

「ん、どういうことです?」

 

 

 しかし柴大将が不意に零したその言葉に、"私"は思わず箸を止めて顔を上げた。

彼はどこかしみじみとした表情をしており、その目もかつてを懐かしむような遠い目をしていた。

発言した言葉通りの意味ならば――そう考えた"私"の表情は、恐らく不安の浮かんだものだったのだろう。

 

 そしてそれを肯定するかのように、柴大将は苦笑を浮かべながら小さく頷いた。

 

 

「実はな、立ち退き勧告が出てんのよ。

ウチだけじゃなく、ここらで昔から商売してる連中にな」

 

「ちょっと大将……」

 

「嬢ちゃん、先生にも一応言っておかないとな」

 

「聞かせて下さい」

 

「実は――」

 

「――友達なんかじゃないわよぉー!?」

 

 

 だが柴大将がそう言いかけた時、不意にそんな大声が店内に響いた。

驚いてそちらを見ればそこには最奥のボックス席があり、そこにはあの便利屋68の面々がいる。

アルが席から立ち上がって何かを熱弁しているように見えたが――それ以上に"私"が特に目についたのはその隣に座っていたハルカであった。

 

 どこか不敵な笑みを浮かべるその手には、何らかのトリガースイッチが握られていたのである。

それが何か最初は分からなかったが、ふと先日のアキから聞いた彼女の詳細を思い出す。

 

 ――特に爆弾による被害はゲヘナ風紀委員会も危険視しており、彼女の一挙手一投足には注意した方がいい。

 

 思わず"私"は「あっ」と声を零した。

そしてよく見れば便利屋の面々も目を見開いて驚いているように見えた。

特にカヨコはハルカへと慌てて手を伸ばしている。

 

 "私"はアキへと弾かれたようにして顔を向ければ、すでに動いていたらしい彼女は拳銃を引き抜いていた。

そしてそのまま盾になるようにして"私"の前に躍り出る――。

 

 だが、それよりも早く。

 

 ――カチカチ、と。

 ――ハルカはそのトリガーを素早く引いた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「――先生、大丈夫ですか!?」

 

 

 耳をつんざくような鋭い耳鳴りが頭の中で反響していた。

さらに視界も明滅する中、タブレット――シッテムの箱から少女の声が響き渡る。

 

 それは"私"にしか聞こえない声。

シッテムの箱に常駐するメインOSである少女――アロナの呼びかけによって"私"は意識を取り戻した。

 

 頭を振って数度も瞬きをすれば、徐々に周囲の景色が鮮明になっていく。

そして周囲を見回せば、澄み切った青空の下に広がる瓦礫の山々――。

 

 ――そうだ、爆発が起きたんだった。

 

 思考も現状へと徐々に追いつき、状況を把握していく。

アロナによる防御シールドが発動したらしく、自身の怪我はない。

おそらくはそれほど長い時間気を失っていたわけでもないだろう。

 

 足元に僅かに乗っていた小さな瓦礫を蹴るようにして払い除けると、すぐさま体を起こした。

 

 

「助かったよアロナ――大将は!?」

 

「生徒さん以外の生体反応……あります! そこの瓦礫の影に!」

 

 

 示された場所へと飛びつけば、そこには目を回してぐったりと仰向けに倒れている大将の姿があった。

目立った外傷はなく、苦し気に唸っていることから致命傷にはなっていないと"私"は判断する。

外から来た自身とは違い、キヴォトスの人間の頑強さはこういった場面では羨ましいと思う――いや、爆弾の直撃など受けたくはないが。

 

 

「ふ、ふふふ……いいねぇ、こういうやんちゃ。

ホシノの嬢ちゃんと、アキの嬢ちゃんの喧嘩を思い出すぜ……!」

 

「た、大将ー!?」

 

 

 言い終えて、がっくりと力なく地面に身体を預ける。どうやら気を失っただけらしい。

 

 しかし何より自身の店を吹き飛ばされたにも関らず、それを笑い飛ばせる懐の深さ――。

さすが長年アビドスでラーメンを作り続けた大人である。

こう言った寛容さと気風の良さから、対策委員会の面々にも好かれているのだろう。

 

 

「――あたたた……アルちゃん。これ、ちょっとまずくない?」

 

 

 ふとそんな声が聞こえた方を向けば、瓦礫から這い出してくる便利屋68の面々がいた。

 

 この惨状の下手人であるハルカは、アルを見て忠犬のように目を輝かせている。

あの眩しい笑顔――おそらく褒められ待ちだ。

 

 ムツキはばつが悪そうに苦笑いを浮かべているし、カヨコはその眉間に皺を寄せていた。

そして彼女たちの首魁たる陸八魔アルは――白目を剥きながら、未だにこの現状を飲み込もうと周囲を見回している。

 

 その様子から、なにか手違いがあったのではないかと"私"は思う。

特にハルカは突発的なことをするから要注意と聞いていた。

 

 ――そして、そんな彼女らと"私"の目が合う。

 

 

「えっと……まず、何か言うことがあるんじゃないかな?」

 

「これでいいんですよねアル様!」

 

「え、えぇー……? あれ、あの……えぇー……っ?」

 

「アルちゃん、動揺しちゃうのは分かるけど一旦落ち着かない?」

 

「……ハルカ、後でお説教」

 

「ええええ!? ごごごごごごごめんなさいごめんなさい!」

 

 

 やはりそうかと、そこで"私"は納得を得た。

好き勝手やっていると思いきや、社長のアルは部下の暴走に苦労しているらしい。

 

 これはどうするべきか――"私"は頭を悩ませながら、とりあえず彼女らに歩み寄ろうとした。

会話の切り口は「怒ってないから話を聞かせてほしい」とか「大将に一緒に謝ろう」とか辺りでいくべきか――。

 

 だが次の瞬間、そんな思考を吹き飛ばすかのように背後で爆発が起きた。

 

 

「うわ――!?」

 

 

 ――それは決してガスに引火しただとか、不発弾が残っていたとかそういったものではない。

 

 火気の類が発生したそれではなく、何か強い力が瓦礫を吹き飛ばした――そんな衝撃によるものだろう。

それを理解した瞬間、"私"を含めてこの場の全員が「あっ」と短く間の抜けた声を零した。

そして巻き上がった土煙へと視線を向け、目を凝らせば――。

 

 

「――っ」

 

 

 瓦礫をひっくり返してその下から現れたのは、店内にいたもう一人の生徒――梔子アキであった。

 

 だが彼女の表情は、先ほどまで見せていた他者に対する無関心のそれではない。

大きく見開かれた目と、吊り上がってピクピクと震える片頬、そしてこめかみに奔る青筋――。

今の彼女はまさに臨界点に達した爆弾そのものだった。

憤怒を湛えた表情はまさに鬼の形相であり――間違いなく、便利屋の面々が彼女の一線を越えてしまったことを明確に示していた。

 

 

「――やったわね?」

 

 

 それは腹の底から吐き出したような、重く低い声色だった。

初めて聞く非常事態に陥った彼女のその声に、さすがの"私"も背筋に悪寒を感じずにはいられない。

 

 

「先生――ちょっと――あいつら――潰す――っ」

 

 

 途切れ途切れの言葉と共に漏れるのは震える吐息。

度を過ぎた怒りは彼女の体を震わせ、氷点下なのではと錯覚させるほどに場の空気を凍りつかせていた。

 

 そんな時、"私"はホシノの言葉を思い出す。

 

 ――ああ見えて結構短気なところがあって、やり過ぎちゃうこともあるからさぁ。

 ――上手いことコントロールしてあげてね~

 

 

「アキ、ちょっと待っ――」

 

「皆、逃げるわよ――ッ!」

 

 

 だが"私"の制止の声も、便利屋の面々の悲鳴に掻き消される。

彼女らはすぐさま全速力で駆け出し、あっという間に小さくなって見えなくなった。

 

 しかし次の瞬間、再び"私"の背後で爆発が起きる――アキだ。

彼女のその膂力は、今まで見てきた生徒たちを比べても明らかに規格外のものだった。

その爆発は恐らく、彼女が全力を以て地面を蹴り出した衝撃によるものなのだろう。

弾丸の如く飛び出した彼女は"私"の真横を一瞬で通過し、すでにその後ろ姿は遠くのものになっていたのだから――。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 鬼方カヨコは自身を慎重で堅実な性格であると常々自己評価していた。

急がば回れ、石橋は叩いて渡れ、君子危うきに近寄らず――。

そう言った判断が出来るからこそ、便利屋68での仕事は最悪な結末を迎えたこともなければ、未だに企業として継続できている。

これらの事実はいくらか怪しいところもあるが――それでも笑って明日を迎えることが出来ているのだから、自分は正しい判断を仲間に伝えられているはずだ。

 

 ――はずだったのだが。

 

 

「どうしてこうなるのよおぉぉぉッ!?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃッ!」

 

 

 ――瓦礫の破片が頭上を掠めていく。

 ――背後からの爆音が肌を震わせる。

 ――見る勇気は、ない。

 

 左右で騒ぎ立てる上司と部下の悲鳴に、カヨコは頭痛と嘆息を禁じ得なかった。

背後からはゲヘナ学園が指定する要注意人物――【砂塵の悪夢】と称される恐るべき怪物が迫ってきていたのだから。

 

 カヨコの知っている彼女――梔子アキの戦法は、圧倒的な身体能力を以て振るう暴力だと聞いていた。

そしてその一方で、()()()()()()()()()()()()()()()という馬鹿げた戦法も取ると言う。

近遠距離を得意とする以上、カヨコは背の高い建物の入り組んだ路地を逃走ルートにした。せざるを得なかった。

 

 

「■■■■■■ッ!!」

 

 

 背後からは爆炎に混じり、恐るべき怒声が響き渡る。

銃声や爆音によってそれは聞き取ることは叶わないが、どうちらにせよ怒りの感情に任せた意味のない咆哮なのだろう。

彼女は自治区を荒らす者を外敵と見なし、恐怖と暴力を以て制圧、排除する――まさに真の意味での守り神であった。

 

 カヨコは曲がり角を曲がる際、微かにだが迫りくる彼女――梔子アキの姿を見た。

もはや彼女は地上を走っておらず、路地を挟む建物の外壁を蹴るようにして、弾丸のように空中を駆けていた。

その際に荒々しく踏み抜いた外壁の破片は宙を舞い、それを彼女は時折体を回転させて器用に蹴りあげる。

それは即席の弾丸となり、自分たちに飛来してきていた――なるほど、これが先ほどから頭上を掠めていた破片の正体かとカヨコは納得と共に恐怖を覚えた。

 

 ――まさに化物だ。

 

 周囲の建物などお構いなしに巻き込み、銃弾と瓦礫の嵐が今まさに自分たちを飲み込もうとしていた。

自身の所属する自治区なのだから手心と言うか――否。

ふとそこまで考えたが、贔屓にしているラーメン屋を爆破したのだから、その逆鱗に触れてしまったのだろう。

 

 そして過疎に苛まれるアビドスの市街と言うのが、その躊躇のなさと暴力性を大きく燃え上がらせているのだ。

人がいない、建物の所有者もいない、犯罪行為を行った他自治区の生徒を捕まえるための致し方のない犠牲――。

ゲヘナ風紀委員会――それも最強の風紀委員長である空崎ヒナの如き暴力の奔流に、カヨコは決断しなければならなかった。

 

 

「社長走って! ムツキ、足止め!」

 

「りょーかいっ!」

 

 

 全力を出さなければ逃げ切れない。

カヨコはもはや採算度外視でこの場からの全力逃走に舵を切った。

 

 彼女の指示に応えるように、ムツキがスクールバッグから取り出したのは手榴弾数個。

曲がり角を曲がった直後、それら全てのピンを一気に引き抜いてそのまま背後に落とす。

さらにその爆発物の存在を悟られないように。通路から死角となる位置に添えるように。

 

 そして彼女がその角から勢い良く飛び出してくる――爆発。

 

 

「わぁい! 引っ掛かった――」

 

 

 ムツキが歓喜の声を上げる――だが、同時に爆炎を引き裂いて連続した重い銃声が響き渡る。

それはムツキの一房にまとめたサイドテールを掠め、彼女からその笑みを奪った。

そして銃弾に続き、黒煙を纏いながら憤怒に燃える怪物が飛び出す――無傷のまま。

 

 だがこの怪物の脅威はそれだけに留まらない。

こちらの面々は走る勢いを殺し切れず、壁に衝突しながらもさらに次の曲がり角を駆け抜けていった。

しかしあちらは勢いが付き過ぎている為、減速しなければコンクリートの壁に衝突するのは必至である。

 

 ――だがそれは衝突の直前、強引に壁を蹴り上げる。

 ――そして外壁を踏み砕きながら、そのままの勢いで建物の壁を這うようにして疾駆する。

 

 これにはカヨコを含め、便利屋の面々はさらにその表情を引き攣らせた。

 

 

「……マジ?」

 

「社長!」

 

「ま、任せなさい!」

 

 

 間髪入れずに迎撃を継続する。

カヨコに呼応したアルは、上方から壁を駆けて迫る怪物へと狙撃銃を向けた。

片手でも命中させられるわ――と、普段から口癖のように笑って言う彼女だが、酔狂ではなく事実なのだから性質が悪いとカヨコは常々思っていた。

しかしその一撃から与えるダメージはかなりのものであり、特殊な弾薬を併用していることもあってか文字通りその爆発力は凄まじい。

カヨコも便利屋のメイン火力として、彼女のその狙撃の腕を評価していた。

 

 そしてアルの放った渾身の一射は、間違いなく怪物の額へと吸い込まれるようにして直進していく。

 

 

「よし――」

 

 

 ――が、ここで彼女たちはもう一度血の気を引く光景を目の当たりにした。

間違いなく必中。それは射手である陸八魔アルが、最もその手応えを感じていることだろう。

 

 そしてアルの命中宣言と共に弾丸はその額に命中し――しかし弾かれる。

さらにそこに付け加えて、怯むことなく怪物はこちらへと対物ライフルを向けてきた。

そこで彼女たちの恐怖心と絶望は最高潮に達することになる。

 

 ――あっ無理。勝てる相手じゃない。

 

 

「うわあぁぁぁ!? こいつヒナと同じくらい硬いわよ!?」

 

「あはは……っ。と言うか対物ライフル走りながら撃って来るとかやっばーい……っ!

 ほら見て! アルちゃんみたいに片手撃ちしてるよ!」

 

「ヒイイィィィィィィッ!?」

 

 

 乱射される大口径の弾丸、あるいは瓦礫の雨を掻い潜りながら、彼女らは路地の角をひたすらに曲がり続ける。

そうしなければあっと今に蜂の巣だ。

こちらはまさに阿鼻叫喚で、もはやそのリソースの全ては逃亡に割かれている。

 

 普段から冷静に現場を俯瞰しようとするカヨコも、さすがにこの状況には焦燥感を抱かずにはいられなかった。

彼の冷徹無慈悲の暴虐――ゲヘナ風紀委員長空崎ヒナを想起させる暴力の嵐。いや、"砂塵"。

瓦礫を巻き上げ、周囲の景色を文字通り削り取っていく。まさしく悪夢だ。

 

 カヨコはリュックのサイドポケットから発煙弾を取り出すと、間髪入れずにそのピンを引き抜いて前方に投げる。

それが僅かな足止めになってくれることを信じて。

 

 

「くっ……スモーク撒くよ! ムツキ、対戦車地雷も出して! ハルカ、C4は!?」

 

「こ、この大通りに設置して……ああああぁぁぁぁ!? 皆さん前、前ぇっ!?」

 

 

 だがハルカがそう叫んだ瞬間――視界に閃光が広がった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「――ターゲット、沈黙しました」

 

 

 観測手からの報告を受け、銀鏡イオリは静かにその報告に頷いた。

 

 ゲヘナ風紀委員会――ゲヘナ学園の風紀を守る彼女らは、とある命令を受けてアビドス自治区に訪れていた。

その戦力の規模は一個中隊にも及ぶことから、どれほどの作戦かと最初はイオリも驚いたものだった。

そして作戦内容を聞けば、ゲヘナ自治区外で暴れる便利屋68の捕縛だと聞いて首を傾げる――便利屋を相手にするにしては多すぎやしないかと。

 

 しかし上官である天羽アコは特にそれ以上は言及せず、イオリも下手に聞いては機嫌を損ねるだろうと、それを口にすることはなかった。

 

 

「よし。歩兵、第ニ小隊まで突入」

 

「……イオリ、本当に撃ってしまって良かったのですか?」

 

 

 指示通りに動く風紀委員の隊列を眺めるその傍らで、火宮チナツがどこか落ち着きのない様子でイオリにそう問いかける。

他自治区での戦闘活動を行使したこと――これは明らかな他自治区への侵略行為だった。

いくら不良生徒を捕まえる為とは言え、許可もなく他自治区での攻撃行為は政治的な問題に発展する。

 

 しかしイオリはフン、と小さく鼻をならして黒煙の広がる先を見た。

それは彼女の欠点と言えるかもしれない。

目先のことしか見えておらず、先のことがどうなるかは考えていない――。

 

 猪突猛進という言葉ほど彼女に似合う言葉はない――チナツは内心溜息をついた。

 

 

「そんなのは些細な問題だろ。公務の執行を妨害する輩は全員敵だ」

 

「……しかしこちらの事情を説明するのが先かと。先にアビドス側に話を通しておくべきだったのでは……」

 

「説明? 必要か、それ?」

 

 

 チナツの提言を、イオリは考え過ぎだと一言で切り捨てた。

彼女の意思とは裏腹に、イオリは部隊を展開させていく。

 

 しかしチナツの胸中は居心地の悪い不安に満ちていた。

こんなことがゲヘナ学園の生徒会である【万魔殿】にでも知られたのなら――考えたくもない。

 

 胃が痛くなるのは必至だが、何よりも自身らの上司である風紀委員長からの叱責、

そして彼女に掛かる負担を考えると、罪悪感とストレスでさらに心臓と胃が締め付けられる思いをせざるを得ない。

このまま帰りたい衝動が思考の片隅に生じるが、しかしだからといって職務放棄できないのが現実で。

 

 

「……どうなっても知りませんよ」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

 

 精一杯の小言を呟き、チナツは前方へと視線を移した。

砲撃地点には黒煙が舞い上がり、視界は制限されている。

しかし観測手からの報告からするに、間違いなくダメージは入っているだろう。

そうであれば、早く便利屋を捕えて撤退するのがベストではあるのだが――。

 

 

「……報告です。砲撃地点に誰かが立っています」

 

 

 観測手からの報告に、チナツは堪らず声を詰まらせた。

同時に心の片隅に生じていた不安が波打ち、居心地の悪さに拍車を掛ける。

 

 ――まさかあの一撃を受けて立っていられるのか?

 

 しかしそんな時、一陣の風が吹いた。

それは砂漠特有の乾いた風。

砲撃地点を覆っていた黒煙をゆっくりと押し流し、確認すべき捕縛対象の姿を露わにしてくれる。

 

 ――そのはずだった。

 

 

「――え?」

 

 

 煙の晴れた先。

 

 そこに立っていたのは、憤怒に歪んだ表情でこちらを睨む見覚えのある生徒だった。

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