追記︰終わり方が余りにも安易でワンパターン過ぎたので大幅に変えました。すみません。
魔法少女の真実、希望を願った果てに待つのが、魔女という絶望の姿だなんて。
その事実を突きつけられたあの日から、私の時間は止まってしまった。
どれくらいの日が経ったのだろう。
カーテンを閉め切った薄暗い部屋で、私はただベッドに横たわり、虚空を見つめていた。
魔法少女の真実を知ってしまったあの日から、私の中の何かが決定的に壊れてしまった。
希望を願った少女の魂が、やがて呪いを振りまく魔女になるなんて。
そんな絶望的な運命を前に、かつて抱いていた誇りも使命感も、砂の城のように崩れ去った。
そんな私の部屋に、――さんが通ってくるようになった。
彼はクラスメイトで、特別親しいわけでもなかったはずなのに。
私が学校へ行かなくなり、誰とも連絡を取らなくなってからも、彼は毎日、律儀に私の部屋を訪れた。
最初はドアを開けることすらしなかった。インターホンが鳴っても、ただ息を潜めていた。
けれど彼は諦めず、ドアノブに手作りの料理が入った袋をかけて帰っていく。
その温かい食事が、冷え切った私の心にわずかな熱を灯すようで、それがたまらなく苦しかった。
ある日、いつものように彼が食事を届けに来てくれた時、私は無意識にドアを開けていた。
彼は驚いた顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻って、お弁当を差し出してくれた。
部屋に入った彼は、私が食べ終わるのを静かに待っていた。
沈黙が重くのしかかる。
私は、彼の顔をまともに見ることができなかった。
なぜ、彼はこんな私に構うのだろう。
彼は魔法少女の末路を知っている、私を化け物のように恐れるか、あるいは憐れむか、そのどちらかだと思っていたのに。
彼の淹れてくれた温かい紅茶の湯気が、虚ろな私の視界をわずかに揺らす。
カップを持つ指先が微かに震えていることに気づかれないように、ぎゅっと握りしめた。
「……どうして……?」
自分でも驚くほど掠れた声が出た。
――さんは、静かにこちらを見つめている。その視線が何を意味するのか、私には分からなかった。
「どうして……あなたは……」
言葉が途切れ途切れになる。
「こんな……もう何もできない、ただ魔女になるのを待つだけの私に……そんなに、優しくするの……?」
言い終えると同時に、ずっと堪えていた何かが決壊しそうで、俯いて唇を噛み締めた。
彼に同情されたいわけじゃない。でも、この疑問をぶつけずにはいられなかった。
彼の優しさは、暗闇の中に差し込む一筋の光のようでもあり、同時に、私の惨めさを際立たせる残酷な鏡のようでもあった。
――さんは、しばらく何も言わなかった。部屋には、時計の秒針の音だけが響いていた。やがて、彼はゆっくりと口を開いた。その声は、どこまでも真摯で、揺るぎなかった。
マミさんのことが、好きだから
その言葉は、まるで時が止まったかのように、私の耳に、心に、深く深く染み込んできた。
好き……? 彼が、私を……? 魔法少女でもなく、ただの巴マミとして見てくれているということ……?
信じられなかった。魔法少女としての私ではなく、絶望に打ちひしがれ、引きこもっている今の私を、彼は……。
気づけば、私の瞳からは大粒の涙が溢れ落ちていた。止めることができなかった。
嗚咽が漏れ、肩が震える。
こんな姿、彼に見せたくないのに。でも、彼の言葉は、固く閉ざされていた私の心の扉を、いとも容易くこじ開けてしまった。
彼が心配そうに私の名前を呼ぶ。私は、ほとんど無意識に、震える手を彼に向かって伸ばしていた。まるで溺れる者が藁にもすがるように。
「帰ら……ないで……」
みっともなくしゃくりあげながら、私は懇願した。
「お願い……一緒に……一緒にいてほしいの……一人にしないで……!」
彼の温かい手が、私の手を力強く握り返してくれた。その感触に、私はさらに強く泣きじゃくった。
もう、彼なしでは生きていけないかもしれない。この温もりを失ったら、私は本当に壊れてしまう。
彼は何も言わず、ただ黙って私のそばにいてくれた。その存在だけが、暗く冷たい絶望の淵から、私を辛うじて繋ぎ止めてくれているように感じた。
この瞬間から、――という存在は、私の弱く脆い心の、唯一の支えになったのだ。
彼がそばにいてくれるだけで、あれほど恐ろしかった魔女化の恐怖が少し和らぐのを感じた。
彼の前では、かろうじて平静を保てた。閉ざしていたカーテンを開け、久しぶりに太陽の光を浴びた。
彼が付き添ってくれるならと、休んでいた学校にも再び通えるようになった。
けれど、戦うことはもうできなかった。
魔女の気配を感じるだけで、あの日の絶望が蘇り、体が氷のように強張ってしまう。
ソウルジェムは急速に穢れを増し、私はただ怯えることしかできなかった。
そんな私を、――さんは決して責めなかった。
マミさんには、もう戦わせたくないんです
彼が佐倉さんや暁美さんに頭を下げて、グリーフシードを分けてもらってくれていることを知った時、申し訳なさと、彼の深い愛情に胸が締め付けられた。
私は、彼の優しさにただ甘えるだけの、弱い存在になってしまった。
街にワルプルギスの夜が近づいていると知った時、心の奥底で、かつての魔法少女としての自分が囁いた。
「私が……戦わないと……」
でも、声は震え、足はすくんで動かなかった。
そんな私を、――さんは強く抱きしめてくれた。
マミさん、一緒に逃げよう。誰も僕たちを知らない、遠い街へ。
彼の温もりに包まれながら、私は涙を流した。戦うべきだという正義感と、彼と一緒にいたいという願い。
その二つが激しくぶつかり合い、そして私は……彼を選んだ。「うん……」頷くのが精一杯だった。
彼がいれば、どこへでも行けると思った。
逃げた先の街での暮らしは、まるで夢のようだった。二人だけの小さなアパート。彼が作ってくれる温かい食事。隣で眠る彼の寝顔。
束の間、魔法少女であることの苦しみを忘れられた。
ただの巴マミとして、彼の隣で笑っていられる時間が、こんなにも愛おしいなんて。
でも、現実はどこまでも残酷だった。私が戦えない以上、グリーフシードを手に入れる術はない。
――さんが必死に他の魔法少女に頭を下げて回ってくれたり、危険を冒して、魔女のテリトリーに忍び込こんでいるのは知っていたけど、それでも穢れは確実に私のソウルジェムを蝕んでいった。
時折、言いようのない不安に襲われる。ソウルジェムが黒く染まりきった時、私はどうなってしまうのだろう。
貴方を傷つけてしまうのだろうか。その恐怖に体が震え、眠れない夜もあった。
そんな私を、――さんはただ黙って抱きしめてくれる。
自分がずっとそばにいる、彼の言葉は、魔法のように私の心を落ち着かせてくれた。
終わりが近づいていることは、痛いほど分かっていた。ソウルジェムの輝きは日ごとに弱々しくなり、時折、鏡に映る自分の顔が、どこか人間ではないもののように見えることさえあった。
それでも、私は彼の手を離したくなかった。彼もまた、私を失うことを恐れているのが痛いほど伝わってきた。私たちは、互いに依存し合い、寄り添うことでしか、この残酷な運命に抗えなかった。
「――さん……」
ある晩、彼の腕の中で微睡みながら、私は呟いた。
「もし……もし私が魔女になったら……その時は……」
言いかけた言葉を、彼が優しいキスで遮った。
そんなこと、言わないで欲しい。
自分はマミさんのそばにいる。何があっても。
彼の瞳は真剣で、そこには一点の曇りもなかった。
私たちは、限りあるこの幸せを、最後の瞬間まで味わい尽くそうと決めた。
明日がどうなるかなんて分からない。
でも、今、この瞬間、彼が隣にいてくれる。それだけで、私は満たされていた。
ソウルジェムが完全に濁りきるその日まで、私たちはきっとこうして、互いの温もりを確かめ合いながら生きていくのだろう。
それは、歪で、刹那的で、そしてどうしようもなく愛おしい、二人だけの時間。
終わりゆく世界の中で、私たちは互いを求め合い、限りある幸せを、ただひたすらに享受し続ける。