まどマギキャラクターと貴方   作:shinshinta

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ワルプルギスの夜を過ぎ、仲間も魔法少女としての才能も無くなったまどかと貴方のお話


全てをなくした私(鹿目まどか)

 

降り注ぐ絶望の雨が止み、ワルプルギスの夜が過ぎ去った空は、皮肉なほど青く澄み渡っていた。

 

 

けれど、その青空とは裏腹に、私の心はずっと土砂降りのまま。

 

 

あの日、4人の魔法少女の犠牲によって、世界は救われた。

けれど、その代償はあまりにも大きすぎた。

 

 

 

 

 

杏子ちゃん、マミさん、さやかちゃん、そして……ほむらちゃん。

 

 

 

みんな、いなくなってしまった。

 

 

 

ワルプルギスの夜が討伐された後、彼女たちは「行方不明」として処理された。

 

誰も、彼女たちが命を懸けて戦ったなんて知らない。魔法少女のことも、キュゥべえのことも。

 

 

 

私も、魔法少女になるはずだった。ほむらちゃんが何度も時間を繰り返して、私に集約された強大な因果。

 

 

 

 

それがあれば、きっとみんなを救えたかもしれない。

 

 

 

 

でも、ワルプルギスの夜との戦いでほむらちゃんが命を落としたことで、その因果は霧散してしまったらしい。

 

 

キュゥべえの姿も見えなくなり、私には魔法少女になる資格も、才能も、もう何も残っていなかった。

 

 

救えなかった。守れなかった。その事実だけが、鉛のように重く私にのしかかる。

 

 

 

 

絶望は、じわじわと私の心を蝕んでいった。何度も死のうと思った。屋上のフェンスに手をかけたことも一度や二度じゃない。でも、その度に、あの時のほむらちゃんの言葉が蘇る。

 

 

『あなたは必ず生き延びて、普通の人として、幸せな人生を歩んで……約束よ』

 

 

ワルプルギスの夜が来る前日、私を抱き締めながら言ったほむらちゃんの最後の願い。

 

その言葉が鎖のように私を現実に繋ぎ止める。

 

死ぬことへの恐怖もあったけれど、それ以上に、ほむらちゃんとの約束を破ることはできなかった。

 

 

 

だから私は、生きることを選んだ。

 

 

 

でも、それはまるで空っぽの器がただ呼吸をしているだけのような日々。

 

お父さんや、お母さん、タツヤ、クラスのみんな。心配をかけたくなくて、迷惑をかけたくなくて、私は必死に「大丈夫な私」を演じた。

 

以前と変わらない、少しおっとりしていて、でも明るい鹿目まどかを。

 

 

 

 

けれど、心の中はぐちゃぐちゃだった。表の私と裏の私は、まるで別の人間。その歪みは、私の味覚さえも狂わせてしまった。何を食べても、味がよく分からない。ただ、お腹を満たすための作業のようだった。

 

 

 

***

 

 

 

鹿目さん、おはよう

 

 

声をかけてきたのは、同じクラスのあなただった。

 

あなたは、前から私のことを見てくれていた気がする。

優しい眼差しで、時々、何か言いたげな顔をしていた。

 

 

 

「――くん、おはよっ」

 

 

 

私はいつものように、にっこりと笑顔を作って挨拶を返す。

 

完璧なはず。誰も気づかないはず。

私の心の奥底に渦巻く、暗くて冷たい感情なんて。

 

 

 

でも、あなたは違った。

 

 

あなたは頻繁に私の事を気遣い、大丈夫?と声をかけてきた。

 

 

 

「うん、大丈夫だよ! ちょっと寝不足なだけ」

 

 

 

そんなやり取りが、何度か続いた。

あなたは、他のクラスメイトとは少し違った。

 

 

私の言葉の裏にある何かを、感じ取ろうとしているみたいだった。

 

 

ある日のお昼休み、あなたは私を誘ってくれた。

 

 

「え、私?……うん、いいよ!」

 

 

断る理由もなかったし、誰かと一緒に食べるのは久しぶりだったから、少しだけ嬉しい気持ちになった――ように、演じた。

 

 

屋上で二人きりでお弁当を広げる。あなたのお弁当は彩り豊かで、とても美味しそうだった。

 

 

 

あなたは自信作と言っておかずを差し出してくれた。

 

一見すると普通の、鶏肉の唐揚げだった。

 

 

 

「ありがとう、いただくね」

 

私はそれを一つ、口に運んだ。

 

 

 

(……あれ?)

 

 

 

口に入れた瞬間、少しだけ舌に刺激があった。最近の食事では何も味がしなかったから、違和感を感じる。

 

 

でも、私は。

 

 

「……うん、美味しい! 味が濃くて、ご飯が進むね」

 

 

笑顔でそう答えた。味なんて、よく分からなかったから。

 

ただ、あなたが美味しいと言うなら、きっと美味しいのだろうと思っただけ。

 

 

あなたの顔が、一瞬、驚きで見開かれた。

でも、すぐにいつもの優しい表情に戻る。

 

あなたはそれなら良かったと笑顔で言った。

 

 

あなたはきっと確信したのだろう。私が、完全におかしくなっているということを。

 

でも、あなたは何も言わなかった。ただ、少しだけ寂しそうな顔をして、黙々とお弁当の続きを食べていた。

 

 

 

 

それが、私とあなたの奇妙な日々の始まりだった。

 

 

 

***

 

 

 

あの日から、あなたはより積極的に私に関わるようになった。朝は家の近くで待っていてくれて一緒に登校し、お昼も当たり前のように一緒に食べる。放課後も、一緒に帰るのが日課になった。

 

 

 

最初の頃は、表面上はいつも通りにこやかに接しながらも、心の中では何も感じていなかった。

 

ただ、あなたがそうしたいのなら、それでいいか、と。

 

 

 

どうでもよかった。

 

 

私の心は、みんながいなくなってしまったあの日から、ずっと止まったままだったから。

 

 

 

でも、毎日毎日、飽きもせずに私の傍にいるあなたに、少しずつ疑問が湧いてきた。

 

 

どうして、こんな私に構うんだろう。

 

 

私は、あなたに何もしてあげられないのに。

 

 

 

止まっていたはずの心が、ほんの少しだけ、ぴくりと動いた気がした。

 

 

 

ある日の帰り道。夕焼けが空を茜色に染めていた。

 

 

「ねえ」

 

 

私は、ずっと疑問に思っていたことを口にした。

 

 

「どうして、そんなに私に良くしてくれるの?」

 

 

 

あなたは少し驚いたように足を止め、それから、困ったように笑った。

 

 

しばらく言葉を探しているようだったけど、やがて意を決したように、私をまっすぐに見つめて言った。

 

 

 

鹿目さんが、どこか遠くに行ってしまいそうで、不安だから。

 

 

 

その言葉は、私の心に鋭く突き刺さった。

 

完璧に取り繕えていると思っていた。

 

誰にも、私の心の闇なんて気づかれていないと。

 

それなのに、あなたは。

 

 

 

「そ、そんなことないよ! 私は元気だよ?」

 

 

 

思わず、動揺を隠せずに早口で否定する。でも、声が少し震えてしまった。

 

私のそんな取り繕いを見透かすように、あなたは真剣な目で私の肩を掴んだ。その手は、少しだけ震えていた。

 

 

 

あなたは、私の日々の表情、学校生活での日々の違和感を次々と挙げる。

 

最後には昼食での出来事の真相を話した。あの時の唐揚げは辛く作ってあって、とてもじゃないけど普通に美味しいなんて言える代物では無かったみたい。

 

 

 

次々と指摘される、私の隠していたはずの異常。

 

 

 

きっと……今も、すごく辛い思いをしてる

 

 

 

あなたの優しい声が、私の心の最後の砦を、いとも簡単に打ち砕いた。

 

 

「ちが……そんなこと……」

 

 

否定しようとしても、言葉にならない。視界が滲んで、足元がぐらつく。

 

 

「う……あ……」

 

 

堪えきれなくなった涙が、堰を切ったように溢れ出した。嗚咽が止まらない。

 

 

 

「ごめ……なさ……私……私……」

 

 

 

私はその場に蹲り、子供のように泣きじゃくった。あなたが隣にいてくれる安心感と、全てを見抜かれてしまった羞恥心と、そして、ようやく誰かに本心を吐き出せるという安堵感で、感情がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。

 

 

 

 

「みんな……みんな、いなくなっちゃったの……! 私が、私が何もできなかったから……! マミさんも、さやかちゃんも、杏子ちゃんも、ほむらちゃんも……! 私が、魔法少女になっていれば……!」

 

 

 

 

ずっと胸の奥に押し込めていた言葉が、次から次へと溢れ出す。後悔、罪悪感、絶望、悲しみ。

 

 

あなたは何も言わず、ただ黙って私の背中をさすってくれた。その温かさが、凍り付いていた私の心を少しずつ溶かしていくようだった。

 

 

どれくらい泣き続けたのだろう。ようやく涙が枯れた頃には、空はすっかり暗くなっていた。

 

 

 

全てを吐き出した後の私は、不思議と少しだけ気持ちが晴れていた。心の奥底に溜まっていた澱が、少しだけ洗い流されたような、そんな感覚だった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

その日から、私の日常に小さな変化が訪れた。

帰り道、私はあなたに、ぽつりぽつりと亡くなったみんなの話をするようになった。

 

 

マミさんの優雅なお茶会のこと。

杏子ちゃんのぶっきらぼうだけど優しい一面のこと。

さやかちゃんの一途な正義感のこと。

 

そして、何度も私を救おうとしてくれた、ほむらちゃんのこと。

 

 

あなたは、いつも黙って私の話を聞いてくれた。

 

相槌を打ったり、時折優しい言葉をかけてくれたりもしたけど、基本的にはただ静かに、私の言葉に耳を傾けてくれた。

 

 

 

それが、私には何よりもありがたかった。

 

 

 

誰かに話すことで、少しずつ、心の整理がついていくのを感じた。彼女たちはもういない。死んでしまったんだ。

 

その事実を、冷静に、そして静かに受け止めることができるようになっていった。

 

 

 

季節が何度か巡り、私の心も、少しずつ元の色を取り戻し始めていた。

 

まだ、ふとした瞬間に悲しみがこみ上げてくることはあったけれど、以前のような絶望に飲み込まれることはなくなっていた。

 

味覚も、いつの間にか戻っていた。あなたと一緒に食べるお昼ご飯が、本当に美味しいと感じられるようになっていた。

 

 

 

 

ある晴れた日の放課後、いつものようにあなたと二人で並んで歩く帰り道。夕日が私たちの影を長く伸ばしていた。

 

ふと、ずっと心のどこかで不思議に思っていたことを、私は口にした。

 

 

 

「ねえ……」

 

 

 

あなたが、優しい眼差しで私を見る。

 

 

 

「あの時……私が、その、ちょっとおかしかった時……よく気づいてくれたよね。自分では、完璧に隠せてるつもりだったんだけどなー、なんて、えへへ……」

 

 

少し照れくさくて、言葉の最後は曖昧になってしまう。

 

 

あなたは一瞬驚いたように目を見開いたけれど、すぐにふっと表情を和らげた。そして、少しだけ照れたように、でもどこか真剣な光を瞳に宿して、ぽつりと言ったのだ。

 

 

それは、いつも鹿目さんのことを見ていたからだよと。

 

 

「え……? いつも……見ていた……?」

 

 

その言葉が、胸の奥で小さな、でも確かな波紋を広げていく。あなたの真剣な眼差しが、なんだかいつもと違うように感じられて、心臓がトクン、と少しだけ速く鳴ったのを自覚した。

 

 

「それって……どういう……こと……?」

 

 

言葉の意味を探るように、あなたの顔を見つめ返す。だんだんと、自分の頬にじんわりと熱が集まってくるのが分かった。

 

あなたの視線が、なんだかとても……温かくて、そして少しだけ気恥ずかしい。

 

 

「あ……そ、そっか……そう、なんだ……」

 

 

ようやくその言葉の本当の意味に思い至り、顔がカッと熱くなるのを感じた。

 

たまらなくなって、思わず俯いて自分の揺れるスカートの裾を見つめてしまう。指先まで、なんだかジンジンするみたいだった。

 

 

 

嬉しい。素直に、そう思った。

 

 

 

でも、その嬉しさと同じくらいの勢いで、胸の奥から黒い靄のようなものが湧き上がってくる。

 

 

「でも……私……いいのかな……」

 

 

ぽつりと呟いた声は、夕暮れの喧騒に消えてしまいそうなほど小さかった。

 

 

だって、私は……。

 

 

「私……結局、何もできなかったんだよ……? マミさんも、さやかちゃんも、杏子ちゃんも……ううん、ほむらちゃんだって……みんな、私を助けようとして、守ろうとして……それで、いなくなっちゃったのに……」

 

 

声が震え、堪えきれずに涙が滲む。

 

みんなの顔が、笑顔が、次から次へと思い浮かんで、胸を締め付ける。

 

 

マミさんの、あの優しい笑顔。

 

さやかちゃんの、まっすぐな瞳。

 

杏子ちゃんの、ぶっきらぼうだけど温かい言葉。

 

そして、ほむらちゃんの、私を見つめてくれたあの強い眼差し。

 

 

 

「私だけが……こんな風に……誰かに、こんなに優しくしてもらって……また、幸せになろうだなんて……そんなの、許されるはず、ないよ……。みんなに、申し訳ないよ……」

 

 

 

あなたは私を優しく抱き締めた。

私はほむらちゃんに抱擁された時を思い出す。

 

何度も何度も時間を繰り返して、傷つき、ボロボロになりながらも、たった一人で戦い続けて、そして最後に、私に未来を託そうとしてくれたほむらちゃん。

 

 

『あなたは必ず生き延びて、普通の人として、幸せな人生を歩んで……約束よ』

 

 

彼女の、最後のお願い。

 

 

「……ほむらちゃん……」

 

 

目を開けると、一筋の涙が頬を伝っていた。

でも、それはもう、ただ悲しいだけの涙じゃない。

 

温かくて、そして少しだけしょっぱい、不思議な涙だった。

胸の奥から、じんわりと何かが湧き上がってくるのを感じた。

 

 

「……うん……そうだよね。ほむらちゃんは、そう願ってくれたんだよね。私が……私が笑って、毎日を大切に生きていくことを、誰よりも……」

 

 

あなたの胸元から離れ、俯いていた顔をゆっくりと上げる。

 

すぐそこに、心配そうに私を見つめるあなたの優しい顔があった。

 

その眼差しに、私はもう一度、勇気をもらった気がした。

 

 

 

私は、もう一度あなたの目をまっすぐに見た。今度は、逃げないで、ちゃんと伝えなくちゃ。

 

 

「……ありがとう。あなたが……あなたがずっとそばにいてくれたから、私はここまでこれたの」

 

 

声はまだ少し震えていたけれど、言葉ははっきりと紡がれた。

 

 

「毎日、私のまとまらない話を聞いてくれて……私が悩んでる時も、何も言わずに隣にいてくれて……本当に、ありがとう。あなたがいてくれなかったら、私、きっと今もずっと、暗いところにいたままだったと思う」

 

 

深呼吸を一つする。心臓の音が、さっきよりももっと大きく、ドキドキと高鳴っているのが分かる。でも、もう迷わない。

 

 

 

「あのね……私も……あなたのことが……」

 

 

 

言葉が喉の奥につかえて、なかなか素直に出てきてくれない。恥ずかしくて、顔が燃えるように熱い。でも、今、この気持ちを伝えないと、きっと後悔する。

 

 

 

「……あなたのことが、好き……です……」

 

 

 

 

言い終えると、全身の力がふっと抜けるような感覚と、同時に、胸いっぱいに広がる温かい、くすぐったいような気持ち。

 

恥ずかしくて、でも、それ以上に嬉しくて、涙がまたぽろぽろと溢れてきてしまった。今度の涙は、きっと甘い味がする。

 

 

 

 

「こんな……こんな私だけど……これからも、あなたの隣に……いて、いい、かな……?」

 

 

 

 

夕焼け空が、世界を優しいオレンジ色に染め上げていた。あなたの顔は、夕日のせいか、それとも……私の言葉のせいか、少しだけ赤く見えた。

 

 

 

そして、今まで見た中で一番優しい顔で、あなたはゆっくりと頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

失ったものはあまりにも大きくて、その悲しみが完全に消えることはないかもしれない。

 

 

 

でも、あなたは私に、もう一度前を向いて歩き出す勇気をくれた。

 

 

 

微笑むあなたの手を、私はそっと握りしめた。

 

 

 

この温もりがあれば、きっと大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

私は、幸せになってもいいんだ。

 

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