まどマギキャラクターと貴方   作:shinshinta

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魔法少女として戦う杏子と、ただゲームセンターで働く一般人の貴方とのお話です


境界線の向こう側(佐倉杏子)

薄暗いゲームセンターの隅。それが、あたしの数少ない安息所だった。けたたましい電子音と、点滅する光。そんな騒がしさの中に身を置いていると、ほんの少しだけ、あの忌々しい現実を忘れられる気がしたからだ。

 

いつものようにダンスゲームを踊りきり、画面の中のいまいちなスコアに苛立ちを覚えていると、そいつは現れた。ここの店員らしい、どこか間の抜けた顔をした奴。最初はもちろん、警戒した。魔法少女だってバレたら面倒だし、何より、馴れ馴れしい奴は好かねえ。

 

 

「なんだよ、なんか用か?見ての通り、今忙しいんだけど」

 

 

わざとぶっきらぼうに言ってやったのに、そいつは怯むでもなく、馴れ馴れしく声をかけてきては、ジュースだの、安っぽい菓子だのを押し付けてきた。

 

 

「……は?あたしに?……いらねえよ、んなもん。気安くするんじゃねえ」

 

 

何度そう言っても、そいつは気にした風もなく、次の日にはまた同じように何かを差し出してきた。

 

そのうちあたしがポッキーを好んで齧っていることに気づいたのか、レパートリーにそれが加わった。馬鹿の一つ覚えみたいに。

 

 

「……ったく、お前も物好きだな。こんなガラの悪いやつに、毎日毎日……」

 

 

でも、不思議と嫌な気はしなかった。そいつの目は、あたしを「可哀想な女の子」として見ていなかったからだ。

ただの、口の悪い、態度のデカい常連のガキ。そんな扱いが、妙に心地よかった。

 

 

他の奴らみたいに、変に勘繰ったり、憐れんだりする視線がない。それが、どれだけ救いになるか、こいつは知らないだろう。

 

 

戦いでささくれだった神経を抱えて、ここに逃げ込んでくる日もあった。ソウルジェムの鈍い輝きをジャケットのポケットに隠し、誰にも気づかれないように息を潜める。そんな時も、そいつは何も聞かずに、そっとカウンターに冷たい飲み物を置いていく。あたしの好きな、少し甘ったるい炭酸のやつ。

 

ああ、こいつは、あたしのことなんて何も知らない。知らないから、こんな風に無邪気でいられるんだ。あたしが毎晩、どんな化け物と命懸けの殺し合いをしているかなんて、想像もつかないだろう。それでいい。知る必要なんてない。

 

 

***

 

 

そう思っていたのに。

 

 

「ちっ…! しぶとい魔女だな、おい!」

 

 

あの夜は、油断していた。いつものように魔女を追い詰めて、結界の切れ目に追い込んだ時だった。背後に、人の気配。振り返ると、そこには、目を丸くして立ち尽くすそいつがいた。

 

見られた。あたしの、この姿を。血に濡れた槍を握り、返り血を浴びた、化け物じみた姿を。

 

 

最悪だ。

 

 

そいつの顔が、恐怖と混乱に歪んでいくのが見えた。当然だ。

こんなもの、普通の人間が見ていい光景じゃない。

 

あたしは舌打ちをして、すぐにその場から姿を消した。もう二度と、あいつの前に顔を出すつもりはなかった。

 

 

それ以来、ゲームセンターには行かなかった。

雑居ビルの一室で、ただ息を潜めていた。

 

 

あいつは、どうしてるだろうか。きっと、あたしのことなんか忘れて、気味悪がってるに違いない。それが一番だ。そうじゃなきゃ、困る。

 

でも、数日後。隠れ家のボロいドアの隙間に、見慣れたコンビニの袋が挟まっていた。中には、ポッキーとジュース。そして、下手くそな字で「大丈夫?」とだけ書かれたメモ。

 

 

「……はあ!?馬鹿じゃねえのか、あいつは!?なんであたしの居場所が……いや、それより、何考えてんだ……!?」

 

 

あたしは袋を握り潰しそうになるのを堪え、部屋に投げ込んだ。関わるな、と言っているのに。お前みたいな一般人が、こっちの世界に首を突っ込むな。

 

時々、雑居ビルの入り口あたりをうろついているのを見かけるようになった。直接声をかけてくる事もだ。あたしが無視してもしつこく声をかけてきやがる。

 

 

「……ストーカーかよ、あいつ。……クソっ」

 

 

……あたしは、お前が思っているような、ただの不良少女じゃねえんだぞ。もっと汚くて、どうしようもない、救いようのない存在なんだ。

 

 

***

 

 

あたしのソウルジェムは、確実に黒く濁っていった。他の魔法少女とのいざこざ、終わらない戦い、そして、キュゥべえのあの胡散臭い囁き。

 

もう、どうだっていいか、そんな諦めにも似た感情が、心を支配し始めていた。

 

 

 

そして、その夜は来た。

 

 

 

「ぐっ……!こいつ……!」

 

 

路地裏で、今まで遭遇した中でも格段に強力な魔女と対峙していた。消耗しきって、もう槍を握る指先も痺れている。ソウルジェムが、チカチカと、まるで命の灯火が消えかけるように、どす黒く点滅している。

 

 

ああ、これが、あたしの最期か。

まあ、こんなもんだろ、あたしの人生なんて。

 

 

自嘲気味な笑みが唇に浮かんだ、その時だった。

 

 

「……っ……お前……」

 

 

聞き慣れた、でも今は聞きたくなかった足音が、背後から近づいてきた。振り返る気力もない。だが、視界の端に、見慣れた姿が飛び込んできた。息を切らし、肩で息をしながら、そいつは、あたしの前に立ちはだかるようにして、魔女を睨みつけていた。

 

 

……何やってんだ、逃げろよ、馬鹿。

 

 

声が出なかった。ただ、そいつの震える背中を見ていることしかできない。そいつは、武器も持たない、ただの人間だ。魔女の一撃を受ければ、簡単に吹き飛んでしまうだろう。

 

なのに、そいつは逃げなかった。ゆっくりと振り返り、あたしを見た。その目には、恐怖の色はあったけれど、でも、それ以上に何か、あたしがずっと前に捨てちまったような、真っ直ぐな光が宿っていた。

 

 

そして、何も言わずに、そっと、あたしに手を差し伸べてきた。

 

その手は、震えていた。でも、温かそうに見えた。

 

 

あたしは、その手を、ただ見つめていた。差し伸べられた手が、濁りきろうとしていたあたしの魂に、何かを問いかけているようだった。

 

 

「……アンタ、なんで……」

 

 

掠れた声が、やっと出た。そいつは、やっぱり何も言わない。ただ、真っ直ぐにあたしを見つめ、その手を差し伸べ続けている。

 

気づけば、あたしは、その手に自分の手を重ねていた。冷え切っていたはずの指先に、確かな温もりが伝わってくる。その瞬間、どす黒く濁っていたソウルジェムの輝きが、ほんの少しだけ、和らいだような気がした。

 

魔女は、あたしたちのそんなやり取りを嘲笑うかのように、再び攻撃を仕掛けてこようとしていた。だが、もう、どうでもいいとは思わなかった。

 

 

「…チッ、世話のやける奴だな、お前は」

 

 

毒づきながらも、あたしは差し伸べられた手を強く握り返し、力を振り絞って立ち上がった。まだだ。まだ、あたしは、終われない。この馬鹿みたいにお人好しな奴が、あたしの隣にいる限りは。

 

 

この先、どうなるかなんて、知ったこっちゃない。

 

 

あたしは魔法少女で、こいつはただの一般人。その境界線が、やすやすと消えることなんてあり得ねえだろう。いつか、こいつをこのクソみてえな地獄に巻き込んじまうかもしれない。それでも。

 

今は、この手の温もりだけを信じて、もう少しだけ、この終わりのない戦いに足掻いてみようと思った。この、名前も知らねえ、ただのゲームセンターの店員の、馬鹿みたいに真っ直ぐな瞳に、応えるために。

 

 

「……勝手にしろよ、バーカ。ただし、あたしの足手まといになるんじゃねえぞ」

 

 

そう吐き捨てたあたしの声は、自分でも驚くほど、ほんの少しだけ、震えていた。

 

 

***

 

 

あれから、何日経っただろうか。あたしは相変わらず、あのボロい雑居ビルの一室を根城にしている。

 

そして、時々、あのゲームセンターに顔を出す。あいつは、いつもと変わらない、間の抜けた顔であたしを迎える。

 

あの夜のことについて、あたしたちは何も話さなかった。あいつは何も聞いてこないし、あたしも何も語らない。

 

それでいい、とあたしは思っている。言葉にしちまったら、何か大事なもんが壊れちまいそうで、怖かったのかもしれない。

 

 

ただ、一つだけ変わったことがある。

 

 

あいつは、時々、あたしの隠れ家にやってくるようになった。最初は驚いたが、追い返す気にもなれなかった。

 

あいつは、別に上がり込んでくるわけじゃない。ドアの前に、そっとコンビニの袋を置いていくだけだ。

中身は、相変わらずポッキーとジュース、それに、たまにサンドイッチとか、日持ちのするパンとかが入っている。

 

 

「…お前、本当に暇なんだな。こんな掃き溜めみたいな場所に、わざわざ来やがって」

 

 

一度、ドア越しにそう言ってやったら、向こう側で、あいつが小さく笑う気配がした。別に、返事を期待していたわけじゃない。

 

 

時々、ゲームセンターで、他の客がいなくなった隙に、あいつはカウンター越しに話しかけてくるようになった。

 

内容は他愛もないことばかりだ。最近入った新しいゲームの話とか、近所の野良猫の話とか。あたしは適当に相槌を打つだけだが、その時間が、不思議と苦じゃなかった。

 

 

「……なあ、お前、なんであたしに関わるんだ?」

 

 

ある日、ぽつりとそう聞いてみたことがある。あいつは少しの間黙っていたが、やがて、こう言った。

 

 

放っておけないから

 

 

「はっ、お人好しかよ。あたしみたいな奴に関わったって、ロクなことねえぞ。お前だって、あの夜、見たはずだ。あたしが、どんな……」

 

 

言いかけて、口を噤んだ。あいつは、静かに首を横に振った。そして、いつもより少しだけ真剣な目で、あたしを見た。

それでも、と小さな声で呟いた。

 

 

……ちっ、本当に、馬鹿な奴。

 

 

あたしの戦いは、何も変わらない。相変わらず魔女を狩り、グリーフシードを手に入れ、生き永らえる。

 

ソウルジェムは、時折、あの夜のように濁りかけることもある。でも、その度に、あの差し伸べられた手の温もりと、あいつの真っ直ぐな目を思い出す。

 

 

そして、思うんだ。

 

 

あたしは一人じゃないのかもしれない、と。

 

 

こんなクソみたいな世界で、こんなあたしのことを、気にかけてくれる奴が、一人だけいる。

 

それが、どれだけ馬鹿げた希望だとしても、今のあたしにとっては、暗闇の中で唯一見える、小さな灯火みたいなもんだ。

 

 

「……おい、今日のポッキー、期間限定のいちご味じゃねえか。あたしが好きなの、知ってて買ってきたのか?」

 

 

ゲームセンターのカウンターで、わざとぶっきらぼうに言ってやると、あいつは少し照れ臭そうに笑った。

 

その顔を見ていると、胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなるのを感じる。

 

 

 

この関係が、いつまで続くかなんて分からない。あたしはいつか、魔女になるかもしれないし、戦いで死ぬかもしれない。

あいつも、いつか、あたしに関わることに疲れて、離れていくかもしれない。

 

それでも、今は、この刹那的な安らぎを、もう少しだけ味わっていたい。

 

 

この、境界線の向こう側から差し伸べられた、不器用な優しさを。

 

 

「……まあ、たまには、悪くねえな」

 

 

誰に言うでもなく呟いたあたしの言葉は、騒がしいゲームセンターの喧騒に、静かに溶けていった。

 

その傍らには、そっと差し出された、まだ封の切られていないポッキーの箱が置かれていた。

 

あたしはそれに手を伸ばし、一本取り出して、ゆっくりと口に運んだ。甘酸っぱい味が、口の中に広がる。

 

 

 

悪くない。本当に、悪くない味だった。

 

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