ある日のこと。自室の空気が奇妙に張り詰めていることに気づく。見慣れない、いや、見慣れているようでどこか決定的に異なる三人の少女が、そこにいた。
一人は、おどおどとした様子で分厚い眼鏡をかけた少女。所在なさげに三つ編みを揺らしている。
一人は、怜悧な眼差しでこちらを射抜くように見つめる、どこか硝子のような危うさを纏った少女。
そしてもう一人は、蠱惑的な笑みを浮かべ、全てを見透かすような瞳を持つ、神々しくも禍々しいオーラを放つ少女。
訳が分からないまま、ただ圧倒されていると、眼鏡の少女が口火を切った。
「あ、あの……私が最初に――さんと友達になったんです! だから、――さんは私の……!」
眼鏡をかけた少女、通称眼鏡ほむらは頬を染め、震えながら必死にあなたに訴えかける。
「何を言っているのかしら。――を救うため、私は何度だって時間を繰り返した。ここの誰よりも――を愛した時間は長いわ。私の傍にいるのは当然の帰結よ」
怜悧な顔付きをした少女、通称クールほむらが、静かだが有無を言わさぬ口調で言葉を紡ぐ。その声には揺るぎない確信が込められていた。
「フフッ、面白いことを言うわね、過去の私たち。でも、この世界を再編し、――を永遠の愛で包み込めるのは、この私だけよ。――は、私の愛の中でこそ至福を得られるの」
悪魔のような姿をした少女、通称悪魔ほむらが、優雅に微笑む。その存在感だけで部屋の空気が歪むような錯覚を覚える。
三人の少女、暁美ほむらを名乗る彼女たちは、彼を視線で挟み込み、火花を散らし始めた。
「わ、私が一番最初に、――さんのことを見つけたんですよ……! ?か、彼と最初に言葉を交わして、最初に友達になったのは、わ、私なんです……! そもそもあ、あなた達は……私あっての存在じゃないですか……!」
三つ編みを揺らし、その瞳はまっすぐに彼を捉えている。
彼女の言葉には、純粋で切実な想いが込められていた。
その言葉を遮るように、ほむらが冷ややかに言い放つ。
「はぁ……その『最初』とやらに、一体何の意味があるというの? あなたがいたから、今の私がいるのは確かよ。でも私という存在が出来たのは、あなたが――を守りきれなかったから。――を守れなかったあなたに、隣にいる資格はないわ」
その声は静かだが、有無を言わせぬ圧力がある。彼女の視線は、眼鏡ほむらを射抜くように鋭い。
「私が幾つもの犠牲を払い、血反吐を吐くような思いで時間を巻き戻し続けたからこそ、今の彼がいる。あなたなんかに、私の孤独と絶望を乗り越えた、彼への想いの深さに敵うとでも?」
「あら……わかってないわね、過去の私たち」
悪魔ほむらが、優雅な仕草で髪をかきあげながら、嘲笑とも憐憫ともつかない笑みを浮かべる。
「どちらも所詮は『過程』に過ぎないわ。私は『結果』そのもの。彼が最も安らぎ、幸福でいられる世界を、この手で創造した。あなたたちのその矮小な感情なんて、私の愛の前では塵芥にも等しいのよ」
その言葉には、絶対的な自信と、他の二人を見下すような傲慢さが滲んでいた。
眼鏡のほむらは、その言葉にカッと顔を赤らめる。
「っ、わ、私の彼への想いは……矮小でも、塵芥でもないです……!私が――さんと出会って、――を想ったから、この物語は始まった……所謂、げ、『原点』なんです……!私と――さんの関係性があったからこそ生まれた、『派生』たちに、言われたくありません……!」
「……派生、ですって?」
クールほむらが眼鏡ほむらに怒りに満ちた表情で詰め寄る。
「その『始まり』が、彼にとって最善だったとでも言うつもり? 結局、あなたは――を守れず、絶望に打ちひしがれた。さっきも言ったように、その結果を受け――を救うという、ただ一点のために全てを捧げたのが私よ。あなたは――との『関係性』に甘えていただけ。私は彼という『存在』そのもののために、この身を捧げてきたの。『原点』さんとやらは、彼に何かしてきたのかしら?」
その瞳の奥には、狂気にも似た強い意志が燃えていた。
悪魔ほむらが、ふっと息を吐く。
「ふふっ、可愛い争いね……ねえ、あなたは――を救うためと言いながら、彼自身の意思を何度も踏みにじってきたじゃない。――の皆を救いたいという気持ちを見て見ぬふりをして……――救う為だけに利用して。それは真の愛と言えるのかしら?」
悪魔ほむらの言葉は、的確にクールほむらの痛いところを突く。
クールほむらが一瞬言葉に詰まるが、すぐに鋭い視線を悪魔ほむらに返す。
「あなたの愛こそ独善よ! 彼を檻に閉じ込めているだけじゃない!それが――の本当の幸せだと、どうして言い切れるの!」
「檻? いいえ、至上の楽園よ」
悪魔ほむらは余裕の笑みを崩さない。
「全ての苦痛や悲しみから隔絶された、彼のためだけの世界。あなたには、その価値が理解できないのね、哀れな過去の私。愛する者を、自分の望む最高の形で守り、満たしたいと思うのは当然でしょう?」
「っ、そんなの……愛じゃないです!」
眼鏡ほむらが、涙を浮かべながら叫ぶ。
「あなたはただ、彼を自分の思い通りにしたいだけ! 私だって……!弱くても、あなたのためにできることなら何でもする!もう、昔の私じゃないんだから……!」
彼女の声は震えていたが、そこには確かな決意が感じられた。
三人の視線が激しく交錯する。
「――さんを一番、あ、愛しているのは、私です!」
「私が、一番――を長く愛してきた」
「フフ、滑稽ね。彼を最も深く愛し、彼に最も相応しいのは、この私に決まっているでしょう?」
部屋の中は、それぞれのほむらが放つ強烈な「――」への想いで満ちていた。それは愛情であり、執着であり、そして独占欲でもあった。彼女たちの言い争いは、互いの存在意義を賭けた戦いのようにも見えた。
その中心にいる彼の意思など、まるで存在しないかのように、三者三様の愛の主張だけが、熱を帯びてぶつかり合っていた。
あなたは完全に置いてけぼりだ。いや、あなたの意思など最初から存在しないかのように、議論は進んでいく。
彼女たちの瞳の奥には、尋常ではない執着の色が燃えている。
しばらく言い争っていた彼女たちだったが、ふと悪魔ほむらが静かに言った。
「……待ちなさい。そもそも、なぜ私たちの一人が――を独占しなければならないのかしら?」
その言葉に、眼鏡ほむらとクールほむらがピタリと動きを止める。
「……どういう意味かしら?」
「簡単なことよ。私たちは皆、暁美ほむら。そして皆、彼を深く愛している。それなら、分け合うのが最も合理的……と思うのだけど」
「わ、分け合う…?」
おどおどしていた彼女の目に、戸惑いと、そして微かな期待の色が灯る。
「……共有。確かに……過去の私の……じ、純粋さ、と……私の執着心、そして今のあなたの、全てを包括する力、それらを合わせれば…」
「そう、完璧な愛でこの者を満たすことができるわ。誰か一人のものではなく、私たち『暁美ほむら』全員のものとして」
「た、確かに……!それに皆私なら、う、浮気にもなりませんし……!」
三人の視線が交差し、そして、恐ろしいほどに美しい調和をもって頷き合う。
あなたの意見など、最初から勘定に入っていないかのように、結論は導き出された。
そして、三人は一斉に彼に向き直った。
その顔には、先程までの険悪さは微塵もなく、ただただ深い、底なしの愛情が浮かんでいた。
「そ、そういうこと、です……私たちみんなで、あなたのことを…お、お世話、しますね!」
「そうね。ちなみに異論は認めないわ。これは決定事項よ」
「フフフ…これであなたは永遠に私たちのもの。さあ、私たちの愛を存分に受け入れるがいいわ」
あなたの部屋は、いつの間にか三人のほむらによって完全に包囲され、そして彼の日常は、彼の意思とは無関係に、新たな、そして逃れられないであろうフェーズへと突入したのだった。
窓の外の青空が、やけに遠く感じられた。