まどマギキャラクターと貴方   作:shinshinta

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ある日織莉子が未来予知で貴方が恋人になる未来を見た事がきっかけで始まる、あなたと織莉子とキリカの三角関係のお話しです。


貴方と織莉子とキリカ
君と織莉子とキリカの三角関係


 

 

「見つけたわ、私の運命の人……」

 

 

美国織莉子のその一言が、すべての始まりだった。あなたの日常は、彼女の強引なアプローチによって一変する。

 

 

「――さん、おはよう。今日もいい天気ね。一緒に登校しましょう?」

 

 

あなたは戸惑いながら、美国さん?と言う。

 

「織莉子、と呼んでちょうだい。私たちは結ばれる運命なのだから」

 

戸惑う君の腕に、当然のように自分の腕を絡めてくる。織莉子は君の学校の校門まで、彼女はぴったりと寄り添ってきた。そんな二人を、苦々しい表情で見つめる影があった。呉キリカだ。

 

 

 

 

「……おい、キミ」

 

放課後、人気のない校舎裏。キリカは低い声で君に呼びかけた。

 

「なんでキミみたいなやつが、織莉子と一緒にいるんだ」

 

あなたも何が何だか……と困ったように反応を示す。

 

「っ、ふざけるな!何もしていないのに織莉子から愛を一身に受けておいて……私はキミを認めない!」

 

それからというもの、君が織莉子と一緒にいるのを見かけるたびに、キリカは君に何かと突っかかってきた。

 

あなたの学校や、よく立ち寄る書店、時には家の近くの公園で。

 

「キミ、また織莉子と一緒にいたのかい?」

 

自分の意思では無い事を伝えるがキリカは納得がいかない。

 

「前も言った筈だよ、織莉子に馴れ馴れしくしないで。彼女はキミのものじゃない」

 

そんなつもりではないとあなたは伝えるが、まるで望んでいないかのような態度にキリカの不満は爆発する。

 

「っ、ふざけるな!キミは何も分かっていない!織莉子からの愛を……!!」

 

 

 

 

そんな日々が続いていたある日のこと。その日、キリカは朝からどこか体調が悪そうだった。顔色が悪く、時折こめかみを押さえている。あなたが声をかけようか迷っているうちに、不運にも二人は魔女の結界に迷い込んでしまった。

 

「ちっ、最悪だ……!」

 

キリカが忌々しげに舌打ちする。

その声もいつもより覇気がない。

 

あなたはキリカの体調が悪い事を察していた。

心配から声をかける。

 

「うるさい…… キミはさっさと逃げて」

 

キリカはそう言い放ち、ふらつきながらも変身し、次々と現れる使い魔に立ち向かっていく。しかし、元々の体調不良が祟ったのか、動きにいつものキレがない。攻撃をかわしきれず、ついに一体の使い魔の鋭い爪がキリカの脇腹を浅く切り裂いた。

 

「ぐっ……!このっ……!」

 

苦痛に顔を歪め、キリカの体がぐらりと傾ぐ。そこへ、さらに別の使い魔が追い打ちをかけようと迫る。

 

危ない!あなたは叫んだ。

 

君は咄嗟にキリカの前に飛び出し、その衝撃を体で受け止めた。そのまま倒れそうになるキリカの体を抱きとめる。

 

「は……?な、なんで……?」

 

あやまはキリカを背負い、結界の出口と思われる方角へ無我夢中で走り出した。背後からは使い魔たちの追う音が聞こえる。

 

あなたは息を切らしながら背中にいるキリカに安否の確認の為、声をかける。

 

「くそっ……キミに、借りが出来た……」

 

キリカの声がどんどんか細くなっていく。そして、あなたの背中で完全に意識を失ってしまった。

 

どれくらい走り続けたのだろうか。ようやく結界を抜け出し、人気のない路地裏にたどり着いた時には、あなたも全身傷だらけで、息も絶え絶えだった。

 

 

 

 

 

次にキリカが目を覚ました時、そこは見慣れない、しかし清潔で上品な部屋のベッドの上だった。

 

「ここは……うっ……」

 

体を起こそうとすると、脇腹に鈍い痛みが走る。

 

「気がついたのね、キリカ」

 

声のした方を見ると、ベッドサイドには織莉子が心配そうな顔で座っていた。そして、その隣の簡易ベッドには、包帯だらけのあなたが苦しそうに寝息をたてていた。

 

「……――!?それに、ここは織莉子の家……?」

 

「ええ。――さんが、あなたをここまで運んできてくれたのよ。彼も深手を負っているわ……あなたを庇って、ね」

 

織莉子の声には、キリカを気遣う優しさの中に、どこか複雑な感情が滲んでいるように感じられた。あなたがキリカを助けたという事実が、彼女の中で小さなしこりとなっているのかもしれない。

 

キリカは、眠る君の傷だらけの横顔をじっと見つめた。

 

(――が……私を……)

 

胸の奥が、ちくりと痛んだ。それは傷の痛みだけではない、今まで感じたことのない種類の痛みだった。

 

この一件以来、キリカのあなたに対する態度は、明らかに変化した。以前のような刺々しさは影を潜め、どこかぎこちないながらも、あなたを気遣うような素振りを見せるようになった。

 

 

 

 

 

「……ねえ、――。その傷、まだ痛む?」

 

まだ痛みはするものの、マシにはなった事を話す。

 

「……そ。……無理、しないでね」

 

あなたはキリカがいなければ自分が危なかった。助かったと感謝を伝える。

 

「……別に。礼を言うのはこっち」

 

顔をそむけながら言うキリカの耳は、少し赤くなっていた。

 

だが、その変化を、織莉子が見逃すはずもなかった。

 

「ふふっ……キリカ……最近、あの子と親しいのね」

 

穏やかな声色とは裏腹に、織莉子の瞳の奥には、冷たい光が宿り始めていた。

 

 

 

そして、運命の日は訪れる。

 

 

 

キリカの姿が数日間見えない。胸騒ぎを覚えたあなたは、キリカが時折佇んでいた河川敷や、以前魔女の結界が現れた場所の周辺などを探し回った。

そして、微かな情報を頼りに、港近くの使われなくなった古い倉庫街の一角へと辿り着く。その一つの倉庫の扉の隙間から、微かな光と声が漏れていた。

 

「なぜなの、キリカ。あなたは私のものだったはずでしょう?」

 

扉の隙間から聞こえてきたのは、織莉子の静かで、しかし底知れぬ怒りを秘めた声だった。

 

中を覗くと、そこにはロープで縛られたキリカがいた。

 

「まさか、あなたがあの子、――さんに心を移すなんて。私の未来を邪魔するつもりなの?」

 

「違う! 私の愛は織莉子だけだよ!」

 

「ふーん、そうかしら……その割には、随分と彼と親しく見えるけど……?」

 

「ち、違うよ……――は……その……」

 

きっぱりと否定すればいいだけなのに、何故かキリカにはそれが出来なかった。

 

「はあ……キリカ、貴方には失望しました」

 

織莉子は魔法少女へと変身し、キリカへ攻撃を加えようとする。

 

君は扉を蹴破るようにして中へ飛び込んだ。

 

「――さん……なぜ、ここに……?」

織莉子が愕然とした表情で君を見る。

君は無言でキリカのロープを解き始める。

 

「ち、違う、これは誤解なのよ! 私はただ、キリカと少し話がしたかっただけで……! 聞いて……あなたと私が結ばれる未来は変わらないのよ!」

 

織莉子が必死に叫ぶ。だが、その言葉はあなたの耳には届かない。

 

もう、キミの言うことは信じられない。

 

あなたはキリカの手を引き、倉庫を飛び出した。

 

夕焼けに染まる校庭。君とキリカは、並んで歩いていた。キリカは俯きがちで、その表情は夕闇に隠れてよく見えない。

 

「……助けてくれて、ありがとう。――」

 

ようやく絞り出したような、掠れた声だった。

 

あなたは当然だと返事をする。

 

キリカは一度だけあなたの顔を見上げ、そしてまたすぐに視線を落とした。その一瞬見えた瞳は、潤んでいるように見えた。

 

(……私の織莉子への愛は、変わらない筈。織莉子の為なら殺されても良いと思ってた。でもあの時、私は……)

 

キリカの胸中は嵐のようだった。織莉子への愛は変わらず残っている。彼女こそが、キリカにとっての光であり、全てだったはずだ。

しかし、今、隣を歩く彼の温かさ、自分を命がけで助けてくれた彼の存在が、キリカの心を大きく揺さぶっていた。

 

(あれだけ辛く当たった私に……キミは、なんで……)

 

感謝の気持ち。そして、それだけでは説明できない、胸の奥で疼くような甘い痛み。それが恋というものに近い感情だと、キリカはまだ気づいていないのかもしれない。

 

ただ、織莉子への絶対的な忠誠と、彼へと向かうこの新しい感情の間で、彼女はどうしようもなく立ち尽くしていた。

 

あなたが心配そうに声をかけると、キリカはハッとしたように顔を上げた。

 

「な、なに……?」

 

キリカが無事で良かった。心から安堵した様子で君は言った。

 

「ぁ…………っ///」

 

キリカは何かを言いかけて、しかし言葉を飲み込んだ。そして、また俯いてしまう。繋がれたままのあなたの手を、無意識にか、きゅっと握り返していた。

 

その二人を、校舎の窓から見下ろす織莉子がいた。その瞳は、冷たい炎を宿して揺らめいていた。

 

 

 

 

「許さない……私の未来を、私の――さんを奪うなんて……絶対に」

 

 

 

 

夕闇が校庭を完全に包み込み、あなたとキリカはどちらからともなく家路についていた。

繋いだ手は、言葉にしなくても互いの不安を分かち合っているかのようだ。

 

キリカの心は、織莉子への変わらぬ崇拝の念と、あなたへの新たな感情、そして目の当たりにした織莉子の変貌への恐怖と深い悲しみで、激しく揺れ動いていた。

 

「ねえ……」

 

キリカがぽつりと呟く。

君が静かに促すと、キリカは続けた。

 

「……織莉子は目的の為なら手段は選ばない。キミのことを諦めるつもりなんて、ないと思う」

 

その声は、諦観と、そして微かな決意を滲ませていた。

あなたもその覚悟は感じていた。だからこそ、安易な言葉は返せなかった。あなたが何かを伝えようとした時、背後から冷たい声が響いた。

 

「ええ、その通りよ。諦めるつもりなんて、毛頭ないわ」

 

振り返ると、そこには闇に溶け込むように佇む織莉子がいた。その瞳は、先ほど校舎の窓から見下ろしていた時と同じ、冷たい炎を宿している。しかし、その表情は奇妙なほど穏やかだった。

 

「織莉子……!」

 

キリカが身構える。

 

「キリカ、そんなに警戒しないでちょうだい。『今』は、あなたたちに危害を加えるつもりはないわ」

 

あなたは、織莉子の真意を探るように、鋭い視線を向けた。

織莉子はゆっくりと君たちに近づき、あなたの目の前で立ち止まった。そして、その手には、一輪の黒い薔薇が握られていた。

 

「――さん。これは、あなたへのプレゼントよ」

 

そう言って、織莉子は黒薔薇をあなたの胸ポケットにそっと差し込んだ。薔薇の棘が、微かに君の指を掠める。

あなたは、その不気味な贈り物に込められた意味を問い質した。

 

「これは『永遠の愛』と『あなたは私のもの』……そして、『死』を意味する花。あなたと私の未来に相応しいでしょう?」

 

織莉子はうっとりとした表情であなたを見つめる。その瞳の奥には、狂気が渦巻いているのが見て取れた。

 

「織莉子……おかしいよ、前の織莉子に戻ってよ」

 

キリカがあなたを庇うように前に出る。

 

「あら、キリカ。まだそんなことを言うのね。あなたは、私と――さんの愛の前にひれ伏す運命なのよ。私がそう予知したのだから」

 

「その予知が、織莉子を狂わせているんだ!」

 

キリカの叫びは悲痛だった。

 

「狂っているですって?いいえ、私は至って正常よ。ただ、自分の望む未来を確実に手に入れるために、少しだけ手段を選ばないだけ」

 

織莉子はふふ、と妖艶に微笑むと、あなたとキリカに背を向けた。

 

「次にお会いする時までに、よく考えておくといいわ。――さんは私のもの。キリカ、あなたはもう必要ないのよ」

 

その言葉を残し、織莉子は再び闇の中へと溶けるように消えていった。

後に残されたのは、不気味な黒薔薇と、言葉を失うあなたとキリカだった。

 

「……織莉子、私は……」

 

キリカが震える声で言う。

あなたは、キリカを一人にはしないと、固く心に誓った。

胸ポケットの黒薔薇を強く握りしめる。

棘が手のひらに食い込む痛みを感じながら、織莉子の歪んだ執着に立ち向かう決意だった。

 

 

 

 

翌日から、織莉子の行動は常軌を逸し、その狂気はあなたの日常を侵食し始めた。

 

毎朝、あなたが目を覚ますと、部屋の窓ガラスがびっしりと黒い薔薇の花びらで覆われているようになった。

それはまるで内側から貼り付けられたかのようで、朝日を不気味な深紅色に染め上げる。

そして、その花びらの中央には必ず、血で書いたかのような禍々しい赤インクの手紙が挟まれているのだ。

 

「愛しています、――さん。私たちの魂はもう、昨夜のうちに固く結ばれました」

 

「今宵も、夢の中でお会いしましょう。誰にも邪魔されない、二人だけの永遠の場所で」

 

震える手でそれを剥がすと、窓の外には何も変わった様子はない。しかし、部屋の中には薔薇の濃厚な香りが残り、あなたの心を重く圧し潰す。

 

あなたが一人でいる時、どこからともなく織莉子の声だけが囁きかけてくるようになった。

 

「――さん……聞こえますか? 私の声が。ええ、私たちはいつも繋がっているのですもの」

 

「誰も私たちの間には入れさせませんわ。たとえそれが、哀れなキリカだとしても……ふふっ」

 

背後から、角の向こうから、時には自分の頭の中から直接響いてくるかのような声。

 

誰もいないはずの空間に、一瞬だけ白いドレスの織莉子の幻影がゆらめいて消えることもあった。

 

あなたの部屋の物が、僅かに位置を変えていることもあった。

 

誰かが侵入した確証はないが、常に監視されているような、じっとりとした視線を感じずにはいられない。

 

さらに恐ろしいことに、あなたの私物が少しずつなくなっていくようになった。大切にしていた古い万年筆、愛用していたハンカチ、図書室で借りた本の貸出カード。

 

そして数日後、それらは歪んだ形で「贈り物」としてあなたの元に戻ってくるか、あるいは織莉子自身が身につけてあなたの前に現れるのだ。

 

万年筆のペン先は砕かれ、赤いインクと共に小さなガラス小瓶に詰められ「私たちの愛の結晶」として届けられた。ハンカチは無数の黒い糸で縫い合わされ、不気味な人形の服の一部となっていた。

 

 

「これで私たちはいつも一緒ですね、――さん」

 

 

そう言って、あなたの貸出カードにびっしりと愛の言葉を書き連ねたものを、織莉子は胸元のブローチとして飾り、無邪気な子供のように微笑んでみせる。

 

その純粋さを湛えた瞳の奥には、底知れぬ狂気が宿っていた。

 

「織莉子、いい加減にしなよ……! そんな事をしても――は……!」

 

キリカがあなたを庇い、激しく織莉子に詰め寄る。しかし、織莉子はもはやキリカの言葉など意にも介さない。恍惚とした表情で空を見上げ、うっとりと呟くだけだ。

 

「ああ、キリカ……あなたも祝福してくれるのね、私と――さんの、この深遠なる愛の絆を。私たちの愛は、あらゆる障害を乗り越えて永遠に輝き続けるの」

 

時には、キリカの存在そのものが目に入っていないかのように、完全に無視してあなたにだけ甘い言葉を囁き続ける。その様は、キリカの心を絶望で凍りつかせるには十分だった。

 

あなたは、出口の見えない恐怖と、織莉子の歪んだ愛情表現に、心身ともに追い詰められていくのを感じていた。

 

 

 

 

「――、大丈夫……? 最近、本当に顔色が悪いよ」

 

あなたは、もはや大丈夫とは言えなかった。眠りも浅く、常に織莉子の気配に怯えている。その苦しさを、ぽつりぽつりとキリカに吐露した。

 

「……織莉子をどうにかしないと。このままじゃ、――が……本当に壊れちゃう……」

 

キリカの言葉には、あなたを案じる気持ちと、かつて心から慕い、今もその想いを捨てきれない織莉子が変貌してしまったことへの深い悲しみ、そしてどうしようもない怒りが入り混じっていた。

 

あなたは、キリカの手をそっと握った。心配してくれてありがとうと。

 

「――……」

 

キリカの瞳が潤む。織莉子への複雑な想いと、あなたへのまっすぐな想いの間で揺れながらも、今はあなたと共にいることを選ぼうとしていた。

 

その小さな手の温もりが、あなたの心をわずかに支えていた。

 

 

しかし、そんな二人の束の間の安息を、織莉子が見逃すはずもなかった。

 

 

その日の放課後、あなたとキリカが一緒に下校しようとした時、校門の前で織莉子が待ち構えていた。

普段とは様子が違う、彼女は魔法少女の姿に変身してい。

 

「待っていたわ、二人とも。予想はしていたけれど、お話だけでは、私の想いは伝わらないようね」

 

織莉子の瞳は、もはや何の感情も映さず、ただただあなたを見据えていた。

 

「織莉子……!」

 

キリカが息をのむ。

 

「言葉で分からないのなら、力で分からせてあげる。――さんは、私のものだと」

 

夕暮れの人気(ひとけ)のなくなった公園。その中央で、織莉子の周りに浮かぶ宝石が、街灯の光を鈍く反射し不気味な輝きを放つ。もはや説得の余地はないと、誰もが悟った。

 

「――、逃げて」

 

キリカは静かに君に伝える。その声には、切迫した響きと共に、あなたを案じる強い想いが込められていた。

 

あなたは、キリカを一人残して逃げることなどできるはずがないと、首を横に振る。キリカの隣に立ち、共に戦う意志を示そうとした。

 

しかし、キリカはあなたの腕を掴むと、強い力で背中を押した。

 

「いいから早く!」

 

あなたがなおも抵抗しようとすると、キリカは一瞬だけ振り返り、あなたの目を見つめた。その表情は、今まで君が見たことのない、穏やかで、そしてどこか儚い笑顔だった。

 

「……必ず戻るから。だから、信じて待っていて」

 

その笑顔に一瞬心を奪われた隙に、キリカはあなたを突き飛ばし、すぐさま織莉子に向き直って駆け出した。あなたは、キリカのその言葉と笑顔を胸に刻みつけ、唇を噛み締めながら、その場を走り去るしかなかった。

 

公園の木々の向こうで、金属同士が激しくぶつかり合う音が響き始める。

 

 

 

 

キリカは変身し、織莉子と対峙する。

 

「織莉子! どうして……!」

 

「ふふっ、言ったでしょう、キリカ。――さんは私の運命の人。邪魔をするなら、あなたでも容赦しないわ」

 

激しい応酬が続く。しかし、キリカの攻撃にはどこかためらいがあった。かつて心から慕い、愛し、憧れた織莉子。その織莉子に本気で刃を向けることが、どうしてもできない。その心の隙が、致命的な結果を招く。

 

「甘いわ、キリカ!」

 

織莉子の鋭い一撃が、キリカの防御を打ち破り、その肩口を深く貫いた。

 

「ぐっ……ぁ……!」

 

激痛に顔を歪め、キリカの動きが鈍る。織莉子は容赦なく追撃を重ね、キリカは受け身一方になっていく。それでもキリカは、織莉子の目を真っ直ぐに見据え、何かを訴え続けようとしていた。

 

(お願い、織莉子……元のあなたに戻って……!)

 

しかし、その想いは届かない。

 

「まだ分からないのね、キリカ。あなたはもう、私の未来には必要ないということが」

 

冷酷な言葉と共に放たれた最後の一撃が、キリカの意識を刈り取った。公園の砂の上に倒れ伏し、かろうじて息をしているものの、もはや指一本動かせないキリカを見下ろし、織莉子は満足げに微笑んだ。

 

 

 

「ふふっ……あははっ……!これで、邪魔者はいなくなったわ……!!」

 

 

 

どれほどの時間が経っただろうか。必死に走り、息を切らして見知らぬ街角の物陰に隠れていたあなたの前に、ふいに織莉子が現れた。

 

その表情は、先ほどの狂気的な興奮とは打って変わって、再び穏やかな笑みを浮かべている。

 

しかし、その手にした武器にべっとりと付着した赤い液体が、先程までの出来事が現実であったことを残酷に物語っていた。

 

「見つけたわ、――さん」

 

あなたは、キリカの安否を問い詰めようと口を開きかけた。だが、織莉子はそれを遮るように、静かに告げる。

 

「キリカなら、大丈夫よ。まだ、生きているわ。でも……」

 

織莉子は一歩、あなたに近づく。その瞳は、底なしの執着と独占欲に濡れていた。

 

「あなたが私のものになるのなら、キリカは助かるかもしれない。でも、もしあなたが私を拒絶するのなら……あの子がどうなるか、分かるでしょう?」

 

それは、紛れもない脅迫だった。キリカの命を盾にした、卑劣な要求。

 

あなたは、言葉を失い、織莉子を見つめ返すことしかできなかった。

 

その手は怒りと無力感で震え、心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。織莉子の笑顔が、悪魔の微笑に見えた。

 

どうすればキリカを助けられるか……あなたは考える。

 

あなたの脳裏で、様々な思いが交錯する。キリカの、あなたを庇って傷ついた姿。あなたを逃がすために見せた、あの儚い笑顔。「必ず戻るから」と言った、その声。

 

それらが次々と思い起こされ、胸を締め付ける。一方で、織莉子の底知れぬ執着と、そのために手段を選ばない狂気が、あなたに重くのしかかる。

 

あなたは、震える唇を必死に動かし、かすれた声で言葉を絞り出した。

 

 

キリカを、助けてくれ。

 

 

それは懇願だった。織莉子の「ものになる」という条件には触れず、ただキリカの無事を願う、魂からの叫び。

織莉子は、そのあなたの言葉を聞くと、くすりと小さく笑った。

 

「あら、――さん。私の問いに、まだ答えていただけていないようだけれど?」

 

その声は甘く優しい響きを帯びているが、有無を言わせぬ圧力を伴っていた。

 

「キリカを助けてほしければ、まずあなたが私の愛を受け入れると、そう誓っていただかないと。さあ、はっきりとお答えなさい。私のものになると」

 

織莉子は一歩、また一歩とあなたににじり寄る。その瞳は、あなたの答えを待ちわびるように、期待と確信の色を濃くしていた。

あなたが言葉に詰まり、奥歯を強く噛み締めた、その時だった。

 

 

「……だ……め……だ……」

 

 

地面に倒れ伏していたキリカが、かろうじて意識を取り戻し、弱々しいながらも芯のある声で囁いた。その声はあなたの耳に、確かに届いた。

 

「今の……織莉子は……おかしく、なってる……私は……気に……しなくて……いい、から……」

 

キリカは、薄く目を開け、血に濡れた顔で、それでも真っ直ぐに織莉子を睨みつけていた。その瞳には、激しい怒りと、そして君を案じる切実な光が宿っている。

 

 

「織莉子……!こんな、こと……しても……――は……!」

 

 

途切れ途切れの言葉で、キリカは織莉子に抗議しようとする。しかし、その声はあまりにもか弱く、織莉子の耳には届いているのかいないのか、彼女は気にも留めない様子で、ただあなただけを見つめている。

 

キリカの言葉と、その絶望的な状況でもなお失われない強い眼差しが、あなたの心を激しく揺さぶった。守られるばかりだった自分が、今、何をすべきなのか。キリカの想いに、どう応えるべきなのか。

 

あなたの中で、何かが音を立てて変わろうとしていた。絶望の淵で、一つの小さな、しかし確かな決意の光が灯り始める。

 

あなたは、一度強く目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。その瞳には、先程までの迷いや怯えとは違う、強い意志の色が浮かんでいた。

 

 

織莉子。

 

 

あなたは、静かに、しかしはっきりとした声で、彼女の名前を呼んだ。

 

その声に、織莉子は期待に満ちた微笑みを深める。

 

 

「ええ、――さん。あなたの答えを聞かせてちょうだい」

 

 

 

あなたは、一歩、織莉子へと踏み出した。その顔には、苦渋の色と、悲壮な決意が浮かんでいる。

 

 

分かった。織莉子の望む通りにする。だから、キリカを解放してくれ。

 

 

「まあ、――さん! 本当に? ああ、嬉しいわ……! やっと、私の愛に応えてくれるのね!」

 

織莉子は歓喜の声を上げ、魔法少女の変身を解き、両手を広げてあなたを迎え入れようとする。その瞳は純粋な喜びで輝き、もはや動けずにいるキリカの存在など、完全に意識の外にあるかのようだった。

 

あなたはゆっくりと織莉子に近づいていく。その数歩が、永遠のように長く感じられた。そして、織莉子があなたをその腕の中に迎え入れようと、無防備に身を乗り出した、その瞬間――。

 

あなたは、懐に隠し持っていた、刃物をありったけの力を込めて、織莉子の胸へと深々と突き立てた。

 

 

 

「え……?」

 

 

 

織莉子の瞳が見開かれ、信じられないという表情であなたを見つめた。喜びと期待に輝いていた光が、急速に戸惑いと絶望の色に変わっていく。

 

「あ……あ……――……さん……? なぜ……わたしは、こんなに……あなたを……愛して……るのに……」

 

か細い声が漏れ、その体から力が抜けていく。あなたの腕の中で、織莉子はゆっくりと崩れ落ちた。最後に何かを言いかけた唇は、言葉を紡ぐことなく動きを止め、その瞳から完全に光が消えた。

 

「…………あ……」

 

一部始終を、息を詰めて見守っていたキリカの口から、乾いた声が漏れた。

目の前で起きたことが、信じられなかった。

愛する織莉子が、信じていた――の手によって、今、命を奪われた。

 

その光景は、キリカの精神を粉々に打ち砕いた。

 

 

 

「あ……あ……ああ……?おりこ……?……おりこぉぉおおおおおっ!!!」

 

 

 

絶叫。それは、悲しみとか怒りとか、そんな単純な言葉では表現できない、魂の叫びだった。

キリカの体から、制御を失った魔力が嵐のように吹き荒れる。しかし、それも長くは続かなかった。激しい感情の奔流に耐え切れず、キリカは糸が切れたように意識を失い、その場に崩れ落ちた。

 

あなたは、腕の中で冷たくなっていく織莉子の亡骸と、気を失ったキリカの姿を交互に見つめ、立ち尽くすしかなかった。犯した罪の重さと、取り返しのつかない現実に、ただ打ちのめされていた。

 

 

数日後。

 

 

キリカは病院のベッドで静かに目を覚ました。しかし、彼女の瞳には、かつての強い光はなかった。ぼんやりと虚空を見つめるその姿は、まるで魂が抜け落ちてしまったかのようだ。

 

医者の話では、キリカは事件のショックにより、一部の記憶を失っているという。特に、あなたと出会ってからの記憶、そして……織莉子の死に関わる全ての記憶が、彼女の中から抜け落ちていた。

 

「……あなたは……だれ……?」

 

初めて君に向けられた、そのあまりにも無垢な問いかけに、あなたは言葉を詰まらせた。

 

そして、ある日、キリカは君の顔をじっと見つめ、ふわりと微笑んだ。

 

 

 

「……おりこ……?」

 

 

 

その瞬間から、キリカの中で、あなたは「織莉子」になった。

 

織莉子が生きていて、ずっと自分のそばにいてくれる。その歪んだ認識だけが、キリカの壊れかけた心を辛うじて繋ぎとめていた。

 

あなたは、何も言わずに、キリカの「織莉子」になった。

それが、あなたが彼女にしてやれる、唯一の償いだと信じて。

 

 

 

 

「織莉子……!今日も来てくれたんだね!あぁ、織莉子の愛を感じるよ……!」

 

キリカが病院を退院した後も、あなたは毎日キリカに会いに行く。

 

ある日あなたは昔織莉子から聞いた、キリカはパンケーキが好きという話を思い出して作る事にした。

 

「あ、織莉子、それはパンケーキじゃないか!もしかして私の為に作ってくれたのかい?ははっ、織莉子からこんなにも愛されるなんて……私は誰よりも幸せ者だ……!」

 

キリカの喜びようを見ると本当にそうだったのだろう。彼女は嬉々としてパンケーキにシロップをこれでもかとかける。

 

「さあ、シロップをたっぷりかけて……ん?何を不思議そうな目で見てるんだい、いつもの事だろう?何度も見てきたじゃないか……だってキミは……キミ、は……?っ、ぁ……頭が……っ」

 

彼女は頭を押さえて苦しみ始める。

 

時折、こうしてキリカの記憶と現実の矛盾を認識する事で、断片的に蘇ろうとすることがあった。頭を押さえて苦しみ、怯えたように君を見る。

 

その度に、あなたはただ黙って彼女の手を握り、キリカが再び穏やかな「織莉子」との世界に戻るのを待つしかなかった。その苦悶の表情を見るたび、あなたの胸は罪悪感で張り裂けそうになる。

 

 

 

 

しかしあなたは、ずっとキリカのそばを離れなかった。

 

彼女が「織莉子」と呼びかける度に、穏やかに微笑み返す。

 

失われた記憶の空白を埋めるように、歪んだ愛情で彼女を支え続ける。

 

それが、あなたが選んだ道。

 

キリカの笑顔を守るため、あなたは一生をかけて、この罪を背負い、彼女に寄り添い続ける。

 

窓の外には、あの日と同じ夕焼けが広がっていた。

 

しかし、その赤は、君の目にはあまりにも黒く、重く映るのだった。

 

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