あの日、貴方、――さんを見つけた瞬間、私の世界は色鮮やかに輝き始めた。予知が告げる、私たちは結ばれる運命なのだと。
「見つけたわ、私の運命の人……」
この確信に満ちた喜びを、隠すことなんてできない。
私の心は、あなたとの輝かしい未来への期待で、ただただ満たされていた。
「――さん、おはよう。今日もいい天気ね。一緒に登校しましょう?」
だから、あなたの腕に自分の腕を絡めるのも、私にとってはごく自然なこと。
「織莉子」と名を呼んでほしいと願うのも、これから永遠を共にする私達だから当然のこと。
周囲の戸惑いの視線など、気にもなりませんでした。だって、私たちは「運命」ですから。
この力は、あなたと結ばれるためにこそ授けられたのだと、本気でそう思ったんです。
ただ……キリカ。あの子が、苦々しい表情で私たちを見ていたことには、少しだけ胸が痛みました。
キリカは私の大切な友人。
あの子がなぜそんな顔をするのか、初めは分からなかった。
もしかしたら、キリカもあなたに惹かれているのかもしれないけれど、私とあなたの「運命」の前では、それは些細なことだと……そう思おうとした。
キリカがあなたに突っかかるようになった時も、私はまだ、事の深刻さを理解していなかった。
けれど、魔女の結界での一件……貴方が深手を負いながらもキリカを助けたと知った時、私の心に初めて、はっきりとした影が落ちたわ。
「――さんが、あなたをここまで運んできてくれたのよ。彼も深手を負っているわ……あなたを庇って、ね」
キリカにそう告げた時、私の声には自分でも気づかないほど複雑な感情が滲んでいたのかもしれない。
大切なキリカが助かったことへの安堵。そして、私の「運命の人」である貴方が、他の誰かのために命を懸けたという事実への……小さな、けれど無視できない棘のような痛み。
貴方がキリカを助けた。
その事実は、私の予知した未来に僅かな不協和音を生じさせた。
そして、その日からキリカのあなたへの態度が変わっていくのを、私は敏感に感じ取っていた。
あの刺々しさが消え、どこか戸惑いを秘めた優しさが芽生え始めていることに。
その日から、あなたとキリカが親しげに言葉を交わす姿を目にする機会が増えたわ。
そのたびに、私の胸は締め付けられるように痛む。
予知が、あの忌まわしい予知が…あなたとキリカが結ばれる未来の光景が、脳裏を掠めるの。
「違う、そんなはずはない」と必死に打ち消そうとしても、まるで現実のように鮮明に思い出される。
キリカ、どうしてあなたが?
あなたは私の、たった一人の親友だったはずなのに。
私の大切な――さんを、あなたが奪おうとしているの?
ふとした瞬間に、キリカの笑顔を見るだけで、腹の底から黒い感情が湧き上がってくる。
それは紛れもない「憎しみ」。キリカさえいなければ、私の未来は輝かしいままなのに、と。
でも、次の瞬間には、キリカとの楽しかった記憶が蘇るの。
一緒に笑い合ったこと、互いの秘密を打ち明け合ったこと、私が辛い時に何も言わずに傍にいてくれたこと……。
そんなキリカを、心の底から憎むことなんて、出来なかった。
友情と憎しみ。愛する人を「取られそう」な焦燥感と、親友の幸せも願いたいという矛盾した想い。
その二つの感情が、私の心の中で激しくぶつかり合い、私を少しずつ狂わせていった。
眠れずに自問自答を繰り返す日々。
この苦しみから逃れる術はないの……?
私の「運命」は、本当にあなたと共にあるの……?
疑念は、雪のように静かに、けれど確実に私の心に降り積もっていく。
そんな葛藤の日々が続いていたある夜のこと。
私は、決定的な予知を見てしまった。
それは、私が存在しない世界。
そこでは、あなたは……――さんは、キリカと二人、穏やかに微笑み合っていた。
一点の曇りもない、完璧な幸せの光景。そして、もう一つ。
私が存在することで、あなたが苦悩し、キリカが涙を流す未来も。
雷に打たれたような衝撃。
全身の血が逆流し、呼吸すらままならないほどの絶望感。
「まさか。そんな……」
今まで、私はキリカがあなたとの間の障害なのだと、そう思い込もうとしていた。
キリカがあなたを「奪おうとしている」のだと。
けれど、違った。
本当は……私が、あなたとキリカの間の「障害」だった。
私がいるから、キリカはあなたへの想いを心の奥底に押し殺し、苦しんでいた。
私がいるから、あなたもまた、キリカへの想いを私への気遣いで覆い隠し、葛藤していた。
私が愛する二人が、私の存在そのものによって、深く傷つき、苦しんでいたなんて。
その残酷な真実に気づいた瞬間、私の世界は音を立てて崩れ落ちたの。
足元から奈落の底へ突き落とされるような感覚。
生きる意味だと思っていたあなたの隣が、私の場所ではないと知る絶望。
そして、大切な友人であるキリカの幸せを、私が奪っていたという罪悪感。
「そう……私の生きる意味……そうだったのね」
答えは、一つ。
私が、この世界から消えること。
でも、ただ消えるだけではダメ。それではきっと、優しいあなたたちは自分を責めてしまうでしょう。
私が死んだ後も、罪悪感という名の鎖に縛られ続けてしまう。
ならば、私が徹底的な「悪役」になるしかない。
私が憎まれ、排除されるべき存在になることでしか、あなたたちは本当の意味で解放されない。
あなたたちが、何の呵責もなく、二人だけの幸せな未来へと歩き出すためには、私がそのための道化を演じきるしかないの。
涙は涸れ果てた。代わりに、私の心には冷たく、硬く、そして悲しいほどに澄み切った決意が満ちていく。
キリカ、ごめんなさい。――さん、ごめんなさい。これから私は、あなたたちを傷つけるでしょう。
けれど、それは全て、あなたたちの未来のために。
あの日、倉庫でキリカと対峙した時、私はもう、覚悟を決めていました。
「なぜなの、キリカ。あなたは私のものだったはずでしょう?」
私の言葉は、あなたとの未来を邪魔するなという警告のようでいて、実は、これから始まる悲劇の幕開けを告げる、私自身の弔いの鐘の音。
「違う! 私の愛は織莉子だけだよ!」
その言葉に一瞬心が揺らぎそうになる、ですがあなたのことになると口ごもるキリカの姿に、私は自分の選択が間違っていないことを確信するしかありませんでした。
「はあ……キリカ、貴方には失望しました」
それは、キリカへの本心ではなく、これから私が演じなければならない、冷酷な悪役としての最初のセリフ。
私の心は、きっと悲鳴を上げていた。
あなたとキリカが手を取り合って走り去る姿を校舎の窓から見下ろした時、私の心は決まりました。
「許さない……私の未来を、私の――さんを奪うなんて……絶対に」
いいえ、本当はこう。
「二人を解放するために、私は喜んで『奪われた悪役』になりましょう。そのための筋書きは、私が完璧に描いてみせます」と。
黒薔薇をあなたに手渡した時、私は震える心と身体を無理やり抑え込む。
「永遠の愛」「あなたは私のもの」そして『死』。
それは、あなたへの歪んだ執着を装った、私自身の結末の暗示。
「キリカ、あなたはもう必要ないのよ」
この言葉が、どれほどキリカを傷つけるか分かっていました。
でも、そうしなければ、あなたは私を「討つ」決意を固められない。ごめんなさい、キリカ。ごめんなさい、――さん。
私の狂気の演技は、日増しにエスカレートしていく。
窓を覆う薔薇の花びら、囁きかける声、奪われる私物…。全ては、あなたに私を憎ませるため。私を、この世界から排除すべき「悪」だと認識させるため。
キリカが私に詰め寄るたび、胸が張り裂けそうだった。本当は、今すぐにでも抱きしめて謝りたいのに。
「ああ、キリカ……あなたも祝福してくれるのね、私と――さんの、この深遠なる愛の絆を」
そう嘯く私の心は、もう何処にあるのかわからない。
公園での戦い。キリカを本気で傷つけるつもりなどなかった。
むしろ、心のどこかで、キリカが私を止めてくれることを願っていたのかもしれない。強い眼差しで、私の過ちを正してくれることを。
でも、キリカの刃にはためらいがあった。その優しさが、私には辛かった。
「甘いわ、キリカ!」
私は、自ら悪役を演じきるしかない。そうしなければ、誰も救われない。
「まだ分からないのね、キリカ。あなたはもう、私の未来には必要ないということが」
この言葉で、キリカの心を完全に折る。そして、あなたに最後の選択を迫るの。
「見つけたわ、――さん」
血に濡れた武器を手に、あなたの前に立つ。私の心は、嵐のように荒れ狂っている。
「あなたが私のものになるのなら、キリカは助かるかもしれない。でも、もしあなたが私を拒絶するのなら……あの子がどうなるか、分かるでしょう?」
最も卑劣な脅迫。これで、あなたは私を許さないでしょう。
私を、断罪する理由ができる。それが私の狙い。
「今の……織莉子は……おかしく、なってる……私は……気に……しなくて……いい、から……」
キリカの弱々しい声が聞こえた時、胸を締め付けられる思いでした。
ごめんなさい、キリカ。最後まで、あなたに辛い役をさせてしまって。
でも、もう終わるわ。
あなたのその言葉を聞いた瞬間、私の心臓は大きく高鳴りました。計画通り。これで、あなたは私を……。
「まあ、――さん! 本当に? ああ、嬉しいわ……! やっと、私の愛に応えてくれるのね!」
歓喜の声を上げ、魔法少女の変身を解き、無防備にあなたを迎え入れる。この瞬間のために、私は全てを捧げてきたのです。
そして――貴方の刃が、私の胸を貫いた。
「え……?」
熱い衝撃と共に、視界が赤く染まる。痛みよりも先に、安堵感が私を包みました。
ああ、これで……これで、良かったのですね。キリカを憎む事も無く、――さんを愛したまま、2人の糧となって死ぬ事が出来る。
「あ……あ……――……さん……? なぜ……わたしは、こんなに……あなたを……愛して……るのに……」
これは、悪役としてじゃなく私の本音であり本心。
そして、あなたへの最後の告白。
どうか、罪悪感に苛まれないで。これは、私が望んだ結末なのだから。
あなたの腕の中で、意識が遠のいていく。キリカの絶叫が聞こえる。
私は薄れゆく意識の中で、貴方とキリカへの想いを心の中で零す。
(ごめんなさい……でも……許されるのなら……ほんの少しだけで、いい……――と、キリカが……ずっと、覚えていてくれたら……なんて……ふふっ……贅沢…………よね…………)
あんなにも酷い仕打ちをして、憎まれるために行動してきた私が、こんなことを願う資格などない。
それでも、心の奥底から湧き上がるこの小さな願いを抑えきれなかった。
もう声は出せない。けれど、あなたとキリカの未来が、どうか光に満ち溢れたものでありますように。
貴方の温もりを感じながら、私は静かに目を閉じた。