映画ザ・バットマンのエドワード・ナシュトンと友達の話 作:hiro
一緒に脱走して住んでいる設定です。
出会って1年目の紙婚式な二人。
謎々を解きながら友達の所へ行くナッシュトン君の話です。
友人が出かけたことに気がついたのはその日の昼過ぎだった。
「お昼ご飯できたよ」
部屋の扉を開けると 折りたたんだ メモ用紙がテーブルの上に置いてあった。
小さな?が書かれた それは 私に当てたメッセージだ。
紙には0と1の数字の羅列が延々と書いてある。
その数字が意味するものを 私は 瞬時に理解した。
2つの記号 、〇でも✕でもあるいは数字の0でも1でも良いが……2つの記号を組み合わせて メッセージを作る…それが指し示す暗号はモールス信号だ。
『今日は何の日?』
解読したメモにはそう書かれている。
そして 住所と思われる通りの名前が記されている。
私は 本棚からゴッサムの地図を取り出した。
場所を確認するとメモを片手にアパートを後にした。
私の友人は気まぐれだ。
いきなり 姿を消して2〜3日してひょっこり 姿を現す。そんなことはいつものことだ。何をしていたのかと問い詰めれば、欲しかったモノが手に入りそうなのでマフィアとドンパチ やっていたとか、気に入らないやばい連中を締めに行ったとか……少しは心配する私の身にもなってほしい。
そのことを告げると彼は大概笑って 「今度からそうする」と答える。
そして そんな話をしたことはまるで覚えていないかのように また 危ない橋を渡るのだ。
危うい、やることの危なっかしい友人に 私はいつも振り回されている。
怪我をして帰ってくることもしょっちゅうで、この1年で私はずいぶんと手当がうまくなった。
彼を見ていると放っておくと死んでしまうのではないか、という気分にさせられる。それはやることの危うさだけではなく、その外見からも感じてならない。
私よりも小柄で痛々しいその外見は昔、本で見た絵画のムンクの『病める子』を連想させた。
『病める子』はムンク 自身の病気の姉とその母をモチーフに描かれた絵画だ。
病気の姉は 弱々しく痩せ細り今にも消え入りそうで顔を伏せた母親の姿は の姿は重々しく胸が押しつぶされそうになるほど感情に訴えかけてくる。
初めて友人のその姿を見た時は、あまりにショックで胸が押しつぶされそうになったものだ。
いつも明るい声で話しかけて 私を慰め 励ましてくれるその声の主がこんなにも 小さくて痛々しい姿をした子だったなんて。
……彼のその姿を見た時 幼い子供のような気がした。
彼の正確な年齢なんてわからない。正直 私より年上か年下かも。
老人のようにひびが入りシワだらけの肌。全身 ひどい ケロイドであかぎれのように避けて血が滲んでいたり 赤く膨れ上がった傷跡。笑ったようにも見える口元のひどい傷。まだらに抜け落ちた頭髪はパサついていて瘡蓋や体液でこびりついて汚れており、一風変わった緑色をしていた。
ただ彼の声のトーン 声色や 話し方 それらはとても若々しい印象を与える。
そしてその目は白目の部分がひどく澄んでいて、そこに 湖の底のような青い目が収まっている。
それはどこか幼い子供の目を彷彿とさせた。
幼なげでやることが危なっかしくて、わがままで気まぐれで誰よりも賢くて手に負えない性格の私の友人。
……今度は一体何を始めるつもりだろう?
私はポケットの中のメモ用紙をくしゃくしゃといじりながらバスに飛び乗った。
脱走した当初の頃は正体を隠さなければならない、誰にも見つからないように 潜伏しなくてはならないと緊張してビクビクと生活を始めたが…すぐにそんなことをする必要はないと気がついた。ここは ゴッサムだ。 犯罪者が当然のように大手を送って歩いている、そんな都市だ。私が誰だか気がついたものがいたとしても警察に通報するなんてことはない、何処もかしこも 探られれば腹の痛い奴らばかり、あるいは面倒ごとには関わりたくないと逃げていく連中ばかりだ。
隠れる必要なんてない 堂々としていれば良い。
そのことに気がついてからは普通にバスだって乗るようになったし、なんならばスーパーにだって、いいやそれどころか 市の公共施設である図書館や役所にすら行く。まるで今までと変わらず私は事件など起こさなかったかのようだ。
今だって こうやってバスに乗って窓の外を見ている。
流れ行く風景は 所々に見える異様に高い 摩天楼に視界を遮られる。
風景をぶつ切りにし光を 乱反射し薄汚れた灰色のゴッサムの街での建物だけが異様にギラギラと光って見える。それは建物にすら現れているのだ。 ゴッサムの弱者と強者、虐げられひたすら貪られるものとそれらを貪り食い ひたすら肥え膨らみ 続ける者たち。あの塔にいる者たちにはきっと朝から晩まで働きづくめそれなのに 何一つ 報われず死んでゆく者たちのものなことなど何もわからないのだろう。
バスから降りればウェインタワーのすぐ近くの古びた建物へと私は向かった。
メモに書かれた情報通りならばこの古びた建物のどこかに友人が次の手がかりを残しているだろう。 あるいは本人がそこにいるか。 ヒントになるものはないか とメモを取り出し じっと見つめる。紙は目の荒い方眼紙だった。 裏返してみると20×30のマスの1つに印がついてある。それは、はじめにメモを見つけた時の?の印だった。
あぁ、単純な謎解きだ 。紙を横にすれば建物を正面から見た時の窓の数と一致する。 つまり印がついているところに次のヒントがあるのだろう。
私は建物の中へと入って行った。
印がついていた部屋の扉を開ければそこは物置だった。
ここに何かヒントがあるのだろう。友人がどういうつもりでこんなゲームを仕掛けているのか、分からなかったが…謎解きは大好きだ。 当然そのことを友人は知っている。そして彼はいたずら好きでサプライズが大好きだ。
今日が何の日かを思い返せば、きっとこれは友人からの贈り物なのだろう。 いささか私には単純すぎる謎解きだが、彼が私を喜ばそうと考えてくれたのならば こんな嬉しいことはない。
物置の棚を1つずつチェックしていく。
ガムテープで封をされたダンボールがいくつも並んでいる。だがその中で一つだけ 封が開いているダンボールがあった。棚から下ろせば上に小さく?が書いてある。見つけた! 次のヒントだ。
「…これは!」
中に書類の束が入っている。
そこに書いてあったのは偽の慈善団体の市への虚偽の申請のための偽造書類だった。ふつふつとマグマのような怒りが 腹の底から湧き上がってくる。
……友人はこれを見せたかったのだろうか?
明らかな証拠となる数枚の資料を私は鞄の中へとしまい込んだ。
粛清しなければならない連中のリストに新たな団体を追加する。
私は次のヒントを探した。
資料の最後に数字の羅列が書いてある。 明らかに友人の文字だ。
あぁ、これは単純だ。
26までのアルファベット、それを数字の番号で表しているだけだ。
『地下鉄でこい』
…だけどこの指示は一体何だろう?
私は建物を出て、道路を横切り地下鉄への階段を降りて行った。
地下鉄のホームは薄暗く、壁沿いにホームレスが寝転がっている。そのことを気に留めるものはおらず、まるで存在しないかのようだ。
私は自分が小腹が空いていることに気がついた。ぐるりと辺りを見回す。
ホームの中にあるドーナツのファストフード店に入る。あたりに甘い匂いが立ち込めている。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは 。おすすめってありますか」
「それでしたらこちらの季節のドーナツセットなどいかがでしょうか。 新発売でございます」
「だったらそれをください。それと紙パックのコーヒーを2つ 」
「ありがとうございます 。少々お待ちください」
私は半ダースのドーナツとコーヒーが入った紙袋を手に再び店を出た。
ホームレスに、ドーナツを買った時にもらったお釣りをそのまま渡して、そばを通り過ぎる。
地下鉄がやってくるまで待つ間、騒ぎ声が聞こえてそちらの方を振り向いた。 見るとそこには 2人の体格の良い男と一人の少女が揉めていた。
「やめて離してよ。盗んだものはちゃんと返したでしょ」
「うるせえクソガキ!許さねえ。 痛い目に遭わせてやる」
「やめて、やめてよ」
大方あの子はスリにでも失敗したのだろう。 ……だがしかし、 大の男二人がかりでとなると。
「やめろ。 嫌がってるじゃないか。子供1人に大人2人で恥ずかしくないのか」「何だと てめえやるのか!」
男の一人は私の胸ぐらを掴み今にも殴りかからんと拳を振り上げた。
だがもう一人の男は、私の顔を見るなり青ざめた。
「…おい、こいつ やばいって」
男は、私に掴みかかっている男に耳打ちする。
私の正体に気がついた2人は 蒼ざめて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
事件から1年経っているが、私の顔を覚えているものは多い。世間の反応は様々だ。 私に共感する者、恐れる者、嫌悪感を抱く者。神格化するのも恐れるのも、いずれも私の姿を正確には捉えていない。
生まれてからずっと事件を起こすまでの間 、私は存在しないも同然だった。社会からも他人からも無視され、まともに話せる相手など1人だっていなかった。
彼だけだったのだ。
初めて 私の話をまともに聞いてくれた相手。
私と目を合わせ 私の姿を見てくれた相手 。きっと今もそうだ。
正確に私の姿を見てくれるのは彼だけだ。
私を神格化するものも恐怖を抱くものも見ているのは私自身ではない。
彼らが必要とし あるいは恐れているのは 『リドラー』だ。
エドワード・ナッシュトンというつまらないみじめな男の上に『リドラー』 は存在する。社会に無視され続け踏みにじられ続けた人生の上に生まれた憤怒こそ『リドラー』なのだ。
そう、だからこそ私は『リドラー』であり続けなければならない。
ちょうど1年前の今日、彼が声をかけてくれなければ、私は全てを諦めてしまっただろう。
もし人生で一番幸福な日を選ぶなら、私はあの日を選ぶ。
人生で最も惨めで最も最悪な1日。
だがそれと同時に、 最良で最高で最も幸福な1日。
彼と笑い合ったあの瞬間こそが私にとって人生で最も幸福な瞬間なのだから。
それはきっと今後何があっても変わらないだろう。例えば私が死んだり彼が先に死んでしまったり 死別 や あるいは もっと最悪な喧嘩別れ…そんなことがあったとしてもきっとあの日笑いあったことは私にとって最もベストな瞬間だったのだから。
「あの…あ、ありがとう」
少女がおずおずといった感じで話しかけて来た。
ほつれた髪に薄汚れた服 、誰も保護してくれる者がおらずきっと一人で生きてきたのだろう。 子供の頃の自分が重なる。 最も私は孤児院にいたのだけれど。そこから逃げ出して一人で生きていくだけの勇気はなかった。
「…怪我はない?」
「うん」
彼女はそう言うのとほぼ同時に腹の音が グーッとなった。
「食べる?」
私は ガサゴソと袋を開けてドーナツを2つ取り出した。
「うん!」
女の子は幾分弾んだ声になり、ドーナツを受け取ると むしゃむしゃ と食らいついた…よほどお腹が空いていたのだろう。
不遇な人生を送るものは山のようにいる。
誰にも顧みられない ホームレスも、この少女のような孤児たちも。どうしてこんなに世界は不条理なのだろう。
私は少女と別れ 地下鉄へと 乗った。
電車はゆっくりとバスで来た距離を逆走してゆく。
ウェインタワーのすぐそばの駅が出発点、 そして あちらこちら迂回しながらゴッサムの郊外まで走って行く。 大きな建物があるところに駅がある。地上には地上には バスから見た時に見えた 摩天楼がきっと何本も立っているのだろう。 都市は上部だけではない下部もまた 複雑で込み入って存在し人々の営みを支えている。
人間の作り出した都市は人間の本質そのものに似ている。上層部にきらびやかな世界が広がり その中間層がさらに広がるが、 それよりももっと多く 下腹部で惨めな生活を強いられる人々が存在するのだ。生態系のピラミッドの頂点の捕食者にも似た エゴイズムの塊の人間たちが上部にしめていてその下の人間たちを貪り食っている。
…貪り食う、それが人間の本質である。
やがて電車は地上へと飛び出し終点へと着いた。
いつのまにか、かなりいい時間になっていて夕焼けが辺りを金色に染めている。
ここはかつて高級住宅街があった地域。今はボロボロの古びた 高層ビルディングが何本か立っている。
一見すると 廃墟のようだが まだそこには人々の営みがあり、公共インフラ も死に絶えたその建物の中に小さなスラム街が形成されている。わずかに ビルの間から立ち上る煙や干してやる洗濯物や生活ゴミがそこの人々の生活を物語っている。
マフィアすらよりつかない 最下層の人々。
私は建物の中へと入って行った。訝しがって私の方をジロジロ見てくる人はいたが 特に声をかけようとはしない。私は気にせず上へ上へと登った。
空は金色から 禍々しいほどの赤に変色していた。
屋上の扉を開くと手すりに腰掛けて足をぶらぶら とさせている小さな人影が見えた。 見慣れたシルエットだ 。
「ジョーカー」
と言うと、彼はゆっくりとこちらを振り向いた。
私は彼のそばまで歩いて行く。
「そんなところに腰かけてちゃ危ないよ。 」
そういうと 彼は笑みを浮かべひらりと舞い降りて私のところへやってきた。
だんだんと薄暗くなってゆく街は高層ビルが日の光をあちらこちらに乱反射している。夕日の光は彼の肌をいつもより、ほんの少し 赤っぽい色に染め上げていた。瞳が群青色に染まって太陽の光を反射している。彼の瞳はうっすらと 細められ、そこに 親愛の情が浮かんでいる。
「今日は何の日だ?」
「ガイ・フォークスデー11月5日。私の計画が失敗に終わった日、そして君に出会った日」
そういうと 彼は笑い声をあげて私に紙の束を渡した。
「正解」
「これ…は?」
「1年目には、紙 …だろ?」
それは結婚記念日に送るものだろう。…だったら2年目は藁か綿、3年目には革。
半世紀を共に過ごして金をお互いに送りあうのか?
ともに生きともに笑い 共に過ごすその時間を彼はずっと共有してくれるだろうか。
私は彼が渡した紙の束を見た。
「これ…」
それはゴッサムの地図だった。 いたるところに赤い印がしてあり 矢印や記号が書き込んである。
「悪くねえだろ。 まだ草案だが」
これは私のカムバックのための計画だ。胸にジーンと熱いものがこみ上げてくる。 私のために考えて用意してくれていたのか。
「…ありがとう。 だけど、どうして家でなくてここまで呼び出したの?」
「うん? だって実際に街を見ながら考えた方が話が進むだろう。なあ エドワードお前はどこからこの街に制裁を加えてやりたい?」
私はまっすぐに街の方を見た。なるほど、ここからはゴッサムの全体がよく見える。
「まずはあそこから」
正面に見えるひときわ高いビルを指さし、私はそう言った。
「HAHAHA,それはいい !」
ウェインタワー、忌々しいゴッサムの象徴。
私は紙袋を開きドーナツと紙パックのコーヒーを彼に差し出した。
マロンのフレーバーがかかったそれはひどく甘ったるい。ブラックのコーヒーが味を中和し口の中を洗い流してくれる。
「悪くねえな。ちと甘すぎだが、コーヒーと合ってる 」
「うん美味しいね」
計画書に目を通して行く。 どうやらゴッサムを火の海にしてビルを爆破して回る計画らしい。彼らしいと思う。
「ねえ。どうして地下鉄で来いって書いたの?」
「同じルートで戻ったんじゃつまんねえだろ」
「それだけ?」
「それ以外に何かあるってのかよ」
彼はそう言って 屈託ない笑顔で笑った。 だけど実際はどうだろう。
ゴッサムの交通ルートを理解しておけという意味ではないだろうか。
地下鉄というのはターゲットを追い詰め確実に仕留めるためにも、あるいはシェルターにも脱出経路にも使える。
利用方法は それこそ無限大と言っていいほどある。
だがそれを利用する人たち、あるいはそこにいなければならない人たちのことも考えなくてはならない。あの少女や ホームレスたちのような。
ゴッサムがどうあるべきか…それは 取り組むべき難題であり、また それを ゴッサムに課すのは私の使命である。それは隣の友人と共に行わなくてはならぬ。
黄昏は辺りを真っ赤に染め上げる。
それはさながら 地獄の業火のようであり、罪人を焼き尽くす最後の審判の炎のようでもある。
私は天命を果たさなければならない。
どうかどうか、その時に友がずっとそばにいてくれますように。