映画ザ・バットマンのエドワード・ナシュトンと友達の話 作:hiro
二人でクリスマスの買い物に行ったり、家でクリスマスディナーをしたりのほのぼのとした日常の話。
トモダチ目線。
二人で脱走して一緒に暮らしている設定です。
ホリデーシーズンはどこも騒がしい。
街中賛美歌やクリスマスソングで溢れ返り、色とりどりのデコレーションやらツリーやら、夜はイルミネーションまで輝いている。
俺たちが身を隠している貧民街も、それは例外ではない。
かつてゴッサムという都市ができた初めの頃はそれなりに名がある百貨店だった建物は、もうボロボロで何人も持ち主が変わり、今は安い貧民街の人間が利用するディスカウントショップへと変わっていた。街は生き物だ。かつて栄えた部分がやがて古くいたんでスラムと化すのは世界中どこでもよくあること、それはゴッサムだって例外ではない。かつて栄えた都市の中枢は貧民街へと姿を変えている。
店の中は広くてゴチャゴチャと薄汚い。無駄に大きいゴミ溜めのような売り場にチープな商品が並んでいる 。
安っぽいクリスマスツリー、おそらく来年は使えないであろうクリスマス用の飾りや大量生産の綿がスカスカのクッション、いかにも子供騙しなクリスマスブーツ、 どう見ても上等ではない 安っぽいラッピング用紙にリボンにプレゼント用の箱、これ以上をダサいデザインはないアグリーセーター(10 Lサイズまである)。 食品コーナーにはクリスマスパッケージのスナック菓子に安物のワイン、はっきり言ってバサバサでまずいが腹だけは膨れるパン、合成染料たっぷりの見るからに毒々しいお菓子、パック詰めのクリスマスケーキ、切り分けてやはりパック詰めのスライスされたチキンのようなターキー。
金額相応の … だがそれは貧しい人々がクリスマスを楽しむためには必要としている商品が溢れかえっていた。
さてそんなパッとしないディスカウントショップでエドワードは子供のように目を輝かせていた。
貧民街というのは身を隠すにはもってこいだ 。
木を隠すには森の中…だったら人を隠すのは人間の中だ。 まして ここでは犯罪者だらけ、警察の目が届かず 殺人も強盗も日常茶飯時…一体誰が俺たちに気をかけるって言うんだ 。
たとえ俺たち、正確にはエドワードの素性に気がついたやつがいたとしても警察に通報なんてすれば 自分たちが腹を探られるだけ。そんなバカなことをするやつは誰一人いやしない。どいつもこいつも何かしらの悪事を働いている連中ばかり。
そんなわけでアーカム精神病院を脱走した 俺たちが 貧民街を選んだのは当然の成り行きだった。治安が悪い…それは俺たち犯罪者にとっては むしろ最高のセキュリティと言えた。 身を隠し守らねばならないのは警察からであり、貧民街の犯罪者など取るに足らない。
ディスカウントショップで生活必需品を購入しているうちに顔見知りになった店員たちは俺の姿を見ても、何も言わない。(自分で言うのもなんだがひどい外見だから、初めて会ったやつは大概警戒するし下手すりゃ攻撃してくる) それにこのあたりでは一番大きくて一番買い物がしやすい店だから自然と足がここへと向かう。
…まあ、そんなわけで今日もエドワードと買い物に来ているわけだが。
「 ねぇ、これ買ってもいい?」
弾んだ声で身の丈ほどもあるクリスマスツリーを抱えエドワードはそう言った。キラキラと目を輝かせた瞳は、まるっきり子供のそれである。
「はぁ!?バカ!あんな小さなアパートのどこに置く気だよ!場所を考えろ!」
「ねえ、いいでしょ?だってこんなに綺麗だよ?」
「だめだ!ダメ!絶対ダメ!!」
「やだ!買って帰る!!」
「「ダメ!!!!」」
「やだ!やだ!!やだ――!!」
エドワードの目は あっという間に涙が溜まって行く。
「やだーー!!やだー!」
周りの客が 騒ぎに気がつき こちらの方をジロジロ見始めた 。
エドワードはまるで構わず、小さな子供が癇癪を起こし泣きじゃくるように ボロボロと大粒の涙をこぼし泣いている 。
「…分かった! 分かったから 泣き止め!」
そう言うと泣き声はほんの少し小さくなる。
「買ってもいいぞ」
「…本当 ?」
「やったー♪」
グスクスと鼻をすする音が聞こえて涙がいっぱい溜まった目は、笑顔へと変わった。 手を挙げ子供のように大喜びする。
こいつには大概 甘いよな …俺 …はぁ〜
… 全くガキかよ !
そう心の中で悪態をつきながら、ため息をついた。
こいつは初めて会った時からこうだ。
あの時も大声で泣いていたっけ、さっきみたいな大きな泣き声で。
俺が慰めてやると泣き止んで…それから2人で大笑いしたっけ。俺は注意深くこいつが アーカム精神病院に収容されるのを待っていた。 俺の愛しのコウモリがこいつの情報を持ってきたその時から、こいつは使えると思った。 案の定、頭はすこぶる良い。 本人はまるで分かっちゃいないが、持って生まれた資質は桁が外れている。ほんの少し手を加えて伸ばしてやれば 俺にとって理想的な手駒になりそうだ。
…もっとも今のように突然泣き出してしまったり情緒不安定になることが稀にある。おそらくこいつは心を殺して生きてきたのだろう。
辛い時に泣かず、嫌なことを言われても笑って、 ずっと自分を抑え込んで、 まるでただの人間かのように振る舞い続けていたのだろう。
蓄積された感情がこいつの中の本性を暴き出しあのような事件に至ったわけだろうが、こいつ自身まだ 自分の中にある凶暴性·残虐性それに知性すらわかっていない。それに今のような子供じみた癇癪を起こすのは 精神が不安定になっているからに相違ない。 こいつから信頼を引き出し俺が望む人間に作り変えるには時間をかける必要がある。
…楽しみながら行こうじゃないか。なぁ、エドワード?
エドワードはご機嫌で大きなショッピングカートにツリーを乗せ、 他の商品も入れて行く 少し大きめのクリスマスリースに、ドアにつける粘着テープ、 フェルトのクリスマスブーツ。
「なぁエドワード それは子供が買うものだぞ?」
「…ダメ?」
「別にダメじゃねえけど…」
子供じみたふる前に俺は目をつぶることにした。 どうせ聞かないだろう。
シャンメリーをカートに入れるエドワード。
「ワインじゃねえぞ、それは」
俺がそう言うと、
「ダメ?」
そう言って潤んだ目でこっちを見る。
「…別に 」
俺はまた一つ、ため息をついた。
もうここまでくれば 呆れてものが言えない。
「一度、これを飲んでみたかったんだ…」
そう小さく言うのが聞こえた。
パック入りのターキー 、2人で食べるには十分な大きさの安っぽいクリスマスケーキ、クリスマスの絵柄の紙皿、キラキラした チープなモールやクリスマスの飾り。 今夜だけのクリスマスを楽しむには十分だろう。 どうせ明日には片付けてゴミとして捨ててしまうわけだから。
ツリーだけは手持ちで持って帰るにはあまりにも大きすぎてディスカウントショップのボロボロの小さなトラックを借りることになった。
「なんだお前、運転できんのかよ」
「うん、一応ね…免許は持ってる」
「ふーん、じゃあ計画に使えそうだな」
たわいのない話をしながらツリーをアパートにおろし、トラックを返した後夕方のディナーに向けて部屋を飾り立てる。
とはいえ2人っきりで 一緒に住んでいるのにパーティーもへったくれもないだろうが。
準備が進めば もうすっかりあたりは薄暗くなっていて、夕飯にはちょうどいい時間になっていた。テレビもどこもかしこもクリスマスのニュースをやっていて、 賑やかな街の様子が映し出される。 最も映し出されるのは金持ち たちが住んでいる地域ばかりだが。 貧しき者たちはニュースにすらならない。 わずか1%の金持ちばかりが注目され それ以外の連中はまるで存在しないかのように扱われる。
ーだからこそのリドラーだ。
こいつの協賛者たちはやはりこいつと大して変わらない身の上の連中が多い。 こいつが起こした事件でたとえ 被害が一番大きかったのが貧民街だとしても非難されずにいる理由はやはりこいつ自身が貧しき者だからだ。
シャンメリーを飲み酔っ払ったように話すこいつを見ながら、 あぁこいつは今までこんな経験をしてこなかったのだろうなとふと思った。
子供達が寒さで凍え死ぬようなひどい悪環境の孤児院でクリスマスのパーティーなどしてもらえるはずがない。ましてやプレゼントなどもらったことは一度もないだろう。
だから、このはしゃぎ様なのか。
ケーキは甘ったるいばかりで、けして美味しいとは言えない。
ターキーは味が濃すぎるし、そもそもこんな風に細かく切られていては チキンなのか ターキーなのかすら本当のところ怪しい。
それでもこいつにとっては初めてのクリスマスなのだろう。
お前が望めば良いものなどいくらでも手に入るだろうに…
あえてチープなクリスマスの飾り付け、豪華とはとても呼べないディナー、ワインですらなく子供が飲む甘ったるいばかりのシャンメリー。
これは子供の頃できなかった クリスマスのやり直しだ。
欲しかったのは些細な楽しい思い出。愛するものに囲まれて愛されて抱きしめられて迎えるクリスマス。欲しかったものが何一つ与えられなかった幼年期を過ごしたかわいそうなエドワード。かわいそうな孤児。
やがて ディナーは 終わりを迎え紙皿をゴミ箱に放り込むと、俺たちはベッドに向かった。
「早く寝なくっちゃ サンタさんが来ないね」
笑顔でそういうこいつに、 俺はただ、
「そうだな…」
とだけ返した。
そもそも大人にサンタクロースは来ないだろうが…
サンタクロースなんて残酷な嘘だ。
プレゼントはいい子がもらえるわけじゃない。 恵まれた愛された子供だけがもらえる。国によっては 良い子のところにはサンタクロースがやってきて プレゼントを、悪い子のところには魔女がやってきてベッドの下に炭を置いて行くという。 子供は炭なんてもらっても嬉しくないだろうが、実際は燃料となり子供たちを温めてくれる。
誰からも愛されない哀れな孤児は炭すらもらえない。
どうしたって世界は不平等にできている。
たとえ一人で生き延びて、ここまで成長できたとしても孤児だったこいつの心はずっとそのままなのだろう。人間が成長するためには 愛情というものは不可欠である。 それはすでに科学的な根拠のあるものであり、 愛情ホルモンのオキシトシンが不足した子供というのは成長することなく死んでいく可能性が非常に高い。 たとえ生き延びてもどこかいびつになってしまう、エドワードのように。
こいつは本来持っている能力が十分に活かしきれていない。
成長できなかった精神にほんの少しだけ栄養を与えてやる必要がある。
俺の手の中で、こいつがあるべき姿になってゆくのは実に面白いだろう。
だから ほんの少し …俺が。
エドワードが寝静まったのを見てベッドから出た。
ベッドの横にはフェルトのクリスマスブーツ。
自分で使っている机の引き出しを開ける。さて一体何が良いか…。
拳銃、ナイフ、万年筆にジョークグッズ … 何だっていいのだろう。 プレゼントをもらえるということ自体がエドワードにとっては必要な大事な経験だ。 ラッピング用紙なんて洒落た物はない。 チープでもいいから 昼間に買っておけば良かったか。 ラッピング用紙の代わりは新聞紙と空き缶、そこにプレゼント、リボンはお菓子の袋についていたものを使った。
あまりに不格好だがそれでもないよりはマシだろう。
それをエドワードの枕元に置く。
空っぽのクリスマスブーツには安物のワインとつまみのチーズ。
「明日、飲み直そうぜ…エドワード」
すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てるエドワードを見て、俺はまたベッドに潜った。
おやすみ、孤児だったお前にクリスマスの祝福を…