アルマから借り受けた輸送車、もとい一人乗りバギーと共に、俺はコロニーの中を走っていく。
事前の説明通り、俺が知る乗用車と比べれば、そのスピードは比べるべくもない。のんびりとした徐行運転でひた走るその様は、まるでアトラクション施設でゴーカートにでも乗っているような気分だった。
とはいえ、背後の荷台には大切な配給品――コロニーの食を支えるフードカートリッジがたっぷりと積載されている。
そうそうないだろうとはいえ、万が一事故でもすれば事なので、道中はうっかり油断しないよう気をつけながらの走行になった。
*
「おや、その車は糧食施設の物かね。配達ご苦労様、鎧装機兵くん」
道中ですれ違った初老の男性からそんな労いの言葉を頂く一幕を挟みつつ、俺は最初の目的地へと到着する。
「ここ……飲食店?」
ぽつりと零す俺の目の前に建っていたのは、大きな土地面積いっぱいに建てられた、四角い建物だ。
飾り気らしい飾り気はほとんどないものの、大きなガラス張りの窓から覗く内装はやや雑然としており、そこでは複数人の人々がめいめいに談笑や喫食を楽しんでいる様が見える。エプロンを着用した人間が店内を行き交っているのを見る限り、やはりここは食事場――それも大衆食堂の類で間違いないようだった。
「……裏口とかからの方がいいのかな」
客が使うであろう表口を経由するのもどうなのか、と思い、バギーを再発進させ――ようとしたところで、店の中からこちらへ手を振る人影が目につく。
視線を戻せば、そこには今まさに正面扉が開き、中からエプロン姿の女性が顔を出している光景があった。
「おーいあんた! カートリッジの配給に来てくれたんだろう? 悪いんだけど、直接中まで持ってきておくれ。ここを通ってくれて良いし、車はそのへんに停めといていいからさ」
よく通る声でこちらに呼びかけて来る、パンチパーマと恰幅の良い体格が特徴的な女性の指示に従い、店の入り口脇にバギーを直付けする。
バインダーに噛ませた帳簿と荷台を見比べ、それと明記された個包――カートリッジが満載された箱を躯体の膂力に任せて持ち上げ、俺はやや遠慮がちに店内へと足を踏み入れた。
「おじゃましまーす……」
「はいいらっしゃい! 今日は施設の人じゃなくて、鎧装機兵さんなんだね?」
雑然と並ぶテーブル席と、そこにたむろする人々が織りなす、いかにも大衆食堂然とした内装を背景に、溌剌とした声の女性が笑いかけてくる。
「あ、はい。チヒロっていいます。アルマさんのお手伝いで来ました」
「そうかい、よく来てくれたね。アタシはこの店の店長をしてる〈シシリー・ダイム〉ってもんさ。みんなからは『女将』って呼ばれてるから、あんたもそう呼んでおくれ」
シシリーと名乗った女性は、そう言って明るく笑いかけて来る。その立ち振る舞いからは、いわゆる「肝っ玉母ちゃん」とでも形容できそうな、パワフルな明るさが伝わってきた。
「見ない顔ってことは、あんた新人さんだね? これからよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそ。……と、受け取りの確認をお願いします」
「あいよ、ちょっと待ってな。おーい誰か、奥に運ぶの手伝ってくれやしないかい? 手伝ってくれたら、アタシから一杯奢ってやるよ」
シシリーの呼びかけに、店の奥からいくつかの声が返って来たかと思うと、いかにも力持ちそうな男性が数人ほどやってくる。
「おう嬢ちゃん、手伝うぜ」
「あ、ありがとうございます。でも俺、一応鎧装機兵なんで、一人でもなんとかなると思いますよ」
「だとしても、女の子に無理させちゃ男の恥ってもんさ。男手ってのは、こういう時のためにあるもんだからな」
「おめーの場合はタダ酒飲みたいだけだろうがよ。ちったあ下心隠せってんだ」
「そっちだって、女将につられてノコノコ出て来たくせによく言うぜ」
冗談めかして笑い合う男性たちが、俺の手からひょいと荷物を奪い取る。その動作は重量物を持っているとは思えないくらいに軽快で、こちらが謙遜する暇もなく、男性たちは店の奥へと消えていった。
「あの、シシリーさん。いいんですか?」
「いいのいいの。どうせ仕事が早く切り上げられたからって昼間から飲んだくれてる連中なんだ、手伝わせてやればいいのさ」
当惑する俺をよそに、シシリーはあっけらかんとそう言ってのける。
「それにね。アタシたち普通の人間は、常日頃からアンタたち鎧装機兵に守られてる身なんだ。守られてる側として、こういう時くらいは助けになってやりたいもんなのさ」
「……そういうもの、ですか?」
「ああ、そういうもんさ」
続けざまに放たれたシシリーの言葉に、俺は少し考えさせられる。
鎧装機兵の存在理由は「人類を存続させること」だ。
そんな理念が最初の認識としてあったせいなのか、俺の中では、一般市民は「守られるだけの無力な存在」だと、そう無意識に思い込んでいたらしい。
だが、実際はこの通り、そんなことは全くなかった。
確かに、一般人には鎧装機兵ほどの力はないし、外の世界で生きられる適応力もない。しかしそれでも、一般人は一般人にできることをこなして、鎧装機兵を助けて、支えてくれているのだ。
「……よし、確認終わったよ。はい、ごくろうさん」
密かに認識を改めていると、シシリーがバインダーにサインを書き入れ、俺に返却してくれる。
「っと、ありがとうございます」
「こっちこそ、ありがとうね。外の仕事で忙しいだろうに、こんなことまで手伝ってくれて、アタシらとしては頭が上がらないよ」
「いえ、そんな。コロニーの中について知るついでみたいなものなので、お気になさらず」
俺の謙遜になるほど、と頷くシシリーだったが、突然何かを思いついたように、その場でぽんと手を叩いた。
「そうだ、ついでになにか食べてお行きよ。配達を手伝ってくれたお礼にごちそうさせておくれ」
「え? いやそんな、申し訳ないですよ」
「何言ってんだい、ほんの気持ちだよ。差し入れの一つや二つくらいでバチなんて当たりゃしないさ」
突然の申し出に押し問答する中、ふと俺は首を傾げる。
「っていうか、俺って食べられるんですかね? 鎧装機兵になってからこっち、食事なんてしたことないんですけど……」
そう、俺はあの日目覚めて以来、なんの食事も摂っていないのだ。
この
「ん? マザーから教わってないのかい? 鎧装機兵だって飲み食いできるのは当たり前の話じゃないか」
――なんてことを考えていたら、眼前のシシリーが不思議そうな顔であっさりとそう断言した。
「……初耳です。何も教わってませんでした」
「ありゃ、そうなのかい。あのマザーがうっかりさんとは、珍しいこともあるもんだねぇ」
苦笑をもらしながら、シシリーが言葉を続ける。
「鎧装機兵はご飯がなくても活動できるけど、身体の中にあるナントカって機械のおかげで、食べ物からエネルギーを補給することもできるらしいよ。理屈はよくわからないけど、他でもない鎧装機兵がそう言ってたから、アンタもそうなんじゃないかね?」
確かに、他ならぬ鎧装機兵自身がそう公言していたのなら、間違いないのだろう。
その機兵が特殊な例だったなら話は別だろうが、話を聞く限り、当人だけの機能というわけではないようだ。
「……わかりました。いい機会なんで、食べられるかどうかの実験ってことで」
「ったく、最近の子は素直じゃないねぇ。ま、ともかく適当にかけて待ってておくれ。アンタに届けてもらったカートリッジ、早速使わせてもらうよ」
そう言ったシシリーが、呆れ半分喜び半分な表情を浮かべながら、カウンターの奥へ引っ込んでいく。
結局その後、俺は店にいた他の客と交流したり、シシリーが出してくれた料理――シンプルなハンバーガーとポテトのセットだった――をおっかなびっくり食べ、実際に摂食できることを確かめながら、しばしのひと時を過ごしたのだった。