大衆食堂での交流……もとい配達業務を終えた俺は、色々とお世話になったシシリーやお客さんたちに別れを告げて、次の配達先へとバギーを走らせていく。
商業区画には、シシリーの店以外にもいくつかの食事場があった。
扱っている商品はピザだったり和風な定食だったりとバラエティに富んでいるが、それらの供給は全て糧食精製施設のフードカートリッジによって賄われている。なので、配達先で出迎えてくれた人々は、みな一様にフードカートリッジの配達を快く出迎えてくれて、その配達人である俺のことも、また快く歓迎してくれた。
*
そうして、商業区画の方々を周った俺は、残り少なくなった次なる配達先へ向かうべく、帳簿へ目を落とす。
「……ん? これ、住宅区画のほうか」
一瞬どこか見間違えたかと思ったが、指でなぞった先には、確かに住宅区画のグリッド名が書き記されていて、俺は首を傾げる。
いくつか前に配達した商店の経営者さん曰く、民間人が自宅で使う分のフードカートリッジは、商業施設で売り出されているものを購入して手に入れるのが一般的らしい。つまるところ、これから届ける場所はその「一般的な層」とは外れた場所ということだ。
わざわざ配達が必要な居住区画とは、いったいどういう場所なのだろうか?
そんなことを考えて一抹の不安を覚えながら、バギーを走らせること数分。
「――なるほど、そりゃ必要か」
一人納得する俺の目の前には、目的地である家――ではなく、居住区画内に建てられた「児童保育施設」の建物があった。
居住区画の限られた土地に建てられているだけあってか、施設の規模としてはそこまで大きなものでもない。外観だけ見れば、その佇まいは「ちょっと大きな民家」程度のものだ。
だが、周囲の家々には存在しない「塀」の向こうには、砂場や小さな遊具など、限られたスペースを最大限活かすような形で整えられた外庭の様子が伺える。現代、というか俺の生きていた時代のそれとは比べ物にならないが、その佇まいはまさしく保育施設のそれだと言えた。
手近なところに停めたバギーを降りて、正門横に取り付けられたインターホンを押す。
電子音声そのものなチャイムが鳴って少しすると、スピーカーの向こうから受話器を取る音が鳴り、ついでそこから男性の声が聞こえてきた。
《はい、どちら様でしょうか?》
「こんにちは、鎧装機兵のチヒロです。糧食施設のアルマさんの手伝いで、食糧をお届けにきました」
《あぁ、そうでしたか。少々お待ちください》
受話器を置く音を聞いてしばらく待っていると、門の向こうの玄関口が開かれ、そこから人影が顔を出す。
現れたのは、目尻と頬の垂れた柔和な風貌を持つ、初老の男性だった。
「ようこそいらしてくださいました。この保育園の園長を務めています〈リック・ハルディン〉です。お忙しい中わざわざありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。受け取りの確認をお願いしても?」
バインダーを渡すと、リックと名乗った男性はにこやかに頷く。
紙面の内容に目を通し、注文と相違ないかを確認したのち、さらさらとペンを走らせると、丁寧な手つきでバインダーを返却してくれた。
「はい、確認しました。――ついでで申し訳ないのですが、中に運び込むのを手伝っては頂けませんか? なにぶん、今自由に動ける大人が私しかいないものでして……」
「もちろんです、任せてください」
シシリーの食堂では結果的にお客さんの手を借りることになったものの、本来単純な力仕事なら鎧装機兵である俺の領分である。なので、リックからの申し出はこちらとしても好都合なものだった。
ありがとうございます、と頭を下げるリックに会釈を返しながら、俺はバギーの荷台から配達物を引っ張り出しにかかった。
*
「あー! しらないねーちゃんがいるー!!」
規定数のフードカートリッジを倉庫へ運び込み、さて挨拶を……といったところで、不意に背後からそんな声が降りかかる。
振り向けば、そこにいたのは子供だ。160cmあるかないかまで縮んだ自分と比較して、それでもなお腰ほどまでしかない身長の小さな子供が、好奇心で煌めく瞳と共にこちらを指差していた。
「ほんとだー! しらないおんなのひとがいるぞ!」
「くせものだー!」
「であえであえー!!」
「え、えぇ?!」
かと思えば、その後ろから次々出てきた子供たちが、きゃいきゃいと騒ぎながら俺めがけて突進してくる。
ぎょっとしてしまったが、その動きはしょせん子供のそれだ。普段戦っているファイントに比べれば、捌くなんてわけもない。
……とはいえ、さすがに子供相手に反撃するのは忍びないので、とりあえず片膝をついて先陣を切ってきた子をキャッチ。そのまま脇の下へ手を通し、ひょいと持ち上げることで無力化を図ることにした。
「うわー!?」
「あーっ! フリッツがやられた?!」
「えーすげー! ねーちゃんおれもー!!」
「いや、曲者じゃなかったのかよ……まぁいいけど」
子供の心変わりの速さはよくわからないな、と内心苦笑しつつ、フリッツと呼ばれた少年を下ろしてから、他の子供にも高い高いをしてやる。
子供とはいえずいぶん軽いな、と思ったが、よく考えれば今の俺は鎧装機兵という名のロボットであり、この細腕には常人を軽く凌駕できる膂力がある。それを持ってすれば、小さな子供を一人持ち上げるくらいなら造作もない話だった。
「すげー! ねーちゃんちからもちだー!」
「おねーちゃん、なんのひとー? どうしてここにいるのー?」
ひとしきり構ってやると、後から追いついてきた奥手そうな子が、不思議そうな顔で俺にそう問いかけてくる。
子供に対して「鎧装機兵だよ」なんて自己紹介をしても、おそらくは通じない。ならばなんと自己紹介すれば良いだろうか……と、首をひねることしばし。
「俺はチヒロ。――この街を守るために、いろんな敵と戦ってる人だよ」
うまい説明は結局思いつかなかったので、俺はわかりやすいように言葉を砕いて名乗ってみせる。
すると、簡略化したのが功を奏したのか、子どもたち――特に男の子の大多数が、それはもうキラキラとした眼差しを見せてくれた。
「すげー! ねーちゃん、ゆーしゃさまなの?!」
「ちがうよー。おねーちゃん、まほーつかいなんだよ! まほうのパワーでへんしんするひと!」
「どっちにしてもすげー! なあ、もっかいあれやって!」
「そんな大層なもんじゃないけどなぁ……ま、別にいいか」
子どもたちにせがまれるまま、またしばし遊びに付き合ってやる。
縁がなかったというのもあるが、俺が現代で生きていた頃は、こうして子供の遊び相手になってやるようなことはついぞなかった。
それがこうして懐かれるようになったのは、きっとこの少女としての容姿が少なからず影響を与えているのだろう。
そんなことを考えていると、廊下の奥から妙齢の女性がぱたぱたと駆けてくる。
「こらあなたたち! お客さんに対して失礼でしょうに!」
エプロンをつけて髪を結えたその姿は、誰がどうみても保母さんのそれだ。
「わーせんせいだー!」
「にげろー!!」
楽しそうな声をあげて散り散りに逃げていく子どもたちと立ち替わるように俺の前にやってきた保母さんは、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げてきた。
「あぁ、ごめんなさいお客さん。あの子たちったら好奇心が旺盛なもので」
「いえいえ、気にしないでください。子どもなんて元気に駆け回るくらいがちょうどいいでしょうし」
そう言って苦笑を漏らしていると、不意に何かが服の裾を引っ張る感触が伝わってくる。
視線を落とせば、そこにはさっきの子どもたちのうち2人が、どこか決意のこもった眼差しでこちらを見上げる光景があった。
「なあなあねーちゃん! おれ、おっきくなったらねーちゃんといっしょにたたかいたい!」
「わたしも! おねーちゃんみたいなちからもちにはなれないかもしれないけど、おしごとおてつだいしたい!」
どうやら、この短時間で俺は子どもたちの憧れの存在になってしまったようだ。
嬉しいようなくすぐったいような、そんななんとも言えない気持ちになりつつ、俺は膝を折って屈み込み、同じ目線の高さになった子供達の頭を軽く撫でてやる。
「そう言ってくれて嬉しいよ。……君たちが大きくなったら、その時はいっしょに働こうな」
「「うん!」」
強く頷く2人の子供は、時間を知らせた保母さんに手を引かれ、施設の奥へと立ち去っていった。
「……大きくなったら、か」
曲がり角に消えるまで手を振ってくれた子どもたちに手を振り返しながら、俺はぽつりとこぼす。
実際問題、俺がいつまで鎧装機兵をやっているかは未知数だ。
何かに負けて死んでいるかもしれないし、そこまで行かずとも、再起不能なダメージを負って続けられなくなっている可能性は十分にある。悲観的な話だが、今俺が身を置いている戦場とは、そういう理不尽が往々にしてあるものなのだ。
――だが、それは俺が戦うことをやめる理由にはならない。
なぜなら、あの子達と約束してしまったから。あの子達が語り憧れた「いつかの未来」は、他の誰でもない、俺が守るべきものなのだ。
「頑張らないとな」
胸の内に新しい決意の炎が灯るのを感じながら、俺は改めて踵を返す。
とりあえず、今はリックさんへの挨拶と、配達業の続きが先だ。
あの子達の生きる未来を守るためにも、まずは目先のことから着実にこなしていくとしよう。そう考えて、俺はその場を後にした。