子どもたちとの交流という予期せぬイベントに出くわしつつも、無事にフードカートリッジを届け終えた俺は、バギーへ戻って次の配達先へと向かう準備を進める。
「……次で最後か」
バインダーに挟まれた帳簿に刻まれた届け先のうち、チェックマークをつけていないのは残すところ一箇所のみだ。あちこち回ったこの業務も、いよいよ終わりが近づいてきたらしい。
最後の届け先の所在地は、住宅区画や商業区画などの民間区と、俺たち鎧装機兵が利用する軍事区画の、ちょうど境目にあるようだ。
わざわざそんなところに立つ建物とは、いったいどんな施設なのだろうか。そんな疑問を抱えつつも、俺はこの仕事を締めくくるべく、ゆっくりとバギーを発進させた。
*
「……ここか」
目的地として示された場所に到着した俺は、目の前に建つ建物を見上げる。
目的の施設は、商業施設のそれや住宅のそれとはまた違う雰囲気を持つ、不思議な建物だ。
無機質さの中に確かなデザイン性が伺えるその様相をあえて形容するなら、公共の市民ホールや美術館のそれが近しいだろうか。そんな不思議な佇まいを持つ建物は、玄関口であろう大扉を開いて、来訪者を静かに待ち続けていた。
勝手に入っていいものかと逡巡するが、目的の施設が間違い無くここである以上、配達をしないというわけにもいかない。
もし怒られたら言い訳せず素直に謝ろう、と方針を固めつつ、俺はおそるおそる、開け放たれた玄関口の向こう側へと歩を進めた。
「おじゃましまーす……」
足音を殺して建物の中へと入り込む。
建物内は思っていたよりも広く、ホールのようになっている。台座に飾られたいろいろな置物らしきものがそこかしこに点在する中、まず目に飛び込んできたのは――
「……自由の女神?」
本来ならアメリカの湾岸に一つしか存在しないはずの巨大な立像……と寸分違わぬ造形を持つ
なぜこんなものがここに? という疑問と共に周囲を見回せば、俺の周りに似たようなものがいくつも展示されているのに気がつく。
パリの凱旋門に始まり、インドのタージ・マハルや、エジプトのピラミッド。広島の厳島神社なんてものもあれば、周囲の海まで造形されたモン・サン・ミシェルまで。
ある種の執念すら感じるほど精緻に作られた「世界遺産のレプリカ」が、その威容を誇示するかのように、ホール狭しと並べられた光景が、そこにあった。
「これ――博物館?」
「ほぅ、正解じゃ。おまえさん、見る目があるの」
脳裏に浮かんだ言葉を口からこぼすと、どこからか野太い声が降ってくる。
声のした方へ目を向けてみれば、ホールの隅にあった職員用の出入り口らしき場所から、一人の男性が歩み出てくる姿が見えた。
「あっ、失礼しました。その、フードカートリッジの定期配達でお邪魔させていただいてます」
「おう、もうそんな頃合いじゃったか。工房に篭っとると、時間の感覚が鈍って良うないわ」
そう言って、男性は豊かな髭を蓄えた顔を歪めて豪快に笑う。
質素なエプロンと、その下に着込んだ作務衣もあいまって、その風貌はまるで御伽話の〈ドワーフ〉かのようだった。
「
「チヒロといいます。鎧装機兵で、今日はアルマさんのお手伝いをさせてもらってます。お見知り置きを」
会釈と共に手を差し出せば、オグニと名乗ったドワーフのような男性は、豪快な笑みと共に大きな手で握り返してくれた。
「……彫刻家ってことは、ここにある展示品はもしかしてオグニさんが?」
「おうとも、儂の作品よ。なかなかのもんだろう」
「はい、正直ビックリしました。出来栄えにも驚きましたけど、なによりこういうものを作る人がいたっていうのも、初めて知りました」
正直に感想を伝えると、オグニはどこか寂しそうに苦笑を漏らす。
「まぁ、あまり人も寄り付かんからの。お前さんが知らんのも無理はないわ」
「来ないんですか? こんなに凄いものがたくさんあるのに」
「その言葉は嬉しいが、しょせん此処は過去に失われたものを寄せ集めた場所じゃからな。前を向いて生きる他の連中にゃ、特にめぼしいものもないんだろうて」
そういうものなのか、と、少し寂しい気持ちになるが、言われてみればその通りなのかもしれない。
ここにある歴史的な資料のほとんどは、いまや触れることも叶わなくなった「遠い昔の栄光の記録」にすぎない。オグニのような愛好家や歴史好きならともかく、今を生きることにひたむきなこのコロニーの人々からすれば、この資料館にさしたる価値はないのだろう。
「ま、だからといって手を抜くつもりは一切ないがの。『人類が歩んだ歴史の火を記録し、未来へ繋ぐ』というマザーからの大役、儂以外の誰に任せるつもりもありはせんからな」
だが、自信に満ちた表情で腕を組み、また豪快に笑ってみせるオグニを見て、俺は心の中で認識を改める。
ここにあるのは、かつての人類が歩んできた歴史そのもの。ここに収蔵された記録や、オグニが手がけた数々の彫刻の全ては、人間が生きて紡いできた文明が、確かに在ったことの証明と言えるものだ。
忘れられることが人の本当の死であるように、人間が積み重ねた歴史もまた、忘れられればそこで死に絶えてしまう。この資料館はきっと、そんな消えゆく歴史を生かす「最後の拠り所」なのだ。
「……すごく、立派だと思います。この彫刻たちも、オグニさんの信念も」
「おう、ありがとうよ。お前さんみたいな別嬪さんに褒められちゃ、世辞でも嬉しいってもんよ」
「お世辞じゃないですよ。自分で言うのもなんですけど、この資料館の価値は、理解したつもりです」
「ほぅ? 他の鎧装機兵とはちっと雰囲気が違うとは思っちゃいたが、お前さんは案外見る目があるようだの」
オグニの言葉から察するに、やはり鎧装機兵を含めたこのコロニーの人々は、あまりこの資料館に興味を持っていないようだ。
歴史的な価値という観点から見ればこれ以上ないほどの場所だし、立派な彫刻が立ち並ぶこの光景は視覚的にも楽しいのに、見物にすら来ないのはもったいないとは思う。
とはいえ、俺と言う人間は元々、この作品のオリジナルたちに触れるチャンスを有していた時代の人物なのだ。それを考慮すれば、俺の価値観の方こそが、どちらかと言えば異端な思想なのだろう。
「……そう言えばお前さん、飯を届けに来てくれたんだろう? 作品に触れてくれるのぁいいが、仕事はいいのか?」
「っと、そうでした。受け取りの確認お願いします」
オグニに言われて本来の仕事を思い回した俺は、胸に抱えたままだったバインダーを差し出す。
「……あの、オグニさん。ご迷惑じゃなければ、また来てもいいですか? 彫刻も、ここに収蔵されてる記録も、いつか改めてじっくりとみてみたいです」
「おうとも、歓迎するぞ。お前さんみたいな奴が一人でもいてくれるなら、必死こいてここに資料を集めた先人も報われるだろうってもんだ」
バインダーを突き返すオグニの顔には、ニカっとした笑み。
髭を蓄えた彫りの深い強面に言いようのない愛嬌を覗かせるオグニに一礼をしてから、俺はカートリッジの搬入作業へ取り掛かる。
「……こういうのを護るのも、鎧装機兵の仕事、なんだろうな」
この建物一棟に収められた歴史の重みと、課せられた使命の重みをしっかりと感じ取りながら、俺は改めてバギーの荷台へと向かっていった。