オグニが居た資料館への配達をもって、任されていた配達業務は全て完了となった。
あとは、糧食精製施設のアルマの元へ戻り、バギーの返却と報告を済ませれば、晴れて今回の仕事は終わりだ。
あちこちでいろんな人と出会うことになったし、外の世界で戦うだけではできないような、いろんな経験をさせてもらうこともできた。
鎧装機兵として戦う理由を改めて振り返ることができた、という意味でも、今回の仕事は大きな実りのあるものだったと言えるだろう。
「君、少しいいかね?」
なんてことを考えながらバギーを走らせていると、不意に横合いから声がかかる。
バギーを停めて視線を向ければ、そこにいたのは初老の男性だ。頭には白髪が目立つ反面、その背筋はしっかりと伸びていて、外見の割にずいぶん若々しく見えるのが印象的だった。
「あれ……えっと、確かさっきお会いしたような?」
その佇まいと風貌に、脳裏を既視感がよぎる。
どこで会った人だったか……としばらく記憶を掘り返すが、決定的な記憶が見当たらず、言葉に詰まってしまった。
「うむ、確かに会っていたな。とは言っても、君が出発したところですれ違いざまに声をかけただけだ。すぐに思い出せないのも無理からぬ話だろう」
「…………あ、あぁ! あの時の!」
確かに、精製施設から最初の目的地であるシシリーの食堂へ向かう途中で「配達ご苦労様」と声をかけてくれた男性がいた。思い返せば、その風貌は今しがた目の前にいる男性と全く同じだったのだ。
「思い出してくれて光栄だよ」と笑う初老の男性は、その場で貴族のように優雅な一礼を見せる。
「私は〈デイビッド・メイヤー〉。マザー・ゼムリアの采配の元、このコロニーの市政に携わる者――わかりやすくいうなら『もう一人の市長』だ。以後、お見知りおきを」
直後に続く自己紹介で、俺は驚きに目を見開く。
コロニーの統治はマザーの仕事だと認識していて、実際本人もそれを肯定していた。なので、よもや「もう一人の市長」なんて存在が飛び出してくるなど、夢にも思っていなかったのだ。
「はは、驚かせてしまったか。まぁ、肩書きはたいそうなものだが、ようは市民代表としてマザーとやり取りをする、単なる連絡係のようなものだ。どうか、いち市民の一人として扱ってもらえると嬉しい」
「は、はぁ……そう言ってくださるなら」
思わず生返事を返してしまい、失礼だったかと思ったが、当のデイビッド本人は特に気に留めてもいないようだった。
「っと、すみません。挨拶も返さずに。チヒロといいます」
「チヒロ? ……あぁ、そうか。君がマザーの言っていた『外からの来訪者』だったのだな」
「俺のこと、知ってるんですか?」
「うむ。これでも立場上はマザーに次ぐ役職の人間だ。君の抱える事情に関しても、おおむね把握はしているよ」
それもそうか、と、遅まきに納得する。普通のコミュニティならリーダーを務めているような人材に、俺に関する話が通っていないはずもないのだ。
「報告は受けていたが……こうして見ると、普通の鎧装機兵と遜色はないな。いや、どちらかといえば彼女たちの方が『ヒトらしい』と形容するべきか」
「それは、確かにそう思います。機兵のみんなと接していても、違和感は全くありませんからね」
デイビッドの言葉に同調すると、彼も「まったくだ」と感心交じりの苦笑を漏らす。
「君の目から見てもそう思えたなら、やはりあの施策は正解だったのだろうな。ヒトを守る存在がヒトに拒まれてしまえば、それこそ本末転倒であるからな」
以前マザーから聞かされた「鎧装機兵が今の姿になった理由」に絡むであろう感想を述べながら、デイビッドは豊かな顎髭を撫でつけた。
「……ところで、チヒロ君。工業区画に向かっているということは、カートリッジの配達は終わったのかね?」
「あ、はい。いろいろありましたけど、無事に終わったところです。……って、なんでそれを知って?」
「なに、その輸送車やマザーの性格を知る身なら、すぐにわかるものさ。普段ならアルマ君や精製施設の職員が乗っているそれを、見覚えのない者が乗り回しているとなれば、おおよその察しは付くというものだ」
至極簡潔に説明される理由に、納得の声が漏れる。
確かに、普段見慣れた車に見慣れない人間が乗っていれば、気づく人はすぐに違和感を覚えるだろう。
「おおかた、君が街へ慣れるためにマザーが配慮した、といったところだろう。
「あはは、おっしゃる通りです。やっぱり、市長さんみたいな人ならわかるものなんですね」
「わかるとも。これでも、マザーとはそれなりに長い付き合いだからな」
そう語るデイビッドの瞳には、どこか郷愁の念がこもっているように感じられた。
きっと、彼とマザーの付き合いの長さは、彼が語る言葉以上に長いものなのだろう。
「それで、どうだったかね。君の目から見て、この街は『良い街』だったかな?」
まっすぐにこちらを見て問いかけてくるデイビッドに、俺は――迷わず首肯を返す。
「はい、とても。大人も子供もみんな温かくて、『鎧装機兵として、この人たちを守りたい』って、そう思えた。良い街だと、心の底から思います」
鎧装機兵に全てを任せることをよしとせず、その力を貸してくれる人たちがいた。
鎧装機兵に憧れと尊敬を抱き、未来を夢見る子供たちがいた。
鎧装機兵の加護の元、過去に置き去りにされた歴史を今に繋がんとする人がいた。
さまざまな人々と出会ってきたが、彼ら彼女らはみな一様に、俺たち鎧装機兵の存在を受け入れ、共に歩まんとしていた。
そんな姿をこの目で直に見た今、俺は自分自身の意思で「この街を守るに相応わしい存在になりたい」と、心からそう思えるのだ。
「……そうか。他ならぬ君にそう言ってもらえると、市長の職を預かる身として、とても嬉しく思うよ」
誇るように、あるいは安堵するように、デイビッドは深く首肯する。
「これからも、この街をよろしく頼むよ。鎧装機兵としても、一人の人間としても、この街を好く思って貰えるとありがたい」
「もちろんです。こちらこそ、これからよろしくお願い」
柔和な笑みと共にデイビッドが差し出した手を、しかと取ってみせる。
ふしくれだった手はとても大きくて、父親の背を眺めるかのような、不思議な安心感があった。
「では、私はそろそろ失礼するとしよう。マザーによろしく頼むよ」
そう言いつつ、デイビッドはまた優雅に一礼し、その場を立ち去っていく。
よもや市長と出会うなどとは思いもしなかったが、おかげさまで今日一日のできごとを顧みることができたのは、大きな収穫と言えるだろう。
街のことや人のこと。そしてそこに息づく、確かな息吹のこと。鎧装機兵として生きるにあたって、今日の経験は非常に身のあるものだった。
「改めて、頑張っていかないとな」
決意を新たにした俺は、ひとまず今日の仕事を終えるために、再びバギーを発進させるのだった。