はじまりました超高速追放劇、辺境伯令嬢の追放行脚。
一章につき一度以上追放される超高速追放作品です。みんなが大好きなざまあという奴も搭載しております。
というわけで第一話ははじめての追放です。
初っぱなから追放されます。
それがこの作品です。
序、はじめてのついほう
わたしの目の前で。
先生と呼ばれていた人の首が落ちた。大量の鮮血がばらまかれて、先生だった肉の塊が横に倒れる。
わたしはただ見ている事しかできなかった。
目の前には顔をおぞましいまでに歪めた、「おとうさま」と呼ぶように命じられていた男が。
もう何を喋っているのかもよく分からなかったけれど。
泡を吹いて怒り狂っているのが分かった。
なんとなくだけ分かってきたのは。
「また役立たずができた」
「もう時間がないのに」
「いやなのに連れてきた意味がなかった」
「責任を取って死ね」
「それを捨ててこい」
そういった言葉くらいだった。
城のメイドが私の手を引く。別に助ける訳じゃない。剣を振り回して暴れている「おとうさま」の暴挙に巻き込まれたくないのがよく分かる。手を引く力は強くて、何より怖くて逆らえなかった。
そしてお屋敷の。
此処で暮らした間の記憶は、粗末なご飯を与えられて。
一日中よく分からない訓練だけさせられて。
それ以外は、ずっと怖い目にだけあってきた、冷たいお屋敷。
その門に引っ張り出されると。
わたしは其処から、外に放り捨てられていた。
わたしを見るメイドの冷たい目が、まるでゴミでもみるかのよう。厄介払いができたと顔中に書いてある。
がしゃんと大きな音がして、門が閉じられて。首をすくめる。
わたしは寒さを凌ぐ事で精一杯の襤褸服をぎゅっと抱きしめて縮こまる。殴る蹴るの扱いは散々受けてきたから、投げ捨てられるように外に捨てられた事はあんまり痛くはなかったけれど。
ただ、これからどうしたらいいのかも分からない。
温かいご飯が出てくればいいほう。
いつも冷たくて、虫が入っている事だって多かった。
おいしいものなんて、食べた事もない。
屋敷の外はどうなっているのかなと思っていた事はあったけれど。外を見ると、どこも酷いボロ屋ばかり。
わたしが閉じ込められていた部屋と同じだな。
そう思うと、何処も同じなんだなと思って。
どこか寂しくなった。
ふらふらと歩き出す。
とにかく、ご飯が食べたい。
今日は朝からずっとよく分からない「まほうのくんれん」をやらされた。魔法については知っている。
確か魔法使いという一部の人達が使えるものらしくて。
わたしもちょっとだけ使えた。
だけれども、先生はいつも焦っていた。
多分殺される事を知っていたからなんだと思う。
炎がどうして出ない。
そう叫んで、わたしを何度も殴ったっけ。
別のはともかく、炎は出なかった。それだけが、どうしてもできなかった。他のだって大して出来た訳でもないのだけれども。
周りの景色もよく見えない。
ひどいつかれと、毎日振るわれていた暴力で、ほとんど体に力が入らない。寒いし、足も動かない。
いつの間にか、囲まれていた。
へたり込んでいるわたしを、その人達は何やら喋りながら掴んだ。
「まだ随分小さいな」
「伯爵サマは焦っておいでなんだろうよ。 これだと男を取らせるのも無理だろ。 そういうのが好きな奴が都会にはいるだろうが、この街じゃあなあ」
「とにかく兄貴の所につれて行くぞ。 そういう指示だっただろ」
「ちっ。 味見くらいしたいんだけどよう」
わたしもきっと殺されるんだ。
そう思うと、もう諦めた。
できる事なんて何もない。
乱暴に引っ張り起こされて、腕が抜けるかと思った。それでも立ち上がったのは、何か意思表示したら殴られる事を知っているからだ。そのまま、おなかがからっぽの体で、必死に歩く。
何度か倒れそうになったけれど、それでも殴られる方が嫌だった。
いつの間にか、乱暴に放り出されていた。
怖い声がする。
「なんだこれは」
「また伯爵サマが捨てたようでして、拾ってきました」
「ああ、またかあのクソ野郎。 こんな小さい状態で見切りをつけるってのは、相当に焦っていやがるんだな。 ケケケ」
「それでどうしますんで。 これだとできる事なんか無さそうっすけど」
顔を上げろ。
そう言われたので、顔を上げる。
ぼさぼさの髪が邪魔だけれど、それでも見る。
なんだか積み上げた上に、屋敷でみた誰よりも怖い男性が座っていた。人を殺す事をなんとも思っていない目。
「おとうさま」と同じタイプの人間だ。
死んだな。
わたしの両親は何処の誰かも分からない。
奴隷商からわたしを買ったっていう話がされていた。親が売ったのか、盗賊が集落を襲って、売れそうな子供をさらったのかさえも分からないとか言っていたっけ。
ご飯が食べられるだけまだマシ。
そう思っていたけれど。
いつの間にか生きたいと言う意思が綺麗に消え果てていた。
ただ殴られたくはないと思った。
「ひっでえ格好だな。 どうせその様子だと、メシもろくに喰わせずに訓練だけさせていたんだろう」
「おい、答えろ」
「ひっ……は、はい」
「あのクソ野郎、相当焦っていやがるな。 ちょっとでも火の魔法を使えた俺を手放した事を後悔していやがるのが目に浮かぶようだぜ。 いい気味だ」
ゲラゲラと、完全に暴力のことしか考えていない目をした男が笑うと。
多分手下なんだろう。
その周りにいる乱暴そうな人もみな一緒に嗤って。
そして男が黙ると。
みなぴたっと黙っていた。
屋敷のメイドや守衛の兵士達よりよっぽど統率が取れていて、ちょっと感心してしまった。
「お前、名前は」
「さ、さっきまでは……アイーシャと言われていました」
「また魔法の素質がある奴隷を奴隷商から買ってやがるんだな。 自分の所では数世代魔法が使えないからって、愚かな話だぜ」
「……」
魔法が使えない。
おとうさまは魔法使いだとかいう話を聞かされたことがあった。
それなのに、魔法が使えないのか。
おいと言われて、背筋を伸ばす。
怖くて、逆らおうなんて気になれない。
「お前、何かしら魔法は使えるのか」
「火、以外は……」
「やってみろ」
頷くと、生唾を飲み込む。
魔法については、出来る人は出来るし出来ない人は出来ないとかいう話があるらしいけれど。
わたしにはよく分からない。
簡単な呪文を唱えて、イメージする。
それだけで、わたしは水の塊を、掌の上に浮かべていた。
周囲がどよめく。
他にも色々できるけれど、水をちょっとだけ出しただけで、もう意識がどこかに飛んでいきそうだ。
「ほう。 これは逸材だ。 お前、運が良かったな。 お前には男を取るよりはマシな仕事をさせてやる」
「……」
「その前にメシを用意してこい。 飯炊きを連れてこい」
「は、はい兄貴!」
意識が薄れて、地面に転がる。
見下しているおっかない人が、にやにやとわたしを見ているのが。どこか別の世界の事のように思えた。
目が覚めると、屋敷で寝かされていたのと大差ない藁に転がされていて。起きると、温かい粥が用意されていた。
持って来たのは、猜疑心が強そうな目をした痩せたおばさんだ。
おばさんの言うまま、少しずつ薄い粥から口にする。何度か咳き込んだ。此処数日は、温かいものどころか、まともなご飯すら貰っていなかった。だからおなかがご飯を受けつけてくれない。
「屋敷は相変わらずみたいだね。 魔法の素質がある子供を買いあさっては、気に入らなければ全て捨てると。 しまいにはまだこんな幼い子までねえ。 どっかの誰かが持ち込んだ言葉だけれど、子ガチャとかいうんだっけ? 語源すらもう分かっていないらしいけれど」
「屋敷を知っているんですか」
「四年前まではいたんだよ。 暇を出してきた。 どんどん伯爵様がおかしくなってきていてね。 暇を出したというよりも実際は殺される前に逃げ出したのさ。 あたしみたいに逃げ出した奴は他にもたくさんいるよ。 もっとも、もうこの伯爵領は屋敷の近くまで賊が跋扈するような有様で、近いうちにスポリファール国が攻めこんでくるって噂まであるけどねえ」
滅ぼされてしまえば良いのさ。
そうおばさんは吐き捨てていた。
他の国があるらしいことは知っていたけれど、隣の国はそんな名前なのか。
粥を飲んで、少し体が温まる。
その後、お湯を用意してくれた。お湯なんてよく用意できるなと思ったけれど、どうもこのおばさんが熱の魔法を使えるらしい。炎まで出せるほどではないらしいのだけれど。これも逃げ出す要因だったらしい。
なんでも伯爵様が魔法なんか使えない事は、屋敷の人間には周知の事実だったそうなのだ。
そんな状態で、魔法。それも炎の魔法に近い熱の魔法なんて使える事がばれたら、殺される。
そう思って逃げ出したそうである。
猜疑心が強そうな見た目だけれど、わたしを哀れんだのかも知れない。随分と、そのまま親切に体を綺麗にするのを手伝ってくれる。
「魔法が使えて良かったね。 此処のボスは何か芸がある人間にはある程度優しいからね。 他の賊だったら、即座に娼館に売り飛ばされて、三年も生きられなかっただろうよ。 ああいう所は病気の巣だ。 あんたくらいの年の子は、すぐ病気で死んじまったさ」
「……どうして伯爵様はおかしくなったんですか?」
「さあね。 百年か前に隣のスポリファール国にこのパッナーロ国が負けたとき、色々あったらしいとは聞いているけれど、詳しくはしらないねえ。 此処のボスは魔法が使えて、それで他の賊からは一目置かれていてね。 金も集めて、商人から買った色んな本も読んでいるらしい。 気に入られたら、教えてくれるかもね。 ああ、あんた赤髪だったんか」
「いつもぐしゃぐしゃに汚れていて、そう分からないですよね。 わたしも髪なんて、気にしている暇もありませんでした」
ぼろぼろのしかないから、その服を着る。ノミだらけだったけれど、お湯で洗ってどうにか追い払ったと思う。後は穴だらけなのを我慢できれば、今までよりはマシだ。
でも、屋敷にいたメイドだってそんなに良い服を着ていた訳でもない。伯爵様とその一族くらいだ。良い服を着ていたのは。
あの人達は、自分達以外を人間だと思っていなかったし。メイドや下男なんかに贅沢をさせるつもりも全く無い様子だった。
わたしが気に入る魔法を使えたら、混ざっていたのかも知れない。
でも、そうなるのは、何だか嫌だった。
なんとかすっきりできた。
髪の毛もぐしゃぐしゃだったのが、ある程度きれいにできたのは嬉しい。髪が自慢だという女の人はいるらしいが。ぐしゃぐしゃすぎて、ただわずらわしいだけだった。肩まである髪の毛が、ある程度邪魔にならないだけで嬉しい。余力ができてきたら、切ってしまってもいい。魔法でできる。でも今はちょっとできない。おなかがすいていると、魔法はできない。
ご飯をそれから出して貰ったので、食べる。とにかく食べて力をつけるようにと言われて。
少しずつ力をつけながら、回復の魔法でぼろぼろになっている手足を少しずつ治して行った。
爪もぼろぼろで、指先も酷い有様だ。
だけれども、回復の魔法で時々こっそり治していた。
火の魔法だけは使えなかった。
だけれど、元気があれば意外と色々な事ができる。火だけはできない。わたしはそういうものらしい。
元気が出て来てから、ボスの所に会いに行く。
相変わらずおっかない男達が侍っていて、わたしの髪を見てぎょっとしていた。髪を洗って綺麗にすると、赤髪が分かるくらいくっきりする。逆に言うと、それさえできない環境に今までいて。
綺麗にする余裕なんてなかったのだ。
「兄貴、やっぱりこれ客を取らせませんか? 客取れますよ多分」
「黙ってろ。 次にそれを言ったら殺す」
「はっ、はい! すいやせん……」
わたしをみる手下達の目は、完全に美味しい肉を見るそれだ。男の人がそういう欲求を持っているのをわたしも知っている。
だから怖いけれど。
ボスは、フラムと名乗ると、順番に説明してくれた。
「飯炊きのババアから聞いたが、お前水以外にも色々魔法使えるんだってな」
「は、はい……」
「そうか、これは当たりだな。 この世界には語源が分からない言葉が幾つもあってな、古い時代に突然現れた勇者やら賢者やらいう連中がもたらしたとか言う話だ。 子ガチャとかいうのもその一つらしい。 なんでもお前みたいなのは、そういう奴らにはレアだの言われていたらしいぜ。 今の時代には、もうその手の輩は現れなくなって久しいが、それでいいのかもな。 其奴らがしたり顔で押しつけた色々なもののせいで、この世界ははっきりいって地獄だしよ。 ま、だから俺みたいなのにも、復讐の好機があるんだけどな!」
フラムが笑い出すと。
手下も揃って笑い出す。
やっぱり随分と統制が取れているんだなと思った。わたしは、この人達と一緒でいたいとは絶対に思わないけれど。
また笑うのを止めるフラム。
手下達もそれでぴたりと静かになる。
「俺は形式上はお前の兄貴に当たる。 俺もあの伯爵の所で教育を受けてな。 それで追放されたんだよ」
「そうなんですね」
「ああ。 まあ、それについてもいずれおいおいと話す事にする。 今は色々仕事をくれてやるから、それをこなせ。 魔法があればできる仕事は色々ある。 魔法ができる時点でお前はただのガキじゃねえ。 金を稼いで俺の役に立ったら、その内自由に行動する権利もくれてやる。 だが余計な真似をしたら、その瞬間に殺すからな」
フラムは恐らく、ためらいなくそれを実行するはずだ。
わたしは暴力の怖さ、痛みを良く知っている。
この人の目は、奇しくもあの「おとうさま」。つまり伯爵とその点では似ていた。
この人は或いは、血がつながっているのかも知れないし。或いはそうではないのかも知れない。
ともかく、これで。
目前に迫っていた死と、死に等しい暴力の恐怖からは逃れられたのは分かった。
ぼろぼろの服のままつれて行かれる。
名前も覚えていない、フラムの部下の一人に言われる。
「お前、アイーシャだったな」
「はい」
「年は」
「たしか、八才だと思います」
これも実際にはよく分からない。
栄養が良くないので、伯爵の所にいた子供より、だいぶ体は小さかった。わたしはとにかく奴隷商に連れていられたことや、物心つくまでの事は殆ど覚えていないので。年齢については、周りが言う通りの答えしか出せない。
ともかく、覚えている分では四回、冬を越したと思う。
それより前の事は覚えていないのだ。
「運が良かったな。 兄貴に気安い口を利いて燃やされた奴を何人も知ってるし、兄貴の影で悪さをして首を焼き切られた奴だって何人も知ってる。 だから手はださねえよ。 ちっ」
やはり舌なめずりするような目だ。
わたしをそういう目で見ている。
でも、わたしには。
それに抗議する力もないし。
勇気だってなかった。
つれて行かれた先は、あの猜疑心が強そうなおばさんのところ。このおばさんだって、優しそうにしていて、色々フラムに喋ったことはもう分かっている。
生きていくため、ということだってあるのだろうけれども。
信用は残念だけれど、できなかった。
「ボスに気に入られたようだね」
「……はい」
「じゃあ、早速仕事だ。 まずできる魔法について全部話しな。 できる事を一つずつこなして行けば、その内ボスが持っている魔法の本を見せて貰えるかもしれないさ」
そうか。
でも、今はできることを増やすとか。
強くなりたいとか。
そういう事に一切興味がない。
ただ、生きていく事だけでやっとだ。
もっと上を目指したいとか考えている人は、多分とても余裕がある人なのだと思う。
おばさんは、ふんと鼻を鳴らす。
「ボスに色々話した事を恨んでいるようだけれどね。 ここだとそうしないと生きていけないんだよ。 死にたくないのは誰だって同じだ。 ましてやあの頭がおかしい伯爵と、腐りきったこの国だと、誰も助けてなんてくれないしね」
それも、わからないでもない。
でも、それで納得出来るかというと、また話は別なのだった。