辺境伯令嬢の追放行脚   作:dwwyakata@2024

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助けられてそれを感謝する人間というのは意外と多くありません。

特に助けた相手が自分より格下と考えている相手の場合は、逆恨みしたりするものです。

漫画なんかの悪役なんて、現実世界につれて来たら善人ですよ確実に。

〇惨様とかボ〇卿とか創作の極悪人は幾らでもいますが、あんなん現実の極悪人と比べたら子供も同じです。


3、再びの審問

目が覚めた。

 

オーク騒ぎはどうにか終わったらしい。食堂に出て、食事をする。クラウスが来た。驚いたことに、片目を包帯で覆っていた。

 

あの怪我に、オークの血が入ったらしい。

 

今治療しているらしいが、片目を最悪失うそうだ。

 

流石に眼鏡も外している。

 

それでも仕事をしているのは、流石と言うかなんというか。

 

なお、オークに必死に唯一立ち向かったあの老兵士は、そのあと寿命を使い果たしたように死んでしまったそうである。老兵の最後の活躍。いや、あの様子からして、最初で最後の活躍だったのかも知れない。

 

「オークを三体も仕留めたのは流石だ。 私などは、一体を倒しただけでこの有様だ」

 

「いえ」

 

「食事をしたら話がある。 食事を済ませて欲しい」

 

わざわざこんなことを言いに来るのか。

 

いわゆる労いかと思ったが、そうとは考えにくい。

 

これはまた審問だとかかな。

 

そう思ったが、すぐにではないようだった。

 

食事を終えて、クラウスの所に出向く。クラウスは怪我をしていて、それも決していい状態ではないのに。仕事をずっと続けている。こいつ、格好をつけているだけではないらしいなと、この時初めてわたしは感心したかも知れない。

 

「混乱の中オークを倒してくれた事は本当に感謝する。 しかも三体も。 兵士数名が殺され、魔法使いも一人殺された。 村人にも被害が出ている。 そんな中、君の活躍がなければもっと大勢の死者がでていただろう」

 

「はあ、そうですか」

 

「相変わらずだな。 それで、戦いの流れについて説明をしてほしい」

 

報告書はクラウスが書くらしい。

 

わたしは頷くと、何が起きたのかを順番に説明する。

 

オークの足跡を見つけたと話したら、怯えきっていた兵士が狼煙を即座に上げてしまった事。

 

その後の戦いの流れもだ。

 

全てを話し終えると、クラウスは質問を返してくる。

 

「何かしら失策などはしていないか」

 

「したかもしれませんが、命がけでしたので、考えている余裕はありませんでした」

 

「確かにオークの迫力は凄まじかった。 ずっと後方任務だったから、私もあれほどとは思わなかったほどだ。 あれが至近まで来て、冷静に風の魔法で対処できたのは特筆に値する」

 

だが、とクラウスが言葉を区切る。

 

問題が起きているそうだ。

 

わたしは以前、南の国境で問題を起こした(とされて)審問を受けている。

 

今回、一部の兵士が、今回の件は全部わたしのせいだと騒いでいるという。

 

砦の中隊長、クラウス、どちらもが否定はしているのだが。

 

問題は以前も審問を受けているという点だ。

 

これで、審問官が来るという。

 

「私の方でできるだけ君の冤罪は晴らしたいが、残念ながらまともに意識がいつまでもつか分からない。 魔法医師が明日到着するが、症状が重い人間から見る事になる。 私は後回しだろう。 だから、審問に備えて私が書類を作っておく。 君の立場をよくするためにも協力して欲しい」

 

「はあ、それはわざわざありがとうございます」

 

「君が村を救うために死力を尽くしたことは分かっている。 そう意図しての事かは分からないが、少なくとも結果としてそうなったのは事実だ。 私も君が奮闘してくれなければ助からなかっただろう。 だから、その分は力になりたいのだ」

 

そう言われると色々思うところは……あまりない。

 

感謝するものなのだろうか。

 

わたしはそもそも誰かに感謝された経験がない。

 

少なくともそう自覚したことがない。

 

だから、そういうのがあるというくらいしか分からない。

 

自意識がある程度はっきりしてきてから、ますます自分の歪みが如何に大きいかは分かってきたが。

 

それにしても、わたしは色々と異質なのだろう。

 

「それでは質問だが……」

 

そのまま幾つか質問されたので、全て返しておく。

 

それから仕事について振られた。

 

村の外側がかなり破損している。

 

それの修理だった。

 

いつもの仕事に比べると格段に楽である。兵士の葬儀とかもやっていたが、それには出なかった。

 

忙しかったから。

 

それに、オークがまだいるかも知れない。

 

そう思うと、直しておいた方が良さそうだったというのもあった。

 

 

 

翌日には大急ぎで来たらしい重武装の兵士と、何人かの魔法使いの部隊が、教会に到着していた。

 

医師もいるらしい。

 

どうやら今回の件で、スポリファールもやっと腰を上げたようだった。

 

まあそれについてはどうでもいい。

 

国というもののあり方がパッナーロとだいぶ違う事はわたしも分かってはいるのだけれども。

 

いまいちぴんと来ないからである。

 

早速医師が手当てを始める。

 

兵士達は対準知的部隊という、ゴブリンやらオークやらを専門に退治する部隊であるらしく。

 

そういえば南の国境線での戦いでも、そういうのがいた記憶がある。

 

周囲の調査も、専門の魔法使いがやるらしい。

 

わたしは指示を受けたまま、村の修理を続ける。

 

昼飯を食べる頃には、柵の修理はあらかた終わった。もっともこんなもの、オークが攻めてきたら蹂躙されるだけだろうが。

 

オークを防ぐなら、かなり分厚い壁が必須なんだろうな。

 

あの南の国境の街みたいな。

 

砦の壁でさえ、角馬の一斉突撃には耐えられなかった。

 

角馬は乗るのは無理だが、一斉に突撃させて消耗品として戦争で使うらしく、繁殖方法が確立されているらしいけれども。

 

オークと同時に使われると、やっぱり分厚い壁でも防げないのだろうか。

 

そんな事を考えていると、見覚えのある仮面が来る。

 

審問の人か。

 

名前を呼ばれたので、はいと答えると。

 

つれて行かれる。

 

狭い部屋だ。

 

また嘘をつけなくなる魔法を頭がくらくらするまで掛けられて、色々聞かれるのかな。そう思うと、げんなりしてきた。

 

「以前も審問を受けているそうだな」

 

「はあ。 まあ」

 

「それで怖れるようもないとは随分と肝が据わっているな」

 

「そう言われても、そもそも困っているだけですので」

 

嘘は一言も言っていない。

 

陰口叩いている兵士に媚でも売れば良かったのだろうか。

 

触ってきた相手を投げ飛ばさなければ良かったのだろうか。

 

暇そうに仕事をしなければ(しかも相手の主観で)良かったのだろうか。

 

答えがあるのなら、教えて欲しいものだが。

 

まずは、書類が用意された。

 

クラウスが書いたものらしい。さっと目を通したあと、審問官が幾つか質問をして来る。

 

前は分からなかったが、この仮面。

 

表情を隠すことで、会話の主導権を握るためのものだ。

 

人間には表情で相手を威圧したり、威圧されたりする場合がある。そういう要素を防ぐためのものだったのだ。

 

顔が見えていないから、相手の出方も分からない。

 

多分人間の中でまっとうに生きてきた人には、効果覿面なんだろうなと、他人事そのもので思う。

 

実際問題、どうしようもできないし。

 

「砦の中隊長、クラウス、どちらも君が極めて協調性に欠けると説明をしている。 何故協調しようとしないのかね」

 

「やり方が分かりません」

 

「君は資料によるとパッナーロ出身なのだな。 パッナーロでは教育はしていないのか」

 

「わたしは奴隷として伯爵家に売り飛ばされて、そこで暮らしました。 魔法が使える子供が欲しかったらしいです」

 

ずばり真実を言うが。

 

それを相手が信じたとは思えない。

 

ただ、パッナーロの惨状は伝わっている筈だ。

 

「彼方に赴任している役人などから、悲惨な状態については知っている。 そもそも法を守るという概念すらないという嘆きすら伝わるな。 衣食足りて礼節を知るという言葉があるが、そも衣食が足りていない。 それについては分かる。 君が本当の事を言っているかはともかくとしてな」

 

「そうですか」

 

「ともかく兵士達の訴えはどういうことだ。 君のせいで問題が起きたというのは本当なのか」

 

「なんでそうなるのか理解出来ません」

 

素直に言うと。

 

兵士の訴えについて確認した。

 

その兵士達の証言によると、わたしが暇つぶしに砦に来て遊んでいた上に、真面目に訓練している兵士を挑発するようなことまでしたという。

 

それで大恥を掻かされた兵士は、発憤して手柄を立てようとし。

 

オークの巣を迂闊につついてしまったと主張しているそうだ。

 

そんなことを言われても。

 

小首を傾げるわたしに、更に審問官は咳払いした。

 

「恐縮するでもなく、なんだそれはという顔をしているな」

 

「めざといですね。 そう思っていました」

 

「そうか。 何故挑発と取られるような行動を取ったのか」

 

「どうしたら挑発なんてことになるのかがわかりませんが」

 

そもそもだ。

 

最適化していた仕事をして、負担を減らしたら、それが暇そうに見えるというのであれば。

 

真面目に仕事をする意味がないのではなかろうか。

 

わたしはあまり知識がない。

 

人間の悪意は見てきたが、どういう仕組みでそれが働いているかが今でもよく分かっていない。

 

愛と言う言葉についてもよくわからない。

 

動物の発情期とどこがどうちがうのか全く理解出来ない。

 

その辺りもあって、他人の心は分からない。

 

多分わたし自身にも心はないとみて良い。

 

だから足りない部分を補う努力を欠かしたことは無い。

 

なんでそんな事を言われるのか。それが正当な訴えとされるのかが理解出来ない。

 

順番に丁寧に説明すると。

 

審問官は、一度さがるようにと言った。

 

それで、休ませて貰う。

 

前に比べると随分と楽だな。

 

そう思った。

 

 

 

翌日は普通に仕事をしたが、クラウスが伏せっているらしくて、仕事はかなり混乱気味だった。

 

それに魔法使いが殺された事もあって、教会の仕事の負担も増えている。

 

わたしは砦に行かない方が良いという事になったらしく、他の魔法使いが砦に向かったが。

 

その分村の雑務はわたしが負担することになった。

 

淡々と仕事をこなしていく。

 

どれもやったことがあるものだ。

 

最適化しているから、順調にこなして行く事ができる。困る事は、今の時点ではほぼない。

 

その様子を、審問官が観察し、メモを取っていた。

 

夕食を終えて、風呂に入って。

 

眠る前に、審問官が来る。

 

面倒な時間に来たなと思ったが、クラウスの様子が思わしくないらしい。負傷したときに、傷にオークの血が入ったらしく、確定で片目が失明だそうだ。またそれ以外にも毒素が体に入り込んでいるそうで、しばらくは仕事どころではないらしい。

 

そうかと思ったが。

 

その様子が、審問官の勘に障ったようだった。

 

仮面越しにすら苛立ちが伝わる。

 

「クラウスくんは君のために随分骨を折ったのだぞ。 それなのに、なんら恩に感じることはないのか」

 

「その考えがわたしには良く理解出来ません」

 

「なんだと」

 

「わたしは仕事を効率化して、色々とこの村や砦のためになる事をしてきました。 武器をたくさん直して、湯を沸かして、怪我人をわたしの技量の範囲内で手当てして、オークも殺しました。 それで誰かがわたしに感謝しましたか?」

 

黙り込む審問官。

 

わたしは感謝されたことはない。

 

わたしの目は死んだ魚みたいに濁っているとか時々言われるのだけれども。魔法で仕事をして、ありがとうという言葉の一つも貰った事がない。

 

オークを倒して命が助かった人は兵士も村の人間もたくさんいる筈だが。

 

今まで誰も感謝の言葉なんて掛けてきていない。

 

だから感謝が理解出来ない。

 

「わたしのは仕事だから感謝しなくていい、ということでしょうか」

 

「いや、それは」

 

「わたしは嘘は言っていませんが」

 

「……何となく分かってきたが、君は人の集団の中で生きることがそもそも無理な人種かもしれない」

 

何だ人種って。

 

この世界の人間は、肌の色はほとんど皆同じ。多少黒かったり白かったり日焼けしたりはするが、それくらいしかない。

 

髪の毛の色は多彩。目の色も。

 

だけれども、交配できると言う点で、人種なんてものは無い。そういう話は、スポリファールに入国した際に、魔法を習っているときに聞かされた。

 

そういう意味ではないのか。

 

小首を傾げていると、審問官はもう分かったと言って、戻っていった。

 

勝手に自己完結しないでほしいものだが。

 

まあいい。

 

理解はできないが、それはわたしが知らないと言う事だ。もう少し色々知りたいものだけれども。

 

それも、審問官がまた来ていて。

 

もういいとか言い出したということは。

 

望み薄なのかも知れなかった。

 

翌朝になると、クラウスの容体が悪化したと言う事で、首都に返される事になったらしい。

 

大きめの医療を行える馬車に乗せられて、村を出て行ったが。

 

村を出て行く馬車を見て、誰も感謝しているようには見えなかった。

 

「小うるさいのがいったよ」

 

「ああだこうだ文句ばっかり言われたな。 これで多少は静かになるかな」

 

「気味悪いのがいなくなったら完璧なのにな」

 

「本当に」

 

聞こえるように陰口をたたいている。

 

それを見て、審問官が一瞥だけして去って行く。クラウスも感謝されない方か。まあ、わたしには分からない事だしどうでもいい。

 

わたしの陰口もたたいていたようだが、それもどうでもいい。

 

代理で、首都から来た魔法使いが教会の管理をすることになり、わたしにも仕事が割り振られる。

 

内容は同じだ。

 

首都から来た魔法使いが何人かすぐに仕事に入った。

 

砦の方ではオーク狩りをやっているようで。

 

武器やらの修理の仕事が増えている。

 

わたしは渡されたぶんだけ全て直す。

 

幸いおなかは膨れているので、途中で動けなくなるような事はなかった。淡々と仕事を進めていく。

 

酷い壊れ方をしている武器が目立つ。

 

相手が相手だ。

 

それも仕方がないのだろう。

 

更に大きな武器が目立つ。

 

対オーク用のものだろうと思う。対準知的部隊には、専用の武器が支給されているということだ。

 

また今は乾期なこともある。

 

迂闊に山で油壺は使えないのだろう。

 

延焼すると、とんでもない勢いで燃え広がるからである。

 

「修理終わりました」

 

「……」

 

わたしが直した武器を持っていくと、汚いものでも見るかのようにしてそれを見る魔法使い。

 

いい大人の筈だが。

 

それを見て、咎める者もいない。

 

ばからしい。

 

大人が精神的に成長しているとか、どこの世界の話だ。あの伯爵やらと根本では変わらないではないか。

 

ただ、怒りは沸かない。

 

わたしは人間には何も期待していないからだろう。

 

それから一月くらいは同じような仕事を続ける。

 

砦に出向いた対準知的部隊がオークを徹底的に狩って、連日オークの死体が運ばれてきた。

 

なんで運ばれて来たかというと、解剖して調べるためだ。

 

軍で飼われているようなオークほどのサイズはないが、それでも人を食うことはあるらしく。

 

腹の中から、遺品が見つかることもあるらしい。

 

前に村を襲ってきたオークは、殺した後どう処理していたかは知らない。全力を絞り尽くしてばてていたからだ。

 

わたしはそれをやるように指示されたが。

 

周りの魔法使いは、ひそひそと話していた。

 

「あんな仕事平気でやってるぞ」

 

「殺すのが好きなんだろ」

 

「ああ、それでオークを殺すのが上手かったのか」

 

「他の兵士を守りもしなかったのも、殺すのに夢中だったんだな」

 

陰口は更に内容が過激化しているらしい。

 

反論すればもっと過激化するだろう。興味もないので放っておくと。其奴らの肩を、アンゼルが叩いていた。

 

「面白そうな話だね。 聞かせて?」

 

「ひっ!」

 

「騎士に対してなんだその口の利き方。 あの子と遊んで良いのあたしだけなんだけど」

 

「す、すみません……」

 

アンゼルの雰囲気が変わる。

 

あれはフラムの纏っていた空気に近い。

 

アンゼルは超がつくほどの武闘派だ。ずっと砦の方にいたからしばらく顔は見ていなかったけれど。

 

今回の戦いでも、多数のオークを斃した。撃破数は五十を超えたらしい。

 

わたしが黙々とオークをばらして、腹の中身を調べていると。魔法使いに色々と威圧をかけていたアンゼルが。

 

しばしして、別人のように笑顔を浮かべてこっちに来る。

 

それでにこにこ挨拶をして来るので、こっちはいつものように静かに返す。

 

「聞いたよアイーシャ。 三体もオーク斃したって? 戦闘訓練も受けてないのに?」

 

「はあ、でも殆ど相討ちでしたけど」

 

「名将なんて言われてる人間でも、最初の内は何が起きているか分からなくて、戦いが終わった後にやっと正気に戻ったなんて話をするらしいから。 アイーシャはむしろよくやれてると思うよ」

 

「そうですか」

 

オークの捌き方のコツを教えてくれるので、それに従って風の魔法を使う。

 

確かに肉の付き方とかに癖があるので、上手く癖を覚えれば、綺麗に腹を割くことが可能だ。

 

オークをたくさん殺してきたからだろう。

 

構造も良く知っているということだ。

 

オークの腹の中からは、山の動物らしいのがわんさか出てくる。どれも半端に胃液で溶けていて、酷い臭いだったが。

 

この程度、伯爵領の側溝に比べれば全然マシ。

 

一つずつ確認し。

 

それが終わったら、風の魔法で火にくべて処理してしまう。

 

「おー、コツを掴むのが早い。 やっぱりアイーシャ、あたしと同類だと思うな」

 

「そうですか」

 

「そうそう。 騎士にならない? あんな陰口叩く事しか能がないのと違って、すかっと暴れられるよ」

 

「どうにもぴんと来ません」

 

ま、考えといてと言って、アンゼルが戻っていく。

 

その途中、どうしていいか分からないで立ちすくんでいる様子の魔法使いの胸ぐらを掴むと、鋭い叱責を浴びせていた。

 

さぼっているのはどっちだ、と。

 

アンゼルはどっちかというと鈴が鳴るような声、という比喩をされるような可愛い声をしているらしいが(よく分からないがそうらしい)。

 

叱責を浴びせるときは声にドスが利いていて、女が得意な声のコントロールをしっかりやっているということだ。

 

アンゼルはもう、対人関係の良好な構築だとかいうものを、最初から考えていないのだろう。

 

わたしはどうすればいいのか。

 

でも、アンゼルのやり方を真似するとまずいのは、なんとなく分かる。

 

しばらくは、仕事を続けた。

 

魔法使い達は陰口を少なくともわたしが聞こえる範囲でするのは止めたが。

 

ただ、わたしに対する視線が、明らかに恐怖を帯びるようになった。

 

まあ、どうでもいいが。

 

オーク関係の仕事があらかた終わった後は、雨が多い季節が来る。

 

対準知的種族が引き揚げて行き、教会に何人か若い魔法使いが赴任したが。アンゼルの噂は聞いているらしく。

 

その親友らしいというわたしには、絶対に近付いてこなかった。

 

そして、審問官がまた来た。

 

オークと戦って、一季節が過ぎていた。

 

 

 

審問官は言う。

 

ここしばらくわたしに対する聴取をしていたらしい。ついでに観察も含めて、だ。

 

それらの結果から、しばらく別の田舎に配置するべきだと判断したらしかった。

 

「観察と聴取を続けたが、君はもう此処に居場所はないと思う。 君は感情的な嫌悪を一身に集めていて、周りの人間は全員が君を嫌っていて、行動の全てを悪く解釈している」

 

「そのようですね」

 

「まったくそれを改善しようと思わないのかね」

 

「仕事はしています」

 

それについても確認したと審問官は言う。

 

わたしの仕事は、どんどん内容を改善している。砦に新しく赴任した兵士は、わたしの悪口を言っていることはあるが。

 

わたしが直した武器は、新品同様、業物だと言って喜んでいて。わたしが直したと知ると、途端に態度を変えたという事実があるという。わたしに直させるなとまで言う兵士もいたとか。

 

それはわたしの責任なのだろうか。

 

更に問題があるという。

 

アンゼルだ。

 

「あの騎士が君を高く評価していることは知っているな」

 

「はい」

 

「……それも君の孤立に拍車を掛けている。 いずれにしても、この村の状況は典型的な閉鎖的な集落で、一度改革がいるという報告は上には上げる。 だが、それはそれとして、君が正しいということにもならない」

 

「そうですか」

 

本当に興味がない。

 

それを聞くと、審問官は仮面の奧でどう表情を変えたのだろうか。

 

わたしはまだ十三くらいだ。実際の年齢は分からない。

 

最近聞いたところによると、幼い頃に栄養を取れていないと背丈は露骨に変わってくるという。

 

だからわたしが覚えている年月とかを考えても、多分そのくらいという印象なだけで。実際にはもっと幼いかもしれないし。

 

もっと年上かもしれない。

 

「君は恐らくだが組織内での行動に向いていない。 懲罰を与えるような必要はないと判断したが、しかし周囲と協調して行動させるのも無意味だと判断した。 そこで、別の部署に移って貰う」

 

「わかりました」

 

「それもなんとも思わないのかね」

 

「なにも」

 

わたしが主体的にやったことなんて、なにもない。

 

自意識がだいぶついてきたと思うが、それでも自主的にやってきたことなんて、ほぼないに等しい。

 

流されているだけだ。

 

だけれども、わたしにはそもそも。

 

それ以外に、出来ることがない。

 

だから指示されれば、やれることはやる。

 

良く指示待ち人間がどうのこうのと周囲の魔法使いが言っているが。そいつらがわたし以上に仕事ができているかというとそれはノーだ。

 

魔法の才能という点を加味しても、仕事より陰口をたたいている時間の方が多かったりする。

 

その上で仕事の精度も低い。

 

そういう連中が適当にやった仕事の穴埋めを、なんどもわたしがやっている。それを審問官は見ていなかったのだろうか。

 

「分かった。 君には工場を任せる事になると思う。 仕事だけ指示して、君はそれだけこなせばいい。 君の腕が悪くないし、勉強家なのも此方で確認している。 場所は首都に此処よりは近いが、基本的に他人と関わらない仕事だ」

 

「それはいいですね」

 

「そうか……」

 

審問官の声に哀れみすら混じった。

 

声を変えていて、仮面まで被って感情を隠しているのに。

 

そのまま、手続きをする。

 

教会のクラウスの後釜は、わたしが触る報告書をロクに読みもしないような人間ではあった。

 

クラウスがどれだけまともで優秀だったのかが、此奴を見れば良く分かる。

 

ただ、審問官が目を光らせているからか、手続きはちゃんとやった。審問官を見る目に、露骨に怯えが混じっていた。

 

それから荷物をまとめて、移動する事になる。

 

今度は工場か。

 

馬車に乗ろうとする時。

 

アンゼルが声を掛けて来る。

 

「アイーシャ!」

 

「どうかしましたか」

 

「いいのそれで。 籠の鳥だよ」

 

「そういわれましても」

 

次の仕事場でも、寝床と食事は保証されているらしい。風呂については個人用のものまであるそうだ。

 

何よりも他人と関わる必要が殆どなく。

 

それどころか仕事だけで判断されるというのなら、これ以上の職場なんて思いつかないくらいだが。

 

アンゼルはそれを聞いて、大きくため息をついた。

 

「そろそろいいかなあ」

 

「なにがですか」

 

「あたしさ、もう面倒くさくなったんだよね。 このクソ田舎で、他人の顔色伺いながら過ごして、それで悪口を査定に乗せるような連中と関わるの。 アイーシャは塩対応だけど、あたしとちゃんと接してくれる友人だしね。 それがこんな籠送りにされるのを見てると、我慢の限界」

 

周囲がさっと青ざめる。

 

審問官が飛び離れる。

 

アンゼルが、戦闘態勢に入ったのが分かった。

 

「あたし見てたよ。 このクソ田舎の村のために、黙々とアイーシャは自分なりの努力を続けていたよね。 それを分かりやすくないとかいう訳が分からん理由で全否定して、あまつさえ怠け者だのサボり魔だの。 シリアルキラーのあたしが、シリアルキラーと言われるのは全然かまわないけどさ。 事実だし。 こんなクソ田舎のアホに全く事実と違う評価を友人がされ続けて、迫害までされるのはちょっと我慢ならないわ」

 

「騎士アンゼル、止めろ! 魔法使いアイーシャは、むしろ工場に向かうことを可としている!」

 

「黙れ。 自意識が薄い子に対して、適当に言い含めただけだろうが」

 

取り押さえろ。

 

そう言った兵士。

 

だけれど、わたしには、その後の結果が分かりきっていた。

 

一刻も掛からなかっただろう。

 

馬車の前で見ていた。

 

村の人間をあらかたアンゼルが斬り伏せるのを。

 

兵士が瞬く間にみじん切りにされた。

 

魔法使いが必死の抵抗をした。無駄だった。

 

わたしに陰口をたたいていた連中も全員死んだ。

 

わたしのやり方を散々馬鹿にしていた癖に、まるでアンゼルには手も足も出なかった。

 

全部斬り捨てられた頃には。

 

雨が降っていた。

 

村の人間も、一人残さず斬り捨てられていた。

 

老人や子供も。

 

流石にやり過ぎでは無いのかとわたしは思ったけれども。アンゼルはそれでも腹の虫がおさまらないようだった。

 

審問官は、へたり込んで震えている。

 

審問官ですら、アンゼルは相手が悪すぎるのだろう。

 

冷たい雨の中、馬車に乗れと言われて。もうどうしようもないなと、わたしは馬車に乗る。

 

アンゼルは、審問官に言い捨てる。

 

「騎士アンゼル、この閉鎖的な村の陰湿なる暴虐に義憤を覚え、誅伐を加える。 そう伝えなよ」

 

「何を言うか。 そんな報告をするわけがない。 この村に問題があったのは事実だが、いくら何でも貴殿のはやり過ぎだ!」

 

「知るか。 アイーシャに自衛能力がなければ確定で虐め殺していただろうが。 それを誰かが裁いたとでもいうのか。 あたしは亡命する。 行き先はカヨコンクムにするかな。 追ってくるならどうぞ。 アルテミスでも連れてこない限り、あたしの前では死体を増やすだけだと思うけどね」

 

「くっ……」

 

キャハハハと笑うと。

 

さっとアンゼルは馬にまたがり、馬車を走らせる。

 

皆殺しにされた村を、馬車は突っ切って抜ける。わたしは大きく嘆息すると、手についていたメダルを外していた。

 

もうこれは。

 

この国にはいられない。

 

村を追放されて、工場にいけばいいだけかと思っていたのだが。

 

思わぬアンゼルの行動で、スポリファールにすらいられなくなってしまった。

 

多分魔法でだろう。馬車の外から、アンゼルが話しかけてくる。

 

「最悪の場合でも、殺人犯はあたしだけだから問題ないよ」

 

「いや、そうもいかないかと思います。 この国にはもういられないでしょう」

 

「ま、カヨコンクムに逃げるだけだけどね。 途中野宿になるけど大丈夫?」

 

「平気です」

 

野宿なんて慣れている。

 

スポリファールに来るまでは、毎日野宿だったのだ。

 

キャハハハと笑うと、アンゼルは馬車を飛ばす。

 

カヨコンクムまで、一月くらいは掛かるらしい。

 

カヨコンクムとスポリファールは実際に国境を接しているわけではないらしい。北の方には幾つかの国家があって、状況によってカヨコンクムかスポリファールかで立場を変える。

 

こういうのを代理戦争というらしいが。

 

そう言った国を抜けて、カヨコンクムに向かうそうだ。

 

北の国境での戦いというのは、この代理戦争の事であるらしく。

 

相手は小国であってもカヨコンクムが支援をしている事もあって、かなり手強いらしい。それらの国の騎士とも、何度もやりあったそうだ。

 

大した相手はいなかったそうだが。

 

「戦略上の要地には関所や要塞があるんだけど、山の中はそうでもないからね。 そういう所を抜けて、良く相手国に忍び込んだよ」

 

「はあ……」

 

「合法的に殺せるから面白くてね」

 

「そうなんですね」

 

分からない世界だから、そう返すしかない。

 

酷くなる雨の中。

 

アンゼルの高笑いと一緒に、馬車は走り続けるのだった。

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