全滅した村に、調査官が来る。
審問官は意図的にアンゼルに生かされた。それはこのためだった。
村に来た調査官が、惨状に息を呑んでいるのが分かる。
審問官は人前で仮面を外せない。そういう仕組みだ。
これは感情を隠すだけではない。
相手に素性を知られないため、というのもある。
逆恨みを受けるからだ。
審問官ほど、感情を殺さなければいけない仕事はないこともある。表情なんて、他人には見せられないのだ。
「前から問題がある村だったのは知っていたが、それでもこの末路か。 砦を支援する村は、新たに建設するしかないな。 これでは入植からやり直しだろうが」
「そんな事を言っている場合か! これだけの人数が死んだんだぞ!」
「オークを退けた魔法使いに対して魔女狩りごっこに興じていた連中だぞ。 この末路は妥当に思えるがな」
「幼い子供までそうだというのか!」
正義感が強い騎士が、年配の騎士に食ってかかっている。
審問官は一旦調査官を集めると、状況の説明をする。
アンゼルの強さは、相応の訓練をしている審問官も間近で見た。とても生半可な騎士が手に負える相手では無い。
それについて説明する。
それに恐らくだが、一方的に友人だと思っているアイーシャを最悪の場合には守るためにも。
敢えて審問官を生かしただろうことも。
その過程で、調査官が殺された人間は八十六人に達すると報告をして来た。
魔法を使う騎士が発狂したりした場合、とんでもない被害を出す事がある。
だがこれは、それの中でもスポリファールの歴史上に残るほどの人数だ。これほどの不祥事は、他国にまで知られるかも知れなかった。
「ともかく、追っ手を出さないといけない。 普通の騎士では手に負えないという話だが、誰なら相手に出来る」
「騎士アルテミスなら確定で倒せるだろう。 だが……」
「ああ、旧パッナーロで夜盗化した貴族の残党なんかを狩って廻っている。 此方に呼び戻す余裕は無い」
「だとすると軍をまとまった数出すしかない。 あの騎士アンゼルにしても、もう少しまともな場所で面倒を見てもらうしかなかったのだ。 アルテミスのような例外を除くと、我が国でも屈指の実力者だぞ」
それにだ。
亡命すると言っていた。
スポリファールとカヨコンクムには国交がない。
一応外交チャンネルはあるにはあるが、衛星国を介しての代理戦争をずっとやっている間柄だし。
海上で暴れているカヨコンクムのロイヤルネイビーは、商船であっても容赦なく襲う事で知られる。
旧パッナーロで、三国入り乱れての消耗戦にならなかった方が不思議なくらいで。
問題が発生したら、いつ戦いになってもおかしくない。
幸いアンゼルは戦争屋で殺し屋にちかい存在だった。
軍事機密の類は握っていない。
だから必死で追う必要はない。
もう一人のアイーシャに関しては腕がいい魔法使いであり、あの年にしてはできすぎているほどだが。
早熟で知られる魔法使いの世界では、もっと年下でもっとできる子が幾らでもいる。
別に国の至宝と言うほどでもない。
首都にはあの年であのくらい活躍している魔法使いが幾らでもいるし。
この村では、そういう所でついていけなくなった魔法使いが問題を起こして左遷されてきていたのだ。
だからこそ、首都で「ガキのくせに」活躍している魔法使いと被って見えて。
それでアイーシャに冷たく当たっていたというのはあるのだろう。
当のアイーシャがそれに対してなんとも思っていない様子が、左遷された魔法使い達の怒りを更に煽っていたようだが。
流石にアイーシャに全ての責任があるとは、審問官も思っていない。
だから工場での仕事を斡旋しようと思ったのに。
アンゼルがあんな早まった真似をしなければ。
ただ、何もかも巡り合わせが悪かったとは言え。
この村にも責任があったのは事実。
更に言えば。
アンゼルが裁かなければ、この村の人間はなんら社会的な掣肘を受けることもなかったのだろう。
アンゼルはそれも知っていた上で、敢えてあんな風に暴れて見せた。
やり方は間違っているが。
ただ、それを審問官も、色々思うところがあるのだった。
「それで具体的な対策は……」
「私は事実だけ伝えた。 首都に戻って報告書を書く。 アンゼルの戦力は何度も言うが、下手な追撃部隊なんか出しても全部返り討ちになるだけだ。 軍の特務でも要請するんだな」
「分かった。 確かに短時間でこれだけの殺戮を行える上に、軍で潜入工作から何までこなし、膨大な戦果を上げてきている凄腕だ。 早馬を出して、対策を仰ぐ」
「……」
対策をするにしても間に合わないだろうな。
軍の特務はほとんどがパッナーロにいるし、アンゼルは特務の中でも腕利きで、あのアプサラス騎士隊長の麾下にいた人物だ。
北の国境で戦っているのは主に集団戦向きの兵士達で、一点突破に向いたアンゼルの好餌にしかならない。
軍の面子もあるから追撃は出さなければならないだろうが。
被害が小さくなることを祈るしかない。
クラウスが倒れなければ、もう少し状況はマシだったかも知れない。
クラウスがいなくなってから、村の状況の悪化に歯止めが掛からなくなったのは、審問官も見ている。
審問官は露骨に村の人間がアイーシャに全ての悪を押しつけていくのを間近で見て、アンゼルとは違う方向で義憤さえ覚えた。
アイーシャの魔法使いとしての技量は間違いなく優れていた。同格の魔法使いが幾らでもいるとしても。
人材は無限では無い。
いくらでも必要なのだから。
それを思うと、この村の愚劣な行為は許しがたい。
それもまた、事実だった。
ともかくもうできる事はない。
疲れきった体を引きずって、乗り合い馬車で首都に戻る。
巡り合わせが悪かったのは事実だ。
だが、この結末はあんまりだ。
そう、嘆きとともに、声が漏れていた。
(続)
陰湿な村ぐるみの行動の末に、起きるべき事が起きてしまいました。
この左遷地の人達は、似たような事をずっと続けて来ていた者達です。
今回は舐めて掛かった相手が虎(正確には虎の大事な友達)だったんです。そしてキレた虎が、襲ってくるわけがないと思い込んでいた人間を容赦なく襲った。
ただ、それだけのことだったのです。