かくして政治が腐敗し、賊が湧くようになって来ているカヨコンクムで、アイーシャとアンゼルがゴミ掃除を開始します。
それはカヨコンクムの上層部の指示ではあったのですが。
問題はアンゼルがあまりにも有能すぎたと言う事です。
犯罪組織というのは金に集ります。この世界でもそれは同じ。
そしてその結果。起きるのは利害の致命的な破綻だったのです。
それから数ヶ月。
わたしとアンゼルは、ひたすら殺して回った。
文字通りの意味だ。
カヨコンクムは想像以上に屋台骨が腐っているらしい。軍の暗部として雇われて、働くと。
彼方此方が腐りきっていた。
今殺して来たのは、軍の特務部隊の残骸である。
それが丸ごと犯罪組織に成り代わってしまったのだ。
国境で常習性のある薬物を栽培して、国境を越えて販売することで富を稼ぎ、支配下に三つの村を置いて。
ついでに独立する事まで目論んでいた。
隣国であるインシークフォを巻き込んでいたため、おおっぴらに軍を動かす訳にもいかず。
それでアンゼルに声が掛かった。
そして、二ヶ月以上も使い続ければ、対集団戦用の魔法にも慣れる。ましてや数ヶ月である。
相手の練度が低いから何とかなってはいたのだろうけれど。
上達するとアンゼルは滅茶苦茶褒めてくれる事もある。
多分これがモチベーションというのだろう。
ともかくやる気は出た。練度もぐんぐん上がった。
それで、上司である大佐の所に出向く。
小心な男で、いつも役にも立たない護衛を多数侍らせ、毒味役までつけている程だ。アンゼルとわたしも、堂々と正面からは来ないようにとまで言われている。
最初の数回は中佐が上司だったのだが。
この国の暗部の浄化を図っている最高権力者である大佐にやがて取り次ぎされた。
いや、違うか。
中佐が手に負えないと判断して、丸投げしたのだ。
わたしではなくアンゼルをだ。
アンゼルは、満面の笑みで袋を担いでいる。そしてそれを、どんと大佐のデスクにおろしていた。
袋から出てくるのは、生首三十ほど。
殺して来た元特殊部隊の主な人員だ。アンゼルは殺しに長けているだけではなくて、相手を確認する為に首を刎ねる技術に特化した剣術を使う。このため、殺した相手が狙い通りの相手かどうか、確認できる。
首の方はわたしが処置した。
中身が流れ出ないように土の魔法で穴を塞いで。
更には水の魔法を使って、腐らないようにも処置した。
これが場所によっては塩漬けとかにして対処するらしく、それもそれほどの時間はもたないらしい。
しかもそれでも腐るため、不衛生極まりないそうだ。
そこで魔法での処置が必要になる。
わたしも広域に風の魔法を展開することで人間を窒息させる事が出来るようになってはきたが。
魔法が使える相手には察知されるし、即座に展開出来る訳でもない。
使える相手は限られている。
だからこういう、後処理をする事の方が多かった。
「はい片付きましたよ。 一人残らず始末してきました」
「て、手練れだけでも三十人、配下にされている村人などを含めると数百人はいたはずだが……」
「いやあ、すっかり戦闘から離れた豚になってましたねアレは。 軍人としての最低限の力しかありませんでしたよ。 だから随分と楽でした」
「は、ははは。 追って沙汰をする。 さがってくれ」
豚のように太っている大佐どのは、真っ青になってだらだら冷や汗を流していた。
わたしは見かねたので、部屋を涼しくする。
それで、立ち上がりかける大佐どの。
「暑いようなので、部屋を冷やしました」
「そ、そうか……驚いてしまったよ、こんなに冷えるんだな」
「その生首を保存した魔法の応用です」
「そうか、素晴らしいな。 う、うん、素晴らしい」
完全に怯えている大佐どの。
とりあえず、大佐どのがいる砦から離れる。大佐どのは軍ではそれなりの地位にいて、その気になれば城ももてるらしいのだが。
汚れ仕事ばかりしていること。
更には王族から直接指示を受ける立場である以上、目だった贅沢はできない事。
そういう事情もあって、砦に引きこもって名目上は閑職にいるらしい。
だが正直な話、この人が暗部の浄化を出来るとはわたしには思えない。
同類にしか思えなかった。
今もアンゼルを、いつ寝首をかきに来るのか警戒しているようだったし。
わたしに対しても、あからさま過ぎるくらい怖れていた。
宿舎に戻る。
今は二つ寝台がある部屋で同居している。
アンゼルは寝相が凄まじく、寝ていると確定で寝台から蹴り落とされる。同じ寝台で寝たことはないが。それでも隣で寝ているから、どうしても分かる。
もしも……まあなさそうだが。
アンゼルに男ができた場合は、その男は苦労する事になりそうだなと思う。
部屋で寝台にごろんと転がると、そのまま剣をなれた様子で手入れし始めるアンゼル。名剣でも何でもない。
そこらで買える剣だ。
高級な武器は足がつきやすいらしい。
そういう事もあって、駄剣を使って格上を倒す事に特化した戦闘技術を磨いた。アンゼルはそうやって、いつ後ろから刺されても対応できるように生きてきた訳だ。
まあ、わたしも人の事はいえないが。
ろくな人生を送ってきていない。
だからこそ、同じような破綻した人生を送ってきたわたしを、こうもかまうのかもしれなかった。
「大佐どのの顔、愉快だったねえ」
「随分と怯えていましたね」
「報酬くらいは国から出ている筈なんだけれどねえ。 今回なんか無理難題を言って、あたし達を相手に始末させるつもりだったのかも知れないねえ」
「そうかも知れないですね」
可能性はある。
少なくとも前の中佐は兎も角。今の上司の大佐ははっきりいって憂国の士だとか愛国の士だとか、そんな存在では断じてない。
あれはそういう仕事を上から押しつけられ。
部下にそういう仕事ができる人間を集められ。
しぶしぶダーティーワークをやっている手合いだ。
軍人も悪い事をすれば幾らでも稼げる。
それをあの大佐は知っている。
だからこそに、まったく稼げない場所にいる事をひがんでいるし。更には復讐されることも怖れている。
それが手に取るように分かる。
だからこそに見ていて気の毒になる。
元々気が小さい人なのだろう。
頭がおかしいアンゼルや、どちらかというとアンゼルの同類であるわたしなんかとは違う。
元はまともなのだ。だからこそに、苦しんでいるだろうし、悪い事をして楽に暮らしたいとも思うのだろうが。
ここは軍の宿舎。
一応、外よりは安全だ。
仕官用の宿舎で有り、他には佐官級の人間が少し。後は尉官といわれる、一段階下の軍人達が使っている。
いいのは壁が厚いことで。
宿とかだと、隣で盛っているのが入ると五月蠅くて最悪だった。
此処も女を連れ込んだり男を連れ込んだり両方連れ込んだりしているようだが。
それでも少なくとも、行為の音やら声は聞こえない。
それだけでわたしとしては充分である。
アンゼルはというと、何の興味もないらしく、剣の手入れを始めると完全に抜き身の刃になっている。
駄剣であっても命を預けているものだ。
それなりに気を遣っていると言う事なのだろう。
「それでアイーシャ。 問題が一つあってね」
「はい」
「そろそろ危ないかなと思ってる」
「はあ……」
今更か。
カヨコンクムは屋台骨がかなり怪しい国だ。しかもこんな仕事をしていたら、それは危ない。
今回だって、村を幾つも制圧しているような軍崩れの犯罪組織を全滅させてきたのだ。村にいた雑兵の方はわたしが風上から息を出来ないようにして全部まとめて片付けてしまったが。
鈍っているとは言え三十人を相手に瞬く間に斬り伏せたのはアンゼルである。
こんな事をしていれば、恨みだって買う。
話に聞かされたが、「死神が出る」という噂が流れ始めているそうだ。
各地の賊はそれを聞くだけで震え上がるようになっているとか。
元々腐っている国である。
賊にだって気合いが入った人間なんていない。
「殺して回ってる腐ってる連中ね、調べて見るとこの国の将軍があらかた噛んでるんだよね。 懐にお金を入れるために部下を使ったりしてやってる。 今回の件はそいつらでも手に負えなくなった場合だけれど、これはレアケース。 これ古語ね」
「混沌の時代に伝わった言葉ですね」
「そうそう。 大佐は短期間で腐ってる国の将軍達に喧嘩をあまりにもたくさん売りすぎた。 この分だと、此処に暗殺者が送り込まれるかもね。 王族が指示を出していると分かった上で」
それはどういうことかというと。
利権を脅かされたカスが、国から離反をするに等しいということだ。
最悪内乱になる。
大佐は元々、浄化を進めようとはしていたが。まさかアンゼルが此処まで有能だとは思っていなかったのだろう。
指示を出すと想定の数倍の速度で仕事が終わり。
狙うように指示を出した相手は全部首と胴体が泣き別れになっている。
アンゼルは一部の例外を除くと上澄みだと言う話だし。
そういう上澄みの騎士がどれだけ強いか、わたしも見せつけられた。
ただし此処まで事態が進むと、今後は上手く行かなくなるかも知れない。
腐りきった国だと、軍が丸ごと犯罪組織に荷担する事はわたしも実例として見てきた。
つまり、軍が対策に出てくる可能性がある。
「腐りきった陸軍は問題じゃあないんだよ。 問題は海賊王女の直属が出て来た場合」
「ロイヤルネイビーと陸軍は確か犬猿の仲だと聞いていますけど」
「そう。 だからこそに陸軍から寝返る事を考える奴がいるかも知れない。 そうなると、ただでさえパッナーロという地盤を得た海賊王女が、一気に状況をひっくり返そうと動くかもね」
五十年ももたないかも知れない。
最初アンゼルはそう言った。
だが、これは。
今年を超えられないかも知れない。
そういう可能性が出て来ている。
ちなみにアンゼルが見た所、数だけは無駄に多い陸軍は、ロイヤルネイビーとぶつかった場合、どうにか鎮圧は出来るらしい。
ただしその戦闘の最中に、大きめの部隊が裏切ったりしたらどうなるか分からないのだそうだ。
こういうのを何処で調べたのかちょっと気になったが。
スポリファールの騎士時代に叩き込まれた知識なのだろうと思う。
アンゼルみたいな仕事は、頭がバカではやっていけないのだ。わたしにはそういう意味でもちょっと無理である。
「つまりこれからどうするか考えないといけなくてね」
「大佐はもう駄目だと」
「いや、そうとは限らない。 この様子だと、大佐の裏にいるのが王族の誰かは分からないけれど、あたし達が潰した連中の裏に誰がいるかはもう伝わっているだろうね。 その動き次第では、大佐から離反するのは悪手になる」
大佐から離反した時の、最悪の状況を。アンゼルが剣を分解し、脂を塗りながら説明してくれる。
陸軍が海軍の鎮圧に成功。
ただし無事では済まない。
海賊王女は旧パッナーロに逃げ込むだろうが、まだ統治なんて上手く行っていないし、何より近隣国では評判が最悪だ。
スポリファールはまず間違いなく静観。
クタノーンは状況の混乱を更に加速させるべく、陸軍側を支援するだろうとアンゼルは言う。
この辺りは、そういう裏事情を叩き込まれて。政治の暗部を知っている人間の判断である。
まず間違いないのだろう。
わたしも本を薦められて読んでいるが、アンゼルの知識はそういう本を書いた人間が唸るほどのものだ。
実地で見ているのだ。
まあ、それは専門家にもなるというものである。
大佐が負ける場合の最悪の状況についても説明される。
将軍達の圧力に屈した王族が、全部の責任を大佐に押しつける。
その場合、大佐の手足となってここしばらく将軍達の利権を潰して来たアンゼルとわたしが最大のターゲットになる。
国を挙げて追われるだろう。
そうなると、流石にアンゼルでもどうにもならない。
そういうことだった。
それにしても、モラルなんて欠片もない世界なんだなと苦笑してしまう。
だが、これは以前にも類例はみた。
知識人が、賊と同レベルのモラルしか持たない事はよくある。
今回も、その状態なのだろう。
「それでアンゼル。 どうするべきだと思いますか?」
「んー、厳しめの仕事をしつつ様子見かな」
「わざわざ厳しめの仕事をするんですか」
「それが一番何か起きた時察知しやすい」
生き残る事ができる。先手さえ取れれば。
そういう自信から来る言葉なのだろう。
実際アンゼルは、数千の兵士に囲まれても、脱出を成功させた事があるらしい。それならば、先手さえ見切れば確かにそうなるだろう。
ただしアンゼルでも、初見殺しの魔法を使うような相手に不意打ちされるとどうにもならないらしい。
だから主導権を握っておきたいそうだ。
「それと、海賊女王の方があたし達の事を察知している可能性が高い。 接触をして来た場合は、慎重になる必要があるよ」
「それはまた大物ですね」
「うん。 ただ、それが偽物の場合もある。 大佐としても、あたしとアイーシャを斬り捨てて丸く収めるつもりもあるだろうし」
そんな高度な「政治的判断」をあの小心な凡人が出来るのだろうか。
いや、判断は誰にでも出来る。
正しい判断を的確に選ぶのが難しいらしく。
時に英雄ですらそれは間違うそうだけど。
「いっそ、大佐を裏切るのはどうですか」
「うーん、アイーシャ、刺激的な事を言うねえ」
「勿論もしもの場合はです」
「今の時点ではそれは避けよう。 じゃ、部屋にいて。 一番厳しそうな仕事について、交渉してくる」
剣の手入れを終えたアンゼルが、部屋を出て行く。
わたしは寝台に横になると。
スポリファールで過ごした時間は、随分と平和だったんだなとぼんやり思った。
アンゼルが取って来た仕事は、賊の退治。
賊と言っても色々ある。
山賊みたいなのから、都市に巣くう奴。軍なんかがまるごと賊になった奴。
それら全部を、ここしばらくでわたしとアンゼルで殺して来た。
今回は都市型の賊の駆除だ。
いわゆる犯罪組織で、これもかなり根が深い。
人間の領域を越えていない者だったら、二人だけでは確定で返り討ちに遭う。
だが、今のアンゼルと、わたしだったら。
まあそれはないだろう。
普通の都市型の賊だったらだ。
今回は、港町にいる賊に対しての仕事だ。
港町。
そう。陸軍とロイヤルネイビーの間で薬を流している危険な賊である。アンゼルが敢えて此奴らの駆除を選んだのは、海賊女王がこれに関与している可能性があるからだそうだ。
ただ、海賊女王としても、悪さをしても自分の部下が薬漬けになって弱体化するのは望んでいないらしい。
利権の間に入り込んで、その蜜を吸っている寄生虫。
寄生虫を虫下しで出すのがとても苦しいように。
この手の輩は、海賊女王みたいな良い意味でも悪い意味でも豪傑な存在でも、簡単には駆除できないということだ。
街に出ると、早速視線が多数突き刺さる。
わたしはいつもフードで人相を隠しているが、アンゼルのことは既に派手な容姿と鎧姿から知られているらしい。
まあ十や二十ではないからなあ。潰した賊の数。
しかも賊そのものは皆殺し。
賊の手下も皆殺し。
そういう事をしていれば、賊の手下でなくても、関係している人間が情報を流すだろう。実際賊を始末した後、こっちを見る目は。この地で「悪魔」と呼ばれる伝承で最悪の存在を見るものだった。
アンゼルはますます色気が出て来ていて、幼さが目立っていた出会った頃に比べると、かなり背も伸びて大人っぽくなっている。今では話していると、見下ろされる。
そして背が伸びた分更に強くなっている。
現時点だと、最強の騎士アルテミスは自分の十倍くらいだと言っていたっけ。アルテミスが知っているときより更に強くなっている可能性もあるらしいが。
もう聞き込みなんて面倒な事はしない。
風上に立つと、風の魔法を街の全域に張り巡らせる。
大量の情報が入り込んでくる。
それらから、取捨選択する。
また、魔法を抵抗する人間もいる。
主に魔法使いがそうだし。今まで賊の中に数人、アンゼルと同じような騎士相当の手練れがいたことがある。
ともかくそういう人間も堕落して、賊の手先になる事があり。
そういうのが魔法に抵抗して、防いできたことはあった。
今の時点で、街の情報を時間を掛けて洗っていく。
街の人口は一万ほど。賊は事前情報だと百人ちょっとだそうだけれども。かなり多いだろう。
風はどこにでも入り込む。
賊らしいのは、地下空間にアジトを構えているらしく、そこで既にアンゼルの話をしているようだった。
抵抗しているのが一人いる。
そいつの声だけ聞こえてこない。
かなりの腕利きと見て良さそうだ。
賊の関係者は、そのボスらしいのも含めて掴んだ。
ボスらしい奴は、海兵崩れだろう。
屈強な体だったのだろうが、今は既に見かけ倒しになっている。武勲を上げた兵士だっただろうに。
本当に色々問題があるんだな。
そう思って、溜息が出た。
「どうアイーシャ」
「一人手強いのがいますね」
「ふーん。 他は処理出来そう?」
「はい」
じゃ、殺って。
そう言われたので、頷いていた。
賊の手下と断定した人間は、155人。この全員の周囲の空気を毒にする。正確には、吸って吐いて、吐いた方の空気にする。
この吐いた空気は猛毒で、濃度が高いと一瞬で死ぬ。
人間は息をするだけで、毒を周りにばらまいているのだ。まあ息をする事で出る毒は、ごくごく微量にすぎないのだが。
あわてた様子で走り回っている賊とその手下達。
アンゼルが。
死神が来たのだから当然だろう。
わたしの事はアンゼルの手下くらいにしか考えていないそうだが。まあ実際、わたしは殆ど自主的に動いていない。
それで別にかまわないのだろう。
戦闘を直にするようなことはあまり得意ではないけれど。
こういった雑魚を大量殺傷する魔法は使える。
多分軍で隕石を降らせるような魔法使いも同じなのだと思う。
ともかく。
ばたばたと、賊と手下が倒れていく。それを見て、悲鳴を上げて逃げ惑う街の住人達。
屈強な荒くれの筈の海軍兵士や、元兵士だっただろう老人も、悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
ボスは殺さずにおく。
その隣にいる奴は、ばたばたと死んで行くのを見て、即座にこっちに来る。これは、アンゼルと同格か。
気付いた時には、目の前にいた。
若々しい男性だが、実際の年齢は分からない。顔が整っている。まあ何でも出来るタイプの、たまにいる奴なのだろう。
アンゼルが抜刀。
斬りかかってきた軽装の男性が、刃を交わす。
火花が散る。
剣閃が走る。
激しい剣撃をかわす二人から、離れる。風の魔法を使って、移動を多少加速させた。長距離移動は土の魔法で行うのだが。
短距離はこれで充分だ。
今まで見てきた使い手は、アンゼルと切り結べても精々数合。しかし、やはり世界は広い。アンゼルとやりあっている若い男性は、じりじりと押されているが、それでもまともに渡り合っている。もう五十合を越えただろう。
わたしは詠唱を開始。
こっちを見る男性だが、アンゼルが押し込む。
詠唱は基本的に内側からわき上がってくるものだ。
だから同じ魔法でも詠唱がみんな違う。
このため、魔法を教えるときは力の出し方や魔法の練り上げ方。魔力の制御の仕方などになる。
以降の応用は、それぞれがやらなければならないのである。
「待て!」
「んー? 今更命乞い?」
「違う。 使者として来ている」
飛び離れる男。
そして、剣を地面に突き刺した。
アンゼルは構えを取る。
相手の首を刎ねに行く時のものだ。
男が書状を出して、投げて寄越す。わたしの足下にだ。それを直接拾うほど、わたしも迂闊ではない。
アンゼルは、男から視線を外さない。
「実力は見せてもらった。 我等が女王陛下からの書状だ。 恐らくここに来るだろうと見ていた」
「ふーん。 アイーシャ、何かトラップは」
「魔法は感じませんね。 毒物なんかもないようです」
「読んでみて」
風の魔法で書状を開き、読む。
その様子を見て、男は瞠目していた。
「ええと……此方に来た場合、佐官としての地位と、将来は提督としての地位も約束するそうです」
「提督ねえ」
「女王陛下は有能な部下を幾らでも欲しておられる。 今回私は、女王陛下を裏切った愚か者の組織を根こそぎ潰すためにここに来ていた。 だが近頃噂の死神が姿を見せるようなら、力量を測り。 実力次第では此方に勧誘せよということであった」
「書状には花押が押されています」
花押。
この地で使われる印だ。
お偉いさんになると、手紙を書くときにだいたいそういうものをつけて、自分の印としている。
海賊女王は非常に体格に恵まれた女性だと聞いているが、花押はなんだか可愛い……これはなんだろう。
なんか動物で。
字も非常に可愛かった。
「知っていると思うけれど、主をコロコロ変える奴は信用されないんだよね。 あたしとこの子の場合、理不尽な扱いを受けたから国を抜けた。 今の所、大佐はきちんと仕事をくれているし、給金も払ってくれている」
「そうか。 ではルウィルトという少佐の身元を洗ってみると良いだろう」
「……」
「失礼する」
すっと男性が消えた。
今の話の間に、逃げるための魔法を練っていたらしい。剣もしっかり回収している。
正面戦闘ではアンゼルには勝てそうになかったが、かなりの腕利きだ。あれは、手強い相手だと思う。
そのままアンゼルと一緒に、街へ。
逃げ惑う人員の中に、さっき見つけた賊の親玉がいた。
アンゼルが放たれた矢みたいに襲いかかると、即座にその首は落ちていた。
他に殺した賊と手下の首を、アンゼルと手分けで刈り取っていく。
死神の話はもう知っているらしく、それを遠巻きで見ているものはいても、手を出してくる存在はいなかった。
「物足りないですか?」
「あいつを斬れたら良かったなあと思う」
「そうですか」
本当に殺す事しかない人だな。そう、呆れてしまう。
そしてわたしは、首から下の死体を風の魔法で浮かせ。全部まとめて、身に付けている金属を剥がした後は、空中で一つの肉団子に潰してしまう。それをみて、失神する人間も多かった。
潰した肉塊は、近くに海がある。
其処へ放り込んでおいた。
これで後は魚やら蟹やらが始末してくれるだろう。
実際、さっそくばしゃばしゃと音がし始めていた。此処の港の魚はどうせ人間の肉なんて食べ慣れているだろうし、今更である。
後は堂々と正面から帰る。
警邏の類も駐屯軍も、固唾を飲んで見守るだけ。
手出しをしてこなかった。
犯罪組織をどうにもできなかったような連中である。
それを瞬殺したアンゼル相手に、動けないのはある意味必然だったと言える。
そして、大佐の所に、大量の首を届ける。
大佐は荷車に積んで持って来た膨大な首を見て、ひっと声を漏らした。てか多分小も。普段は主要な者だけの首を持ち帰るのだけれど、今回は全員分。ちょっと量が多いから、当然かも知れない。
ちなみにアンゼルは別行動中。
あの騎士が名前を挙げた少佐については、既に身元が分かっている。時々顔を見る相手だ。印象は特に何もなかったが。
問題は、少佐とともにアンゼルが来る事。
アンゼルは萎えたという顔をしていた。
大佐が生首の山を見て真っ青になっている所に。
少佐が書状を出してくる。
アンゼルが来たので、多分一刻の猶予もないと判断したらしい。
「国王陛下からのご命令だ。 クリューゲル大佐、貴殿を解任する。 特務アンゼルと魔法使いアイーシャ。 貴殿等二人は、追放とする」
「へえ」
「そうですか」
アンゼルの視線を受けて、少佐は明らかに動揺する。
理由を述べろと視線が告げている。
場合によっては首を刎ねると。
側に山ほど積まれている生首もある。
毎回わたしとアンゼルが持ち帰ってくる膨大な生首の事もある。あまりにもアンゼルが危険な相手だというのは、分かっているのだろう。
「勘違いしないで欲しい。 これは取引の結果なのだ」
「どんな?」
「海賊女王が、複数人の将軍の失脚に手を貸してくれるそうだ。 貴殿等が始末してきた恥知らずな国賊共を使って銭を稼いでいた将軍どものな。 その代わり、貴殿等を欲しているらしい」
そう。
まあアンゼルがやりたい放題してきたし、わたしもそれをとめる事はなかった。
いきなり寝込みを襲われる可能性だってあったのだ。
それから考えると随分穏当だと思う。
「使者は指定の街にいるそうだ。 合流してくれ」
「わ、わしは」
「クリューゲル大佐、貴方は王宮に出頭をお願いいたします。 雑な指揮により場を混乱させ、この二人頼みで賊を始末するも拙速に過ぎた。 国王陛下は、後任に別の人員を配置する予定だそうです」
椅子になつく大佐は、その場で泡を吹いて気絶したようだった。
ため息をつくアンゼル。
「ちょっと予想はしていなかったなあ。 人材収集に貪欲だとは聞いていたけれど」
「わたしも欲しがっているのは特に意外でした。 まあ、おまけでしょうけれど」
「そうでもないと思うよ」
小首を傾げる。
ともかく、この場からは去るだけだ。
アンゼルも殆ど身の回りの品は無い。わたしもそれは同じだ。手荷物をまとめると、さっさと宿舎を出る。
大佐を連れに来た兵士達。憲兵というのか。
それらが、泣きわめく大佐を両脇から掴んで連れて行く。
用済みになったから処分か。
国政というのは、つくづくいやな世界だな。わたしは、そう思った。