※アイーシャについてすこし触れておきます。
年齢は自分でも分かっていません。これは物心つく前に奴隷に売り飛ばされたからですね。現実でも今先進国言われているような国でも、前世紀初頭くらいには普通に行われていた事です。子供が多い農家とかでは、いらない子供を売り飛ばすのは貴重な財源だったりしました。
またアイーシャが生まれた国パッナーロは長年の失政もあって治安が極端に悪く、特に貴族に売れる魔法が使える子供なんかは即座に賊にさらわれて売り飛ばされるのが当たり前。しかもその場合は、足がつかないように一家も皆殺しが普通です。
アイーシャは親に売られたか賊に売られたか?
それはいずれ分かります。
アイーシャの能力はこんな感じです。
筋力:ダメ 幼児期の栄養が足りなかった為。基礎体力が致命的に不足している上、栄養を充分に取れているような子供と比べると体も小さく筋力も弱い。
魔法:かなり強い 伯爵が望んでいた火系統の魔法は使えないものの、それ以外はかなり出来る。ただし世界最強とは程遠い。もっと強いのが世界には幾らでもいる。
頭:わりといい 頭の回転自体は悪くないものの、何しろ育った環境が最悪。だから何も知らない。今後に期待。
見かけ:かなりいい 見かけそのものは赤い綺麗な髪に整った顔と、かなり他人受けする容姿。ただし本人に容姿を整えたりそれを武器にする気が一切ない。
魅力:微妙 変な人間に好かれる一方、平均的な人間には容姿の良さと無表情さが悪魔合体しているため倦厭されがち。元がいいから余計に不気味さが際だって見えるというわけ。
心:ダメ そもそも親がいないも同然だったので、心を一番大事な時期にほぼ作れていない。このため今後も滅茶苦茶苦労することになる。
こんな感じの子です。
最初に指示をされたのは、お湯を沸かすこと。
わたしは清潔な水を作り出すと、汚い桶をそれで何度か洗った。火を出すことはできないけれど、その水を温めることはできる。
食べているから、何とか出来る。
少しだけ、余裕が出始めていた。
連れてこられたのは、手酷い傷を受けた、汚いおじさんだった。フラムの部下の一人らしい。
酷い刀傷を受けていて。血が今もダラダラ流れていた。左手は手首の辺りから、先を失っている。
血だ。
そうとしか思わない。
「先生」が目の前で殺されたのはつい先日だけれども。
それ以前にも、たくさんの人が殺されたのを見てきた。
「おとうさま」だった伯爵は、本当に機嫌次第で人を殺したし、その家族だってみんなそうだった。
メイドの態度が気にくわないとかで、その場で斬り殺したことを見た事がある。
それも口応えしたとかでもなくて、指示通りに即座に動けなかったからとか、そういう理由だ。
その時も、「先生」を殺した時みたいに。
目を血走らせて、なんだか分からない事をわめき散らしていたっけ。
医師、と言われる人が連れてこられる。
医師というのは分からないけれど、治療ができる人らしい。
でっぷり太ったおじさんで、髪の毛が半分頭から消えている。眼鏡を掛けている。眼鏡を掛けている人は、屋敷でたまに見た事があるくらい。
多分裕福なのだろう。
「また小競り合いか。 無駄に仕事をふやさないでくれるか」
「うるせえハイムの爺! 金は払ってるんだし、さっさとどうにかしろ!」
「手の方はどうにもならんぞ。 後で義手でも作ってつけるんだな」
「そんなもん、どうやって造れば良いのかもわからねえよ」
湯、と言われたので、桶に渡す。
最初にそれで医師だというハイムとかいう人がやったのは、手を洗うことだった。
「なんだ、新しいのか。 あの飯炊きはどうした」
「飯炊きは別の仕事だ。 此奴は伯爵サマが捨てた新しい「子供」だよ。 今度のは色々魔法ができるらしい」
「おう、話は聞いたぞ。 炎だけはできない、例の奴か」
「ああ。 兄貴はレアだとか言っていたぜ」
医師はお酒らしいのを取りだすと、怪我人の傷にぶっかける。ぎゃっと酷い悲鳴を上げて、怪我人の体が跳ねた。
乱暴に針と糸を出すと、それで縫い始める。
刀傷はそれでどうにかなるらしい。
どうにかなるんだろうか。
「あの、回復の魔術も使えます」
「どのくらいの技量だ」
「ちょっとの傷くらいなら……」
「そんなもんは役にたたん。 だが、試してみろ」
頷くと、手をかざす。
魔法というのは、その過程を念じて、力を消耗する事で実現できる。そういうものらしい。
だから「先生」に教わっている時は、不可解でならなかった。
本当によく分からない事ばかり言われた。
サラマンダーがどうとか、炎の精は元素がどうとか。
それで言われた通りに色々やったし、由緒正しい呪文とか言うのも唱えたりした。
でも、何も出なかった。
できる魔法は、そんなのやらなくても、知らなくても出来る。水の魔法を使うときに呪文をちょっと口にするけれど、それも自然に体の内側から出てくるものだ。それを思うと。あれは一体何だったんだろうと思う。
手をかざして回復をするが、それ以上にもの凄く消耗する。
額の汗を、ハイムという人が何度か拭う。
これは汗が不衛生で、怪我人に垂らすとまずいからなのだろう。
やがて傷が塞がる。
でも、ハイムという人は、ダメだなと言った。
「この程度の出力だと、浅めの傷を塞ぐのがやっとだな。 スポリファールの上級医師には、なくなった手足を再生出来るレベルの奴がいるらしいが」
「本当かよ。 魔法が使えるってイキってるだけで実際には魔法なんか使えないこの国の貴族様とはえらい違いだな」
「……」
ハイムという人は、体力をつけろとそれだけ言って。
脂汗を流している怪我人に何やら薬をねじ込む。
できるだけの事はした。
後は体力次第で、此奴が生きるか死ぬか決まる。
清潔にだけしておけ。
そう言い残すと、さっさと帰っていった。
痛い痛いと呻いている怪我人を、フラムの部下達が連れて行く。わたしは、随分と疲れたが。
食事を出して貰ったので、それにありつく。
粥だが、ないよりマシだし。
温まっているから、屋敷で出たのよりずっといい。
何よりも、少し具が入っている。
なんの肉かも分からないけれど、驚くべき事に肉だ。それだけで、どれだけ有り難いかも分からなかった。
「くったら次の仕事だ」
「はい」
逆らうと多分殴られる。
だから、素直にはいと言っておく。
これは屋敷にいた頃から同じだ。
舌打ちすると、フラムの部下は行く。わたしは、与えられたほったての中に入ると、膝を抱えてじっとして。
体力を回復する事に務めた。
酷く泥で汚れているつぼみたいなのが出て来た。いや、泥じゃない。これは多分、汚物だろう。
酷いにおいだけれど、酷いにおいには慣れている。
屋敷の中はどこもこんなにおいだった。
片付ける事も殆ど誰もしなかった。
メイドは指示を受けたらやることはやっていたけれども。それも伯爵が機嫌次第で殺してしまう。
殴られるだけで済めば良い方。
中には、ものを盗んでさっさと逃げていく人も、今思えばいたのだと思う。
これはなんでも、汚物の中に放り込んでおいて。
後から回収してきた宝なのだという。
焼き物だから汚物でも傷まない。
そう、自慢げにフラムの部下は言っていた。
「綺麗にしろ。 くれぐれも壊すなよ」
「わかりました」
はっきりいって、できるだけ会話したくない。だから最低限の返事だけする。
この人等が、あの屋敷の人達と同類なのは分かっている。フラムが機嫌を損ねたら、それこそ生きていたら幸運、くらいの目にあわされるだろう。最後に残った尊厳まで奪い尽くされてもおかしくない。
まずは水の魔法で、水を出してつぼみたいなのを洗う。
とにかく酷い汚物のこびりつき方で、洗っていてどんどん汚れが流れ出していく。
水の流れを制御して、その汚れを、側溝に行くようにする。彼方此方から汚物が流れ込んでいる側溝は、時々人の死体とかも捨てられているが。
それにかまっている余裕さえない。
とにかくしばらく流して、今度は風の魔法を使う。
風と言っても普段は髪を乾かしたりするのだけれども。
今使っているのは、つぼの状態を調べるためのものだ。
なんとなく分かるのだ。
風でしばらくつぼを撫でて、どれくらい汚れが残っているかを分かったら、水の魔法にまた切り替える。
今度はただ水であらうのではない。
水にある程度堅さを持たせて、それでつぼをごしごしとやる。つぼが壊れないように、加減を気を付けなければいけない。みずはあっと言う間に真っ茶色になる。汚いけれど、直に触らないから、病気にもならないだろう。
なんどもなんども水を出して、それで少しずつ確実につぼを綺麗にしていく。
風で壺の状態を調べて。
それで何日も掛けて、つぼを洗う。
汚物が付着していない事をしっかり把握したので、最後は仕上げに土の魔法だ。
それも大した事ができるわけでは無いし、正確には土の魔法ではないのかも知れない。
多分このつぼを汚物に投げ入れて隠すときに、乱暴にしたのだろう。罅が入って脆くなっている。
それを綺麗に塞いで、補強しておく。
そうしている内に、美しい藍色がつぼに現れてきた。
罅を塞いだあと、何度も丁寧に洗って。風の魔法で状態を確認する。
人と接しなくていいので気持ちがとても楽だ。
食事は差し入れられる。
冷たいまま出て来た場合は、自分で温める余裕まで出てきていた。なんとパンまで出て来た事もある。
カチカチに固まっていて、歯が砕けそうだったけれど。
壺を綺麗にし終わったので、フラムの部下に引き渡す。多分、できるだけの事はしたはずだ。疲れ果てたので、渡した後は寝る。
わらで寝ていると、やがて起きろと怒鳴られたので、あわてて起きだす。蹴り起こされないだけマシだ。
「兄貴が来た。 すぐに起きろ!」
「は、はい!」
起きだすと、フラムが来ている。
普段は偉そうに、あの何だか分からない高い所で座っているのに。
「おいアイーシャ。 お前、これ自分でやったのか」
「はい……」
なんか機嫌でも損ねたか。
殺されたくないから、丁寧に仕事をしただけだ。
だが、フラムはしばしわたしを見ていたけれど。にやっと凶暴な笑みを浮かべていた。
「あの伯爵の所のクソ教育で、此処まで良く出来たな! 惜しいなお前。 隣の国に生まれてたら、もうちっとマシな人生を送れていたかも知れないぜ」
「そうですか」
「ああそうだ。 おい、お前等! 此奴は金の卵を産む鶏だ! くれぐれもそれを理解しておけ! くれぐれも乱暴に扱うなよ!」
「へい兄貴!」
フラムの部下達が頭を下げる。
とにかく疲れたので、フラムが行った後、また眠ってしまう。起きだした時には、飯炊きのおばさんが来ていた。
食事を用意してくれる。
粥だけれど、また肉が増えていた。
「壺を綺麗にするどころか、修理までしたんだって?」
「やれるだけやりました」
「そうかそうか。 あの壺ね、馬車が一つ馬ごと買えるほどの価値があるものらしくてね。 ボスが喜んでいたよ」
「そうなんですね」
別にどうでもいい。
お金があれば良い生活が出来るか、といっても、ぴんとこない。
おとうさまだった伯爵とその一家は、お金なんて幾らでもあったはずだ。それなのに、あの悪辣な性格で、荒みきった生活をしていて、年々狂って行っていた。
お金は正確には自分達だけで独占していたのかも知れない。
だけれども、独占までしてああだったのだ。
わたしには、価値を見いだせなかった。
それから呼び出されて、また仕事を指示される。
仕事をこなす。
フラムは毎回ある程度満足していた。上手くできなかった時もあったけど一発で殺される事はなかった。
少しずつ、対応が分かってきた。
フラムは舐められていなければ怒らない。嘘をつくと敏感に見抜く。だから、素直に喋る事にする。仕事が終わった後、試してみる。
「疲れているので、休んでもいいですか」
「勝手にしろ」
こくりと頷くと、フラムの前を離れる。
わたしのための襤褸小屋まで用意されている。屋敷にいたころもそういえば、ちいさな部屋に押し込まれていたっけ。
あの時は汚物は部屋の隅で垂れ流しだった。
それにくらべれば、酷い臭いとはいえ便所があるだけ、今の暮らしの方が、まだマシなのかも知れない。
藁に横になって、疲れているのをどうにかとる。
起きだすと、ぼんやりしたまま辺りをうろつく。そうすると、飯炊きのおばさんが来て、ご飯を作ってくれるし。
ご飯が作られていて、既に置かれている事もあった。
粥が殆どだけれど、最初は木製の汚いお椀に盛りつけられていたそれも、今では焼き物に盛りつけられていた。
それも罅は入っているけれど穴は開いていない。
フラムは多分、わたしがフラムを嫌っていることに気付いている筈だ。
それでもこれだけやってくれると言う事は、わたしを道具として大事に考えてくれているのかも知れない。
それだけで「おとうさま」だった伯爵よりマシだ。
それに、時々飯炊きのおばさんと話して聞く。
おとうさまというのは、父親に対する尊称なのだそうだ。
あの伯爵に、尊敬する所なんて一つでもあっただろうか。
わたしを養ってくれたのではないか。
そういう事をいうやつもいるかもしれないが。
あれは明らかに必要だから飼っていただけだ。仮にわたしが炎の魔法を使えたとしても、その後どんな目にあわされていたか。
難癖をつけられて、殺されたかも知れない。
あの先生のように。
あの先生だって、わたしのことは好いているようにはとても思えなかった。
世の中、嫌いな相手と仲良くやっていかなければならないのだろうけれども。殺意まで向けてくる相手とは、それはどうなのだろうか。
また仕事を寄越される。
何ができるのか、フラムは見極めようとしているようだった。
痩せた馬だ。
多少はマシにしろと言われた。
エサも食べないらしい。
動物の医師も存在しているらしいのだけれども、少なくともこの伯爵領では見た事がないらしい。
わたしは、しばらく痩せてなんだか辛そうなお馬さんを調べていたけれど。
やがて気付いていた。
このお馬さん。
体の中がおかしくなってる。
多分だけれども、内臓が駄目になっているんだ。
そう理解出来た。
風の魔法で体の中まで丁寧に時間を掛けて調べての結果だ。
わたしも風の魔法を使っている内に、少しずつできる事が増えるようになって来ていた。この風の魔法は、少しずつ体内を調べて行って。それでなんとなく肌で相手のことが分かるようなのである。
風が入り込まない場所なんてない。
それが理由だろう。
でも、内臓をどうしていいか分からない。
お馬さんは自分の運命を悟っている様子で、横になってぐったりしている。
どうにもできないと思う。
わたしは、フラムに話しに行く。
フラムの部下達は、相変わらずわたしのことを食べ物みたいな目で見るけれど。フラムが怖いのだと思う。
わたしには乱暴に接してこないし、乱暴な言葉も口にしない。
ただ遠巻きにしていた。
「どうだ、あの馬は」
「多分ダメです。 体の中がおかしくなっています」
「そうか。 どうにもできないか」
「……」
頷く。素直に応えるしかない。
わたしの魔法なんて、そんな程度のものだ。
お馬さんが生き物ではないのなら、直せたかも知れない。でも、お馬さんは生き物なのだ。だから治せない。
医師がいるなら話は別だったかも知れないけれど。
わたしはそうじゃないのだ。
「わかった。 できないのならできないでかまわん。 おい、あの馬はばらして肉にしておけ」
「へい」
そっか。
殺されてしまうんだな。
でも、あの馬は苦しそうだった。生も諦めていた。それを少しでも早く終わらせてあげるのは、それはそれで慈悲かも知れない。
戻ると、もうお馬さんはいなくなっていて。
血だまりの跡があった。
病気のお肉なんて食べても、多分体を壊すだけだろうけれど。
それでも、肉は貴重なんだと思う。
そもそも今まで出て来たお肉だって、なんの肉かさえもわからないのだ。
ひょっとすると、時々出歩くと見かける、のたれ死んでいる人のものかもしれない。それでも、なんとも思わない。
わたしには、それをなんとか思えるような心なんて。
育たなかった。
それから、本をフラムに借りた。
貸すだけだとフラムは言っていた。
本なんて当然読めない。
最初に借りたのは、文字の説明の本。
それも、飯炊きのおばさんに説明して貰って、少しずつ読んでいった。
なんでも、文字というのには何段階かあるらしい。
「読める」「書ける」「喋る事ができる」で、全て違うそうだ。
たとえばわたしは喋る事ができるけれど。
それは、基本的な言葉しか分からない。
これも詳しい言葉を理解していくと、だんだんちがうものとなっていくそうである。
木の棒を使って、少しずつ文字を書けるようにしていく。
文字を読めるようになるまで半年かかり。
それから書けるようになるまで更に半年かかった。
屋敷を追い出されて一年が経過して。
伯爵のことは、もう伯爵様ともおとうさまとも呼ぶ気はなかった。たまに屋敷を遠巻きに見る。
荒くれが警備についているし、その中には鎧を着たのも混じっている。
だけれども、よっぽどフラムの部下の方が統率が取れているように見える。
気にくわないという理由で、往来の人を其奴らが殺して。
それでゲラゲラ笑っているのを二回見た。
それを見て、誰も何も言わない。
反発はしているようだけれど、それだけだ。
そういったのは「兵士」というらしいけれど。
その兵士が殺されて、騒ぎになった事が何度もあった。
フラムの仕業らしい。
フラムはいい気味だと言っていた。
フラムは魔法を使えるらしいのだけれども、それでやったのかもしれない。わたしには興味が無い事だ。
冬がまた来る。
手がかじかむような寒さだけれど。藁の小屋で暮らすようになってからは、屋敷の時と違う。
明確に自意識が生じ始めていて。
今まで引きずり出されるように起こされて。
魔法の訓練というのをさせられていたときとは、明確に違っていた。
朝起きると、まずは井戸に行く。
井戸の水は酷く汚いけれど、それでも側溝のドブ水よりはマシだ。これを時間を掛けて煮沸する。
煮沸くらいならできる。火の魔法ではないけれど。
風の魔法の応用なんだなと、余裕が出てきてから分かり初めて来ていた。
煮沸した後冷やして、それで手を洗う。
手を洗って顔も洗う。
それから出てくる冷たいご飯を、自力で温める。たまに温かいまま出てくるので、それはいただく。
最近は、コレに入っている肉が、街の外までいくと幾らでもいる鳥のものだと分かってきた。
大きくて子供を殺す事もあるらしいのだけれども。
大人が何人か掛かりで仕留めてバラすと、おいしくもない肉がそれなりに取れるらしく。それが街では重宝されているそうだ。
街のすぐ近くは荒野で、その先に行くと砂しかない砂漠という所に出るらしく。
その先が百年くらい前に負けた国につながっているらしい。
以前はその砂漠を越えて、この国の軍隊が出て攻めこんで、殆ど誰も生きて帰れなかったそうだが。
それからは逆に砂漠を越えて、その国の軍隊が出て来ては、時々小競り合いが起きているそうだ。
兵士が増やされているのはそのためらしい。
でも、小競り合いで相手を追い払うというよりも。
兵士だった人間の話を聞く限り、こっちの様子を見に来た相手に、いいようにやられているだけらしかったが。
相手には魔法を使う人間が珍しくもないらしい。
こっちの方では、フラムや飯炊きのおばさんくらいしか、魔法を使う人間なんて見ていない。
魔法の使い方にもよるのだろうけれども。
それでは勝てるものも勝てないだろうなと、なんとなく見当はつくのだった。
読み書きの本を覚えると、今度は順番に魔法の本や、物語の本を渡された。
フラムはわたしを同類だと思っているらしい。
逆らったら殺すぞと念を押しながらも、わたしの力が強くなるようなことをなんどもしている。
今では風の魔法で、襲いかかってきた男の人を放り投げるくらいの事はできるようになっていたし。
周りに風の魔法を張り巡らせて、そういう人の接近にも気付けるようになって来ていた。
去年くらいから、フラムの部下ではない男の人に襲われそうになる事が出て来て。めしたきのおばさんに、顔を髪を隠せといわれるようになった。
それで、そうするようになったけれども。
水鏡で顔を見ても。
肩先で切りそろえた髪を見ても、
それでどうして男の人がわたしを襲いたくなるのかは、まったく分からなかった。
仕事をどんどんまわされる。
医師のおじさんには、あらゆる全てを叩き込まれた。煮沸ができるようになってからは、怪我人を助けるために使う針なんかをそれで先に綺麗にしろと言われて。何回かやっている内に、言われる前に出来るようになっていた。
あれはフラムの妹らしい。
そういう噂が辺りで流れたようで。
それからは、めっきり男の人に襲われることは減った。それも、減っただけで、たまにあったし。
襲ってきた人が、明らかに殺すつもりだった場合もあった。
そういう場合は、フラムはそういう人を捕まえて、見せしめに殺した。
わたしはあの時先生が目の前で殺された時も。その前も。人が殺されるのは何度も見たことがある。
だからなんとも思わなかったが。
それが「見せしめ」となるらしかった。
フラムはとても強い力をこの辺りでは持っているらしいけれど。フラムみたいな暴力でなんでもかんでも好きにしている人間は他にもいるらしくて、そういうのと対立はしているらしいし。
伯爵とも対立しているらしいから、それでいつも血なまぐさい争いが絶えないらしかった。
それでもフラムが狙われないのは、とても怖がられているかららしくて。
わたしを狙って来るのは、そんなフラムを怒らせたり、冷静さを失わせるためらしいとどこかで聞いた。
どうでも良いことだった。
そうして更に一年が過ぎた。
伯爵の屋敷から放り出されて、二年が経ったことになる。
生活は少しはマシになった。
だけれど、それだけだった。