元々古くは軍隊は賊同然に略奪を行う事が多く。腐敗した国家ではそれが特に顕著です。これは兵役は無理矢理徴収された兵が適当な訓練だけおこなわれて戦線に投入されるからで、要は略奪暴行程度許して貰えなければやっていられない、というわけですね。
ましてや海賊同然のロイヤルネイビーとなればその獰猛さは凄まじい。
圧政で疲弊しきっていたパッナーロの民にとって。
ロイヤルネイビーの侵攻は、我々の世界の欧州を怖れさせたヴァイキング以上の脅威となって、辺りを焼き払ったのです。
旧パッナーロ王国領。現在では新カヨコンクム領とも言われている地域の端。荒れ果てた港に降り立つ。
北部辺境伯領だった土地だ。
此処はカヨコンクムのロイヤルネイビーが真っ先に侵攻した土地で、一応海上戦もあったらしいが、勝負にもならなかったらしい。
パッナーロの海軍を一蹴したロイヤルネイビーは、街に上がって愕然とした。
話には聞いていたらしいのだ。彼等も。
だが、此処まで貧しい土地だとは思っていなかったのだろう。
やる気を出させるために、海賊女王は略奪と強姦を全面的に許可。
以降はロイヤルネイビーは民に対して凶獣と化した。服の一枚まで剥ぎ取り、女は幼児だろうが強姦し、財産は何もかも。例えば家などは床材まで全て奪い取られたそうだ。
そんな事をやっていたから、ロイヤルネイビーの軍が通るところは廃墟になり。
民はまだマシだというスポリファールの軍が進駐している所にこぞって逃げていった。これはクタノーン国の侵攻路でも似たような状況だったとか。
ともかくそんなこんなで領地だけは増えたが。
民なんか殆ど残らなかった。
軍が進行する過程でたくさんの人間がつかまったが、一部は食糧にさえされたそうである。
それを海賊女王は止めなかった。
だから進駐軍を、もとの住民は恨みに恨んでいる。
反乱が何度も起きている。
抑え込むのは、流石に戦闘だけは強いロイヤルネイビーも人員が足りていない。
これらの話は、上陸前にモートン提督から聞かされた。
反吐が出る話ばかりだが。
まあ要するに、あの伯爵の同類かそれ以下が、大挙して上陸し。
搾取の極限でまともな思考力も財もなくしているような人間を、ありとあらゆる方法で蹂躙したというわけだ。
当然逆らえば即座に殺した。
逆らわなくても殺した。
それでは必死の抵抗をするのも当然。
侵攻の末期では、各地で凄まじい抵抗にあってロイヤルネイビーは進軍速度を落とし。見かねたスポリファールが提案した三分割案に乗った、という話である。
いずれにしても、周囲は焼け野原そのもので、復興などとうてい夢物語だ。特に酷い略奪が行われた都市中枢は、本当に更地になっている。
軍が連れてきたらしい人間が復興作業を始めているが。
これではそもそも秩序どころか、それ以前の段階だ。
人間は此処までやるし。
その結果がどうなるかを先に理解も出来ない。
わたしは、それを実際に目で見て理解する事ができていた。
「アンゼル殿、アイーシャ殿」
多少毛並みがいいのが来る。
騎士っぽい格好をしているが、戦力はアンゼルの足下にも及ばないな。ただツラだけは良い、のだろう。
わたしは顔立ちがだいぶ整っているらしいが、そもそも人間の美醜には殆ど興味を持てない。
だから、そうらしいとしか思わない。
海賊女王は多数の愛人を抱えているらしく、こういう若くて綺麗な男を好んでいるらしい。
多分こいつは、それで出世した口だな。
そうわたしは思った。
「女王陛下がお呼びです。 此方においでください」
「分かりました」
「……」
一応礼儀の類は教わっているが。
まあ、スポリファール式で良いだろう。
モートン提督は上陸しなかったが、何も言わずに船内で行動していたのが何人か降りて来ている。
水兵達は正体を知っているようで、絶対に絡まなかった。
通されたのは仮設の住居というか、天幕だ。
酒を入れながら、半裸の男を周囲に侍らせている大柄な女性。若々しさよりも、粗暴さが目立つ容姿をしている。
ただそれなりにこの海賊女王は容姿は整っているらしいが。
欠損している手足の指が、この人物が辿ってきた半生を象徴しているようだった。
「来たね。 死神二人組」
声もドス低い。
そのまま礼を尽くして挨拶をする。
スポリファール式の礼はだいたいどこでも通じると聞いていたが、海賊女王は跪いたわたし達を見て、それで満足したようだった。
「とりあえず手が足りない。 早速色々仕事をして貰う」
「分かりました」
「そこにいるアロー中佐と話して、仕事場に向かってくれ。 ああ、アンゼルの方には中佐を、アイーシャの方には少佐の地位を与えておく」
中佐に少佐か。
随分と気前が良い話だ。
確かに佐官の地位をくれると言っていた。その約束は守ってくれたことになる。
アローというのは、恐らく海賊女王の愛人の一人。顔だけでなく、それなりに事務が出来るから侍らされているらしい。
ついていって、天井もないデスクで書類を見せられる。
アンゼルが交渉したらしく、二人で最大の力を発揮できるということにしているらしい。まあ、嘘では無いだろう。
わたしも軍に囲まれて、単騎で撃退する自信はないし。
広域を殺傷する魔法は使えるようになったが。
それも相手が魔法を使えない相手の場合だけだ。
反乱勢力の鎮圧と言われて、一応提案はしておく。
「わたしは土木関係も魔法を使えます。 この街、多少は直しましょうか?」
「有り難い申し出ですが、直しても誰もいないのです。 元からの住民は皆殺しか、生き残っていても兵士達が奴隷商に売り払ってしまいましたから」
「はあ」
「これから女王陛下が色々と対応をして、人を集めるつもりのようですが。 そもそも今此処から南にある公爵領を拠点にするか、此処を拠点にするかでも悩んでおいでのようなのです」
何となく分かってきた。
海賊女王が陸軍、王室との対決を避けた理由だ。
これでは、軍を食っていかせる事が出来ないのだろう。
海賊女王と言う人は、戦争にはとても強いのだと思う。だが、それだけしかないのだ。
配下には実力主義を強いているが、それはそれとしてツラだけの男を周囲に愛人として侍らせたりと、公私混同もしている。
我欲の塊みたいな人物だ。
ついでに野心も強烈に燃え上がっている。
そんなだから、この状況を収拾出来ない。
これは、女傑と噂だけれども、思ったほどではないのかも知れない。誰かが手綱をつけたとき、最大の破壊力を発揮できるけれども。
こんな風に半独立を画策した場合は、ほぼただのデカイ夜盗団のボス。
それが正確な評価なのかも知れなかった。
いずれにしても、わたしは少佐か。
これから宮仕えの身だ。
馬車を手配するかと聞かれたが、いらないと答える。荷車だけ貰って、それに荷物を詰め込む。
廃墟になった街は、伯爵領より酷い。
彼処より酷い場所があるとは思わなかった。
乞食さえ生きていけない。
実力主義で抜擢してくれたという点は感謝しなければいけないのだろう。だが、実力主義の行き着く先はこれなのだろうとわたしは思った。
指定されたのは、海賊女王が根拠地にしようとしている公爵領の近くだ。
其処で反乱軍が暴れているそうだ。
ロイヤルネイビーは各地に散っていて、反乱の鎮圧に出せる戦力がいないらしい。そこまで戦力が払底しているのだと思うと、少し呆れる。
土の魔法を使って、そのまま移動を開始。
また速度が上がっている。
風魔法も併用しているので、向かい風もない。
アンゼルがキャハハハと笑っていた。
「いいね! また速くなってる!」
「嫌な話ですが、船で散々魔力を絞り出し続けましたので」
「それで鍛えられたと。 ま、それならあの無意味な船旅も意味があったかもね!」
ぎゅんと進む。
この魔法が良い所は、衝突事故が起きないことだ。
土魔法を使っていることと、風魔法での探知もやっているので、障害物は常に探知しながら進んでいる。
焼かれたままの集落を、一瞬で通り過ぎる。
再建どころか、焼かれたままだ。
死体も散らばっているのが分かった。焼死体ばかりだった。
野犬が食い散らかせる状態の死体は、もう残っていないと言うことだろう。あんな炭みたいな死体は、食べる場所さえないのだ。
そして、そういう死体を弔いもしない。
あのような連中では、それも期待できまい。
わたしでさえ、殺したら死体は処理するのにな。そう思いながら、現地に急ぐ。
「何、アイーシャ。 もう嫌気が差し始めてる?」
「いえ。 今までも、どこも似たようなものでしたから」
「考えて見ればそっか。 どちらかというとスポリファールがあっていたっぽいけれど」
「今考えて見るととても息苦しかったです。 ただ、あの国が一番環境は良かったんでしょうね。 わたしにはあいませんでしたが、国は一番長く続きそうです」
話しながらも、集中は続ける。
魔法を使っているから歩く必要はないが、それでも高速移動には変わりないのだ。
そろそろ飛ぶ事も出来そうである。
ただし、高速で飛ぶと、鳥とかにぶつかった時に致命傷になりかねないそうである。つまり、それを対策しないと飛ぶ魔法は危ないと言う事だ。
昼少し前に、現地に着く。
途中で地図を見ながら、アンゼルが案内を何度かしてくれたおかげで、迷子になることもなかった。
少しおなかが空いた。
ただそれだけだ。
何度か焼き払われた集落を通り過ぎて、やがて野営地に着く。
兵士達がゲラゲラ笑いながら、警備をしている様子だが。その地点と、周辺だけを抑えていると言う風情だ。
何も守っていない。
辺りは焼け野原。
村だった場所を奪い取って、そのまま野営地にしているようだった。
勝った方は何をしてもいい。
そういう理屈で動いている連中だと言う事は分かっている。船でそういう手合いだというのは理解した。
その結果はこうなる。
それも一目で分かった。
わたしはなんだかんだでもう殺し合いは経験してきている。だけれども、実の所軍が踏みにじった後は見たことがなかった。
そうか、こうなるんだという感想が出る。
勿論スポリファールみたいな規律がしっかりした軍だったら違うのだろうが。
それにしてもこれは。
戦争の結果、誰が得したのだろう。
各地に兵を分散して、ただいるだけの状態になっているロイヤルネイビーも、得をしているとは思えない。
そもそもだが、これだけの土地を得たのが初めてなのかもしれなかった。
野営地に凄まじい勢いでつけたので、歩哨とかは流石に槍を向けてきたが、佐官の階級章を見せると敬礼して通してくれる。
奥に入ると、夜盗のボスとなんら変わらない雰囲気の大男が、窶れ果てた女を左右に侍らせて、身の世話をさせていた。軍の天幕でこれか。
かろうじて生き残ったらしい村人は、全部軍で奴隷として使われているようだ。
これでは再興どころではないだろう。
「なんだ。 佐官という事は、女王陛下の名代か」
「書状です」
「どれ」
こいつは大尉だから、階級的にはこっちが上だ。
それでも敬語を使ってこないことを見るに、明らかに舐めて掛かられている。
まあ別に良い。
手紙を渡すと、すぐに顔色が変わる。
海賊女王が、この手の輩を力で徹底的に躾けているのが、その様子だけでも良く分かった。
ロイヤルネイビーの統率はそれでよかったのだろう。
だがそれがいざ侵略戦を始めると。
こうなってしまったというわけだ。
手紙を読み終えると、大尉どのは嘆息する。
「……悔しいが、現在俺たちの戦力では、賊に対して攻勢にでられん。 注文も多くて困っていてな」
「注文ですか」
「出来るだけ殺すな、だそうだ。 領土を拡げる間は、切り取り勝手次第だったんだがな」
そう指示して、兵士の士気を挙げた。
元々水兵だった連中が地上に上がった事もあるし。危険な航海をずっと続けていて、やっと地に足をつけられると言う事もあったのだ。
だから本当に、切り取り勝手次第をした。
ここまで馬鹿な事をするとは、海賊女王ですら想定外だったのかも知れない。
「あんたらカヨコンクム本土で、二十か三十の賊を殲滅したんだろう」
「はい」
「同じようにはやってくれるなよ。 女王陛下は出来るだけ生かして降伏させろと書状に書いている。 多少は殺しても良いが、それでも全部は殺すな。 これだと金も何もはいらねえんだ」
そういえば。
周りを見ると、兵士達もゲラゲラ笑っているが、金なんかあっても使い路が無いと言う雰囲気だ。
それもそうだろうな。
国というものが、根元から刈り取られ。
人と言うものが、一人もいないのだ。
連れてきた軍は、確かロイヤルネイビーの規模が四万ちょっとだとかいう話があるらしい。
それに加えて陸軍が一万くらい作戦に参加したのだそうだ。
だが、それで百万くらいの民を殺し、戦争中だけでも二百万くらいの難民がスポリファールに逃げ込み。残りは都市を捨てて散り散りになって。今では更に連日のようにスポリファールの占領地に逃げ込み続けるか、それが出来ない人間は、賊になりつつあるのだとか。
賊とは聞こえが良いが、反乱軍そのものだそうである。
そして軍同士での戦いなら負けようがなかった侵攻期だったらまだしも。
各地に占領のために兵を分散して配置している今では、むしろ各地の部隊は孤立状態。
しかも主力は国境付近にいることもあって、こういった内地はむしろ空白地帯になっている有様。
とてもではないが、賊の鎮圧どころではないのだそうだ。
バカな話だ。
旧パッナーロはきちんと貴族どもがしっかり統治をしていて、軍も整備を続けていれば。如何に魔法後進国に堕落したとはいえ、いずれ押し返すことだってできただろうに。
ロイヤルネイビーは陸に上がっても強かった。
だが、それも人間の群れである以上、できる事には限界がある。
それが、これを見ていて良く分かった。
「あたしは殲滅が専門なんだけどなあ」
「頼む。 こっちは手が足りない。 殲滅が出来るなら、殺さずに捕まえる事だって出来るだろ」
「えー。 アイーシャ、どうする。 そんな魔法の手持ち、ある?」
「……やってみます」
風、土、水。これらの組み合わせで、できる事はどんどん増えてきている。
軍の魔法使いは隕石を降らせるなんて事が出来たり、それを防いだりするらしいが。流石にそれは真似できない。
或いは秘伝の仕組みがあるのかも知れず、わたしはそれを教わっていない。
ただ、多分十代の半ばにはいったわたしは、魔法使いとしては素人からそこそこくらいになりつつあると思っている。
軍で殆どの魔法使いは採用しているようだが、ロイヤルネイビーは来る途中でも分かったが、魔法使いに当たりが強い。
あの様子だと、スポリファールやクタノーンに比べて、ロイヤルネイビーは魔法戦力では明確に劣っているのだろう。
こんな荒くれのボスが、わたしみたいな小娘に低姿勢に出るくらいだ。
その困窮ぶりがよく分かった。
「ただ、幾つか此方からも頼みます」
「なんだ。 イケメンでも用意しろってか」
「いりません」
即答するわたしに、どうしろっていうんだと大尉が困る。
今までイケメンか金持ちだったらなんでもいいというような女ばっかり見てきたのだろうか。
全部そうだと思って貰ったら困る。
なお、このイケメンというのも例のいにしえの時代の古語らしい。
「すぐに全部片付くとは思えません。 兵士達に足を引っ張られると困るので、先に釘を刺しておいてください」
「分かった。 ちょっと待っていろ」
立ち上がる大尉。
ガタイが凄まじく、まるで熊のようだ。
こういうのでないと、荒くれは統率出来ないのだろう。
天幕から大尉が出てくると、好きかってしていた兵士達がぴたりと黙る。
「てめえら、この二人は女王陛下が派遣してきた特務で、しかも佐官だ。 失礼な事でもしたら、女王陛下の顔に泥を塗ると知れ!」
「……っ!」
今までわたしをあからさまに舐めた様子でみていた兵士が、露骨に表情を変えた。
まあ、これでやりやすくはなったか。
野獣の群れには野獣の群れを統率する方法があるものだな。
そうわたしは思った。
スポリファールの騎士アプサラスは、大量の書状に決済をしていた。陣屋にしているもと侯爵の屋敷は、半分くらいは焼け落ちているが、再建が進んでいる。
大量にあふれかえっている人間をどうするかがスポリファールの苦悩だ。
今までこれほどの領土拡大が出来た経験がないカヨコンクムとクタノーンがやりたい放題をしてくれたせいで。
戦闘が続いていた時期には合計で五百万を越える人間が国境を越えて逃げ込んできたし。
戦争が終わった今も、毎日数万が逃げ込んでくる。
国境付近での戦闘は厳禁。
その条約が決まっている事もある。
難民は武装している事も多く、何より争いになると他の国々との問題へ発展する可能性も高い。
それもあって、勇猛果敢というかただの獰猛なだけのロイヤルネイビーも。
残忍さでしられるクタノーンの精鋭「黒軍」も、何もできないのが事実だった。それに関しては、スポリファールも同じだったが。
侵攻した三国は、それぞれ問題を抱えている。
カヨコンクムとクタノーンは、まるごと民に逃げられた。
それはそうだろう。
行く先々で殺戮と強姦を繰り返したのだ。それは誰もいなくなる。
パッナーロの人口はたしか五千万程度だったという話だが。この戦役で一千万に極めて近い数百万が死に。生き残りの大半はスポリファールに逃げ込めた者以外はカヨコンクムとクタノーンが奴隷として彼方此方に売り払い。更に戦役後も餓死や病死で多くが倒れた。
スポリファールでも、医療部隊も輜重部隊も悲鳴を上げている。
難民を追い返せないかという意見まで上がった事があるそうだ。
だが、難民はカヨコンクムとクタノーンの軍の凶行を見ている。
今更戻れなんて言ったら、それこそ百万単位の反乱軍が発生しかねない。もしそうなったら、流石にスポリファールだって抑えきれたものじゃない。各地に兵を分散していると言う点では、他二国と同じなのだ。
更に事態を悪化させているのは、カヨコンクムの領地内で起きている問題だ。
反乱勢力が発生し始めている。
あの豪腕で知られる海賊女王も、侵攻軍の士気を挙げるために出した命令がやり過ぎだったと気付いた時にはもう遅かった。
既にカヨコンクムの軍も国もロイヤルネイビーも、旧パッナーロの人間からして見れば、腐りきった貴族共以上の下衆外道に他ならない。
反乱勢力は日々増えていて。
最悪領土を奪還する可能性もある。
もしもそうなると、各地に小国家が乱立することになるだろうし、恐らくクタノーンの占領地や、スポリファールの占領地にすら問題が飛び火する可能性もある。
いきなり国土が倍増し、人口に至っては三倍以上に膨れあがったのだ。
如何に法整備をきちんとしてきたスポリファールでも、これはどうにもできないというのがアプサラスの本音だった。
ため息をつきながら書類を整理していると、伝令が来る。
田舎で惨劇が随分前に起こって。そして此方で国に迎え入れたあのアイーシャという娘が逃げ去った。
惨劇の実行犯は軍で手に負えなくなった騎士アンゼルだということは分かっていたが。
流刑地として扱われていた田舎の方でも対応が著しく問題があったことは分かっており、いずれ起きる問題だったのでは無いかと言う声も上がっている。
その件の続報だ。
書状を見ると、報告書だ。
内容に目を通すと、アンゼルとアイーシャはカヨコンクムに逃げ込み。そこで軍に入り。更にはロイヤルネイビーに入って、佐官になったようである。
そうか。
そうとしかいえない。
アイーシャという娘。まともな人生を送っていなかった。どうみても。
手近に置いてそれでアプサラスが教育すべきだったかも知れない。
アンゼルもそれは同じだ。
あれもろくでもない親のせいで性格が歪みに歪んで、動物を殺すのが大好きになり。魔法の適性もあって、騎士になった頃には殺戮中毒になっていたような筋金入りである。
旧パッナーロの軍を任されていると言っても、行政権とかは役人が持っている。アプサラスにできる事はそれほど多くは無い。
どうにもできない。
今は、あの二人がスポリファールを恨んでいないこと。
敵対していないことを、祈るしか無いと言うのが。
素直な言葉だった。
アプサラスも既に三十路が近付いて来ている。
若くして俊英として知られ。各地で武勲を積み重ね。今では騎士副団長という地位にいるが。
それでも、苦悩は絶えたことがなかった。