どれだけ強力な軍隊でも、統率を失うと簡単に瓦解するのが古くの戦争です。今の戦争でもまあそういう所はあるでしょうね。
如何に海で最強でも、陸で最強とは限らない。
破滅の雪崩が近付いて来ています。
砦の明け渡しはどうにか終わった。
三回の交渉。
何よりわたしが回復魔法で治療を施して回った事。更には森にいた、昔伯爵領でたまに食べていたのだろうとても巨大な鳥を斃して。
その肉を、砦の賊にまるまる渡したこと。
そういった事が積み重なり。
更には譲歩されていて、以降は身の安全が保証されているということもあり。
それらが重なって、どうにか砦を明け渡してくれた。
大尉が大喜びして、即座に書状を出す。
兵士達は若干恨めしそうだったが。
街が元に戻れば、金の使い路もあると大尉も説明したらしく。それなら仕方がないとも思ったようだった。
これで、一つか。
一度海賊女王の所に戻り、成果を報告。
報告しに行くたびに直前まで男と情事をしていたのが丸わかりなのは、どれだけ好き者なのかと呆れてしまうが。
まあともかく、お楽しみの最中だからといって追い出されることもない。
きちんと手続きをしてくれるし。
成果に評価もくれるので、それで良かった。
そうして彼方此方を周り、順番に賊を帰参させた。そのノウハウを展開して、他でもそれを真似始めたようだった。
だが、結論として。
少しばかり、遅かったのだと思う。
わたしがパッナーロに再上陸してから半年。
既にその時には、崩壊の音が響きはじめていた。
年が明けた。
とにかく寒い中、更に進歩した土魔法と風魔法を使って急ぐ。アンゼルもコンビを組んで移動しているが。
最近表情が険しくなっている。
アンゼルはどんどん背が伸びて女らしい体型になっていて。すっかり見上げるくらい背丈に差ができた。
それはそれとして、危険すぎる性格にはまるで変化がない。
必要とあれば子供でも容赦なく斬り捨てるし。
相変わらず心から殺しを楽しんでいる。
わたしもわたしで、人を殺してもなんら心が動かない。酷い事をしているというのは分かっている。
何度となく襲撃されて、それを全て返り討ちにしてきた。
賊の中には即座に仕掛けて来る者もいて。相手の戦力次第では、何人か殺さなければならなかった。
そういうとき、アンゼルは本当に悔しそうにしていた。
出来るだけ殺さないように。
その足枷が、鬱陶しくてならないようだった。
それにだ。
賊を帰参させたあと、それで逆恨みを買うことも結構あった。
話をつけた後、何回か襲撃された。
襲撃してきたのは話に納得出来なかった賊の方だったり。財産だった奴隷を手放すハメになったロイヤルネイビーの下っ端だったりしたが。
これも戦力次第では返り討ちにしなければならず。
海賊女王の威を借りる狐とかいって襲ってくる勘違いもいて。
荒事は一週間に一度はあるのだった。
それ以上に、問題が大きくなってきている。
特に国境付近できな臭くなっているのだ。
スポリファールに主に逃れていた旧パッナーロの民が、帰国を望み始めているらしい。人がとにかく全く足りない状態になっていた海賊女王はそれを許可。
だが同時に、国境付近での争いが激化した。
わたし達は、完全に勢力圏に置かれている(賊が出ている時点で何を言っているのかとも思うが)地域の賊の帰参を主に任されていて。国境付近の話は、報告に戻る時くらいしか聞かないのだが。
その時に、何度もまずそうな話を聞いた。
賊の勢いが増している。
どこぞの伯爵領が事実上奪回された。
ロイヤルネイビーの中隊が全滅。鎮圧に出た部隊も返り討ちにあった。
各地で孤立しているロイヤルネイビーの兵士達が、明らかに逃げ腰になっている。そういう話だ。
そういう理由もあってか。
賊の帰参が、難しくなってきている。
ともかくこっちではやれるだけやるしかない。
魔法の技術も魔力もどんどん上がっているので、現地に到着するのはそれほど難しくはなかったのだが。
問題は、今までで一番面倒そうな場所にあたったということだ。
比較的無事な街が見えるが、恐らくこれは海賊女王の指示で、兵士達が復興作業をしたのだろう。
半年もあれば、まあこれくらいにはなるかなと思う。
ただ問題は、近くに堅牢な山岳地帯があって、其処に賊がかなりいると言う事。話によると、二千はいるらしい。
此処も例によって支配していた侯爵やその軍は戦いでは一瞬で蹴散らされてそれっきりらしいのだけれど。
それからの殺戮が凄まじく。
逃げ延びた民やらが、ああやって立てこもって。いつの間にか散り散りだった者も集まって、かなりの戦力になっているらしい。
駐屯しているロイヤルネイビーの戦力は数百程度。
魔法戦力もいない。
海賊女王直下の精鋭は流石に強いようだが、カヨコンクムでいう特務や、スポリファールで言う騎士に相当する精鋭は国境付近で血みどろの戦いに巻き込まれているらしく。近々海賊女王も本拠を指揮のためにもっと国境沿いに移すという話がある。
つまり、上手く行っていないということだ。
アンゼルに聞いてみた。
砦を落とせるか、と。
落とす事そのものは出来るそうだ。
ただしそうなると、砦にいる戦えない人間も皆殺しにすることになるだろうし、海賊女王の指示は達成出来ない。
アンゼルは砦を見上げながら言う。
「ド素人が戦略目標を達成すれば戦争は勝ち、なんて事を言っているらしいけれどね。 この戦い、明らかに勝ったのはスポリファールだけだね。 カヨコンクムもクタノーンも、領土は得たけど恨みを買って、泥沼に両足を突っ込んだだけ。 ましてやクタノーンはともかく、カヨコンクムは国の寿命を縮めただけかも知れない。 スポリファールだって、利益を得るのは数十年も先で、それも上手く行くか分からない」
「なるほど」
「それでどうする? 砦の人間、これは国境のごたごたを知っているんじゃないのかな」
「まずは情報を集めましょう」
駐屯軍の指揮官である大尉は、何度か使者を送って。それを全部殺されたと言っている。
まあ、これだけの戦力で立てこもり。
見た感じ水も兵糧も問題ない。
これほどの規模の賊は初めて見る。
力攻めは無理だ。
勿論彼方此方から兵を集めてくれば出来るだろうが、今駐屯軍を動かすのは、反乱を起こしてくれというようなものである。
国境付近にいる精鋭だって動かせない。
わたしはアンゼルの言葉が事実だと悟る。
風の魔法で情報を集める。
魔法使いが何人かいる。
わたしは、実戦で魔法を使って腕を上げて来ているけれど、上には上が幾らでもいる事は周知している。
幸い、砦に察知できる魔法使いは、わたしより腕が劣るようだ。
それよりも、その魔法使いが戦闘タイプのようなのが気になる。
つまりアンゼルみたいな戦闘特化型の人間だ。
旧パッナーロは偉そうにしていた貴族さえ、血統主義を拗らせた結果ろくに魔法も使えない状態だったと聞く。軍での魔法配備も劣悪で、実戦では三国の軍に蹴散らされるばかりだったという。
だとすると、騎士だのではないだろうし。
パッナーロの軍に騎士に相当する奴がいたとしても、最後の一人まで前線に投入されて死んだだろう。
だとすると、これも在野の人材か。
いずれにしても、砦の規模などは調査した。
それから、順番にどうするかアンゼルと決める。
まずは、交渉の合図として、白旗を掲げて持っていく。これについては、古くからの伝統らしい。
古語がたくさん増えた時期より更に古くからの伝統だと言う事で。
まあそれに従って、白旗を掲げて行く。
かなりの数の射手に狙われている。
風の魔法で弓を調べるが、手作りのじゃないなこれは。
ロイヤルネイビーから鹵獲したり、或いは盗んだものだ。
ここの賊はかなりロイヤルネイビーとやりあったということだが。進歩を捨てて惰眠に入っていたパッナーロの技術よりも、より実用的な弓矢などを鹵獲すれば当然使う事も出来る。
厄介だな。
そう思いながら、砦の門まで歩いて行く。
呼びかけると、門が開く、
槍を揃えて不揃いの鎧を着たのがこっちを囲んでいるが。わたしがひらひらと白旗を風で揺らしてみせる。
そうすると、しばしの沈黙の後。
奧から、馬に乗った男が来た。
屈強な、ロイヤルネイビーの戦士とも渡り合えそうな大男だ。見かけだけではなくかなり出来そうである。
その隣にいるのは、猫背の小柄な女の子。
魔法使いは多分この子が一人。
他に戦闘タイプがいるようだが、移動を続けている。少なくとも、此方に顔を見せる気はなさそうだ。
「各地で反乱軍を降伏させているというのは貴様等二人だな」
「まあそうなります」
「報告は既に入っている。 一応約束は守っているし、できる限りの事は全てしているようだな」
あまり好意的ではないな。
ともかく奥に入るように言われる。
かなり組織化されている。この砦は、恐らくだが別荘か何かを改造したものだろう。
もとの主はとっくに首を落とされている。それは確認済み。
主がいなくなった屋敷を、砦に改装したというわけか。
ロイヤルネイビーも略奪の限りを尽くして燃やした後は、興味を示さず。誰もいなくなった場所を、賊が根拠にしたわけだ。
無言で奧の間に案内される。
天井がある場所さえまばらで、あったとしても板葺きだ。
一応の部屋があったので、其処に案内される。
座るように言われたのでそうする。
アンゼルも、座っていても対処できるからだろう。余裕を見せながら座っていた。
最近はわたしが交渉を任されている。
アンゼルはそもそも戦う事だけが好きなようで、こうやって気を張っているのが何よりも楽しいらしい。
だから、好きに側で護衛していて貰う。
「お前等は一体何者だ。 噂によるとこの国の出身だと聞くが」
「騎士アンゼルはスポリファールの出です」
「ほう」
「わたしアイーシャは、この国の東の辺境伯領で育ちました。 その前の記憶はありません」
出された出がらしを口に入れる。
まあ、温められていて、茶飲みに入っているだけマシだ。
屈強な戦士らしい相手は、じっと黙って話を聞く。
わたしの身の上を軽く説明すると、そうかと大きくため息をついていた。
「俺はこの侯爵領で騎士をしていたブファールという。 騎士と言っても、侯爵に意見できるような立場ではなかったがな」
「騎士だったんですか」
「ああ。 武芸を磨いていても嘲笑されるばかりだった。 どうして侯爵に媚を売らないのか、民など守って何になるのかと、いつも馬鹿にされていたよ。 海賊共が攻めてきたあの日も、侯爵は取り巻きとすぐに逃げ出して、それを見越していた伏兵に討ち取られた。 「信頼されていなかった」俺は、少数の部隊とともに街に取り残されて、必死に民を逃がした」
それで、此処にはこれだけの勢力がいたわけだ。
それにそんな状況で戦ったのなら、このおじさんは強いだろう。相応の敬意を払うべきだと思う。
「それから再起を図っている。 幸い、時勢は俺たちに味方してくれているようだな」
「はあ。 国境付近での争乱のことですか」
「ふっ、まあそう思っておけ。 麓にいる海賊共にはこう伝えろ。 此処が欲しかったら、奪いに来て見ろとな」
「一応書状は持って来ています。 あの街をそのまま取り戻せば、後々有利に生活出来ると思いますが、その様子では読みませんか」
鼻を慣らして、視線を背けるブファール殿。
こんな状況で、これだけの民を実際に救い。しかも率いているというのは大した人物である。
こういうのが侯爵だかをしていたら、全然違ったのだろうが。残念ながらそうではなかったのだ。
最近は末期のパッナーロがどうしてあんな国だったのかを自分で調べてもいる。
全うに国政を考えるような人間は、権力を握る事を優先する人間に片っ端から排除されていた。
志がある王族や貴族もわずかにはいたようだが、腐敗の中で何もできなかった。
最強の魔法使い「賢者」の子孫であるというささやかなプライドにすがって、他全てを馬鹿にする空虚な世界。
そんな場所で、大まじめに職務を全うしようとする人は。あまりにも居場所が悪かったのだと思う。
「分かりました。 一度引き上げます」
「ほう、物わかりが良いな」
「麓の駐屯軍と話して、条件について色々有利なように引きだして見ます。 場合によっては上司に譲歩を交渉します」
「貴様等、その若さで功績を挙げてきているというだけあるな。 地獄を見てきて強くなったのか、それとも……」
褒めてくれるのは嬉しいが。
わたしは自分が最強でもなんでもないし。
出来る人間だとは思っていない。
出来る範囲の事は一生懸命やっているが。
それで少しでも周りが認めてくれるかというと、アンゼル以外はノーだ。
海賊女王も、随分譲歩させられるなと、毎回顔に書いている。
ともかく一度戻る。
その過程で、アンゼルがぼやいた。
「ちょっと風向きが悪いかな」
「説得は難しそうと言う事ですか」
「それ以前の問題。 あの元騎士、かなり出来るよ。 魔法は使えないみたいだけれど、指導者として出来る」
本来は真面目な人物だったんだろうとアンゼルは言う。
まあ、それはわたしも同感だ。
アンゼルは、付け足してくれる。
ああいう真面目に職務をこなしていた人物が、危急時に頼られることで、指導者として一気に覚醒するケースが歴史上何度かあったらしい。
あの人物はそういうケースで。
多分今後、この荒れ果てた地を再建する希望になるだろうと。
ただ、問題はである。
そういう人物が、あれだけ強気だと言う事だ。
「根拠なしの言動ではないね。 これは早めに見切りをつけるべきかも知れない」
「しかし、わたし達は別に海賊女王に冷遇されているわけではありませんが」
「それはそう。 だけど、一緒に死んでやるほど恩を貰ってるわけでもない」
「……」
アンゼルには忠義心って概念がないんだなと、こう言うときは思い知らされる。わたしもそれは同じだけれど、わたしの場合はただの魔法使い。そもそも恩を受けた相手が存在していない。
強いていうならばスポリファールでわたしに魔法のイロハを叩き込んでくれた先生達と、崩壊するパッナーロから逃がしてくれた騎士アプサラスだけれども。その人達だって、仕事だったからやっていただけ。
特に騎士アプサラスの場合は、フラムを賊として毛嫌いしているのが今思えば明らかだった。
取引のために仕方がなく逃がしただけだ。
それも逃がされた後は、わたしはスポリファールで冷遇されて、あんな審問なんて事もされて。
まあ、それはいい。
ともかく、アンゼルは忠義心がない。
元騎士なのに。
それは色々とまずいと思うが。
ただこう言うときは、アンゼルの嗅覚が頼りになる。
「あの強気の理由、なんだと思いますか?」
「恐らくだけれど、ロイヤルネイビーの統治地域が、近いうちに滅茶苦茶になると思って良さそう」
「やはりそれですか」
「スポリファールから民が帰還してくる。 それを海賊女王が受け入れた。 英雄でも正しい判断を常に出来る訳じゃないし、何度か様子を見に行ったけれど、出来る部下はみんな国境に出ていて、愛人しか周囲に侍らせてない。 そうなってくると、相談役とかもいないんだと思う」
それで判断を間違ったと。
英雄でさえ判断を常に正しくするのは困難を極めるか。
血なまぐさい英雄である海賊女王だが。
ここ最近の一連の出来事で、判断力も鈍っていた。そう判断するべきなのかも知れなかった。
陣に到着。
此処を管轄する大尉に、交渉の結果を伝えてから。
開いている家を宿舎として提供されたので、中に入る。
まあ襤褸小屋だが。
それでも寝泊まりには充分だ。
そもそも数万が暮らしていた街なのだ。あの砦にいる賊が全部帰参したとしても、全くという程家が有り余っている。
それくらいロイヤルネイビーが殺したという話である。
夕食を取りながら、話を続ける。
「とりあえず、どうしましょうか」
「海賊女王もバカじゃない。 多分兵をまとめて、対応を始めると思う。 ただしそれは国境に向かってだろうね。 この辺りの駐屯軍は、まとめて海賊女王の率いる本隊に集中するだろうし、兵力の空白地になる」
「……それは、此処はともかく、他は終わりですね」
「そう。 国境での戦いをどうにかしたら、また各地の賊……もう反乱軍に等しいけれど、それを各個撃破するつもりなんだと思うね。 問題は、海賊女王の本領は海上戦だということだね」
陸上戦では、この凄まじい略奪と殺戮の跡からも。海上戦の常識をそのまま持ち込んでしまったとみて良い。
第三艦隊に連れられて旧パッナーロに来る途中、味方の都市でさえ略奪犯罪好き放題だったのだ。
それが敵地で何をするか何て、今まで散々見てきた事実が物語っている。
それに対する旧パッナーロの民の恨みは、それこそ無能で搾取を繰り返して来た貴族よりも今では強いだろう。
わたし達が説得して、それで降伏させた者達だって。
機会があれば即座に蜂起するはずだ。
そうなると、ロイヤルネイビーでもどうにもならなくなる可能性が高い。
そうこうしているうちに、翌日には書状が来た。
わたしも立ち会って欲しいと言われて、大尉の所にいく。書状は、此処を放棄して、軍は本隊に合流せよという命令だった。
わたし達については、特に指示は出ていない。
これは、相当焦っているな。
そう思ったが。
いずれにしても、此処にいるわけにもいかないだろう。軍とは別口で、先に海賊女王の所に向かう事にする。
そして、軍に先んじて出立。
海賊女王は軍をかき集めながら、東の国境に向かっているようだ。急いでそれを追う。
何回か、まとまって移動している軍を見つけた。
どれも数百単位だが。その過程で見る。
無敵を誇っただろう海賊女王の軍が、後方から猛襲を受けている。そうなると、軍はどうにもならない。
一度逃げるとなると、こんな風な強さだけでなり立っていた軍も、一瞬で崩れ立ってしまう。
追っているのは、反乱勢力の一つだろうが。
それも別に練度が高いわけでもない。
ただ勢いだけだ。
その勢いに滅茶苦茶に海賊女王自慢の精鋭が、打ち崩されて、壊滅していく。
「戦ってああいうものだよ」
「これはまずいですね」
「……あの騎士、多分正面から堂々ときたアイーシャに免じて、見逃してくれたんだと思う。 アイーシャみたいなやり方でなかったら、多分その場で殺していたんだろうね」
そうか。
戦争に本格的に参加するのは、多分スポリファールでハルメン国との国境紛争以来だろうか。
ただあの時は、兵力差はあれど秩序を保った士気の高い軍が、必死の防衛戦をしていたのに対し。
今回は勝手が違う所に来た兵士達が、各個撃破されて。指揮官である海賊女王もどうにもできずにいる。
これは負けたな。
わたしは、更に道を急ぎながら、そう思った。
翌日、海賊女王の陣に到着。
馬に跨がって移動している海賊女王は、流石に服を着ていたし、武装もしていた。馬に乗っていると、長身もあってかなり威圧感がある。
わたし達の顔を見ると、海賊女王はふっと鼻を鳴らした。
「その様子だと、上手く行かなかったようだね」
「残念ながら。 賊……元騎士が率いていましたが、この状況を知っているようでした」
「そうか、それだったら、私が出した指示のこともある。 撤退してきて正解だっただろうね」
責められはしないか。
一応、海賊女王の本隊は、一万程度まで膨れあがっているようである。だが確か、侵攻軍は本来は五万とかいう規模だったはず。
国境にも軍はいる筈だが。
それにしても、この程度しか集まらないのか。
まあ、集結の途中という事もあるのだろうが。
海賊女王が、部下に聞く。
「国境付近の部隊からの伝令はまだ来ないのか」
「残念ながら、まともな情報を持つ部隊は……」
「ちっ。 これはまずいね」
「如何なさいますか」
見た所、将軍級の人間も数人いるようだ。
精鋭は殆ど国境にいるようだが、この有様では。事実、アンゼルが面白そうだと思って見ているような相手はいない。
つまり、海賊女王麾下の精鋭は、ほぼ全滅という状態なのだろう。
「仕方がない。 もう少し進軍して、伝令が戻らないようなら撤退するよ。 港にいる軍勢に、船を死守するように指示を出しておきな」
「はっ」
伝令が北に向かってすっ飛んでいく。
一応魔法を使える特別な伝令のようで、空を飛んで行ったが。飛ぶ速度があまり速くはない。
あれだと撃ちおとされるかも知れないなと、わたしは思った。
そのまま進軍につきあう。
途中、合流してくる戦力もいたが。見るからに敗残兵な部隊も多かった。
つまり今や海賊女王の率いる軍は寄せ集めだ。それでも流石に規模が大きい。
途中の街などを占領している賊などは、この部隊を見ると逃げ散るが。
それも、ただ逃げ散るのではなくて。
明らかに秩序を持って撤退していた。
あれは本当に、今まで乞食同然の生活をしていた者達の動きか。
短時間で、何かしらあったのかも知れない。
その街を再占領する。
兵士達は略奪をしに街に散ったが、何も残されていないという風情で戻ってくる。海賊女王は愛人と情事にふける気にもならないらしく、むすっと本陣で腕組みして座り込んでいる。
海軍は鎧を着ないらしいと聞いているが。
コートみたいな服が、かなり威圧感があって軍人にはしっかり見える。
この人は、欲望は強烈でも。
それを抑える事は出来るのだろう。
「伝令をありったけだしな。 まともに戻る伝令がいないようなら、此処で引き返すよ」
「しかし国境には殆どの精鋭が……」
「この有様では生きてはいないだろうね」
「……」
兵士達が動揺している。
そして、わたしは悟った。
この時、空気が決定的に変わった事を。
負けたのだと、兵士達が理解したのである、そしてそれは、兵士達が信仰に近い形で抱いていた海賊女王に対する忠誠が、瓦解していくことを意味していた。
アンゼルが、目配せしてくる。
離れるべきだというのだろう。
かといって、どうするべきなのか。
海賊女王から逃げたとして、クタノーンにでも逃げ込むか。いや、クタノーンだってそう上手くはいかないだろう。
とりあえず、後一日だけ様子を見よう。
そうアンゼルと話をして、与えられた宿舎に入る。
少しだけ兵は増えて一万ちょっとにまでなっているようだが。補給がかなり心許なくなりはじめたようだ。
これでは補給路どころではない。
後方から物資が滞っているのだろう。
そして、翌日。
朝一で、叩き起こされる。
ぼろぼろになった男が、陣屋にいた。誰も動かないので、わたしが回復魔法を掛ける。だが、これはどう見ても手遅れだ。
男は特務の一人で、海賊女王の愛人の一人でもあるらしい。
ツラがいい。いわゆるイケメンと言う奴だろう。
まあそれについてはどうでもいい。
あまり人間のツラの良さには、わたしは興味を持てない。
「国境で何が起きているのか説明しな。 伝令が一人も戻ってこないんだ」
「……スポリファールから大量の民が戻ってくると同時に、一斉蜂起が始まったのです。 スポリファールが支援したのかと思いましたが、どうにも違うようです」
「突き止めたのかい」
「はい。 恐らくはハルメンです。 ハルメンの斥候が多数入り込んでいるのを確認しました。 元々旧パッナーロ領は麻のように乱れており、スポリファールですら大量の民を食わせるだけで手一杯。 そんな状況でハルメンの密偵は入り込み、クタノーンやロイヤルネイビーの支配地に戻る民に、訓練と武器の供与をしていたようです」
ハルメンはスポリファールからは蛮族などと言われていたが。
実際にはこんなに色々と出来る国だったのか。
確かにオークの軍用利用など、かなり優れた独自技術を持っていたし。スポリファールの軍の大規模魔法攻撃を防いだりしていた。
伊達に百年以上もスポリファールと戦っている訳ではないのだろう。
「撤退を。 国境付近は、既に軍も全滅。 反乱軍はロイヤルネイビーもクタノーン軍もまとめて滅ぼすつもりです。 兵力は十万に達し、魔法戦力は貧弱ながら、魔法使いを殺すための戦術や、特務などの精鋭を殺すための戦術も学んでいます。 スポリファールの支配地域にすら飛び火の気配があるほどです」
「分かった。 これは私も焼きが回ったねえ」
「……」
言い終えると、力尽きて。
海賊女王の愛人は死んだ。
回復魔法で僅かに命を吹き返して、言う事だけは言えた。そういう風情だった。
海賊女王は、宝を持ってこさせる。
ある程度の金貨だった。
「アイーシャ、アンゼル。 各地での任務、見事だった。 いつまで宝があるか分からないから、これはくれてやる」
「ありがとうございます」
「……」
「それと昇進だ。 アイーシャは中佐、アンゼルは大佐とする」
それはありがたい話だ。
そういうほろ苦い言葉しか出てこない。
すぐに撤退が開始される。
そして、それを敵は許してくれなかった。
撤退するロイヤルネイビーの最後尾にわたし達は配置。他にも追撃に備えて、精鋭が配置されたようだった。
精鋭といっても、比較的マシな部隊が、だが。
捨て石である。
追撃が確定で来る。それどころか、退路を塞いでいる賊までいるかも知れない。
とにかく逃げる。
ロイヤルネイビーは精強で知られていたらしいが、まさかあの腐敗したカヨコンクムの陸軍より先に壊滅するとは、わたしも思わなかった。
わたしは土魔法と風魔法を利用して、殿軍をまとめて移動させる。兵士達はこれは助かると言ってくれたが。
まあ、体力を温存するくらいしか役立たないだろう。
それに万の軍勢となると、逃げるのは相当に苦労する事になる。進軍はどうしても遅くなる。
侵略は火のように出来ても。
撤退は潮のようにはいかない。
そういうものらしい。
そして更に致命的な事が起きる。
前方が崩れるのが分かった。女王陛下、暗殺。そういう声が上がっていた。
それと同時に、今まで秩序を保っていた兵士達が、わっと逃げ散り始める。更に、周囲全方位から、気配が生じた。
アンゼルが言う。
「逃げるよ。 これは海賊女王が生きているかいないか関係無く、もう戦じゃない。 狩りだ。 狩られる前に、さっさと安全圏まで走るしかない」
「ま、待ってくれ! その移動魔法で、港まで送ってくれ!」
「アンゼル。 多人数で行く方が良いでしょう。 皆、周囲に備えてください。 軍用の弓矢や攻撃魔法の場合、風魔法で多分防ぎきれません」
「分かった!」
一応は捨て石に残された兵士達だ。
わたしが声を掛けると、それでも固まって、防衛陣を作る。わたしは一気に土を動かして、逃げる。
本隊の方が、盛大に燃えているのが見えた。
これはさっきのが本当かどうかはともかくとして、結果として海賊女王は死んだな。
一代の英雄の最後はあまりにもあっけない。
それをわたしは、目の当たりにしていた。
ロイヤルネイビーから追放されるわけでは無いが、旧パッナーロからまた追放されることになりそうだ。
そうわたしは、自嘲していた。