本作の世界について
作中でも説明していますが、本作には幾つかの国家が存在しています。その中で強国と言えるのは五つです。
現在アイーシャがいる国はパッナーロ国。
古くは「賢者」と呼ばれる存在が建国し、「賢者」が有能だと考えた魔法使いに貴族の地位を与えて出来た国です。なお、本作の世界では 魔 法 の 才 能 は 遺 伝 し ま せ ん。
このことは知っている国もあるのですが、パッナーロは「最強の魔法使いの子孫」という自負から、それに最後まで気付けませんでした。
魔法が使えない貴族が幾らでも出たのに。
だから貴族達は、魔法が使える人間に子供を産ませて、魔法を使える子供を手に入れようとしたり。或いは魔法が使えると装おうとしました。
それが奴隷商の跋扈と、この国の破滅と破綻につながって行ったのです。
少し背は伸びたけれど、まだ胸は大きくならないし、いわゆる女らしい体つきにもならない。
伯爵の屋敷で色々な絵を見たけれど、胸やら腰のくびれやらがしっかりしている女の人なんて。
多分幼い頃からしっかり栄養をとっているごく一部だけがなるのだと思う。
わたしも今も最低限の栄養しかとれていない。
粥ばかり食べていた頃よりは食べられているけれど。
外を歩いていて見かける女性は、みんなやせ細っていて、服もろくに着ていないような人が目立つ。
そういう人を助けられるかというと、どうにもできない。
わたしはフラムの「組織」というのに飼われている立場だ。
お金になるように、ものを直したり人を治療したりはできるけれど。それくらいしかできない。
お金になる分は食べられる。
服も少しだけましになったけれど。
背が伸び始めて小さくなることを考えて、もう少し大きい汚い布を見つけて来て。洗ってそれで着込んでいた。
伯爵の一家だけ、色鮮やかな服を着ていたな。
でも、あれを着たいとは思えなかった。
わたしの体で鮮やかなのは髪の毛だけか。
目の色も最近は、真っ黒だったのが赤くなってきているのが分かる。
ただ真っ赤というわけではなくて、瞳孔に朱が混じっている程度だ。
魔法をたくさん使っているからかもしれない。
魔法を使うと、目の色が変わることがあるらしい。
そうフラムが貸してくれた本には書かれていた。
フラムの貸してくれる本を読んで、色々と分かってきた。
この国、パッナーロ国というのは、何百年か前に「賢者」と自分で名乗っている人が作ったらしい。
なんでも「劣等賢者」と名乗っていたらしく、その時点で矛盾しているような気がするのだが。
当時はそういう不可解な二つ名を口にする人がたくさんいたらしく、しかもそれらの人はいきなり世界の彼方此方に現れたらしい。
それらの人が現れたくらいの時期から世界に魔法を使える人がたくさん出始めたという事もあって。
それまで別に平和でもなかった世界は、更に混乱に落ちたそうだ。
そういったよく分からない二つ名を口にする人はとにかく滅茶苦茶に強くて、絶対に普通では勝てない場合も多かったらしいのだけれど。
とにかくなんでもできてしまう。
それが理由で、やる気をなくす。
なんでも好き勝手にできてしまうと、それ以降は何をしたら良いかも分からない。目標もできない。
それがそういう人達には大敵だったらしく。
生きるのに飽きると、塵みたいに体が崩れて消えてしまったそうだ。
ただそれでも、生きるのに飽きなかった人達はいた。
暴力を振るうのが大好きな人。
異性と行為に及ぶのが大好きな人。
何でも言う事を聞く人間を侍らせるのが好きな人。
自分が使う暴力を、周囲が怖れるのが大好きな人。
どこから持ち込んだのかも分からない知識を周囲に広めて、すごいすごいと言われるのが嬉しくて仕方がない人。
そういう人は塵にならずに生き延びる事もあって。
そんな一人がこの国を作った「劣等賢者」だったらしい。
「劣等賢者」は、「優秀な人間は血筋で決まる」と考えていたらしく。
自分の子供をたくさん色々な女に無作為に産ませて、その中から自分が気に入った人間を次の王に。
自分に這いつくばる人間の中からお気に入りを選び。
その中で魔法を使える人間を(とはいっても、「劣等賢者」達が暴れていた時代には魔法を使えない人間の方が珍しかったそうだが)貴族とし。
各地に領地を与えて、統治させ。
そしてパッナーロ国が誕生した。
今わたしがいるのは、東方辺境伯爵領と言われるところらしい。
貴族の階級は公爵、侯爵、伯爵、男爵、子爵とあるらしいのだが。これらの設定は初代が勝手に自分の判断で決めたらしく。具体的な理由などは存在していないそうだ。
辺境伯というのは、その「劣等賢者」が飽きて塵になって消えてからできた役職だそうで。
国の東西南北にそれぞれ最前線となる地域を作り。
それをそれぞれ優れた魔法が使える伯爵が収めて、他の国に対する壁として機能するための場所にした。
そういうものらしい。
この時点で色々とよく分からないのだが。
フラムが、話して聞かせてくれた。
百年ちょっと前。
砂漠の先にあるスポリファール国が栄えていると聞いた、このパッナーロ国の王様は、止せば良いのにたくさんの魔法を使える(とされている)貴族と、何万とかいう数の軍隊を連れて攻めこんだ。
豊かな土地を奪い取って、自分のものとして。
更にはそこにいる美しい女や財宝も全部自分のものとしたいと考えたから、らしい。
それで攻めこんでみると、酷い事実が幾つも分かった。
魔法の達人の筈の貴族達は、ろくに魔法なんか使えず。それどころか、スポリファール国の兵士は、魔法を使える人間が珍しくもなかった。
大魔法王国なんて称していたパッナーロ国の軍隊は、よりにもよって魔法での戦いにも勝てず。
技術的にも極めて貧弱な装備しかない兵士達は、貴族が魔法で簡単にやられてしまうのを見て怖じ気づき。
しかも砂漠を越えて無理矢理攻めこんだ事もある。
相手の国で徹底的に負けて、王様他少しの人間しか生き残る事ができなかったそうなのである。
それからだ。
生きて戻った王様は、玉座に戻ると激怒した。
魔法が使える者が貴族になっているのではなかったのか。
賢王(「劣等賢者」を王室ではそう呼んでいるらしい)が選びたもうた尊い者達の子孫が、どうして魔法もろくに使えないのか。
かくいう王様も魔法なんてろくに使えなかったらしいが、とにかく魔法を使えるようにしろと激が飛んだ。
それだけじゃない。
攻めこんだスポリファール国で、国境でなんでもかんでも殺しまくった事もあって。スポリファール国が反撃に出てきた。
それで分かったのは、相手は砂漠を簡単に越えて来ること。
それどころか、今の戦力では手も足も出ないこと。
それもあって、特にスポリファール国ともっとも近いこの東の辺境伯領では、徹底的に魔法が求められた。
初代の此処の領主は凄い炎の魔法の使い手であったらしい。
それ以降、ここの伯爵の一族は、なんだか聞いているだけで恥ずかしくなるような二つ名を名乗り。
炎の魔法の達人だという事を強調してきたらしいのだが。
しかしながら実際には、初代からしてそんな大した存在でもなく、以降は魔法を使える人間は出たり出なかったり。
やがて魔法を使える人間は全く出なくなっていた所に、スポリファールとの戦いでの大惨敗。
更にその後、此処を視察に来た王が、一族の為体を見て、激怒したらしい。
それで今の伯爵は、早く魔法を使える者を出さないとと焦りに焦っているそうだ。
わたしが壊れていた剣を直した翌日。
わたしを呼んだフラムは機嫌がいいのか、そういう話を蕩々としてくれた。
フラムは半笑いで言っていた。
「頭が良い奴どうしが子供を作れば頭が良い子供ができるとか、力が強い奴どうしが子供を作れば力が強い子供ができるとか。 貴族様が喜びそうな話は大嘘でな。 実際問題、魔法を使える奴なんて、いきなりこの世界に湧いて出てきた「勇者」だの「賢者」だの「剣豪」だとか「剣聖」、あとは「聖女」なんて名乗った連中もいたらしいが、それを除くといきなりその辺から出たわけで、親が使えたから使えたわけでもなんでもねえ。 実際魔法が使えたはずの貴族様は、何百年かですっかりただの人だ」
勉学とかは、それでもまだマシな方なのだと言う。
魔法の場合は使えない人間は何をやっても使えない。
だから、そういう血統がどうのこうのの嘘が、露骨過ぎる程出てくるそうだ。
それであの伯爵は、彼方此方に手を回して、魔法が使える子供を集めていた。
それは自分の一族にしたり、或いは女だったら孕ませて魔法が使える子供を産ませようとしていたらしい。
わたしもそうされていた可能性が高かったということだ。
反吐が出る話である。
少しずつわたしも自意識が目覚めてきているから、そういうのは嫌だと思うようになってきている。
伯爵に対しても、今では嫌悪しかない。
「炎以外の魔法ではダメだったんですか?」
「それが貴族様の考えなんだよ。 お前も受けたあの教育は、なんでも初代様が残したものであるらしくてな。 たまたま魔法が使えただけの初代様が、それっぽくただ書いただけのものだ。 それを大まじめに実践しているというわけよ」
なんでそんな事が分かるのか。
フラムは教育の内容を全部覚えているらしい。
それはすごい。
なんでもフラムは記憶力が凄まじいらしく、一度聞いた話は忘れないらしい。だから、屋敷を「ある程度の水準の炎魔法が使えない」という理由で放り出された後に。のし上がって本を集めて読んで。
そういう結論に達したらしかった。
フラムが手を開くと、ぼっともの凄い炎が出てくる。
充分過ぎるような気がするが。
フラムは鼻で笑う。
「魔法ってのは使える奴次第でな。 年を取っても衰えない奴、二十歳を超えるとすぐ使えなくなる奴。 生まれた時から自在に使える奴、大人になってからいきなり使えるようになる奴、色々だ。 ようはいい加減な代物なんだよ。 俺の場合は体が出来上がってから出力が上がって来た。 だが初代様は最初からずっと同じ魔法が使える体質だったらしくてな」
それで、役立たずの烙印を押されたと。
フラムはげらげらと笑っていた。
其処に、知らない人が来る。
なんだかしっかりした鎧を着込んだ女性だ。フードとマントで体を隠していたが。立ち振る舞いからしてなんだか全てしっかりしている。
フードを取ると、短く切りそろえた金髪の女性で。ただ目つきが氷の刃のようだった。
「ようこそスポリファールの騎士様よ。 わざわざ来てくれてありがとさんよ」
「酷い町並みだ。 この街の領主は公爵に匹敵する権力と軍事力を持つ辺境伯の筈だが」
「ハッ。 毎日飲んだくれて頭もおかしい親父が、政治なんて見るかよ。 あんたらが堂々と街に入れている時点で、その辺はお察しだろ」
露骨な嫌悪を見せる騎士だという女性。
騎士というのは、この国だと貴族の下っ端だ。
名前の通り古くは馬に乗る戦士のことだったらしいと本にあったけれど。それも今では、ただの権力闘争のための箔に使うだけの肩書きになってしまっているらしい。
しかしこの人が、本当にスポリファールの騎士だとすると、それもまたちょっと状況が違うのかも知れない。
事実この人は、わたしと同じように。
周囲に魔法の……この人の場合は氷だろうか。
危険を事前察知するための探知魔法を張り巡らせている。
「それで私をわざわざ呼んだと言うことは、何か取引がしたいということか」
「ああ。 スポリファールで前線での指揮を任されてるんだろあんたは。 丁度情報が揃ったから引き渡す。 それでこの伯爵領を手始めに、まとまった地域を切り取るなり、国ごと叩き潰すなり好きにしな」
「わざわざそんな情報など得ずとも今や我が国の戦力はこの国を圧倒している。 ただ……そうだな。 少しでも兵を死なせないためには、情報は有用だ。 それで、見返りは」
「決まってる。 伯爵を俺に殺させろ。 それだけだ」
フラムは、この時の為に生きてきたんだと、ぎらついた目で言う。
フラムは屋敷から放り出されてから、文字通り泥水を啜って生きてきた。破落戸を力でまとめ上げる過程で、反吐が出る思いだって散々してきた。ある程度の力で破落戸の大頭目になっても、流石に伯爵の屋敷に仕掛けるほどの力はまだない。魔法というのは、実際には何千何百の戦力差をひっくり返す事はできないのだ。
「その娘はこの話を聞かせても大丈夫なのか」
「それは俺の妹だ。 あと、炎以外できる。 炎しかできない俺とは違って器用だぜ」
「ほう?」
「聞いてるぞ。 スポリファールではなんだかいう抜擢制度で、魔法が使える奴を出身関係無くつれて来ては、仕事をさせるんだろ。 そいつは俺を嫌ってはいるが、それはそれでできる奴だ。 そっちで面倒を見てくれるか」
意外な話をフラムが始める。
わたしが顔を上げると、騎士はじっとわたしを見てから、頷いていた。
「確かに強い魔力を感じるな。 だが、その娘には寝耳に水のようだが」
「スポリファールで使われている慣用句だな。 初めて直に聞いたぜ。 おいアイーシャ。 お前どうせ俺と心中なんてしたくもないだろ。 この国を売ったところで、俺が破落戸の親玉で、スポリファールから見ても害虫なのには代わりねえ。 だったら、好きなところで好きにくらしな」
「……いいんですか」
「いいんだよ。 お前が稼いでくれたおかげで、俺も随分と目的を進める事ができたからな。 あの胸くそ悪いガキをつれて来ては使い潰すクソ伯爵家と、似たような事をしてるこの国の貴族共を、まとめて地獄に道連れにしてやる。 スポリファールだって楽園でもなんでもないとか聞いてはいるが、少なくともこんなカスみてえな国よりマシだろ」
ケケケと、フラムが笑う。
本当に機嫌が良いときの笑い方だ。
わたしは、騎士の方を見た。
相変わらず氷みたいな視線だった。
「いいだろう。 このアプサラス、お前を引き取ろう」
「いけ。 数日もしないうちに、この街は戦場になる。 俺の配下に既に声は掛けさせて、この街と心中することもない連中は集めさせた。 このゴミためは全部まとめて灰になる。 俺と心中する必要もねえよ。 お前はそれを連れて、騎士様と一緒にいきな」
咳き込むフラム。
医師のハイム先生に聞いている。
フラムは幼い頃に無茶をしたこともある。更に魔法が体に負担を掛けているタイプだともいう。
魔法を使わなくても、強い魔力が体に常にダメージを与えているらしく。
どの道長くはないらしい。
それらはもう聞いているから、何とも感じない。
ため息をつくと、わたしは頭を下げていた。
冷たい目の騎士様と一緒に、あばら屋を出る。本を全部持って行けと言われたので、お言葉に預かる。
破落戸どもが、じっとわたしをみている。
一度くらい犯したかったな。
そんな事を言っているのを聞いたが、今は無視する。それにしてもまだわたしは多分十歳程度だ。
それでもいいのだろう。本当にこの街が荒んでいる事がよく分かる。
「アイーシャと言ったな。 フラムはああいう所では嘘を言わない。 言っていたことは概ね真実か」
「はい。 わたしも、この街が滅びる事はともかく、伯爵が死ぬ事はなんとも思いません」
「そうか。 民に此処まで嫌われるとは。 圧制者にはなりたくないものだな」
それから、町外れに行く。
町外れには、今まで見たことがないくらい規律がしっかりした戦士が男女関係無く、五十人くらい詰めていた。
それらに守られているのは、見覚えがある人達。
ハイム先生や飯炊きのおばさん。
それ以外にも、幾らかの子供や、善良でこの街で生きていけるのか不安になる人とかの顔も見える。
アプサラスは、皆に言う。
「これより我が国より侵攻軍本隊五万が来る。 この伯爵領を橋頭堡にし、パッナーロ国を一息に蹂躙する。 全土を制圧する事ができるかは分からないが、いずれにしても以降傲慢なる賢者の子孫を名乗るこの国に安寧は無い。 護衛をつけてやるから、本国へと向かえ。 其処で市民証を見せろ。 以降はそれで仕事なり教育機関なりに振り分けられるはずだ」
そういってメダルを渡される。
絶対に無くすなと念を押された。
スポリファールでは、このメダルが命の次に大事らしい。盗んだ場合は問答無用で死刑。
個人の情報が魔法で全部入るようにされているらしく。
その話を聞くだけで、スポリファールがこの国とは比べものにならないほど魔法が進んでいる事がよく分かる。
賢者の子孫で、その血を引いている。
それに胡座を掻いてきたこの国は。
今、文字通り灰燼と帰そうとしているのだ。
「それでもこの国に残りたいものは」
誰もいない。
それはそうだ。
わたしだって、この国にいるくらいだったら、他がマシ。
育てて貰った恩なんてものは存在していない。
飼われていただけ。それももし出来が良かったら孕み袋にされていた。わたしの両親だって、理由は分からないが、この国でなければ或いはわたしを奴隷商に売らなくて済んだかも知れない。それすらも分からない。盗賊の類が両親を殺して、わたしを売り飛ばしたのかもしれないし。それですらも、別の国だったらと思う。
この国がもう少しマシだったら。
わたしみたいな子供でもそう思うのである。
大人だったら、なおさら怒りは強いだろう。
メダルは持たなくても、すっと体に貼り付く。それで落とす事はないようだ。体についていて不快感もない。
数人の戦士が来る。
一番年かさの戦士は、伯爵よりもずっと年上に見えた。深い口ひげを蓄えていて、感情が見えない。
一番年下の戦士は、わたしと同年代の女の子に見えた。
興味津々という様子でわたしを見ている。ただ、育ちは明らかに良さそうで、それで苦手だ。
淡い金の髪を、頭の左右で縛っているのは、ツインテールとかツーポニーとかいうのだったっけ。
これも語源がよく分かっていないそうだ。
語源がよく分からない言葉は、この世界にたくさんある。
「バリ隊長。 指定通りにこの者どもを本国に」
「はっ。 アプサラス騎士隊長どのもお気をつけて」
「問題ない。 この国の兵士の練度と実力は見た。 万が一にも不覚を取ることはない。 少なくとも、この伯爵領ではな」
それからわたしたちは、食事にする。
とても美味しいスープが出たので驚く。今まで食べていたのはなんだったのだろうと思わされる程だ。
女の子の戦士が、にやにや笑いながら言う。
「美味しいでしょ、それ」
「はい」
「ウチの国ではね、新しい国民はそうやって歓迎するの。 人間なんて幾らいても足りないからね。 あんた火以外の魔法はだいたい使えるんだって? 高官になるのも夢じゃないかもよ」
そっか。
でも、そんなうまい話があるとはとても思えない。どうせスポリファール国でも、きっとろくでもない闇がある筈だ。
それから、見た事がない馬が連れてこられる。
馬というのは一種類しか見た事がなかったけれど、これは明らかに違う。背中に大きなコブがあって、それでとても体つきもたくましい。
砂漠馬というらしい。
砂漠に非常に強いのだと、バリ隊長がいうが、わたしには、砂漠もろくにわからないから、そうかとしか思えなかった。
「砂漠の突破は厳しいものになる。 護衛があるとはいえ、気を付けるように。 砂漠には匪賊も出る。 捕まったらまず助からんぞ。 奴らは人間の血を啜り、肉を喰らって砂漠で生きている」
ひっと声が出る隣にいる子。
まあ、無理もない。
わたしだって、知らない内に行き倒れの肉を食べていたかも知れない身だ。だから、それについてどうこうはいえなかった。
出立は翌日となったけれど、それまで監視がしっかりつけられた。
それはそうだろう。
此処を抜けだして伯爵に密告でもされたら……多分もうこれでは伯爵領なんてどうにもならないだろうけれど。
あのアプサラスという人は非常に堅実な人に見えた。
それで計画が狂ったら、多分怒り狂うはずだ。
その怒りを受けたくないのだとわたしは見た。
翌朝には、先遣隊らしい何千もの戦士が到着していた。全員が武装していて、しかも練度が段違いだ。
既に初期消火にパッナーロ国はこの時点で失敗した。
後は蹂躙されるだけ。
蹂躙される貧乏人や街の人は気の毒だが。
伯爵には、ざまあみろという言葉しかでなかった。