辺境伯令嬢の追放行脚   作:dwwyakata@2024

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ようやく安寧の地にと思った矢先に、理不尽すぎる暴虐に追い立てられるアイーシャ。

今では充分な自衛の力を持っていて、一人で生きていく事も出来るようになっています。

それでも人知を越えた相手巨人。しかも撃退しても撃退しても現れる。

疲弊するアイーシャは安息を求めて放浪しますが……






世界の境界
序、巨人に追われ


山の中をいく。

 

わたしは出来るだけ人里に近寄らないようにして、そうして進んだ。

 

傾斜が厳しかったり、地形が難しい所は出来るだけ土魔法と風魔法の組み合わせで。人里が遠いと判断した場合は、水魔法を使って川を下った。

 

人里を避けたのは理由がある。

 

まだ巨人が追跡してくるからである。

 

巨人は毎回姿が違う。

 

おじさんだったり若かったり。老婆だったり。

 

色々な姿だけれども、服をしっかりきているし。人間を食い殺す事が出来る口をしていて。口を開くと牙がずらりと並んでいた。

 

それらを殺しながら退ける。

 

当然腹も減る。

 

巻き込む人間が出るのも避けたい。

 

人死にが嫌と言うよりも、それで騒ぎが大きくなるのが嫌だからだ。

 

ハンナが死んだ事は残念だと思っている。

 

わたしを慕ってくれていたし。

 

だけれども、周りが止せと言っているのに一人でわたしの所に来ようとして、巨人に殺されたのは擁護できない。

 

善意だったりしたのかも知れないけれど。

 

それは自己責任だとわたしは思う。

 

だから、ハンナの死を悲しむマリーンらの事は理解は出来たが。

 

怒りがわたしに向くのはどうにも納得が行かなかった。

 

この辺りが、わたしが嫌われる理由だと言う事も分かっているが。

 

わたしは幼い頃に、心を作り損ねてしまった。

 

それについては、感情豊かで天真爛漫だったハンナを見て良く理解出来た。あれが本来は普通。

 

伯爵領にいた子供達は、誰もわたしと大差ない状態だった。この国の子供は違う。

 

田舎であっても、人の情がある土地だったから、ああいう風な子供に育って、心だって出来た。

 

わたしはそうではなかった。

 

ただそれだけだ。

 

そして作り損ねた心は、今更どうしようもない。

 

表情を創る事は出来るけれど。

 

それは単に虚しいだけである。

 

アンゼルはその辺り理解していたのだろう。

 

或いはアンゼルも、ころころ変わっていた表情はただ作っているだけのもので。内心はわたしと同じで虚無だったのかも知れない。

 

だとすると、似たもの同士だったと言う事だ。

 

だから、仲が良かったのかも知れない。

 

川を見つけたので下る。

 

この辺りはもうグンリの領域ではない。この辺りからは「海峡」というのが旧パッナーロとの間に出来る。陸の切れ目だ。

 

そしてそれがあったからこそ、小国が独立を保てたという事情がある。

 

海があるとそれだけ侵攻の難易度が跳ね上がる。

 

向こう岸が見えているような海でも、船で渡ろうとすると大変だったりする事はザラだ。水魔法で、水を調べた今だとその辺りがよく分かる。

 

この辺りはドラダン連邦と言われる小国で、規模はグンリと大して変わらない。

 

これはグンリにいた頃に、軽く小耳に挟んだ。

 

元はグンリと争っていたかなり規模が大きかった国らしいのだが。彼方此方に持っていた領土をいにしえの時代に殆ど失い、今はこの辺りにちいさな領土を持って、大陸から半ば孤立して存在できているという。

 

グンリ以上に排他的な上に孤立傾向が強く。

 

わたしが聞いた話をまとめる限り、此処で暮らす事は考えない方が良いだろう。

 

川を下って、河口近くに。集落が見えるので、その辺りで止まっておく。

 

土魔法を使って、土まんじゅうを河原の近くに作成。枯れ木を集めてくる。

 

わたしは火魔法だけは使えない。

 

ただし火を熾すことは出来る。

 

体を洗ったりする事は難しく無いし、湯を沸かすのも簡単だけれども。

 

それはそれとして、肉なんかを炙ったりするのに火はどうしても必要になる。

 

枯れ木の集め方とかは、カヨコンクム時代に散々体に叩き込んだ。

 

だから今では、さくさくと集めてくることが出来る。

 

問題は巨人だ。

 

いつ現れてもおかしくないし、どこにでも出てくる。

 

今まで13回斃したが、その全てで出現の予兆もなかった。勿論こっちの事情も知った事では無いようである。

 

ただ不思議な事に、眠っているときには現れない。

 

これは何故なのか理由は分からない。

 

いずれにしても、黙々と川で魚を捕る。

 

汽水域に近いから、かなり大きな魚が捕れる。料理するのも大変で、捌いている間に辺りは血まみれになる。

 

火を熾して食べていると、人の気配だ。

 

近付いてこない方がいいと、警告をして追い払う。

 

わたしとしても、面倒ごとは避けたい。

 

せっかく人里を避けて動いているのだ。

 

追い払う方法は、殆どの場合風で押し返す。後は、此方に来るなと、魔法だと分かるように呼びかける。

 

それだけだ。

 

それだけで、だいたいは帰っていく。

 

ただ軍でも呼ばれると面倒だから、さっさと滞在を切り上げて離れるが。

 

しかしながら、それもいつまで続ければ良いのか。

 

わたしも、よくわからなくなってきていた。

 

腹一杯になるまで魚を焼いたのを食べる。料理ですらなく調理だが、まあある程度美味しくて腹も膨れるからそれでいい。

 

しばらく横になっていると、それですぐに眠れる。

 

眠っている間は巨人は出ないようだが。

 

それも今まではそうだったというだけだ。今後どうなるかは分からない。

 

目が覚めると、鶏が鳴いていた。

 

思った以上に集落が近かったかこれは。風魔法で探ったはずだが。

 

ともかく起きだして、わたしはすぐに移動の準備を始める。

 

このままどこに行けば良いか分からない。

 

ただ最後に見た地図は、今いるドラダン連邦の東の果て辺りが、無人地帯になっていた。

 

もういっそ無人地帯が良いかも知れない。

 

わたしは孤独を苦にしないし。

 

無人地帯なら、面倒な争いにも巻き込まれないだろう。

 

だからそれでいい。

 

淡々と移動を開始。わたしのいた所についても、全て土魔法などで後片付けはしておく。元々巨人は滅多に出るものでもないらしい。だから、わたしのいる所以外には出ないだろう。

 

そうして海ぞいを移動する。

 

人里がない険しい地形を選んで移動して行くが、それでも時々砦や出城などの類は見かける。

 

避けて通る。

 

そして、ドラダン連邦に入った辺りから。

 

巨人はでなくなっていた。

 

 

 

巨人に襲われなくなって二週間が経過。

 

海は見えなくなった。

 

山深い土地で、完全に人間の気配もなくなっている。これが人跡未踏と言う奴なのだろうと思う。

 

辺りには人の気配はない。

 

ドラダン連邦の首都はたしか海沿いだったはずだ。この辺りは、もうどこの国でもないだろう。

 

ある意味安心した。

 

此処で一人で静かに暮らすのが、わたしにはあっているかも知れない。

 

服やら何やらは、グンリを追い出されたときに、そのまま持って来た。置いて行けとは言われなかった。

 

置いて行けとか言ってくるようだったら、わたしはその場で八つ裂きにしていたとは思うけれど。

 

まあわたしとしても、言われなければ何もしない。

 

だいたい働いた分の対価として服は得た。

 

それをおいていけと言われる筋合いは無い。

 

此処なら巨人に襲われても大丈夫だろう。そう思って、拠点を作る。森を壊さないように気を付けるのは、それだけ周囲に見つかりたくないからだ。そのまま土魔法で土嚢を作り、内部に生活空間を作る。

 

森の中と言うこともあって、意外に雨はしのげるのだが。

 

それはそれとして、どうしても水は流れ込んでくるので、それは防ぐ。

 

土を固めたり石を混ぜたりして、水が入り込まない空間を作り。更には生活のための物資を並べておく。

 

こう言うとき取り返しがつかないのは服や靴だ。

 

わたしは皮で作った靴を愛用しているが、これだっていずれは使い物にならなくなるだろう。

 

歩いて潰してしまうケースもあるが。

 

皮などは放っておいても傷んでいくのだ。

 

服もそう。

 

仕組みを理解していても、一から作るのは無理。これについては、いずれ考えなければならない。

 

わたしはもう背が伸びる時期を終えているけれど。

 

それでもまだ少しは体型が変わる。

 

仕立てはどうしても身につかなかった。やる機会がなかった、というのが最大の理由である。

 

後はどうするか。

 

そう思って、外に出る。

 

空に虹が架かっている。さっきまで降っていた雨が止んだようだった。

 

そして、気配察知の範囲に敵性存在が入り込む。

 

風魔法を周囲に常時展開しているのだが、これは熊より明らかに大きい。音は消して、様子を伺う。

 

がさがさと森をかき分けて歩いているのは、オークだ。多分野生種だろう。こっちには気付いていない。

 

だが、気付かれていなくても、これはまずいな。

 

スポリファールでも野生化したオークが、二線級とはいえ軍部隊をずっと苦戦させていたのである。

 

幾つかの国の軍を見てきたが、多分練度で言えば最強だったスポリファールの軍がである。

 

森の中のオークは、戦闘になることを極力避けるべき相手だ。

 

幸いわたしは風魔法もあって相性が良い。群れを作っているのかは知らないが、先に始末すべきだろう。

 

前に軍で飼育されているオークを見た時は、どうすればいいのか途方にくれてしまったけれど。

 

今ははっきり言って、巨人との戦いを経験した事もある。

 

すっと背後から魔法で、毒ガスを纏わり付かせる。

 

そうすると、周囲を見回していたオークは、しばし白目を剥いてもがこうとしたが。それすら出来ずに、どうと倒れていた。

 

森が揺れる。

 

小鳥が驚いて飛び立ち、逃げていった。

 

とりあえず、一体。

 

死体に手を出す事はしない。他のオークが、人間がいると気付くと面倒だからである。死因不明としておけばいい。

 

ただ、もしも多数のオークが襲ってきた場合は。相応に対応しなければならないだろうが。

 

群れのオークを相手にするのは、簡単ではないだろう。

 

今のうちに、覚悟は決めておく必要がある。

 

だが、元々此処は人跡未踏の地だ。

 

誰も領土にしていない山奥の中の山奥。

 

人間が住み着かないのには、相応の理由がある。

 

覚悟はしていたことだし。

 

今さら、気にすることでもなかった。

 

 

 

翌朝からは、索敵範囲を拡げて、魔法を練りながら周囲の生物の分布などを調べておく。

 

住み着けるようだったら、此処で住んでしまうつもりだ。だから、そうしておく必要がある。

 

オークの死体は昨日のまま。

 

腐るより速く、森の動物が手当たり次第に食い散らかしている。死んだらわたしもそうなる。

 

ただそれだけだ。

 

動物はかなりたくさんいる。

 

オークのような巨大な生物がやっていけるだけはある。軍用の奴よりはかなり小さかったけれど。

 

それでも熊よりだいぶ大きいのだオークは。

 

食べる量とか凄まじいだろう。

 

見ていると、野犬や猪もいるし。小型の熊もいるようだ。しばらくして、オークが三体くる。

 

こっちに気付いている様子はない。

 

死体に集まっていた獣が逃げ散る。逃げ遅れたのは、そのままオークに掴まれて、食われてしまった。

 

仲間を食った獣も関係無しか。

 

わたしも普通の人間からはああいう手合いと同じに見えているのかも知れない。

 

気配を消して様子を確認。

 

巨人から比べれば全然楽な相手だ。

 

あの数が相手でも、今はそれほど苦労せずに倒せるだろう。

 

力はついてきているのだ。

 

その力が万能でも全能でも世界最強でもないだけ。だからできる事は限られるし、あっと言う間に側で人が死ぬ。

 

ただそれだけである。

 

オークはやがて仲間の死体を担いでいなくなった。

 

まあ、また来るようなら殺すだけだ。わたしは寝床で横になろうと思ったが、そのオーク達が跳び上がると、逃げていくのが見えた。

 

オークより大きいのがいる。

 

巨人かと思ったが、違う。

 

巨人はヨトンと言われていた。

 

あれは全く違う存在だ。全身が触手の塊で、恐ろしい程俊敏に飛びかかると、オークに覆い被さってそのまま貪り喰い始めた。

 

残り二体は逃げようとするが、触手が一体を瞬く間に絡め取り、ばりばりと食い始める。最後の一体は必死に逃げた。

 

触手の塊は森を揺らしながら動き、しばらくこっちに意識を向けていた。

 

あれは気付いているな。

 

さてどうする。

 

そう思ったが、やがてきびすを返して去って行く。

 

小腹の足しにもならないと思ったのか。

 

単に満腹したからか。

 

他の理由かは分からない。

 

いずれにしても、オークはあの大きさで、頂点捕食者でもなんでもないことがよく分かった。

 

それに、此処に人間が住まない理由もだ。

 

かといって、今更ドラダンを突っ切って、更にパッナーロを突っ切って別の所に行くのは現実的では無いだろうし。

 

グンリの方に行けば、多分巨人が出る。

 

仕方がない。

 

此処に適応出来ないか、しばらくは調べて見るとする。魔力を更に練り上げて、此処で生きていけるようなら。

 

もうわたしは、社会に隷属する必要はなくなるかもしれない。

 

人間の社会を支配するとか、そんなつもりはさらさらない。

 

必要な物資だけたまにくすねるだけ。

 

そういう関係が成立する可能性がある。

 

賊となにも代わりはないが。

 

今わたしの扱いは、タチが悪い賊と殆ど同じだ。少なくとも、周囲からはそう認識されているだろう。

 

でも、それはなんとなくいやだ。

 

わたしがこの世でもっとも嫌っている人間は、あの伯爵だ。

 

あいつは権力を持った賊そのものだったのだと、今では思っている。しかも世襲でその権力を得た。

 

全部が同じになるわけではないが、あれの同類になるのだけは嫌だ。

 

自意識が薄くても、こういう所では薄い感情が浮いてくる。

 

わたしは空を見上げる。

 

あれだけの殺戮があったのに。

 

森の上空は澄んだ青空で。

 

何事もなかったかのように、雲が時々流れているのだった。

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