辺境伯令嬢の追放行脚   作:dwwyakata@2024

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※ハルメン国について

スポリファールが蛮族と呼んで長年対立しているハルメン国。山が多い国で人口はスポリファールの三分の一程度。

しかしながら地形を上手く利用してスポリファールと長年戦い続け、特に諜報を重視してスポリファールと結果互角にやりあっています。

技術力も高く、非人道的な生物兵器も使ってはいますが。それはそれとして、列強の一つに数えられる実力を持っています。

そしてこの国には今天才軍師がいました。

旧パッナーロを巻き込む争乱で、ハルメンだけが得する絵図を描き、それを実現した怪物が。

ちなみにハルメン国は王制国家です。





3、蛮族の国の真相

港に入る頃には、ハルメンの様子が分かってきていた。

 

街はかなり整備されている。というか、スポリファールの街とほとんど技術的には違わない。

 

オークの軍用家畜化などの技術だけでは無い。

 

この国は、人口以外ではほとんどスポリファールと代わらないのだ。

 

街のインフラもよく整っている。

 

これはスポリファールの軍が手を焼くのも当然だ。ただ、此処から見える範囲だけでも、山が幾らでもうねっている。

 

あれでは穀物なんかは、あまり取れないだろう。

 

山を見ていると、歩くように促される。軍刑務所でしばらくは身元を預かるそうである。

 

まあそれはかまわないので、ついていく。

 

途中で、色々聞かされた。

 

「この国は元々山岳民族が作りあげたものでね。 最初の頃は峻険な山岳地帯を使ってスポリファールの侵攻を防いでいたの。 その頃は間違いなく「蛮族」だったでしょうね。 流れが変わったのは、パッナーロが堕落し始めてからね」

 

「パッナーロが」

 

「そう。 あの国の腐敗した貴族は、自分達で富を独占して、文化も全て自分達だけのものとした。 それで嫌気が差した学者や商人、知識人なんかが、海路でこの国に逃れてきたの」

 

その人達が、衰える前のパッナーロの技術などを伝えてくれたという。

 

そういう人々は「渡来人」として、ハルメンでは大事にしたそうだ。

 

やがてハルメンはそれらの技術を活用して、スポリファールと戦えるほどに国力を高めていった。

 

スポリファールへ侵攻するようになったのも、そういう事情かららしい。

 

なるほどね。分かってきた。

 

ハルメンが大々的にパッナーロで工作が出来たのは。そういうつながりがあったからなのか。

 

恐らくだが、パッナーロの反乱軍に加わったハルメンの密偵や間諜の中には、もとパッナーロの民がいたのかも知れない。

 

だとすれば士気も高かっただろう。

 

腐敗した国を、ようやく圧制者から取り戻す好機だったのだから。

 

貴族共を一掃し、更には邪悪な侵略者も追い出せれば、御の字。

 

更にはスポリファールからしてみれば、「どうにか」友好的よりなくらいの大国が隣にあることになる。不安定な領土と人口を抱えた状態でだ。

 

ハルメンに対する圧力も人員も削らざるをえなくなる。

 

これに対して、ハルメンは友好国に生まれ変わったパッナーロと、スポリファールを挟む事ができる。

 

カヨコンクムやクタノーンが今回の一件で瓦解した場合、その余波をもろに浴びるのはハルメンではなく、スポリファールになる可能性も高い。

 

今回の作戦で裏で相当な人数が動いたのだろうが。

 

それをやる意味は、大いにあったのだ。

 

勿論暗闘で人員も失っただろうし、多大な物資や資金も費やしたのだろうが。

 

それでも戦略的には大きな勝利だったのだと分かった。

 

戦略目標を果たせば戦争は勝ちとかいう話があるが。実際にはこれだ。

 

あの戦いで勝ったのは、多分実際に領土など得ていないハルメンだけ。大まじめに行儀が良い兵を率いていたスポリファールですら、失ったものの方が多く。カヨコンクムやクタノーンに至っては国に大きな打撃さえ受けている。

 

わたしは凄いなと思った。

 

誰がこの筋書きを書いたのかは知らないが、いずれにしても軍師とか言われる存在なのか。

 

だとしたら、生半可な物語に出てくる軍師なんかより余程化け物じみている。

 

牢屋に入れられたが、意外と監視は緩やかだ。

 

わたしが抵抗する様子を見せなかったこともあるのだろうが。

 

触ってみて分かる。

 

どうもハルメンでは魔法の技術をかなり贅沢に使えるらしく、力尽くで突破しようとすると即座に分かるようになっている。

 

或いはだけれども、長年続いたスポリファールとの戦いで、魔法使いにどう対応すればいいのかを学びきっているのかもしれない。

 

わたしみたいな半端な実力の魔法使いでは、練りに練り上げられた対策を破れないと言う訳だ。

 

まあわたしとしても今は暴れる理由もない。

 

乱暴もされていないし、服などの私物も取りあげられていない。

 

何より牢屋ではあるが、それほど生活も悪くない。陸に上がってから、ちゃんとした食べ物が出てくるようになったし。

 

部屋には一応の生活スペースがあって、それほど困る事もなかった。

 

これで住めるのなら、かまわないくらいだ。

 

くつろいでいると、呆れた様子であの一佐だという女魔法使いが来ていた。

 

「随分とくつろいでいるのね。 これだけの状況よ。 大物だわ貴方」

 

「はあ、そうですか」

 

「とりあえず、細かい聴取をしたいから来て頂戴」

 

「わかりました」

 

異様に物わかりが良いので、それも気味が悪いらしい。

 

そう言われてもな。

 

わたしとしても、素直に従っておけば問題がないかと思ったから、そうしているだけなのだが。

 

聴取に関しても、数人の監視はつくものの、別に詰められるような事もない。

 

そのまま聴取されて、色々聞かれるだけだ。

 

別に聞かれて困る事もない。

 

パッナーロ出身で、スポリファールに移り住んだという話をすると、複雑そうな顔をしていたが。

 

「奴隷売買は荒みきったパッナーロでは当たり前だったと聞いていたけれど、その様子だと細部を聞くと経験が凄まじそうね」

 

「奴隷販売なんてロイヤルネイビーでもやっていましたし、逃走中に通った小国でも明らかに人身売買業者という輩を仕留める事がありました。 むしろない国の方が少数派なのでは」

 

「そうかもしれないわね」

 

わたしはその奴隷制度で滅茶苦茶に翻弄された訳だが、別に今はどうとは思っていない。他人が奴隷として売られるのは、そういうものかと思うだけ。自分が売られそうになったら抵抗する。それだけだ。

 

それについて、女魔法使いはどうこう言うつもりは無いようだ。

 

ちなみに名前は周囲の人間の会話を聞く限り、ストレルというそうだ。まあわたしとしては、どうでもいいが。

 

幾つか話を聞かれたので、説明をしておく。

 

手の内も、困らない範囲であかしておく。

 

火魔法は使えないが、風水土は出来るし、回復魔法も使える。少しずつ試行錯誤の末に腕も上がってきている。

 

具体的に出来る魔法を聞かれ、見せろと言われたので見せる。

 

見せると、一佐は色々とメモを忙しく取っているようだった。

 

時々側の魔法使いと耳打ちで話しているが、内容は聞こえない。風魔法を遮断されている。

 

無理に聞こうとしても立場が悪くなるだけだろう。

 

だからそのままでいい。

 

「とりあえず今日の聴取は此処までよ。 戻って休みなさい」

 

「はい。 それでわたしはどうされるんですか?」

 

「今審議中。 貴方の実力は見ていて分かったけれど、即座に一線級で働けるでしょうね。 ただ貴方をどうすればこの国につなぎ止められるかが分からない。 もしも敵に回ればその脅威度は大きいわ。 そういうこと」

 

そうか。

 

勝手に脅威認定されても困るのだが。

 

わたしとしては、脅かされなければ何もしない。

 

それは今までだってそう。

 

脅かされて反撃したら、それに対してああだこうだと周りが騒ぐのには、いい加減うんざりしている。

 

いずれにしても、どういう結論が出るとしても。

 

わたしに危害を加えようというのなら、何が何でも脱出はしないといけないだろうが。ただ、それは難しそうだ。

 

牢の中を、暇な時間に調べる。

 

まずどれくらいの高さがあるのか、基礎がどうなっているのか、そういうことすらも攪乱されている。

 

土魔法の使い手だと、土や壁を操作して、其処から逃げる事が可能だ。

 

今のわたしの力量だと、この牢屋からすぐに出るのは難しいが。わたし以上の腕前だったら、出来るだろう。

 

天井を見る。

 

窓なども確認する。

 

窓はガラスがはまっている結構高価なものだが、風魔法で調べる限り硬度が尋常では無い。

 

体当たりして破れるようなガラスではない。

 

少なくともわたしみたいなひ弱が体当たりしても無理だ。アンゼルだったら打ち砕けるかも知れないが。

 

そもそもわたしの魔法は肉弾戦向きではないのである。

 

食事が来たので、食べながら考える。

 

脱出ばかり考えていても仕方がない。

 

仕事を貰えれば働く。それについては何度か話しているが。懸念されると言う事は、わたしに何か問題があるように見えているのだろう。

 

いずれにしても、結論を出されたとき。

 

問答無用で殺すとなった場合にだけは、どうにか対応できるように、準備を整えていかなければならなかった。

 

 

 

ハルメン軍魔法第二師団一佐のストレルは、師団の上位魔法使いであり、幹部級の人員である。

 

そもそも軍で厳重監視している島に突然現れたあの娘。アイーシャ。

 

魔法使いとしての力量はかなり高い上に、皆が口を揃えている。

 

目がおかしいのだ。

 

顔立ちが整っていて、恐らく表情を笑顔に傾ければ多数の男がころっといくくらいには綺麗な娘だ。燃えるような赤い髪も、同じように赤い瞳も、多くの人を引きつける。本人に自覚はないようだが、はっきり言って天性の美貌に分類されるだろう。女の武器の使い方を覚えたら、多くの男が道を踏み外すかも知れない。それくらいの魔性の可能性を持っている。これに関しては、女としての魅力を磨くことに余念がないストレルだからよく分かる。美貌に関しては悔しいがアイーシャの方が全然上だ。

 

だが、アイーシャが男に好かれることは、今の時点ではない。

 

問題は目をはじめとした表情で。特に完全に人殺しの目。あれが強烈すぎる。

 

それだけじゃない。

 

喋って見て確認できたが、あまりにも命に対する執着が薄すぎる。

 

話によると、パッナーロで地獄みたいな幼少期を過ごしたようだが、それが原因だろうか。

 

あれは猛獣だ。

 

厄介な事に知恵を備えた。

 

知恵を持っている肉食獣なんて、厄介なだけの存在である。

 

それが分かりきっているから、ストレルは対応をどうすれば良いか考えている。

 

あの娘は自身の実年齢がよく分からないと言っていたが、それについて嘘は感じないし、なんならどうでもいいのだろう。

 

ただ十五から十六であるのは間違いないだろうし、その年ならまだまだ魔力も魔法の技術も伸びる。

 

魔法は才能がものをいう。貴族だろうが王族だろうが魔法の才能がない人間は、何をやっても無駄だ。

 

これに関してはパッナーロに潜入していた工作員が百年以上の調査で丁寧な資料を作り続けている。

 

逆に才能がある人間が魔法の基礎を教われば、後は空を駆けるように強くなる。

 

スポリファールにいる噂に聞く騎士アルテミスのようにだ。

 

流石にあれには届かないだろうが、それでも今後の成長次第では、下手をすると都市を瞬く間に滅ぼすくらいの力を得るかも知れない。

 

恐ろしい事だ。

 

「それで如何なさいますか。 魔法師団で幹部扱いで雇い入れて、その力を活用する手もありますが」

 

「あの娘は猛獣よ。 いつ裏切るかまるで予想がつかないわ」

 

「確かに、恐ろしい目をしていますが」

 

「今もあの部屋を調べている。 もしも状況次第では、何のためらいもなく脱出をはじめるでしょうね」

 

アイーシャは人間の理屈で動いていないとストレルは見ている。今まで親しくしていた人間がなんぼ死のうと知った事でもないだろう。

 

ストレルも魔法師団で一佐にまで出世した人間だ。軍用オークのおぞましい育成方法から、戦場で人間がどんなケダモノになるか。

 

人間がどこまで落ちる事ができるのかだって、嫌になる程理解している。

 

だからこそ、あの異質さはよく分かる。

 

犬科の動物なんかは飼い主に懐くし、情だって持っている。主の子供の世話を積極的にしたり、命を投げ出して守ったりすることもある。

 

だがアイーシャは犬やらと違う猛獣だ。全ては自分の生存のためだけ。必要だから言葉を使っている。

 

必要と判断したら、自分を慕う子供だろうが容赦なく見捨てるだろう。

 

そういう娘だ。

 

聴取を続けていて、それがよく分かった。

 

だが問題として、ハルメンはまだまだ人手が足りない。

 

海側などにある平地にある街は、スポリファールの都市と殆ど変わらないほどの文明と技術を維持しているが。

 

どうしても山間部にはそういうものは作れない。

 

また此処はそもそも多民族国家で、山の方にいる民族は荒々しく、どうしても文明を重視する指導者層と相容れない。

 

そういったハルメンの情勢を考えると、アイーシャのような実力者を安易に迎え入れると、とんでもない劇物反応を起こすかも知れないし。

 

しかしかといって、人を遊ばせておく余裕はない。

 

ちりんちりんと鈴が鳴る。

 

顔を上げると、軍師殿が来たと言う。

 

軍師殿というのは通称だ。

 

王族直下の光輝親衛師団所属、第一参謀部副長。

 

てとてとと歩いて来るのは、運動神経が死んでいるのが一目で分かる小柄な少年である。人が良さそうな顔をしているが、此奴の恐ろしさは誰もが知っている。

 

この少年、リョウメイこそが、今回パッナーロで行われたえげつない広域戦略の立役者である。

 

齢十三にしてあの大規模戦略の絵図を書き、成功させて見せた怪物。

 

スポリファールなどでは、今必死に正体を探っているらしいが。なにしろこの見た目である。

 

それにスポリファールの有能な特務は、今は旧パッナーロで殆ど身動きできない状態だ。此方に調査の力を割く余力はない。

 

椅子にぶきっちょに座ると、リョウメイ二佐はにこりと笑みを浮かべる。

 

なお、あれだけ悪辣な策をたてたのに。

 

普段のリョウメイは、ごく穏やかで心優しい少年である。世の中は、色々と不思議に満ちている。

 

「報告を受けた魔法使いアイーシャについてですが、僕の方でも調べてきました」

 

「詳しくお願いしますわ」

 

「はい。 報告書に上がっている経歴でほぼ間違いはないでしょう。 嘘はついていないと思われます。 彼方此方の密偵から、報告例がありまして」

 

一年ほど前だが、インシークフォなどの小国で、人身売買業者がまとめてなで切りにされる事件があり。

 

更にはその後くらいから、カヨコンクム国内で、犯罪組織や賊が根こそぎ狩られる事件があったという。

 

その下手人の一人が、死神と言われていた元スポリファールの騎士アンゼル。

 

このアンゼルについては、既に死亡が確認されている。

 

アンゼルを斃したのは恐らくはスポリファールのアルテミス。これはアンゼルが野放しにするには危険すぎるため、追っ手として放たれたのだと思われる。

 

一方アイーシャは広域魔法で、多数の人間をまとめて窒息させるような事を得意としていて。

 

風魔法で情報を集めてから、ターゲットをまとめて窒息死させるようなことをしていたようだ。

 

「あまりにも賊などの処理が早すぎて、それらを財源に使っていた腐敗した陸軍将校から目をつけられたようですね。 いずれにしても、もの凄い凄腕です。 人を殺す事にこれほど特化した魔法を思いつく人はそうそういないんじゃないのかなあ」

 

「危険極まりないな……」

 

「僕がちょっと気になったのはその後です。 目撃されている足跡を辿ると、恐らくグンリに逃げ込んだんです」

 

「グンリに?」

 

グンリについてはストレルも知っている。

 

噂によると、いにしえの時代の混沌の前から魔法を使っていたとか言う古くには超大国だった国。

 

辺境の小国になった今も、様々な秘密が多く、安易に情報を引き出せる国ではないそうである。

 

閉鎖的だが魔法使いの質は高く、兵士の質もしかり。

 

何度も旧パッナーロが侵略軍を送り込んだがその悉くが撃退され、その結果南部辺境伯が配置される事になった歴史的経緯がある。

 

ただ、それだと分からない事がある。

 

グンリとここハルメンは遠すぎるのだ。

 

「グンリと隣接しているのは他幾つかの小国くらい。 それを通過して此方に来たとしても、そうする意図が分かりません。 そもそもあの島で見つかる意味も分からないんですよねえ」

 

「確かにそれはそうね」

 

あの島。

 

ハルメンに取って、あの島の東は禁忌の土地だ。

 

海軍が何度か探査に向かったが、異常現象に見舞われて、それで悉く逃げ帰ってきている地。

 

命知らずの海兵が、何かとんでもないものを見たらしく、怯えきっていて話にならないなんて事が幾度も起きている。

 

壮健で知られていた海軍提督が、戻ってきた時には発狂してしまっていた例すらもあったのだ。

 

故に、軍事的にはなんら価値の無いあの島に監視の魔法を展開し。

 

誰も入らないようにしているくらいである。

 

地元の漁師など、それですら恐れ多いとして国に抗議の手紙を送ってきたりもするほどなのだ。

 

「如何に水魔法と風魔法に優れた力量を持っているとしても、グンリ方面の半島から、彼方に抜ける事はまずあり得ません。 海上を進んでいればどんな大魔法使いでも消耗します。 ましてやあの人は、世界最高の魔力の持ち主でもないでしょう」

 

「それはそう。 アタシも確認したわ」

 

「だとすればなおさらです。 船で途中まで移動したにしても、それにしても海流からしてあんな島に辿りつくわけがない。 念の為、それについて確認をお願いします。 嫌な予感がするので」

 

「分かったわ」

 

軍師殿は一礼すると去って行く。

 

まだ子供だが、将来は宰相になるとまで言われる有望格だ。

 

その上、スポリファールに対する戦略的優位を数年で作りあげた功績は大きく、この国を代表する偉人である。

 

なお、賢者という言葉は誰も使わない。

 

それはいにしえの時代に暴れた連中が自称していたこともあるので、非常に縁起が悪く、むしろ悪口になるからだ。

 

ともかく、少し休憩を入れてから、アイーシャに話を聞きに行く。

 

少なくとも、聞かれれば素直に喋るのは、まだ良い所であったかもしれない。どれだけ危険な娘であったとしても。

 

 

 

また今日も聴取が始まる。

 

わたしを呼び出したストレル一佐は、単刀直入に聞いてくる。

 

「行動の経緯について聞きたいのだけれども。 目撃報告が出ていてね。 パッナーロの混乱の中で、貴方が南に脱出したという」

 

「……」

 

「グンリに逃げ込んだのではないのかしら」

 

「一時期グンリにいました」

 

まあ、嘘をついても仕方がない。

 

面倒ごとを避けたかったから、グンリで起きた事は話したくなかったのだが。

 

あそこで信仰の面倒さや、そもそも人間の手に負えない領域にある「境界」について知る事になった。

 

だから、彼処の話はしたくなかったのだ。

 

「貴方は基本的に素直に話してくれるけれど、それについてはどうしてアタシにいわなかったのかしらね」

 

「わたしも行く先で嫌われて、問題が色々起きますので」

 

「何かあったのね」

 

「はあ、まあ」

 

人が死んだことについてはどうとも思っていない。

 

今更である。

 

そもそも殺さなければ生き残れなかった事なんて幾らでもある。殺さなくても、相手に暴力を使わなければいけなかったことも。

 

例えば第三艦隊でそのままでいたら、下手したら簀巻きで海に放り込まれるか、壊れるまで水兵に強姦されていたかもしれない。

 

あの凶暴の権化みたいな連中に、会話なんて通じたものか。

 

「貴方は本当に表情がないから、心も読めない。 一体何があったのか、話してくれないかしら」

 

「行く先々でトラブルがあったのは事実ですが、どうしてそうもこだわるんですか?」

 

「貴方がいたあの島は、この国でも禁忌だから」

 

「そうですか」

 

なるほどな。

 

恐らくグンリやドラダンのように境界と直に接していないとしても、なんとなくその存在は知っていたのだろう。

 

カヨコンクムにいた頃にちらっと小耳に挟んだのだが。

 

カヨコンクムから更に北方には大陸があるという。

 

別の大陸がだ。

 

其処は恐ろしく寒い所で、殆ど人も住んでいないため、行く意味がないと船も出ていないそうだ。

 

境界がそっちにもあるかも知れないが。

 

そんな状態では、そもそも境界なんて見つかってもいないだろう。

 

だが、ハルメンの比較的近海に境界がある。

 

それはわたしが間近で見て確認しているし。

 

海上というのが厄介で、近付いた船があれに接触したら、乗っていた人間が無事に帰還できただけでも幸運だろう。

 

禁忌になるのも頷ける。

 

「何があったのかしら。 詳しく話して頂戴」

 

「面倒だから話したくなかったのですが」

 

「話しなさい」

 

「仕方がありませんね。 信じるかはわかりませんが。 境界というものに接触したんです」

 

やはり知らないか。

 

境界と聞いて、ぽかんとした様子だった。

 

もっと違う理由を想像していたのかも知れない。

 

まだカヨコンクムの軍属で、間諜としてここに潜り込んでいるとか。

 

だが残念ながら。

 

海賊女王に手切れ金を渡された時点で、もう縁はない。

 

陸軍なんかわたしを持て余して放り出したくらいだし。

 

「何それは」

 

「わたしもよく分かりません。 グンリではその近くに巨人が出るといって怖れていましたし、ドラダンでは境界から現れる巨人を人食いにもかかわらず信仰すらしていました」

 

「巨人ですって」

 

「オークの倍もある上に、魔法を使い。 わたしは見た事がないですが、喋る事もあるらしいです。 わたしは山で巨人に襲われてそれを殺した結果、同族らしい巨人に一時期ずっと追跡されていました。 その過程でグンリの要人の娘が巻き込まれて、グンリを追い出されたんです」

 

丁寧に話をしていく。

 

じっと一佐は聞いているが。

 

まあこれは、疑うのも当然だろうなと思うので淡々と話していくだけである。

 

グンリを出た後は、巨人を崇拝しているドラダンにも追われた。師団規模の兵が追ってきたので、逃げるしかなく。

 

その過程で、見つけていた境界に逃げ込むしかなかったのだ。

 

それらについて話をすると。

 

やはりストレル一佐どのは、じっとわたしを見ていた。

 

「どうせ信じないだろうと思ったから、話さなかったんです。 それに巨人信仰をしていたりしたら面倒でしたので」

 

「……少し情報を整理するわ。 それで、その境界というのは何」

 

境界についても説明する。

 

見ただけしか分からないが、あれは明らかに世界の果て。壁のようなものだった。

 

境界の先では空すらも光景が違っていたし。

 

空から降り注ぐ陽光も、砂漠のものよりも明らかに有害だった。

 

早く出ないとまずい。

 

それは分かっていたが、それでも師団規模の兵が追ってきていたという事実もある。ある程度距離を稼いだと感じた地点で境界を出て戻り。

 

そして、海に放り出されたのだ。

 

「星などを見てすぐにハルメンの東海上にいることは分かりました。 魔力がかなり消耗していたこともあり、後は全力で陸を目指すしかなく、結果としてあの島に辿りついたんです」

 

「とりあえず話はまとめておくわ。 嘘はついていないのね」

 

「いません」

 

「そう」

 

だから嫌だったんだよ。

 

わたしはため息をつきたくなる。

 

ストレル一佐どのは一度戻った。これは本格的に脱出を考えるべきか。そう思って、とりあえず寝台に転がる。

 

ぼんやりと天井を見る。

 

最近少し頭を使いすぎたか。

 

魔力の残量もちょっと心許ない。

 

脱出するなら飛行魔法一択だが。

 

それも、どこまで逃げられるか、分からなかった。

 

先行きは暗い。

 

一眠りして起きだすと、食事の時間だ。まあ、食事はちゃんと温かいので、それは気にしない。

 

また聴取が来た。

 

今度は子供だ。

 

あんまり頭が良く無さそうな年下の男子だが。こいつ、ただものではないな。ストレル一佐どのが明らかに立てている様子なのが分かる。つまりこいつ、ハルメンの要人と言う事である。

 

話について詳しく聞かれる。

 

主に境界について。

 

だから順番に聞かれたとおり話す。

 

考え込んでいた子供は、ストレル一佐どのに言う。

 

「数少ない水兵の証言とも一致しますね。 それに色々な矛盾が綺麗に解決すると思います」

 

「では軍師どのからもそれは真実だと」

 

「そう考えて良いかと思います。 話をしている限り、嘘を言っている様子はありません」

 

「なるほどねえ」

 

軍師どのと言われた子供が去る。

 

ストレル一佐はこの若さで軍の高官をしている人間だ。それがこれほど立てて、軍師とまでいうほどだ。

 

ひょっとして、スポリファールを此処まで追い込んだ盤面を組んだのはあの子供か。

 

可能性はある。

 

頭の方も才能だとアンゼルは言っていた。

 

もの凄い頭が良い奴だと、子供の頃から下手な大人よりもよっぽど頭がいいらしい。あれもそういう奴かも知れない。

 

「それでわたしをどうするつもりですか。 そろそろ話していただいても良いのでは」

 

「貴方は危険すぎる」

 

まあ、そう考えていたんだろうな。

 

それは分かっている。

 

「今の話が真実だとすると、軍用オークの比じゃない怪物を十数体単騎で撃退して生き延び、師団規模の軍の追跡からも逃れて、そんな訳が分からない狭間の土地を経由して生き延びさえしている。 しかも疲弊した状態で海上に逃れて、それでも生き延びた。 その上貴方は、何処かしらの国に忠義を尽くすようにも思えない。 命をなんとも思っていないようだもの」

 

「わたしが生まれた土地ではそうでした。 考えを変えられる人はいるのだと思いますけれど、残念ながらわたしはそこまで柔軟ではありません」

 

「そうね。 貴方は不幸にも優れた魔法の才能を持っていた。 この世界最高というとかなり怪しいけれど、それでも指折りだと思うわね。 アタシとしては、貴方が逆らったり、或いは良く分からない理由でこの国に害を及ぼすことが怖い」

 

「怖いという理由で相手を殺すんですか? わたしでさえそんなことはしませんが」

 

「……そうかも知れないわね」

 

ずばり正論を叩き付けるが。

 

ストレルは、考えを変えないようだった。

 

考えを変えられる人間なんて滅多にいるものじゃない。それはわたしも分かっている。

 

自分に出来ない事を他人に求める気もない。

 

「ただ、貴方を処刑しようとは今の時点では思っていない。 それに貴方が魔法使いとして有能である事も分かっている」

 

「はあ、それはありがとうございます」

 

「判断は上に任せるわ。 この国もね、優れた人材は幾らでも必要なの。 スポリファールの圧力にずっと抵抗してきたこの国としては、あの国を叩いて中枢の豊かな土地を抑えるのは悲願ですものね。 それ以上にアタシとしては、スポリファールと恒久的な平和が実現して欲しいのだけれども。 アタシ達を蛮族呼ばわりして見下しているスポリファールと、隙さえあればスポリファールの土地を奪って相手を下す事だけ考えているアタシ達ハルメン。 愚かなのはどっちなのでしょうね」

 

悲しそうに言うが。

 

わたしには、それが悲しい事なのかは分からなかった。

 

伯爵領での経験は、わたしの人生にずっと影響を与えている。

 

だから、それが悲しい事なのかすら分からない。

 

それから聴取の頻度は減った。

 

上とやらが、相当に揉めているだろう事は何となく分かる。

 

わたしは魔力を連日練る。

 

最悪の場合、どう脱出するかを、また考えておく。まだまだ魔力は伸びている。だから、最悪の場合はいける。

 

そう、わたしは判断していた。

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