本格的に壊れた世界で、ついに始まる異邦者との戦い。
世界そのものを自分にあわせて好き放題に変更している輩です。斃さなければいずれ玩具にされて壊されるだけです。「殺される」ですらない。
それでもいいと諦める人もいるかもしれませんが。
アイーシャは玩具にされるくらいならと。生き残った者達と、せめてあがくのです。
序、始まる混沌
ハルメンの領内を移動するだけでも、異常さが良く分かった。
死体の山になっていた彼方此方の集落が、何事もなかったかのように静かになっている。
それだけではない。
森などにはゴブリンやオークの……世界が変わってしまった後の姿の奴らが彷徨いているのに。
兵士達が騒ぐこともなく。
それらが女子供を襲ったり食ったりしているのに、まるで平常時のように村が動いている。
何よりも、見かねてゴブリンだのオークだのを……前のより遙かに楽なので、全部片付けて被害者を助けていくと。
前みたいに発狂して襲いかかってくる事もなく。
普通に礼を言われたが、それだけだ。
医療もまともに出来ているとは思えない。
それで死人も出ているようなのに、それで何かしらアクションを起こしているようにも見えなかった。
わたしから見ても違和感がそれだけある。
集落に入っても平気と判断したので、クラウスと軍師殿が入って、驚愕したようだった。
「技術がちぐはぐすぎる!」
「確かに家屋などは異様に技術が進んでいるように見える。 それに対して衛生観念はどうなっている。 下水は上水は」
「貨幣も違うのが使われていますね」
わたしが、ゴブリンとオークの混成の群れを潰して、感謝としてもらった金を見せる。どうも銀で作っている貨幣らしいが、前に触っていたスポリファールの金貨やカヨコンクムの貨幣に比べて、あまりにもちゃっちい。
これでは偽造する奴が簡単に出てきそうだ。
民が着ている服も綺麗すぎる。
田舎に行く程こういう服は露骨に雑なものとなっていくのが普通だ。スポリファールですらそうだった。
今集落を行き交っている民が着ている服は、素材がよく分からない。ただいずれにしても、前は明らかに都会で着ている人間も富豪とか貴族とか。そういうレベルの服を、誰もが着ているようだった。
だがそれで豊かというとそうでもなさそうである。
医療なんかは魔法だよりで適当そのもの。
薬なんかも、その辺の薬草だよりのようだ。
見かねたので、ゴブリンに襲われて死にかけていた人間をわたしが回復魔法で治療して見せると、まるで聖女のようだと言われて閉口した。
あの光で全部なんかおかしくなる前は、特に回復魔法なんてわたしより上の人間は幾らでもいた。
回復魔法使いの頂点にいるような人間は、欠損した手足を復元することすら出来たという話である。
それがこんなショボい回復魔法で人外扱いか。
嬉しくはない。
少なくとも、なんだか馬鹿にされた気分になってくる。
買い物に出ていたクラウスが戻ってくる。
買ってきたのは食材で、これは助かると思ったが。クラウスが呆れていた。
「商人のくせに四則演算も出来ていない」
「あり得ないですね。 どんな田舎でも教育施設はあって、特に商人や上級軍人志望になると相場や曲線の解析の為などに場合によっては微分積分まで学びます。 隣に貴方方の国があるから、そうやって国の底力を上げていたんです」
「この様子だと、我が国の民もこんな状況か?」
「可能性は高そうですね」
わたしも報告する。
宿を借りたので、そこの台所を借りて、死んだ目でストレルが料理を始めている。横目でそれを見ながら、幾つか話をしておく。
聖女やら勇者やら。
以前だったら忌み名も同然だったそれらが、当たり前のように受け入れられている。
事実この間「追放される」のをうきうきで楽しんでいた聖女の事は、この辺りでは同情の的のようだ。
首都がいきなり寂れたことについては、誰も気にしてもいないようだし。
それどころか影響すら受けていないように思える。
「バカ王子が聖女様を追いかけていって、土下座までしたらしい。 それを聖女様が足蹴にしたそうだ」
「本当か。 流石だな」
そんな話が聞こえる。
軍師どのが頭を振っていた。
「あり得ません。 本来だったら不敬罪で最悪死刑です。 ウチの国の王族は民に対しては比較的距離が近かったのですが、それでも度を超した行動に関しては相応の処置が降りました」
「我が国も心配だな」
「あの王都が寂れた様子、明らかにおかしくありませんでした?」
「そうですね。 まるで何もかもが影響下にあったかのような」
そもそも聖女とは何か。
わたしは風魔法で情報を収集しているのだが、どうにもそれが分からないのだ。
どうも宗教的な信仰の対象となるような存在という声も聞かれるのだけれども。そもそもハルメンでは信仰なんてなかったはずだ。
グンリとかドラダンとかだと転生神やら巨人やらを信仰していたようだが。その信仰についても不可解な事だらけだ。
そもそも信仰が国で力を持っている場合、それはどうなるか。わたしはドラダンで見ている。
人食いの巨人に対して絶対的な忠誠を誓っていて。巨人を殺したわたしを、師団規模の戦力で追ってきていた。
あれが信仰だ。
聖女といわれるような生きたまま信仰対象になるような人間と結婚。
その時点で色々あり得ないような気がする。勿論婚約だってあり得ないだろう。それに対して、婚約破棄。
それこそ即座に暴動が起きかねない。
わたしの知っているあの腐れ伯爵くらいのアホだったら、そういうことをやりかねないかも知れないが。
そもそもいなくなったらいきなり首都が寂れるとは、いったいどういうことなのか。
それこそ神の代行人か何かみたいなものだろうし。
結婚も婚約破棄も絶対にあり得ない。
軍師殿が頷く。
「仮にそんな存在の婚約者だとすると、次の世継ぎになる第一王子が必須になるでしょうね。 それとも王本人で、それも正室にしなければならないでしょう。 それでさえ大きな反発が起きるでしょう」
「とにかく、安全な内に我が国も確認したい。 出来るだけ急いでくれるだろうか」
「わかりました。 とりあえず……」
ストレルが食事を運んでくる。
すっかり目が死んでいる。
もう料理以外に出来る事がない。そんな表情だ。ゴブリンもオークも、潰しているときに戦闘に参加さえしてくれなかった。
本当に折れてしまったんだな。
それが分かる。
とにかく食べて、魔力を補給する。後は荷車に積んでいる、例の切り札がどこまで使えるかが分からない。
そもそもどう使えばいいのか。
食事を終えた後、土魔法と風魔法で移動する。
まずはスポリファールまで戻る。その後はどうするべきか、ちょっとわたしには分からなかった。
スポリファールの国境は、滅茶苦茶になっていたのだが。それが何事もなかったかのように修復されていた。
そしてわたしが作った拠点も、そのままにされていた。
中身が荒らされている様子もない。
本当に何が起きているのか。
スポリファールの国境都市も、相変わらずの有様だ。人が幾らでも入れるようになっている。
歩哨は何をしているのか。
一応列強を見てきたわたしだ。クタノーンだけは行っていなかったが。
ただクタノーンは伝聞を聞く限りカヨコンクムと大して変わりが無いはず。だとすれば、一番しっかりしている大国がスポリファールだろうに。
この有様は、思わず絶句してしまう。
内部は魔法使いが多いが、なんだあれ。
犬やら猫やらの尻尾が生えていたり、顔が犬だったり、頭に猫や犬やらの耳が生えていたりするのがいる。
度肝を抜かれているストレル。
わたしは頼まれて、風魔法で情報を収集する。
この国の国家元首は確か有能な人材を選出する仕組みになっていた筈で、確かその内アルテミスが元首になるのではないかという噂があった。
だが、話を聞く限り、大統領がとか。
大統領になるのは高貴な血統の誰々がとか。そういう話がされている。
スポリファールに最初に入った時に、魔法の教育を受けた。
優れた魔法使いの子が優れた魔法使いになる事は殆ど無い。魔法の才能は遺伝しない。理由は分からない。
そういう話を聞かされていた。
だが掌を返したように、血統が云々の話がされている。
それだけじゃない。
「勇者様が賊を退治して回っているらしいぞ」
「素晴らしい活躍だな!」
「それだけじゃないぞ! 今度狙っているのは魔王……確かアルテミスとかいう騎士崩れらしい。 手下を集めて勇者様の治世を否定して回っているとか。 勇者様こそ、代々血を受け継いだこの国の誇りであるのにな」
思わずひっくり返るような話がされている。
血統主義を否定していたスポリファールで、血統主義。しかも代々続いている勇者の家系。勇者の血筋。
なんだそれ。
いくら何でも、国が変わりすぎだろう。
しかもこの様子では、勇者が次の元首になりかねない。そいつがどんな奴なのか、まったく分からないが。
わっと喚声が上がる。
勇者が「アルテミスとか言う魔王」を捕らえてきた、というのだ。
そうか。アルテミスでも勝てないか。分かってはいたが、思わず無言になる。アルテミスは間近で見たが、あれは勝てる勝てないの相手ではない。それをあっさり。やはり次元違いの相手とみて良いのだろう。
その時軍師殿が、呻いていた。
「分かりました、まだ二例だけですが、これもしかすると法則があります」
「どういうことだ」
「以前の混沌の時代、現れた狼藉者は、自分の能力をひけらかしてエゴを満たすだけで満足していました。 今度の狼藉者は、自分に世界をあわせています。 世界が優遇していた点では同じですが、もはや世界そのものが狼藉者にあわせて変えられているんです」
ハルメンでは、人間が揃ってバカになっていたし。
何よりも王家の構成が、あの聖女にあわせて変えられたりしていた。それどころか、あの聖女の取り巻きが生えてきていた。
連中の不自然な動きからして、あれは聖女の作り出した存在だとみて良い。
スポリファールでは、国の誇りに等しかった騎士アルテミスが魔王……多分賊の親玉くらいの意味だろうが、そういう存在呼ばわりされている有様だ。
これは勇者という存在には邪魔だからだろう。
殺すだけではなく、貶める必要があったのだ。
それに民全てが迎合している。
此処まで都合が良い状況はあるだろうか。
後は勇者は名声の限りを独占できると言う訳なのだから。
「他の国も様子を見てみないと断言は出来ません。 しかし可能性は上がっていると思います」
「最悪だ。 しかも連中は飽きたら塵になる可能性も高いのだろう。 以前の混沌の時代のように。 その後、都合良く弄くられた世界はどうなるのか」
「……それもありますが、それ以上に問題があるかも知れません。 塵になるまでの時間が伸びるかも知れません」
軍師殿は言う。
ここまで膳立てされている状態だ。
以前は周囲が全てあわせているわけではなかった。スポリファールに君臨した前の勇者は、女という女を洗脳して滅茶苦茶にして。好き放題に食い荒らした挙げ句、妊娠したら捨てるような事をしていた。それに対する怨嗟と憎しみの記録が残っている。楽しかったのは勇者だけだった、ということだ。
だが今回は、わたし達みたいに光を浴びなかった存在は。多分だけれども、狼藉者に都合が良い存在に改変されている。
実際あれだけ法治主義で堅苦しかったスポリファールが、完全に骨抜きにされている。
そしてクラウスが言っていたように。仮に勇者を斃した場合、勇者に都合が良く再設計された世界はどうなるのか。
光が浴びせられる前は、死体が歩き回り、あらゆる人間が肥大化したエゴを振り回して殺し合う地獄絵図だったのだ。
もしああなったら、世界は文字通り終わりだ。
人間なんてろくに生き残る事だって出来ないだろう。
とにかく、人混みに紛れて様子を窺う。
勇者とやらが来る。
乗っているのは馬か。馬鎧を過剰につけていて、馬が歩きにくそうである。そして勇者自身はなんだか非実用的な鎧をごてごて着込んでいる男だ。あの聖女みたいに異常に整った顔をしていて、銀髪かあれは。その銀髪をやたらと伸ばしている。腰に差している大げさな剣。
時々にやつきながら、異常な民草の喚声を浴びて、手を上げたりしている。
「前の時代の勇者やらはどうやって再現できるのか分からないような髪型をしていたことが多かったようですが……雰囲気が違いますね」
「あれがあの男の美学なのだろう」
「勇者の後ろで捕まっています。 アルテミスですね」
見た事があるわたしが、指摘する。
後ろに牛が引いている荷車がいて、アルテミスが後ろ手に縄を掛けられて。半裸の状態で蹲るようにして乗せられている。
激しい暴行を受けた跡が明白だ。
前見た時は、表情だけはぼへえとしていたが。近付くと凄まじい強さが明白なほどだった。
だが、そのアルテミスですら。勇者には手も足も出無かったという事だ。
体に幾つか出来ている深手も痛々しい。引きずり回して、戦果を見せつけているというわけだ。
世界がまとめておかしくなってから、そう時間は経過していない。
光で世界が滅茶苦茶に再編されてからだって、数日しか経過していない。
アルテミスがあんな有様にされているのを見ると、わたしとしても思うところがある。普通の人間としては文句なく最強の存在だったのに。
それでも世界が贔屓しているとしか思えない相手には、手も足も出ないのか。
一度戻ろうと、軍師どのが言う。
風魔法で情報を集める限り、処刑は三日後らしい。
その間、半裸のまま十字架に晒して、糞便も垂れ流し、水も食糧も与えないのだそうだ。それも吊すのではなく、中腰で立つようにして、負担を更に増やすようにするとか。
残忍な処刑なんて見慣れているが。あの気取った姿の勇者、残忍さでいうとロイヤルネイビーと変わらないではないか。
街の外にある拠点に戻ると、ストレルが涙を拭う。
「もう無理。 みんなあの気取った男に殺されるんだわ」
「ストレル一佐。 一つ、試すべき事があります」
「何よ」
「この中で身体能力が一番高いのは貴方です。 そして、勇者を殺しうる武器が、手元にはあります」
どうせこのままでいたら、滅茶苦茶になった世界に飲み込まれる。
いつまで皆正気でいられるか、分かったものではない。
だいたいあの動物耳が生えたり尻尾が生えたりした人間もどきはなんだ。生物の構造的にあり得るのか。
ああいうのがあり得る世界だったら、どれだけおかしな事が起きても不思議ではないだろう。
「しかしあんな道具をどうつかう。 直に持ったりしたら何が起きるか……」
「はい。 しかし金であれば、腐食はすれど一応持ち出すことが可能です。 そこで」
わたしに視線が向く。
土魔法でこれこれこういうものを作ってくれと言われる。
しかしそれはなんだ。
へらか何かか。
ともかく、軍師殿には考えがあるのだろう。
わたしは、頷く。土魔法で金を加工するのは苦労しない。元々金は操作するのがそれほど難しく無い。
「恐らくそのよく分からない道具は、魔法を一切受けつけません。 魔法どころか、この世界の法則の更に上位にあるものすらもです。 この世界に現れた狼藉者は、数百年前の記録では妙な能力を有していて、それにてあらゆる通常の攻撃や魔法の攻撃をも防ぎ、逆に敵対している相手の防御を何の苦もなく貫いたそうです。 能力についてはそれぞれ適当な説明をつけていましたが、実際にはほぼ全能と言ってしまって構わないでしょう。 アルテミスの有様を見る限り、今回もそれは変わっていません。 だからこそ、こういう明らかにどうでもいい攻撃に見えるものに関しては、油断します」
たった数日しか世界に顕現していなくても。
それでも万能に酔っているだろう。
最強の騎士だろうアルテミスに完勝しているのだ。
確かに油断するだろうし。
避ける必要もないと考えるのは不思議では無い。
更に言うと、それはあらゆる魔法を受けつけず、ついでに変な能力も効かないとみていい。危険性についても、理解は出来ないだろう。
「確かに勝機はあるな」
「ストレル一佐。 後は貴方次第です。 アイーシャさん。 一佐の支援を風魔法でしてあげてください」
「分かりました。 しかし機会は一回だけですが」
「どうせ時間を掛ければ、異物である僕達は気付かれます。 騎士アルテミスは、恐らく何らかの方法であの光を逃れたのだと思います。 そして世界最強だったから、目をつけられたんです」
そうか。
わたし達程度だったら、世界の法則に目をつけられる事さえないということか。
嘆息する。
とにかく、やるしかなさそうである。
結構までの間に、風魔法で人々の会話を探ってくれと言われた。勇者の周囲の人間についてもだ。
そして、クラウスと軍師どのが、何やら作戦会議を始める。
いずれにしても、異物である以上いずれは追い詰められて殺される。
だったら、あがくだけあがくのはしてもいい。
今までだって、ずっとわたしはそうしてきたのだ。
だったら、今回も同じようにやるだけだった。