辺境伯令嬢の追放行脚   作:dwwyakata@2024

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というわけで最初の対戦相手である狼藉者は勇者です。

勇者という言葉もネットミームになって久しいですね。すごそうな能力やら神の武器やらで身を固めていないと戦えないような奴よりも、身一つしかなく聖剣を折られようとも魔王に立ち向かう奴の方がよっぽど勇者らしい思うのは自分だけでしょうか。そもそも勇気もつ者としての勇者という言葉なんて、もう誰も使っていなさそうですね。

この勇者はそういったミーム勇者の悪い所を全部乗せしたような存在です。

近年流行りの要素もたくさん盛り込んでおきました。

で、こいつをどうにか攻略しなければなりません。





1、勇者抹殺作戦

情報を集めて戻る。街は夜も喧噪が激しく、適当な警備の中人間が行き交っている。どうやってインフラを維持しているのかよく分からない。

 

あれだけがっつり回されていた破綻前のスポリファールの頃でも、夜は人間の活動が制限されていたのに。

 

そんな中、話が集められていた。

 

あの勇者は奴隷を好むらしく、犬の耳がついた女を奴隷として周囲に侍らせているらしい。それも奴隷は、みんな好きこのんで優先的に奴隷になっているのだとか。

 

しかも奴隷になっている者達は、異世界から転生してきたと言い張っているという。

 

よく分からない。

 

奴隷とほぼ同じ状態だったわたしは、あれがどれだけ悲惨だったか良く知っている。

 

国によっても色々待遇は違ったらしいが、共通しているのは「道具」で「家畜」ということである。

 

道具を大事にする人間はいるだろう。

 

牧畜をしている人間……スポリファールの田舎で結構みたが、そういう人間も。偏屈であっても、飼っている家畜は大事にしているものだ。

 

だが道具は役に立たなくなったら処分され。

 

家畜は必要になったら食卓に上がるのだ。

 

それに好きこのんでなるか普通。

 

しかもスポリファールでは奴隷制が禁止されていた。これは恐らくだが、混沌の時代に人間を奴隷化して狼藉者共が好き放題をした苦い記憶があったからだろう。人間はエゴを最大限肥大化させると、どこまででも愚かで醜くなる。

 

その記憶を投げ捨てたかのようである。

 

しかもそれを平然とやっている勇者を、誰もが大絶賛しているようだ。

 

確かに軍師どのが言うように、あれは世界が勇者にあわせている。

 

「それと犬耳の奴隷女とやらを探ろうと思いましたが、あれは無理ですね。 勇者の手下か付属品だと思いますけれど、多分アルテミスより強いです」

 

「聖女の取り巻きと同じですね。 世界が都合良くお膳立てしているのは環境だけではない。 都合がいい手下も今回の混沌では用意していると言う事なんでしょう」

 

「厄介ですよ。 下手をするとすぐにでも踏み込んでくるかと」

 

「分かっています。 アイーシャさん、もう情報収集は充分です。 アルテミスさんの状態は分かりました。 あの人なら、処刑の日まで耐えられるでしょう。 耐えて貰うしかありません」

 

頷く。

 

あいつは普通の基準ではどうにもできない化け物だ。

 

だったら、耐えられるはず。

 

そう思いたい。

 

騎士アプサラスも出来ればなんとかこちら側に引き入れたいが。

 

果たして上手く行くかどうか。生きているかすらも分からないし。

 

「処刑の日、勇者は確実に見物に出て来ます。 或いは自分で処刑を執行するでしょう。 そこを予定通りにやります」

 

「無理よ! アルテミスだってあんなに簡単に!」

 

「それでもやるんです! このまま全員なぶり殺しにされたいですか!? あなたなんて、自由意思を奪われた挙げ句、体が壊れて死ぬまで強姦されかねないですよ!」

 

ストレルに軍師殿が結構色々問題な発言をして。

 

咳払いして、視線を背ける。

 

まあグラマラスなストレルだ。

 

あの勇者とか言う見栄えだけいいカスがそんな風に考える可能性は高いし。考えればなんの理性も自制も働かず即座に実行するだろう。

 

その後は、ストレルを叱咤して、わたしが作った道具を練習する。

 

わたしは風魔法での支援を練習する。

 

ストレルは泣きながら、何度も無理だ無理だと喚いたが。

 

その声は風魔法で遮断した。

 

心が折れると厄介だな。

 

いや、それはわたしも身を以て経験している筈だ。

 

わたしは心を作り損ねて、ずっと苦労を続けている。今だって、わたしはまともとはとても言い難い人間である。

 

幼い頃に心を作り損ねると、それは一生後を引く。

 

大人になってから心を一度壊すと、こうなるのだろう。

 

わたしはストレルの精神状態は分からない。

 

他人なのだから。

 

だが、壊れた人間が如何に辛いかはよく分かる。実際わたしに対して異物でも見るような視線を向けてくる他人は嫌と言うほどみた。

 

わたしの友達は、アンゼルだけだったんだな。

 

それなのに、アンゼルに対しても、今でも友愛とか親愛は抱けていないと思う。どれだけわたしも、業が深いのだろうと思う。

 

だからこそ、全力での支援はする。

 

ストレルは訓練を受けた軍人だ。

 

わたしが作った道具を簡単に使いこなす事ができている。

 

それは問題がない。

 

問題は、今の精神状態で、本番をやれるかだ。

 

やれるだろうか。

 

ともかく、やってもらうしかない。

 

わたしは理想的な動きが出来るように、何度も支援をする。弓でも良いのではないのかとクラウスが途中で提案したが、金で矢を作ると恐らく上手く飛ばないし機動のコントロールも出来ないと、軍師殿が一蹴していた。

 

それに、金だって幾らでもあるわけでもない。

 

だいたい一発勝負だ。後を考えている余裕はないと言える。

 

時間は容赦なく過ぎていく。

 

そして、作戦決行の日が来ていた。

 

 

 

まずは、場所に移動する。

 

四人の内、実際に活動するのは三人。

 

そしてわたしとストレル、それにクラウスがそれぞれ二手に分かれる。クラウスは、勇者をわたしとストレルが仕留めた場合、アルテミスを救出する。

 

そう、わたしとストレルが、勇者を仕留める役。

 

勿論、わたしもストレルも、し損じたらひとたまりもないだろう。瞬く間に殺されるとみて良い。

 

ストレルの場合は、殺されるより酷い目にあわされる、だろうか。

 

実は軍師どのは、わたしも同じような目にあうだろうと言っていたのだが、そういうものかとだけ思った。

 

まあどうでもいい。

 

その場合は、もう自我も奪われてしまうだろうし、死ぬまで玩具にされるだけで。玩具にされていることさえ理解出来ないだろうし。

 

アルテミスは相変わらず中腰の姿勢のままだ。糞便は垂れ流しというか、下着も剥がされていた。

 

全裸で糞尿を垂れ流しの状態のまま、人目に晒されている。女性騎士に対して随分な行動だ。

 

敵対する存在にはこうなると示す、か。

 

勇者というのがどういう意味なのかは今でもよく分かっていないそうだ。だがそれは、ならず者と同じではあるまいか。

 

アンゼルと散々殺し回った犯罪組織の人間とかは、ゲラゲラ笑いながらこれと似たような事を何のためらいもなくやっていた。そういう事をやっている連中だから、殺す事になんら躊躇もなかったっけ。

 

まあ、カスはだいたい似たような思考に至るのだろう。

 

勇者が来る。

 

確かに何だか不思議な割烹着みたいなフリルがついた服を着た犬耳かなにか頭についている女が数人、それに侍っている。お兄様とか勇者を呼んでいるが、だとすると何か。妹という設定の女を作って、それに手を出しているのか。

 

僻地の田舎とかだと、近親婚はあるらしい。それはグンリで聞いた。下手をするとすぐにそれで集落そのものがおかしくなるから、血を入れ替えるために人の移動を国策で優先的にやらせていたとマリーンが言っていたっけ。

 

田舎ですら出来れば避けるべきだと知っている程度の事もしらんのだとすれば。

 

まあ、これだけ国の人間を自分を絶賛だけする肉人形にして、それで悦に入るのも分かるような気がする。

 

実は、このまま逃げても良いかと一瞬思った。

 

アルテミスは死ぬだろうが、その代わりにあれはすぐに飽きる。

 

敵なんていないんだから、当たり前だ。

 

犬耳の奴隷女(しかも妹という設定)が好きなようだが、そんなものは幾らでも生やせるようだし。

 

しかも見かけとか性格とかを増やしたところで、すぐに飽きるだろう。

 

何でも思い通りにいくと、人はあっというまに飽きるのだ。それは以前、幾つかの実例を見て知っている。

 

インチキをして最強になっても、すぐに敵なんかいなくなる。目的だってなくなる。

 

この世界最強だろうアルテミスを一瞬で伸して気分は最高だっただろうか。

 

いや、違う。

 

つまらんとしか思わなかっただろう。

 

すぐになにもかもがつまらなくなる。

 

一年ともたないだろうなアレは。

 

どれだけ世界がお膳立てしたとしてもだ。

 

まあ、それでもやってみる価値はあるか。

 

城壁の上に出る。

 

周囲の兵士は始末した。

 

というか練度が低すぎて、まるで問題にもならなかった。これだと賊の方がまだ手応えがある。弱すぎたので、殺さず気絶させる余裕があったくらいだ。

 

窒息させて気絶させた兵士を、辺りに転がしておく。

 

そして、ストレルに促した。

 

真っ青になっているストレルは、まだ無理だの何だのとぼやいている。

 

まあ、強いから分かるのだろう。

 

相手の桁外れの強さが。

 

桁外れも桁外れ。三つも四つも、下手するともっともっと違う。

 

逆に言うと、そんな強さがあったとしても、何をするというのか。

 

「皆聞け」

 

勇者が何やらほざき出すと、民草が一斉に黙る。

 

アルテミスはあれは限界っぽいな。

 

ぐったりしていて、顔を上げる事もできないようだ。

 

食糧なしというよりも、水がないのが特に厳しいのだろうなと、わたしは分析していた。余計な雑念である。

 

「此処にいるアルテミスは魔王として領内を荒らした大悪である。 故に勇者としてこれを討伐した」

 

魔王。

 

なんだそれ。何回か聞いたが、いまだに何だそれとしか言葉が出ない。勇者が多分持ち出した単語なんだろうが。奴の中で完結している概念だ。

 

まあ良く分からない単語だが、そういうものがあるのだろう。

 

或いはグンリ辺りで信仰についてもう少し調べれば、それも分かったかも知れないが。

 

いずれにしても、何らかのレッテルなのだと言う事は分かった。

 

「魔王としての尊厳も奪われたアルテミスには、もはや生きる価値はない。 今、ここで楽にしてやろうと思う」

 

「おお、大罪人に対してなんと慈悲深い」

 

「流石は勇者様だ」

 

民が持ち上げる。

 

馬鹿馬鹿しい。

 

あんな姿で晒しておいて、更には妹とかいう設定の犬耳女を侍らせておいて、何が慈悲深いだ。

 

民も全部肉人形と同じだな。

 

そう思って、わたしは同情するのを止めた。

 

あれは全部、全て勇者にとって都合がいい舞台装置。以上でも以下でもない。

 

「わが聖剣ギュランニュクースタを此処に」

 

「はいお兄様」

 

犬耳奴隷が、ごちゃごちゃごてごての装飾がついたやたらとばかでかい剣を持ってきて、勇者に差し出す。

 

大型武器を使いこなす奴は見た事があるが、あれはただの飾りだな。実用的な大型武器じゃない。

 

格好良いかも知れないが、それだけだ。

 

世界がアレに忖度しているから、武器として異常に強いだけ。

 

民を見ると、その様子を見て感動の余り涙まで流している。

 

一生やっていろ。

 

そう思いながら、ストレルを促す。

 

仕掛ける機はこっちで判断していい。

 

そう言われていた。

 

聖剣何とかを振り上げる勇者。この瞬間だ。

 

ストレルは青ざめていた。それでもやらせないといけない。そうしないとアルテミスが死ぬ。

 

あいつが死ぬと、今後生き残るための手札が非常に厳しい事になる。アルテミスはアンゼルが死んだことに関わっている可能性は高いし、なんなら手に掛けた可能性さえあるが。それは殺し合いでの事だ。やらなければやられる世界での生き死に。友がそれに巻き込まれたとしても、恨むつもりはない。

 

わたしは流されるまま生きてきたし、多分今後もそうだろうが。

 

だが、それでも。

 

生きるための道筋があるのなら、それを辿ってみたいのだ。

 

「あっ! 狙撃だ!」

 

敢えて風魔法を使って、その声を流す。

 

即座に勇者がこっちを見る。

 

賭だ。

 

続けて、クラウスが叫ぶ。

 

いかにも三下っぽい声で。

 

「勇者様が狙撃なんかで傷つくわけがない! 傷ついても死ぬわけがない!」

 

ふっと、勇者が笑ったようだった。

 

アルテミスを手も足も出さずに完封したような奴だ。攻防共に完璧最強の自負があるのだろう。

 

狙撃をあっさり凌いでから。

 

虫でも潰すように殺す。

 

そう考えるように誘導する。

 

軍師どのが考えついたことだ。

 

勇者は動かない。それどころか、こっちをみているだけだ。

 

わたしが金を加工して作ったのは、携帯用の投石機。

 

それはへらみたいな形状をしていて、人間が弓矢を開発する前に使っていたものであるそうだ。投石の威力はわたしも良く知っている。これはその威力を簡単な形状で、最大限まで引き出す。

 

わたしが純金で作った投石機で、例の良く分からない石を投擲に入るストレルと、魔法でそれを支援するわたしを見て。

 

失笑さえしていた。

 

そりゃ失笑するだろう。隕石やらもっと恐ろしい魔法が飛び交うこの世界の最強を、手も足も出ない状態で捻った奴だ。

 

それどころか自分に都合がいい肉人形を国単位で生やすことが出来るような奴である。

 

力は恐らく人間が考える究極に等しい。

 

だからこそ、力に絶対の自信がある。

 

そこが隙になるのだ。

 

ストレルは真っ青になりながらも、全身を理想的に動かす。わたしは全身の筋肉の動きを、風魔法で支援する。

 

結果、ほぼ完璧に。

 

あのよく分からない白い石が放たれていた。

 

速度にしても、投石の達人が放るのと大差ない。まっすぐ勇者に飛ぶが、それにしても多分板金鎧を着ていれば防げる程度の代物だ。

 

非力すぎる。

 

それを見て、勇者は鼻で笑って、それで棒立ちでこっちを見たままである。それでも念の為にだろう、なんかごてごてした防御魔法……魔法陣が空に浮かんで出現した。そんなものを防御魔法として張った訳だ。

 

見栄えがとてもいい。

 

そして恐らく、この世界の魔法使いの出力では、絶対に貫通すること何て不可能なのだろう。

 

幼児が大好きな無敵防御という奴だ。

 

小石に対して大げさすぎるほどの防御。

 

それだけでも何だか違和感があるが。小石が、それとぶつかり合った。

 

次の瞬間。

 

すっと、小石がその無敵防御魔法をすり抜ける。

 

勇者は何が起きたのか分からなかったらしく、ずっと鼻で笑っていた。

 

なんだかかっこういい鎧を着ている勇者。

 

その鎧が、あっさり体ごと小石に貫かれて。

 

それでもなお笑っていた。

 

仮に何かしらの攻撃で体を貫かれても、平気なのだろう。無敵防御に加えて、無敵再生とでもいうところか。

 

だが、次の瞬間。

 

小石が犬耳を頭につけている奴隷女の体も貫いて、地面に突き刺さり。

 

そして、勇者が初めて驚愕に顔を歪めていた。

 

一瞬で全身が崩壊していく。

 

聖剣何とかも鎧も、やたら伸ばしている銀の髪も。それどころか、取り巻きに生やしていた犬耳の奴隷女も全部。全てが雨を浴びた砂の像のように、崩れて行く。

 

それどころか、人形じみたほどに整っていた顔が、みるみる老人のそれになっていく。

 

長身で均整が取れていた体も、見る間にガリガリに痩せていく。痩せていく端から消えていく。

 

何か勇者がしようとしたが、全てが無駄。

 

体が崩れて行き、あれは塩か。

 

とにかくそんなものになっていく。

 

そして、音もなく折れて、上半身が地面にぶつかる。その時には全身が塩になっていて、地面にぶつかった瞬間崩落していた。

 

わたしも流石に唖然とする。

 

これはもうどうしようもないし。

 

効かない可能性も高い。

 

だから、負けたら自害しようと思っていた。

 

最後の道筋を辿ってはみるが、それも完璧にやれるかどうかは分からないとさえ思っていたからだ。

 

それがまさか、此処まで効くとは。

 

風が吹く。

 

勇者とその取り巻きの犬耳奴隷女もろとも、全てが塩になり、風に吹かれて散って行った。

 

それだけじゃない。

 

今まで勇者のやることなすこと全部褒め称えていたスポリファールの民草が、ことごとく地面に倒れる。

 

殆どはその場で腐り始める。

 

或いは塵になっていく。

 

特に動物と体が混じっているような奴は、人間の要素が消えていく。

 

不自然にこぎれいだった、あれだけ破壊されていたのに光を浴びて修復されていただろうこの街も。

 

見る間に廃墟へと代わっていった。

 

僅かに生きている民もいるようだが。

 

それも髪の毛がみるみる真っ白になったり。

 

体が欠損していったり。

 

身動きしている様子もない。

 

ストレルが、顔を覆って、へたり込む。からんと、投石機が音を立てて転がっていた。わたしは、ぼんやり立ち尽くして様子を見る。

 

そういえば、わたしが気絶させた兵士達は。

 

見ると、その場でどれも腐り始めていた。

 

これが、戻って来た現実か。

 

動物に戻った耳がついていた連中は、その場で右往左往し。中には即座に死体にかぶりつくものもいたが。

 

それを即座にクラウスが雷撃の魔法で焼き払う。

 

悲鳴を上げて逃げ散っていく動物。わたしも風魔法を展開して、クラウスを支援。動物を片っ端から窒息させて始末した。

 

城壁から降りる。

 

この街の惨状を確認したのは一週間も経過していない前だが。それでも何年も経ったかのような劣化だ。

 

足下も不安定なくらい、あれほど念入りに整備されていたインフラが崩れているし。

 

彼方此方を通っていた水路も、濁り腐りきっていた。

 

クラウスとわたしで連携して、辺りの危険な害獣をあらかた駆除して、それで一息つく。その後、クラウスが軍師どのを呼びに行く。

 

わたしはナイフを取りだすと、アルテミスを縛っていた縄を切り、救助する。

 

アルテミスはかろうじて生きていたが。

 

意識が朦朧としていて、危険な状態だ。

 

酷く痛めつけられたアルテミスは、全裸でしかも傷だらけ。わたしの拙い回復魔法では限界もあるが、とにかく回復させる。ストレルに手伝ってと叫ぶが。ストレルはいやいやと首を横に振るばかり。

 

限界なのだろう。

 

わからなくはないが、今はその辺の小石でも活用しないといけないのだ。

 

冷や汗が今頃になってどっと流れて来る。

 

最悪の場合、狙撃の体勢に入った瞬間に殺されていただろう。

 

相手はそれくらいの力があったのだ。

 

絶対の力を得て、それに酔っていた。

 

だから慢心を誘発させる事で、それであの石を通す事ができた。そしてあの不可解な石は、それだけ強烈だと言う事がわかった。

 

軍師殿が来る。

 

そして、クラウスに勇者殿の介抱を頼む。わたしは回復魔法をどう掛けたかだけ引き継ぐ。

 

軍師殿がわたしに指示したのは、あの石の回収だ。

 

石は地面にめり込んでいた。

 

直接手に取ることは論外である。土魔法を操作して、すぐに掘り出すが。土をどけるのはともかく、拾い出すのは純金でやらなければならない。

 

純金ははっきり言ってそれほど硬度がない。

 

しかも石はかなり深く地面にめり込んでいて、相当に土を深く掘らなければならなかったし。

 

今この瞬間も土に沈み込んでいて。

 

とてもではないが、直に触ろうとは思えなかった。

 

土魔法を全力で操作して、どうにか白い謎の石に追いつく。

 

これは一体なんだ。

 

ともかく、金のスコップで拾い、土魔法でスコップを操作して包み込む。後はどうにか外に這い出す。

 

金ですら腐食するのだ。

 

それに、此奴が直撃した勇者の末路は凄まじかった。

 

本来だったら、どんな攻撃でも弾き返した魔法がそれに鎧もまるで紙も同然に貫かれ。どんな攻撃を受けても再生しただろう体が、一瞬で崩壊した。崩壊する時に再生の魔法だかを試そうとしただろうが。

 

それでもそれを受けつけなかったのだ。

 

本当に、この石はなんだ。

 

ただの石と言うには白くて不可解な感じだが。

 

地面に落とした時も、地面が溶けて沈み込んでいた。尋常な代物だとは、とても思えなかった。

 

軍師どのが、周りを見て分析を続けている。

 

クラウスが悪態をつきながら、必死に回復魔法を掛け。水をアルテミスに飲ませていた。少しずつ。

 

それから粥を用意して欲しいと言われたので、わたしもそれを始める。

 

わたしもそうだったな。

 

最初は衰弱しきっているところに、粥から与えられた。

 

あの飯炊きのおばさん、この地獄を生き残れたのだろうか。

 

あの人の処置は的確だった。

 

多分だけれども、似たような人間を何度も助けて……或いは助けられなかったのかも知れなかった。

 

アルテミスが少しずつ意識を取り戻し始める。

 

周りの人間にまでかまっている暇はない。それに腐乱死体だらけの此処は、負傷者をおいておくのは危険だ。今の状態だとどんな病気になるか分からないし、なったら助からない。

 

出来るだけ急いで離れた方が良いだろう。

 

アルテミスを荷車に乗せる。荷車は揺れないように、ゆっくり動かす。街から出る時に、わずかに生きている人間から、罵声を浴びせられた。

 

「お前等がこれをやったんだな!」

 

違う。

 

だが、そういっても仕方がない。

 

他の奴も叫ぶ。

 

「夢のような時間だったんだ! それを台無しにしやがって!」

 

「出ていけ!」

 

「出ていけ悪魔!」

 

「お前達なんか死んじまえ!」

 

街の人間がみんな生きていたら、きっともっと凄まじい罵声を浴びていただろうが。生きているのはごく少数だ。

 

それはそうだろう。

 

あの光で世界が改変される前に戻ったのだとすれば。あの狂気の宴を生き延びたのは僅かだけだったはず。

 

それが此奴らなのだとすれば、その罵声が小さいのも、納得出来る話だった。

 

街を出る。ストレルはもう置いていくべきなのかと思ったが、軍師殿が声を掛けている。

 

「ストレル一佐、見事な投擲でした。 勇者を倒せたのは、貴方のおかげもあります」

 

「もう楽になりたい……」

 

「この世界を滅茶苦茶にしている者達を倒して、滅茶苦茶にした原因を突き止めてからです。 それまでは死ねません。 死んではいけません。 どれだけ戦争ばかり繰り返していて、不平等と格差があって、人間がまるで進歩していない世界だったからといって……こんな横暴は、仮に神でも許される筈がないんです」

 

「模範解答だな。 今はその正論ですら、心が痛むが」

 

クラウスがぼやく。

 

わたしは、また追放された。スポリファールでは三度目だなと、皮肉な運命だとだけ思った。







もらい物の力も装備も取り巻きも。

石一つに破れる。





※ちなみに石を投擲するときに使った道具ですが、これは古くに存在した投擲具です。アトラトルと呼ばれるものですね。

本来は槍を投擲するために使うものです。

古い時代……人間がまだ文明の黎明期だった頃、人間を地球上最強に押し上げた武器は投げ槍でした。クロマニヨン人の頃からそうです。

投げ槍は凄まじい破壊力を持つ文字通りのゲームチェンジャーとして、人間を自然界で頭一つ抜けた最強の捕食者としたのです。古い時代の神々がよく投擲槍を武器にしているのは、その名残ですね。

投げ槍を更に強力に投擲するために作られたのがこのアトラトルです。まあ、いずれにしても弓矢が開発され普及されていくと、槍は投げるものから数を揃えて突くものと代わっていくのですが、まあそれはそれです。



今回の話で何故アトラトルを使ったかというと、投石によく使うのは紐なんかとかが多いんですが、それだと謎の石の腐食に耐えられないからです。

金製で腐食に耐えられる、だれでも使える投擲具として、今回の話ではアトラトルが用いられました。

まあ、相手が舐めプの極みで、何喰らっても死なないし再生すると思い込んでいるから通じた手です。それに投石のプロでは無く、所詮は素人のものであったことも、勇者の油断につながると判断し。敢えてそこまで計算して、これを武器として選んだのです。


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