辺境伯令嬢の追放行脚   作:dwwyakata@2024

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生存者を加えて、陣容はある程度拡大しましたが。

それでも策を間違えれば一瞬で全滅する相手ばかりです。それもいつまでも自分のテリトリで大人しくしていてくれるとも分からない。

まず相手を分析し、世界に対する有害度の高い相手からの始末。

それが必須になって来ます。





3、正面から勝てなくても

わたしほどではないが、なんでもトリステという女騎士は移動魔法の使い手であるらしい。

 

風魔法を主体として、数人で移動出来るらしいが。とにかく音が大きいので、隠密には向かないとか。

 

それで、アプサラスに頼まれた。

 

新パッナーロ、クタノーン、グンリ、ドラダン。

 

後は一応、ロナウ国も様子を見てきて欲しいと。

 

わたしの移動魔法は、その気になれば最大隠密で行動できるし、何よりも。わたしはそもそも、単独行動の方が得意だ。

 

指針が示された今。

 

それで行動できるとなると、とても気が楽である。

 

「此方はアルテミスの回復の様子を見ながら、カヨコンクムの様子を偵察しておく。 どのような狼藉者が現れているのか、各地を確認しておけば今後の戦略を立てやすい。 いずれにしてもトリステの移動魔法は隠密には向かない。 アルテミスの回復待ちになるだろうが」

 

そうアプサラスは言う。

 

歴戦の指揮官らしい、現実的な考え方だ。

 

狼藉者をブチ殺した後の世界の荒廃については、もはや諦めるしかないのだろう。ともかく今は、少しでも早く世界に現れた狼藉者を排除するしかないわけだ。

 

そうなると、世界中が。

 

わたしが産まれ育った伯爵領みたいになるということか。

 

いや、今丁度その伯爵領にいるわけだが。

 

あの時より状態が酷いかも知れない。

 

だとしても、一年くらいで飽きて塵になる奴が、やりたい放題する過程で、全ての人間が駆逐されてもおかしくない。

 

それを座して待つくらいだったら。

 

排除できる手段を持って、排除するべきなのかも知れなかった。

 

ともかく別れてから、まずわたしは南に進む。海沿いに進んで。海峡が見えたら海を渡ってドラダンに入る。

 

ドラダンの後はグンリを通って新パッナーロに。そのまま西進して、クタノーンに。その後戻りながら、様子を見てロナウを通る。

 

それで問題はないだろう。

 

ただ、それにはかなり食糧なりがいる。

 

わたしの今の移動魔法だと、途中にトラブルがある事も考えると、二週間くらいはみないといけないだろう。安全圏に戻るだけでそれだ。

 

その間魔法を使いっぱなしになるから、当然腹が減る。

 

人によって魔力補給の方法はそれぞれ違うのだが、わたしの場合はどうしても食事から離れられない。

 

そういうわけで、アプサラスが拠点にしていた場所から、予備を見て三週間分の食糧を貰った。いずれも保存食ばかりだが、まあないよりはマシだ。酷い食い物だったら食べ慣れている。

 

それから別れて移動を開始する。

 

まずは旧パッナーロを移動して、勇者の影響がなくなっているかを、確認していかなければならない。

 

 

 

移動を続けながら、通った街などを一瞥する。途中街の側などで休憩を入れて、風魔法で情報を収集しつつ、干し肉をかじる。

 

ながらになるが、それでも魔力の回復には充分だ。風魔法はどうしても嫌でも練度が上がる。

 

それでやはりというかなんというか。

 

どうやら勇者の力はスポリファールの領内で発揮されていたらしく、この辺りはほぼ寂れてしまっている。

 

ゴブリンやオークについては殆ど出ていないようだ。

 

あれはそもそもとしてハルメンなどを除くと、殆ど駆除に成功していたという理由もあるのだろう。

 

辺境国に行けばいるのかも知れないが。

 

いずれにしても軍で養殖とかしていたわけでもないのだから、まず見ないのだろうと思う。

 

問題は猛獣の方で、明らかに人間の味を覚えた猛獣が街に入り込んで死体を喰い漁っている。

 

居場所を特定し次第窒息死させているが。

 

それでも全部を殺し尽くすのは無理だろう。

 

出来るだけ処理はしておくが、それだけ。

 

そもそも正気を失っていた人は、生きていたとしても精神に大きなダメージを受けているらしく。

 

動きが鈍かったり。

 

或いは自害してしまう場合も多いようだ。

 

赤ん坊を地面に投げつけて殺す母親とか。

 

子供を滅多刺しにしていた親とか。

 

そういうのを幾らでも見た。

 

そういう記憶が戻って来て正気になったのだとすれば、まあそれは生きていけないのかもしれない。

 

だがあれはエゴが極端に肥大化した結果、自分でやったことだろう。

 

わたしは同情できない。

 

育児で精神に負担が掛かるとかで、子殺しをする母親は幾らでもいると聞く。そして子殺しをした場合、周囲の女性が同情するのは子供では無く母親の方だそうだ。

 

わたしはそういう話を聞いているし。

 

そもそも伯爵に受けた仕打ちが、そういう思考回路の延長線上にあると言う事も今では理解している。

 

だから同情は出来ない。ただそれだけだ。

 

移動を続ける。

 

途中で燃えている街なんかも見る。火の不始末だろうが、どうしようも出来ない。ただ。へたり込んで泣いている子供が一人。まだ10歳かそこらというくらいの年の子供だ。

 

仕方がない。

 

熊が凄まじい勢いでその子供に襲いかかっていく所だったが、割り込む。

 

熊の息を止めた上で、風魔法で吹っ飛ばす。

 

窒息した上に、猛火に包まれている家屋に放り込まれた熊が、焼き熊になるのはそのまま放置。

 

あれの肉、どうせ美味しくないし。

 

人間散々喰った後だろうから、下手すると病気になりかねない。

 

わたしは冷たい目で子供を見下ろしているかも知れない。

 

どうせこいつもわたしを罵る。

 

助けてやったし、もう良いだろう。行こうとすると、震える手で足の辺りを掴んで来た。

 

「お、おねが、い、おねがいします。 た、たすけて……」

 

「親は?」

 

「お、おとうさん、おかしくなって、おかあさんと殺し合って、それで隠れて……」

 

そうか。

 

正気だったのか。それに放置しておいたら確定で死ぬな。助けておいて損はない。放置しようと思っていたが、考えを変える。

 

あごでしゃくって、来るように促す。荷車の所まで戻ると、今度は野犬が集まって来ていた。

 

わたしもこの子供もごちそうだし、まあそうだろうな。

 

だからわたしも容赦しない。

 

一斉に襲いかかってくる野犬の息の根をまとめて止める。

 

ばたばたと倒れる野犬を見て。子供がひっと可愛い悲鳴を上げていた。がたがた震えているのが分かる。

 

「これの肉は食べられませんね。 どうせ人肉を食べた後だし」

 

野犬共は随分と太っている。

 

太った理由なんて明白だ。

 

わたしは嘆息する。今後も、嫌になる程こういう光景を見るだろうから。

 

 

 

海峡まで来る。

 

それまでに四つの街を見たが、どれも悲惨な有様だった。スポリファールは一生懸命占領統治をしていたらしく、街のインフラなどは相当に整っていたようなのだが。あの狂乱が全てを台無しにしてしまった。

 

いずれ遺跡として発掘されるのではあるまいか。

 

そうとさえ思った。

 

子供はメリルというらしいが、元々親はどっちも本当の親ではなかったらしい。

 

話を聞く限り、奴隷商に連れられていたところでスポリファールが侵攻。奴隷商はスポリファールに捕らえられて斬首され、奴隷は開放された。ただ開放されたといっても、そのままでは何もできない。

 

其処で子供は教育施設と孤児院に預けられ、大人は職業訓練校というので生きていくために必要な技術を教えられたらしい。

 

そういうのは、スポリファールはやたらしっかりして「いる」……いや「いた」から、旧パッナーロの占領統治でもやっていたのだろう。

 

その家庭で奴隷商に連れられている時から優しくしてくれていた人の養子になって、束の間の平穏を味わっていたらしい。

 

どっちも優しかったから大好きだったそうだ。

 

そうか、それは良かったな。

 

それが素直な感想だ。

 

わたしが心を作り損ねた理由の一つが、親の不在にある。この子は少し遅れたとしても親がいたわけだ。

 

それと、治療をする過程で審問の魔法も掛けているので、嘘をついていないことは確認している。

 

わたしも子供の言葉を全部信じるほど間抜けでは無い。

 

まあ、だからこそ。

 

優しかった両親が目の前でいきなり殺し合って、必死に逃げ込んだ地下で隠れていたら、何もかもおかしくなって。

 

それもいきなり終わって、街に火がついたら。

 

その状態で、わたしに助けを求められただけでも立派だろう。

 

海峡の前で、準備を整える。

 

荷車には食糧を補給したが、ドラダンに何か厄介者が湧いているかどうかもまだ分からない。

 

こんな状態だ。

 

人間の噂話なんかまったく当てにならない。

 

街を行き来する人間がそもそもいないのだから。

 

ここまで来る間に、水魔法でメリルは綺麗に洗っておいた。黒髪を肩くらいまで切りそろえている、目の大きな子だ。猫目っぽくてあまりこの年頃では可愛いと言われないかも知れないが、適切な栄養を取りながら成長するとかなりの美人になる可能性があるだろう。そういう話を聞いたことがある。美人は子供の頃は必ずしも可愛くはないらしいと。

 

まあ、わたしは容姿には興味がないのでどうでもいいが。

 

「荷車から顔を出さないように。 ドラダンは巨人信仰をしていた国で、そもそも巨人が襲ってくるかもしれませんので」

 

「は、はい。 アイーシャさんは、平気なんですか。 そ、その、巨人とか怖くないんですか」

 

「ドラダンとグンリで合計十数体斃しましたが、なんど斃しても湧いてくるし、しつこく追ってくるしで面倒でしたね。 魔法まで使う。 ただ、今の力量なら、怖くは別にありません」

 

問題は軍隊に総出で追われる場合だ。

 

スポリファールとハルメンは見て回って、国家が破滅しているのを確認したが、他の国はまだ様子が分からない。

 

とにかく海峡を渡る。

 

風魔法と水魔法に切り替えて、海上を一気に行く。

 

海峡で向こう岸が見えていても、海は荒れていて、波は高い。丘みたいな波や、途中でぶつかり合って砕ける波。

 

そういうのを、水魔法でそのまま乗り越えながら進んでいく。風魔法で守りを固めなければ、もろに潮を被っているだろう。そうなれば体力がごっそり削られていく。

 

メリルはしっかり荷車に捕まっているようで、今の時点では言う事をちゃんと聞くしっかりした子だ。

 

いや、しっかりしすぎているな。

 

集中して、海峡を越える。

 

幸い向こう岸が見えている程度の海峡だ。越えるのに、それほど時間は掛からない。

 

上陸後、風魔法を周囲に展開。人間の気配、動物の気配、色々調べる。人間がいるな、これは。

 

それも相当な数。組織的に動いている。

 

荷車から顔を出したメリルに、まだ潜んでいるように言う。こくこくと頷くと、メリルは荷車で伏せていた。

 

風魔法で人間の会話を拾う。

 

どうも兵士らしい。そもそも兵士が組織的に動いている時点で驚きだ。

 

「巨人様の予言通り、大国はどれも滅茶苦茶になったようだ」

 

「そうか。 では後は、世界に現れた転生者達が滅びるまで、とにかく待つしかないわけだな」

 

「此処やグンリは今や境界に近い果ての国だ。 助かったぜ。 前の混乱の時も、この辺りは被害が小さかったらしいしな」

 

「大国の連中、みんな頭が狂って殺し合うんだろうな。 ぞっとしねえ。 冗談でもざまあみろなんて言えねえよ」

 

これは。

 

この辺りは影響なしか。狼藉者も出ていない可能性が高い。会話の内容からして、ドラダンは完全に国家として機能している。軍師殿が人間の種としての全滅を懸念していたのだが、その恐れも無さそうだ。

 

ただ、それが良い事ばかりではない。特にわたしにとってはだ。この国では、わたしは最悪のお尋ね者なのである。

 

下手をすると、前みたいに師団規模の兵力に追い回されるかも知れない。そうなると、最悪境界にまた逃げ込まなければならなくなる。

 

彼処はとにかく大変だったし、抜けた後何処に出るかも分からない。

 

それは出来れば避けたい。

 

それにしても、転生者。

 

なんだそれは。

 

そういえば、そんな単語を聞いたような気がする。勇者だの賢者だのは、転生してきたと主張していたとか。

 

そうだ、それだ。

 

いずれにしても、今回も「転生」とやらをして来た狼藉者が、世界を無茶苦茶にしていて。

 

この国ではそれを知っていると言う事か。

 

どれくらい知っているのか、試す必要があるな。

 

わたしは海岸近くの岩場に拠点を作る。

 

食事はこれとこれを食べて良いとメリルに指示。メリルは物わかりがいいので、それですぐに理解した。

 

「それにしても随分と物わかりがいいですね」

 

「言う事を少しでも聞かない子は、奴隷商の人に殺されて……それで……」

 

「ああ、そういう」

 

わたしは奴隷商に連れられていたときの事はほぼ覚えていない。それにわたしは魔法が使える「上物」だったから、扱いも違ったのだろう。メリルがわたしを見る目に恐怖が混じっているのもなんとなくわかる。わたしは奴隷商と同じかそれ以上に恐ろしい存在に見えている訳だ。

 

別にそう言われても今更である。

 

いずれにしてもこの物わかりの良さは後天的なものだったのか。

 

まあ、拠点はメリルに任せておくとする。逃げられたところで痛手もないし。

 

わたしはちょっと用事があるので、ちょっと出る。

 

話をしている歩哨数人。あれでいいか。

 

気配を消しながら移動。

 

わたしの身体能力は雑魚蛞蝓だが、魔法が使える以上兵士を無力化する方法なんて幾らでもある。また、腕利きの魔法使いも近場にはいないようだった。わたしの腕が上がっているのもあるのだが、それでも前に追われた時もこの国にはかなり腕利きの魔法使いがいたし、油断はしてはならない。

 

気配を消して、他の班と離れている少人数の兵士をまとめて気絶させる。窒息で死なない程度に加減するだけだ。

 

後は土魔法で操作して、気絶している兵士を此方に引っ張ってくる。

 

騎士や特務の精鋭だと耐魔法の鎧とか着ている事があるけれど、こんな兵卒にそんな上等なものは支給されていない。

 

引っ張って来た兵士達を、土魔法で拘束。

 

縄は使わない。土で包んで固めてしまう。

 

更に風魔法で空気を漏れないようにして、音が伝わらないようにする。ただ、目隠しだけはわたしがやった。

 

さて、此処からだ。

 

水魔法で空気の水を集めて、兵士達にぶっかけて起こす。

 

完全に拘束されていて、しかも目が見えない状態だ。恐怖に混乱する兵士達に、騒ぐと殺すと言って、土魔法を操作して鋭利な刃っぽいものを首に当てる。実際はそこまでは斬れないのだが。

 

こういうやり方は、アンゼルに散々教わって覚えた。

 

一人ずつ話を聞いていく。

 

メモを取っておくのは、軍師殿への土産に。

 

今は連携して動いた方が良い。それもあって、情報を共有するためにやっておくだけの事である。

 

兵士達には順番に話を聞き、他の兵士には会話内容を聞かせない。

 

これはそれぞれが口裏を合わせるのを避ける為である。土魔法での拘束はガチガチにやってあるし。

 

風魔法での微調整は難しく無い。

 

ただ、これだけ色々魔法を使っていると、手練れの魔法使いが来た時に気付かれる。アルテミスくらいの使い手だったらそれでも問題はないだろうが、わたし程度だったら不意を突かれるとひとたまりもない。

 

時間との勝負だ。

 

話を聞き出して、情報をまとめていく。

 

まずこの国では、巨人に予言を受けるという。巨人に生け贄を捧げて。代わりに巨人が未来の事を告げる。生け贄に捧げる人間を巨人が食べるとは限らず、その場に集まった何人かが食われる。生け贄はその後生きていたとしても殺される。その代わり、極めて有用な未来の話が巨人によって為される。

 

それによって前回の混沌の時代も乗り切ったのだと、兵士は言う。

 

なるほど、人食いの巨人なんかを信仰しているのはそういう理由か。

 

形もなく見えもしないものをあがめ奉る信仰ってのはよく分からないのだけれども。

 

これはもっと実利的で、逆に言うと生きるために必要な事だった、というわけだ。

 

そもそもとして、境界の間近だと、混沌の時代に起きる世界的な異変の影響はとても小さいのだという。

 

また、世界的な異変の影響はエゴが少ない人間ほど受けにくいのだとか。

 

そうなると、錯乱気味だったストレルはエゴが人並みに近いくらいあったという事なのだろう。

 

わたしは殆ど影響を受けなかったが、それも納得だ。

 

堅物のクラウスや、アプサラスも。アルテミスは、あのぼへえとした感じで、実は極めて真面目な仕事人だったのかも知れない。

 

こういった情報は、混沌の時代を被害少なく乗り切ったから持っているのだろう事はわかる。

 

勿論他の兵士達にも聞いていくが、同じ話を聞くことが出来た。

 

これだけの厄災だ。

 

それは周知されていてもおかしくないのだろう。

 

今やドラダンもグンリも辺境の小国。少なくとも小国だった。

 

だからこそに、それらで伝わる信仰なんて、誰も相手にもしていなかった。数百年の時がそうさせた。

 

ならば、納得も出来る。

 

わたしもずっと彼方此方を放浪して、色々な仕事をしていた。

 

だからこういう思考方法は、出来るようにはなっていた。

 

兵士達をまた気絶させて、比較的街の近くに放り出しておく。

 

これで、ドラダンには用はない。

 

後はグンリも様子を見に行く。

 

グンリでもわたしはほとんどお尋ね者だ。気を付けなければいけない。それにあの兵士達が目を覚ましたら確定で騒ぎになる。

 

だから、ドラダンは急いで出なければならなかった。

 

すぐに準備をして、ドラダンを出る。

 

わたしの隠密はどんどん技術が上がっていて。

 

少なくとも、国境は穏便に越えられた。

 

かなり兵士が巡回していたが、これは状況が状況だし、越境して厄介者が現れるかもしれないから、かも知れなかった。

 

グンリとの国境線に砦とか壁とかがある訳ではないので、そのまま素通りして入る。

 

此処でも追放されたが、あれは今でも遺恨がある。

 

まあ巨人に殺されたハンナは気の毒だったかもしれないが、それがわたしのせいで、それで追放されるというのはどうしても納得出来ない。

 

グンリでも入り込んだ後は、風魔法で周囲を探る。

 

やはり此処でもまだ人間が組織的に動いている。此処は新パッナーロと陸続きなので、より兵士は多く動員されているようだった。

 

「アイーシャさん、その……」

 

「便所だったらそこに作りました。 後で体だったら水魔法で丸ごと洗ってあげます」

 

「い、いえ、あれ……」

 

「……」

 

顔を上げる。

 

巨人だ。

 

かなり距離がある地点を歩いている。少なくとも此方に気付いている様子はない。

 

ドラダンだったら巨人を崇めているのだろうが、グンリの民はさっと距離を取っている。銅鑼とかを鳴らして、進路から逃れるように誘導もしているようだ。

 

今度の巨人は痩身の男性で。

 

中年にさしかかったくらいの姿だが、前に見たハルメンの軍用オークよりも何倍も大きいし。

 

口に見える鋭い牙が並んでいる様子が、明らかに人間と違うことを示している。

 

「気付かれないように。 注意を惹くと襲ってきます。 ただあそこにいる巨人が、いきなり此方に来る事は考えにくいでしょう」

 

「こ、怖いです……!」

 

「静かに伏せていてください。 もし襲いかかってきた場合、守りきれる保証はありませんし、逃げ回られたらまず助けられませんので」

 

メリルは荷車に伏せて、ずっと震えている。

 

情報は集めるが、とにかく巨人から離れろとか。また現れたとか。マリーン様はどうしているとか。

 

そんな話ばかりだ。

 

巨人がいなくなった後も、それほど有用な話は拾えない。

 

ドラダンと似たような状態だと言う事。

 

一応新パッナーロに出向いた斥候もいたらしいが、地獄絵図を見てすぐに戻って来たらしいこと。

 

それくらいしか分からなかった。

 

境界に関する知識を得た時点で、戻っても良いくらいなのだが。

 

今はとにかく、最低限の情報は得られた。

 

次は新パッナーロだ。

 

とにかく順番に情報を集めて、アプサラスと合流しなければならない。

 

危険地帯どころか、虚無と化してしまったスポリファールに入れば、とりあえず一安心は出来るだろうが。

 

それまでは、ずっと気分次第で万の人間を消し飛ばせる相手がいる地域を見て回る必要がある。

 

ここからが本番だと、わたしは気合を入れながら臨まなければならなかった。

 

 

 

新パッナーロに入った。

 

やはり空気が変わっている。

 

この辺りは以前、グンリに逃げ込んだときに通った。クタノーンの黒軍に蹂躙された地域で、ロイヤルネイビーに蹂躙されたのと同じくらい酷い有様だったのに加えて。ハルメンの支援で反撃に出た「反乱軍」によって黒軍が各個撃破され、各地で皆殺しの憂き目にあっていた。

 

その後にどうなったのかは分からないが、まだ復興は始めたばかりだっただろう。

 

だから、こんな風になっているとはとても思えない。

 

街がなんだか異様にこぎれいになっている。

 

街の中を行き来している人間には、やはり動物が入っている者が珍しく無い。それが当たり前のように普通の人間と会話している。

 

買い物がされているが、見た事がない通貨が使われている。中には紙の通貨もあるようだった。

 

紙の通貨なんて、余程の技術がないと作れない。

 

スポリファールで習った事があるが、一時期スポリファールで使われたことがあるらしい。

 

ただ偽造を防ぐ技術がとにかく割高で、今のスポリファールでは出来ないと断念して、硬貨に戻したという過去があるそうだ。

 

勿論ハルメンでも紙の通貨なんて使っていなかった筈で。

 

技術供与を受けただけの此処で、使っている筈がない。

 

また、例の如く皆着ている服が異常にこぎれいだ。

 

旧パッナーロ出身であるわたしは、なんだこれはと思わず目を細める。警戒しかない。やはり此処も、何もかも世界が塗り替えられたのだ。

 

「剣聖様が彼方此方を見回ってくださっているらしい」

 

「悪徳領主を退治してくださったんだろ」

 

「お弟子さんをたくさん連れているらしいな」

 

「ああ、いずれもが優れた使い手だとか」

 

此処は剣聖か。

 

数百年前の混沌の時代にもわんさかいたらしいが、剣聖といいながらあらゆる事が出来たらしい。

 

そして、一つ分かった事がある。

 

此処でも取り巻きを連れている。

 

勇者も聖女もそうだったが。

 

やはり自分に都合がいい肉人形を生やして、それを侍らせているとみて良いだろう。

 

剣聖は今は此処の近くにはいないらしいので、すぐに街を出る。街の周囲には、やはり獣がいるが。

 

やたら攻撃性が低くなっていて、何より大きさだけはある見かけ倒しだ。

 

動きも鈍くて、簡単に殺す事ができた。

 

これは恐らくだが、剣聖が簡単に殺して、自分の強さを周囲に見せつけるためのものではないのか。

 

今回の狼藉者達は、国単位で世界の法則を自分に都合良く変えてしまう。

 

その軍師どのの仮説は、また当たった事になる。

 

とにかくもはやなんだか分からない生物を捌いてみて、それで気付く。これ、もとはこの辺りにたくさんいた大きな鳥だ。体を調べて見ると、その体のつくりが似通っていることが分かる。

 

腹を割いてみるが、人間の残骸は入っていない。

 

ただ、それでも食べるのは避けた方が良いだろう。

 

しばらくは植物を主体に、肉は人間を食べる機会がないような……例えば草食動物や外洋の魚などを食べて過ごすのが安全だ。草食動物でも機会があれば肉は食べるのだが、流石にそこまではもう確認しきれない。

 

わたしも体内から病気で壊れたくない。それでもある程度は妥協しなければいけない状況だ。

 

鹿がいたので仕留める。

 

これもまた、随分と本来の鹿に比べて小さくなっているな。

 

鹿を窒息死させて、すぐに焼いて食べる事にする。捌いている様子を見て、メリルが気を失ったが。

 

彼方此方図太いと思ったら、妙なところで繊細だな。

 

しばらく気を失ったままにしておく。

 

そして、肉を焼いて食べて。残りを燻製にしていると。いいにおいで体が反応したのか、目を覚ましていた。

 

「良く焼けています。 ほら」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「肉の処理くらいは出来るようになってもらいますかね」

 

「が……がんばります」

 

まあ、殺されたくないと思っているみたいだし。その考えを刺激してやれば、上手くやれるだろう。

 

食事を終えるとその場を発ち、西へ移動。

 

途中で情報を集めていく。

 

どうやら剣聖は中年の男性らしく、弟子は若い女ばかりらしい。

 

これについては、あの勇者と似ているなと思う。

 

勇者は死ぬときに急激に老けていって、初老の姿で苦しみながら消えていった。あれが実際の姿なのではないかと思う。

 

剣聖はどうせ中年の男性と言っても、やたら美形かしぶい格好いい(とされる)容姿の男なのだろうし。

 

姿を若くしていないだけで、結局若い見目麗しい異性を侍らせているという点で、其処は勇者とも聖女とも共通している。

 

この様子だと、聖女も中身は中年の女性かも知れないな。

 

自分の事を褒め称える肉人形で周りを固めているというのは、何が楽しくてそれをしているのか分からないが。

 

ともかく今は。

 

情報を集めて回るしかない。

 

クタノーンに入る。

 

同時に異臭が鼻についた。すぐに風魔法で遮断するが、これは覚えがある。

 

「なんだか臭いです……」

 

「そうですね。 酷い臭いです」

 

これは、情交の時の臭いだ。

 

風魔法で周囲を常に探知しているのだが、近場に人間はいない。国全体が、こうなっているのか。

 

人間を探してみる。

 

そうすると、驚かされる。

 

女しかいない。

 

この国では、男が一人残らず排除されているらしい。

 

クタノーンは以前聞いた話によると、元々各地の諸民族が集まって出来た国らしく、荒々しい戦士達と、たくさん子供を産む女が偉いみたいな風潮だったらしい。それが何かの間違いで高度な技術を手に入れて、大国にのし上がったのだとか。

 

国では後宮が存在していて、その点は旧パッナーロと同じ。

 

ただ後宮というのは、有力者の紐付きの女が権力を得ることを狙っている非常に危険な場所で。文字通り政争の縮図。

 

有力者の血縁者が入ってくるから、別に美人だけが集まっている訳でもなく。

 

それどころかそこでは最も醜い人間の姿が浮き彫りになる。

 

後宮に嫌気が差して同性愛者になった皇帝の話とかは以前聞かされたが。

 

国を挙げてそれに近い状態にしているのか、これは。

 

一応街……といっていいのか。

 

この国に自分の法則を持ち込んだ奴は、人間が暮らす空間に全く興味がないらしい。荒野に粗雑に置かれているという風情の集落……掘っ立て小屋の集まりの近くで、情報収集をする。

 

拡大視の魔法をクラウスに習っているので使って、様子を見てみる。

 

女達だけで生活しているが、なんだあれ。

 

殆ど全員がほぼ全裸だ。腰だけ隠していれば良い方。胸も半分くらいは隠していない。

 

また老人がおらず、年齢が行っているものでも30手前くらいだろうか。殆どが十代くらいで、中には10歳行っているか怪しい子供もいる。

 

それになんだあれ。

 

腹の辺りに、変な模様が刻まれている。

 

そもそもこんな状態では、猛獣相手に自衛も出来ないだろう。武装した兵士の姿も見当たらない。

 

拾える会話もおかしい。

 

「戦王様に子種を仕込んでもらいたいけど、声がかからないかな」

 

「淫紋のおかげで、抱いて貰うと天上の快楽だっていうよね」

 

「早く戦王様の子を宿したい」

 

そんな会話を、生理が来ているかどうかも怪しい子供がしている。この国はどうやら全部まとめて戦王とかいう奴の性欲処理場と化していて、それが当たり前の法則になっているようだった。

 

頭の中が全部情交だけなのだろう其奴。

 

もうそれだけで分かった。戦王とやらの居場所もある程度会話で拾えた。とにかく、後は寄れるようならロナウの様子を軽く見て、それで軍師殿やアプサラスと合流することにする。

 

恐らくこの様子では、カヨコンクムにも何かいるんだろうが、どうせろくでもない輩だろう。

 

わたしとしては、安全を確保したい。

 

そのためには、ある程度の危険を冒して、どいつもこいつもほぼ全能に近い相手を、排除しなければならないのかもしれなかった。

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