はいというわけで対聖女戦です。
この世界では数百年前にも似たような動乱があり、その時持ち込まれた多数の名前が忌み名と化しています。
聖女もその一つ。
再び持ち込まれたその名。
それを恥ずかしげもなく名乗るものが相手です。
人員は増えましたが、それでもまるで有利は取れない中、生きるための戦いが始まります……
序、そも聖女とはなんぞや
いにしえの時代。数百年前の混乱時代に、色々な言葉が世界に持ち込まれた。名前もそう。その殆どは、今や忌み名と化している。
勇者や聖女、剣聖や賢者。そういった言葉だ。
数百年前のいにしえの時代に現れたそいつらは、「劣等」だの「失格」だのを名前の前につけていたらしいが。それも本来の意味だったようには思えない。
わたしが調べた話だけでも、それらは事実上万能に近く。この世界の人間のあらゆる抵抗が意味を為さなかった。
この間勇者を倒せたあの石以外だと、たまたま酒に弱かった者を倒せたのが一例のみ。それ以外では、誰一人世界に対する狼藉者達は倒せなかったのだ。
持ち込まれた言葉の意味も分からない。
勇者が勇敢な者かというと、とてもそうとは思えない。
聖というのは信仰における信仰対象などにつける尊称だかの一つらしいのだが。そんな風に呼ばれるような存在か、今動向を分析しているハルメンに現れた聖女が。わたしには、とてもそうは思えなかった。
風魔法で情報を収集する。
聖女様のおかげで作物の収穫が良かっただの、なんだかんだ話をしているが。奴が現れてから一月経過していない。
作物の収穫と言っても色々時期があるが、今の時期だと取れる作物は一部の果実くらいであり。
それもハルメンではあまり作っていない作物だったはず。
世界を自分にあわせて変更する力を持っているのが今回の狼藉者達だが。
ハルメンを自分に都合がいい国に書き換えたように。
この国の過去まで書き換えていると言う事だ。
しばらく風魔法で情報を集める。
側にいる生意気そうな女の子の騎士トリステは、最強の騎士であるアルテミスがそばにいるからだろうか。
わたしに対して敵意を向けられず居心地が悪そうだ。
アルテミスが、命の恩人だと言っていた。
それは失礼を許さないと言う意味でもある。
わたしとしては非常に複雑な気分なのだが。
無駄に突っかかってこないのならそれでいい。
わたしは人間には何一つ期待していない。それはわたし自身も含むことだ。
トリステが、風魔法で収拾する情報を素早く紙に書きとっている。固有魔法を使っているらしい。
アルテミスが手をかざして、おおと呟いていた。
「聖女が移動を開始したようですね」
「此処からだとどれくらいの距離ですか」
「五万歩ほど」
それを気配で察知できるのか。凄いな。
わたしにはちょっと真似できない。そもそも五万歩というと、相手を粒程度にしか認識できない距離だ。
近付いて来ているわけではないらしいので、安心して周囲の情報を集め続ける……と言いたい所だが。
相手はどんな訳が分からない事をやってくるか分からない。
距離なんてないようなものだろう。
だから、相手の注意を今は惹いてはいけない。
今わたしは、山の中腹で、洞窟に隠れながら作業をしているが。出来るだけ派手な行動は控えるべきだろう。
視界も遮られているのに相手の気配を察知できるのだから。
アルテミスはそれだけ凄いと言う事だ。
「それで今日はもう大丈夫ですか」
「はい。 おかげさまで」
昨日アルテミスは生理だったようだ。それで、トリステが安堵しているのをわたしは見ていた。
あれだけの暴行を受けていたのだ。
性暴力を受けていても不思議では無い。
あの勇者の子を孕んだりしていたら一大事、と思っていたのだろう。それが無かった事が分かっただけで不幸中の幸いと言う訳だ。
とりあえず、集落の情報を収集出来たか。
移動する。
近くの街に寄り、この辺りの通貨で紙を買い足しておく。普通紙というのはかなりの高級品なのだが。
世界がおかしくなってから、異常に安く大量に出回るようになっている。それも、紙の品質が非常に高くなっている。
紙だけはとても良くなったとクラウスがぼやいていたほどだ。
大量に紙を買い足しておくと、トリステは複雑そうな顔をしていた。わたしと違って表情豊かだ。
こいつとメリルが、わたしの陰口をたたいているのを、出る前に聞いた。まあ陰口を言っていたのはトリステで、メリルは聞いていただけだったが。表情皆無で不気味極まりない、だそうだ。
わたしも好きでそうなっているわけではないんだがな。
まあ勝手にしてくれ。別に何か悪口をいうだけで、相手に何かするつもりはない。
次の集落でも情報を集める。
聖女とはなにかが具体的に分からない。それが最大の問題ではあるのだが。もう一つ、問題がある。
奴は取り巻きを生やして自分をひたすら担がせているが。
それ以外に何をしているか分からないのだ。
作物が良く実るとか、魔物に襲われなくなるとか言っているが。
そもそも魔物とはなにか。
猛獣だったら分からないでもないのだが。ゴブリンやらオークやらがそうだとするのなら、あれは元は猿の一種だ。世界が書き換わってから魔物になったのだろうか。わたしにはそれはよく分からない。
「作物が実るという過去をねつ造するのは分かります。 害獣に襲われないようになるというのは、どういう理屈なんでしょうか」
「さあ」
アルテミスが小首を傾げているが。
わたしにも分からない。
トリステはそれを見てイライラしている。わたしとアルテミスが対等に口を利いているのが気にくわないらしい。
いずれにしても移動はあの二階建ての馬車でしているようで。
聖女は具体的に何をしているのかは、まったく分からないままだ。集落に来たと言う話はあるのだが。
聴取して見ると、偉大な力を使ってくださったとかいう抽象的な事だけ言われて。
それが魔法なのか。
それとも何かしらの能力なのかは、誰も答えられない。
要するに何をしているのか分からないし。その結果豊作やらが起きているのか、本当に分からない。
情報を集めながら次に。
ハルメンでは動物と混ざった人間はいないようだ。この辺りは、世界に降臨した狼藉者の趣味なのかも知れない。
情報を集めて回るが、あまりしつこく聴取すると、この物流がまるで機能していないどうして食っていけているか良く分からない世界でも、聖女に話が伝わるかも知れない。そうなると、時間も距離も無視して至近に来る可能性すらある。
それに奴の取り巻き同様、聖女に都合が良い存在がその辺りの集落に生やされている可能性だってある。
出来るだけ迅速に、情報を集めなければならなかった。
二日掛けて移動して、主に風魔法で情報を集めていると。
翌日聖女が王都に出向くという話が入ってきた。
何処で聞いたのか分からないが。聖女にとって都合がいい世界である。可能性はあるだろう。
ハルメンの元首都近くに潜伏する。
この辺りは以前探索したし、拠点も作ってある。
末の王女が串刺しになっているのを見て、ストレルが絶望していたっけ。好きだった人が死んでいるのを見た直後にあれだったし。まあ精神が不安定になるのも、仕方がないのだろう。
拠点に潜伏している間に、例の二階建ての馬車が来る。実用性皆無だし、護衛もついていない。
まあ聖女の能力から考えて護衛なんていらないんだろうが。
だとしたら取り巻きだっていらないと思うのだが。
風魔法で、情報を集める。
本当に聖女が来たが、どうやってそれを住民が知ったのか、さっぱり分からない。まあ都合が良い世界だから、そういうものなのだろう。
聖女を絶賛する声が聞こえる。
王族は総出で出迎えて、土下座しているようだ。
軍師どのが見たらキレるだろうな。「聖女が」か「世界が」かは分からないが勝手に改変した王家の設定を聞いて憤慨していたようだし。
アルテミスはにへらと笑っていたのが、表情が消えている。
「私の国も滅茶苦茶にされましたが、ハルメンもそれは同じみたいですね」
「ええ。 聖女は王族を土下座させた後、何やら口上を述べていますね」
「……」
トリステがメモしている。風魔法で拾っている口上は、身勝手と言うか独善的というか。
要約すると、婚約破棄したのは王家なので、今後数百年にわたって王家には不幸が続く。
不幸が続くが、聖女は被害者なので一切悪くない。
今後民も不幸になるが、それは全て王族のせい。
謝っても許さない。
だそうだ。
つまり王家に復讐するだけではなく、王家の付属品(妙な話だが)である国民も不幸にするし、それは当然の権利であると。ついでにそれを数百年続けると言うわけだ。
アンゼルですら聞いたら真顔になりそうな理屈だが。
驚く事に聖女を褒め称えている民も、聖女の取り巻きも、それをおかしいとはつゆほども思っていないようだった。
勿論聖女自身もそうだろう。
そして、婚約破棄した第七王子の目の前で、取り巻きとして生やした肉人形に抱きついてキスして見せる。
わたしはうえと声が漏れていた。
なんというか、醜悪だ。
この聖女の精神性がである。
少なくとも、信仰の対象が持つ精神ではないような気がする。いや、巨人なんかを信仰しているドラダンみたいな国もあるのだし、信仰というのは本来こういうものなのだろうか。
ちょっとそれは分からないが、まあそれについてはもういい。
いずれにしても、感情が薄いわたしですら、醜悪だなと思った。
とりあえずこれはよく分かった。あれを野放しにしていたら、仮に前回の混沌の時代の狼藉者達同様飽きたら塵になるとしても。世界にどれだけの悪影響があるか知れたものではない。
というか、人間性というものに、此処まで嫌悪感を感じたのは初めてかも知れない。
直接わたしを散々滅茶苦茶にしてくれた伯爵の事は今でも憎んでいるが、それは行動に対してだ。あの伯爵は半分以上狂気に飲まれていたようだし、今では狂犬に噛まれたと考えている。狂犬は憎いが、その人間性に怒りを覚えることはない。伯爵は色々な意味で人間と呼べる存在ではなかったからだ。
わたしはあの聖女に対する利害関係が一応はないから、今の時点で本来だったら憎む理由がない。
そんな状態で、この感情が浮かんで来たのは、わたしが人間らしくなってきたからなのか。
「これは正直早めに斃さないといけないですね。 人形ごっこにあの聖女が飽きる前に、この地が更地になりかねません」
「同感ですね……」
アルテミスの言葉に、トリステが呻く。
ちなみにどう不愉快になったのか、ちょっと聞いてみる。わたしはその辺りが、どうもよく分からないからだ。
「……うーん、アイーシャさんの事情は分かるので、簡単にかいつまんでいうと。 女性のエゴを最大限肥大化させて、暴走させているような行動をしていますあの聖女」
「女性のだめな所を全部集めてそれを本人が理解していない感じです」
わたしにはトリステはある程度生意気な口調で言う。
敬語を使っているが、不満がありありと出ていた。
それに、やはり自我が薄いらしいわたしの事を内心で軽蔑しているのだろう。
まあ、どうでもいい。
「一度戻りますか」
「そうですね。 ただ今動くと察知される可能性があります。 聖女が満足して街を離れてから、移動しましょう」
「分かりました」
わたしは移動の準備をしておく。
トリステはまだ子供でも騎士として現役で働いている人間だ。すぐに此処を離脱する準備を始めていた。
その間も風魔法で調べているのだが。
ふと気付く。
「……あれ」
「どうしましたアイーシャさん」
「街の女性が減っているような気がします」
「!」
アルテミスが真顔になる。
帰路で街を確認しようと言われた。トリステが帰路を地図上ですぐに策定してくれる。
わたしは頷くと、聖女が取り巻きを侍らせながら、二階建ての馬車で首都を出ていくのを見送る。
呆れた話で、真っ昼間から二階建ての馬車の中で自分に都合がいい肉人形と乳繰り合っているようだ。
それを確認してから、街の様子を確認。
やはりだ。
十代後半から二十代の適齢期の女性が明確に減っている。
それだけじゃない。
今気付いたが、男性もやたらとどれもこれも顔が整っている様子だ。それも不自然なくらいに。
拡大視の魔法で、二人に情報を共有する。
アルテミスが黙り込む。
トリステはしばらく見た後、ぼやいていた。
「これって、後から更に自分に都合良く国を改変できるってことなんでしょうか」
「可能性はあります」
「? どういうことですか」
「自分より美しい同性の人間はいらない。 醜い男性もいらない。 そういうことなのかと」
ああ、なるほど。
要するに美しい異性だけにして、それを全部独り占めにしたいというわけだ。美しい同性は自分を脅かす可能性があるからいらない。
そして男性は、全員例外なく美しくして、自分を崇拝させたいと。
クタノーンでみた、全ての人間が女になっていて、戦王とやらとの情交を望んでいるおぞましい光景。
あれほど露骨ではないが、此処でも似たことが起きていると言う訳だ。
とりあえず、戻りながら他の街も確認する。
それらでも、だいたい似たような状況のようだ。女性は幼児か中年以上の人だけ。それも幼児だけは異様に可愛らしくされていて。中年以上の女性は逆に醜く改変されているようである。
すぐに戻る。
確かにこれは一刻でも早く抹殺しないといけない。
データを取りながら戻る。
このままでいると、ハルメンという国は、粘土細工のように弄くり回された挙げ句、最後の一人まで死ぬかも知れない。
あの聖女は飽きて塵になるかも知れないが。
それまでにどれだけの人間が犠牲になるかしれたものではなかった。
スポリファール国境の街の拠点に到達。
見ると、厩舎が作られている。
鶏が飼われていて、世話をクラウスとメリルがやっているようだ。
「戻りました」
「メリル、鶏の世話を頼む」
「はい!」
メリルは働き者に見えるが、実際には働かないと殺されるという強迫観念からその行動が来ている。
それを知っているから、わたしは一生懸命働いているメリルを一瞥だけした。わたしも同類だ。だから哀れまない。
すぐに持ち帰った情報を披露する。
軍師殿は噴き上がっていた。
「許せない……!」
「ただ、あれは厄介ですよ。 遠巻きに確認しましたけれど、取り巻きに生やしている肉人形達。 あれは勇者の取り巻きの耳がついた割烹着女達と殆ど実力が変わらないと思います」
「しかも勇者と違って聖女は話を聞く限り戦闘にそれほど興味がないようだ。 石を投擲しても、そのまま回避に入る可能性がある。 どうにかして、奴の動きを止めないとまずい」
それも数秒という単位でだ。
かなり厳しいと思う。
だが、投石以外ではどうか。
「聖女という狼藉者は、恐らくですがハルメンを自分にとって快適なものだけで埋め尽くしているとみて良いでしょう。 今だと美しい女性は入るだけで攻撃される可能性があるとみて良いです。 事実自分に都合が良く作りあげた国ですら、今現在進行形にて改悪している」
「しかし投石以外だとどうすれば」
「アイーシャさん。 金をガントレットに加工してください」
まあ、出来なくはないが。
まさか、石を掴んで、それを刺すのか。
しかし出来るだろうか。
相手はあれだけの護衛を生やして、周囲に侍らせているのだが。
それに醜い男性は全て排除し、美しい女性も全員排除してしまっている。近付くのは難易度が高い。
魔法などでの接近も厳しいだろう。
「美しい男性が近付いて刺すと言う手は」
「駄目ですね。 多分一瞬で精神を汚染されて、聖女の手先にされてしまうかと思います」
「怪しまれずに近付く必要があると。 しかしどうやって」
「アルテミスさん」
アルテミスに、二秒時間を稼げるかと、軍師どのはいう。
アルテミスは頷く。あの取り巻き達全員相手にして、勝てる見込みはないが、二秒だけだったら動きを止められると言う。
聖女自身は幸い戦闘タイプではないようだと、アルテミスは告げる。
この辺りは、おぞましい数の修羅場を潜ってきたからこそ断言できる事なのだろう。
「充分です。 二秒間あれば、ある程度出来る事はあります。 後は問題なのは、戦闘タイプではないとしても、恐らく自衛用の能力を聖女が持っていること。 命がけになると思います」
「わたしがやりましょうか」
わたしが挙手。
今でこそ容姿がどうこうと言われる事があるが、幼い頃は髪を洗われて始めて赤髪だと分かったように。
容姿を滅茶苦茶に崩す方法なんて幾らでもある。背だってそこまで高くは無い。ギリギリ子供を装える。
一瞥したが、ストレルはそもそも精神的にもう駄目だろう。家事なんかは出来るだろうが。それで限界だ。
だが、軍師どのは首を横に振る。
「残念ですが、魔法を使った時点で全て察知されて対策されると思います。 魔法なしの身体能力が充分で、なおかつ聖女が敵意を抱かない姿でなければなりません」
「だとすると私ですね」
トリステが言う。
青ざめている。
分かっている筈だ。恐らく生きて戻れる保証なんてないと。それでも、スポリファールの騎士として。
この子供は。わたしに当たりが強いこの生意気な子供は、立候補していた。
「二秒あれば、聖女に石を当てることは出来ると思います」
「……お願いします」
「私では駄目か」
見かねてアプサラスが立ち上がるが。
軍師殿はそれを却下していた。
「アプサラスさん、貴方はすこし聖女が嫌う年齢を超え始めていますが、それはそれとして長年の指揮官としての貫禄が出過ぎています。 聖女は貴方を即座に警戒するでしょう」
「そうか……」
作戦を軍師殿が説明する。
此処にいる全員が参加して、一瞬で聖女を仕留める。
聖女と戦王は最優先駆除対象だ。二人を斃してから、次に剣聖も斃す。カヨコンクムの支配者は今の時点ではそこまで危険性がない。国は無茶苦茶にしているが、それ以上勢力を拡大するつもりもないようだし、後回しで良いと軍師殿はいう。
すぐに全員が動き始める。
厳しい戦いになるのは、目に見えていた。