辺境伯令嬢の追放行脚   作:dwwyakata@2024

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極限まで荒淫を極めた相手との戦い。

まあウス=イ本空間を実際に展開して、それに自分の領域内の人間全部を強制的に従わせているような相手です。

斃すためには相応の条件が必要です。

アイーシャはそれに最適だった……ということですね。色々な意味で。

メリルは補佐役です。なんでもバディを組むと色々成功率が上がるものです。






3、堕落の果て

荷車ごと、移動を続ける。

 

旧というべきなのだろうか。クタノーンに入るのはわたしとメリルだけだ。メリルは青ざめている。

 

あのハーレムとやらの異様な光景。

 

足が竦んでしまうというのが事実なのだろう。

 

何らかの理由で性欲が異常に強い人間は、男性女性関係無くいるらしい。それについてはわたしも知っている。

 

例えばあの海賊女王なんかはそうだっただろう。

 

だから見た事がない相手、と言う訳でもない。

 

しかしながら戦王は、その自分の欲求に国全部をつきあわせている。それは良い事とは言えないだろう。

 

しかも邪魔な男性は全排除。

 

いずれにしても、そんな輩はどうにかしておかないと。それがもしずっと生きでもしたら、確かに非常に危険だとしか言わざるを得ない。

 

メリルをつきあわせるのはちょっと悪い。

 

ただ、金の台座に乗せている白い石は、そもそも扱いが極めて危険なものなのだ。わたし一人だけではなく、補助がついていた方が良い。

 

他にも誰か子供がいれば話は別だったのだろうが。

 

トリステは聖女に殺されてしまった。

 

だから、この子に任せるしかない。

 

移動は日中にやるしかない。

 

土魔法と風魔法の出力も抑えなければならないから、移動速度も制限される。それでいながら、日差しがきつい。

 

連日これがきつくなっている気がする。

 

それでいながら、風は冷たいのだから不可解極まりない。

 

ともかく、荒野を行く。

 

殆ど動物は見かけない。

 

異様な光景なのは、これも同じか。

 

そもそもあの戦王にいらないものは、男性や食事といったものも含め全排除されているような状態だ。

 

そう考えると、自分の所有物を脅かすようなものは必要ないのかも知れない。

 

それで気付く。

 

捨てられていた女達。

 

あれは戦王が飽きたのではあるまいか。

 

だから命も止めて捨てたのか。

 

だとすると、そのおぞましさはちょっと想像を絶する。

 

多数の異性を侍らせるのは、それらを養えるならありなのだろう。別に色々な国を見てきたし、それがおかしいとはわたしは思わない。

 

だが戦王には、その甲斐性などないということだ。

 

甲斐性がないから、甲斐性がなくても問題ないように国ごと法則を変更して、連日情交にふけっていると。

 

まあ聖女も似たようなものだったし、いずれも狼藉者はこんな連中ということなのだろうが。

 

夜間は移動を控える。

 

戦王に近付けば近付くほど影響は強くなる。メリルも熱っぽくなっているようだ。

 

まだこんな幼い子でも、戦王は容赦なく強姦して、死ぬまでそれを続けるだろう。

 

作戦は簡単極まりないが、それでも失敗するわけにはいかない。

 

軍師どのは言っていた。

 

複雑な作戦よりも、単純な作戦の方が優れている。

 

作戦の実施過程で混乱が起きないし、何よりも戦術をこねくりまわした所で、勢いに押し切られる方が多いのだと。

 

戦いのほとんどは、総合的な戦力を数字で見て、それが勝っている方が勝つ。

 

ただそれだけだと。

 

確かに、まだ子供なのに、旧パッナーロを使って二つの大国を弱体化させ、スポリファールにも大きなくさびを打ち込んだ大軍師のいうことだ。

 

それを信じてみても良いだろう。

 

そうして、あの不可解な形状をした宮殿に出向く。

 

到着は夕方少し前。

 

戦王が起きてくる頃だ。宮殿の近くに拠点を作り、其処に身を潜めて待つ。メリルを見ると、うっとりしたようにして汗を拭っている。

 

影響を受けている、ということだ。

 

「静かにしていてください」

 

「はい……」

 

メリルは頷くと、渡されている手ぬぐいを噛む。

 

例のように二人とも裸同然の格好なので、そうするくらいしか凌ぐ手がない。しばらく見ていると。

 

まるで操られているかのように、ふらふらと女があのハーレムだかに吸い込まれていく。外まで情交の音が聞こえるか、というとそんなこともなく。

 

しかし次々に壊れた女が外に放り出されていき。それは夜半までに八人、それ以降も更に増えるばかりだった。

 

最低の輩だな。

 

そう思ったが、口にはしない。

 

隣でメリルがぐったりしている。すこしはわたしも心が痛む。

 

またハーレムやらから一人放り捨てられる。ああやって捨てられた者は殆どそのまま死んでしまうようだが。

 

死体は腐らず、獣も喰い漁らない。

 

獣はいないし、そもそも腐ると臭い。腐臭なんて戦王にはいらないというわけだ。

 

夜明け近くまでに、更に数人が外に放り捨てられた。

 

放り捨てていく女達は、行動に何かしら感情を見せている様子はない。

 

戦王は勇者や聖女、剣聖と違って取り巻きを置いていなかったが。ひょっとすると、状態に応じてあれらは順番に取り巻きになっているのかも知れない。

 

だとすると、上から石を落とせと言われたのは正解だ。

 

自分に害為す存在は、存在そのものを許さない。

 

それが戦王が支配したクタノーンの現在の法則だ。

 

ハーレムの中を歩いて行って、戦王に石を直に落としてはどうかと、アプサラスから提案はあった。

 

だが、それもこの様子では無理だろう。

 

最後の一人らしいのが放り出される。

 

あれはメリルよりさらにだいぶ小さい子供だ。出血の様子からして、子宮が破裂しているかも知れない。

 

勿論戦王にはどうでもいいのだろう。

 

無言のまま、機会を窺う。

 

程なく、気配が急に弱くなった。

 

よし。行動開始。

 

戦王が寝たのだ。

 

まず移動する。大量の死体を避けながら、変な建物に近付き、外壁に貼り付く。メリルも側にいるが、やっぱり相当に辛いようで、ずっと布を噛んでいた。

 

外壁を土魔法で操作して。金で包んである小石ごと移動する。移動先は、球状の変な屋根の上。

 

近付く過程で目視している。

 

戦王は今日も、この平屋のど真ん中で大の字になって真っ裸のまま寝ているようだった。

 

金はメリルに任せてある。

 

必死にぎゅっと抱えているが、いつ落としてもおかしくはない。わたしが持つのはちょっとリスクが大きい。

 

土魔法の制御もある。

 

何より、戦王を仕留めた後、このハーレムとやらの建物がどう崩れるか、わかったものではないのだ。

 

よし、かなり高い所まで出た。それなりに高さはある。中身がスカスカで、どうしてこんな形状にしたのは分からないが。

 

穴を土魔法で開けて、下を確認。

 

ぐっすり寝ていやがる。日が差さないように工夫して、何回か穴を開けつつ移動。戦王の真上に移動する。

 

気付かれたら終わりだ。

 

恐らく戦王は名前と裏腹に戦闘技能そのものは一切持っていないとみて良い。奴が出来るのは、排除だけ。

 

その排除も、奴の領域の外縁ですら、吹っ飛ばされるほどの破壊力なのだ。

 

此処でわたし達を排除しよう何て戦王が思考した瞬間、聖女に殺されたトリステみたいに、挽肉も残らないだろう。

 

相手の直上を計算する方法も教わっている。

 

よし、ここでいい。

 

直上だと流石に日が差し込むので、それで戦王が気付く可能性がある。

 

昨晩夕方から夜明けまで、思う存分性欲を発散して。戦王はだらしなく寝ているが。それを誰も害そうとしていない。

 

周りに侍っている女は、まるで人形同然に立ち尽くしている。

 

此処から離れた集落の人間はまだ喋るくらいの事は出来たようだが。ここに入ってしまうと、戦王の能力もあってもう完全に性欲発散用の肉人形と化してしまうのだろう。酷い、話なんだろうな。

 

少なくともわたしが殺して来た賊なんかよりも、更に酷い。

 

賊共も精神性は同じだったと思う。

 

此奴の場合は、賊と同じ精神性で、奴らが妄想しかできなかった事を実現できてしまうという事が著しくまずい。

 

そういうものなのだ。

 

よし、大丈夫だ。直上を取った。

 

メリルが限界近い。側に抱き寄せると、金で包んだ石を受け取る。この金も、かなり限界が近い。

 

特に人間が金に触っていると、どういう理屈か腐食が進む速度が上がるようなのだ。これは聖女を斃すときに、わたしも金を土魔法で操作していたから、分かっている。

 

よし、メリルに言う。

 

掴まっていて、と。

 

そしてわたしは、金で包んでいた石の。下の部分の金を排除する。元々魔法は一切受けつけないのだ。

 

そのまま、すっと音もなく、白い石は落ちていった。

 

戦王が目を開ける。

 

にやっと笑っていた。

 

気付いていたぞ愚か者。

 

そう言っているかのようだ。そして、落ちてくる石を、そのまま掴もうとしていた。わたしに、嫌な臭いが吹き付けてくる。一瞬で本来だったら、思考能力すら奪い去る程の強烈なものだったのだろう。

 

事実、メリルが明らかに脱力するのが分かった。

 

だが。戦王は嗤いながら、白い石を掴んだ。

 

それで終わりだ。

 

石は戦王の手を砕きながら、体にそのままめり込む。戦王はそれでも嗤っていた。勇者のように、無敵回復も備えているのだろう。

 

確かに半日以上、情交を続けられるのだ。しかも食事も一切せずに。だったら、体力も無限なのかも知れない。

 

その最高の能力を持っているという油断が。

 

戦王を終わらせた。

 

体に大穴が空いた戦王は、塩になって崩れて行く。

 

最初、にやついていた戦王は、筋肉質の体が見る間に崩れて行き。それを見て、目を見開いて絶叫した。

 

「な、何をした、何をしたああああっ!」

 

恐らく、わたし達を「自分の世界」から放り出そうと全力で力を出そうとしたのだろう。だが崩れゆく戦王は、既にその力もなかった。

 

バラバラになっていく体が、醜く膨らんでいく。

 

顔もどちらかというと野性味がある精悍な男だったのが、すぐに崩れていった。

 

頭が爆ぜ割れる。

 

それを見て、メリルがひっとちいさな悲鳴を上げていた。そして、ハーレムとやらが倒壊し始める。

 

魔法。使える。

 

全力で風魔法展開。

 

何より石が深く沈むと回収が大変だ。崩壊していくハーレムとやらを、外側に吹き飛ばして、粉々に。

 

わたしは着地すると、そこらに散らばっている大量の裸の女体が、全て腐っていくのを横目に。

 

荷車に走っていた。

 

何度も吐き戻しているメリルに羽織を被せると、わたしは持って来ていた金の塊を操作。そのまま、土魔法を使って、沈み込んでいる白い石を回収に入る。本当に地面に際限なく潜って行くな。

 

三度もこれで狼藉者を仕留めたが、それでも分からない。これはなんなのだろう。

 

これまでに三人の狼藉者を斃したこの石は、誰が触っても無事ではすまない。あれほどの最強の存在が触って、それでひとたまりもなかったのだ。

 

必死に掘り返して、やっと追いつく。それで、金で白い石を包んで。

 

一瞬だけ、触れた。

 

ばちんと、激しい衝撃があった。不注意だった。あ、これは死んだなと思ったけれども。

 

なんだろう。

 

体に激しい痛みは走ったけれど、全身に崩壊が波及していくような事はない。それどころか、なんだこれは。

 

見えるのは、真っ暗な世界。

 

所々に光が浮かんでいて、そんな中を飛んでいくのは、よく分からない。建物だろうか。船だろうか。

 

一瞬だけ見えたそれが、何なのかは一切理解出来なかった。

 

ともかく。一瞬だけ触れてしまった指先は、赤く腫れていたが。動かせないほどではない。

 

触ってしまったことは、素直に軍師どのに話そう。

 

そうわたしは思った。

 

 

 

石を荷車に積み直す。

 

体が崩壊するようなこともなく、痛みも治まっていた。

 

メリルは何度も吐いて、腹の中にあったもの全部を出し切ってしまった。

 

わたしは平気だ。

 

アンゼルと一緒に数限りなく賊を始末してきたのだ。

 

このくらいの死と殺戮、目の前にするのは幾度めかすら覚えていない。直に手に掛けた訳ではないとはいえ、わたしが魔法で殺した人数なんて、このハーレムとかいう場所で死んだ人数なんか比べものにならないだろうし。

 

酷い臭いについても、既に風魔法で遮断している。

 

それにしても、これは死臭だけではないな。情交の臭いを、そのまま腐敗させたものだ。この国はしばらくの間、ずっとこんな臭いが漂い続けているのだろう。

 

メリルに粥を食べさせて、まずは体力をつけさせる。

 

わたしは干し肉をそのままかじる。

 

体力は落ちていない。

 

魔力を消耗したから補給する。いつもと同じ事をするだけである。そして改めて確認するが、死体は比較的マシなものでも腐り始めていて。つまり戦王とやらは、死体を動かして情交にふけっていたとみて良いだろう。

 

世界の法則を書き換えるというのは。

 

これほど無茶苦茶だということだ。

 

本人がそれをどれくらい理解していたのかは、よく分からない。

 

ただはっきりしているのは。

 

恐らくクタノーンは終わりだ。

 

生きている人間は、いないと見て良さそうだ。

 

スポリファールやハルメンよりも更に世界の法則をねじ曲げていた。住んでいた人間に、それだけ無茶な負荷が掛かった。

 

性欲だけが最優先され、食事すらしない世界。

 

それでは、その無理が途切れた瞬間、こうなるのは当然だったのかも知れない。

 

そしてもし戦王が、他の狼藉者がいなくなった地域に支配の手でも伸ばそうものなら。

 

世界中が死人の野になりはてていただろう。

 

まだ被害を抑えられたと考えるべきか。

 

それにしても、この狼藉者達は本当にどこから来たのだろう。

 

転生神とやらが送り込んできているのか。それともグンリで聞いたように、それを騙る悪魔とやらが送り込んできているのか。

 

いずれにしても、全て始末しないとダメだろう。

 

数百年後はどうなるか分からないが。

 

出現し次第、見敵必殺の覚悟で対応しなければいけないはずだ。

 

ともかく、服を着直す。

 

メリルも、くすんくすんと泣きながら、持って来ていた自分の服を着直していた。

 

わたしは反吐を吐きたくなったが我慢する。

 

そして、帰路についた。

 

移動魔法にあわせて、風魔法での臭い防御を働かせながら行く。

 

そうしないと、流石に不快感が凄まじかったからだ。

 

クタノーンの各地を帰路に見て回るが、予想通り生存者の姿は見受けられない。

 

また、死体はどれも十代から二十代後半くらいまでの女性中心で全て固定されているようだ。それより多少上下はするようだが。それでもあまりそれらの年齢から離れた人間の死体はない。

 

この様子だと、戦王は自分にとって不要な存在は、顕現と同時に全て消し飛ばしてしまったのだろう。

 

男も赤子も老人も。

 

そして残った女は自分好みの容姿に改造し。

 

全裸同然の格好にし。

 

自分に都合がいい性欲発散用の肉人形へと変えた、というわけだ。

 

とにかく急ぐ。

 

メリルはずっと帰路泣いていたが、それを責める気にはなれなかった。戦王はこんな子まで汚い牙に掛けようとしていたようだから。それにメリルは気付いていたのだろう。

 

程なくして、国境に出る。

 

無事に戻って来たのを見て、アプサラスが嘆息する。

 

国境を越えるが、その時違和感みたいなのはなかった。

 

つまり、戦王の領域は消えてなくなったということだ。

 

あの不愉快な臭いは、残り香みたいなもので。

 

いずれ消えていくのだろう。

 

「良く戻った。 今度は二人とも無事だったのだな」

 

「わたし達は。 この国の民は全滅してしまったでしょうね」

 

「そうか。 戦王が倒れたことは良かったが、それは特大の悲報だな」

 

体を洗うように言われたので、頷く。

 

ストレルの姿がない。

 

作った拠点の奧には湯浴み場もある。其処で体を念入りに水魔法で綺麗にして、嫌な臭いを落としてから。

 

ストレルがいないことを念入りに確認して聞くと。

 

軍師どのが俯いていた。

 

「ストレル一佐は、目を離した隙にクタノーンに入り込んでしまって……」

 

「!」

 

「入り込んだ瞬間に、明らかに発狂して、奧へと走りだしてしまいました。 好きだっただろう人物の名を叫んで、次の瞬間全身が破裂して……」

 

「自分以外の男の名を口にするなんて、許さないと言う訳だ。 どこまで醜い思想の持ち主だったのだろうな戦王は」

 

クラウスが、明かな怒りを口に含ませながら言う。

 

そうか、犠牲なしには斃せなかったか。

 

精神を病みかけていたストレルだ。このまま衰弱して死んでしまった可能性もあった。

 

最後の瞬間、せめていい夢でも見られたのだろうか。

 

それはわたしには分からない。

 

少なくとも、あの戦王の領域が世界中に広がっていたら、全てが終わりだったことは良く理解出来た。

 

メリルの体も、水魔法で隅々まで洗っておく。

 

その後、軍師殿にあの石に一瞬だけ触れたかも知れないと告げて、クラウスに診てもらう。

 

医療魔法の使い手としては、クラウスの方が格上だ。

 

クラウスはあらゆる診療の魔法をわたしとメリルに掛けていたが。

 

やがて、嘆息していた。

 

「幸いなことに無事だ。 孕んでいるようなこともない」

 

「孕む?」

 

「あんな空間だ。 いるだけで孕んでいてもおかしくないだろう」

 

「ああ、なるほど。 子供なんてどうでもいいですが、確かにあの戦王の子を孕むなんて冗談じゃありませんね」

 

今更ながら気付いた。

 

メリルはそれを聞くと、またひっと声を上げていた。

 

わたしの異常性もそうだが。

 

メリルからして化け物にしか見えなかっただろうあの戦王の、しかも子を孕むという事の意味が理解出来ているのかもしれなかった。

 

いい加減泣き止めということもできまい。

 

下手をするとメリルは心を壊す。

 

わたしみたいに。

 

せめてストレルがまともなままで、それで生きていてくれれば話は別だったのだろうが。

 

アプサラスが、メリルを抱きしめて。ぐっと頭を抑える。

 

沈痛な表情だ。

 

冷静な司令官だろうに。

 

「作戦を立てたのはリョウメイ軍師だが、作戦の許可を出したのは私だ。 怖い思いをさせたな。 すまない」

 

「……」

 

ずっと胸の内で泣いているメリルに、随分とアプサラスは優しいな。

 

わたしはそれから、軍師殿に聴取された。

 

そしてその後、クラウスとアルテミスが、クタノーンの様子を見に行く。帰路生存者がいないことは確認していたが。

 

やはり、二人が見て回っても、生存者は確認できないようだった。

 

消耗がひどいので、二日ほど時間をおく。その間、メリルはずっとつらそうにしていて。アプサラスが側に出来るだけついていた。

 

わたしは恐らくメリルの力にはなってやれない。

 

だから、その行動を見ている事しかできなかった。

 

その間、グンリ領に偵察に出ていたカルキーが戻ってくる。カルキーは青ざめていた。

 

「副騎士団長!」

 

「もうその呼び名は止せ。 それで何が起きた」

 

「大変です。 懸念していた事が起き始めています」

 

「!」

 

カルキーは言う。

 

剣聖の領域が、グンリ方面へと広がっていると。剣聖が世直しと称して、弟子とか言う女を引き連れて、グンリに入ったのを確認したと。そして剣聖が足を踏み入れた領域では、奴の思うように悪人が現れ。

 

剣聖が楽しむためだけに斬られたのだと。

 

「最初に奴らの領域が決まったとして、それがずっと固定では無いかも知れないという軍師どのの仮説があたったな。 そうなると剣聖と、後はカヨコンクムにいる女も警戒度を上げなければならん。 剣聖は行く先の人間を片っ端から楽しみの道具として消費しかねない。 もう一人の女も、幼児以外は皆殺しにしているか、或いはもとの人間を幼児にしているとみていい。 性格を歪めた上でな。 どちらも長く存在させると、この世界が破綻しかねない」

 

「しかも剣聖はグンリに足を伸ばしていると言う事は……アイーシャさんの報告にあった境界に近付こうと、一向に気にしていないと言う事を意味しています。 比較的人間が残っているグンリとドラダンが潰されたら、この世界の復興は文字通り絶望的になるでしょうね」

 

「まずいぞ……」

 

アプサラスが呻く。

 

アルテミスとクラウスが戻って来た。

 

二人で辺境を中心にクタノーンを見てきたようだが、やはり生存者は絶望的だということだった。

 

それで、この凶報である。

 

既に開放したスポリファールの旧パッナーロ領にも、剣聖は足を伸ばしてくるかもしれない。

 

そうなったら、破滅が更に拡大する事だろう。

 

アプサラスが咳払い。

 

「戦略を前倒しにする。 出来るだけ急いで剣聖を斃す。 ただ問題がある」

 

アプサラスは皆を見回す。

 

わたしが戦王を斃しに出向いている間、剣聖に関しての偵察をアルテミスが進めていたらしい。

 

それで分かってきた事があるのだが。

 

剣聖は攻撃を回避するのだとか。

 

それは、極めてまずい。

 

今までの連中は、自分を曲解した能力に起因する無敵防御で守っていたし。無敵再生で何されても平気と考えている節があった。

 

剣聖はどうやら相手にある程度攻撃させて、それを回避して見せて、力の差を見せつけてたのしんでいる節がある。

 

勿論当たっても平気だと思っているのだろうが。

 

回避を積極的にしている、というのだ。

 

「かなり距離をおいて観察していても、剣聖は私に気付いていました。 あれはどう考えても、石を不意打ちで当てるのは無理でしょうね」

 

「それは……まずいな」

 

「弟子と称する女も、いずれも私では手が出ない実力者です。 過剰武力を持ち、それを使って遊んでいる。 それが剣聖です。 他と違うのは、相手に反撃をわざとさせて、弄んでいると言う事です」

 

非常にまずいな。

 

例えば聖女がそうだったが、瞬きする時間で判断し、その間に加速して接近したトリステを殺戮した。

 

勇者だってそれは当然出来ただろうし。

 

戦王も寝ている状態から、念入りに気配を消して行動していたわたしに気付いていた。

 

つまり剣聖は、素の実力はともかくとして、石を当てるという観点では、どうしようもないと言う事だ。

 

避ける事を前提としているのだとすると、どうすればいい。

 

しかも奴は弟子と称する女を侍らせていて、それ以外の人間を近づける気配がないということだ。

 

世直しごっこをしていても、人間そのものが嫌いとみていい。

 

人間がきらいなのはわたしも同じだが。

 

それにしても今までのと違ってつけいる隙がない。

 

挙手するクラウス。

 

「もう一人の女のほうから斃すべきではないだろうか」

 

「軍師殿、どうする」

 

「いえ、もう一人の女性は、偵察した限り暴虐を振るってはいないようです。 他の狼藉者とは、やりたいことが違うのかも知れません。 剣聖の方が危険度は段違いに上とみて良いでしょう。 先にどうにかしないといけないのは、剣聖です」

 

グンリにまで足を踏み入れたのだ。

 

ドラダンだって蹂躙しに行くだろうし。

 

更には、スポリファールにも入り込む可能性がある。

 

ただでさえ滅茶苦茶にされた所にもう一度来られたら、それこそ再起の芽は摘まれてしまうことになる。

 

それだけは、許してはならないのだ。

 

軍師殿がいう。

 

「アルテミスさん、剣聖を相手にどれくらい戦えますか」

 

「一秒もたないとおもいます」

 

「……弟子達の場合は」

 

「三秒もたないでしょうね」

 

ぼへえと、いつものしまらない笑み。

 

アルテミスはもう完全に体も治っている。だが、それでも。世界最強の騎士がそうまでいうほどの相手だ。

 

軍師殿は必死に考えているようだが。

 

これは難題だろうなと、端から見ていてわたしは同情するのだった。







世界に対する危険度はあくまで「比較して」低いだけです。

後回しにしていた奴が牙を剥き始めました。

遊び場を拡大されればそれは当然、多くの人が蹂躙されるし。なんなら自分だって巻き込まれる可能性が上がるのです。


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