指先に触れたあの白い石。
数日はなんの影響もなかったのだが。だが今は妙な夢を見るようになって来ていた。
あの境界の向こうの世界みたいな場所に、光り輝く何かが降り立つ。そこから現れたのは、同じように光り輝く存在だ。人型に近いが、全部光っていてよく分からない。
それらは、まったく分からない音を発している。
或いは、聞いたことがない言葉かもしれない。
だが、不意にその意味が理解出来る。
「ひどい有様だ。 我々は銀河連邦条約で介入できないとは言え、このような致命的な核融合兵器による文明の破滅をただ見ている事しか許されないとは」
「ぼやくな。 宇宙まで進出出来る種族は、知的生命体全体の2%にも達しないんだ。 この文明は良くやれた方さ。 部分的には宇宙に出られたんだからな」
「我々がやるのは文明の保全だ。 例の装置を使って、環境を再生させろ。 環境を再生させた後は、此処は保護区にする。 見た感じ恒星はかなり安定しているし、恐らくはこの星の50億周期先くらいまで爆発はしないだろう。 その前くらいには、生命の記録を脱出させれば問題あるまい」
「ではそのように。 この文明が発達したかどうなるかのシミュレーションもさせておきましょう」
光るなんかよく分からないものが、まったく分からない会話をしている。
やがて目が覚めた。
こんな夢を何回もみた。
わたしは学がないから、これがなんなのかはまるで分からない。そもそも、何を喋っているかまるで理解出来なかった。
ともかく、変な夢をみた。
それだけだ。
起きだすと、ずっと汗を掻いて寝苦しそうなメリルを起こす。
メリルは起きると、こくりと頷いて、顔を洗いにいった。拠点に作ってある水場では、洗面も出来る。
起きだすと、外でカルキーとアプサラスが話している。
「アルテミスの話によると、剣聖は領域の隅々まで把握しているようです。 非常に用心深いとみて良いでしょう。 特に敵意は即座に察するようでして」
「恐らく我々のことは知った上で泳がせていると見て良さそうだな。 友好的なフリをして近付いて石を握らせることも出来ないという訳か」
「残念ながら……」
「厄介極まりない。 憶病というのは意外に優秀な性格だ。 他の狼藉者よりも、一段格上なのかもしれないな。 絶対に自分が斃されないような工夫を、更に一枚上手に組んでいる印象だ」
アプサラスが此方に気付く。
わたしに対して、それほど友好的には見えないアプサラスだが。
それでも、わたしに辛く当たることはない。
「うなされていたが、戦王との死闘でも夢に見たのか」
「いえ、全く理解出来ない夢でした。 何回か同じ夢を見たし、軍師殿に内容は説明したんですが、なにぶんわたしでは理解出来ない単語が多数出てくるもので」
「そうか。 いずれにしてもあんな空間に出向いたんだ。 幼い頃に色々不具合が体に起きたとは言え、今後何か悪影響が出てもおかしくない。 剣聖との戦いまでに、万全に調整してくれ」
「はあ、わかりました」
まあ、それでいいか。
わたしも魔力を練ると、アルテミスと組んで様子を見に行く。
剣聖の領域は比較的危険度が低いが、それは奴と離れて行動している分にはだ。
剣聖が気分次第で行く所、剣聖にとって都合がいい悪人が生じ。悪人とされたら、絶対に剣聖からは逃れられない。
従えている肉人形の実力も、アルテミスでさえどうにもできないレベルだ。
しかも用心深い。
投石で斃すみたいな戦術は通用しないだろう。
あれは一度見られたら終わりだ。
相手が遊んでいる状態ですら、世界最強の人間が手も足も出無いのである。もし本気で掛かって来たら、それこそ何も認識すらできずに殺される。
そういう相手なのである。
ストレルが命を落としたことで、此方は更に手札を失っている。もうこれ以上戦力を失う訳にはいかないだろう。
「剣聖です」
「良く気付きますね」
「まあ。 仕事ですので」
アルテミスが指定した距離は、それこそわたしの移動魔法でも数刻は掛かる。その先から気付くのだから、凄まじい。
勿論向こうも気付いているだろう。
拡大視の魔法を使って、剣聖を見るが。
露骨に視線があったので、おうとぼやいてしまう。
いつでも仕掛けて来い。
にやつきながら、そう笑っているような雰囲気だ。
それでいて回避をまず考える奴である。さてあいつに、どう石をぶち当てたものか。
出来るだけ、もう石には触るな。
そうわたしは言われている。
だが、やるしかないかもしれない。
剣聖を斃しても、まだもう一人いるのだ。
剣聖との戦いは、今まででももっとも厳しいものになる。かなり正面からやりあった聖女も、あれは油断していた。
今回の相手は、自分の防御力を知っているし、それでいながら回避を主体にしている。動きを止めるような魔法も、あらかた通じないだろう。
「私の固有魔法、必中なんですよ」
不意にアルテミスが言う。
そう言われると、確かに分かる。
あのアンゼルが、隕石みたいなのろのろした魔法に巻き込まれているのを見た。アルテミスの固有魔法が、必中を誘発するのであれば、それも納得が行く。
だが、そのアルテミスでも。
勇者には攻撃を擦らせる事さえ出来なかったという。
「魔法そのものが通じないんですあれらには。 隕石の魔法を飽和攻撃しても、まったく無意味でしょうね」
「軍師殿は策を出せるんでしょうか」
「さあ。 ただ剣聖が油断しているのは事実です。 此方に気付いていながら、殺しにもこないのがその理由です」
わたしは拡大視の魔法で、弟子だという連中を見る。
どれも若い女だ。髪の毛の色がどれも変だが、どれもこれも異常に容姿が整っている。
剣聖が中年の男性で、それでいながらやたらと顔が整っていて、それでいながら「くたびれている」風を装っていることを考えると。
なんだかこれも、戦王ほど酷くはないにしても。
暗い願望が透けて見えてしまう。
何しろ、時々弟子が剣聖にくっついて話しているのだ。
確か見分け方として、腰を相手の体につけているかどうかで分かるとかいう話があったか。
それで肉体関係があるかどうかが分かるらしい。
それに沿うなら、あの剣聖は弟子とやらに全部手を出していると言う事で。
その辺は勇者や聖女と同じか。
自分に都合がいい肉人形を生やしている、という観点で。
「一度戻ります」
「これで良いんですか」
「あまりしつこく監視していると、気分を変えてこっちに来るかも知れません。 この程度の距離は、瞬く間に詰めてくるでしょうね」
「……分かりました」
一度戻る。
今は白い例の石もない。
もし接敵したら、億が一も生き残れない。
あれがあっても、そもそも策がなければ絶対に勝てない。
それは、遠くから確認してよく分かった。
拠点に戻ると、カルキーが厳しい表情で戻って来た所だった。
クタノーン領で、死んだ民の墓を作っていたらしい。あまりにも酷すぎる有様なので、見かねての事だそうだ。
手を険しい顔でずっと洗っている。
衛生面から考えて、そうしなければならないのだ。
しかし死体を侮辱しているようにも思う。
だから表情が厳しいのだろう。
「今までもそういうことをしていたんですか」
「出来る範囲でですが」
「そうですか」
悪いが、わたしには無駄にしか見えない。わたしはそういう人間だ。
アルテミスは何か言いたそうにするが、拠点に戻る。
メリルが戻って来たわたしに、お帰りなさいという。
わたしは頷きだけすると、一旦食事にすることにした。
やはり致命的に噛み合っていないな。
わたしは単に生きていたいだけだ。
今世界を荒らしている狼藉者達ほどではないにしても、結局は自分が優先という点では同じ。
そういう観点では、この人等とは悪い意味で違っている。
嘆息するわたしを見て、メリルがびくりと震える。
最近はアルテミスがメリルを甘やかしているから、そっちの方にいることも多い。もしそれで、メリルがまともな大人に育てるのなら、それでいいだろう。
わたしはもう手遅れだ。
次の剣聖との戦い。
今までにない被害が出る筈だ。
それでも、わたしは多分涙一つ流れないだろうな。
それは確信としてあるのだった。
(続)
不思議な夢。
それは本当に夢なのでしょうか。
次の戦いは、誰もが分かっているとおり、今までにない被害が出る事が確定です。
今までも被害が出ましたが、相手が不意打ちするには相性が悪すぎるためです。
それでも……やらなければなりません。
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