剣聖。史実で上泉信綱などの剣豪に実際に使われていた称号です。
今回相対する輩は、そんな称号にはとても相応しくはありませんが……
序、剣聖
剣聖は新パッナーロ領を移動しながら、悪党退治をしている。
まあそれはあくまで剣聖にとっての主観の話で。
剣聖にとって都合良く悪党が生えてきて。
それを剣聖が都合良く生やした弟子と言う名の愛人……ですらない性欲発散用の肉人形とともに退治してたのしんでいる。
それだけだ。
わたしはそれを見て確認もした。
実際問題、それまでそこに存在しなかった悪人がいきなり出現し、剣聖は余裕綽々でそれを斃す。
数もたくさん出て来て、それを弟子と言う名の肉人形と一緒に斃して、そして勝利に酔う。
遠隔でその様子を確認して。
そして戻る。
毎日これをやっているわけではない。ただ、剣聖は明らかに此方に気付いているし。更にはすこしずつ領域を拡大している。
グンリだけではなく、どうやらスポリファールの方にも出向こうとしている様子が窺えている。
今の時点では新パッナーロ領を好き放題に荒らすだけで満足しているようだが。
それが満足出来なくなるだろうことは、いずれ明白だった。
事実気まぐれに足を運んだグンリは、元々剣聖の領域ではなかったのだ。
そしてこんな自己顕示欲が強そうな輩が。
他の同格がいなくなった今。
その欲を抑えているとはとても思えなかった。
軍師どのはずっと策を練っている。
どうしても確実に斃せる策を思いつかないらしい。
慢心が酷かった今までの狼藉者は、それぞれ難しい策なんか立てなくてもどうにでもなったのだ。
剣聖も慢心が酷いのは代わらないが。
厄介な事にこいつは回避を好いている。
そのため、そもそも初撃であの石を当てられない。
今軍師殿が、剣聖の戦い方を分析して欲しいと言っており。そのため、分析をしているのだが。
戦いの内容を、メリルがものすごく詳細に覚えている。
それもあって、この子を連れ出すのは不可避になっていた。
兎に角記憶力がずば抜けているのだ。
ある種の才能なのかも知れない。
あのハーレムとかいうのがあった建物も、全部中身の構造を短時間で覚えたし。
拠点に戻る。
丁寧にメリルが戦いの経緯を説明する。それをクラウスがメモで残していた。
「敵として用意している悪党も奴が作っているのも同然だろうに。 その割りには戦いの経過が毎回違うな」
「飽きが来ない程度に苦戦を演出しているということだろう。 楽しむためには苦戦がある程度必要だと知っているんだ」
「厄介ですよ実際。 弄ぶのが大好きなんですから」
アンゼルも殺しをたのしんでいたが。
弄んでいたかといわれると、小首を傾げてしまう。
アンゼルの場合は悲鳴を上げて逃げ惑う敵を狩って廻るのが好きとかそういう感じではなくて。
ただ殺すその過程だけを楽しんでいたように思う。
剣聖は戦闘の経緯を見る限り、最初に敵に優位を見せて、それから逆転勝ちというのを好んでいるようだ。
ただそれは、全部脚本有りの戦闘であるのだろうけれど。
なお、時々飽きるらしく。
途中で敵を瞬殺する事が何回かあった。
それは恐らくだが、自分で書いた脚本をつまらないと感じたときなのだろう。
勝手なものである。
動かされているのは、剣聖の領域でその法則に当てはめられてしまった人間。それが生きているか死んでいるかは分からないが。それでも人間であるだろうに。
「奴の性格からいって、恐らく全員の技を見ようとするのは確実です。 問題はその先です」
「続けてくれ」
軍師どのに、アプサラスが促す。
アルテミスは側でじっと話を聞いていた。
もっとも重要なのはアルテミスが如何に相手の本気に対処するか、だからだ。
秒でも対処できる存在と言うだけで、アルテミスがどれだけ貴重か分からないほどなのだ。
「石を使うにしても、そもそも石を持った者が出向けば、まずは攻撃をさせて、それを回避して見せるでしょう。 ただ最初が手を抜いていると判断したら、即座に殺しに切り替える可能性があります。 油断している間に相手を貫くという戦術が使えません」
「抑え込んでそこに石を叩き込む方法は」
「抑え込めますか」
「無理ですね」
アルテミスが即答。
まあ、そうだろうな。秒でも足止め出来れば良い方だし。弟子という設定の肉人形も、アルテミスの手に負えない力量なのだ。
「……私を肉盾に使えませんか」
カルキーが言うが。
首を横に振る軍師どの。
それも検討しているが、相手を弄び、回避を好む相手だ。それに石を直撃させる策がないのである。
相手の頭は決して良くはない。
戦闘の経緯を見ている限り無駄が多いし、剣術に関しても素の身体能力でごり押ししているだけ。
力が強いだけで、剣術としては素人同然。
とても剣聖なんて名乗れる技量ではなく、単に剣を持っている肉体の性能が異常だから強いだけだと、アルテミスもアプサラスも口を揃えていた。
「今、一つだけ考えている手があります。 しかしそれには、大きな犠牲がともなうでしょう。 アルテミスさん、貴方には弟子達全員を引き受けて貰う事になります。 それも三秒などといわず、もっと長い時間を。 アプサラスさん、カルキーさん。 貴方たちの生存率は著しく低くなります。 クラウスさんも。 そしてアイーシャさん。 メリル。 貴方たちにさえ、前線に立って貰う事になると思います」
軍師殿は足手まといにしかならない。
それは分かっている。
せめてストレルがいたら。
そう思うが、どうしようもない事だ。
それにストレルは、既に発狂していたのだと思う。今更万全の状態で、戦う事なんて出来なかっただろう。
「それでも五分に作戦成功率は届かないと思います。 何よりも……性質がよく分かっていない石に頼る事になります。 今は、もうそれしか思いつきません」
「分かった。 ただし、もう一人狼藉者がいる事は忘れてくれるな」
「といいますと」
「私も出来るだけ努力する。 最初から死ぬつもりで作戦に臨むなという意味だ」
アプサラスはそう言うが。
わたしには、アプサラスこそ、死ぬつもりに見えた。
ともかく作戦が伝達される。
なるほど、剣聖の行動から予想される全ての事を見込んだ上で、それでも当てられる可能性がある策か。
しかし、これは確かに生き残れない可能性が高そうだ。
それでもやるしかない。
わたしもこのままだと、剣聖が好き勝手にする世界に飲まれて、奴にとって都合がいい肉人形にされる。
いつまで正気でいられるかも分からない。
実際問題、戦王の領域ではまだ幼いメリルまで強い影響を受けていたのだ。わたしは頭が色々壊れているみたいだから、それで大丈夫であったようだけれど。それも他の狼藉者の領域で、どこまで正気でいられるか。
それに全ての人間が死に絶えたクタノーンの事もある。
このまま行くと、確かにそもそも生きるのが極めて困難な状況が到来しかねない。わたしも、腹をくくるしかないだろう。
作戦を頭に入れる。
作戦決行は三日後。
これは剣聖が動く時間帯がだいたい分かっているからだ。奴は概ね三日に一度、悪党を退治する行脚をする。
そして思う存分悪党を殺した後はそれで満足する。
おかしな話で、剣聖が出向かない土地は極めて静かな状態で、悪党もなにも存在していない。
多少文明の状態がちぐはぐだが、再占領を達成して国がまだ安定していなかった新パッナーロに比べると、幾分か状況が穏やかなくらいだと、アプサラスは言っていた。
剣聖が面白おかしく悪党を斬り、領域を広げるような真似をしなければ、或いは戦わなくても良かったのかも知れないが。
或いはこの世界でこれだけ好き勝手をしているという時点で、そうもいかなかったのだろうか。
まだ問題がある。
剣聖は非常に気まぐれで、何処に出向くか分からない。
どの地域に出向くかを計るためには、剣聖の近くに移動しておく必要がある。それは非常に危険な行為である。
向こうはとっくに異物であるわたし達に気付いているからだ。
即座に仕掛けて来る可能性もある。
もし完全に飽きたら、数百年前の混沌の時代みたいに塵になってくれる可能性も高いのだが。
それまで奴が飽きてくれる保証もない。
相手を弄んで殺すのが好きなような奴が、その陰湿な行動を飽きてくれるかどうか。
かといって、飽き始めていたら、異物であるわたし達に即座に仕掛けて来る可能性だって高いのだ。
いずれにしても危険は多い。
ともかく、移動を開始する。
剣聖が利用しているのは新パッナーロの一角。新パッナーロになる前は、なんだかいう公爵の領地だった地域だ。
其処を自分の根拠地として設定して、屋敷に弟子という設定の肉人形達と一緒に住み着いている。
剣聖は気が向いた地点に移動して「悪党退治」をするのだが、その時たっぷり楽しむために数百人程度の「敵」を用意するのが普通だ。今までの調査でそれが分かっている。それを察知できれば、上手く軍師どのの作戦と組み合わせる事が出来る。
むしろ簡単すぎて自分で用意した「敵」に飽き始めている剣聖は、喜んで乗ってくるかも知れない。
今までの「悪党退治」の行われた地区から、軍師殿が次に剣聖が出向く地点を予想。三箇所まで絞っている。
そこの中心点に移動し、剣聖が現地に出向くのと同時に作戦開始。
わたしとアプサラス。それにアルテミス。カルキーで、それぞれ予想三地点を監視。発見出来次第狼煙を上げて。他二班と合流。
クラウスと軍師どの、メリルは後からわたしが拾って現地に向かう。
今回は最悪誰も生きて帰れないと思って欲しい。
そう軍師どのはいった。
一番無害そうなカヨコンクムの狼藉者が最後に残っているが、もしも母性愛を拗らせただけの者だったら、飽きて近いうちに塵になってくれる可能性が高い。ただしそれも、もっと詳しく偵察すると、一番の邪悪だった可能性もある。
だから、生きて帰れない可能性が高くても。
命を無駄にしないでほしいと、念を押された。
それから、それぞれ別れて行動を開始する。
わたしは夜明けまでには、アプサラスとともに配置についていた。もしも剣聖が悪党退治をするなら、このくらいの時間から、悪党が生えてくる。
文字通り生えてくるのだ。
もとの住民が改造されるのもあるだろうし。
それに加えて、わらわらと同じ顔で個性もない賊という設定のなんかよくわからない肉人形が、わんさか出現する。
元は人間なのだろうが。
剣聖が面白おかしく悪党退治するのだ。
悪党に個性なんて必要ないということなのだろう。
それこそ楽しく斬るだけだけだから、特に雑魚の顔なんてどうでもいいという訳である。
わたしの地点は、どうも外れらしい。
鶏が鳴いても、辺りは穏やかなものだ。
それに対して、カルキーがいる地点から狼煙が上がっていた。
其方か。
すぐに拠点に移動を開始。カルキーは現地待機。カルキーはアルテミスと違って高速移動の魔法を持っていない。だから、カルキーも本来は途中で拾わないといけなかった。手間が省ける。アルテミスはこの場合、現地に直接出向く。
気を付けるのは、現地に剣聖が現れるまでは。現地の街に入らないこと。
もし入ったら、剣聖が面白おかしく殺すための悪党に改造されかねない。
国ぐるみで法則を変えるような連中だ。
それくらいの事は朝飯前にやる。
軍師どのとクラウス、それにメリルを拾う。
メリルは完全に青ざめている。
あの戦王との戦いでも、すっかり怯えていたのに。
それよりも更にヤバイ相手と聞いて、心の底から震え上がっている。それをとめる事は、出来ないだろう。
石は今回わたしが持つ。
アルテミス、アプサラス、それにカルキーは決死の戦いを剣聖に挑む。
勝負は数秒だ。
その数秒の間、わたしもクラウスも剣聖にしかけなければならない。そして、剣聖に何もできない程度の身体能力だと誤認させないといけない。
手持ちで出来るだけ派手な魔法を打ち込むのも、それが理由。
移動しながらも、もう一度打ち合わせをしておく。
「みんな死んじゃうんですか?」
「厳しい相手だ。 だが、出来るだけ努力する」
アプサラスが、きゅっと抱きついているメリルにそう言う。
そろそろ年齢も年齢だ。
このくらいの娘がいてもおかしくないし。
或いは内心では欲しいのかも知れない。
ただそれは憶測だ。
だからわたしは、それについてはどうこういうつもりはない。
現地に到着。
カルキーが、もう狼煙は消していた。
アルテミスは既に合流している。
流石だ。
単独行動の方が得意だと聞いているが、わたしの風魔法と土魔法の組み合わせの移動魔法よりも。
ずっと早く移動出来ているかもしれない。
水をぐっと呷っているのは、体調を整えるためだろう。
アルテミスも万全の状態で戦いたいということだ。
拠点を丸ごと移動させてきているので、排泄などは先に済ませて貰う。わたしは軽く干し肉をかじって魔力補給をしておく。
それにしてもだ。
小高い丘にある林の中にいるのだが、麓は凄まじい有様である。
火が上がっている。
街が丸ごと燃やされている勢いだ。
再建途中だっただろうこの辺りは。
それが世界の法則が変わったときに滅茶苦茶にされ。その後は剣聖に都合がいい世界にされ。
今、その遊び場として。
大勢の命が弄ばれようとしている。
わたしは風向きを読んで、煙が来ない位置に移動。拡大視の魔法で、麓の様子を見る。
街は全く同じ顔の賊が、斧なんて振るって民を殺戮している。
金品も奪っているようだが、どうしてそんな大金があるのだろうというような金が、彼方此方からざくざくと湧いて出ているようだ。
純金だろうかと思ったが、多分違う。
クラウスが拡大視で見ながら、様子がおかしいと言う。
「賊が箱に金貨一杯を運んでいるが、それにしては挙動が軽すぎる。 あれは金貨のように見える張りぼてだ」
「悪党退治も本人の剣術も、何もかも張りぼてか」
アプサラスが呻く。
こういう所に湧く賊というのは、生活が出来なくなって食い詰めた連中がだいたいの供給源だ。
わたしもそれはアンゼルに聞いて知っている。
ただわたしの場合は、そうであっても許す気にはなれないが。
今見ている限り、街で暴れている賊は、ただそうさせられているだけの人形の群れにしか見えない。
良くしたもので、逃げ惑っている民も同じようだ。
どれも似たような姿をしていて、個性もなにもない。
本来だったら、酷い悲劇なのだろうが。
茶番にしか見えなかった。
賊によって襲撃されるというのは、それは悲惨なものだ。賊同然だったロイヤルネイビーと一緒にいた時期があるから、それはよく分かっている。
女だったら幼児から老婆まで犯され、持ち物は服の一枚まで奪い去られる。特に海賊の場合はその残虐性は度を超す。
人間すら、売れそうだったら奴隷として奪い去られる。
それがああいう襲撃なのだが。
「そろそろ剣聖が来る時間です。 今までアルテミスさんに偵察して貰って、確認は取れています。 作戦開始は、剣聖が弟子とともに街に現れてからです」
「わかった」
「これが最後かも知れないか。 私、スポリファールの元首になれるかも知れないとか、言われていたのに」
「なんだ、元首になりたかったのか」
アルテミスが、アプサラスにそれはもうと答える。
ちょっと意外だ。
野心家だったのか、人畜無害みたいな顔をして。
だが、アルテミスはぼへえと笑いながら言う。
「散々虐められて育ちましたし、私を虐めていた人間達を見返したかったんですよ。 そんな程度の理由です。 国家百年の計とか、民のためとか、そんな大それた理由はなかったです」
「呆れた話だな」
「軽蔑しますか」
「いや、どちらにしても元首であってもスポリファールでは好きかって出来る事はなかった。 私が補佐について、徹底的に絞り上げてやっていたさ」
アプサラスがそう言うと、苦笑いするアルテミス。
カルキーは咳払いすると言う。
「アプサラス様」
「うん?」
「この戦いを生きて終えられたら、受け取っていただきたいものがあります」
「やめておけ。 不吉だ」
まあ、知ってはいたが。
この実直そうな騎士、アプサラスに気があったようである。
アプサラスとは年齢も近いし、まあ不思議ではないだろう。アプサラスもまんざらでもなさそうである。
アルテミス達が、一斉に街の方を見る。
来たらしいな。
わたしが、地面に手を突く。
そして、一斉に、全員で街の方へ移動を開始していた。地面ごと。
皆の体力を、少しでも温存しなければならないから、わたしの魔法が一番いい。