辺境伯令嬢の追放行脚   作:dwwyakata@2024

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世界に対する狼藉者最後の一人、シスターP。

意外にも話が通じる相手です。

どの道全うにやり合って勝てるかというと厳しい状態。

話が通じるのなら、危険を冒す価値はあります。







3、破砕の時

周りは丸っこい家ばかりなのに、シスターPとやらの家はそうでもない。鋭角の家で、内部はなんだろうこれは。

 

石造りで、奧には十字の……何かの象徴らしいものがある。

 

「時にシスターとはなんだ」

 

「そういえばこの世界には宗教が殆どないのだったよね。 アタシのいた世界にあった宗教で、女性の聖職者がそう言われてた」

 

「この世界ではグンリとドラダンくらいしか信仰は生きていない。 神官のようなものか」

 

「うーん、たくさんある宗教の一つで、その女性神官みたいなものかな」

 

よく分からない話だ。

 

子供が覗きに来るようなこともない。

 

やはり躾けられすぎている。

 

食い物を出される。先にアプサラスが口をつけて。それからわたしも。

 

異様に上手い飲み物だ。温かいが、熱すぎない。

 

ペンギンだかの着ぐるみを着たまま、良くこんなものをだせるな。或いは能力を使っているのかも知れないが。

 

「それで貴殿は神官として振る舞っているのか」

 

「外れ。 アタシは別にこの宗教の女神官って訳じゃない」

 

「なんだと」

 

「アタシの世界では、色々な記号化があったんだよ。 それでアタシは、昔っから清楚そうな雰囲気のシスターが好きでね。 転生神にこの世界に飛ばしてやるって言われたときに、シスターになりたいって言って。 ついでにこの着ぐるみも貰った」

 

待て。

 

幾つも問いただしたいことがある。

 

アプサラスを横目で見ると、咳払いする。

 

まあ、アプサラスも同じなのだろう。

 

「転生神は実在するのか」

 

「アタシがこの世界に顕現する前に会ったのは確かだよ。 性格が悪そうな女の姿だったけど、あれが本当に女かは分からない」

 

「……それで、貴方はやはり別の世界から来たのか」

 

「アタシの世界は、21世紀って時代の日本って国でね」

 

また知らない単語が一杯出てくる。

 

アプサラスが即座に全て記憶しているようだが、それでも時々紙を出してメモを取っている。

 

それでも時々冷や汗を掻いているが。

 

「アタシの暮らしていた時代は最果ての時代でさ、何もかもが行き詰まってたんだ。 人間が多くなりすぎて、みんな欲が深くなりすぎた。 それで価値観の多様化が-、とかいいながら、自分達のルールを押しつけてくる奴とかいたり、いつ世界が滅びてもおかしくないような武器とかたくさん作られたり。 豊かな国も内側から崩れて、何もかも滅茶苦茶だった。 この世界だと、男と女ってどんな関係?」

 

「意味がよく分からない。 それぞれいないと人間は増えない」

 

「まあ……そうだよね。 アタシ達の世界だと、もう男と女で対立してた。 女の中には、男の子供が生まれるなら殺すなんていう奴までいた。 声ばっかり大きい頭がおかしい女が大騒ぎして、男が女を避けるようになってた」

 

「そこまで極端な状態なのか」

 

アプサラスが驚いている。女が、酷い世界だろうって嘆く。

 

ただ、わたしには反論がある。

 

わたしが今いるこの世界だって。そんなマシな訳でもない。

 

わたしがいた辺境伯領は、生きて出られたのが不思議なくらいの場所だったし。人間を捕まえて奴隷にして売るような輩は幾らでもいた。

 

どの世界でもクズはクズだ。

 

わたしだってどちらかと言えばクズの一人だろう。

 

シスターPとかいう女は、地獄を見てきたような顔をしているが。

 

わたしはそれは住んでいる人間が単純に醜いだけであって。そのせいで世界がおかしくなっているのではないのかと思う。

 

「アタシは子供が好きだったんだけど、それも周りに言ったら色々あってさ。 何が好きっていえない社会だったんだ。 男も女も、いい年した大人でも、あれがダメこれがダメで。 それで自分が何が好きとかいったら、自殺するまで追い込まれてもおかしくなかった」

 

「それでこの世界に来たのか」

 

「ううん、違う。 アタシはいつのまにか転生神だかの前にいた。 経緯はよく覚えてないよ。 ひょっとすると、寝ている間に何かあったのかもね」

 

酷い仕事をしていたそうだ。

 

休みなんか一切なくて、毎日三時間寝られれば言い方とか言っていた。仕事の間はずっと怒鳴られていて、誰もまともではいられなかったとか。

 

仕事で人手が足りないとか喚いているのに、仕事に応募してきた人にはあれがダメこれがダメで追い出す。

 

だから人はずっと足りないまま。

 

シスターPはボロボロだったという。

 

「体の調子、ずっと悪かったんだよ。 アタシ先生してて、子供好きだったから必死に頑張ってたんだけど。 アタシの世界の子供、平等が約束されてる世界なのに勝手に階級作って争い始めるんだ。 それで一軍だの二軍だの。 仲間作って、それで意見が違ったらすぐ裏切り者扱い。 一軍だとかいっても、社会に行くとそんなの通用しなくて、挙げ句に暴れるようになったりする。 そんなだから先生してて、体壊してて。 ひょっとすると、寝ている間に死んじゃったのかもね」

 

「貴方はいい年だったわけだな」

 

「まだ26だったよ」

 

「この世界では、私のような社会的地位を得ていない場合は、結婚して三~四人は子供がいる年齢だ」

 

アプサラスはすこし寂しそうに返す。

 

アプサラスも或いは、結婚願望があったのかも知れない。

 

シスターPは、苦笑する。

 

そして、もう疲れたかも知れないと言う。

 

「他の、この世界に来た奴ら、もう死んだんでしょ」

 

「ああ、私達が斃した。 大きな犠牲を出しながらな」

 

「アタシも殺しに来たの?」

 

「……様子をまずは見に来た。 もしも貴方の領域を元に戻してくれるのであれば、私達は何もしない。 こんな自分に都合がいい幼児だけの世界なんておかしいと自分でも思わないか」

 

思うと、シスターPは苦笑する。

 

それが判断できる能力はあるというわけだ。

 

わたしの方を見るシスターP。

 

「無表情で寡黙な赤毛の綺麗な子」

 

「アイーシャです」

 

「そう、アイーシャさんね。 貴方の無表情さ、アタシの世界にあったロボットっていうからくりみたい。 何かあってそうなったの?」

 

「幼い頃に心を作り損ねました」

 

そうと、寂しそうにシスターPはいう。

 

そして、大きく嘆息していた。

 

「何となく分かっていたんだけれど、アタシ達の存在そのものが、この世界に大きな負担を掛けていたんだね」

 

「戦王という狼藉者がいた領域は、文字通り住民が全滅しました。 この領域はそもそも生きている人間をこうしたのか。 貴方たちが現れたときに世界が滅茶苦茶になったとき大量の死人が出ましたが。 それをそうしたのかわかりませんが。 いずれにしても、長い時間維持すればするほど被害が拡大すると思います」

 

「貴方はアタシを殺したい?」

 

「別に。 特に利害関係がありませんし、危険がないのであれば興味はありません」

 

逆に危険があれば絶対に殺さなければならない。

 

今まで殺して来た連中のように。

 

すこしだけ、沈黙が続いた。

 

もう一つ、大きく嘆息するシスターP。

 

彼女は、天上を見上げていた。

 

「分かってる。 あの性格が悪そうな奴が、アタシを玩具にするつもりで此処に送り込んで。 あたしの願望の世界を見て、多分腹抱えて笑っているって事はね。 現実の性格が悪いクソガキどもが、スクールカーストなんてもの作って虐めだの正当化して、それで他人を死ぬまで追い詰めても虐められた方が悪いなんてヘラヘラ笑いながら言って、いい年こいた大人も誰もそれもたしなめない。 下手するとたしなめた大人が法の裁きにかけられる。 そんな世界を見て、アタシももう疲れてたんだと思う。 だからこんな現実にはいない子供だけの世界になった。 まだ女の方が考えも理解出来るし、男もいない世界でいいやって何処かで思っていたんだろうね。 それでしばらくは、やっと楽しく色々教えられたよ。 子供達は笑ってアタシの話を聞いていて、教えた事は全部覚えてた。 そんな子供、いるわけもないのにね」

 

シスターPは立ち上がると、しばらく家の中をうろうろしていた。

 

そして、決心したのだろう。

 

此方を見るのだった。

 

「三日だけ待ってくれる?」

 

「具体的に何をするつもりだ」

 

「いや、もう飽きていたから。 何となく分かるんだよね。 アタシ、飽きると多分死ぬんでしょ?」

 

「……」

 

そうかと、また一つため息をつく。

 

これは相当に鬱屈が溜まっていたんだなと思う。

 

もしもこのシスターPと同じ国、同じ時代から来たのだとすれば。

 

それぞれ狼藉者達の考えが歪みに歪んでいるのも、それは仕方がないのかも知れない。

 

ただ、わたしから言わせれば。

 

単純に世界の構造が違うだけで。

 

人間なんて、どこで暮らそうと世界の厄介者だ。

 

狼藉者どもは、たまたま自我を最大限まで肥大化させて、それで際限なく被害が広がった。

 

それだけの違い。

 

逆に、この世界からその日本だのいう国に出向いた者がいたとしても。

 

恐らく尋常ならざる被害を出したのではないかと思う。

 

「三日、思い残すことなく子供達と遊んで、思い残すことがないように勉強を教えてあげる事にするよ」

 

「分かった。 三日後、もしも領域が消えていなかったら、貴方の所に出向かせて貰う」

 

「うん。 どうにかしてアタシ達を殺す手段があるのなら、抵抗はしない。 ざっくりやってしまって」

 

「そうさせてもらう」

 

アプサラスに促されて、外に出る。

 

見送りはしてこなかった。

 

街の外に出ると、即座に皆の所に戻るように言われる。わたしも移動魔法を準備するが、どうしてかだけは聞いておく。

 

アプサラスの答えは明快だった。

 

「あの女、シスターPはずっと迷っていた」

 

「確かに迷いを感じましたね」

 

「死にたくなくなったら、私達を攻撃しにくる可能性も高い。 だが、現実を認識し、飽きを感じ始めているのも事実だろう」

 

「石を持ってきていれば、不意を突いて斃せたかも知れませんね」

 

難しいとアプサラスは言う。

 

というのも、戦闘向きでなくとも、領域を好き勝手に出来るほどの存在だ。戦王の時と同じで、排除を意識されたら手も足も出ないと言う。

 

弄ぶつもりだった勇者や剣聖などは交戦が成立した。まあ交戦と言える程のものでさえなかったが。

 

聖女の場合は実際排除対象と認識した瞬間に、トリステが赤い霧にされてしまった。

 

それらを考慮すると、戦闘向きではないとしても、まともにやりあったらとても勝てない。

 

少なくとも作戦を練る必要があるそうだ。

 

まあ、それもそうか。

 

ともかく急ぐ。

 

一日以上掛けて、領域の外に出る。途中小休止を何度か挟むが、水と食糧だけ入れれば特に問題なくいける。

 

アプサラスはなおも言う。

 

「先の話、軍師どのに共有しておく必要がある」

 

「またいずれ、狼藉者達が現れた時に備えてですか?」

 

「そういうことだ。 転生神とやらは、あの狼藉者達を玩具にして遊ぶほどの存在ということで、我々とは文字通り存在が違う。 それも二つな。 一つ違うだけで我々と狼藉者達の差になる。 転生神とやらは、狼藉者達が束になっても到底及ばないだろう」

 

理にかなっている。

 

領域を抜けると、すぐに拠点に。

 

無事に戻ったのを見て、アルテミスが手を振って来る。左手だけでも、悲観している様子はない。

 

メリルはどこかぼんやりした様子で、遠くを見ていた。

 

前は大人の顔色を窺ってはいたが利発な子だったので。ちょっと心配になる。だが、わたしが何かして、どうにか出来るものでもないだろう。

 

すぐに皆で話を共有する。

 

軍師どのは流石の理解力で、すぐに内容を把握したようだった。

 

転生神がいるらしいと聞いても、驚く様子はない。

 

「転生神が存在するとしても、驚かないんですね」

 

「それはいてもおかしくはないと思っていました。 数百年前の騒動も今回の騒動も、現れた者達複数に転生神の存在をほのめかす証言がありましたし、それらの狼藉者達の戦闘力はこの世界の人間では何をしても勝てませんでしたので」

 

「問題は其奴の目的だな」

 

「はい。 遊んでいるのだったらむしろ話は楽だと思います。 仮に最後の狼藉者であるシスターPを斃した所で、この世界は既にボロボロです。 シスターPが斃れる事で起きる影響はまだ推測でしか出来ませんが、スポリファールより軽く済むと言う事はまずあり得ないでしょう。 この世界が再起するには、最低でも数百年は掛かります。 つまりそれまでは、遊ぼうにも楽しめる状態が出来ないと言うことです。 それまでに、また狼藉者が現れる時に備えをしないと」

 

他にも、シスターPが翻意したときの戦術についても打ち合わせをする。

 

シスターPについては、側でアプサラスが観察して、概ねの戦闘に関する分析は終えていた。

 

何でもあのペンギンの着ぐるみが戦闘服になっているのだろうと。

 

いずれにしても、戦うのであれば総力戦だ。

 

此方の手札全てを出さないといけないし。

 

アルテミスが傷ついている今は、それも半減してしまっている。そして向こうは、少なくともわたしとアプサラスを知っている。

 

そうなると、メリルに石を持つ役割を任せなければならないかも知れない。

 

「後一日半ほどですね。 本当に飽きて滅びてくれると良いんですが」

 

「それもありますが、まだ懸念があります」

 

「懸念?」

 

「結局その石の正体が分からない、ということです」

 

確かにそれもそうか。

 

わたしだけ触れてもあまり体に大きな打撃が入らなかったのも不思議と言えば不思議である。

 

本来だったら、あれで塵になっていてもおかしくなかっただろうに。

 

「転生神が何者であるかは分かりません。 ただ、あの石が転生神にまで通じるかは微妙だと思います」

 

「確かにそいつが姿を見せた場合は、もう諦めるしかないかも知れないな」

 

軍師殿に、アプサラスはそんな風に応じる。

 

アルテミスがまだある左手を挙げていた。

 

「私、しばらく寝ています」

 

「そうだな、そうしてくれ」

 

皆止めない。

 

理由は簡単だ。

 

アルテミスも片腕を失って消耗が激しい。もしも戦いになる場合は、少しでも力を蓄えておかなければならないからだ。

 

勿論あのシスターPが翻意して、期日までに襲ってくる可能性もある。その時も、力は蓄えておいた方がいい。

 

奇襲を防ぐためにわたしはずっと風魔法で探知を張っておく。

 

幸いこの程度だったら、戦闘に支障ない程度の消耗しかしない。だから時々干し肉をかじる程度でいい。

 

メリルは話が終わった事を悟ると、横になって寝てしまう。

 

拗ねているようにも見えるが。

 

戦王と剣聖との戦いを経験しているのだ。あれで精神がまったく影響を受けていない方がおかしい。

 

今は休ませてやるしかない。

 

それもまた、事実だった。

 

わたしは魔力量だけは無駄に多くなっている。帰路でアプサラスが驚いていた。

 

魔力の制御はまだまだだし、できない事だって多い。空を飛びながら激しい魔法戦とかは今でもできないだろう。回復魔法だってへっぽこに等しい。

 

それでもわたしは、出来る範囲で出来る事はやっておく。

 

もしも最後のあいつが。

 

シスターPが翻意したら、わたしは多分追い詰められて死ぬ。

 

気まぐれを起さないことを、今は願うしかないのだ。

 

夕暮れに交代。

 

アプサラスが氷の魔法を使って、周囲を探知してくれる。アプサラスのこれは殆ど使い手がいないため、実質固有魔法だそうだ。

 

ただ大量の個体の氷を作るような使い方には向いていないため、氷室の氷を作ったりはできないらしい。

 

辺りに冷気の粒子を張り巡らせて、何かしらの接近を探知する。

 

ただ、カヨコンクム方面からの接近は今の時点では探知出来ない。

 

問題はその外側。

 

旧インシークフォの方だ。

 

夜になると野犬やらが鳴いている。少数は仕掛けて来る。

 

手数が極端に減っている今、対応できる人間が全員眠っていると極めて危険だ。どうしても皆の負担がすこしずつ増える。

 

そうして、皆で負担を分け合いながら、最大戦力であるアルテミスを温存する事に務める。

 

翌日になり、食事を取る。

 

そろそろ、というときだ。

 

凄まじい勢いで、接近して来る気配がある。間違いない。シスターPである。

 

わたしは立ち上がって、急を告げる。

 

アプサラスは舌打ちしていた。

 

「あの者、結局裏切ったか」

 

「事前の打ち合わせ通りに」

 

「分かりました」

 

軍師どのはこの時の為に策を立てていた。ただし、一人生き残れれば良い方だと言う策だが。

 

幸い相手に切り札が何かは知られていない。

 

アルテミスには途中でそれっぽい剣を見つけて渡している。

 

それを切り札と誤認させる。

 

その後は、全員掛かりで接近の隙を作る。

 

この策の場合、アルテミスはまず生き残れないという話もされていたのに。アルテミスはぼへえと笑っていて。まるで緊張感がなかった。

 

ある意味此奴はわたしの同類なんだなと。その時悟ったのである。

 

ともかくだ。

 

全員で、戦闘態勢を取る。

 

メリルにも頷く。当然、メリルにも戦って貰う事になる。恐らく生き残る事は出来ないだろう。

 

この中で、アプサラスか軍師どのだけ生き残れれば。

 

わたしにも、最悪相討ちを狙うように指示が出ている。相討ちか。勿論生き延びてやるつもりだが。

 

「まって! 戦うつもりはないよ!」

 

遠くから声がする。

 

領域近くで凄まじい勢いで迫ってきていたあいつが。ペンギンとやらの着ぐるみの、シスターPが、止まる。

 

血相を変えていて、そしてこっちに向けて力が振るわれないようにしていた。

 

隠れている軍師殿が、物陰から一旦待機の指示を出す。

 

相手からして見れば、だまし討ちなんてする必要がない。そんな事をしなくても一瞬で勝ちに行けばいいのだから。

 

それが、わざわざこんな事をしてくるということは。

 

何かあったのだ。

 

「臆したのか、今になって」

 

「違う! 領域の端から異物が来てる! 出来るだけ子供達逃がそうとしたけれど、わたしより早くみんな崩れて塵に……!」

 

「!」

 

「多分アタシもあまり長くもたない! とにかく逃げて! 何が来ているか分からないけれど、アタシでもあれは勝てっこない!」

 

異物。

 

一体何だ。

 

ごっと風が吹いてきたのは、次の瞬間だ。

 

シスターPが、必死の形相で領域に壁を展開する。とっさに軍師殿が叫んでいた。

 

「多分陸を逃げてもダメです! 土魔法で地下に入って!」

 

「土魔法はわたしが……」

 

そこまで言いかけて、わたしが気付く。

 

金床においていた白い石が、何やら不穏に輝いている。

 

なんとなしに気付いたのはどうしてだろう。

 

恐らく、これが要因なのだと。

 

しかも、腐食速度が尋常じゃない。今まで金だったらどうにか固定できていたものが、見る間に沈み込んでいる。

 

「例の石が」

 

「荷車ごと捨てろ!」

 

「えっ……?」

 

即座に動いたアルテミスとアプサラスが、荷車を持ち上げられない。

 

片腕を失っているアルテミスでも、身体強化の魔法まで失ったわけではない。荷車なんて、それこそ空の彼方に放り上げられるはずだ。

 

アプサラスだって、狼藉者達の配下くらいなら、秒くらいは戦える力の持ち主である。それが、まるで動かせていない。

 

そうこうする内に、金床が。

 

金が、見る間に腐食している。

 

風が更に強く吹き付けてきている。

 

やはり、白い石が狙われているとみて良い。

 

「出来るだけ防ぐから、逃げて!」

 

「貴方は……」

 

「アタシは生きている間何もできなかった! 頭おかしいクレーマーにも、それと大して変わらないカーストを平等な時代にわざわざこしらえて偉そうにその中でふんぞり返ってるガキ共も、掣肘できなかった! 30連勤17時間勤務とか頭がおかしい仕事内容なのはあったけど、それでも子供の未来と命を預かる立場だったのに! この世界に来てからも、結局何もかも、惰性で欲望に任せていただけだった! あの子供達だって、結局アタシの欲望が具現化しただけの肉人形で、生きた人間でさえなかった! そんなアタシでも、力は此処では無駄にあるんだ! 少しでも、一人でも救わせてくれ!」

 

シスターPが、恐らく総力で風みたいなのを防ぎに掛かる。

 

わたしは。

 

土魔法を全力展開。

 

金で白い石を包み込む。即座に腐食していくが、わたしは穴に飛び込むと、金に直接触れ、全力で土魔法を展開。

 

それを見て、アプサラスが何をすると叫んだが。

 

軍師殿が逃げてくださいと叫ぶと。

 

アプサラスはメリルを抱え、アルテミスがさっと穴の外に出て、軍師どのを引っ張り出す。

 

土魔法を全力で展開する。

 

無駄に余っている魔力を総力で活用して。

 

辺りの土の密度を圧縮。

 

金の上から上から、何十層にも何百層にもあの白い石を包んでいく。

 

どうしてこんなことをしたのかわたしにも分からない。

 

基本的に自分本位で行動していたわたしなのに。

 

こうすれば、少なくとも逃げる時間は稼げる。そう思ったのだろう。

 

断末魔。

 

シスターPのものだ。

 

皆は逃げ出せただろうか。

 

凄まじい勢いで土を集めて、それで白い石を覆っていく。わたしはどんどん地下に沈み込んでいく。

 

だが、それでもなお、白い石は包んだ土を溶かして行く。これは、一体何なんだ。何が起きているんだ。

 

もう上を見上げると、空がとても遠い。

 

土を徹底的に集めているから、どんどん深く深く沈んでいる。此処は活路どころか死地だった。

 

軍師どのも間違うことがあるんだな。

 

来る。

 

あの狼藉者を手もなく捻った何かが。

 

それは、風のように来るが。

 

風では無いと分かった。

 

風魔法は散々使って来たのだ。今のわたし程度でも、それが普通の風では無い事は一目で分かる。

 

なんというか、狼藉者ですら勝てない、もっと上位の何か。

 

シスターPの領域を瞬時に塵と化した、世界の法則の上の上にいるもの。

 

それが、殺到してくる。

 

アンゼル、わたしは地獄があったらそこに落ちるだろうけれど。

 

待っていてくれるかな。

 

わたしの目の前でたくさんの人が死んだし、わたしもたくさん殺した。だから、そいつらに先に袋だたきにされるのかな。

 

連中が飽きるまで強姦されるのかな。

 

よく分からない。

 

ただ分かっているのは、助かる術がないということ。

 

もう一つは、その殺到する死が、全部わたしに……正確には白い石に向かってきていると言う事だ。

 

わたしが総力を挙げて土魔法で抑え込んでいたのに、全てが瞬時に溶解して、白い石が露出する。

 

本当にこれ、なんなんだ。

 

せめて、一矢報いてやる。

 

わたしは、素手で白い石を掴んでいた。

 

熱い。

 

だが、体が瞬時に瓦解はしない。

 

触っている手が、とにかく熱い。だけれども、反射的に離すほどでは無い。

 

以前一度触ってしまったときに、何かが変わり始めていたのかもしれない。

 

いずれにしても、わたしは石を掴んだまま、殺到した何かに向ける。だけれども、げたげた笑うような音を立てながら、それは凄まじい勢いで、わたしにむけて降り注いで来た。土の穴が、瞬時に崩壊する。そっちの方が、全てまとめて、溶け砕けてしまっているほどだ。

 

圧倒的な光。

 

太陽を直に見たときの比じゃない。

 

わたしは、全身が瞬時に灼けとけるのを感じた。

 

いや、違う。

 

これは。

 

世界から、放り出された。

 

そっか、わたしは地獄に落ちることさえ許されず、この世界からも追放されるんだ。

 

流れるままに生きてきた。

 

ただ生きるためにあがいてきた。

 

その過程で多くを殺した。

 

狼藉者どもを皆と倒して来た事なんて、なんら償いにならないということなんだろう。

 

苦笑という奴か。

 

笑う事なんてなかったのに。

 

最後に抱いた感情が、自分への嘲笑だなんて、いかにもそれらしい。

 

わたしは自分が正しいと思っていたのかも知れない。心の何処かで。

 

確かに理不尽に追放される度に、大きな不満を抱いていたのは事実だ。

 

だが、他にやりようはあったのではないのか。

 

意識が途切れる前に。

 

わたしは、そう感じていた。

 

 

 

アプサラスは見た。

 

巨大な光の塊が、アイーシャが作りあげた巨大な穴に殺到していくのを。カヨコンクムの辺りは、既に完全に消滅していて。あのシスターPも、瞬時に灼け溶けた。それを起こした光が、文字通り生き物のようにうねって、大穴に殺到。大穴を溶かしながら、とてつもない大音響を放っていた。

 

全力で氷の壁を作って、その余波を防ぐ。

 

アルテミスも土魔法を使って、この辺りの土を盛り上げて、破壊の余波を防ぐ。

 

元々アイーシャの魔法の腕が上がっていることはよく分かっていたが。最後に見せた土魔法の制御、凄まじかった。

 

万能でも全能でもないが。

 

少なくとも魔力量に関しては、この世界が滅茶苦茶になる前の水準でも、世界最強に達していたと思う。

 

しかしそれでも。

 

あれでは万が一にも助からない。

 

今後、世界に狼藉者が現れたとき。斃せる可能性を秘めていた白い石も、もう回収は不可能だろう。

 

ただ、壁を作って、余波を防ぐ。

 

片膝をつく。

 

元々連戦で疲弊しているのだ。

 

それもあって、どうしても体がボロボロだ。

 

吐血する。

 

それでも、必死に壁を維持。

 

やがて、音は止んでいた。

 

呼吸を整えながら、立ち上がる。どうにか、破壊をある程度だけ抑える事ができたと思う。

 

見ると、左右に破壊が拡がっている。

 

あの光がなんだったのかは分からない。なんであれが襲ってきたのか分からない。

 

ただ、はっきりしていることは。

 

あれは恐らく、転生神だかと同次元の存在だということだ。

 

世界に対する狼藉者でありながら、最後には良心のために命をなげうったシスターPの抵抗も、ほとんど一瞬しかもたなかった。

 

当然だろう。

 

転生だかなんだかしらないが、世界に現れた狼藉者達に力を与えた大本だ。どれだけ偉そうに狼藉者達がその力を振るった所で、力の供給元には絶対に勝てない。

 

アプサラスは血を吐き捨てると、自身への回復魔法へ切り替える。

 

震える手で自分にしがみついていたメリルが、泣いているのが分かった。

 

「すまなかった。 怖い思いをさせたな」

 

「う、ううん。 ちがい、ます」

 

声が戻ったのか。

 

泣いているメリルは、ぎゅっとしがみついたままいう。

 

アイーシャが守ってくれたのに。

 

最後まで、あの人の事は怖かった。

 

きっと罰を受けるべきは自分なんだ。

 

あの人はいつも怖かったし、結局最後は自分を優先していたような気もするけれど。それでも守ってくれていたのに。

 

最後だって、必死に被害を減らしてくれたのに。

 

「アイーシャもこの世界の被害者だ。 なんなら暴れる気なら、あの狼藉者達と同じくらいの被害を世界にもたらすことだって可能だっただろう。 それをしなかった。 それだけで、あの者は英雄の一人だったさ。 借り物の力で偉そうな名前を名乗っていた連中なんかと違ってな」

 

「……アプサラス様、みてください」

 

アルテミスが、手を振って来る。

 

軍師殿とともに、言われた方に行って。それで絶句していた。

 

巨大な穴が開いている。

 

文字通り世界に穴があいたという雰囲気だ。

 

何しろ穴の底が見えない。

 

一体どれほどの破壊力をあの光はもたらしたのか。これではアイーシャはまず生きてはいない。

 

大きく嘆息する。

 

金を操作することによって、本来はこの世界の民ですら触れないあの白い石を制御して。四人の狼藉者を撃ち倒す事に最大貢献したのはアイーシャだ。それを思うと、とにかくやるせない。

 

カヨコンクムの辺りは、クタノーンと同じく全滅だろうな。

 

これからは、もう国もなにもない。

 

生き延びた人間をすこしずつ集めて、再興を始めなければならない。

 

比較的無事だったドラダンやグンリが領土を拡げようと動くかも知れないが、そもそも人がいないのだ。二国の人口と物資ではすぐに攻勢限界が来る。

 

だから今は、それについては考えなくていい。

 

「やっと、これから人をまとめられる。 だが……私にはあまりもう時間がないようだな」

 

「アプサラス様!」

 

「今ので、恐らく命の決定的な所に打撃が入った。 残りの寿命は数年というところだろう。 アルテミス、私の跡を任せる。 軍師どの、アルテミスを支えてやってくれ」

 

「分かりました」

 

また吐血する。

 

回復魔法を掛けても、これはもうどうにもならない。

 

一つだけ分かっている事がある。

 

世界に対する狼藉者はいない。

 

そしてしばらくは、奴らもこない。

 

ただ次に来た時には、もう対抗する手段が存在しない。ただ、それだけの話だ。

 

だが、数百年を無為に過ごすのも癪だ。

 

せめて、何か対抗策を見つけなければならない。軍師殿を生き残らせる事ができたのだ。だから、それを奇貨にしなければならなかった。









境界の時とはまた違う形で、世界から追放されるアイーシャ。

最後の狼藉者シスターPは、決して悪辣な存在ではなく、むしろ最後に過ちに気付いてくれたというのに。

全てがアイーシャを嘲笑うように。

暗闇の中に何もかも溶けて行きます。



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