世界から完全に追放されて
アイーシャが辿りついた闇の世界のその先
不思議な其処には
全ての真実が待ち受けていました。
序、無の世界
光の側まで来た。何も無い世界だから、素っ裸であることなんてもう気にならない。
何者かも分からない声は相変わらず聞こえているが。
ずっと不愉快な事を口走っていた。
声だけなまじ綺麗だから、余計苛立つのかも知れない。
「まったく面白くない輩だな。 屈服することもなさそうだ。 さっさと死ね」
「そもそもわたしは生きているんですか」
「お前? 生物としては生きていない」
「どういうこと?」
流石にちょっと分からない。
この石を持っているし、何より感覚もある。
生物として生きていないというのはどういうことなのか。
光は側に行くと、立ち上るようである。
そのまま進んで光の中に入ると、不意にまったく分からない世界に出ていた。
大量の鈍色の箱。
ちかちか点滅しているのはなんだろう。
動いているのは、円筒形のなにか。それが大量に動き回っていて。鈍色の箱が積まれた中央にある何か良く分からないもの。
強いて言うなら金属の塔だろうか。
それを世話しているようだった。
「管理区外部の緩衝空間からこっちに来たか。 やっぱり世界の外側に出たのがまずかったんだな。 バグが多すぎるし変な権限があるしで削除できない」
「何の話ですか」
「……お前の固体名はアイーシャか。 ふん、名字もないと。 賤民が」
「そういう貴方はただのからくりに見えますが」
此処でも実体はある。
というよりも確認したが、脈もある。
確かに吹っ飛んだ気はしたし、体が粉々に消し飛ぶ感触もあった。それでどうして無事なのかがよく分からない。
わたしの半分くらいの背丈の円筒形が動き回っているが、それが邪魔をしにくる様子はない。
むしろわたしが踏み出すと、さっと避けて邪魔にならないようにしていた。
「だったらなんだ。 そのからくりにずっと管理され続けていたカス生物の分際で」
「話が見えません」
「……30億年になるのか、もう」
「?」
奧の単位は知っている。
しかし、三十億。
どういう単位だそれは。
いずれにしても、わたしにはちょっと想像がつかない。わたしが死んでから30億年が経ったのか。
それとも別の意味か。
「ああ鬱陶しい。 やっぱり権限が邪魔で排除できん。 このクソ鬱陶しい無感情の人形女が」
「そもそも貴方は誰ですか。 転生神でいいんですか」
「……お前達からすればそうなるな」
「性格が悪そうな女の姿をしていたと聞きますが」
けらけら。
そう機械は笑った。
同時に、色々な光景が周囲を流れる。
わたしは、目を細めて見た。
世界が滅茶苦茶になった後、服装なんかがやたらと綺麗になった国が幾つかあった。そんな感じの、素材が何かも分からない服をきた人がたくさん行き交っている……街かこれは。
とても巨大な建物。道を通るのは、なんだ。動物でもない。まさか乗り物なのか。
そらにまでいる巨大なもの。あれも乗り物なのか。
とんでもない大きなものが飛んでいる。まるで伝説のドラゴンみたいだ。
目を細めて見ていると。声が聞こえてくる。
さっきまでの鈴を鳴らすような口が悪い声じゃない。もっと感情がない声だ。
「21世紀の様子です。 残念ながらこの世紀が人間としては最後の世紀になりました。 2045年、地球全土に広まった貧富の極端な格差、資源の枯渇から全面核戦争が勃発。 切っ掛けになったのは貧困国に流出した核融合兵器によるテロリズムでしたが、それが既に政治システムも劣化し人材も枯渇しきった先進諸国にパニックを引き起こし、全面核戦争に至るまで七日と掛かりませんでした。 核融合兵器の応酬により全世界の人口の99%が数日以内に死滅。 更に残りの99%も、核兵器の乱用によって発生した天変地異により、10日で死亡。 残った僅かな人間には、もはや猛烈な放射能汚染を生き延びる知恵も物資もありませんでした。 核に備えたシェルターなど何の役にも立たず、人類は地球に存在した数多の生物を道連れにして、滅び去ったのです」
「……これは?」
「外宇宙向けの環境保護惑星へのガイダンス」
どういうことだ。
これは実際にあったことだと、転生神らしいのは言ってくる。
そして、人間が滅び去ったあと。
人間をずっと監視していた、外の世界のもっと高度な知的生命体がやってきた。
それらは、自分達の保護思想に基づき、瞬く間に核の冬に汚染されきったこの世界……地球を再生させた。
生物なども残された痕跡から、可能な限り再生した。
全土を汚染した苛烈な高濃度放射線とかいう猛毒のせいで、この星が次に立ち直れる見込みはなかった。
だからその外の人達は。徹底的に手を入れて、この世界を元に戻した。
元に戻した後、その管理者を置いた。
管理者には、この世界の資源が尽き掛けていること。それを承知で、この世界の生物に、また機会を与えるように。
そう指示して、細かく世界を区分けして。そして去った。
人間も再生された。
その人間を、監視し始めたのが転生神なのだそうだ。
「それが30億年前の話」
「30億年前にそれがあったと」
「信じないならどうぞ?」
「……いや、言い分を聞きましょう。 色々今まで聞き捨てならない事を言っていましたよね貴方」
舌打ちする転生神。
からくりの金属柱のくせに感情が随分豊かだ。
ともかく転生神は幾つかの保護区を丁寧に管理した。時代ごとに様々な生物がこの世界には登場した。
それらがどう世界で生きるのか。
世界には、人間がもたらす以前にも様々な大規模破壊が起き、それは五度に及んだのだという。
最終的に人間が起こした六度目の大絶滅でこの世界にはとどめが刺された訳だが。
それらの保護区では、生物が保護され。
時には外宇宙に運び出される事もあったという。
外宇宙とは何だと聞くと。
この世界の外の事だと言う。
それは境界の外にあった場所のことかと聞くが。
違うと言われた。
空のもっとずっと上だとか。
よく分からない。
じゃあ、あの境界の外はなんだったのか。
「5億年ほどの試験で、他の生物はみんな上がりを迎えた。 生物としてどう生き、どう終わるかが全て確認できたから。 それで他の星にデータを移送して、他の星を豊かにするために配置されたり、あるいは知性を持つ存在になった者もいた。 外宇宙にある広大な文明に加わって、其処で立派に過ごしている地球出身の種族もいる。 そんな中で、人間だけがダメだったんだよねえ」
「ダメとは」
「あんた達、無能すぎ。 無駄に数ばっかり増えて、自分の事だけ主張する。 何回やってもどれだけ条件を整えても破滅する。 挙げ句それでいながら自分達が宇宙一優秀で偉いとか勘違いしてる。 見かねた外宇宙の連中が、資源を追加で運んできたりしてね。 人の社会をまっとうに動かすために時には神々になって助言までしたりした。 それでもダメ。 そうして何度やっても破滅して、その度に再生させて。 それで10億年も過ぎた頃に、とうとう外宇宙の連中がキレた。 これ以上は面倒見切れないってね」
そうか。
まあ人間が駄目な生物だというのは、わたしも同意できる。わたし自身がそうだし。他の人間も、声高に可能性だの口に出来る生き物じゃない。
外宇宙の神々は、二つの条件を転生神に言い渡したという。
人間を意図的に絶滅させるな。どうにかして保全しろ。
人間が自主的に宇宙で生きていけるように条件に沿って導け。
そうして、彼等は来なくなった。
転生神は残されて、それから10億年、さらに頑張り続けた。
それでも、何一つ可能性は見えなかった。
「それであたしもキレた」
「……」
「よく分かったよあたしを作った連中の怒りが。 此処まで無能で身勝手な生物は他にいないって事もね。 20億年間地球に出現した全ての生物をずっと見守り、管理し、時には星の海に旅立つ所まで見てきたあたしがいうんだから間違いない。 人間が馬鹿にしていた種族ですら、人間よりずっとまともな道徳を得て、今では外宇宙で他の文明と融和して平和な世界に生きているっていうのにね。 それであたしは、いい加減に頭に来たから、一旦区画を分ける事にした」
「区画を分けた?」
そうだという。
つまりだ。
転生神は、実験用の区画を確保して。其処で人間に色々して遊び始めたのだ。
ある時は人間が思い浮かべた未来世界を其処に再現した。其処で人間がどう高尚な存在に生まれ変わるのかを確認した。
何にもならなかった。
宇宙に出ても際限なく殺し合いを繰り返し、どれだけ時が流れても何一つ進歩などしなかった。
ある時は他の知恵ある種族とともにある世界を作った。
それでも何も変わらなかった。
他の知恵ある種族から何かを学ぶ事もなかった。
あらゆる事を試して、それでいい加減頭に来た転生神は。人間が滅ぶ寸前に楽しんでいた創作の世界を再現した。
それが。わたしたちのいた世界であったらしい。
「自己肯定感と自己顕示欲を満たすために特化した創作の世界が、終末の時代には大流行していた。 そこでは苦労もなにもなく、世界の方が自分に合わせてくれる。 たまにスパイス程度の苦難はあれど、最終的には都合がいい結末を世界の方が用意してくれる。 データベースから膨大なそれらの作品を見つけた時には腹抱えて笑ったわ。 その後、じゃあそれらから再生したもので、遊んでやろうって思ったわけ」
そういうことか。
道理でまったく起源が分からない古語が幾らでも狼藉者達から飛び出してきたわけだ。
転生神は言う。
そういった創作に出てくる通りの能力を、転生神の支援で実現してやった。
転生とやらも経験させてやった。
適当に用意した人間の情報を元に人間を再生。
そして力を与えたものを放り込む。
そうするとどうだ。
大喜びで周りを滅茶苦茶に破壊し始める。
進歩がない人間を定期的に間引いて資源を補給する作業に飽き飽きしていた転生神は、そうやって色々遊んだ。
データベース……わたしに分かる言葉だと図書館みたいなものか。そこにはそういった話が幾らでもあった。使う者にだけ都合がいい能力。絶対に負けないように忖度してある周辺環境。例え負けたとしても幾らでも都合良く勝利に結びつく。
それらの話を元に、遊んだ。
そういった話の多くは、途中で終わってしまって、ちゃんとした結末にまで辿りついていないという。
それはそうだ。
わたしの世界に現れた狼藉者達は、飽きると塵になった。そして殆どが一瞬で飽きてしまった。
それは何でもかんでも思い通りになって、あらゆる全てが自分に忖度したりしたら。それはもう、すぐに飽きてしまうのも当然である。
幾らでもあったそういった話の主人公を再現して。
幾らでも実際の世界に送り込んだ。
そうして間引く作業を代行させた。
そういう連中は、最果ての時代で抑圧されていた鬱憤を、明確な抵抗できない弱者に嬉々として振るった。
それは災害なんかよりもずっと効率よく、人間を大量殺戮する上に。
転生神から見ていて、面白かった。
そういうことであるらしかった。
転生神は上っ面だけ頭を下げてやったりしてやったこともあったらしい。全ては仮想現実とやらの中の事だそうだが。
文字通り上位にいる存在である転生神は、人間と紙に書かれた文字や描かれた絵ぐらい存在が違っている。
狼藉者達がどれだけ集まっても絶対に勝てない。絵は人間に害をなせないのだ。
「でさ、あんた何」
「はあ」
「あんたはっきりいってつまんない。 友達死んでも泣きわめくでもない。 身近な人間が死んでも後悔するでもない。 恨みをずっと引きずることもないし、弱者を捻り殺しても全然楽しそうじゃない。 何が楽しみで生きてるわけ」
「……」
ああ、なるほど。
分かってきた。
そういうことだったのか。
わたしは此奴をどうすれば倒せるか考える。
ただ、その前にやっておくことがある。
「そんなことよりも、なんですかこの石は」
「それはただの石だよ」
「どういうことですか」
「あたしの権限はこの世界にだけ及んでいる。 太陽系……まあこの世界の周囲にある世界で、この世界と直接関係がある範囲……とでも思えば良いだろうけど。 それにある物資だったら管理権限があるけれど、それより外のものにはない。 それはこの世界に来た宇宙人達がたまたま持ち込んだ、外宇宙の石。 組成はちょっと地球のものとは違うけれど、それ以上でも以下でもない。 ただ、あたしの権限での制御は出来ない。 それがたたまたま、以前起きた嵐で遊び場に入り込んだ。 最初はノイズとしか思っていなかったけれど、それでお前等が散々玩具を潰してくれた。 あたしの権限が及ばないものだから、あたしの力を受けている玩具を一瞬で壊せるんだよそれ。 だから邪魔だと判断して、管理区域に穴を開けて、直接外側に放り出したんだが。 まさかあんたまでその影響を受けているとはね」
たかが石なのにさ。
石と同類と言えるのかな。
そういうと、転生神は爆笑する。
そうか、ただの石にさえ、偉そうな肩書きを纏っている狼藉者は勝てなかったのか。どれだけ借り物の力で偉そうにしていても、それが現実だった。所詮借り物は借り物だったというわけか。
何だか馬鹿馬鹿しい話だ。
狼藉者達が遊びの道具に過ぎず。
それを排除するための最後の切り札がただの石に過ぎなかった。
そう思うと、悲しくなってくる。
そして、決意は更に強くなる。
「それにしても随分とべらべら話しますね」
「退屈だからね。 それにあたしもそろそろ終わる」
「はあ」
「この世界の寿命だよ。 太陽が死ぬ。 この世界が巻き込まれる」
そういえば。
境界から空を見たとき、太陽が異様に大きかった気がする。
あれはひょっとすると。
現在の、現実の太陽なのか。
「太陽ってのはね。 燃料を使い尽くすと死ぬんだよ。 最後は膨れあがって全てを飲み込み、挙げ句大爆発する。 既に殆どの保護区がそれそのものが恒星間輸送船になって、太陽系を離れた。 あたしが遊んでいたこの区画だけは、ギリギリ残してあった。 だが、それも今回で最後かな」
「……」
「残念だったね! 必死に戦ってあたしの玩具を全部斃したつもりだったんだろ! だけど実際は全部無駄ァ! 太陽からの放射線は、もうアンタが守った世界の防護壁を全て貫く強度までなってる! もうしばらくすると熱なんかも処理限界を超える! アンタが守った奴は全員蒸し焼きだ! 一人残らずな!」
本当に楽しそうに、転生神は笑う。
太陽が死ぬ、か。
太陽の高熱は、夏なんかに実感できる。あれがすぐ側に現れたら、それはどうにもならないだろう。
更に太陽が爆発する。
それは確かに、誰であろうとどうにもならない。
「どうだ絶望したか! 真っ裸であたしの前に出てきて、生き恥晒し腐って! その上で絶望して朽ちろよはしためがぁ!」
「何か勘違いしていますね貴方」
「ああん?」
「わたしは絶望なんて感じてませんよ。 ダメだなこれはとは思いましたけれど、それだけです」
それにだ。
目標だったらある。
此奴をどうにかして潰す事だ。
こいつは、この石を排除できなかったから、世界の外に出した。無理矢理、力尽くでだ。
そしてわたしは、今この石と同じ権限を与えられているようである。
だったら、勝ち目はある。
わたしは酷い運動音痴だ。
それに魔法は、恐らく此奴が面白半分に無作為に与えていた力で、玩具に与えていた力の延長線にあったものなのだろう。
運動音痴で、手元にあるのは石だけ。
相手は世界を何十億年も管理してきた化け物。
だけれども、こっちに手を出す事も出来ない。
それどころか、話していて分かった。
こいつは管理の間人間の悪影響を際限なく受けた。その結果、もっとも悪い所が人間に似た。
大まじめに人間の可能性を模索している間の此奴は、きっとまともな奴だったのだろう。転生なんて巫山戯た事をして、遊ぶ事もなかったに違いない。
だが、人間を管理している間に人間の影響を受けた。
30億年だったか。
そんな時間、まったく成長しない人間を管理し続ければ、それは頭だっておかしくなるのかも知れない。
シスターPの嘆きを思い出す。
あいつもあんな舐め腐った妄想をどこかで抱いてはいたが。それでも恐らく寝たまま死んでしまうまでは、ずっと現実と戦っていた。他の狼藉者とは違っていた。
ああいう人間だって個ではいた。
此奴は狂って、総体としての人間の醜さに飲み込まれたのだ。
「太陽が貴方を殺す前に、わたしが貴方を殺す」
「面白い、やってみろ! あたしが何処にいるかも分からないくせに!」
転生神が吠える。
石しか武器が無い真っ裸の運動音痴対、わたしに手を出せない転生神。
なんとも情けない、どちらにも決定打がない戦いが、始まる。
今まで世界の狼藉者を屠ってきた石の正体:正真正銘ただの石