本作世界における魔法は、基本的に才能依存なのですが、厄介な事に才能が一切遺伝しません。
これには理由があるのですが、ともかく魔法を使える人間はそう多く無い上に、わざわざ探し出さないといけません。
更に厄介な事に、魔法をいつから使えるか、いつまで使えるかもまちまちなのです。
それらを統計から割り出して、少しでも長く魔法を使えるように、魔法を使う事による負担を減らすようにパッナーロ以外の列強は研究を重ねしのぎを削ってきました。
魔法大国である事に胡座を掻いていたパッナーロが列強から決定的に遅れを取ったのは、血統では魔法使いを生み出せないこの世界の法則に気付けなかったということもあるのです。
序、連れてこられた先で
スポリファールに連れてこられて、しばらくは何ができるかを再度示して。それからは更に何ができそうかを学ぶ事になった。
魔法は出来る奴は出来るけれど、出来ない奴は出来ない。
ただ魔法が出来る奴の種類を全て調べ上げて。
如何にその力を引き出すか。
それを学問にしているのがスポリファールであるのだと、わたしは教えられる。そういうものなのかとだけ思ったけれど。
とにかく順番に教わって、魔法を使う力……魔力というらしいけれど。それをどうやって高めるかも教わった。
それを聞いて分かったのは、フラムはどうやらそのやり方を知らないまま魔法を覚えてしまって。
それで寿命を著しく縮めたらしいこと。
もっともあの性格では、フラムはどの道魔法に手を出したら長生き出来なかっただろうとわたしは思うが。
もうフラムは死んでいる。
それについては、わたしは確信している。
それについてどうとも思わない。
フラムも、自分を悼んでくれとか、そういうことは考えていないだろう。伯爵を多分フラムは殺して。
それで全て満足したのだと思う。
ともかく勉強をする。
実際少しずつ使える魔法が強くなるのが分かる。
生きるために使って来た魔法は、結局のところ今まで全て自分のために使っているものだった。
余裕が無かったからだ。
勉強は砂漠の果てにある「城塞都市」で行っていたのだけれど。
此処でさえ軍隊はいるけれど、それはそれで人が生活していて。それでみんな明るい顔をしている。
百年くらい前にパッナーロ国の軍隊が、此処で手当たり次第に人を殺して。持ち物も奪った。
それが戦争の引き金になった。
初動こそ遅れたものの、まとまった軍勢を出したスポリファール国は戦争でパッナーロ国の軍隊を殆ど全滅させて。
それでも、焼かれ壊れた街はどうにもならなかった。
それで百年掛けて再建したのがこの街。
だからこの街では避難訓練を常にするし。
住んでいる人も逞しくて、いざという時は軍隊と一緒に戦う覚悟ができていると言うことだった。
一月が過ぎた頃には、わたしは生活に慣れ始めていたし。
少しずつ話を小耳に挟んだ。
パッナーロ国での戦闘は、スポリファール国だけではない。北からも西からも大きな国が攻めこんだらしくて。
スポリファール国は右往左往していたパッナーロ国の軍隊を背後から襲って殆ど全滅させ。
それがきっかけになって、国はほぼ崩壊したそうだ。
今は破滅寸前の国を、大国三つが切り取り続けているらしい。
酷い話だけれど。
伯爵領でのことが、何処でも起きているのだとすれば。
あんな国はさっさと潰れてしまうといい。
賢者というのは、何百年前かにたくさん現れた人が名乗っていた二つ名らしいけれど。賢い者という意味だそうだ。
賢い人が作った国にしては、あまりにも酷すぎる。
何一つわたしはその国に恩を受けていない。
滅びる事にも、なんとも思う事ができない。
でも、それは他人の事を考える余裕がないからなのだと。わたしは少しずつ分かり始めている。
今のわたしは、フラムと同じで。
根本的には野獣なのかも知れなかった。
勉強を終えて、それでできる事が概ね登録されて。
それから、スポリファールの南にある都市に行くようにと言われた。一緒に来た五十人ほどは、みんなバラバラにそれぞれの仕事をするという。
飯炊きのおばさんとは最後にあった。
此処でコックというのをするらしい。飯炊きよりもだいぶしっかりした仕事らしくて、安心しているそうだ。
軽く話をしたが、それだけ。
わたしには、家族もいなかったし。
荒んでいるのだろう。
誰が死のうと、可哀想とも思えなかった。
今後はそれができるようになるかは。
まだ分からない。
砂漠馬とは違う、普通の馬が引く馬車で街道を移動する。乗合馬車というらしくて、これが街と街の間を通っているそうだ。
スポリファールでは情報を急いでやりとりする事もあって、技術の発達が早い。
馬車は全く揺れない。
車軸とかの技術もまるでパッナーロとは別物だそうである。
というよりも。
彼方が技術の進歩を捨てて、胡座を掻いて現状に満足してしまった。それが全てなのだろう。
移動する過程で、一緒に移動する何人かと話をする。
移動先の街は、水の都なんて言われている場所で。ただ優雅な文化の都市などではなくて、南から時々侵入してくる「野蛮な」国の軍隊に対応するための、重要な都市なのだとか。
人間の住んでいる数はわたしがいた伯爵領とたいして代わらないらしいけれど。
頑丈な城壁があるとても立派な街らしい。
まあ見てみないと分からない。
わたしが魔法使いだと言う事がわかると、子供だからといって侮られることはなかった。魔法を使える人間は早熟なことが多くて、使える事が分かると徹底的に躾けられる。魔法で非行を行う事は最大の罪らしくて、魔法使いは尊敬されると同時に監視もされている。わたしを見る目に、壁ができたのが何となく分かった。
軍隊などに魔法使いは配属されることが多く、戦える人間は騎士などになって、すごくたくさん給料を貰えるとか。
ただしその子供が厚遇されるかというとそんなこともなく。
だいたいの騎士は一代だけ。
三代続いている騎士は希だそうである。
わたしよりだいぶ年上そうな、豊かな生活に慣れた雰囲気の女性が二人話している。
「この辺りの道って、山賊やらはでないのでしたっけ」
「この辺りは出ませんね。 出る場合はだいたい武装警邏がつきます。 南の国が攻めてきているときは、関係無く警邏がつきますけど」
「警邏の方々ってとても野蛮なのですよね」
「そうはいいますけれど、警邏の人々がいなければ、我等なんてパッナーロの人間に皆殺しにされてしまいます」
まあ、そう考えるだろうな。
あの惨状と悲惨な実力差をこの人達はしらない。
最初のあの殺された伯爵領にいた先生と違って、わたしにスポリファールで魔法を仕込んだ人は。
みんなもの凄く理論的で丁寧に指導してくれたけれど。
それはそれとして、パッナーロから逃げてきたと知ると。目に警戒を浮かべていた。
それをわたしはよく覚えている。
子供ですら警戒されるのだ。
大人はもっと大変だろうなと、わたしは同情するしかない。
「有名な亜人は駆逐されたと聞いていますけれど」
「南の国では亜人が人間に混じって軍隊にいるそうですよ。 ただ飼い慣らされているという雰囲気で、使い捨ての駒だそうですけれど」
「やだ乱暴。 奴隷とか使ったり、どうしてこう残忍なのかしら」
「国が貧しいと、心も貧しくなると言う事らしいですね」
そうだろうか。
伯爵家の人間なんて、どれだけ金を持っていても荒みきった心だったし。ろくでもない人間だった。
豊かな生活をしていても、心が豊かになんかならない。それは実例を見て、よく分かっている。実際殺されかけているのだ。そうでない人間よりも、余程このことを口にする資格がある。
ただ、それはそれとして。貧しいと心が貧しくなるのは事実かも知れない。
わたしなんかが良い例だ。
そうなると、どうすれば心が豊かになるのかは分からない。生活に余裕があると、だろうか。だが、そうともどうにも思えないのだ。
話を何度か振られたが、にこりとするだけ返す。
わたしには話せる知識がない。
相手もわたしがローブを被った魔法使いだと分かっているからか、不要な干渉はしてこなかった。
途中の宿場町で何度か休む。
宿に盗みが入るような事もなく、夜は街灯というので明るい。
夜の度に誰かの断末魔が響いて。
それを五月蠅いと怒鳴り合っていた伯爵領とはえらい違いである。
でも、此処が楽園だと考えるほど、わたしも警戒心を解いていない。ただ生活水準は、あちらよりずっと良さそうだけれど。
なお先払いで給金は貰っている。
それで旅費は出さなければならず、ご飯についても温かくても少し心配だった。どれだけ向こうに着いたあと、生活が維持できるか分からない。
わたしは投資された。
その話を何度かされている。
魔法を使える人間は、国にとっての財産だ。
だから大事にするし、投資もする。
使い潰さないように、魔力の使い方も鍛える。それで壊れないように長く魔法使いとしてやれるようにする。
適性がある人間は軍隊に入って、国の軍事力そのものになる。
わたしは戦闘適性がないから、国を支える支援役としての魔法使いとなる。それだけでも、大きな国の力になる。
だから投資するのだ。
あくまで国のため。
わたしのためではない。
それを心得て行動して欲しい。
何度か、そう念を押された。
確かに、パッナーロ国にいたころは、意識したこともなかった税金。
向こうでは伯爵が懐に入れて、それで自分だけ贅沢をしているもの、くらいにしか考えていなかったし。
わたしみたいな犯罪組織に飼われていたり、物乞いだった人間には全く関係がないものだったけれど。
此処みたいに税を納めるのが当たり前で。
それがきちんと動いている国の場合。
皆が出し合っている税なのだ。
国のためでは無い事に使うのは、言語道断だという理屈も分かるのである。
休んで、すぐに乗合馬車で行く。
乗合馬車を引いている馬は、何度かパッナーロでみたものより足が太く体が頑丈で、つやつやしていた。
きちんと食べているんだな。
そうわたしは思って、ちょっと悲しくなる。
これについても、わたしも同じ。
こっちの十歳の子供は、わたしよりだいぶ背が高いと思う。
それくらい、発育が違う。
今はただ、ここに来られた幸運を喜ぶしかないのかも知れない。それでも、フラムに感謝する気にはなれなかったけれど。
時々、乗合馬車の窓から、一緒に乗っている客が外を見てわいわい騒いでいた。
確かに美しい景色だけど。
わたしはどうしても、恐ろしい動物がいるのでは無いかと警戒してしまう。
今でも風の魔法で常に害意を察知するべく警戒態勢を取っているのだ。これはもう、本能かも知れなかった。
数日の旅を経て、目的地につく。
信じられないくらい高い壁にある門を通って、その中に。
中にある街には水路が通っている。
死体とか平気で流れていて、糞便まみれだった伯爵領の側溝とはえらい違いで、きらきら水が輝いている。
馬車は此処まで。
後は渡された紙に従って、街を歩く。
人はそれなりにいるけれど、わたしを獲物として見ている視線は今の所ない。風の魔法で警戒を続けているけれど。
少なくとも、それに引っ掛かる事もない。
行き交う人々は綺麗な服を着ていて、笑っている人も多い。動物を連れている人もいた。伯爵領だったら、みんなさらわれて身ぐるみ剥がされて殺される。殺されてばらされて肉は売られて。動物なんてその場で食べられてしまっていただろう。
わたしが平気だったのはフラムに飼われていたから。
それを理解しているから、どうしてもこの光景は違和感しかない。
こんなに国によって何もかも違うのか。
そう思うと、ぞっとしてしまう。
大きな通りを街の真ん中へ歩いて行って、赤い三角屋根の建物に入る。そこでメダルを見せて、手続きをすれば、後は案内してくれる。
そう言われていたが、赤い三角屋根の建物があんまりにも大きくて、石造りで多分四階建てくらいあったので、見逃すところだった。
こんな所でも技術力が違うのか。
ただ、これも良い事かは分からない。
勉強を教わっている間に聞いたのだけれど。なにもかも進歩を放棄したパッナーロ国と違って、周辺国は他に優位を取るために、火が出るような進歩の競争を続けているのだとか。
新しい武器とかが開発されても、誰も驚かない。
先に開発されたかという悔しさを感じる事はあっても。
こんな武器がある訳がないという感情は、誰も抱かないのだそうだ。
中に入ると、いい臭いまでする。
中はとても清潔で整理されていて、それで空気まで静かだ。大きな声は公共の場では出さないように。
魔法の教育を受けながら、そう言われた。
もっともわたしの様子を見て、その心配は無さそうだなと、どの先生も哀れみをもって言ったのだが。
受付と書かれている場所に言って、手の甲に貼り付いているメダルを見せる。
受けつけにいた若い男性は、メダルに何かの機械をかざして。それで待つようにと言われた。
一時間でも待つのかなと思ったけれど。
すぐに戻ってくる。
「アイーシャ様ですね。 水の都ハイベルムにようこそいらっしゃいました」
「はい」
十歳の子供が様付けで呼ばれるのか。
ちょっと驚いてしまう。
ただそれもまたこう言う国だと言う事なのだろう。
それから預かっている手紙を渡して、後はつれて行かれる。
順番に一つずつ手続きをさせられた。
わたしはやっと名前を書けるようになったばかり。指先に赤いのをつけて、書類に押して。名前とか、他の事も色々と書く。
住所も何もないけれども。
それについては、あのおっかない女騎士が保証してくれたらしくて、仮の住所に住むことになった。
わんさか書類を渡されて、無くさないように言われる。
そう言われても、ここに来るときに渡された鞄にいれるくらいしかない。ローブも鞄も、全部税金で出たものだ。
なくすわけにはいかない。
それから、年配の男性が出て来て、つれて行かれる。
昔だったら恐怖を感じていたかも知れないけれど、今はそんなこともない。伯爵領だったら、白昼堂々強姦なんて珍しくもなかった。今でこそ意味が分かるけど。フラムの所にいた頃は、意味も分からないまま、悲鳴を上げる女の人を、男が集って虐めているくらいにしか思わなかったし。此処ではそれはない。今はそれを理解しているので、今更どうこうも思わない。
街の中にある魔法教会というのに私は所属することになった。
それは以前から聞かされていた。
魔法を教える会なので、教会であるそうだ。
此処に仕事が来て、専門の魔法使いに仕事がまわされ。そして解決する事を目的としていく。
基本的に適性に応じて仕事はくるが。
此処は南にある「蛮族の国」に備えた都市でもある。
実際にはもっと南に幾つかの「砦」があって、其処に専業の兵士が詰めているらしく。
戦いが起きるとすると、それらの砦の辺りがほとんどだそうで。
この街まで敵が攻めてきたのは九十年も前が最後だそうだ。それも撃退されていて、今はしつこく越境してくる敵軍を毎回追い払っているそうだが。
ちいさな部屋が与えられた。
此処が当面はわたしの家だ。
小さいといっても、わたしが放り込まれていた襤褸小屋よりマシだし。寝床は虱だらけの藁ではない。
柔らかい寝台で、しかも掃除専門の仕事の人が、毎日綺麗にまでしてくれている。
今日は疲れているだろうし、休むように。
そう言われて、食事まで出た。
ただ此処からは仕事に応じて給金が出る。
部屋や食事なども当然お金が掛かるそうで。
稼いだお金と蓄えているお金がゼロを下回った場合は、どんどん国への借金が増えていくのだとか。
その場合はどんどん国に縛られていくことになるという。
逆にきちんと仕事をしていくと、自分の財産はどんどん増えていき。趣味の品を買ったり、或いは結婚とか、土地を持つことも出来るそうだが。
あくまでそれは自分のもの。
家族やら子供やらに、その財産を渡すことはできないそうだ。
全て自分でやらなければならない。
それがこの国だ。
何もできない人にも、その人用の仕事まで用意されている。
わたしは、この国にまだ来たばかりだ。
ともかく今は。
最初に用意して貰ったもろもろをどうにかするために。この国でやっていくことを、考えなければならない。
部屋には硝子のはまった窓があって、街の様子が見える。
此処からだと、城壁が見えていて、その高さがよく分かる。
今まで攻めてきた南の国とこの街で戦いになったことはあっても、あの城壁が越えられたことは一度もないらしい。
ただそれはあくまで今までの話。
油断はしないようにとも言われた。
わたしにそんなことを言われても、できる事なんてないと思うけれど。
今はただ、疲れを取るべく、眠るしかなかった。