完全にネットミームとなっているモンスターと言えばゴブリンとかオーク。他にも色々いますが、本作でも存在しています。
本作におけるゴブリンとオークは霊長類の一種で、人間とは違った変化を遂げた種になります。
本作のゴブリンは小型ですが筋肉質で、背丈は子供程度ですが体型はがっしりしていて、簡単な武器程度であったら使う知能を持っています。言葉は使いこなせません。
オークは現実世界の過去に存在していたギガントピテクス(史上最大の霊長類)をモデルにしています。このギガントピテクス、巨人伝説の元では無いのかとか、一時期話題になったイエティの正体ではないかとか言われましたが、現在では研究が進んでオランウータンの近縁種らしいと言う事がわかってきています。あくまで現在の説ではそうです。
本作のオークはそのギガントピテクスが数倍に巨大化した存在で、更にスポリファールの南部にある国家ハルメンが軍用養殖した結果原種よりも巨大化。戦場では人間を腕の一振りで吹き飛ばし、更には貪り喰う恐ろしい生物兵器と化しています。
しかも戦場から逃げ出した個体が野生化し、居着いてしまうことも……
街の外で、ゴブリンが目撃された。
そういう話が出ると同時に、一気に街が緊張に包まれるのが分かった。
わたしがここに来て一年。
やっと馴染んできたのにな。
そう思って、わたしはうんざりしていた。
一年で背が少し伸びて、魔法も使えることが増えた。ただ、別に天才だのと言われる事はない。
あの双子のごっついのにはとても今でも勝てる気はしないし。
もっと凄いのが幾らでもいるらしい。
それよりもゴブリンというのはなんだ。
わたしは仕事に関係してくるから、仕事終わりの夕方に上司に話を聞きに行く。
一年経過する頃には。
既に王都が陥落して、国王が捕虜になったらしいパッナーロの話は聞いたし。わたしが其処から来たらしい事は、誰もが知っていた。
仕事をしていれば文句は言われない。
だから、仕事はしていた。
それだけだ。
仕事に関係するから、話は聞いておく。
南の国が亜人を使う事。亜人にはゴブリンとかオークとかいうのがいるらしいこと。それは聞いた事があったが。
魔法の訓練に毎日力を注いでいて。
それに関する本しか読んでいなかったので。
具体的には知らなかったのだ。
上司は話を聞かれると、咳払いした。今の上司は何度か替わって、堅い感じの硬質の美貌を持つ妙齢の女性である。しゃべり方は極めて堅く、堅物と周りには言われているが。相応に好かれてもいるらしい。
ちなみに周囲では噂になっていないが、四つも年下の男を家に囲い込んでいるのをわたしは知っている。偶然からだが。まあ、どうでもいいので周りには話していない。
「南の国……ハルメン王国が使役している、此方では一括して「準知的種族」と分類している存在だ」
「準知的?」
「古くに持ち込まれた概念だ。 なんでも猿の遠い子孫であることは我等と同じらしいのだが、より大きく、より力が強く、ただし頭が悪い方向で生物としてある存在であるのだそうだ」
おかしな話だな。
人間が知的だなんて微塵も思わないが。
それよりアホなのだとすると、度が越えてアホなんだろうなと思う。
上司は水の魔法を駆使して、形を作って見せる。
ゴブリンというのは、わたしくらいの背丈の人間に似た種族らしくて。特性として頭に髪の毛がなく、牙が鋭いそうだ。肌は青緑で、人間には見られない肌の色なので、一目で分かるのだとか。衣服は腰布くらいしかつけないそうである。肌を晒しているが、屈強で、下手な弓矢くらいなら肌で弾くことすらあるらしい。全身は非常に筋肉質で、力も生半可な屈強な兵士よりずっと強いらしい。
人間より平均的に背が低いが、人間より猫背で歩いて、走るときは四つ足になるという。その方が早く走れるらしい。
武器は棍棒なんかは使えるらしいが、弓矢は使えない。
人間に比べて目がよくて、とにかく夜目が利く。
古くは人間の女を手当たり次第にさらって食べるとか自分達の子供を産ませるとかそういう噂もあったのだが。
以前に南の国でゴブリンを管理している者が捕まって、それからの聴取で、根も葉もない噂である事がはっきりしたそうだ。
まあ猿が人間に欲情しないように。
人間も猿に欲情……する人はいるかも知れないが、それは例外と言う事らしい。
ただ、人間を見るとなんの躊躇もなく殺しに来るとか。
それを聞いていると、別に人間と大して変わらないと思う。
パッナーロにいる破落戸とは、其奴らと話があいそうである。
もうあの国は周辺国に八つ裂きにされていて、一部でわずかな抵抗をしているだけだそうだが。
「このゴブリンは八年ほどで大人になるため、使い捨ての駒として前線に投入される事がおおい。 これが出てくると言う事は、南のハルメン王国が、大規模侵攻を目論んでいる可能性が高い。 既に前線の砦には兵が入り始めている。 お前も軍支援の仕事が増える可能性がある。 注意しておくように」
「分かりました」
一礼して、上司の前から離れる。
部屋の窓から外を見ると、兵士が確かに増えている。
パッナーロの周辺国の切り取りは加速しているらしく、この国の軍勢の四割くらいは向こうに出払っているらしい。
残りの半分以上は、現在北の国境で別の国と小競り合いをしているらしく。殆ど余剰戦力はいないそうだ。軍は普段は国内での治安維持とか、仕事が多いのである。
しかもこのスポリファールは、人間を全員、使えるだけ使う国だ。
戦争が近いからといって、いきなり兵隊が増えるようなこともない。兵士は専門職であって、誰もができるような仕事ではないのだ。
そうなってくると、景気よく勝っているらしいパッナーロから兵を引き上げてくるか。
他からかき集めて兵士を出すしかないだろう。
この状況を見越して侵攻してきたのだとすると。
ハルメン王国は、意外と蛮族などではないのかも知れなかった。
少し前に初潮が来たこともあって、月一ですごく怠くなるのがわずらわしい。一応月一のその日は仕事などがかなり免除して貰えるが、しっかり給金にマイナスが入る。そのため、その分は働かなければならない。
ともかく寝る。
翌日に備えなければならないからだ。
そして、ぐっすり寝られるのは、この日が最後になった。
翌日から、遠出での仕事が増えた。
以前まで側でちょろちょろしていたピッカーはいなくなっている。別の街に赴任したらしい。
あいつは火の魔法ができたから、それを評価されたとか。
場所の異動はしょっちゅうである。
このため、この国では家を買うのでは無く、国が用意した宿に入ることがとても多い。事実お金を蓄えて家を買っても、それが無駄になってしまうことが多いのだ。
街の南から移動して、砦の方に向かうけれど。
華やかだった街から一転して、この辺りは随分と荒んでいる。大きな髑髏が転がっているが、人間のものとは思えない。
「オークのものだな」
「小競り合いで出てくるって聞いた。 普通の兵士だと、正面から相手にするのは無理なんだろ」
「ああ。 とにかくでかすぎるんだよ。 たまに頭一つでかい奴っているだろ。 ああいうのより更にもう何倍もでかい。 ゴブリンが人間を食うのは迷信だが、オークの方は本当だ。 まるごと囓って食っちまうくらいにでかいんだ」
「それはやべえな……」
乗合馬車に揺られながら、同乗している兵士達の話を聞き流す。
調べたのだが、オークはゴブリンより更に大きな「準知的」種族らしくて。ゴブリンより更に大きく。更に頭が悪いらしい。
こっちはもう腰布もつけておらず、全身毛だらけで、目だけがらんらんと輝いていて。声はもの凄く、かなり遠くから響くらしい。
大きいだけあって繁殖力は低く、成体になるまで三十年も掛かる反面。戦場では長い腕を振り回して大暴れして、その腕が擦るだけで人間なんて吹っ飛ぶ。しかも貪食で、手当たり次第に何でも食べるそうだ。人間も含めて。
数は少ないが、戦場で最前列にオークが出てくると、兵士達が恐怖する。
ハルメン王国はスポリファールと長年争い続けているが。
ゴブリンやオークを飼い慣らすことで戦力差を縮め。
スポリファールも複雑極まりない上に山だらけのハルメン王国に攻めこむのは利がないと考えているらしく。
国境での小競り合いが続き。
そうでない場合は小国であるハルメンの方が攻めてくる。
そういう事態が続いているそうだ。
軍用の乗合馬車がどんどん人を輸送してくる中、わたしみたいな魔法使いも教会から派遣されてくる。
今日は砦の補修だ。
わたしは城壁に向かうが、砦に据え付けてある投石機や矢倉なんかの高い所から相手を見下ろす場所は、年長者の魔法使いが担当する。
わたしはそれなりに仕事ができると思われているらしいが。
こういう「機密」のある場所からは、遠ざけられているのが分かっていた。
別にどうでも良い。
興味もないし。
城壁は、街に比べるとずっと低い。
この砦は、敵の出方を探って、更には時間を稼ぐための場所だ。勿論捨て石ではなくて、苦戦しているときは街から軍が出て支援に出る。
比較的新しいのは、攻めてくる敵の規模が大きいときは、破壊されてしまうからであるらしく。
壊されては作り直しているらしい。
調査してみると、彼方此方隙間ができている。
まあ、何度も作り直しているならそうだろう。
それどころか、城壁の根元の一角が脆くなっている。これはまとめて、城壁が崩れかねない。
すぐに上司の所に行く。
例のお堅い「雰囲気の」妙齢の女性だ。
アイリスというその人は、わたしが説明すると、なんだとと大きな声を出していた。
「それは本当か」
「すぐに補修をした方がよろしいかと思います。 現物を見ていないのでなんともいえませんが、オークだとかが体当たりしたら、城壁が崩れかねません」
「しかしあれは首都から来た魔法使いが組んだ壁の筈だ。 組んで時間も経っていない」
「兎に角確認する!」
アイリスが、土魔法の使い手も連れて、わたしが見つけた脆い箇所を調べに行く。わたしも同行する。
城壁は見た目立派に組まれているが、見た目だけだ。
とにかく地盤がダメである。
ここに砦をたてたのがそもそもまずかったのかも知れない。
そう呟くと。
アイリスは咳払いをわざとらしいほど大きくしていた。
「この国は他よりはマシだが、それでも派閥争いはある。 あまりそういう事を大きな声でいうな」
「はあ、そうですか」
「いずれにしてもこれは短時間で補修することは不可能……」
「敵襲!」
いきなり声が上がる。
後にわたしは。
この時、この城壁の不備を指摘した事を、後悔する事になる。
激しく鐘が叩き鳴らされる。
街まで届く筈だ。耳を塞ぎたくなるほどの大音量。確かこの鐘は、鳴らし方で敵襲の規模とか、全て知らせているらしい。
土煙が見える。
砦の中に退避するように言われたが、これはまずいのではないかと思ったが。予想通りだ。
「凄まじい規模だ! これは小競り合いじゃないぞ!」
「すぐに防備を……」
「いや、城壁に問題があると聞いている! 残念だが、此処は放棄する! 街からの野戦軍が到達するまで、時間を稼ぎながら後退! 魔法使いの面々も戦っていただけ!」
軍の一線級の魔法使いは、パッナーロにほとんど出払っている。
わたしも戦うのか。
そう思っていると、アイリスさんが舌打ちしながら、ぼそぼそと呟いている。
やっぱり今囲い込んでいる燕(若い男の愛人をそういうらしい)の肌が恋しいらしく、恨みがましい言葉をぼそぼそ言っているので、聞かないフリをする。
いずれにしても、砦の外に。
城壁が役に立たないのでは、中にいたら逆に逃げられなくなる。
こっちに迫ってくるのは、でっかい……なんだあれ。
「角馬だ!」
「足を止めろ!」
「数が多すぎる!」
それでも、投石機からたくさん石が投擲される。
こっちに迫ってきているのは、馬より体型がずっとがっしりしていて、鼻先に角が生えている動物だ。
あれは角馬というのか。
とにかくそれが一斉に迫ってきている。
それに投石機から石が炸裂して、何体も石で潰されて死ぬが、それでも全部はとても潰せない。
魔法使いも、それぞれ得意な魔法で角馬を撃つ。
炎やら石つぶてやらが飛ぶが、そもそも一線級の戦闘に向いた魔法使いは此処にはいないのだ。
防ぎきれない。
激突。
城壁に突撃した角馬は、そもそもその後を考えているようには見えなかった。そしてわたしが指摘した場所が、もろに倒壊して。其処から崩壊が波及する。
「本当に崩れたぞ!」
「ち、畜生! 欠陥工事をしやがって!」
「攻撃を続行しながら後退! すぐに本隊が来る! 耐えろ!」
「オークだ!」
崩壊した石壁に埋まって、殆ど全滅した角馬の後から、凄まじい威圧感とともに毛だらけのおっきいのが来る。
丸い目がらんらんと光っていて、確かに兵士が恐怖するには充分だ。
その後には頭がつるつるの背が低い筋肉質のがたくさんいる。あれがゴブリンだろう。本当に、前線に配置されていると言うことだ。
それらの壁の後ろから矢が放たれたらしくて、こっちに飛んでくる。
盾を構えた兵士達。
魔法使いも風の魔法を展開。
わたしも風魔法ならそれなりにできる。風魔法で、矢が飛んでくるのを防ぐ。矢そのものは、数打って当たればいいくらいの気持ちで撃って来ているらしく。弓なりに飛んでくるそれは、わたしの風魔法でもへにゃへにゃと落ちていった。
だけれども。
その間に、オークがもう迫ってきている。
足が長いのだ。
手もだが。
それだけこっちに迫ってくるのがとても早い。
腕が振るわれると、盾ごと兵士が吹っ飛ばされる。右左に腕を振るっているだけで、次々壁が崩れていく。
悲鳴が響く。
鎧なんてなんの意味もない。
魔法で必死にオークを攻撃する魔法使い達だが、その間も矢が降り注いでいる。わたしの隣にいたアイリスの首筋に矢が突き刺さった。即死なのが一目で分かった。血を吹いて倒れるアイリス。
さがりながら、わたしはなんとか風魔法で矢を防ぎ続ける。
兵士達は続けて突進してきたゴブリンと押し合いへし合いで戦っていたが、それで精一杯だ。
このままだと押し切られる。
オークが手を伸ばして、倒れている兵士を掴むと、鎧ごと口に運んで食べ始める。口には牙が凄く並んでいて、鎧なんてそのままかみ砕けるらしい。
「化け物がっ!」
「油壺を叩き込め!」
「死ねっ!」
投擲された油壺が、オークの顔面に直撃。
そういえば、たしか毛皮に脂を塗って守りを固めているとかで、火がつくと一気に燃えるとかいう話だったっけ。
一気に炎上するオークが、喚きながら大暴れして、隣にいるオークの頭が振りまわされた腕に砕かれていた。
他のオークがなんの感情もない目で、暴れているオークに、近くにあった石を投げつける。
頭がくだけて、倒れ伏す燃えているオーク。
それを見て、ぎゃっぎゃっと笑った。
やっぱり人間と大差ないじゃないか。
わたしは風魔法を組みながら、さがる。
死体は放っておく。
アイリスの死体が、オークに掴まれて、食べられるのが見えた。あれは若い燕ともう一度会いたかっただろうに。
別にどうとも思わない。
思えるような心は、育たなかった。
わたしは、オークとゴブリンとの乱戦になって、矢が飛んでこなくなった事を利用する。そのまま、風魔法を使って。
アイリスの死体をうまそうに食っているオークの口を、内側から破裂させていた。
覚えたばかりの魔法だ。
生き物に仕掛けておいて、空気を一気に膨張させる。
オークは顎が内側から真っ二つに引き裂かれて。そのまま、後ろ倒しになる。
その様子を見て、他の兵士が青ざめていた。
わたしは続けて、矢を防ぐ魔法に移行する。
オークが少しずつ、油壺や魔法使いの抵抗で減ってきている。その分、更に後ろにいるハルメン国の兵士が、矢を放ってきているからだ。
矢は見た目よりずっと怖い。
一発でアイリスが殺されたのを見て、それを悟る。
そういえばぴんとは来なかったのだけれど、毒が塗られている場合もあるのだったっけ。当たるのはいやだな。
そう思いながら、矢を防ぎ続ける。
程なくして。
遠くから、多数の火線が迸る。同時に、オークがまとめて火だるまになった。
「援軍だ!」
「ゴブリン共を押し返せ! 反撃だ!」
威勢が良い兵士達だが、もう半分以下しか残っていないと思う。
わたしは淡々と、周りを見やる。
一緒に来た魔法使いは優先的に狙われていたらしく、アイリスが真っ先にやられたのは偶然でもなさそうだ。
街から来たまとまった数の兵士達。
恐らく二線級だろう魔法使いの放つ大きめの魔法が、逃げ出すゴブリンの背中を撃ち、その後ろから矢を放っていた敵の軍に炸裂するけれど。
敵の軍は、淡い壁みたいなのを張って、魔法を防いでいた。
「突入だ突入! 半壊している守備隊を救援しろ!」
「敵は防御魔法展開!」
「破壊するまで撃ち続けろ! 想定の範囲内だ!」
「対準知的部隊突貫! 敵の軍勢に思い知らせろ!」
威勢が良いなあ。
わたしは他人事みたいに、わっと殺到してくる兵士達を見ていた。
戦いはその後夜まで続いたけれど。敵を国境まで押し返すことはできなくて、結局その場で軍勢同士のにらみ合いになった。
敵が最前衛にしていたハルメン国の準知的……亜人ともいうらしいけれど。
それらは殆ど全滅してしまったが。
あれらは元々、使い捨ての道具なのだろう。
ハルメン国としても、攻城兵器として最初から使うつもりだったらしく、やられてもまったく動揺している様子はなかった。
指揮官が来る。
騎士らしい人だが、前に見たあのおっかないアプサラスではない。てか、以前砂漠を護衛してくれたおじさんだ。
あの人、そんなに偉かったのか。
いや、偉くなったのかも知れない。
「砦が早々に崩されたこともあり、想像以上の被害が出ました。 それで気になる事が」
「話してみろ」
わたしは夕食を口にかっこんでいたが。
兵士達の長が、わたしを時々ちらちら見ている。バリだったか。あの騎士のおじさんは、ずっと厳しい顔をしていた。
「だが戦闘では風魔法で矢を防いでいたのだろう」
「しかしそれは身を守るためであったのでは」
「憶測でものを語るには早すぎる。 今回の侵攻規模は想像以上だ。 これほどの数が出て来たのは、数世代ぶりの筈だ」
「それにあわせての内通者だったのではと」
なんだろう。内通者。
まあいいや。
食べ終えると、横になってしばらくゆっくりする。
翌朝になってからも、戦いはまだ続いているが、わたしみたいに戦闘向きの魔法使いでない人間にはもう出番は無い。
矢を防ぐ魔法にしても、敵を攻撃する魔法にしても、ずっと強力なのが飛び交っているし。
何よりわたしは集団戦の訓練なんて受けていない。
敵はこちらの消耗を狙っているようで、新しく国から連れて来たらしいオークやゴブリンを惜しみなく投入してきては、人間が減るのを避けている。
それでいながら、隙を見ては馬に乗った兵士達が突撃を狙って来る。
数で劣っているスポリファールの軍勢は後手後手らしい。
噂に聞く限り、砂漠の向こうのパッナーロの軍勢は、ゴミみたいに蹴散らしたらしいけれど。
此処にいるのは二線級の部隊で。
更に言えば敵はパッナーロの軍隊とは次元違いに手強いと言う事なのだろう。
蛮族とか言われていたが、蛮族なものか。
パッナーロよりもよっぽど効率的に戦っている、手強い相手ではないか。
いずれにしてもわたしは後方に回って。医療魔法と水魔法を使って後は役に立つ事にする。
医療魔法も腕は上がったけれど、それでも手足を修復するとか、そんなレベルのものは使えない。
煮沸した水をどんどん増やす。
医療器具をどんどん煮沸する。
戻って来た汚れた医療器具を洗浄する。
軽めの傷の兵士を手当てする。
それくらいしかできない。
野戦陣地では生活は劣悪だが、それでも伯爵領にいた頃よりはマシだ。ただ流石に、寝ている時に戦闘の音で叩き起こされるのは迷惑だが。
ハルメン国の軍隊は、昼夜問わず攻め立てることで、スポリファールの軍勢を徹底的に痛めつけているらしい。
それで状況を見て崩すつもりなのだろう。
巻き込まれたら困るな。
わたしは、そんな風に思っていた。
とっくに巻き込まれているのに、他人事なのだが。
この辺りは、わたしはまだまだガキなのかも知れない。まあ、子供を肉体構造的に産めるようにはなったけれど。
ガキはガキだ。
それについては、そう言われたらはいその通りと返事をするしかないだろう。
数日押され気味の戦いが続いて。
その間も、わたしはずっと野戦陣地で支援を続けた。
状況が変わったのは数日後だ。
どうやらスポリファールが兵士をかき集めて送ってきたらしく、戦力差が一気に逆転した。
戦場に突入した部隊は角馬を持っていて。まずはそれを敵に放ち。
その後、全軍が一丸となって突入した。
今までの鬱憤を晴らすようにスポリファールの軍勢は大暴れして、一日がかりで大いにハルメン国の軍勢を叩きのめし。
追い払った。
大勝利だ。
バリという騎士の人が声を上げて、兵士達がいわゆる勝ち鬨を上げる。
どうでもいいので、わたしはぼーっと見ている。
たくさん人が死んだが。
わたしはそもそも、いつでも人が軽率に死ぬ場所で生きてきた。
また戻って来てしまったな。
それくらいにしか、思わなかった。
それでも酷い目にあうのは嫌だから、できるだけの事はした。それ以上でも、以下でもなかった。
その行動が周りにどう見られるかは、考える余力などなかった。