幾多の死線をくぐった名将が、どうすれば貴方のように戦えるかと聞かれて残している言葉があります。
最初の数回は、何が起きているかもよく分からなかった。七回八回と戦にでて、やっと周りが見えるようになったと。
歴史に名を残す名将ですらそうです。最初から大規模戦闘に参加して、冷静に戦況を見て行動できる者なんてまずいないのです。
アイーシャはとにかく色々と運が悪かった。
壊れたままの心もあり、疑いの目を一身に集めることとなります。
戦後処理をしてから、教会の自室に戻る。
後から来た医療の専門班や、砦の再建チームなんかに手を貸す余力もないし。戦いの開始からずっと最後まで戦場にいた魔法使いのチームは、生き残りも少なく。教会で休むようにとバリに言われたのだ。
それで遠慮なく休ませて貰った。
翌朝。
起きだして、朝食を食べていると。
表情が存在しない、威圧的な白い服を着た人達に囲まれていた。魔法使いらしいが、見た事がない。
「アイーシャだな」
「はい」
「これから審問に出て貰う」
「分かりました。 朝食だけ食べさせてください」
そういって、わたしは朝食をしっかり食べた。
便所にも行きたかったが、それは後でいい。審問というのがなんだか分からないけれども。
この魔法使い達、ちょっと力量がわたしと根本的に違う。多分軍とかで活躍する技量がある魔法使いだ。
それは一目で、肌で分かった。
逆らっても無駄だし。
そもそも仕事をしていただけだし。
つれて行かれたのは、教会ではない、見た事がない建物だ。街の中は仕事で色々出向いたのだけれど。
立ち入り禁止とされている建物は幾つもあって。
その中の一つだ。
わたしは興味が無い事はまったく知るつもりがない。それもあって、全く知らないままの建物だった。
内部はひんやりしていて、分かる。壁や床に使われているもの。これは対魔法の装甲だ。
高価なので殆ど使われないらしいのだけれど。確か魔法使い用の監獄なんかでは使われるらしい。
なにをされるんだろう。
そう疑問には思ったけれど、特に怖いとは感じなかった。
席に座らされる。
向かいに座ったのは、何度か見たことがある。教会の偉い人である。威厳があるように服をごてごて着込んで、髭なんか蓄えている。
「お前が敵国の間諜であるという訴えが来ている」
「間諜?」
「敵に情報を流し、此方に不利益な事をする人間の事だ。 流石にお前は幼すぎると思ったが、過去には九歳の子供が間諜として潜り込んだ挙げ句、国の重要機密を敵国に流した実例がある。 故に訴えがあった場合、取り調べをしなければならんのでな」
そうなのか。
だが、間諜と言われてもという言葉しかでない。
そもそもとして、敵国と言われても。それがパッナーロだとすれば。わたしからすれば恨みしかない。
ハルメンなのだろうか。
それだったら、そもそも其処の出身者とは会ったこともない。
小首を傾げていると。
偉い人が大きく咳払いした。
「アプサラス騎士隊長からの推薦文は私も見ている。 パッナーロで酷い扱いを受けていたという話だし、何よりもパッナーロに此処での戦闘が影響を与えることはない。 従ってハルメンの間諜だとすると無理がある。 だがな、城の外壁の異常を一発で見破ったのが不審だという声が上がっているんだ」
「今まで似たような仕事はしてきました」
「ああ、記録は見ている。 優秀だな。 本当にそれだけなのか」
「はい」
頷くと、偉い人は大きく咳払いする。
困り果てているようだが、わたしとしても素直に答えるしかないと思っていた。
「他にも怪しい行動が見受けられたと報告が来ている。 君が砦に到達すると同時にハルメンの大規模な越境攻撃があった。 今でも国境で大規模な軍勢がにらみ合いを続けている状態だ。 現時点で戦力の拮抗を崩すのは難しく、本国に援軍を要請している状況だが……」
「ハルメン国の軍隊がわたしが仕事場についてすぐに現れたのはみました」
「ああみただろうな」
「はい」
埒があかない。
そう顔に書く偉い人。
耳打ち。
わたしを此処に連れてきた人が、何やら言っている。
わたしも聞こうと思えば風の魔法でどうにかできそうだけれども、やめておく。なんだかわたしは疑われているみたいだし。
今は素直に答えるべきだと思う。
「君の上官であるアイリスくんが気の毒にも戦死したのは側で見ていたな」
「はい」
「風魔法で救援をしなかったのか」
「矢を逸らしてはいました」
これは全くの事実だ。
というよりも。
あの場ではそれくらいしかできなかった。
敵はもの凄い数がいて、魔法使いの対応能力を超えた矢を、当たればいいやくらいの感じで放ってきていた。
それに対して、わたしは出来る事をして。
アイリスはそれで守れなかっただけ。
それでわたしが悪いのだろうか。
ちょっとどうして悪いのか、よく分からない。
「それだけじゃない。 戦死したアイリスくんの死体を君は爆弾として活用したらしいな」
「はい。 オークを倒すのはそれが一番効率がいいと思いましたので」
「アイリスくんの遺族に悪いとは思わなかったのかね」
「死んだ時点で肉です」
そういう世界で生きてきた。
死んだ人は側溝に放り込まれて、それで腐った死体が毎日ドブ水と一緒に流れていくのを見た。
わたしが食べたお肉にも、死んだ人のが混じっていなかったとは言い切れない。
それくらい、あの伯爵領では命が軽かった。
わたしが飼われていた伯爵邸でもそれは同じ。
伯爵がわめき散らして殺した人間は、使用人がさっさと捨てていた。わたしだって、伯爵の癇癪がこれ以上酷くならないようにと、使用人が捨てたのだ。
それが当たり前の場所で生きてきた。
だから、なんとも思わない。
頭を抑えていた偉い人が、ため息をつく。
そして、しばらくは様子を見ると言われて。牢屋に入るように言われた。
牢屋での生活は今までと大して変わらなかった。食事は出るし、便所もちゃんとある。暴れる囚人は檻がついた部屋に閉じ込められるらしいけれど、それだけ。わたしにしてみれば、伯爵領の暮らしに比べれば何百倍もいい。
だけれど、けろっとしているわたしを見て、どんどん審問は厳しくなっていくのがわかった。
審問に次に来たのは、まったく顔が見えない人だ。マスクみたいなのをつけている。
声も魔法で変換しているらしくて、男性か女性かさえも分からなかった。
それで色々と聞かれる。
わたしの側には魔法使いがついて、何か魔法を掛けていた。多分精神を操るものだと思う。
その証拠に、質問に対してすぐに思った事を口に出してしまっていた。
「お前の言動は訓練された間諜のものににている。 有り体に言えば人間味がない。 本当にお前は間諜ではないのだな」
「間諜ではありません」
「では何故戦場での冷酷な行動を平然と行えた」
「それが一番いいと思ったからです」
本当だ。
頭痛が酷くなる。
魔法の出力が上がったらしい。
「我が国では拷問なんて野暮な真似はしない。 無理矢理吐かせた所で、本当の事なんて言わないからな。 拷問する人間が喜ぶ事を言うだけだ。 だから君に正直に喋らせる」
「はい」
「君は間諜ではないのだな」
「はい」
そうだと言っているのだけれど。
頭が痛くて、ちょっと顔をしかめる。
隣にいる魔法使いが、審問をしている仮面の人に耳打ち。仮面の人が、大きく溜息をついていた。
「あのあと戦いがどうなったか興味はあるかね」
「いいえ。 どうでもいいです」
「どうでも……」
「はい」
頭が痛いので思考が定まらないというのもあるけれど。
わたしにしてみればただ生きるために動いただけだ。それも生きた人間をおとりにするとか、そういうことはしていない。
死体の尊厳がどうのこうのと話をされたけれど。
そんなものがあるのだと、はじめて知ったくらいである。
わたしからすれば、そうなのかという答えしか返せない。
「君の同僚や、一緒に働いた人も戦闘に出た。 それについても興味はないのかね」
「どうでもいいです」
「君は何が目的なのかね」
「いたっ……」
また魔法の出力が上がったらしい。
側にいる一人がその魔法を掛けている。もう一人は、わたしが暴れたら即座に殺すつもりで構えている。
そんな事されなくても、逃げる力なんてない。
「君の目的は」
「おいしいごはんたべて、静かに暮らせればそれでいいです」
「それだけかね」
「それだけです」
実際、スポリファールに来てから、美味しいご飯が食べられるので、はっきりいってそれだけは本当に嬉しかった。
向こうで食べた虫とか入ってる粥に比べたら、此処の食べ物はなんだっけ。甘露だったかに近い。
それがなんだかは知らないけれど。
「嘘は言っていないな」
「はい」
「よし、一旦休憩だ。 様子を見る」
牢屋に戻される。
頭がクラクラする。横になってじっとしていると、しばらくして審問の人にまた呼び出された。
ちょっと体力がもたない。
「君のその冷酷さはどこから来ている」
「物心つくころから、ずっとこれが普通でした……」
「そうか。 それが本当なのかね」
「はい」
ぐったりしているわたしに、更に幾つも言葉が投げかけられる。
その内、わたしは自分で、何を言っているのかも分からなくなった。酷く辛い。
それでも、いつ殺されるかわからない伯爵の家にいたときよりはマシかなと思ってしまうのは。
なんとも悲しい事だった。
しばらくして。
仮面の人が来る。
何日たったのかも分からない。
とにかく体力の限界で、休みたい。わたしはもともとそれほど体力があるほうではないのだ。
体力というのは幼い頃に基礎体力とか言うのを養う事が結構大事であるらしく、わたしはそれに決定的に欠けていた。
多分わたしの両親からして、ろくでもない人間だったのか。それとも貧しくてわたしをあまり考え無しに売ったのか、どっちかなのだろう。
それでわたしは、幼い頃にまともにうごけなかったし。
結果として今でも体力はない。
まあ今でもどちらかと言えばガキだから、体力がないのはどうにもならないのだろう。この時点でこうなのだから。
仮面の人が言う。
「国境付近までさがっていたハルメンの軍は、更なる攻勢で敵国内まで退けた。 激しい抵抗を受けて大きな被害は出したがな」
「そうですか」
「君については処置が降る。 この街から移転だ。 君への不信が晴れたわけではない。 既にこの街では、君が審問を受けた事は知られている。 いずれにしても、この街で君の居場所はもうない」
「はあ」
そう言われても。
わたしとしては、移転とやらで、どこに飛ばされるかは分からないけれど。
言われた通りに仕事をするだけだ。
それでご飯が食べられるのなら。
それで生きられるのなら。
それ以上は望まない。
ただ、それだけを答えた。そうすると、仮面の人は、わたしを人間ではない何かのように見るのだった。
それから釈放されて、教会に戻る。
フラフラだったけれど、どうにか自室に。
その途中で、居場所がもうないと言われた理由はよく分かった。皆の視線が明らかに違っている。
自室でしばらく休んだ後、呼び出されて。
手続きを受けた。
移転先は、田舎のちいさな街だという。国境を接しているわけでもなく、戦略的な価値はないに等しい。
そういう場所だそうだ。
そう、教会の偉い人に説明された。
「審問の結果、君が密偵だという証拠は出なかった。 だが、過去に様々な審問をくぐり抜けた密偵が存在しているのも事実でな。 君が密偵ではなかったとしても、この状態では君を此処にはおいておけない。 ハルメンの軍は追い払ったが、それでもいつまた来るかも分からないからな」
「はい」
「明日出立して貰う。 今回は此方にも非がある可能性があるから、出立のための費用や旅費、出立先の仕事の斡旋は行っておいた。 また審問で体に被害が出たなら、治療費は此方で負担する。 君はまだ若いし、きちんと実績を積んで、また出世街道に乗って欲しい」
そんな事を言われてもな。
わたしは偉い人、というのを間近で見ている。
猿みたいに喚いて、気分次第で人を殺す。そういうのが、伯爵領の一番偉い人だった。
ああなりたいとは、絶対に思わない。
どうして出世したいのか、ああいう実例を見ていると、分からないのだ。これは本当に。他の魔法使いが、出世について話している事がある。
わたしが才能があるらしくて、うらやむ声を聞いたこともある。
だが、社会の上に行って。
あんなケダモノ以下になりたいのだろうか。
この国は、法が滅茶苦茶しっかりしている。
だが、その法に反する存在が出て来た場合は、わたしみたいに徹底的に糾弾するのだろうし。
何よりも、今わたしが受けている視線みたいに。
全体で拒絶するのだろう。
わたしはなんとも思わない。
スポリファールに来てうまいご飯が食べられて、寝床も保証されて、それで充分過ぎるくらいだ。
どうせここもろくでもないのだろうと思っていたのだし。
別に今更、夢なんて見ていない。
そのまま荷物をまとめる。
頭はまだ少し痛いが、回復の魔法である程度は対応できる。ただ、わたしに監視がついているのも何となく分かる。
きっとこう言うときこそ尻尾を出すと判断しているのだろう。
尻尾を出すもなにも。
そんなものはないのだけれど。
荷物をまとめている間、誰もわたしに声を掛けて来る事はなかった。そういうものだと何となく理解出来る。
此処はそういう国だ。
だから軍隊はあんなに強い。
人を平気で食うオークや、筋肉の塊みたいなゴブリンを相手にしても、必死に戦っていたし。
パッナーロの過去の栄光にしがみついた軍隊なんて、ゴミみたいに蹴散らしていたみたいだけれど。
逆にわたしみたいな人間には、とても暮らしづらいのだと思う。
荷物も大した量は無い。
周りの人間が気味悪がっていたな、前から思うに。
わたしは嗜好品をまったく欲しがらない事もあって、それで周囲が気持ち悪がっていたという証言があったそうだ。
わたしくらいの年頃の女は、身を飾るものに興味を示すらしいのだけれど。
わたしはそもそも、嗜好品なんて存在しない世界で生きてきたし。
嗜好品というのが、伯爵の家にあった絵とか壺とかだと思うと、今でも欲しいとも思わない。
豚みたいに太った伯爵の家族が、良い生地の服を着ていたけれど。
別にあんなもの、着たいとも思わない。
これが異常らしい。
そういわれても、最初からこうだったし。今更変えようもない。
何かが好きというのを、他の人間と同じにしないといけないのか。だとすると、それはそれでろくでもないのではないのかとわたしは思う。
ただ、それでこの国はやっている。
わたしは口を出すつもりは無い。
馬車に乗せられる。
ちらっとこっちを見ている人もいたけれど。
教会でよくしてくれたり。わたしの魔法の筋がいいと言ってくれていた人も、今やわたしを化け物でもみるかのように見ていた。
あの屈強な双子が、わたしの視線を避けて、ひそひそ話しているのをみて、まあそうだろうなとだけ思う。
後は、つれて行かれるだけだ。
馬車には護衛という名目で、監視も乗っていた。
どこかで殺されるのかもしれないな。
そう思って、わたしはぼんやりする。
どうせ抵抗できるような相手ではないし。今更逃げようとしても無駄だった。
「おいしいご飯を食べたい、生きたいと言う割りに。 逃げようとは一切しないんだな」
「にげられませんから」
「判断はただしいが、君はやはり異常だと思う」
「そういわれても、嘘はついていません」
わたしとしても困るのだ。
周りと違うかもしれないが。
それを異常と言われて。
矯正しろと言われたって。
できないものはできない。
それができない存在は、きっとわたしみたいに放り出されていくのだろう。この国からは。
或いは出世街道から外れるのかも知れないが。
わたしには、もうどうでもいいことだった。
軍隊とすれ違う。
今回の件で、スポリファールはあわてて国境の軍勢を補強するらしい。各地からかき集められた軍の部隊だ。
今回はかなり危なかったらしく、ハルメン国の軍は下手をすると街にまで到達していたらしい。
そしてああいう分厚い城壁を破るための準備も角馬以外にも色々としていたらしく。
もし街に到達されて。
城壁を破られていたら。
内部で地獄が巻き起こされたのは確定だという。
それはそうだろうなと思う。
オークは人を平気で食っていたが、あれはそういう訓練を受けていたという事だし。
兵士も一糸乱れぬ矢での射撃に徹していたし、魔法戦の訓練も受けていたようだけれども。
それはそうとして、街なんかに乱入したら。全て奪い尽くし、目につく女は全部犯し尽くしただろう。
この国の軍隊がしっかりしているのは事実らしいが。
他の国は、戦争ではやりたい放題を許していて。それで兵士がやる気になっている部分もあるらしい。
そんなんだったら戦争なんて何でやるのか甚だ疑問だ。
全部無駄だとしか思えないのだけれど。
「これで国境を守る事はできる。 ハルメンは国家の規模がそれほど大きくなく、あれほどの侵攻軍を連続して出すのは不可能だ。 無理をして国境を破ったところで、スポリファールとは自力も違い過ぎる。 人間を多く失い、内部での統率も上手く行かなくなるだろう」
「そうですか」
「悔しいと感じる事は」
「なにもありません」
まだ審問は続いているのか。
わたしからすれば、フラムの手下が毎日伯爵領で何をしていたかみていたし、その延長線でしかない。
だから驚くにもあたいしないし。
そんなものかとしか思わない。
それを見て、護衛という名の監視は、更に嘆息するのだった。
数日旅を続ける。
何度か宿を経る。
この辺りは、国境の街に赴任したときと大して変わらない。わたしの立場が良くなくとも、宿はきちんと手配はしてくれている。
宿の人は事情を知らないからだろう。
わたしにもきちんとサービスをしてくれた。
護衛の魔法使いはずっとわたしを監視している。
多分そういう訓練を受けているのだろうと思う。
寝ている時も魔法で監視しているようで。
わたしはずっと視線を感じていたが。それで文句を言っても仕方がないし、何もいうつもりはなかった。
やがて、目に見えて田舎になりはじめる。
馬車がすれ違うこともほぼなくなった。
この辺りは賊が出る事もあるので、軍が駐屯している。馬車は基本的に軍が護衛するが、そういった馬車を借りられない、馬車に乗る金がない人間が賊に襲われたり、或いは賊になる。
そういう話をされた。
どうやらこの国の田舎は、そういう所であるらしい。
何となく分かってくる。
この国は、都会や、国の要所はしっかりしているんだ。
だけれども、そうでないところは。
むしろ引き締めている反動が出ているのだと思う。
更に数日馬車が山道やらを進んで。
その間、何度か護衛の兵士が交代した。
それも終わって、街道もどんどん石だらけになっていくなか。到着する。
到着したのは、城壁もないちいさな街だった。村と言う奴なのかも知れない。
或いはわたしが生まれたのも、こういうところだったのだろうか。
それについては、もうわたしには分からないが。
「しばらくはこの街の魔法教会で仕事をしてもらう。 しばらく真面目に働いて、更正に努めるのだな」
「はあ……」
「いけ」
一礼だけして、教会に向かう。
教会に入ると、退屈そうに机に座っている見覚えがある顔を見た。そいつはわたしを見て、誰だっけという表情をした。
わたしは覚えている。
確か、アプサラスが連れていた騎士だ。かなり若い騎士だった。ツインテールだかツーポニーだかの髪にしていて、それで覚えていたのだ。
受付で手続きを終えると、自室に向かおうとするが。
その騎士が声を掛けて来る。
「どっかであたしと会ったっけ?」
「パッナーロで」
「……ああ! 確かあの破落戸のところにいた!」
「そうです」
大声を出すものだな。
そう思ったけれど。
この子だって、此処に何でいるのか。
荷物を運ぶのを手伝うというので頼む。
わたしと背格好なんて全然代わらないのに、すごい力である。或いはそういう魔法かもしれない。
あんな鉄火場に来ていたのだ。
普通の子供じゃないだろう、こいつも。
まあ荷物は大した量でもない。
黙々と荷物を開いて、それで引っ越しは終わり。ここの教会の人はわたしの事情を知っているのか、受付で適当に街を見て来るようにとだけいって、それっきり。
関わり合いになりたくないようだった。
「アハハ、相変わらずー。 此処みたいな流刑地だし、あたしみたいな変なのしかこないからだろうねー」
「あなたは変なんですか」
「変だよ。 あたし動物殺すの大好きでさ、昔から。 それで相手を殺す事に特化した魔法ばっかり得意だったから、軍に入ったんだけどねえ。 パッナーロとの戦いであんまりにも殺しすぎて、それで後方送りにされたんだよ。 降参の意思を示してた兵士とかも平気で殺したから仕方ないけど。 しばらく反省しろだって。 アプサラスの鬼婆、言いたい放題いいやがって……幾つかの局地戦で、形勢をひっくり返してやったのにさ」
あんまり育ちが良くないんだな、この子。
わたしと同じだ。
そのまま手を引っ張られて、街に連れ出される。といっても、街は大した規模もなくて、はっきりいってすぐに見回ることができたが。
此処にいる人間は、みんな訳ありばかりらしい。
畑で働いている農民も。
見回りをしている兵士も。
みんな周りを気にしている。
あの街と比べて、明確に空気が悪い。
更に言うと、街はショボいけれど、兵士や一部の魔法使いの練度は段違いに高いのが分かった。
あの国境の町は城壁と砦に依存していて、随分と平穏だったんだなと思う。
此処は多分だけれども。
スポリファールの暗部だ。
「はいこれで全部。 だいたい変な奴しかいないから安心して良いよ。 仕事は基本的に外から持ち込まれるのをこなすだけ。 あんた魔法はできるとか聞いてたけど、何ができるの?」
「火はできません。 風を中心にある程度」
「ふーん、戦闘向けではないのか」
「国境の戦いでは、オークを倒しました」
はっと鼻で笑われる。
あんなの三十体は殺したと言われる。
この人は、多分だけれど、わたしよりもずっと幼い頃から戦場に出て、散々殺戮を行い。血の雨を降らせてきたのだろう。
「そういえば名乗ってなかったね-。 あたしはアンゼル。 あんたはアイーシャだったっけ」
「はい」
「ま、よろしくやろうよ。 変わり者同士ね」
こくりと頷く。
わたしは多分、今後も変わり者のままだ。
だとすると、この国ではとても生きづらいかも知れない。
なんとなく、今回の一件でそれが分かった。
教会に戻る。
呼ばれると、庭に出た。其処で指示されたのは、瓦礫などの修理だ。壊された石材を修復しろというのである。
わたしは無言で作業に取りかかる。
一年で技量は上がった。
それは毎日毎日土木工事だのばかりをしていたのだから、当然である。
砕かれた石材を風の魔法でまとめて、更には土の魔法で接着する。隙間ができてしまうから、それは土の魔法と水の魔法を使って、間を強引に埋めておく。
風の魔法でわたしと同じくらいの重さの石材なら、簡単に運搬できるようになっている。
なんどか叩いて強度が問題ない事を確認したら、次に取りかかる。
手際を見て、教会の人はひそひそ話していた。
「あの子監視命令が出ているけれど、手際はいいな。 あの年であれだけできると言うのは、なかなかだぞ」
「だから監視されているらしい。 例の国境紛争で、なかなかおぞましい行動を平然と行ったらしくてな」
「ああ、そういう。 戦争に強い奴がイカれてるのなんて、昔からなのにな」
「あのメスガキもそうだしな……」
メスガキ。
これも古い時代の言葉だろうか。
まあどうでもいい。
任された仕事を、だいぶ余裕をもって片付ける。
隅っこでさぼっている奴がいるが無視。仕事の様子はきっちり監督役の魔法使いが監視しているらしくて。
そいつは後で散々絞られていた。
わたしにサボりを押しつけようとしていたらしいが、魔法で監視されていて全て見られていたそうだ。
どうでもいい。
それで逆恨みされたとしても、それもどうでもよかった。
翌日からも、石材やら、壊れた道具やらがもってこられる。
中には投石機とか、かなり大がかりなものもあった。
ここまでよく運んでくるものだと感心したが、どうも違うらしい。この近くに、このちいさな街とは別に軍基地があるらしく。
そこで小競り合いが時々起きているそうだ。
国境とは離れているらしいと聞いていたのだけれど。
投石機を直していると、血を頭から被ったアンゼルが来る。
「はー殺した殺した。 やっぱりたくさん殺すと気分が良いねえ」
「何を殺したんですか?」
「この辺野生化したオークが出るんだよ」
「はあ」
オークが出るのか。
それはまあ、砦を作ってもおかしくは無いと思う。
あれは魔法が使えない兵士だと、数十人で対処する相手だと思うし。
「むかーしこの辺りまで入り込んだハルメンの軍隊が、残していったのが野生化したらしくてね。 ゴブリンの方は駆除が完了したらしいんだけれど、オークの方はなかなかきびしくて、手を焼いているってわけ」
「此処に攻めてくる事はないんですか」
「ないね。 だってあれら、軍が入れない場所に巣くってるし。 たまにエサを探して其処から出てくる。 ただ、ハルメンの軍が飼ってるオークほど大きくはないし、あんなに強くは無いけどね。 あれって囚人を食わせて大きくしてるらしいよ。 本当かは知らないけど」
うけけけと、下品にアンゼルが笑う。
そうかと、それだけわたしは思った。
いずれにしても、此処は訳ありで。あの街よりもむしろ危険な場所らしい。
それについては、よく分かったのだった。