うつわの中のガルシア・マルケス   作:ドクター・ヴィオラ

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歩きだしたら 頭の中に 物語が 溢れてくる
部屋を出て 遠くのベンチを探したい
そのときだけ 勝手にペンが動いてくれるような気がするから
さて 雲色のページちゃん
準備は良い? 一緒にノルウェイの森に行こう 


雨とカプチーノ

雨とカプチーノ

 

 

 

 

場所:シアトル(コーヒートーク)

 

人物:バリスタ(集合精神)

   マートル(プログラマー)

   アクア(大学生)

   

   ドロシー(観光客)

   アルマ(同じく)

 

備考:地の文もぼくがやるのか?

アナ:わたしも似たようなものよ。貧乏な劇団のようね。

備考:やれやれ……。

 

 

 

 

 労働者の痛みを悲しむわけでもないのなら、なんのためにシアトルの空は泣くのだろう。

 ロミオとジュリエットのために? それとも地下室の手記の孤独な作者のために?

 分からない。どうしてシアトルの空がいつも泣くのか――誰も分からないのだ。

 ふたりが夜を歩く。高いほうが歩幅の小さなほうに合わせている。

 傘の下の巨乳はシアトルでもサラリーマンの目を引きよせる。

 

ドロシー:あった!

 

 ドロシーが店の前で立ちどまる。

 

アルマ:コーヒートーク……これがシルバーさん……だっけ? 贔屓にしているって。

ドロシー:その話は店長さんにしようよ。

アルマ:そうね。

 

 ふたりが入店する。

 

ドロシー:ワンバンコ!!!!

バリスタ:うわ!

 

 バリスタが転びそうになる。しかしハイビスカスの茶葉をぶちまけるほどではない。

 

バリスタ:……いらっしゃいませ。

アルマ:……ごめんなさい。

ドロシー:アルマが謝ることじゃないよ。

アルマ:本当に。

バリスタ:好きなところに座ってください。

ドロシー:わたしは逆襲が好き。

バリスタ:はい?

ドロシー:カウンター・ブロー。

バリスタ:ぼくの前?

ドロシー:うん。

 

 ふたりが椅子に座る。店内はすでに芳しい。

 コーヒー。ハイビスカス。ブルーピー。

 天然のそれはグリッチ・シティの下層にはないものだ。

 故郷と似ているわけではないのに、懐かしくなるのはどうしてだろうか。

 喫茶店の香りには不思議な魔力があるのだ。

 それはバーのカクテルと同じ。客の口をかろやかにする。

 

アルマ:エスプレッソで。

ドロシー:分からないから、甘そうなやつで。

バリスタ:かしこまりました。

ドロシー:見物しても?

バリスタ:興味がおありで?

ドロシー:バリスタの仕事はバーテンダーと似ているのかなって。

 

 こうしているあいだにもバリスタの手が動く。

 コーヒーを淹れる。ドロシーの注文にはミルクとシナモンを適量。

 簡単そうに見えるのは動きに迷いがないからだろう。店の息が長いと言うことだ。

 

バリスタ:エスプレッソとビーンバズィです。

 

 ビーンバズィの中央には蜂の巣のカタチの砂糖が浮かんでいる。

 

ドロシー:わあ!

アルマ:すばらしい。

バリスタ:エスプレッソも冷めないうちに。

アルマ:そうするわ。

 

 アルマがエスプレッソを一口。強烈な苦味。しかし、それこそが疲労の薬になるのだ。

 

アルマ:はあ……効くわね。

ドロシー:本日は大雨。ときに溜息が出るでしょう。

アルマ:ずっと! 本当にシアトルにいるあいだ……雨! 々! 々!

ドロシー:やばいよね。

バリスタ:仕事ですか?

アルマ:観光よ。この子が旅行に行きたいって……。

ドロシー:ジルがわるいのよ。口をひらくとパナマの話をするんだから! 旅行に行きたくもなる。

アルマ:十日も行ったらね。

ドロシー:わたしはデイナとの関係がどうなったのかを知りたいのに。

アルマ:何もないんじゃない? 旅行のあとも普通にしているし。

ドロシー:つまんな~~い!

バリスタ:光栄です。シアトルを選んでもらえて……。

アルマ:ちがう。選んだのは別の理由……選んだのはドロシーだけど。わたしは天然のビールを飲むためだけに来た。

バリスタ:この店にアルコールはないんです。

アルマ:良いわ。どこでも飲めるし。

バリスタ:ところで別の理由とは。

ドロシー:常連のシルバーさん! 贔屓のバーに来たのよ。それで店を知った。

バリスタ:へえ……シルバーがバーに! 元気にしていた?

ドロシー:元気にしてあげた。最初は落ちこんでいたけど……。

バリスタ:どうして?

ドロシー:悩んでいたの。肉体と精神の“事情”のために……彼の下半身が……。

アルマ:ドロシー! この店はバーじゃないのよ。

ドロシー:シモネタじゃないよ、シルバーは真剣だった。

アルマ:それにプライバシーもある。

バリスタ:良いさ。シルバーが来たときに聞く。それに“ぼくたち”は分かるから……。

アルマ:……?

バリスタ:それにしてもシルバーが来たからと言って、店を旅行の目的にしてくれるなんて……本当に光栄だ。

ドロシー:この店の話をしているとき、あまりにたのしそうだったから。シルバーは“人生を変えてくれた”と言っていたわ。興味があった……人生を変えるほどのカフェはどんなところなんだろうって。

バリスタ:変えたのはこの店の常連さんのハートだよ。ぼくは何もしていない。

ドロシー:同じことよ。この店がないと常連さんは存在しないし、シルバーも常連さんに会えなかったはず。半分が常連さんのハートだとしても、あとの半分は店長さんのハート。飲みものはハートを結びつけると思う?

バリスタ:もちろん。

ドロシーわたしも!

 

 店の戸がひらく。常連の時間帯。マートルとアクアがふたりのとなりの席に座る。それから隣席のふたりを見る。

 

アクア:……ドロイド!? 本物!?

ドロシー:ドロイド……。

 

 ドロシーが半目になる。アクアの瞳のきらきらと反対に。

 

アルマ:すべての街であなたのような存在が一般的なわけじゃないのよ。

アクア:あの……何か?

アルマ:あなたがわるいわけじゃないの。わたしたちの地元では“アンドロイド”や“ロボット”は差別的な含みがある。この子は特に気にするしね。

アクア:あっ。

マートル:そこの巨乳が言うようにおまえがわるいわけじゃない。

 

 マートルの目にはすこしの警戒心がある。

 

マートル:すくなくともシアトルではアンドロイドもロボットも差別的な意図じゃない。

アルマ:そのようね……巨乳さん。

マートル:邪魔なだけだ。

 

 マートルがいやそうにするとアルマがくすくすと笑う。

 

ドロシー:シモネタは厳禁じゃないの?

アルマ:巨乳であることはシモネタを意味すると? あなたもブロンドの巨乳を馬鹿にするの?

ドロシー:ずっこ~~。

バリスタ:別に猥談を禁止しているわけではないよ、シルバーがセックスの話をしていたこともある。

ドロシー:マジ?

バリスタ:シルバーは一時的にセックスのために奔走していたくらいだからね。

ドロシー:彼も大変ね……今は性欲の暴走をコントロールできているのかしら。

アルマ:旅行中に思ったけど……シアトルではドロシーのような存在が一般的ではないのね。

マートル:いないわけじゃない。少なくはあるが。

アルマ:どうして?

マートル:シアトルは種族の坩堝だ。それに未登録の種族が山のように申請の受理を待っている。余計な混乱を招きたくないんだろうな。あんたの地元にオークはいないのか?

アルマ:いないわけじゃない。少なくはあるが。

マートル:やられた。

 

 ドロシーとアクアが笑う。

 

マートル:マートルだ。となりはアクア。

アクア:よろしく。

アルマ:アルマよ。

ドロシー:よろ! ……ところで店長さんは?

バリスタ:好きに呼んでくれ。

ドロシー:教えてくれないの?

アクア:店長さんは謎なんです。それはもう……学術の論文のように。

ドロシー:シルバーも名前を呼んでいなかったような……。

マートル:不思議なやつさ。

バリスタ:不思議なやつの奇妙な飲みものはどうかな?

マートル:影法師。あんたもプログラマーのように謎を分解してみろ。

アクア:ダークチョコレートを。

 

 紅茶と檸檬と蜂蜜を。

 それは悲劇的な恋のような渋さと酸っぱさ。

 そして喜劇的な甘さを余韻に残す。

 人生の暗黒の影法師に乾杯を。

 

バリスタ:夏の夜の夢とダークチョコレートです。

マートル:やるな。

アクア:ありがとう。

 

 ふたりが同時に飲みものを口にする。その同調は店への慣れを想像させる。

 

アクア:あのゲームはやった?

マートル:おう。

アクア:どう?

マートル:感想の言語化が難儀だな。ノベルゲームではあるんだが……あのシステムは奇妙で考えさせられた。

アクア:インスピレーション?

マートル:そうかもな。

ドロシー:ふたりはゲーマーなの?

マートル:ゲーマーで製作者だ。

ドロシー:まあ!

アクア:わたしは半人前ですが……。

マートル:おまえは立派にやれている。

アクア:フフフフ……。

マートル:あんたはゲームをするのか?

ドロシー:あまり。

マートル:ふん?

ドロシー:特に流行のアクションはね……わたしはその……目がよすぎるから……。

マートル:なるほど……簡単になるのか。

ドロシー:ガキにエイム・ボットを叫ばれるのはサイアク。別にまちがいではないけどね。

マートル:外部のツールではある。

ドロシー:ツールじゃないわ。立派な体の一部。

マートル:原因は体の性能差がフェアに受けとられないことだ。プレイヤーの個人的なフェアの観念にな。

ドロシー:失礼よね……産まれつきのモチモノなのに。

アルマ:改造してるよね?

ドロシー:……。

 

 労働者の痛みを悲しむわけでもないのなら、なんのためにシアトルの空は泣くのだろう。

 夢と狂気がひしめいている。すべての争いは過去になる。

 吸血鬼とマフィアの関係も。妖精の木も。

 大人が御伽噺を忘れるように散ってゆく。

 それでもシアトルには機会が残っていると信じたいのだ。

 

ドロシー:ど、ど、ど、どんなゲームなの?

 

 ドロシーがごまかすように聞く。

 

マートル:チーター。

ドロシー:コホン!

マートル:カクテルを提供して、客の話を聞くだけ。そんなゲームだ。

ドロシー:……それだけ?

マートル:おう。

ドロシー:それはゲームなの?

マートル:ノベルゲームの様式ではある。客の人生を聞いて、主人公も成長する。

ドロシー:う~~ん……。

マートル:きもちは分かる。説明が困難だ。

アクア:マートルとゲームの議論に来たんです。言うところの感想と……言語化を。

マートル:製作者だからな。体験を分解すると糧になる。

アクア:結論はどう?

マートル:わるくはない。洗練されているとは言えないが。

アクア:新しいし。

マートル:カクテルの提供がノベルとノベルのあいだの休憩になっているとは思う。それでも終盤は作業的になってくるし、メニューがすぐに見られるのもよくない。

アクア:メニューが見られないとユーザーが途中でいやになるかも。

マートル:試したくなるようなテキストが必要だ。ゲーマーがカクテルを好きだとは思えないが。

アクア:メインをエナドリにするとか?

マートル:笑える。

アクア:フォロワーはいると思う?

マートル:サブカルだしな。一定数はいると思う。

 

 数分の議論のあとでマートルがドロシーを見る。

 

マートル:わるいな。あんたが聞いていたはずなのに。

ドロシー:おもしろかったよ。

マートル:いつもこうなんだ。

ドロシー:仲が良いね。

マートル:おう。

 

 それからマートルの端末が鳴る。

 

マートル:……急用だ。

アクア:仕事?

マートル:致命的なバグが見つかったとさ。

アクア:あら……。

マートル:会計だ。

バリスタ:ありがとうございます。

ドロシー:サヨナラ! 今度は地元に来てね。

マートル:考えておく。

 

 マートルが店を出る。

 

ドロシー:わたしもホテルに戻ろうかな。

アルマ:眠いの?

ドロシー:すこしだけ……アルマは?

アルマ:ビールを飲みたいし。

ドロシー:店長さん!

バリスタ:うん?

ドロシー:オモテナシをありがとう! 地元に来てね! ……最高のオモテナシを返すから。

バリスタ:光栄だ。

ドロシー:シルバーによろしく。ブラック・ジャックにも。

 

 ドロシーが店を出る。

 同時に店内の曲が変わる。ムーン・ブライト。雲は月を隠している。

 なんのために月を見たいのだ。衛星砲が破壊してしまったのに?

 人間の狂気が月を破壊したのではない。月の光が人間の精神を破壊してしまったのだ。

 

アルマ:おかわりをよろしいかしら? 

バリスタ:もちろん……なんにしましょう?

アルマ:センス・オブ・ワンダーを感じさせて。

アクア:わたしも。

 

 コーヒーをダブルと控えめにミルク。それとスチームを慎重に。

 雨粒のように白を誑しこむ。石庭が水滴でカタチを変えるのに、何百年の歳月が必要なのだろうか? そのころには文明が終わっているかもしれないのに。

 

バリスタ:カプチーノです。

アルマ:この模様は……雨?

バリスタ:御名答。

アクア:雨とカプチーノ。

バリスタ:アクアさんにも同じやつを。

アクア:ありがとう!

 

 医者は百人の患者に夜はカフェインを摂取するなと言う。

 しかし誰がそれを止められるだろうか。こんなにもすばらしいのに!

 患者が言う。先生……それならゲームをするときに何を飲めと言うの? それに小説を読むときは?

 

アルマ:マートルはパートナーなの?

アクア:えっ。

アルマ:ちがった?

アクア:ちがわないこともないと言うか……でも……。

アルマ:煮えきらないのね。

アクア:口にしたことはないんです。わたしもマートルも。

アルマ:マートルは好き?

アクア:……うん。

アルマ:女の子が好きなの?

アクア:分からない。でも……マートルは好き。

アルマ:一途なのは良いことよ。

アクア:あなたもパートナーがいますか?

アルマ:今はいない。セックス・フレンドも。

アクア:ワワワワ……。

アルマ:以前はいたんだけど……最近……価値観が揺れていて……。

アクア:どうして?

アルマ:いろいろと省略するけど……友人の恋人が亡くなっていたのよ。

アクア:……亡くなっていた?

アルマ:要は喧嘩をしていたのね。それで会わなくなって……気がついたときには……。

アクア:……。

アルマ:恋人の話をしていたときのジルの表情が忘れられない。わたしも真面目に恋愛をしていなかったわけじゃない……それでも考えてしまうのよ。あんなふうに真剣に他人を愛していたのかしらって。仮に今よりも真剣になれるとしても、その意気に押しつぶされはしないかしら。

アクア:できますよ。友人のことは真剣になれるんですから……恋人にだって。

アルマ:どうかしら……。

 

 アルマが溜息を吐く。カプチーノの“もや”は彼女の逡巡のように宙へ浮かぶ。

 灰色の言葉はカプチーノのような色になる。沢山の言いわけを窓の傍へ置いてゆく。

 

アクア:ジルさんのことは真剣になれるんですか?

アルマ:そうね。

アクア:それなら……ジルさんのパートナーになってみては?

アルマ:…………考えたこともなかった。

アクア:考えてみましょう。

アルマ:わたしは男が好きだし。

アクア:変わるかもしれません。

アルマ:ジルが暇になるとわたしの胸を眺めているのは認める。

アクア:ワワワワ……。

アルマ:あれは性欲であって、性愛ではないから。それにジルは店の店長さんを気にしているし。

アクア:ジェラシーを感じますか?

アルマ:すこしだけ。それでも恋仲になろうとは思えない。ジルは大切な友人なの。

バリスタ:今夜は本当にいろいろな話を聞けるものだね。

アクア:フレイヤがいないのは残念です。

バリスタ:同感だね。

アルマ:別の常連さん?

バリスタ:文筆屋で物語に飢えている。迂闊に口を滑らすとすべてをネタにしてしまうんだ。

アルマ:コワや、コワや。ネタにされるまえに退散するとしますか……。

 

 アルマが会計を済ますと立ちあがる。

 

バリスタ:おやすみなさい、夜道に気をつけて。

アルマ:大丈夫。シアトルの治安は最高よ。

バリスタ:……そうかな?

アルマ:地元がグリッチ・シティだから。

アクア:……あの世界で最も治安がわるいと噂の!?

アルマ:会いたくはあるけど、観光にはこないでね……それでは。

バリスタ:ありがとう。

アルマ:ビールがわたしを待っている。

 

 アルマが店を出る。

 

アクア:はあ~~。

バリスタ:つかれたね。

アクア:刺激的な時間でした。

バリスタ:インスピレーションになるかな?

アクア:もちろん……それに……考えてみると今日の夜はあのゲームと似ているかも。

バリスタ:ゲームと言うと……ノベルゲームの?

アクア:はい。

バリスタ:想像もできないな……バーテンダーのシミュレーションなんて……。

アクア:いろいろなキャラクターの相手をするんです。それぞれの人生があって……主人公にも人生があって……最終的に何もかもが円満に終わるわけではない。それでも人生は乗りこえるしかない。

バリスタ:小説のような?

アクア:ノベルですからね。

バリスタ:興味が湧いてきたな……小説は好きだけど……ノベルゲームもわるくないのかも。

アクア:いろいろなやつがありますよ。裁判で検事をぶっとばすやつとか。

バリスタ:それも気になるが……今はバーテンダーのやつがやってみたいね。タイトルは?

アクア:タイトルは――。

 

 

 

 

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